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日蓮大聖人『御書』解説

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タグ:報恩抄 ( 5 ) タグの人気記事


2016年 12月 02日

報恩抄 要点解説その五

日蓮大聖人は『妙法蓮華経の五字は一部・八巻・二十八品の肝心にあらずや』と示され、いよいよ末法に弘通すべき「正法」について解き明かし、『日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ』と、宣言いたします。

問うて云く天台伝教の弘通し給わざる正法ありや、答えて云く有り求めて云く何物ぞや、答えて云く三あり、末法のために仏留め置き給う迦葉・阿難等・馬鳴・竜樹等・天台・伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり、求めて云く其の形貌如何、答えて云く一には日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし、二には本門の戒壇、三には日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり、例せば風に随つて波の大小あり薪によつて火の高下あり池に随つて蓮の大小あり雨の大小は竜による根ふかければ枝しげし源遠ければ流ながしと・いうこれなり、周の代の七百年は文王の礼孝による秦の世ほどもなし始皇の左道によるなり、日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ、此の功徳は伝教・天台にも超へ竜樹・迦葉にもすぐれたり、極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、是れひとへに日蓮が智のかしこきには・あらず時のしからしむる耳(のみ)、春は花さき秋は菓なる夏は・あたたかに冬は・つめたし時のしからしむるに有らずや。
 
「我滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布して閻浮提に於て断絶して悪魔・魔民・諸の天竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便りを得せしむること無けん」等云云。
此の経文若しむなしくなるならば舎利弗は華光如来とならじ、迦葉尊者は光明如来とならじ、目蓮は多摩羅跋栴檀香仏とならじ、阿難は山海慧自在通王仏とならじ、摩訶波闍波提比丘尼は一切衆生喜見仏とならじ、耶輸陀羅比丘尼は具足千万光相仏とならじ、三千塵点も戯論となり、五百塵点も妄語となりて恐らくは教主釈尊は無間地獄に堕ち、多宝仏は阿鼻の炎にむせび、十方の諸仏は八大地獄を栖とし、一切の菩薩は一百三十六の苦をうくべし・いかでかその義候べき。

其の義なくば日本国は一同の南無妙法蓮華経なり、されば花は根にかへり真味は土にとどまる、此の功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。

  建治二年太歳丙子七月二十一日        之を記す
  甲州波木井郷身延山より安房の国・東条の郡・清澄山・浄顕房・義成房の許に奉送す







by johsei1129 | 2016-12-02 18:30 | 報恩抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2016年 12月 01日

報恩抄 要点解説その四

次に日蓮大聖人は『問うて云く法華経・一部・八巻・二十八品の中に何物か肝心なるや』と、論難を立てて、法華経二十八品の肝心を説かれていきます。
『答えて云く華厳経の肝心は大方広仏華厳経・阿含経の肝心は仏説中阿含経・大集経の肝心は大方等大集経、般若経の肝心は摩訶般若波羅蜜経、雙観経の肝心は仏説無量寿経、観経の肝心は仏説観無量寿経、阿弥陀経の肝心は仏説阿弥陀経、涅槃経の肝心は大般涅槃経。かくのごとくの一切経は皆如是我聞の上の題目・其の経の肝心なり。大は大につけ小は小につけて題目をもつて肝心とす。

今の法華経も亦もつて・かくのごとし、如是我聞の上の妙法蓮華経の五字は即一部八巻の肝心、亦復・一切経の肝心・一切の諸仏・菩薩・二乗・天人・修羅・竜神等の頂上の正法なり。
問うて云く南無妙法蓮華経と心もしらぬ者の唱うると南無大方広仏華厳経と心もしらぬ者の唱うると斉等なりや、浅深の功徳差別せりや。

答えて云く浅深等あり、疑て云く其の心如何。
答えて云く小河は露と涓と井と渠と江とをば収むれども大河ををさめず、大河は露乃至小河を摂むれども大海ををさめず。阿含経は井江等露涓ををさめたる小河のごとし、方等経・阿弥陀経・大日経・華厳経等は小河ををさむる大河なり。

法華経は露・涓・井・江・小河・大河・天雨等の一切の水を一たいももらさぬ大海なり。譬えば身の熱者の大寒水の辺にいねつればすずしく・小水の辺に臥ぬれば苦きがごとし、五逆・謗法の大きなる一闡提人・阿含・華厳・観経・大日経等の小水の辺にては大罪の大熱さんじがたし、法華経の大雪山の上に臥ぬれば五逆・誹謗・一闡提等の大熱忽に散ずべし・されば愚者は必ず法華経を信ずべし、各各経経の題目は易き事・同じといへども愚者と智者との唱うる功徳は天地雲泥なり、譬へば大綱は大力も切りがたし小力なれども小刀をもつて・たやすく・これをきる、譬へば堅石をば鈍刀をもてば大力も破がたし、利剣をもてば小力も破りぬべし、譬へば薬はしらねども服すれば病やみぬ食は服すれども病やまず、譬へば仙薬は命をのべ凡薬は病をいやせども命をのべず。

  疑つて云く二十八品の中に何か肝心ぞや、答えて云く或は云く品品皆事に随いて肝心なり、或は云く方便品・寿量品肝心なり、或は云く方便品肝心なり、或は云く寿量品肝心なり、或は云く開示悟入肝心なり、或は云く実相肝心なり。

問うて云く汝が心如何。答う南無妙法蓮華経肝心なり、其の証如何阿難・文殊等・如是我聞等云云。問うて云く心如何、答えて云く阿難と文殊とは八年が間・此の法華経の無量の義を一句・一偈・一字も残さず聴聞してありしが、仏の滅後に結集の時・九百九十九人の阿羅漢が筆を染めてありしに先づはじめに妙法蓮華経とかかせ給いて如是我聞と唱えさせ給いしは、
妙法蓮華経の五字は一部・八巻・二十八品の肝心にあらずや。されば過去の燈明仏の時より法華経を講ぜし光宅寺の法雲法師は「如是とは将に所聞を伝えんとす前題に一部を挙ぐるなり」等云云。

霊山にまのあたり・きこしめしてありし天台大師は「如是とは所聞の法体なり」等云云。章安大師の云く記者釈して曰く「蓋し序王とは経の玄意を叙し玄意は文心を述す」等云云。此の釈に文心とは題目は法華経の心なり妙楽大師云く「一代の教法を収むること法華の文心より出ず」等云云。

天竺は七十箇国なり総名は月氏国・日本は六十箇国・総名は日本国・月氏の名の内に七十箇国・乃至人畜・珍宝みなあり、日本と申す名の内に六十六箇国あり、出羽の羽も奥州の金も乃至国の珍宝・人畜乃至寺塔も神社もみな日本と申す二字の名の内に摂れり、天眼をもつては日本と申す二字を見て六十六国乃至人畜等をみるべし・法眼をもつては人畜等の此に死し彼に生るをもみるべし。

譬へば人の声をきいて体をしり跡をみて大小をしる蓮をみて池の大小を計り雨をみて竜の分斉をかんがう、これはみな一に一切の有ることわりなり、阿含経の題目には大旨一切はあるやうなれども但小釈迦・一仏のみありて他仏なし、華厳経・観経・大日経等には又一切有るやうなれども二乗を仏になすやうと久遠実成の釈迦仏いまさず、例せば華さいて菓ならず雷なつて雨ふらず鼓あつて音なし眼あつて物をみず女人あつて子をうまず人あつて命なし又神なし、大日の真言・薬師の真言・阿弥陀の真言・観音の真言等又かくのごとし、彼の経経にしては大王・須弥山・日月・良薬・如意珠・利剣等のやうなれども法華経の題目に対すれば雲泥の勝劣なるのみならず皆各各・当体の自用を失ふ、例せば衆星の光の一の日輪にうばはれ諸の鉄の一の磁石に値うて利性のつき大剣の小火に値て用を失ない牛乳・驢乳等の師子王の乳に値うて水となり衆狐が術・一犬に値うて失い、狗犬が小虎に値うて色を変ずるがごとし。

南無妙法蓮華経と申せば南無阿弥陀仏の用も南無大日真言の用も観世音菩薩の用も一切の諸仏・諸経・諸菩薩の用皆悉く妙法蓮華経の用に失なはる。彼の経経は妙法蓮華経の用を借ずば皆いたづらのものなるべし当時眼前のことはりなり。

日蓮が南無妙法蓮華経と弘むれば南無阿弥陀仏の用は月のかくるがごとく、塩のひるがごとく、秋冬の草のかるるがごとく、冰の日天に・とくるがごとく・なりゆくをみよ』
と。


報恩抄 要点解説その五に続く







by johsei1129 | 2016-12-01 22:47 | 報恩抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 30日

報恩抄 要点解説その三

日蓮大聖人は引き続いて諸経の日本伝来の経緯を示すと共に、特に真言宗を強く責めていきます。

それは・いかにもあれ慈覚・智証の二人は言は伝教大師の御弟子とは・なのらせ給ども心は御弟子にあらず。其の故は此の書に云く「謹で依憑集一巻を著わして同我の後哲に贈る」等云云。同我の二字は真言宗は天台宗に劣るとならひてこそ同我にてはあるべけれ。
我と申し下さるる宣旨に云く「専ら先師の義に違い偏執の心を成す」等云云。又云く「凡そ厥師資の道一を闕いても不可なり」等云云。

此の宣旨のごとくならば慈覚・智証こそ専ら先師にそむく人にては候へ。かうせめ候もをそれにては候へども此れをせめずば大日経・法華経の勝劣やぶれなんと存じていのちをまとに・かけてせめ候なり。此の二人の人人の弘法大師の邪義をせめ候はざりけるは最も道理にて候いけるなり。されば粮米をつくし人をわづらはして漢土へわたらせ給はんよりは本師・伝教大師の御義を・よくよく・つくさせ給うべかりけるにや。

されば叡山の仏法は但だ伝教大師・義真和尚・円澄大師の三代計りにてやありけん。天台座主すでに真言の座主にうつりぬ名と所領とは天台山其の主は真言師なり、されば慈覚大師・智証大師は已今当の経文をやぶらせ給う人なり。已今当の経文をやぶらせ給うは・あに釈迦・多宝・十方の諸仏の怨敵にあらずや、弘法大師こそ第一の謗法の人とおもうに、これは・それには・にるべくもなき僻事なり。

其の故は水火・天地なる事は僻事なれども人用ゆる事なければ其の僻事成ずる事なし。弘法大師の御義はあまり僻事なれば弟子等も用ゆる事なし、事相計りは其の門家なれども其の教相の法門は弘法の義いゐにくきゆへに善無畏・金剛智・不空・慈覚・智証の義にてあるなり。慈覚・智証の義こそ真言と天台とは理同なりなんど申せば皆人さもやと・をもう。かう・をもうゆへに事勝の印と真言とにつひて天台宗の人人・画像・木像の開眼の仏事を・ねらはんがために日本・一同に真言宗におちて天台宗は一人もなきなり。例せば法師と尼と黒と青とは・まがひぬべければ眼くらき人はあやまつぞかし。僧と男と白と赤とは目くらき人も迷わず、いわうや眼あきらかなる者をや、慈覚・智証の義は法師と尼と黒と青とが・ごとくなる・ゆへに、智人も迷い愚人もあやまり候て、此の四百余年が間は叡山・園城・東寺・奈良・五畿・七道・日本一州・皆謗法の者となりぬ。

 抑も法華経の第五に「文殊師利此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の上に在り」云云。
此の経文のごとくならば法華経は大日経等の衆経の頂上に住し給う正法なり。さるにては善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証等は此の経文をばいかんが会通せさせ給うべき。

法華経の第七に云く「能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如し一切衆生の中に於て亦為第一なり」等云云。
此の経文のごとくならば法華経の行者は川流・江河の中の大海・衆山の中の須弥山・衆星の中の月天・衆明の中の大日天、転輪王・帝釈・諸王の中の大梵王なり。
伝教大師の秀句と申す書に云く「此の経も亦復是くの如し乃至諸の経法の中に最も為第一なり能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如し一切衆生の中に於て亦為第一なり」已上経文なりと引き入れさせ給いて次下に云く「天台法華玄に云く」等云云、已上玄文と・かかせ給いて上の心を釈して云く「当に知るべし他宗所依の経は未だ最も為れ第一ならず其の能く経を持つ者も亦未だ第一ならず、天台法華宗所持の法華経は最も為れ第一なる故に能く法華を持つ者も亦衆生の中の第一なり。已に仏説に拠る豈自歎ならん哉」等云云。

次下に譲る釈に云く「委曲の依憑具さに別巻に有るなり」等云云、依憑集に云く「今吾が天台大師法華経を説き法華経を釈すること群に特秀し唐に独歩す明に知んぬ如来の使なり讃る者は福を安明に積み謗る者は罪を無間に開く」等云云。

法華経・天台・妙楽・伝教の経釈の心の如くならば今日本国には法華経の行者は一人も・なきぞかし、月氏には教主釈尊・宝塔品にして一切の仏を・あつめさせ給て大地の上に居せしめ大日如来計り宝塔の中の南の下座にすへ奉りて教主釈尊は北の上座につかせ給う。此の大日如来は大日経の胎蔵界の大日・金剛頂経の金剛界の大日の主君なり。両部の大日如来を郎従等と定めたる多宝仏の上座に教主釈尊居せさせ給う、此れ即ち法華経の行者なり天竺かくのごとし。漢土には陳帝の時・天台大師・南北にせめかちて現身に大師となる「群に特秀し唐に独歩す」という・これなり。
日本国には伝教大師・六宗にせめかちて日本の始第一の根本大師となり給う。月氏・漢土・日本に但三人計りこそ於一切衆生中亦為第一にては候へ。されば秀句に云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去つて深きに就くは丈夫の心なり。天台大師は釈迦に信順して法華宗を助けて震旦に敷揚し叡山の一家は天台に相承して法華宗を助けて日本に弘通す」等云云。
仏滅後・一千八百余年が間に法華経の行者・漢土に一人・日本に一人・已上二人釈尊を加へ奉りて已上三人なり。

日蓮大聖人は釈尊滅後一千八百余年の法華経の行者は「漢土の天台大師、日本の伝教大師」の二人だけであると断じた後、いよいよ末法の法華経の行者は日蓮自身であることを解き明かしていきます。

されば此の真言・禅宗・念仏等やうやく・かさなり来る程に、人王八十二代・尊成・隠岐の法皇・権の太夫殿を失わんと年ごろ・はげませ給いけるゆへに、大王たる国主なれば・なにとなくとも師子王の兎を伏するがごとく、鷹の雉を取るやうにこそ・あるべかりし上、叡山・東寺・園城・奈良七大寺・天照太神・正八幡・山王・加茂・春日等に数年が間・或は調伏・或は神に申させ給いしに二日・三日・だにも・ささへかねて佐渡国・阿波国・隠岐国等にながし失て終にかくれさせ給いぬ。調伏の上首・御室は但東寺をかへらるるのみならず眼のごとくあひせさせ給いし第一の天童・勢多伽が頚切られたりしかば、調伏のしるし還著於本人のゆへとこそ見へて候へ。
これはわづかの事なり。此の後定んで日本国の諸臣万民一人もなく乾草を積みて火を放つがごとく、大山のくづれて谷をうむるがごとく我が国・他国にせめらるる事出来すべし。

此の事・日本国の中に但日蓮一人計りしれり。いゐいだすならば殷の紂王の比干が胸を・さきしがごとく、夏の桀王の竜蓬が頚を切りしがごとく、檀弥羅王の師子尊者が頚を刎ねしがごとく、竺の道生が流されしがごとく、法道三蔵のかなやきをやかれしがごとく、ならんずらんとは・かねて知りしかども、法華経には「我身命を愛せず、但無上道を惜しむ」ととかれ、涅槃経には「寧身命を喪うとも教を匿さざれ」といさめ給えり。

今度命をおしむならば・いつの世にか仏になるべき、又何なる世にか父母・師匠をも・すくひ奉るべきと・ひとへに・をもひ切りて申し始めしかば、案にたがはず或は所をおひ、或はのり、或はうたれ、或は疵を・かうふるほどに去ぬる弘長元年辛酉五月十二日に御勘気を・かうふりて伊豆の国伊東にながされぬ。又同じき弘長三年癸亥二月二十二日にゆりぬ。

 其の後弥菩提心強盛にして申せば・いよいよ大難かさなる事・大風に大波の起るがごとし。昔の不軽菩薩の杖木のせめも我身に・つみしられたり、覚徳比丘が歓喜仏の末の大難も此れには及ばじとをぼゆ。日本六十六箇国・嶋二の中に一日・片時も何れの所に・すむべきやうもなし。古は二百五十戒を持ちて忍辱なる事・羅云のごとくなる持戒の聖人も、富楼那のごとくなる智者も日蓮に値いぬれば悪口をはく。正直にして魏徴・忠仁公のごとくなる賢者等も日蓮を見ては理をまげて非とをこなう。いわうや世間の常の人人は犬のさるをみたるがごとく猟師が鹿を・こめたるににたり。日本国の中に一人として故こそ・あるらめと・いう人なし道理なり。人ごとに念仏を申す人に向うごとに念仏は無間に堕つるというゆへに、人ごとに真言を尊む真言は国をほろぼす悪法という。

国主は禅宗を尊む日蓮は天魔の所為というゆへに我と招ける・わざわひなれば人の・のるをも・とがめず・とがむとても一人ならず、打つをも・いたまず本より存ぜしがゆへに・かう・いよいよ身も・をしまず力にまかせて・せめしかば、禅僧数百人・念仏者数千人・真言師百千人・或は奉行につき或はきり人につき或はきり女房につき或は後家尼御前等について無尽のざんげんをなせし程に最後には天下第一の大事・日本国を失わんと咒そする法師なり。故最明寺殿・極楽寺殿を無間地獄に堕ちたりと申す法師なり、御尋ねあるまでもなし。但須臾に頚をめせ、弟子等をば又頚を切り、或は遠国につかはし、或は篭に入れよと尼ごぜんたち・いからせ給いしかば・そのまま行われけり。

去ぬる文永八年辛未九月十二日の夜は相模の国たつの口にて切らるべかりしが、いかにしてやありけん其の夜は・のびて依智というところへつきぬ。又十三日の夜はゆりたりと・どどめきしが又いかにやありけん・さどの国までゆく。今日切るあす切るといひしほどに四箇年というに結句は去ぬる文永十一年太歳甲戌二月十四日に・ゆりて同じき三月二十六日に鎌倉へ入り同じき四月八日平の左衛門の尉に見参してやうやうの事申したりし中に、今年は蒙古は一定よすべしと申しぬ。同じき五月の十二日にかまくらをいでて此の山に入れり、これは・ひとへに父母の恩・師匠の恩・三宝の恩・国恩をほうぜんがために身をやぶり命をすつれども破れざれば・さでこそ候へ。又賢人の習い三度国をいさむるに用いずば山林にまじわれと・いうことは定まるれいなり。
此の功徳は定めて上三宝・下梵天・帝釈・日月までも・しろしめしぬらん、父母も故道善房の聖霊も扶かり給うらん。
<中略>
さればいかにおもひたてまつれども・まいるべきにあらず、但し各各・二人(浄顕房・義浄房)は日蓮が幼少の師匠にて・おはします。勤操僧正・行表僧正の伝教大師の御師たりしが・かへりて御弟子とならせ給いしがごとし。日蓮が景信にあだまれて清澄山を出でしに、かくしおきてしのび出でられたりしは天下第一の法華経の奉公なり、後生は疑いおぼすべからず。


報恩抄 要点解説その四に続く







by johsei1129 | 2016-11-30 19:12 | 報恩抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 29日

報恩抄 要点解説その二

つぎに日蓮大聖人は「世間をみるに各各、我も我もといへども国主は但一人なり。二人となれば国土おだやかならず。家に二の主あれば其の家必ずやぶる。
一切経も又かくのごとくや有るらん。何の経にても・をはせ、一経こそ一切経の大王にてはをはすらめ」と示され、その上で「一教」定めるためには次のように「法に依つて人に依らざれ」と、断じ、
仏を除き奉りて外(中略)諸の人師に依っはならず、法つまり一切経の王である法華経にこそ依らなければならないことを解き明かします。猶、この依るとは「帰命」する事であると強く拝します。

一切経を開きみるに涅槃経と申す経に云く「法に依つて人に依らざれ」等云云。
依法と申すは一切経、不依人と申すは
仏を除き奉りて外の普賢菩薩・文殊師利菩薩乃至上にあぐるところの諸の人師なり。
此の経に又云く「了義経に依つて不了義経に依らざれ」等云云。此の経に指すところ了義経と申すは法華経、不了義経と申すは華厳経・大日経・涅槃経等の已今当(※注)の一切経なり。されば仏の遺言を信ずるならば専ら法華経を明鏡として一切経の心をばしるべきか』と。

此の法華経は華厳経・大日経・涅槃経等の一切経の頂上の如意宝珠なり。されば専ら論師人師をすてて経文に依るならば大日経・華厳経等に法華経の勝れ給えることは、日輪の青天に出現せる時眼あきらかなる者の天地を見るがごとく高下宛然なり。又大日経・華厳経等の一切経をみるに此の経文に相似の経文・一字・一点もなし。
或は小乗経に対して勝劣をとかれ或は俗諦に対して真諦をとき或は諸の空仮に対して中道をほめたり、譬へば小国の王が我が国の臣下に対して大王というがごとし。
法華経は諸王に対して大王等と云云。
<中略>
或る人疑つて云く漢土・日本にわたりたる経経にこそ法華経に勝たる経はをはせずとも、月氏・竜宮・四王・日月・とう利天・都率天なんどには恒河沙の経経ましますなれば、其中に法華経に勝れさせ給う御経やましますらん。
答て云く、一をもつて万を察せよ。庭戸を出でずして天下をしるとはこれなり。癡人が疑つて云く我等は南天を見て東西北の三空を見ず、彼の三方の空に此の日輪より別の日やましますらん。
山を隔て煙の立つを見て火を見ざれば、煙は一定なれども火にてやなかるらん。かくのごとくいはん者は一闡提の人としるべし生盲にことならず。

法華経の法師品に釈迦如来金口の誠言をもつて五十余年の一切経の勝劣を定めて云く「我所説の経典は無量千万億にして已に説き今説き当に説ん而も其の中に於て此法華経は最も為難信難解なり」等云云。

此の経文は但釈迦如来・一仏の説なりとも等覚已下は仰いで信ずべき、上多宝仏・東方より来りて真実なりと証明し十方の諸仏集りて釈迦仏と同く、広長舌を梵天に付け給て後・各各・国国へ還らせ給いぬ。已今当の三字は五十年並びに十方三世の諸仏えの御経、一字一点ものこさず引き載せて法華経に対して説せ給いて候を十方の諸仏・此座にして御判形を加えさせ給い、各各・又自国に還らせ給いて我弟子等に向わせ給いて法華経に勝れたる御経ありと説せ給はば、其の所化の弟子等信用すべしや。又我は見ざれば月氏・竜宮・四天・日月等の宮殿の中に法華経に勝れさせ給いたる経や・おはしますらんと疑いをなすはされば、梵釈・日月・四天・竜王は法華経の御座にはなかりけるか。若し日月等の諸天・法華経に勝れたる御経まします、汝はしらずと仰せあるならば大誑惑の日月なるべし。

日蓮せめて云く、日月は虚空に住し給へども我等が大地に処するがごとくして堕落し給はざる事は上品の不妄語戒の力ぞかし。法華経に勝れたる御経ありと仰せある大妄語あるならば恐らくはいまだ壊劫にいたらざるに大地の上にどうとおち候はんか無間大城の最下の堅鉄にあらずばとどまりがたからんか。
大妄語の人は須臾も空に処して四天下を廻り給うべからずとせめたてまつるべし。而るを華厳宗の澄観等・真言宗の善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証等の大智の三蔵大師等の華厳経・大日経等は法華経に勝れたりと立て給わば、我等が分斉には及ばぬ事なれども大道理のをすところは豈諸仏の大怨敵にあらずや。提婆・瞿伽梨もものならず大天・大慢・外にもとむべからず・かの人人を信ずる輩はをそろし・をそろし』と。

※注 已今当:天台は已経は法華経以前の爾前経で、今教は法華経開教の「無量義経」、当経は「涅槃経」と定め、法華経は已今当の三教に超越した経であるとの釈を立てている。


報恩抄 要点解説その三に続く





by johsei1129 | 2016-11-29 23:07 | 報恩抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 28日

報恩抄 要点解説その一

報恩抄は日蓮大聖人が十二歳に安房の清澄寺に登り十六歳で得度し是生房連長の法名を賜った、師・道善坊の死を弔うとともに、真の「報恩」について解き明かされた法門です。
大聖人は直弟子日向を使として本抄を清澄寺の兄弟子「浄顕房と義浄房」宛に持参させ、故道善房の墓前で本抄を拝読させておられます。
八万四千宝蔵といわれる釈尊の一切経のなかで、最第一の『法』である『妙法蓮華経』を流布し、一切衆生を救済することこそが、師への報恩であることを示されておられます。
尚、御真筆は身延久遠寺にありましたが、明治八年の大火により焼失されましたが、池上本門寺他五箇所に断簡が残されておられます。

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[報恩抄御真筆 断簡(池上本門寺蔵)]

日蓮大聖人は本抄冒頭で、報恩の意義つにいて次の様に門下に諭されます。『いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか。

譬へば衆盲をみちびかんには生盲の身にては橋河をわたしがたし。方風を弁えざらん大舟は諸商を導きて宝山にいたるべしや。仏法を習い極めんとをもはばいとまあらずば叶うべからずいとまあらんとをもはば父母・師匠・国主等に随いては叶うべからず是非につけて出離の道をわきまへざらんほどは父母・師匠等の心に随うべからず。
この義は諸人をもはく顕にもはづれ冥にも叶うまじとをもう、しかれども外典の孝経にも父母主君に随はずして忠臣・孝人なるやうもみえたり、内典の仏経に云く「恩を棄て無為に入るは真実報恩の者なり」等云云。比干が王に随わずして賢人のなをとり悉達太子の浄飯大王に背きて三界第一の孝となりしこれなり。

 かくのごとく存して父母・師匠等に随わずして仏法をうかがひし程に一代聖教をさとるべき明鏡十あり。所謂る倶舎・成実・律宗・法相・三論・真言・華厳・浄土・禅宗・天台法華宗なり。
此の十宗を明師として一切経の心をしるべし世間の学者等おもえり。
此の十の鏡はみな正直に仏道の道を照せりと小乗の三宗はしばらく・これををく、民の消息の是非につけて他国へわたるに用なきがごとし。
大乗の七鏡こそ生死の大海をわたりて浄土の岸につく大船なれば、此を習いほどひて我がみも助け人をも・みちびかんとおもひて習ひみるほどに、大乗の七宗いづれも・いづれも自讃あり我が宗こそ一代の心はえたれ・えたれ等云云』と。

報恩抄 要点解説その二に続く



by johsei1129 | 2016-11-28 20:47 | 報恩抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)