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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 10月 03日

観心本尊抄文段 下三五


一 次下(つぎしも)(ぞく)(るい)品に云く等文。

此の下は次に総付嘱の文を引く、亦二と()す。初めに正しく引き、次に釈。

文に云く「地涌の菩薩を以て頭と為して()()」等とは、

問う、地涌の菩薩も(また)総付嘱を受くるや。若し(しか)らば、太田抄の中に総付嘱を明かすに、何ぞ(ただ)文殊(もんじゅ)観音(かんのん)等に約するや。

答う、通命(すで)に本化・迹化に(わた)る。総付嘱、(あに)本化に通ぜざらんや。故に「地涌(じゆ)の菩薩を以て(はじめ)()して」と云うなり。(けだ)し大田抄の意は、別付嘱ば(ただ)本化に限る。故に総付嘱を以て(しばら)く迹化等に約す。地涌総付嘱を受けずと()には(あら)ざるなり。若し啓運抄の義は(はなは)だ不可なり。

問う、総付嘱とは一経に(わた)ると為んや。若し(しか)らば下山抄に云く「迹化(しゃっけ)他方の大菩薩に法華経の半分・迹門十四品を譲り給う」等云云。此の如何(いかん)

答う、(ただ)経に亘るのみに非ず、(なお)前後代の諸経に通ずるなり。

故に太田抄に云く「法華経の要より(ほか)の広略二門、並びに前後一代の一切経を此等の大士(だいし)に付嘱す」等云云。

若し下山抄の意は、文底下種の要法を本門と名づけ、文上の広略を通じて迹門と名づく。故に()いて太田抄の意に同じきなり。

問う、一代諸経を通じて本化・迹化に付す。()是れ同じきや。

答う、其の意同じからず。(いわ)く、代諸経の体外(たいげ)の辺を以て迹化等に付嘱するなり。(ここ)(また)二意あり。

に謂く、正像二千年の機の為なり。二に謂く、末法弘通(ぐつう)の序分の為なり。

又一代諸経の体内の辺を以て本化の菩薩に付嘱し、以て文底の流通(るつう)と為すなり。故に知んぬ、前品には正宗(しょうしゅう)を付嘱し、当品に至って流通を付嘱す、故に「神力(じんりき)(ぞく)(るい)に事(きわ)まる」と云うなり。

                    つづく

文段下 目次



# by johsei1129 | 2015-10-03 19:47 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 02日

観心本尊抄文段 下三四  称歎付嘱と云うは、即ち是れ本尊の功徳を称歎するなり。 結要(けっちょう)付嘱とは、正しく是れ本門の本尊を付嘱するなり。


一 経に云く、()の時に世尊乃至切の衆の前等

此の下は次に十神力の文を引く、亦三と()す。初めに正しく引き、次に「夫れ顕密」の下は神通(じんつう)超過(ちょうか)を以て付法の超過を(あらわ)し、三に「是くの如く」の下は結文なり。

文に「師子座上の諸仏も(また)(また)是くの如く」と云うは、

問う、多宝(たほう)如来(にょらい)舌相(ぜっそう)を現ずとせんや。()(しか)らば経文に其の相を見ず。若し現ぜずと云わば、釈尊及び分身(ふんじん)(みな)舌相を現ずるに、多宝仏のみ(ひと)り何ぞ偶然たらんや。

答う、下山抄に云く「(じつ)には釈迦・多宝・十方の諸仏は、寿量品の肝要(かんよう)たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為なりと(いだ)し給う広長舌なり」等云云。

文に云く「此(みな)兼帯(けんたい)の故に久遠を覆相(ふぞう)する故なり」と。

是れ即ち「(ぎょう)()を存する故に(なお)(いま)だ権を開せず」「()(じょう)言ふが故に(なお)末だ(4しゃく)を発せず」(開目抄)の二失なり。

一 経に曰く、()の時に仏、上行等の菩薩大衆に告げたまわく文。

云う所の「等」とは本化の余輩(よはい)(ひと)しくするなり。

此の下は三に結要(けっちょう)嘱の文を引く、亦二と為す。初めに正しく引き、次に「此の十神力」の下は釈。

初めの正しく引く、(また)と為す。初めに経文を引き、次に天台(てんだい)の釈を引き、三に伝教の釈を引く。

初めの経文を引くに二と為す。初めに称歎(しょうたん)付嘱の文を引き、次に結要付嘱の文を引くなり。

初めに称歎付嘱と云うは、(すなわ)是れ本尊の功徳を称歎するなり。

文に「諸仏の神力は是くの如く乃至()の経の功徳を説くとも(なお)(つく)すこと(あた)わじ」とは、文意は、(われ)是の神力を以て無量無辺百千万億劫に此の本門の本尊、妙法五字の功徳を説くとも、(なお)尽すこと能わずとなり。(まさ)に知るべし「此の経」と言うは、(すなわ)是れ本門の本尊、妙法蓮華経の五字なり。

次に結要(けっちょう)付嘱とは、正しく是れ本門の本尊を付嘱するなり。

文に「要を以て(これ)を言わば乃至皆此の経に(おい)宣示(せんじ)顕説(けんぜつ)す」と云うは、文意は、如来の切の名用体宗を(みな)此の本門の本尊、妙法蓮華経の五字に於て宣示顕説するぞとなり。此れ即ち「寿量品の肝要たる(みょう)(たい)(しゅう)(ゆう)(きょう)の南無妙法蓮華経」の五字の本尊なり。今此の本尊を地涌(じゆ)の菩薩に付嘱するが故に結要付嘱と云うなり。

問う、(ただ)妙法の五字を以て地涌の菩薩に付嘱す、何ぞ必ずしも本尊を付嘱すと云わんや。

答う、総じて結要付嘱の一段の経文に三大秘法(ふん)(みょう)なるが故なり。(いわ)く、初めの称歎(しょうたん)付嘱は本尊の功徳を称歎し、次の結要付嘱は(まさ)しく是れ本門の本尊を付嘱し、三に「是の故に汝等」の下は本門の題目、五種の妙行を勧奨(かんしょう)し、四に「所在の国土」の下は本門の戒壇起立(きりゅう)を勧奨するなり。

記の八に云く「五師及び此の経の所在は即ち是れ法身の四処なり。皆(まさ)に塔を()つべし」等云云。(つぶさ)()依義判文抄の如し。故に結要付嘱の文は正しく本門の本尊を付嘱するなり。故に前の文に云く「此の本門の肝心(かんじん)、南無妙法蓮華経の五字に於ては仏(なお)文殊薬王等にも之を付属し給わず乃至(ただ)地涌(じゆ)千界(せんがい)()して八品を説いて之を付属し給う、()の本尊の為体(ていたらく)」等云云。

新尼抄に云く「今此の御本尊は乃至(ないし)上行菩薩を()(いだ)(これ)(ゆず)りたまう」取意等。天台云く「()枢柄(すうへい)()って而して之を授与す」と云云。前の文に云く「寿量品の肝心(かんじん)たる妙法蓮華経の五字を以て(えん)()の衆生に授与(じゅよ)せしめたまう」と云云。本尊の授与書、是れを思い合すべし云云。

文に云く「伝教云く」等とは、此の下は三に伝教(でんぎょう)の釈を引くなり。

文に「果分」等と云うは、是れ即ち久遠(くおん)元初(がんじょ)自受(じじゅ)(ゆう)の名体宗用なり。故に果分と云うなり。「因分可説、果分不可説」之を思い合すべし。

問う、()(しか)らば何ぞ久遠名字の妙法及び本因妙等と云うや。

答う、実に久遠元初の果分の法なりと(いえど)も、(しか)天台の名字(みょうじ)(はん)(しょう)す。故に名字の妙法・本因妙等と云うなり。

文に云く「此の十神力」等とは、此の下は次に釈、亦二と()す。初めに付嘱を明かし、次に滅後を正と為すことを明かす。

経に「能持是経」と云うは、()く妙法五字の本尊を持つ故に諸仏(みな)歓喜(かんぎ)して無量の神力を現じたもうなり。


                     つづく

文段下 目次



# by johsei1129 | 2015-10-02 21:56 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 01日

南条殿御返事 The Person and the Law

()の上()の処は人倫を離れたる山中なり、

This is a mountainous place, remote from all human habitation.

This place is deep in the mountains, far removed from any village or hamlet.

東西南北を去りて里もなし、

Not a single village is found in any direction.

No dwellings can be seen in any directions.

かかる・いと心細き幽窟(ゆうくつ)なれども教主釈尊の一大事の秘法を(りょう)(じゅ)(せん)にして相伝し・日蓮が肉団の胸中に秘して(かく)し持てり、

Although I live in such a forsaken place, deep in this mortal flesh I preserve the ultimate secret Law inherited from Shakyamuni Buddha, the lord of teachings, at Eagle Peak.

Eve here, in this desolate location, within the mortal flesh of my bosom, I, Nichiren secrete the Ultimate Mystic Law received from Lord Shakyamuni at Eagle Peak.

されば日蓮が胸の(あいだ)は諸仏入定(にゅうじょう)(ところ)なり、舌の上は転法輪の所・(のんど)は誕生の処・口中(こうちゅう)正覚(しょうがく)(みぎり)なるべし、

My heart is where all Buddhas enter nirvana; my tongue,where they turn the wheel of the Law; my throat, where they are born into this world; and my mouth, where they attain enlightenment.

Therefore, my heart is where all Buddhas enter nirvana; my tongue is the place where they preach the law; my throat is the place where they are born, and my mouth is where they attain enlightenment.

かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば・いかでか霊山浄土に劣るべき、

Because this mountain is where this wondrous votary of the Lotus Sutra dwells, how can it be any less sacred than the pure land of Eagle Peak?

Should this mountain, where the most august Votary of the Lotus Sutra resides, be regarded any less highly than the pure land of Eagle Peak

法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊しと申すは是なり、

This is what [The Words and Phrases of the Lotus Sutra means when] it says, “Since the Law is wonderful, the person is worthy of respect; since the person is worthy of respect, the land is sacred.”

Because the Law is ineffably supreme, the Person is venerable and because the Person is venerable, the place is sacred.


【御書本文】 【目次 Index】



# by johsei1129 | 2015-10-01 21:42 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 01日

四十余年の経経を捨て法華経に入らざらん人人は<中略>第一の不孝の者と説いた【法門申さるべき様の事】

【法門申さるべき様の事】
■出筆時期:文永七年(1270年)十二月 四十九歳御作
■出筆場所:鎌倉市中 館にて。
■出筆の経緯:本抄は京都に登り公家の教化のため法華経を説いていた弟子の三位房にあてられた書です。
大聖人は、三位房が法華経の説法を公家から褒められたと報告したことに対し「御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事、かへすがへす不思議にをぼへ候<中略>面目なんど申すは旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか、総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば、始めはわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう(少輔)房がごとし、御房(三位房)もそれていになりて天のにくまれかほるな」と記され、草創期に弟子になり退転した少輔房のように天に憎まれる事なかれと、厳しく指導されておられます。

さらに文中で「仏定めて云く「正直捨方便」等云云<中略>四十余年の経経をすてずして法華経に並べて行ぜん人人は主師親の三人のをほせを用いざる人人なり」と記し、念仏・真言の論難に対処する慈悲溢れる種々の指南をされておりますが、三位房は熱原法難の時、敵方に寝返り日蓮門下の弟子信徒を弾圧、その悪行の報いで横死することになります。

この三位房の寝返りについては、弘安二年十月一日に記された[聖人御難事]で「三位房が事は大不思議の事ども候いしかども、殿原の思いには智慧ある者を嫉(そね)ませ給うかと・愚痴の人をもいなんと思いて物も申さで候いしが、腹黒となりて大難にもあたりて候ぞ」と断じられておられます。
■ご真筆:中山法華経寺所蔵(重要文化財)。
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[真筆(第十四紙)本文箇所:帝釈等は我等が親父釋迦如來~せう房がごとし]

[法門申さるべき様の事 本文]
 
 法門申さるべきやう。選択(せんちゃく)をば・うちをきて、先ず法華経の第二の巻の今此三界の文を開いて釈尊は我等が親父なり等定め了るべし。何(いず)れの仏か我等が父母にてはをはします。外典三千余巻にも忠孝の二字こそせんにて候なれ。忠は又孝の家より出ずとこそ申し候なれ。されば外典は内典の初門、此の心は内典にたがわず候か。人に尊卑・上下はありといえども親を孝するにはすぎずと定められたるか。釈尊は我等が父母なり。一代の聖教は父母の子を教えたる教経なるべし。其の中に天上・竜宮・天竺なんどには無量無辺の御経ましますなれども、漢土日本にはわづかに五千・七千余巻なり。此等の経経の次第・勝劣等は私には弁えがたう候。而るに論師・大師・先徳には末代の人の智慧こへがたければ、彼の人人の料簡を用ゆべきかのところに、華厳宗の五教四教・法相三論の三時二蔵・或は三転法輪・「世尊法久後・要当説真実」の文は又法華経より出て候・金口の明説なり。仏説すでに大に分れて二途なり。譬へば世間の父母の譲の前判・後判のごとし。はた又世間の前判・後判は如来の金言をまなびたるか。孝不孝の根本は前判・後判の用・不用より事をこれり。かう立て申すならば人人さもやと・をぼしめしたらん時・申すべし。

 抑(そもそも)浄土の三部経等の諸宗の依経は当分四十余年の内なり。世尊は我等が慈父として未顕真実ぞと定めさせ給ふ御心は、かの四十余年の経経に付けとをぼしめし候か。又説真実の言にうつれとをぼしめし候か。心あらん人人・御賢察候べきかと・しばらくあぢわひて、よも仏程の親父の一切衆生を一子とをぼしめすが、真実なる事をすてて未顕真実の不実なる事に付けとは・をぼしめさじ。さて法華経にうつり候はんは四十余年の経経をすてて遷り候べきか。はた又かの経経並びに南無阿弥陀仏等をば・すてずして遷り候べきかと・おぼしきところに、凡夫の私の・はからいぜひにつけて・をそれあるべし。仏と申す親父の仰(おおせ)を仰ぐべしと・まつところに仏定めて云く「正直捨方便」等云云。方便と申すは無量義経に未顕真実と申す上に、以方便力と申す方便なり。以方便力の方便の内に浄土三部経等の四十余年の一切経は一字一点も漏るべからざるか。

 されば四十余年の経経をすてて法華経に入らざらん人人は世間の孝不孝はしらず、仏法の中には第一の不孝の者なるべし。故に第二譬喩品に云く「今此の三界は・乃至復教詔すと雖も・而も信受せず」等云云。四十余年の経経をすてずして法華経に並べて行ぜん人人は主師親の三人のをほせを用いざる人人なり。

 教と申すは師親のをしへ、詔と申すは主上の詔勅(みことのり)なるべし。仏は閻浮第一の賢王・聖師・賢父なり。されば四十余年の経経につきて法華経へうつらず・又うつれる人人も彼の経経をすてて・うつらざるは三徳備えたる親父の仰を用いざる人、天地の中に住むべき者にはあらず。この不孝の人の住処を経の次下に定めて云く「若し人信ぜず、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」等云云。設い法華経をそしらずとも・うつり付(つか)ざらん人人・不孝の失疑なかるべし。不孝の者は又悪道疑ひなし。故に仏は入阿鼻獄と定め給いぬ。何に況や爾前の経経に執心を固(かたく)なして法華経へ遷らざるのみならず、善導が千中無一・法然が捨閉閣抛とかけるは・あに阿鼻地獄を脱るべしや。其の所化並びに檀那は又申すに及ばず「復教詔すと雖も・而も信受せず」と申すは孝に二つあり。世間の孝の孝・不孝は外典の人人これをしりぬべし。内典の孝・不孝は設い論師等なりとも、実教を弁えざる権教の論師の流れを受けたる末の論師なんどは・後生しりがたき事なるべし。何に況や末末の人人をや。

 涅槃経の三十四に云く「人身を受けん事は爪上の土、三悪道に堕ちん事は十方世界の土。四重・五逆・乃至涅槃経を謗ずる事は十方世界の土、四重・五逆乃至涅槃経を信ずる事は爪の上の土」なんどととかれて候。末代には五逆の者と謗法の者は十方世界の土のごとしと・みへぬ。されども当時・五逆罪つくる者は爪の上の土・つくらざる者は十方世界の土と説かれ候へば、経文そらごとなるやうにみへ候をくはしくかんがへみ候へば、不孝の者を五逆罪の者とは申し候か。又相似の五逆と申す事も候。さるならば前王の正法・実法を弘めさせ給えと候を、今の王の権法・相似の法を尊んで天子本命の道場たる正法の御寺の御帰依うすくして権法・邪法の寺の国国に多くいできたれるは、愚者の眼には仏法繁盛とみへて・仏天智者の御眼には古き正法の寺寺やうやくうせ候へば・一には不孝なるべし、賢なる父母の氏寺をすつるゆへ、二には謗法なるべし。若ししからば日本国・当世は国一同に不孝謗法の国なるべし。此の国は釈迦如来の御所領、仏の左右臣下たる大梵天王・第六天の魔王に・たば(給)せ給いて大海の死骸をとどめざるがごとく、宝山の曲林をいとうがごとく、此の国の謗法をかへんとおぼすかと勘え申すなりと申せ。

 この上捨てられて候四十余年の経経の今に候は、いかになんど俗の難せば返詰して申すべし。塔をくむあししろ(足代)は塔くみあげては切りすつるなりなんど申すべし。此の譬は玄義の第二の文に「今の大教若し起れば方便の教絶す」と申す釈の心なり。妙と申すは絶という事・絶と申す事は此の経起れば已前の経経を断止(たちとどむ)ると申す事なるべし。正直捨方便の捨の文字の心、又嘉祥(かじょう)の日出ぬるに星かくるの心なるべし。但し爾前の経経は塔のあししろなれば切りすつるとも・又塔をすりせん時は用ゆべし・又切りすつべし。三世の諸仏の説法の儀式かくのごとし。

 又俗の難に云く、慈覚大師の常行堂等の難・これをば答うべし。内典の人・外典をよむ、得道のためにはあらず、才学のためか。山寺の小児の倶舎の頌(じゅ)をよむ・得道のためか。伝教・慈覚は八宗を極め給へり・一切経をよみ給う。これみな法華経を詮と心へ給はん梯磴(かけはし)なるべし。
 又俗の難に云く、何(いか)にさらば御房は念仏をば申し給はぬ。答えて云く、伝教大師は二百五十戒をすて給いぬ。時にあたりて法華円頓の戒にまぎれしゆへなり。当世は諸宗の行多けれども、時にあたりて念仏をもてなして法華経を謗ずるゆえに金石迷いやすければ唱え候はず。例せば仏十二年が間・常楽我浄の名をいみ給いき。外典にも寒食のまつりに火をいみ・あかき物をいむ。不孝の国と申す国をば孝養の人はとをらず。此等の義なるべし。いくたびも選択をばいろへずして先ずかう・たつべし。

 又御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事、かへすがへす不思議にをぼへ候。そのゆへは僧となりぬ、其の上・一閻浮提にありがたき法門なるべし。設い等覚の菩薩なりとも・なにとかをもうべき。まして梵天・帝釈等は我等が親父・釈迦如来の御所領をあづかりて正法の僧をやしなうべき者につけられて候。毘沙門等は四天下の主・此等が門まほり、又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし。其の上日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず、但嶋の長(おさ)なるべし。長なんどにつかへん者どもに召されたり、上(かみ)なんどかく上・面目なんど申すは・旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか。総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて、後には天魔つきて物にくるう・せう(少輔)房がごとし。わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。

 のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう(条)物くるわし。定めてことばつき音(音)なんども京なめりになりたるらん。ねずみがかわほり(蝙蝠)になりたるやうに・鳥にもあらず・ねずみにもあらず・田舎法師にもあらず・京法師にもにず・せう房がやうになりぬとをぼゆ。言をば但いなかことばにてあるべし。なかなか・あしきやうにて有るなり。尊成(そんじょう)とかけるは隠岐の法皇の御実名か。かたがた不思議なるべし。

 かつ・しられて候やうに当世の高僧・真言・天台等の人人の御いのりは叶うまじきよし、前前に申し候上・今年鎌倉の真言師等は去年より変成男子(へんじょうなんし)の法をこなはる。隆弁なんどは自歎する事かぎりなし。七八百余人の真言師・東寺・天台の大法・秘法尽して行ぜしが・ついにむなしくなりぬ。禅宗・律僧等又一同に行いしかどもかなはず。日蓮が叶うまじと申すとて不思議なりなんど・をどし候いしかども皆むなしくなりぬ。小事たる今生の御いのりの叶はぬを用つてしるべし、大事たる後生叶うべしや。

 真言宗の漢土に弘まる始は天台の一念三千を盗み取つて真言の教相と定めて理の本とし、枝葉たる印真言を宗と立て・宗として天台宗を立て下す条、謗法の根源たるか。又華厳・法相・三論も天台宗・日本になかりし時は謗法とも・しられざりしが、伝教大師円宗を勘えいだし給いて後・謗法の宗とも・しられたりしなり。当世真言等の七宗の者しかしながら謗法なれば大事のいのり叶うべしとも・をぼへず。天台宗の人人は我が宗は正なれども邪なる他宗と同ずれば我が宗の正をも・しらぬ者なるべし。譬へば東に迷う者は対当の西に迷い、東西に迷うゆへに十方に迷うなるべし。

 外道の法と申すは本内道より出でて候。而れども外道の法をもつて内道の敵となるなり。諸宗は法華経よりいで天台宗を才学として而も天台宗を失うなるべし。天台宗の人人は我が宗は実義とも知らざるゆへに、我が宗のほろび・我が身のかろくなるをば・しらずして他宗を助けて我が宗を失うなるべし。法華宗の人が法華経の題目南無妙法蓮華経とはとなえずして・南無阿弥陀仏と常に唱えば法華経を失う者なるべし。例せば外道は三宝を立つ。其の中に仏宝と申すは南無摩醯修羅(まけいしゅら)天と唱えしかば、仏弟子は翻邪の三帰と申して南無釈迦牟尼仏と申せしなり。此れをもつて内外のしるしとす。南無阿弥陀仏とは浄土宗の依経の題目なり。心には法華経の行者と存すとも南無阿弥陀仏と申さば傍輩は念仏者としりぬ。法華経をすてたる人と・をもうべし。叡山の三千人は此の旨を弁えずして王法にもすてられ、叡山をもほろぼさんとするゆへに・自然に三宝に申す事叶わず・等と申し給うべし。

 人不審して云く、天台・妙楽・伝教等の御釈に我がやうに法華経並びに一切経を心えざらん者は悪道に堕つべしと申す釈やあると申さば、玄の三・籤の三・及び已今当等をいだし給うべし。伝教大師六宗の学者・日本国の十四人を呵して云く「顕戒論の下に云く、昔斉朝の光統(こうず)を聞き・今は本朝の六統を見る。実(まこと)なるかな法華の何況(かきょう)や」等云云。華厳・真言・法相・三論の四宗を呵して云く、依憑集に云く「新来の真言家は即ち筆受の相承を泯ぼし、旧到の華厳家は則ち影響(ようごう)の軌模を隠す。沈空の三論宗は弾訶の屈恥(くっち)を忘れ・称心の酔を覆い、著有(じゃく・う)の法相宗は僕陽の帰依を非(なみ)し・青竜の判経を撥う」等云云。天台・妙楽・伝教等は真言等の七宗の人人は設い戒定はまつたくとも、謗法のゆへに悪道脱るべからずと定められたり。何に況や禅宗・浄土宗等は勿論なるべし。されば止観は偏に達磨をこそはして候めれ。而るに当世の天台宗の人人は諸宗に得道をゆるすのみならず諸宗の行をうばい取つて我が行とする事いかん。
 当世の人人ことに真言宗を不審せんか。立て申すべきやう、日本国は八宗あり。真言宗大に分れて二流あり。所謂東寺・天台なるべし。法相・三論・華厳・東寺の真言等は大乗宗、設い定慧は大乗なれども東大寺の小乗戒を持つゆへに戒は小乗なるべし。退大取小の者・小乗宗なるべし。叡山の真言宗は天台円頓の戒をうく。全(まったく)真言宗の戒なし。されば天台宗の円頓戒に・をちたる真言宗なり等申すべし。而るに座主等の高僧・名を天台宗にかりて一向真言宗によて法華経をさぐるゆへに・叡山皆謗法になりて御いのりにしるしなきか。

 問うて云く、天台法華宗にたいして真言宗の名をけづらるる証文如何。答えて云く学生式に云く 伝教大師作なり「天台法華宗・年分学生式一首年分度者の人 柏原先帝・天台法華宗伝法者に加えらる 凡そ法華宗天台の年分は弘仁九年より叡山に住せしめて一十二年・山門を出さず・両業を修学せしめん。凡そ止観業の者○凡そ遮那業の者」等云云。顕戒論縁起の上に云く「新法華宗を加えんことを請う表一首。沙門最澄○華厳宗に二人天台法華宗に二人」等云云。又云く「天台の業に二人 一人大毘盧遮那経を読ましめ・一人摩訶止観を読ましむ」此等は天台宗の内に真言宗をば入れて候こそ候めれ。嘉祥元年六月十五日の格(きゃく)に云く「右入唐廻(にっとう・かえ)りて請益す。伝灯法師位円仁の表に曰く、伏して天台宗の本朝に伝わることを尋ぬれば○延暦廿四年○廿五年特(ひとり)天台の年分度者二人を賜う一人は真言の業を習わし・一人は止観の業を学す○然れば則ち天台宗の止観と真言との両業は是れ桓武天皇の崇建する所」等云云。叡山にをいては天台宗にたいしては真言宗の名をけづり・天台宗を骨とし真言をば肉となせるか。

 而るに末代に及びて天台・真言・両宗・中あしうなりて骨と肉と分け、座主は一向に真言となる・骨なき者のごとし、大衆は多分・天台宗なり肉なきもののごとし。仏法に諍いあるゆへに世間の相論も出来して叡山静ならず・朝下にわづらい多し。此等の大事を内内は存すべし。此の法門はいまだをしえざりき。よくよく存知すべし。
 又念仏宗は法華経を背いて浄土の三部経につくゆへに、阿弥陀仏を正として釈迦仏をあなづる。真言師・大日をせんとをもうゆへに釈迦如来をあなづる。戒にをいては大小殊なれども釈尊を本とす、余仏は証明なるべし。諸宗殊なりとも釈迦を仰ぐべきか。師子の中の虫・師子をくらう。仏教をば外道はやぶりがたし、内道の内に事いできたりて仏道を失うべし、仏の遺言なり。仏道の内には小乗をもつて大乗を失い、権大乗をもつて実大乗を失うべし。此等は又外道のごとし。又小乗・権大乗よりは実大乗・法華経の人人が・かへりて法華経をば失はんが大事にて候べし。

 仏法の滅不滅は叡山にあるべし。叡山の仏法滅せるかのゆえに異国・我が朝をほろぼさんとす。叡山の正法の失するゆえに大天魔・日本国に出来して法然・大日等が身に入り、此等が身を橋として王臣等の御身にうつり住み、かへりて叡山三千人に入るゆえに、師檀・中不和にして御祈祷しるしなし。御祈請しるしなければ三千の大衆等檀那にすてはてられぬ。
 又王臣等、天台・真言の学者に問うて云く、念仏・禅宗等の極理は天台・真言とは一つかととはせ給へば、名は天台真言にかりて其の心も弁えぬ高僧、天魔にぬかれて答えて云く、禅宗の極理は天台真言の極理なり、弥陀念仏は法華経の肝心なりなんど答え申すなり。而るを念仏者・禅宗等のやつばらには天魔乗りうつりて当世の天台真言の僧よりも智慧かしこきゆえに全くしからず、禅は・はるかに天台真言に超えたる極理なり、或は云く「諸教は理深・我等衆生は解微なり、機教相違せり得道あるべからず」なんど申すゆへに、天台・真言等の学者、王臣等・檀那皆奪いとられて御帰依なければ、現身に餓鬼道に堕ちて友の肉をはみ・仏神にいかりをなし・檀那をすそ(呪詛)し・年年に災を起し・或は我が生身の本尊たる大講堂の教主釈尊をやきはらい、或は生身の弥勒菩薩をほろぼす。進んでは教主釈尊の怨敵となり・退いては当来弥勒の出世を過(あやま)たんとくるい候か。この大罪は経論にいまだとかれず。又此の大罪は叡山三千人の失にあらず、公家武家の失となるべし。

 日本一州・上下万人・一人もなく謗法なれば、大梵天王・帝桓(ていかん)並びに天照大神等、隣国の聖人に仰せつけられて謗法をためさんとせらるるか。例せば国民たりし清盛入道・王法をかたぶけたてまつり、結句は山王・大仏殿をやきはらいしかば、天照大神・正八幡・山王等よりき(与力)せさせ給いて・源の頼義が末の頼朝に仰せ下して平家をほろぼされて国土安穏なりき。今一国挙(こぞ)りて仏神の敵となれり。我が国に此の国を領すべき人なきかのゆへに大蒙古国は起るとみへたり。例せば震旦・高麗等は天竺についでは仏国なるべし。彼の国国・禅宗・念仏宗になりて蒙古にほろぼされぬ。日本国は彼の二国の弟子なり。二国のほろぼされんに・あに此の国安穏なるべしや。国をたすけ・家を・をもはん人人はいそぎ禅・念がともがらを経文のごとくいましめらるべきか。経文のごとくならば仏神・日本国にましまさず、かれを請しまいらせんと術(すべ)はおぼろげならでは叶いがたし。先ず世間の上下万人云く、八幡大菩薩は正直の頂にやどり給い・別のすみかなし等云云。世間に正直の人なければ大菩薩のすみかましまさず。又仏法の中に法華経計りこそ正直の御経にては・おはしませ。法華経の行者なければ大菩薩の御すみか・おはせざるか。

 但し日本国には日蓮一人計りこそ世間・出世・正直の者にては候へ。其の故は故最明寺入道に向つて禅宗は天魔のそい(所為)なるべし、のちに勘文もつてこれをつげしらしむ。日本国の皆人・無間地獄に堕つべし。これほど有る事を正直に申すものは先代にもありがたくこそ、これをもつて推察あるべし、それより外(ほか)の小事曲ぐべしや。又聖人は言をかざらずと申す。又いまだ顕れざる後をしるを聖人と申すか。日蓮は聖人の一分にあたれり。此の法門のゆへに二十余所をわれ・結句流罪に及び・身に多くのきずをかをほり・弟子をあまた殺させたり。比干にもこえ・伍しそ(子胥)にもをとらず。提婆菩薩の外道に殺され、師子尊者の檀弥利王に頚(くび)をはねられしにも・をとるべきか。もししからば八幡大菩薩は日蓮が頂を・はなれさせ給いてはいづれの人の頂にかすみ給はん。日蓮を此の国に用いずば・いかんがすべきと・なげかれ候なりと申せ。又日蓮房の申し候・仏菩薩並びに諸大善神をかへしまいらせん事は別(べち)の術(すべ)なし。禅宗・念仏宗の寺寺を一つもなく失い、其の僧らを・いましめ、叡山の講堂を造り、霊山の釈迦牟尼仏の御魂を請じ入れたてまつらざらん外は諸神もかへり給うべからず。諸仏も此の国を扶け給はん事はかたしと申せ。




# by johsei1129 | 2015-10-01 20:46 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 30日

観心本尊抄文段 下三三  文殊等は即ち兼ねて末法の弘経は下方に限るの勅命を得たり。故に発誓無きなり。


 問う、文殊等は今日(こんにち)権迹の菩薩の相を示すと雖も、既に是れ法身の大士(だいし)なり。故に(おう)()同居(どうこ)の中に於て、或は寿量の説を聞けり。(たと)い往世に寿量の説を聞かずと雖も、今日(こんにち)既に発迹(ほっしゃく)顕本(けんぽん)を聞いて皆(ことごと)く信受せり。何ぞ本法所持の人に(あら)ずと云うや。

答う、(たと)い往世寿量の説を聞くと雖も、今日発迹顕本を開くと雖も、(ただ)是れ文上脱益(だっちゃく)の本法にして文底下種の本法に非ず。若し文底に望めば脱益(だっちゃく)の本法をば通じて迹門と名づく、故に本法所持の人とは名づけざるなり。

問う、当抄所引の「(ただ)下方(げほう)の発誓のみを見たり」等の文は即ち問の言なり。正しく答の中に於て下方の発誓に迹化を()ぬる義を明かす。故に文第十・二十に云く「問う、但下方の発誓のみを見て、文殊(もんじゅ)等の(ちかい)を見ざるは何ぞや。答う、上の文に云く、我が土に(おのずか)ら菩薩有り。()()の経を持ち、即ち(これ)を兼得するなり」云云。此の(もん)如何(いかん)是れ()せんや。

答う、古来の諸師、衆義(らん)(ぎく)たり。今謂く、答の文の大旨(たいし)、正しく文殊(もんじゅ)等の誓を見ざる所以(ゆえん)を明かすなり。文の意は、但下方の発誓のみを見て文殊等の(ちかい)を見ず、其の所以は何ぞや。謂く、文殊等は即ち兼ねて末法の()(きょう)は下方に限るの勅命(ちょくめい)を得たり。故に(ほっ)(せい)無きなり。譬えば平家の(やから)は即ち兼ねて今度(このたび)の大将は源氏に限るの勅命を得たり。故に競望(きょうぼう)すること無きが如し。(まさ)に知るべし「我が土に(おのずか)ら菩薩有り」等とは、末法の弘経は下方に限るの励命なり。言う所の「(これ)」とは上の八字を指すなり。

問う、(なん)ぞ答の文を引かざるや。

答う、此れ即ち問の意に同じき故に之を略するなり。(いわ)く、問答(とも)に文殊の(ちかい)無きことを明かす故なり。(なお)問の中の「不見」等の八字を略するは、是れ即ち「不見」等の六字()之を(あらわ)す故なり。

問う、若し(しか)らば国家論の意、何ぞ(ぼう)には迹化(しゃっけ)を兼ぬるの義に約するや。

答う、(しばら)台家(たいけ)伝来の説に准ずるが故なり、例せば大師の古師に准じて一往(いちおう)釈す等の如し。(えい)(ほう)の証真も此の伝来の義を用ゆるなり。


                     つづく
文段下 目次



# by johsei1129 | 2015-09-30 22:27 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)