日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 05月 31日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(66)

【法師品十五箇の大事】


第十五 得見恒沙仏の事 「恒沙(無数の)仏を見奉ることを得ん」


御義口伝に云く、見恒沙仏とは見宝塔(注)と云う事なり。 恒沙仏とは多宝(注)の事なり、多宝の多とは法界なり、宝とは一念三千の開悟なり、法界を多宝仏と見るを見恒沙仏と云うなり。

 故に法師品の次に宝塔品は来るなり、解行証(注)の法師の乗物は宝塔なり云云。


 今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、妙解、妙行、妙証の不思議の解、不思議の行、不思議の証得なり。真実一念三千の開悟なり云云。

 
此の恒沙と云うは、悪を滅し善を生ずる河なり、恒沙仏とは、一一文文、皆、金色の仏体なり。見の字之を思う可し、仏見と云う事なり。

 随順とは仏知見なり、得見の見の字と見宝塔の見とは、依正の二報(注)なり。得見恒沙の見は正報なり、見宝塔の見は依報なり云云。



(注)
見宝塔

妙法蓮華経 「法師品第十」の次にくるのが「見宝塔品第十一」で、地より七宝の塔が湧出し、空中に留まる。そしてこの塔の上部に釈迦牟尼仏と多宝如来の二仏が並ぶ、いわゆる「虚空会の儀式」が開始され、日蓮大聖人は本抄でこの宝塔の意義について解き明かしている。日蓮大聖人が仏教史上始めて図現為された十界曼荼羅御保存は「虚空会の儀式」を借りて表現為されておられます。


多宝
多宝如来の事。
見宝塔品第十一で説かれる過去仏。見宝塔品では地中から七宝で飾られた巨大な宝塔が出現し、空中に浮かびその中から「釈尊よ、あなたの説く法(妙法蓮華経)は真実である」と、釈尊の説法を讃嘆する大音声が聞こる。その声の主は多宝如来で、多宝如来は宝塔の中の半座を分かち、釈尊に隣へ坐るよう促す。
 釈尊は多宝如来とともに坐し妙法蓮華経の説法を続ける。多宝如来は過去世に東方宝浄国で妙法蓮華経で悟りを開いた因縁で「十方世界に法華経を説く者があれば、自分が宝塔とともに出現し、その正しさを証明するいう誓願を立てていた。

解行証
「教・行・証」とも言う。

 教は仏の教え、その教えを習得する方法が行となり、その結果仏となることが証となる。

日蓮大聖人は末法に入ると、釈尊の説いた法華経という教は存在するが、仏となる為の行は時代にそぐわないため、証としの仏になれないとする。その為、末法の行として、自らが図現したご本尊に「南無妙法蓮華経」と唱えることを確立し、この修行法が、唯一仏になるための行であると説いた。


日蓮大聖人は【教行証御書】で次の様に解き明かされておられます。

されば正法には教行証の三つ倶に兼備せり、像法には教行のみ有つて証無し、今、末法に入りては教のみ有つて行証無く、在世結縁の者一人も無し、権実の二機、悉く失せり。

 此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に、初めて本門の肝心、(如来)寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為す「是の好き良薬を今留めて此に在く、汝取つて服す可し差えじと憂る勿れ」とは是なり』と。※是の好き良薬とは妙法蓮華経を意味します。
 
依正の二報 

依報は正報(人間)を取り巻き支える全の環境。仏法では依正が相互に影響し合う、一体不可分の存在であるとして「依正不二」と説く。


日蓮大聖人は【三世諸仏総勘文教相廃立】「依正不二」について次の様に解き明かされておられます。

『此の極楽とは十方法界の正報の有情と十方法界の依報の国土と和合して、一体三身即一なり、四土不二にして法身の一仏なり。十界を身と為すは法身なり、十界を心と為すは報身なり、十界を形と為すは応身なり。十界の外に仏無し仏の外に十界無くして依正不二なり、身土不二なり、一仏の身体なるを以て寂光土と云う。是の故に無相の極理とは云うなり。(中略)

 此の自在の神通は一切の有情の心にて有るなり、故に狐狸も分分に通を現ずること皆心の神の分分の悟なり。此の心の一法より国土世間も出来する事なり、一代聖教とは此の事を説きたるなり此れを八万四千の法蔵とは云うなり。是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり(注)。

 此の八万法蔵を我が心中に孕み持ち懐き持ちたり、我が身中の心を以て、仏と法と浄土とを、我が身より外に思い願い求むるを迷いとは云うなり。此の心が善悪の縁に値うて善悪の法をば造り出せるなり』と。

(注)

「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」とは、末法においては日蓮大聖人の日記文書、つまり御書が「八万四千の法蔵」であると、日蓮大聖人は示唆されておられます。

【御義口伝 上】要点解説(67)に続く







by johsei1129 | 2018-05-31 19:26 | 御義口伝 | Trackback | Comments(3)
2018年 05月 30日

15. Nichiren Suffers the Banishment to Izu. (8)

             Japanese edition


On the next morning, Yasaburo mends a net.

Nichiren was falling asleep.

The wife stews porridge of rice and vegetables. She occasionally watched Nichiren.

“Is this Buddhist priest an offender? We are talked from the neighborhood again”.

Yasaburo mends a net silently as usual without answering in what the wife says.
 They heard only the sound of the wave.

The living room of Funamori Yasaburo are lined with fishing implements.

In the afternoon of this day, there was Yasaburo with a hard face as always.

The wife dried the clothes of Nichiren in the sun.

Nichiren is still sleeping.

Hokibo Nikko of the disciple wrung out a cloth with the water of the pail and put it on the brow of Nichiren. Hokibo was in Jitsusoji Temple at the time of banishment disturbance. He heard the banishment of Nichiren later and searched for Nichiren in Izu. He had just finally arrived at the house of Yasaburo.

Nichiren awaked from sleep.

“Where am I?”.

 Hokibo smiled unconsciously hearing a voice of Nichiren.

“Did you awake?”.

Nichiren bore a pain and got up.

Yasaburo and the wife sit straight and lower the head. The married couple had heard Nichiren from Hokibo in detail.

Hokibo introduced them.

“They are Funamori Yasaburo married couple. Really fortunately he helped the priest falling down at the seashore”.

Nichiren stared at the married couple and lowered the head.

“I am thankful for your kindness. While everybody hates and is jealous of this Nichiren, it is mysterious that you helped me. What kind of destiny is this? Are you the votary of the Lotus Sutra in the past world? Aren't you feeling pity for Nichiren because you are the rebirth as Lord Funamori Yasaburo in the latter days of the Law?”.

The wife of Yasaburo smiled hearing Nichiren praising her husband and she put hands together to Nichiren.

“I am ready for the meal”.

The wife put porridge of the unpolished rice and vegetables in a wooden bowl and held it out.

Nichiren was surprised.

“Is this rice? The rice is very precious now. I am sorry to trouble you”.

Yasaburo said.

“The hesitation is useless. Please eat”.

The shore of Kawana is a long sandy beach widely.

Nichiren is held to Hokibo and goes the sandy beach.

Nichiren separated from Hokibo before long.

“All right. I can walk alone”.

Nichiren continued walking the sandy beach that spread out endlessly leaving foot-marks step by step alone. Hokibo goes anxiously from behind.

Approximately one month after, Nichiren sent the letter of thanks to Mr. and Mrs. Yasaburo from the mansion of Ito Saemonno-jo of the land steward of Izu Ito whom he just moved to.


“When, on the twelfth day of last May, having been exiled, I arrived at that wharf I had never even heard, and I was suffering after leaving the boat. You kindly took me into care. What fate has let us meet? Can it be that, because in the past you were a votary of the Lotus Sutra, now, in the Latter Day of the Law, you have been reborn as Funamori-no-Yasaburo and have taken pity on me? Though a man may do this, for your wife, as a married woman, to have given me food, brought me water to wash my hands and feet with, and treated me kindly, I can only feel as wondrous". Letter to Funamori Yasaburo'


            Continued to (9)


Life of Nichiren. Vol. 1. Contents



by johsei1129 | 2018-05-30 22:26 | LIFE OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 30日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(65)

【法師品十五箇の大事】


第十四 随順是師学の事「是の師に随順し学せば、(恒沙の仏を見たてまつることを得ん)」


御義口伝に云く、是師とは日蓮等の類いなり。

学とは南無妙法蓮華経なり、随順とは信受なり云云。


 師学と云う事は、師とは日蓮等の類い、学とは一念三千(注)なり。
 師も学も共に法界三千の師学なり。



一念三千

妙法蓮華経の核心の法門。己心の生命(一念)に三千の法が具足していると説く。

[一年三千の概要]
「生きとし生けるもの」の命に仏界、菩薩界、縁覚界、声聞界、天、人、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界の十の命が存在し、その時々の縁に触れていずれかの命を発現する。

 例えば他人に自分の欠点を指摘され、怒り(修羅界)の命が生じたり、好きな人に褒められて嬉しくなり、天にも昇る心地(天界)の命が生ずる場合などである。

此の十界の命が互いに具する事を十界互具とする。この十界互具とは、仏は仏の境涯を基盤として、地獄界から仏界の命を生じ、人は人界の境涯を基盤として、地獄から仏界までの十界の命を生じるとする。


日蓮大聖人は「十界互具」について観心本尊抄で次のように解き明かしておられます。

『世間の無常は眼前に有り、豈(あに)、人界に二乗界(声聞・縁覚)無からんや。無顧の悪人も猶妻子を慈愛す、菩薩界の一分なり。但、仏界計り現じ難し。九界を具するを以て強いて之を信じ、疑惑せしむること勿れ』と。 

 法華経の文に人界を説いて云く「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」、涅槃経に云く「大乗を学する者は肉眼有りと雖も、名けて仏眼と為す」等云云。

 末代の凡夫、出生して法華経(妙法蓮華経)を信ずるは、人界に仏界を具足する故なり」と。


次に、一念がどのような法で外に向かって作用し、その結果生じる果報について、解き明かしたのが「十如是」で、妙法蓮華経・方便品第二で次のように説かれています。
[原文]
仏所成就 第一希有 難解之法 唯仏与仏 乃能究尽 諸法実相
所謂諸法 如是相 如是性 如是体 如是力 如是作 如是因
如是縁 如是果 如是報 如是本末究竟等
[和訳]

「仏の成就せる所は、第一の希有で難解の法にして、唯、仏と仏のみ、乃ち能く諸法の実相を究め尽くせばなり。

 謂う所の諸法は、是の如き相と、是の如き性、是の如き体、是の如き力、是の如き作、是の如き因、
 是の如き縁、是の如き果、是の如き報、是の如き本末究竟等(注)なり」


 上記の「如是(相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等)」の十如是は、仏も衆生も、有情も非情も、同じ法則で貫かれている事を意味し、
釈尊が法華経で、一切衆生に仏と同様に仏の命があることを説くための、導入部としての役割を果たしている。
 この十如是はサンスクリットの原文では「仏だけが諸法の現象の本質、特徴を知り、教示できる」と、大まかに結論を説いているが、
妙法蓮華経を漢訳した天才鳩摩羅什は、釈迦の立場に立ち、サンスクリットの原典の真意を衆生によりわかりやすく伝えるために「諸法の現象の本質」を具体的に「十如是」として展開したものと推測される。


この十界互具及び十如是は、有情非情の生命に共通に備わる法則であるが、過去世の善行・悪行の結果としての現世の境遇の違いを説いたのが「三世間」の法門である。尚、世間とは、違い・差別及び区別を意味する。


 三世間の概要は以下の通りです。

五陰(ごおん)世間 個人の持って生まれた個性・才能・特質の違いを示す。具体的には個人が持つ五陰つまり「色・受・想・行・識」の5つの要素の違いを言う。

衆生世間 自分を取り巻く衆生つまり人々(父母・兄弟・友人・社会で出会う人々等々)の違いを示す。

国土世間 生まれついた自然環境、例えば大都市のビル群で育つ人、海辺、農村で育つ人、戦争のない日本で生まれた人、例えばシリアの難民キャンプの様な劣悪な地で生まれ育った人等、個々の当体を取り巻く環境の違いを意味する。


以上を集約すると、十界、十界互具で百界互具、十如是をかけ合わせると千如是、さらに三世間をかけ合わせて三千世間つまり、一念三千の法門を構成することになります。


本末究竟等 

如是相から如是報までの本と末が、究竟(究極・必定・絶対)的に等しい、つまり仏も衆生も有情も非情も、究極として十如是の法則が等しく働いているとする。

詳しくは日蓮大聖人の「一念三千理事」及び「観心本尊抄」を拝読願います。




【御義口伝 上】要点解説(66)に続く





by johsei1129 | 2018-05-30 18:45 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 29日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(64)

【法師品十五箇の大事】


第十三 若親近法師 速得菩薩道の事 (若し法師に親近せば、速かに菩薩の道を得ん(注))


 御義口伝に云く、親近とは信受の異名なり、法師とは日蓮等の類いなり、菩薩とは仏果を得る下地なり。


 今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者の事なり。


(注)

若し法師に親近せば、速かに菩薩の道を得ん


日蓮大聖人は「曾谷殿御返事」で次のように説かれておられます。

「若し法師に親近せば速かに菩薩の道を得ん。是の師に随順して学せば恒沙(注)の仏を見たてまつることを得ん」と。




恒沙(恒河沙[ごうかしゃ])

恒河とは、釈迦が布教していた地域(インド東部)に流れていたガンジス川を意味する梵語 "Ganga"の音訳。

恒河沙とは、そのガンジス川の両岸にある無数の砂の意味であり、仏教上、非常に数の多いことを表現する時に用いる。

妙法蓮華経 従地涌出品第十五では、釈迦滅後の末法において、法華経を弘通すると誓願する「六万恒河沙等の眷属」を率いる上行菩薩を上首とする「地涌の菩薩」が、地の底から涌出したことが説かれている。
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[釈尊布教の地ヴァーラーナシーを流れるガンジス河]

上記に該当する従地涌出品第十五の文文
[原文] 
仏説是時 娑婆世界 三千大千国土 地皆震裂。
而於其中 有無量千万億 菩薩摩訶薩 同時涌出
是諸菩薩 身皆金色 三十二相 無量光明
先尽在。娑婆世界之下。此界虚空中住。
是諸菩薩 聞釈迦牟尼仏 所説音声 従下発来 
一一菩薩 皆是大衆 唱導之首 各将六万 恒河沙等眷属
[和訳]

仏、是を説かん時、娑婆世界、三千大千国土の地は皆、震裂し、
而して其の中に於いて、無量千万億の菩薩摩訶薩ありて、同時に涌出せり。
是の諸の菩薩は、身は皆、金色にして、三十二相と無量の光明あり。
先(もと)より尽く、娑婆世界の下に在りて、此の界の虚空の中に住せり。
是の諸の菩薩は、釈迦牟尼仏の説く所の音声を聞きて、下従り発し来たれり。
一一の菩薩は、皆、是、大衆の唱導の首で、各(おのおの)六万恒河沙等の眷属を将(ひき)いたり。


【御義口伝 上】要点解説(65)に続く





by johsei1129 | 2018-05-29 20:20 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 27日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(63)

【法師品十五箇の大事】


第十二  若人欲加悪 刀杖及瓦石 則遣変化人 為之作衛護の事
『(諸の衆生を引導して之を集めて法を聴かしめん)若し人、悪(にくしみ)て、刀杖及び瓦石を加えんと欲せば、則ち変化の人を遣わして、之が為に衛護を作さん』


御義口伝に云く、変化人とは竜口守護(注)の八幡大菩薩なり。

今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者を守護す可しと云う経文なり。


(注)

竜口守護

1271年(文永8)9月12日、日蓮大聖人が鎌倉幕府の処刑所「竜ノ口(現在の藤沢市片瀬)」に連れ出され、断首されようとした時、「光り物(巨大な隕石と思われる)」が太平洋側から出現し、恐れをなした兵士達は断首を実行できなかった。


日蓮大聖人はこの現象は八幡大菩薩が法華経の行者を守護した働きであると「種種御振舞御書」で次のように自ら記されておられます。

「(竜ノ口に行く途中、鶴岡八幡宮の前を通った時))八幡大菩薩に最後に申すべき事ありとて、馬よりさしを(降)りて、高声に申すやう(中略)さて最後には日蓮・今夜、頚切られて霊山浄土へまい(参)りてあらん時は、まづ天照太神、正八幡こそ起請を用いぬかみ(神)にて候いけれと、さしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞ。いた(痛)しと・おぼ(覚)さば、いそぎいそぎ御計らいあるべしとて又馬にのりぬ」と。


参照:小説日蓮の生涯(上)三十一、発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)



【御義口伝 上】要点解説(64)に続く






by johsei1129 | 2018-05-27 20:48 | 御義口伝 | Trackback | Comments(2)
2018年 05月 27日

15. Nichiren Suffers the Banishment to Izu. (7)

                   Japanese edition

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             Kigasaki Seashore, Ito City.


It is bad weather and there is nobody in the sandy beach.

Nichiren was exposed to the rain and he was utterly exhausted and put a hand to sand. He weakens so that he could not speak.

(I shouldn't die here).

He warned Tokiyori Hojo for saving Japan of the Buddha land, but its answer was too cruel.

Fisherman gradually gathered from far away before long and surrounded him.

Nichiren is falling down to sand.

Fishermen whispered.

“Seems to be an offender.

“I was amazed to learn that a priest was banished. Is he very wicked person?”.

"I cannot tell".

“What would we do? He dies if as it is”.

“It is better not to help him. Let it go”.

The fishermen of Kawana, Funamori Yasaburo came over here carrying a net on his shoulder. He is tanning of a deep black color.

“What's wrong? What are you doing?”.

“Oh, Yasaburo, this is an offender perhaps. He is weakening. What should we do?”.

He got angry.

“You fool! Why do you not treat him?”.

“But, the land steward is noisy”.

“Are you afraid of the land steward? We are fishermen. We are got rid of in our hour of need from the god of heaven if we do not help a sufferer!".

Yasaburo leaves a net with the fisherman of the friend and wakes up Nichiren. And he carried Nichiren on his shoulder easily and transferred to his home.

"I returned".

Although the wife saw him with a smile, she was surprised to watch a carried priest.

“This person was falling down at the beach. Treat him”.

Yasaburo dropped Nichiren slowly, let him sit down on a dirt floor.

The wife poured hot water into the pail immediately and washed the feet of Nichiren respectfully.

Nichiren realized that he was saved for the first time while was dazed. And he put hands together unconsciously.

“I am very much obliged to you”.

Yasaburo answered curtly.

I don't ask you for why. Furthermore, although do not know you, you should be able to feel relaxed slowly”.


           Continued to (8)


Life of Nichiren. Vol. 1. Contents



by johsei1129 | 2018-05-27 19:08 | LIFE OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 26日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(62)

【法師品十五箇の大事】


第十一 及清信士女 供養於法師の事 [我、化の四衆、比丘比丘尼、及び清信士女を遣わして、法師を供養せしめん]


御義口伝に云く、士女とは男女なり、法師とは日蓮等の類いなり、清信とは法華経に信心の者なり。


今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者、是なり云云。

此れ諸天善神等、男女と顕れて法華経の行者を供養す可しと云う経文なり。


日蓮大聖人は伊豆流罪の法難で、砂浜に打ち捨てられた時、大聖人を救い出し夫婦で外護された漁師の船守弥三郎に宛てた【船守弥三郎許御書】で、次のように「清信士女」と称えられていおります。

『法華経第四に云く「及清信士女供養於法師」と云云。法華経を行ぜん者をば諸天善神等、或はをとこ(男)となり、或は女となり、形をかへ、さまざまに供養してたすくべしと云う経文なり、弥三郎殿夫婦の士女と生れて、日蓮法師を供養する事疑なし』と。


※参照:小説日蓮の生涯(上) 十五 日蓮、伊豆配流の難を蒙る

【御義口伝 上】要点解説(63)に続く



by johsei1129 | 2018-05-26 21:34 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 26日

15. Nichiren Suffers the Banishment to Izu. (6)

             Japanese edition


The horse reached the Yui Beach.

It has begun to rain. The sea makes waves on the surface of the water and is rough too.

Nichiren goes down from a horse and gets on the small boat.

A samurai of the inspector with a rower of a ship waited.

Their eyes which watch Nichiren were the eyes which watch a criminal brutal. Was not eyes to respect a Buddhist priest.

While Chikugobo Nichiro who became 16 years old is crying, he chases after the ship of Nichiren.

“Sir samurai, I will accompany you. Give me a lift in your ship!”.

The official whom there was near swung Nichiro with an oar and pushed him away.

Nichiren stopped Nichiro.

“Wait, Chikugobo. Do not get into a boat! Even you will become a criminal. This is judgment of lord Kamakura, too. There is important thing you should do in Kamakura!”.

Nichiren has a serious facial expression. It is the spirit he has not shown until now.

The official soothed disciples.

“Don't worry. Izu is near. We send priest Nichiren safely. Everybody, begone!”.

Nichiren get into a boat.

The ship advanced on the sea, and Kamakura became far.

Their location became a all sea.

A wave became rougher.

The rower and a official tie their bodies to the board of the ship with the rope which they prepared. For being not thrown out into the sea.

The two men looked at each other.

Nichiren closed eyes and continued murmuring "Nam-myoho-renge-kyo" on a ship.

The ship greatly rolled suddenly then.

Nichiren staggered for an instant, but opened the eyes immediately and clutched the edge of the ship firmly.

The boatman of the rower laughed unintentionally seeing a reaction of Nichiren was funny.

Chikugobo of the disciple was hit in the rain at the shore and continued running on the beach until a ship passed out of sight.

The ship with Nichiren greatly pitched.

The head of boat inclines almost perpendicularly.

A wave attacked a whole body next.

Nichiren supports his body in a narrow ship while rolling over.

The rower laughed.

“This is good wave. This is convenient for a criminal”.

“We may not arrive at Izu in this”.

The official who attached the rope of lifeline laughs.

“Hey, man they call Nichiren! Do you find your watery graves in the sea?”.

Two people laughed aloud.

He is an offender anyway. Because a wave was rough in the middle of escort, they are not blamed even if they reported that he was missing.

While Nichiren rolled around on the ship, he supported the body with all his might.

The acute pain to beat against the whole body seemed to be hit with a cudgel. Furthermore, the seawater to be hit directly soaked into the wound which got a blow and was a pain as if he burnt himself. Fatigue sapped his strength. Nichiren being born in Awa knows the fearfulness of the rough sea.

The ship arrived at the seashore of Kawana of Izu before long.

Nichiren was placed in the sandy beach so he was thrown out from a ship.


         Continued to (7)


Life of Nichiren. Vol. 1. Contents



by johsei1129 | 2018-05-26 18:47 | LIFE OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 25日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(61)

【法師品十五箇の大事】


第十 若説此経時 有人悪口罵 加刀杖瓦石 念仏故応忍の事
 「若し此の経を説かんとする時、人有って悪口し罵り、刀杖瓦石(注)を加えるとも、仏を念ずるが故に、応に忍ぶべし」


御義口伝に云く、此経(法華経)とは題目なり、悪口とは口業なり、加刀杖は身業なり。 

此の身口の二業は意業より起るなり。


 今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、仏勅を念ずるが故に、応忍とは云うなり。



(注)

刀杖瓦石 
法華経の行者を刀で切りつけ、杖で打ち、石を投げつること。 


日蓮大聖人は、「小松原の法難」で東条 景信に額を刀で切りつけられ、左手の骨を折られる刀杖の難を受けられるとともに、付き添っていた最古参の弟子・鏡忍房と、強信徒・工藤吉隆の二名を失った。


【御義口伝 上】要点解説(62)に続く





by johsei1129 | 2018-05-25 23:02 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 23日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(60)

【法師品十五箇の大事】


 第九 不聞法華経 去仏智甚遠の事 (法華経を聞かずんば、仏智を去ること甚だ遠し)


 御義口伝に云く、不聞とは謗法なり、成仏の智を遠ざかるべきなり。


今日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、仏智開悟の者にして、成仏の近き故なり。


[妙法蓮華経 法師品]第十で去仏智甚遠」が説かれた

 [原文]

 薬王汝当知 如是諸人等 不聞法華経 去仏智甚遠 

 若聞是深経 決了声聞法 是諸経之王 聞已諦思惟 

 当知此人等 近於仏智慧

 [和訳]

 薬王菩薩よ、汝、当に知るべし。是の如く諸の人(衆生)等は、

 法華経を聞かずんば、仏智を去ること甚だ遠し

 若し是の深い経は、声聞の法を決了し、是れ諸経の王なりと聞き、聞き已りてあきらかに思惟せば、 
当に知るぺし、此の人等は仏の智慧に近づけるなり。


【御義口伝 上】要点解説(61)に続く



by johsei1129 | 2018-05-23 22:55 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)