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日蓮大聖人『御書』解説

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タグ:御義口伝 ( 257 ) タグの人気記事


2019年 08月 12日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(151)

【二十八品は悉く南無妙法蓮華経の事】


一 譬喩品(注)

御義口伝に云く、此の品の大白牛車(注)とは「無明癡惑本是法性」の明闇一体の義なり。
即ち三千具足の一乗をかかげたる牛なれば、明闇一体の三千具足の義なり。

法界に遍満したる一法なれば一乗と云うなり。此の一乗とは諸乗具足の一乗なり。
諸法具足の一法なり。故に白牛は一なりといえども無量の白牛なり。一切衆生の体、大白牛車なるが故なり。

然らば妙法の大白牛車に妙法の十界三千の衆生乗じたり。蓮華の大白牛車なれば、十界三千の衆生も蓮華にして清浄なり。南無妙法蓮華経の法体(注)、此くの如し。



譬喩品
譬喩品第三で釈尊は、方便品を聞いた舎利弗に対し、直弟子の中で最初に、舎利弗は未来世で法華経で修行して華光如来となるという記別を与えることを霊鷲山に集った弟子達に宣言する。
舎利弗は記別を与えられたことに歓喜するとともに、なぜ今まで法華経を説かなかったのか、何故いま記別を与えてくれるのかと問いかける。
釈尊はこの問いかけに対し「三車火宅」の比喩を用いて解き明かし、この譬喩品以降次々と弟子達に記別を与えていく。
法華経以前の教えで、弟子達に未来世で仏と成るという記別を与えることはなく、この法華経こそが衆生を仏に導く唯一の教えであることを如実に示している。

大白牛車
譬喩品第三で説かれる法華経七喩の一つ「三車火宅(注)」で説かれ、衆生を一仏乗に連れていくための、大きな白い牛に引かれていく乗物に譬えている。

三車火宅(の譬え話)
ある時、長者の大きく古い屋敷が火事になる。長者は多数いる子供達に家から直ぐ出るよう話すが、遊びに夢中になっていた子供達は長者の言うことを聞かない。
そこで長者は一計を案じ、子供たちが欲しがっていた「羊車、鹿車、牛車」の三つの車が門の外にあるので早い者勝ちあげるよ」と言って子供たちを屋敷の外に導く。
子供の無事を確認した長者は、子供が約束してた「車を下さい」言ったのに対し、三車より立派な大白牛車(だいびゃくごしゃ)を与えた。つまり羊車、鹿車、牛車は声聞道・縁覚道・菩薩道を意味し、仏の願いはあくまで仏に導く為の大白牛車を衆生に与えることであることを意味している。

日蓮大聖人は本抄で、譬喩品 で説かれる大白牛車」の実体とは「南無妙法蓮華経の法体」つまり十界曼荼羅本尊であると解き明かされておられます。
この御本尊について日蓮大聖人は【日女御前御返事】で次の様に解き明かされておられます。
『此の御本尊全く余所に求る事なかれ。只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり。是を九識心王真如の都とは申すなり。十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり。之に依つて曼陀羅とは申すなり。曼陀羅と云うは天竺の名なり、此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり。此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり』と。


【御義口伝 下】要点解説(152)に続く






by johsei1129 | 2019-08-12 23:17 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 10日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(150)

【二十八品は悉く南無妙法蓮華経の事】


一 方便品 (注)
 御義口伝に云く、此の品には十如是(注)を説く。此の十如是とは十界なり。此の方便とは十界三千なり。
既に妙法蓮華経を頂く故に十方仏土中唯有一乗法なり。

妙法の方便、蓮華の方便なれば秘妙なり、清浄なり。妙法の五字は九識、方便は八識なり。八識は迷なり、九識は悟なり。

妙法蓮華経方便品と題したれば迷悟不二なり。森羅三千の諸法、此の妙法蓮華経方便に非ずと云う事無きなり。

品は義類同なり、義とは三千なり、類とは互具なり、同とは一念なり。此の一念三千を指して品と云うなり。

此の一念三千を三仏合点し給ふなり。仍つて品品に題せり。所謂南無妙法蓮華経の信の一念より三千具足と聞けたり云云。



方便品
妙法蓮華経方便品第二で釈尊は、対合衆として十大弟子の一人で智慧第一と称えられた舎利弗に向かいて次の様に最初に法華経を説き始めた。
「爾時世尊 従三昧安詳而起 告舎利弗 諸仏智慧 甚深無量 其智慧門 難解難入 一切声聞 辟支仏(縁覚) 所不能知」

十如是
釈尊は引き続き次の様に、仏が極めた森羅万象に内在する諸の法の実相として十如是を説き顕す。
「仏所成就 第一希有 難解之法 唯仏与仏 乃能究尽 諸法実相 所謂諸法 如是相 如是性 如是体 如是力 如是作 如是因 如是縁 如是果 如是報 如是 本末究竟等」 
この十如是を解き明かした後、釈尊は、仏の出世の本懐として方便品の長行で仏がこの世に出現した「一大事因縁」としての「開示悟入」を解き明かされる。
十如是の意義は「開示悟入=衆生には仏と同じく仏性が存在し、仏はそれを開き、示し、悟らせて、仏道に入らしめる」を説く前提として、仏と衆生その他すべての存在は諸法で貫かれ究極的に等しい(本末究竟等)」事を解き明かしている。

日蓮大聖人は本抄で「森羅三千の諸法、此の妙法蓮華経方便に非ずと云う事無きなり。所謂南無妙法蓮華経の信の一念より三千具足と聞けたり」と断じられておられます。








by johsei1129 | 2019-08-10 21:55 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 08日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(149)

【二十八品は悉く南無妙法蓮華経の事】

一 序品(注)
 御義口伝に云く、如是我聞(注)の四字を能く能く心得れば、一経無量の義は知られ易きなり。十界互具三千具足の妙と聞くなり。

此の所聞(注)は、妙法蓮華と聞く故に妙法の法界互具にして三千清浄なり。此の四字を以て一経の始終に亘るなり。

二十八品の文々句々の義理、我が身の上の法門と聞くを如是我聞とは云うなり。

其を聞く者は南無妙法蓮華経なり。されば皆成仏道と云うなり。此の皆成の二字は十界三千に亘る可きなり。妙法の皆成なるが故なり。

又仏とは我が一心なり。是又十界三千の心なり。道とは能通に名くる故に十界の心心に通ずるなり。此の時皆成仏道と顕るるなり。皆成仏道の法は南無妙法蓮華経なり云々。


序品
妙法蓮華経序品第一では、耆闍崛山中(霊鷲山)に、釈尊の直弟子一万二千(一千二百とも)、養母の摩訶波闍波提比丘尼、釈迦族の王子の頃の妻・耶輸陀羅比丘尼、実子・羅睺羅、阿闍世、文殊菩薩、弥勒菩薩他の諸菩薩、諸天人らが参集し、釈迦は無量義経を説いた後、無量義処三昧に入る。その時、天から曼陀羅華が降り大地は六種に震動する。
これを見弥勒菩薩は文殊菩薩に、これらの瑞相は何が起きる事を意味するのか問いただすと、文殊菩薩は過去世の因縁を語り、今世尊(釈迦)はこれまでと同様に「欲説法華経」つまり法華経を説かんと欲しておられるのだと宣言します。

如是我聞(是の如く我聞けり)
八万法蔵と称される釈尊の全ての経は「如是我聞」で始まる。
「是の如く我聞けり」の我とは十七歳から釈尊の従者をしていた多聞第一称えられた十大弟子の一人阿難である。
釈迦滅後の仏典結集で「教と律」が取りまとめられるが、経については常に釈尊のそばにいた阿難が「このように私はお釈迦様の説法を聞きました」と言って語り始めた事を意味します。この様式を定めたのは仏教史上「中興の祖」と称された竜樹(150 – 250 年頃)であると伝えられている。

所聞
「如是我聞」で釈尊から聞いた経の実体を意味します。

日蓮大聖人は本抄で、阿難が釈尊から聞いた経の実体について次の様に断じられておられます。
此の所聞は、妙法蓮華と聞く故に妙法の法界互具にして三千清浄なり。此の四字を以て一経(法華経)の始終に亘るなり』と。








by johsei1129 | 2019-08-08 17:20 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 04日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(148)


疏の十(注)に云く「惣じて一経を結するに唯四のみ。其の枢柄を撮つて之を授与す」と。

御義口伝に云く、一経とは本迹二十八品なり。唯四とは名用体宗(注)の四なり。枢柄とは唯題目の五字なり。授与とは上行菩薩に授与するなり。之とは妙法蓮華経なりと云へり。

今、日蓮等の類(たぐい)、弘通の南無妙法蓮華経は体なり心なり、廿八品は用なり、廿八品は助行なり。
題目は正行なり、正行に助行を摂す可きなり。


一 無量義経の事(注)
 御義口伝に云く、妙法の序分無量義経なれば、十界悉く妙法蓮華経の序分なり。




疏の十
天台大師の法華経解釈三大部の一つ法華文句の第十の事。
名用体宗
五重玄名・用宗・教)の中の四つ。名は経の題名、用はたらき、体は本体、宗は宗つ要、をいう。

無量義経の事
法華経の開教で481 年に曇摩伽陀耶舎が漢訳。一部三品。
無量義経説法品第二での様に説かれて、釈尊は法華経以前に説いた経は未だ真実を説いていないと宣言してから法華経を説き始めた。
『諸の衆生の性欲不同なることを知れり。性欲不同なれば種種に法を説きき。種種に法を説くこと方便力を以てす。四十余年には未だ真実を顕さず。是の故に衆生の得道差別して、疾く無上菩提を成ずることを得ず』

末法の御本仏日蓮大聖人は本抄で、釈尊の法華経二十八品は用であり、助行であると説き、「南無妙法蓮華経」こそが体であり心である」と強く断じられておられます。この御金言は、日蓮大聖人の信徒が日々方便品・如来寿量品を助行として読誦し、その上で正行として「南無妙法蓮華経」と唱える勤行の依処となっております。











by johsei1129 | 2019-08-04 23:04 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 03日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(147)

【二十八品に一文充の大事 】

勧発品 (注)

是人命終 為千仏 授手 令不恐怖 不堕悪趣 (注)

此の文は妙法を悟れば、分段の身、即常寂光と顕るるを命終と云うなり。

千仏とは、千如御手とは千如具足なり。故に不堕悪趣なり。

所謂、南無妙法蓮華経の御手なり。


已上品々について別伝の事畢んぬ。



勧発品
普賢菩薩勧発品第二十八は妙法蓮華経二十八品の最後の品となります。
この品で普賢菩薩勧は下記の文の通り、釈迦滅後に娑婆世界で法華経を広める行者を守護する事を誓っている。
「爾時普賢菩薩 白仏言世尊 於後五百歳 濁悪世中 其有受持 是経典者 我当守護 除其衰患 令得安穏」

日蓮大聖人は普賢菩薩勧について【御義口伝 下】【普賢品六箇の大事】で次の様に解き明かされておられます。
『第二 若法華経 行閻浮提の事
御義口伝に云く此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり云云』と。

是人命終 為千仏授手 (注) 令不恐怖 不堕悪趣
普賢菩薩勧発品第二十八下記の文にある偈となります。
[原文]
若有人 受持読誦 解其義趣 是人命終
為千仏 授手 令不恐怖 不墮悪趣
[和訳]
若し人有りて、(この法華経を)受持し読誦し、其の義趣を解(さと)れり。 是の人は命ち終きるとき、
千仏は手を授けて、恐れ怖かず、悪趣に墮ちざらしめんと為せり。

千仏授手
千仏授手について日蓮大聖人は【御義口伝 下】【普賢品六箇の大事】で次の様に解き明かされておられます。
『第四 是人命終 為千仏授手の事
御義口伝に云く法華不信の人は命終の時地獄に堕在す可し、経に云く「若人不信毀謗此経即断一切世間仏種其人命終入阿鼻獄」と、法華経の行者は命終して成仏す可し是人命終為千仏授手の文是なり、千仏とは千如の法門なり謗法の人は獄卒来迎し法華経の行者は千仏来迎し給うべし、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は千仏の来迎疑無き者なり云云』と。







by johsei1129 | 2019-08-03 00:53 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 30日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(146)

【二十八品に一文充の大事 】

厳王品 (注)

宿福深厚 生値仏法(注)

此の文は、一句妙法に結縁すれば、億劫にも失はずして、大乗無価の宝珠を研き顕すを、生値仏法と云うなり。

所謂、南無妙法蓮華経の仏法なり。




厳王品
妙荘厳王本事品第二十七では概略次の様に、仏に遭うことが難しく、仏に導いた人は善智識であり大因縁であると説いている。
「はるか過去世に雲雷音宿王華智仏がいて、その仏国土に妙荘厳と言う王と夫人の曰浄徳、浄蔵、浄眼の二人の子がいた。浄蔵、浄眼は法華経を説く雲雷音宿王華智仏の元で修行したいと母に願い出ると母は、国王は外道の婆羅門信じている、あなたたちは修行で得た神変を見せれば、王は仏の威力がわかり出家する事を許すであろうと告げた。その結果、王、夫人、二子は雲雷音宿王華智仏の元で修行する。釈尊は王を仏道に導いた浄蔵、浄眼の二人の子は王にとって善智識であり、大因縁であると説いた」

日蓮大聖人は本抄で、末法で南無妙法蓮華経に出会うことは「一句妙法に結縁すれば、億劫にも失はずして、大乗無価の宝珠を研き顕す」と断じられておられます。


宿福深厚 生値仏法
妙荘厳王本事品第二十七の下記の文にあるとなります。
[原本]
而我等宿福深厚 生値仏法 是故父母 当聴我等
令得出家 所以者何 諸仏難値 時亦難遇
[和訳]
而して我等ら宿福深厚にて、生れて仏法に値えり、是の故に父母は、当に我等を聴して
出家することを得さ令めん、所以は何ん、諸仏は値い難く、時に亦、遭遇する事も難かしいのです。







by johsei1129 | 2019-07-30 23:06 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 22日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(145)

【二十八品に一文充の大事 】


陀羅尼品(注)


現在顕    未来顕
修行是経者  令得安穏(注)
     

此の文は五種妙行を修すれば、悟の道に入つて嶮路に入らざるなり。

此れは安穏と云う事なり。所謂、南無妙法蓮華経即安穏なり云云。



陀羅尼(だらに)
陀羅尼とは梵名ダーラニー (dhāraṇī)の音訳で、仏教において用いられる呪文の一種。
陀羅尼品第二十六では、冒頭で薬王菩薩が釈尊に対し、法華経を読誦することの福徳は如何ほどかと問いかけると
釈尊は「一四句偈 読誦解義 如説修行 功徳甚多(一四句偈でも読誦しその義を理解し、説の如く修行することの功徳は甚だ多し)」と答える。
すると薬王菩薩は釈尊に「法華経の行者を守護する為の陀羅尼品」を捧げる。

日蓮大聖人は本抄で、末法今日においての陀羅尼とは南無妙法蓮華経と唱える事で『所謂、南無妙法蓮華経即安穏なり』と断じられておられます。

修行是経者  令得安穏
陀羅尼品第二十六・終段の次の文にある偈
[原文]
諸羅刹女 説此偈已 白仏言 世尊 我等亦当
身自擁護 受持読誦 修行是経者 令得安穏
離諸衰患 消衆毒薬
[和訳]
諸の羅刹女は、此の偈を説き已りて、仏に白して言わく。「世尊よ、我等は亦、当に
身、自から、受持読誦し、是の経を修行する者を擁護し、安穏を得さ令め
諸の衰患を離れ、衆の毒薬を消せり」












by johsei1129 | 2019-07-22 21:54 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 21日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(144)

【二十八品に一文充の大事 】

普門品(注)


慈眼視衆生 福聚海無量(注)

此の文は法界の依正、妙法なる故に平等一子の慈悲なり。

依正福智共に無量なり。所謂、南無妙法蓮華経、福智の二法なり云云。




普門品
観世音菩薩普門品第二十五は、法華経以前に説かれた般若心経にも登場する観世音菩薩について記されています。
本品の冒頭で次のように記され、衆生が苦難に遭遇したときに「観世音菩薩」の名号を唱えると、その苦難を逃れる事ができると説かれている。
『仏告無尽意菩薩 善男子 若有無量 百千万億衆生 受諸苦悩 聞是観世音菩薩 一心称名 観世音菩薩 即時観其音声 皆得解脱 』
これは釈迦滅後、法華経の教えを守る仏教徒により口伝で伝えられてきた法華経が、1-2世紀頃に教典化されるとき、余りにも法華経が難信難解なことから、一般の仏教徒に法華経の有難味を感じさせるために付け加えられた経文であると強く推察されます。

日蓮大聖人は普門品の偈を借りて、法華経の名号である「南無妙法蓮華経」を唱える事の慈悲、福徳について「法界の依正、妙法なる故に平等一子の慈悲なり。依正福智共に無量なり。南無妙法蓮華経、福智の二法なり」と断じられておられます。


慈眼視衆生 福聚海無量
観世音菩薩普門品第二十五の最終段にある偈となります。
[原文]
念念勿生疑 観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙
具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼
[和訳]
念念に疑を生ずること勿かれ、観世音の浄聖は、苦悩と死厄に於て、能く為に依怙(たより)と作らん。
一切の功徳を具して、慈眼にて衆生を視せん。福の聚れり海は無量なり、是れ故に応に礼を頂くべけり。

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(144)_f0301354_23165142.jpg
















[中国北宋時代に作られた観音菩薩像]











by johsei1129 | 2019-07-21 23:18 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 20日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(143)

【二十八品に一文充の大事 】


妙音品(注)


  久遠   寂光
身不動揺 而入三昧(注)

此の文は即ち、久遠を悟るを身不動揺と云うなり。惑障を尽くさずして寂光に入るを三昧とは云うなり。

所謂、南無妙法蓮華経の三昧なり云云。



妙音品
妙音菩薩品第二十四で説かれる妙音菩薩は、はるか東方の一切浄光荘厳国と言う仏国土から、法華経を聞くために耆闍崛山(ぎじゃくっせん=霊鷲山)(注)に参集した菩薩。
妙音菩薩は本品で「或現長者 居士 婦女身 或現宰官婦女身 或現婆羅門婦女身 或現童男童女身 或現天 龍 夜叉或現長者・・・等々と様々な姿で法華経を説いたことが記されている。

身不動揺 而入三昧
妙音菩薩品第二十四の次の文にある偈
[原文]
世尊 我今詣娑婆世界 皆是如来之力 如来神通遊戲
如来功徳 智慧荘厳 於是妙音菩薩 不起于座
身不動揺 而入三昧 以三昧力 於耆闍崛山
不遠 化作八万四千 衆宝蓮華
[和訳]
世尊よ 我今、娑婆世界に詣でんは、 皆是、如来の力、 如来の神通、遊戲なり。
如来の功徳、智慧は荘厳なり。是において妙音菩薩は于座を起きず、
身は動揺せず、而して三昧に入り三昧の力を以て、耆闍崛山(霊鷲山)に於いて
遠からず、八万四千の衆宝の蓮華を化作せり。

三昧(さんまい)
サンスクリット語サマーディ( samādhi)の音写。仏教における瞑想で、精神の集中が深まりきった状態のこと。

日蓮大聖人は三昧について「久遠を悟るを身不動揺と云うなり。惑障を尽くさずして寂光に入るを三昧とは云うなり」と解き明かされておられます。
末法今日においては大聖人が御図現為された十界曼荼羅御本尊に向かい奉り、一心に「南無妙法蓮華経」と唱える事で三昧の境地に入ることが叶います。

耆闍崛山(ぎじゃくっせん=霊鷲山(りょうじゅせん))
釈尊が『法華経』を八年間に渡り説いた小高い山
耆闍崛山(ぎじゃくっせん)はサンスクリット語 Gṛdhrakūṭaの音写。
古代インドのマガダ国の首都であった王舎城の北東にあったといわれる山。
山の形が鷲に似ているので霊鷲山と訳された。
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[霊鷲山]現在でも多くの仏教徒が訪れる。











by johsei1129 | 2019-07-20 22:30 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 19日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(142)

【二十八品に一文充の大事 】


薬王品(注)


是真精進 是名真法 供養如来(注)

此の文は色香中道の観念、懈(おこた)ること無し。是を即ち真法供養如来と名くるなり。

所謂、南無妙法蓮華経、唯有一乗の故に真法なり。世間も出世も純一実相なり云云。




薬王品
薬王菩薩本事品第二十三は冒頭で宿王華菩薩が釈尊に薬王菩薩の因縁を問いかけます。
釈尊は、過去世に日月浄明徳仏の元で修行していた喜見菩薩が香油を満千二百歳の間飲み続け、仏に身を以て供養するために
自らの体に火をつけて世界を遍く照らした、その喜見菩薩こそが薬王菩薩であると説きます。
勿論、身に火をつけて世界を遍く照らす事は薬王品上の譬え話で、末法今日においては十界曼荼羅本尊に向かってひたすら懈(おこた)ること無く「南無妙法蓮華経」と唱える事であり、本抄の日蓮大聖人の教え「色香中道の観念、懈(おこた)ること無し。是を即ち真法供養如来と名くるなり」そのものであります。

是真精進 是名真法
薬王菩薩本事品第二十三の下記の文にある偈となります。
[原文]
光明遍照 八十億恒河沙(注) 世界 其中諸仏 同時讃言
善哉善哉 善男子 是真精進 是名真法 供養如来
[和訳]
光明は遍く八十億恒河沙の世界を照せり。其の中の諸の仏は、同時に讃へて言わく
善い哉、善い哉、 善男子よ、 是は真の精進なり、 是を真の法をもって如来を 供養すと名づけり

八十億恒河沙
恒河とはインドの東に流れる大河ガンジス河の事で、恒河沙はガンジス河の両岸にある砂浜を意味している。
当時釈迦はガンジス河流域を布教していてたので、無数とも言える数の多いことの譬えとして、法華経の中で度々、〇〇恒河沙と言う文が記されている。

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(142)_f0301354_21533133.jpg



























[釈尊が布教していた地・ヴァーラーナシーを流れる現在のガンジス河]










by johsei1129 | 2019-07-19 21:44 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)