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日蓮大聖人『御書』解説

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タグ:御義口伝 ( 226 ) タグの人気記事


2019年 05月 21日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(120)

【二十八品に一文充の大事 】
    
   合せて二十八箇条の大事秘す可し云云

序品

十界也 始覚
於無漏実相 心已得通達(注)
妙法 不変 随縁

此の文は、我が心、本より覚なりと始めて覚るを成仏と云うなり。
所謂、南無妙法蓮華経と始めて覚る題目なり。




於無漏実相 心已得通達
妙法蓮華経序品第一の後段の下記の偈にある文
[原文]
我若滅度時 汝等勿憂怖 是徳蔵菩薩 於無漏実相 心已得通達 其次当作仏
[和訳]
我、若し滅度の時、汝等ら勿く憂怖えん。是れ、徳蔵菩薩は実相を漏れ無い事に於いて、心は已に通達を得て其の次に当に仏に作れり。

無漏実相
漏れのない実相(法の本質)



【御義口伝 下】要点解説(121)に続く












by johsei1129 | 2019-05-21 20:45 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 19日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(119)

【普賢経五箇の大事】

第五 正法治国不邪枉人民の事(注)

御義口伝に云く、末法の正法とは南無妙法蓮華経なり、此の五字は一切衆生をたぼらかさぬ秘法なり。

正法を天下一同に信仰せば此の国安穏ならむ。されば玄義(注)に云く「若し此の法に依れば即ち天下泰平」と。

此の法とは法華経なり、法華経を信仰せば、天下安全たらむ事疑有る可からざるなり。


已上二百二十九箇大事





正法治国不邪枉人民
佛説觀普賢菩薩行法經(普賢経)」後段の下記の文の偈

[原文]
第三懺悔者 正法治國 不邪枉人民 是名修第三懺悔
[和訳]
第三の懺悔する者とは、正法をもって国を治め、人民を邪枉せざらん。是れを第三の懺悔を修すと名づくなり。

玄義
天台大師の法華三部作の一つ「法華玄義」の事。















by johsei1129 | 2019-05-19 21:34 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 17日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(118)

【普賢経五箇の大事】


第四  一切業障海 皆従妄想生 若欲懺悔者 端坐思実相 衆罪如霜露 慧日能消除の事(注)

御義口伝に云く、衆罪とは六根に於て業障降り下る事は霜露の如し、然りと雖も慧日を以て能く消除すと云えり。

慧日とは末法当今、日蓮所弘の南無妙法蓮華経なり。
慧日とは仏に約し法に約するなり、釈尊をば慧日大聖尊(注)と申すなり、法華経を又、如日天子能除諸闇(注)と説かれたり。

末法の導師を如日月光明等と説かれたり。



一切業障海 皆従妄想生 若欲懺悔者 端坐 思実相 衆罪如霜露 慧日能消除
仏説観普賢菩薩行法経(普賢経)の前段下記の偈の文
[原文]
一切業障海 皆從妄想生 若欲懺悔者 端坐思實相
衆罪如霜露 慧日能消除 是故應至心 懺悔六情根
[和訳]
一切の業障海は、皆、妄想より生ず。若し懺悔せんと欲せば、端坐して実相を思え
衆罪は霜露の如し、慧日能く消除せり。是の故に、至心に六情根を懺悔すべし。

釈尊をば慧日大聖尊
ここでの釈尊は久遠元初の日蓮大聖人を意味します。

如日天子能除諸闇
薬王菩薩本事品第二十三の下記の文にある偈
[原文]
如日天子 能除諸闇 此経亦復如是 能破一切 不善之闇
[和訳]
日天子の能く諸の闇を除くが如く、この経も亦復、の如く、能く一切の不善の闇を破するなり。







by johsei1129 | 2019-05-17 18:58 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 14日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(117)

【普賢経五箇の大事】

第三 六念の事  

念仏 念法 念僧 念戒 念施 念天なり

御義口伝に云く、念仏とは唯我一人の導師なり、念法とは滅後は題目の五字なり、念僧とは末法にては凡夫僧なり、念戒とは是名持戒なり。

念施とは一切衆生に題目を授与するなり、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之(注)の意なり。

末法当今の行者の上なり之を思う可きなり云云。


諸天昼夜常為法故而衛護
安楽行品第十四にある以下の偈にある文
[原文]
有人来 欲難問者 諸天昼夜 常為法故
而衛護之 能令聴者 皆得歓喜 所以者何
此経是一切 過去未来現在 諸仏神力 所護故

[和訳]
人来りて難問を欲する者有らば、諸天は昼夜に常に法の為の故に
而して之の者を衛護し、能く聴かせ、皆、歓喜を得さ令めん。所以は如何、
此の経は、是れ一切の 過去未来現在の 諸仏の神力にて護る所の故なり。








by johsei1129 | 2019-05-14 23:39 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 12日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(116)

【普賢経五箇の大事】


第二 不断煩悩 不離五欲 得浄諸根 滅除諸罪の事(注)

御義口伝に云く此の文は煩悩即菩提・生死即涅槃を説かれたり。

法華の行者は貪欲は貪欲のまま、恚は瞋恚のまま、愚癡は愚癡のまま、普賢菩薩の行法なりと心得可きなり云云。




不断煩悩 不離五欲 得浄諸根 滅除諸罪
普賢経の前段の下記の文文にある偈
[原典]
世尊、如來滅後  何衆生起菩薩心 修行大乘方等經典 正念思惟一實境界
云何不失無上菩提之心 云何復當 不斷煩惱 不離五欲 得淨諸根 滅除諸罪
父母所生清淨常眼 不斷五欲而能得見諸障外事 
[和訳]
世尊よ、如来の滅後に、如何にして衆生・菩薩の心を起し、大乗方等経典を修行し、正しく念じ、一実の境界を思惟せん。
如何にして無上の菩提の心を失わざらん。如何にして、復た当に煩悩を断ぜず五欲を離れずして、諸根を浄め諸罪を滅除することを得んや。
父母から所生の清浄の常の眼、五欲を断ぜずして而も能く諸の障外の事を見ることを得べきや。








by johsei1129 | 2019-05-12 20:56 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 11日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(115)


第一 普賢経の事 (注)

題号をば仏説観普賢菩薩行法経(注)と云云。

御義口伝に云く、此の法華経は十界互具・三千具足の法体なれば三千十界悉く普賢なり。

法界一法として漏るる義之れ無し、故に普賢なり。

妙法の十界蓮華の十界なれば依正の二法悉く法華経なりと結し納めたる経なれば、此の普賢経を結経とは云うなり。

然らば十界を妙法蓮華経と結し合せたり云云。




普賢経の事
普賢経は「仏説観普賢菩薩行法経」の略称である。
また法華経の第二十八は「普賢菩薩勧発品」であるが内容は「仏説観普賢菩薩行法経」と基本的に同じで、口伝で伝えられていた法華経を文字化し経典とする時に付け加えられたと推定されます。法華経の属累品第二十二以降の品は普賢経と同様、法華経の教典化の際に付け加えられたと推定されます。

この事について日蓮大聖人は【観心本尊抄】で、法華経二十八品の中で、如来寿量品第十六は極説中の極説で、従地涌出品第十五の後半半品と、分別功徳品第十七の前半半品を加えた「一品二半」以外は小乗経であると次の様に断じておられる。
「本門に於て序正流通有り。過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品、涅槃経等の一代五十余年の諸経、十方三世諸仏の微塵の経経は、皆寿量の序分なり、一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く」と。

さらに『御義口伝【神力品八箇の大事】第一 妙法蓮華経如来神力の事』で次の様に解き明かされておられます。
「惣じて妙法蓮華経を上行菩薩に付属し給う事は、宝塔品の時事起り、寿量品の時事顕れ、神力属累の時事竟るなり」と。



【御義口伝 下】要点解説(116)に続く






by johsei1129 | 2019-05-11 23:09 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 10日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(114)

【無量義経六箇の大事】


第六 無量義経の事

御義口伝に云く、無量義処とは一念三千なり、十界各各無量に義処たり。

此の当体其の侭、実相の一理より外は之れ無きを諸法実相と説かれたり。

其の為の序なる故に一念三千の序として無量義処と云うなり、処は一念無量、義は三千なり。

我等衆生、朝夕吐く所の言語も、依正二法、共に無量に義処たり。此れを妙法蓮華経とは云うなり。

然る間、法華の為の序分、開経(注)なり云云。


開経
法華経八巻の開教は「無量義経一巻」で結経は「仏説観普賢菩薩行法経(略:普賢経)一巻]
全て合わせて法華経三部経とも称する。









by johsei1129 | 2019-05-10 19:42 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 09日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(113)

【無量義経六箇の大事】

※注意 
無量義経の大事は堀日亨上人編纂の新編と阿部日顕上人監修の平成新編では一部異なっております。
新編は無量義経六箇の大事となっており、第五無量義経の事の次に同じ表題(無量義処の事)で内容が異なる「 第六無量義処の事」が存在します。
平成新編は第五・ 第六をまとめ一部削除し「第五無量義処の事」と編集しております。しかし削除した内容は「四十余年未顕真実」が記
されていて極めて重要であります。よって私は内容は堀日亨上人編纂の新編を生かし、 第六無量義処を 第六無量義経と表題を変えて暫定対処致させて頂きます。
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第五 無量義処の事

御義口伝に云く、法華経八巻は処なり、無量義経は無量義なり。

無量義は三諦・三観・三身・三乗・三業なり。

法華経に於一仏乗・分別説三と説いて法華の為の序おな分と成るなり。

爰を以て隔別の三諦は無得道・円融の三諦は得道と定むる故に、四十余年未顕真実(注)と破し給えり云云。



(注)
四十余年未顕真実
下記無量義経説法品第二にある文文
[原文]
善男子 我先道場 菩提樹下 端坐六年 得成阿耨多羅三藐三菩提 
以佛眼觀 一切諸法 不可宣説 所以者何 知諸衆生 性欲不同 
性欲不同 種種説法 種種説法 以方便力 四十餘年 未顕真実
[和訳]
善男子、我れ先に道場の菩提樹の下に端坐すること六年にして、阿耨多羅三藐三菩提を得たり。
仏眼を以て一切の諸法を観ずるに、宣説すべからず。所以はいかん、諸々の衆生の性と欲不同なることを知れる故なり。
性欲不同なれば種種に法を説き、種種に法を説くこと方便力をもって為し、(成道後)四十余年にはいまだ真実を顕さず。







by johsei1129 | 2019-05-09 20:34 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 05日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(112)

【無量義経六箇の大事】

第四 処の一字の事(注)

御義口伝に云く、処の一字は法華経なり。三蔵教(注)通教(注)とは無の字に摂し、別教(注)は量の字に摂し、円教(注)は義の字に摂するなり。

此の爾前の四教(注)を所生と定めさて、序分の此の経を能生と定めたり、能生を且く処と云い、所生を無量義と定めたり。

仍つて権教に相対して無量義処を沙汰するなり云云。





処の一字の事
無量義経十功品第三の以下の文にあるについての御義口伝となります。
善男子、是の經は本より諸佛の室宅の中より來り、去て一切衆生の發菩提心に至り、諸の菩薩所行のに住す』

三蔵教・通教・別教・円教
釈尊の教えを勝劣によって4種に天台大師が体系化した教判。
三蔵教は小乗経で声聞を対象としている。通教は小乗・大乗に通じる意で、声聞・縁覚・菩薩に通ずる(主に菩薩を対象)初期大乗の教え。
別教は菩薩だけに説かれ、 空仮中の三諦が各別である教え。円教 は円融三諦を説き華厳経が該当する。
妙楽大師(天台宗第6祖)は『法華玄義釈籤』で、法華経を純円と定めている。

爾前の四教
法華経以前の蔵教・通教・別教・円教を示しております。







by johsei1129 | 2019-05-05 19:17 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 03日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を後継者、日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(111)

【無量義経五箇の大事】

第三 義の字の事

御義口伝に云く、義とは観心なり、其の故は文は教相、義は観心(注)なり。

所説の文字を心地に沙汰するを義と云うなり、就中(なかんずく)無量義は一法より無量の義を出生すと談ず。

能生は義、所生は無量なり、是は無量義経の能生・所生なり。

法華経と無量義経とを相対する能所に非ざるなり。無相不相名為実相の理より万法を開出すと云う、源が実相なる故に観心と云うなり。

此くの如く無量義の三字を迹門・本門・観心に配当する事は、法華の妙法等の題と今の無量義の題と一体不二の序正なり、と相承の心を相伝せむが為なり。



文は教相、義は観心
教相は謂わば理論であり、観心は実際の事実を意味する。
例えば全ての衆生に仏界=仏の命が内在しているとする教えは、この段階では理論であり、つまり教相である。
そして実際に日蓮大聖人が図現なされた御本尊に南無妙法蓮華と唱えて己心の仏界を湧現することは実際の事実となり観心となる。

日蓮大聖人はこの観心について【観心本尊抄】で次の様に解き明かされておられます。
『観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず、明鏡(注)に向うの時始めて自具の六根を見るが如し』と。

明鏡

日蓮大聖人が図現なされた十界曼荼羅ご本草を意味しております。

さらに日蓮大聖人は「教相・観心」について【本因妙抄】において次の様に解き明かされておられます。
『日蓮は名字即の位、弟子檀那は理即の位なり、上行所伝結要(けっちょう)付属の行儀は教観判乗・皆名字即・五味の主の修行なり。
故に教相の次第、要用に依る可し。唯大綱を存する時は余は網目を事とせず彼は網目・此れは大綱、彼は網目の教相の主、此れは大綱・首題の主。
 恐くは日蓮の行儀には天台伝教も及ばず、何に況や他師の行儀に於てをや。唯在世八箇年の儀式を移して滅後・末法の行儀と為す。
然りと雖も(※釈尊)は熟脱(じゅくだつ)の教主、某(※日蓮)は下種の法主なり。彼の一品二半は舎利弗等の為には観心たり、我等・凡夫の為には教相たり。
理即・短妄の凡夫の為の観心は余行に渡らざる南無妙法蓮華経是なり。是くの如く深義を知らざる僻人(びゃくにん)出来して、予が立義は教相辺外と思う可き者なり。
此等は皆宿業の拙き、修因感果の至極せるなるべし。
 
 彼の天台大師には三千人の弟子ありて章安(注)一人朗然なり、伝教大師は三千人の衆徒を置く、義真(注)已後は其れ無きが如し。
(※日蓮大聖人御在世の今)以て此くの如し、数輩の弟子有りと雖も、疑心無く正義を伝うる者は希にして、一二の小石(注)の如し、秘す可きの法門なり』と。
※は筆者追記

章安
中国天台宗第四祖、天台大師(天台宗第三祖)が説いた法華経の釈三大部「法華玄義、法華文句、摩訶止観」その他、天台大師の大半の説法を筆録した。

義真
最澄の中国語の通訳として付き添い唐へ渡る。822年、最澄没後、比叡山延暦寺大乗戒壇、初の授戒の伝戒師となる。2年後、初代の天台座主に就任

一二の小石
日蓮大聖人に常随給仕なされた第二祖日興上人並びに第三祖日目上人であろうと強く推察されます。










by johsei1129 | 2019-05-03 17:29 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)