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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 10月 30日

撰時抄愚記 上十八

九月二日

 第八段 正法の後の五百年の弘経 

一 正法の(のち)六百年等

  此の下は第二の禅定(ぜんじょう)堅固(けんご)なり。

一 闍夜那(じゃやな)尊者。

  統紀云云。餓鬼の修因は御書の十六、十法界因果抄に云云。

一 (はじめ)には外道の家に入り等

  此の下は内外・大小・権実・本迹(ほんじゃく)の四種の相対あり。見るべし。「設い勝劣」の下は本迹相対なり。「本迹の十妙」の下に六句あり云云。

「本迹の十妙」とは是れ一句を以て本迹を顕すなり。「二乗作仏(さぶつ)」は迹門なり。「久遠(じつ)(じょう)」は本門なり。是れ二句を以て本迹を顕すなり。「()(こん)(とう)の妙」とはまた一句を以て本迹を顕すなり。迹の意は知るべし。
 本門の意は本尊抄に云く「迹門並びに
(ぜん)四味(しみ)・無量義経・涅槃(ねはん)経等の三説は(ことごと)く随他意・()(しん)()()本門は三説の(ほか)の難信難解(なんげ)・随自意なり」云云、此の意なり。故に「已今当妙」の四字に本迹の二義分明(ふんみょう)なり。
 次に「百界千如」は迹門なり。「一念三千」は本門なり。本尊抄の如し云云。
()る時「迹門の一念三千」と云うは、是れ理を以て与えて論ずるが故なり。

所謂(いわゆる)、正()らんには必ず()り。故に妙楽は「略して界如を()ぐるに(つぶさ)三千を(せっ)す」と云うなり。之を思え。別に之を書するが如し。

  九月三日

 第九段 像法の初めの五百年の弘経 

一 正法一千年の後は月氏に仏法等

此の下は第三の読誦(どくじゅ)多聞(たもん)堅固(けんご)、又二あり。初めに月氏の仏法の衰減(すいげん)、二に「正法」の下は漢土流伝(るでん)、二あり。初めに流伝、始めは権実を(わか)たず。次に「其の後」の下は(ごん)(じつ)を分って教を判ず、亦二あり。初めに南北の判教、次に「」の下は天台の判教なり云云。

一 二(しゅ)の大乗等

「二宗」は(まさ)に「二種」に作るべし。(いわ)く、有相(ゆそう)の大乗・無相の大乗なり。玄の十・九。

一 南北の邪義をやぶ()りて

天台の事は(とう)()の六の如し。南北を破るの相は報恩抄上巻の如し。


                     つづく
撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-10-30 22:25 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 28日

撰時抄愚記 上十七 二箇の相承は正しく是れ弘宣・伝持の付嘱なり

八月二十八日


一 願くは此の事
()くよく()かんと()もう等。

是れ正像()()、末法流布(るふ)を指して「此の事」と云うなり。故に答の下に広く其の相を弁ずるなり。学者之を思え。

一 (それ)仏の滅後等文。

此の下は第一の解脱(げだつ)堅固(けんご)なり。(にゅう)涅槃(ねはん)の相及び舎利を分つ等、統紀第四の巻の如し云云。

八月二十九日

一 迦葉(かしょう)尊者文。

迦葉の始終は統紀の第五初一、止観の第一初等の如し云云。(文句一五十)補注(ふちゅう)の六・六に「迦葉の袈裟(けさ)(あたい)十万両金」云云。

一 仏の付嘱(ふぞく)をうけて二十年等文。

付嘱に三義あり。

一には弘宣(ぐせん)付嘱。(いわ)く、四依(しえ)の賢聖、釈尊一代所有(しょう)の仏法を時に(したが)い機に随って演説流布するなり。

(ぞく)(るい)品に云く「()し善男子・善女人有って如来の智慧を信ぜん者には、(まさ)(ため)に此の法華経を演説(えんぜつ)して聞知(もんち)することを得せしむべし。()の人をして(ぶっ)()を得せしめんが為の故なり。()し衆生有って、信受せざらん者には、(まさ)に如来の()深法(じんぽう)の中に於て示教(じきょう)利喜(りき)すべし」文。

此の中に「余の深法」と云うは()(ぜん)の諸経なり。既に「此の法華経」に対して「余」と云うが故なり。(けだ)台家(たいけ)の意は「余の深法」は(ただ)是れ別教、余法深法は(すなわ)ち三教に通ず云云。(ただ)次第三諦(さんたい)(しょ)(しょう)を以ての故に、爾前の諸経は即ち是れ三教なり。故に大義は(こと)なり無きなり。

二には伝持付嘱。(いわ)く、四依(しえ)の賢聖、如来一代の所有(しょう)の仏法を相伝受持し、世々相継(あいつ)いで住持するが故なり。

涅槃(ねはん)経第二・八十七に云く「我(いま)所有の無上の正法を(ことごと)く以て摩訶(まか)迦葉(かしょう)に付嘱す。(まさ)(なん)(だち)の為に(だい)依止(えし)()ること、(なお)如来の如くなるべし」等云云。統紀の四・七に此の文を釈して云く「迦葉は()く世を継いで伝持するを(もっ)てなり」と。又五・六に云く「迦葉(ひと)り住持に任ず。()れを以て祖々相伝住持して()えざるなり」文。楞厳疏(りょうごんしょ)に云く「覚性(かくしょう)三徳秘蔵に安住し、万善の功徳を任持して失わず、故に住持と()うなり」云云。今、寺主を以て通じて住持と云うは此等の意に()るなり。

三には守護付嘱。謂く、国主・(だん)(のつ)等、如来一代所有の仏法を時に随い、機に随い、()く之を守護して、法をして久住(くじゅう)せしむるなり。

涅槃経第三・十一に云く「如来今、無上の正法を以て諸王・大臣・宰相(さいしょう)比丘(びく)比丘尼(びくに)()()(そく)()()()に付嘱す。是れ諸の国王及び四部の衆、()()に諸の学人等を勧励して、(かい)定慧(じょうえ)を増長することを得せしむべし」等云云。

又涅槃経に云く「(うち)に智慧の弟子有って(じん)(じん)を解し、外に清浄(しょうじょう)の檀越有って仏法久住(くじゅう)す」等云云。此の中の「戒定慧」とは一代及び三時に通ずるなり。若し末法にあっては文底深秘(じんぴ)の三()の秘法なり。(つぶさ)には依義判文抄(かつ)て之を書するが如し。故に今は是れを略するのみ。

当に知るべし、今(いわ)く「迦葉尊者は仏の付嘱を受く」とは、是れ第一・第二の付嘱に当るなり。(いわ)く、嘱累品の時、弘宣(ぐせん)付嘱を受け、涅槃会(ねはんえ)の時、伝持付嘱を受くるなり。

嘱累品の時に弘宣付嘱を()くとは、太田抄二十五・十七に云く「釈尊(しか)して(のち)、正像二千年の衆生の為に宝塔より()でて虚空(こくう)住立(じゅうりゅう)して、右の手を以て文殊(もんじゅ)観音(かんのん)・梵天・帝釈(たいしゃく)日月(にちがつ)・四天等の(いただき)()でて、()くの如く三(ぺん)して法華経の(よう)より(ほか)(こう)(りゃく)の二門、並びに前後一代の一切経を此等の大士に付嘱す。正像二千年の機の為なり。(ここ)を以て滅後の弘教に於ても仏の所属に随い弘法(ぐほう)(かぎ)り有り。(しか)れば則ち迦葉・阿難(あなん)等は一向に小乗教を弘通して大乗教を()べず。竜樹・無著(むじゃく)等は権大乗を申べて一乗を弘通せず。南岳・天台は広略を以て本と為し、肝要(かんよう)(あた)わず。此れ(ひとえ)に付嘱を重んずるが故なり」略抄。

「前後一代の一切経」とは即ち是れ「余の深法」の中の文意なり。「此等の大士」とは、其の意は新得記(しんとっき)の声聞を含むなり。開顕の後は(みな)菩薩と名づくるが故なり。正付嘱の相とは、高橋抄三十五・四十三に云く「我が滅後の一切衆生は皆我が子なりいづれも平等に不便(ふびん)にをもうなり。乃至一切衆生にさづ()けよ」等云云。

涅槃会の時に伝持付嘱を受くとは、即ち(さき)に経文及び統紀を引くが如し。

問う、涅槃説法の時は迦葉(かしょう)()()()らず、何ぞ付嘱を受けんや。

答う、其の座に無しと(いえど)も仏(すで)に大衆に対して「所有(しょう)の正法を摩訶(まか)迦葉(かしょう)等に付嘱す」と云う。是れ迦葉を以て(ひと)り住持に任ずるなり。今(なお)その例多し云云。(どっ)(きょう)十五・八、統紀の五・六、金山の九・六十四、諌迷(かんめい)九終、中正の十八・五十四、(みな)宗祖の意に非ざるなり。

今得意して云く、二箇の相承(まさ)しく是れ弘宣・伝持の付嘱なり。謂く「日蓮一期(いちご)の弘法、白蓮阿闍(あじゃ)()日興に(これ)を付嘱す。本門弘通(ぐつう)の大導師たるべきなり」とは、是れ弘宣(ぐせん)付嘱なり。故に「本門弘通」等と云うなり。

「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承(そうじょう)す、()(のぶ)久遠(くおん)寺の(べっ)(とう)たるべきなり」とは、是れ伝持付嘱なり。故に「別当たるべきなり」等と云うなり。秘すべし、秘すべし。

   八月晦日(みそか)


一 次に阿難尊者二十年文。

統紀の第五、御書の十六・二十五の十法界因果抄云云。

 九月(さく)(じつ)


一 
商那和(しょうなわ)(しゅう)等文。

統紀の第五、御書の十三の妙法尼抄

一 優婆崛(うばくっ)()二十年文。

統紀云云。

                             つづく
撰時抄愚記上 目次
                      



by johsei1129 | 2015-10-28 20:51 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 26日

撰時抄愚記 上十六

広く釈すの下 八月二十七日

   第七段 正法の初めの五百年の弘経


一 問うて云く竜樹等

此の下は第二に、広く三時の()(きょう)の次第を明かす、又二あり。初めに(まさ)しく明かし、二に「疑って云く設い」の下は料簡(りょうけん)。初めに正しく明かす、亦二あり。初めに略して正像未弘の所以(ゆえん)を示す。意は末法弘通(ぐつう)の所以を(あらわ)すなり。

此れに二重の問答あり。初めの問いの意は、(すで)に上来に於て、略して末法は是れ本門深秘の大法の広宣流布の時なることを()かす。故に(いま)問うて云く、竜樹等に其の深秘の大法弘通の義ありやと云云。

答の文は見るべし。(すなわ)ち是れ内鑑(ないがん)冷然(れいねん)外適(げちゃく)時宜(じぎ)の意なり。

問う、既に(ただ)「竜樹等の論師」と云う、故に(ただ)正法未弘(みぐ)を明かす。何ぞ通じて正像等と云うや。

答う、文は実に所問の如し。今、意を取って正像未弘と云うなり。(いわ)く、像法の中には(また)流布の辺あり。故に(しばら)く之を論ぜず。然りと雖も、実に是れ(いま)だ文底深秘の大法を弘めず。故に下三十五に云く「仏の滅後に迦葉(かしょう)阿難(あなん)馬鳴(めみょう)・竜樹・無著(むじゃく)・天親・乃至天台・伝教のいまだ弘通(ぐつう)しましまさぬ最大の(じん)(みつ)の正法、経文の(おもて)現前(げんぜん)なり」等云云。今()の意を取る、故に(しか)()うなり。()し此の大旨を得ざれば、恐らくは是れ前後雑乱(ぞうらん)せんか。

次の問答は、(まさ)しく正像未弘の所以(ゆえん)を明かすなり。(おのずか)ら三義あり。若し諸文の中には(あるい)は四義を明かす、太田抄(ごと)し。或は二義を明かす、当体義抄の如し云云。

第一に「彼の時には機なし」とは、是れ本未(ほんみ)()(ぜん)の機無きが故なり、(およ)そ文底深秘の大法は本因下種の正体なり。故に其の機を論ずれば本未有善の衆生にして、是れ謗法(いっ)(せん)(だい)(やから)なり。然るに正像二千年の間は、皆是れ在世結縁(けちえん)の衆生にして、謗法一闡提の輩に非ず。故に「機なし」と云うなり。故に小権等を以て之を成熟(じょうじゅく)し、下種の要法を以て之を(さず)けざるなり。

第二に「時なし」とは、是れ白法(びゃくほう)隠没(おんもつ)の時無きなり。(およ)そ文底深秘(じんぴ)の大法は、一切の仏法隠没の時に()いで広宣流布す。(しか)るに正像二千年は正しく大集経の(さき)の四()の五百に当る。是れ第五の白法隠没の時に非ず。何ぞ(すべから)く広宣流布せしむべけんや。

第三に「迹化なれば付嘱せられ給はず」とは、

問う、迹化なれば(なに)(ゆえ)に付嘱せられ給わざるや。

答う、多くの所以有り。今(しばら)()意を示さん。

一には、迹化は釈尊(みょう)()(そく)の弟子に非ざるが故なり。

本尊抄八・二十一に云く「所詮(しょせん)迹化(しゃっけ)他方(たほう)の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず(乃至)迹化の大衆は釈尊初発心(しょほっしん)の弟子等に非ざる故なり」略抄。「初発心」とは名字即なり。故に妙楽の云く「(いま)発心を明かす、名字の位に()り」云云。「内証の寿量品」とは文底深秘の大法、即ち是れ久遠名字の妙法なり。故に久遠名字の御弟子に之を付嘱すべし。(しか)るに迹化は久遠名字の御弟子に(あら)ず、故に付嘱したまわざるなり。

二には、迹化は本因の妙法所持の人に(あら)ざるが故なり。

本尊抄八・二十四に云く「文殊(もんじゅ)観音(かんのん)・薬王・()(げん)等は爾前(にぜん)迹門の菩薩なり。本法所持の人に非ざれば末法の弘法(ぐほう)()らざる者か」云云。「本法」とは(すなわ)ち本因の妙法なり云云。

三には、迹化は(こう)を積むこと浅きが故に。

新尼抄外十二・二十七に云く「(いま)此の御本尊は教主釈尊・五百塵点劫より心中に()さめさせ給いて、世に出現せさせ給いても四十(しじゅう)()(ねん)()の後又法華経の中にも迹門はせ()ぎて宝塔品より事をこりて寿量品に説き顕し、神力品・(ぞく)(るい)に事(きわま)りて候しが、文殊・弥勒(みろく)・観音・薬王等の諸大士・我も我もと望み給いしかども(かな)はず、此等は智慧いみじく才学ある人人とは・ひび()けども・いまだ法華経を学する日()さし・学も始めなり、末代の大難忍び()たかるべし」文。

既に迹化は()くの如き事有り、故に付嘱せられざるなり。世間の如きも此の例あり云云。

(まさ)に知るべし、元意(がんい)の辺は即ち末法弘通(ぐつう)所以(ゆえん)(あらわ)すなり。(いわ)く、一には機あり、二には時あり、三には本化(ほんげ)なれば付嘱せられ給うなり云云。故に下の文二十に云く「後の五百歳に一切の仏法の滅せん時、上行菩薩に妙法蓮華経の五字を持たしめて、謗法一闡提(いっせんだい)(やから)白癩(びゃくらい)(びょう)良薬(ろうやく)とせん」と云云。此の一文の中に時・機・付嘱の三義分明(ふんみょう)なり。学者見るべし。

次に「求めて云く、願くは此の事」の下は、広く五()の五百に約し、三時弘経の次第を明かす。即ち是れ正像()()、末法流布(るふ)の相なり。(おのずか)ら五段あり。次下の如し云云。



                     つづく
撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-10-26 22:14 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 25日

日蓮大聖人 御書 INDEX Ⅱ

※太字御書は本ブログにリンク
※緑字は略歴
※青字は御書十大部

[述作年月日] [御年] [御書名]

<文永11 5.17身延山に入山>
文永11 5.17 53歳 [富木殿御書]
文永11 5.24 53歳 [法華取要抄]
文永11 6.16 53歳 [国府尼御前御書]
<文永11 6.17身延沢に草庵を設ける>
文永11 7.26 53歳 [南条後家尼御前御返事]
文永11 9.17 53歳 [弥源太入道殿御返事]
文永11 9.26 53歳 [主君耳入此法門免与同罪事]
文永11 11.11 53歳 [上野殿御返事]
文永11 11.20 53歳 [曾谷入道殿御書]
文永11 11   53歳 [聖人知三世事]
文永11 12.25 53歳 [顕立正意抄]
文永11    53歳 [上野殿尼御前御返事]
文永11 12  日興上人 日目(15歳)と出会う
文永12 1.24 54歳 [大田殿許御書]
文永12 1.27 54歳 [四条金吾殿女房御返事]
文永12 1 54歳 [春之祝御書]
文永12 2.7 54歳 [富木殿御返事]
文永12 2.7 54歳 [可延定業御書]
文永12 2.11 54歳 [三沢御房御返事]
文永12 2.16 54歳 [新尼御前御返事]
文永12 2   54歳 [立正観抄]
文永12 2.28 54歳 [立正観抄送状]
文永12 3.6 54歳 [四条金吾殿御返事]
文永12 3.10 54歳 [弁殿御消息]
文永12 3.10 54歳 [曾谷入道殿許御書]
文永12 3.13 54歳 [阿仏房御書]
文永12 3  54歳 [曾谷入道殿御返事]
文永12 4.12 54歳 [こう入道殿御返事]
文永12    54歳 [富木尼御前御返事]
文永12    54歳 [大悪大善御書]
文永期 不詳 [種脱系図]
文永期 不詳 [六識事]
文永期 不詳 [五行事]
文永期 不詳 [釈迦御所領御書]
文永期 不詳 [良観不雨御書]
文永期 不詳 [依法不依人御書]
文永期 不詳 [正嘉地震大瑞御書]
文永期 不詳 [釈迦如来御書]
文永期 不詳 [不如治大悪御書]
文永末期 不詳 [帰伏正法御書]
建治1 4    54歳 [法蓮抄]
建治1 5.3   54歳 [上野殿御返事]
建治1 5.8   54歳 [一谷入道女房御書]
建治1 5    54歳 [妙一尼御前御消息]
建治1 6.10 54歳 [撰時抄]
建治1 6.22 54歳 [三三蔵祈雨事]
建治1 6.27 54歳 [浄蓮房御書]
建治1 7.2 54歳 [南条殿御返事(白麦御書)]
建治1 7.2 54歳 [大学三郎殿御書]
建治1 7.12 54歳 [高橋入道殿殿御返事]
建治1 7.16 54歳 [上野殿御返事]
建治1 7.22 54歳 [四条金吾殿御返事]
建治1 7.26 54歳 [高橋殿御返事]
建治1 8.4 54歳 [乙御前御消息]
建治1 8.14 54歳 [芋一駄御書]
建治1 8.16 54歳 [妙心尼御前御返事(病之良薬御書)]
建治1 8.18 54歳 [上野殿御書]
建治1 8.25 54歳 [妙心尼御前御返事]
建治1 8    54歳 [単衣抄]
建治1 9.3   54歳 [阿仏房尼御前御返事]
建治1 9.20   54歳 [石本日仲聖人御返事]
建治1 9.28  54歳 [御衣並単衣御書]
建治1 9    54歳 [蒙古使御書]
建治1 11.3 54歳 [太田入道殿御返事]
建治1 11 54歳 [尊霊御菩堤御書]
建治1 11.23 54歳 [観心本尊得意抄]
建治1 12.26 54歳 [強仁状御返事]
建治1    54歳 [除病御書]
建治1     54歳[瑞相御書]
建治1  54歳 [上野殿御消息]
建治1  54歳 [減劫御書]
建治1  54歳 [其中衆生御書]
建治1  54歳 [白米和布御書]
建治1  54歳 [一代五時鶏図]
建治1  54歳 [上行菩薩結要付属口伝]
建治2 1.11 55歳 [清澄寺大衆中]
建治2 1.19 55歳 [南条殿御返事]
建治2 2.17 55歳 [松野殿御消息]
建治2 2   55歳 [大井荘司入道御書]
建治2 3.18 55歳 [南条殿御返事]
建治2 3.27 55歳 [富木尼御前御書]
建治2 3.30 55歳 [忘持経事]
建治2 3 55歳 [光日房御書]
建治2 閏3.5 55歳 [妙密上人御消息]
建治2 閏3.24 55歳 [南条殿御返事]
建治2 4.12 55歳 [王舎城事]
建治2 4.12 55歳 [中興政所女房御返事]
建治2 4 55歳 [兄弟抄]
建治2 5.5 55歳 [覚性御房御返事]
建治2 5.10 55歳 [筍御書]
建治2 5.11 55歳 [宝軽法重事]
建治2 5.28 55歳 [舂麦御書]
建治2 6.27 55歳 [四条金吾殿御返事(衆生所遊楽御書)]
建治2 7.15 55歳 [四条金吾釈迦仏供養事]
建治2 7.18 55歳 [覚性房御返事]
建治2 7.21 55歳 [弁殿御消息]
建治2 7.21 55歳 [報恩抄]
建治2 7.26 55歳 [報恩抄送文]
建治2 8.2 55歳[曾谷殿御返事]
建治2.8.10 55歳 [道妙禅門御書]
建治2 9.6 55歳 [四条金吾殿御返事(有智正法時)]
建治2 9.15 55歳 [九郎太郎殿御返事]
建治2 11.2 55歳 [持妙尼御前御返事]
建治2 12.9 55歳 [松野殿御返事]
建治2 12.13 55歳 [道場神守護事]
建治2 12.20 55歳 [さだしげ殿御返事]
建治2 12 55歳 [本尊供養御書]
建治2 3  55歳 [種種御振舞御書]
建治2  55歳 [西山殿御返事]
建治2  55歳 [松野殿御消息]
建治2  55歳 [破良観等御書]
建治2  55歳 [一代五時図]
建治2  55歳 [一代五時鶏図]
建治2  55歳 [和漢王代記]
建治3 1.23 56歳 [西山殿御返事]
建治3 3.2 56歳 [兵衛志殿女房御書]
建治3 3.19 56歳 [六郎次郎殿御返事]
建治3 3.21 56歳 [教行証御書]
建治3.4.初旬 56歳 [四信五品抄]
建治3 4.12 56歳 [乗明聖人御返事]
建治3 4 56歳 [四条金吾殿御返事(八風抄)]
建治3 5.4 56歳 [妙心尼御前御返事]
建治3 5.15 56歳 [上野殿御返事(梵帝御計事)]
建治3 5.25 56歳 [さじき女房御返事]
建治3 6.18 56歳 [兵衛志殿御返事]
建治3 6.25 56歳 [頼基陳状]
建治3 5 56歳 [下山御消息]
建治3 7 56歳 四条金吾殿御返事【不可惜所領事】
建治3 8.4 56歳 [弥三郎殿御返事]
建治3 8.21 56歳 [兵衛志殿御返事]
建治3 8.23 56歳 [富木殿御書]
建治3 9.9 56歳 [松野殿御返事]
建治3 9.11 56歳 [崇峻天皇御書]
建治3 秋 56歳 [四条金吾殿御返事【世雄御書】]
建治3 11.7 56歳 [兵衛志殿女房御返事]
建治3 11.18 56歳 [太田殿女房御返事]
建治3 11.20 56歳 [兵衛志殿御返事]
建治3 11.28 56歳 [曾谷入道殿御返事]
建治3 12.17 56歳 [[大白牛車書]
建治3 冬 56歳 [庵室修復書]
建治3  56歳 [鼠いるか事]
建治3  56歳 [法華経二十重勝諸教義]
建治3  56歳 [四条金吾殿御返事]
建治3  56歳 [仏眼御書]
建治4 1.16 57歳 [実相寺御書]
建治4 1.25 57歳 [四条金吾殿御書【九思一言事】]
建治4 2.13 57歳 [現世無間御書]
建治4 2.13 57歳 [松野殿御返事]
建治4 2.23 57歳 [三沢抄]
建治4 2.25 57歳 [上野殿御返事]
建治4 2.28 57歳 [始聞仏乗義]
建治期不詳  [三車四車事]
建治期不詳  [天台宗身虫御書]

御書 INDEX Ⅲへ (弘安期以降)


by johsei1129 | 2015-10-25 22:40 | 御書 INDEX・略歴 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 24日

撰時抄愚記 上十五  謗法の行人は「一切世間の仏種を断ずる」の罪人なり、是れ卑賎なり


一 例せば
阿私陀(あしだ)仙人

此の下は例を引くなり。統記二・七紙、()いて見よ。

一 道心あらん人人等

此の下は第四、結勧なり。総じて大集経の五箇の五百所引(しょいん)已下の(もろもろ)の義を指して「此を見()きて」等と云うなり云云。

一 正像二千年の大王等とは。

此の下は尊卑相望(そうもう)して、反転して尊卑を顕す。是れ(すなわ)ち「法妙なるが故に人尊し」の故なり。中に於て、初めに異時相望す。(いわ)く、正像二時の大王は、(たと)い如説修行するとも(なお)()れ権迹の行者なり。故に(かえ)って下位なり。(なお)獼猴(みこう)の如し。()し末法今時の民は、説の如く修行すれば即ち是れ本化の菩薩なり。故に却って上位なり。(たと)えば帝釈(たいしゃく)の如し。故に正像二千年の最極(さいごく)上位の大王よりも、末法今時の最極下位の(たみ)にてこそ有るべけれ等云云。

問う、末法今時の我等、何ぞ是れ本化(ぽんげ)の菩薩ならんや。

答う、(およ)そ本化の菩薩は久遠五百塵点劫より已来(このかた)、余事を(まじ)えず、一向(いっこう)に本門寿量の肝心(かんじん)を行ず。下山抄の如し。我等も(また)(しか)なり。信念受持の初めより余事を雑えず一向に本門寿量の肝心を行ず、(あに)本化の菩薩に非ずや。上行等は久遠の本化にして我等は今日(こんにち)の本化なり。我等即ち上行等と()うには非ず。例せば外典に「之を(さき)に行うは(いにしえ)(ぎょう)(しゅん)なり。之を後に行うは即ち今の尭・舜なり」と云うが如し云云。(いわん)(また)久遠は今に在り、今は即ち是れ久遠なり云云。

次に「()の天台の座主(ざす)」の下は同時相望す。(いわ)く、(とも)に末法に在りと雖も、爾前・迹門の謗法の行人(ぎょうにん)(すで)に是れ則ち「一切世間の仏種を断ずる」の罪人なり。故に却って是れ卑賎(ひせん)なり。若し本門寿量の正法の行者は(まさ)に是れ「是の人仏道に於て、決定(けつじょう)して(うたが)い有ること無けん」の善人なり。故に最も是れ尊貴なり。所以(ゆえ)に天台・真言の最極高貴の智人・(せき)(とく)よりも、本門寿量の最極下賎の愚人・白癩(びゃくらい)の人とはなるべしと云云。記四本四十一に云く「末代(いずく)んぞ法は妙にして人は()なるべけんや」と云云。

一 (りょう)の武帝発願(ほつがん)して云く等

止の二・五十三に云く「経に云く、(むし)ろ提婆と()って」等云云。()の二末八十五に云く「経に云く、寧ろ作ってとは、梁の武帝発願(ほつがん)して云く」等云云。証真料簡(りょうけん)して云く「願文を引いて経説を助成す」と云云。

統記三十八初に云く「天監(てんかん)二年四月八日、梁の武、重雲殿に於て親しく文を製し、群臣二万人を(ひき)い、菩提心を(おこ)し、(なが)く道教を()てしむ。其の文に云く、願わくは来生出家して広く教経を弘め、(がん)(じき)を化度して同じく仏道を成ぜしめん。(むし)ろ正法の中に在って長く悪道に(しず)むとも、老子の教に()って(しばら)くも天に生ずることを得んとは(ねが)わじ」等云云。願文の意、()いて経文に同じ。故に妙楽は願文を引き、以て経文を助成するなり。解釈の妙術、(あに)凡の及ぶ所ならんや。今は即ち弘決(ぐけつ)の意に同じ云云。

一 欝頭(うず)(らん)(ほつ)

大論十七・三十四。西域(せいいき)九初に委悉(いしつ)なり。往いて見よ。


                   つづく
撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-10-24 14:35 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 23日

日蓮、日本国に生ぜずんば但仏の御言のみ有りて其の義空しかるべしと説いた【妙密上人御消息】

【妙密上人御消息】
■出筆時期:建治二年(1276年)閏三月五日 五十五歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■執筆の経緯:本抄は鎌倉の楅谷(くわがやつ)に住んでいた在家僧と思われる妙密上人夫妻に送られた長文の消息です。

大聖人は妙密上人が仏教の基本は承知しているとみて、前段で釈尊滅後の仏教伝来の概略を示すとともに、末法に南妙法蓮華経を流布するご自身について「今日蓮は聖にも賢にも非ず持戒にも無戒にも有智にも無智も当らず、然れども法華経の題目の流布すべき後五百歳・二千二百二十余年の時に生れて、近くは日本国・遠くは月氏・漢土の諸宗の人人・唱へ始めざる先に南無妙法蓮華経と高声によばはりて二十余年をふる間、或は罵られ打たれ或は疵をかうほり或は流罪に二度死罪に一度定められぬ、其の外の大難数をしらず<中略>或は云く「刀杖瓦石を加え或は数数擯出せらる」等云云、此等の経文は日蓮・日本国に生ぜずんば但仏の御言のみ有りて其の義空しかるべし」と記され、日蓮こそが唯一悪世末法の日本で釈尊の金言を実現していると断じられておられます。

さらに文末では事あるごとに青鳧五貫文という多額の銭を供養する妙密上人夫妻に対し「便宜ごとの青鳧五連の御志は日本国の法華経の題目を弘めさせ給ふ人に当れり、国中の諸人・一人・二人・乃至千万億の人・題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし」とその志を讃えられておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[妙密上人御消息 本文]

青鳧五貫文給い候い畢んぬ。
夫れ五戒の始は不殺生戒・六波羅蜜の始は檀波羅蜜なり、十善戒・二百五十戒・十重禁戒等の一切の諸戒の始めは皆不殺生戒なり、上大聖より下蚊虻に至るまで命を財とせざるはなし、これを奪へば又第一の重罪なり、如来世に出で給いては生をあわれむを本とす、生をあわれむしるしには命を奪はず施食を修するが第一の戒にて候なり、人に食を施すに三の功徳あり・一には命をつぎ・二には色をまし・三には力を授く、命をつぐは人中・天上に生れては長命の果報を得・仏に成りては法身如来と顕れ其の身虚空と等し、力を授くる故に人中・天上に生れては威徳の人と成りて眷属多し、仏に成りては報身如来と顕れて蓮華の台に居し八月十五夜の月の晴天に出でたるが如し、色をます故に人中・天上に生れては三十二相を具足して端正なる事華の如く、仏に成りては応身如来と顕れて釈迦仏の如くなるべし、

夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし。

されば日本国には仏法の始まりし事は天神七代・地神五代の後・人王百代・其の初めの王をば神武天皇と申す、神武より第三十代に当りて欽明天皇の御宇に百済国より経並びに教主釈尊の御影・僧尼等を渡す、用明天皇の太子の上宮と申せし人・仏法を読み初め法華経を漢土より・とりよせさせ給いて疏を作りて弘めさせ給いき、それより後・人王三十七代・孝徳天皇の御宇に観勒僧正と申す人・新羅国より三論宗・成実宗を渡す、同じき御代に道昭と申す僧・漢土より法相宗・倶舎宗を渡す、同じき御代に審祥大徳・華厳宗を渡す、第四十四代・元正天皇の御宇に天竺の上人・大日経を渡す、第四十五代・聖武天皇の御宇に鑑真和尚と申せし人・漢土より日本国に律宗を渡せし・次でに天台宗の玄義・文句・円頓止観・浄名疏等を渡す、然れども真言宗と法華宗との二宗をば・いまだ弘め給はず、人王第五十代・桓武天皇の御代に最澄と申す小僧あり後には伝教大師と号す、此の人入唐已前に真言宗と天台宗の二宗の章疏を十五年が間・但一人見置き給いき、後に延暦二十三年七月に漢土に渡り・かへる年の六月に本朝に著かせ給いて、天台・真言の二宗を七大寺の碩学数十人に授けさせ給いき、其の後于今四百年なり、総じて日本国に仏法渡りて于今七百余年なり、或は弥陀の名号或は大日の名号・或は釈迦の名号等をば一切衆生に勧め給へる人人はおはすれども、いまだ法華経の題目・南無妙法蓮華経と唱へよと勧めたる人なし、

日本国に限らず月氏等にも仏滅後一千年の間・迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親等の大論師・仏法を五天竺に弘通せしかども・漢土に仏法渡りて数百年の間・摩騰迦・竺法蘭・羅什三蔵・南岳・天台・妙楽等・或は疏を作り或は経を釈せしかども・いまだ法華経の題目をば弥陀の名号の如く勧められず、唯自身一人計り唱へ・或は経を講ずる時・講師計り唱る事あり、然るに八宗・九宗・等其の義まちまちなれども・多分は弥陀の名号・次には観音の名号・次には釈迦仏の名号・次には大日・薬師等の名号をば・唱へ給へる高祖・先徳等はおはすれども・何なる故有りてか一代諸教の肝心たる法華経の題目をば唱へざりけん、其の故を能く能く尋ね習い給ふべし、譬えば大医の一切の病の根源・薬の浅深は弁へたれども・故なく大事の薬をつかふ事なく病に随ふが如し。

されば仏の滅後正像二千年の間は煩悩の病・軽かりければ一代第一の良薬の妙法蓮華経の五字をば勧めざりけるか、今末法に入りぬ人毎に重病有り阿弥陀・大日・釈迦等の軽薬にては治し難し、又月はいみじけれども秋にあらざれば光を惜む・花は目出けれども春にあらざればさかず、一切・時による事なり、されば正像二千年の間は題目の流布の時に当らざるか、又仏教を弘るは仏の御使なり・随つて仏の弟子の譲りを得る事各別なり、正法千年に出でし論師・像法千年に出づる人師等は・多くは小乗・権大乗・法華経の或は迹門・或は枝葉を譲られし人人なり、いまだ本門の肝心たる題目を譲られし上行菩薩世に出現し給はず、此の人末法に出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の中・国ごと人ごとに弘むべし、例せば当時・日本国に弥陀の名号の流布しつるが如くなるべきか。

然るに日蓮は何の宗の元祖にもあらず・又末葉にもあらず・持戒破戒にも闕て無戒の僧・有智無智にもはづれたる牛羊の如くなる者なり、何にしてか申し初めけん・上行菩薩の出現して弘めさせ給うべき妙法蓮華経の五字を先立て・ねごとの様に・心にもあらず・南無妙法蓮華経と申し初て候し程に唱うる者なり、所詮よき事にや候らん・又悪き事にや侍るらん・我もしらず人もわきまへがたきか、但し法華経を開いて拝し奉るに・此の経をば等覚の菩薩・文殊・弥勒・観音・普賢までも輙く一句一偈をも持つ人なし、「唯仏与仏」と説き給へり、されば華厳経は最初の頓説・円満の経なれども法慧等の四菩薩に説かせ給ふ、般若経は又華厳経程こそなけれども当分は最上の経ぞかし、然れども須菩提これを説く、但法華経計りこそ三身円満の釈迦の金口の妙説にては候なれ、されば普賢・文殊なりとも輙く一句一偈をも説かせ給うべからず、何に況や末代の凡夫我等衆生は一字二字なりとも自身には持ちがたし、諸宗の元祖等・法華経を読み奉れば各各其の弟子等は我が師は法華経の心を得給へりと思へり、然れども詮を論ずれば慈恩大師は深密経・唯識論を師として法華経をよみ、嘉祥大師は般若経・中論を師として法華経をよむ、杜順・法蔵等は華厳経・十住毘婆沙論を師として法華経をよみ、善無畏・金剛智・不空等は大日経を師として法華経をよむ、此等の人人は各法華経をよめりと思へども未だ一句一偈もよめる人にはあらず、詮を論ずれば伝教大師ことはりて云く「法華経を讃すと雖も還つて法華の心を死す」云云、例せば外道は仏経をよめども外道と同じ・蝙蝠が昼を夜と見るが如し、又赤き面の者は白き鏡も赤しと思ひ・太刀に顔をうつせるもの円かなる面を・ほそながしと思ふに似たり。

今日蓮は然らず已今当の経文を深くまほり・一経の肝心たる題目を我も唱へ人にも勧む、麻の中の蓬・墨うてる木の自体は正直ならざれども・自然に直ぐなるが如し、経のままに唱うれば・まがれる心なし、当に知るべし仏の御心の我等が身に入らせ給はずば唱へがたきか、又それ他人の弘めさせ給ふ仏法は皆師より習ひ伝へ給へり、例せば鎌倉の御家人等の御知行・所領の地頭・或は一町・二町なれども皆故大将家の御恩なり、何に況や百町・千町・一国・二国を知行する人人をや、賢人と申すは・よき師より伝へたる人・聖人と申すは師無くして我と覚れる人なり、仏滅後・月氏・漢土・日本国に二人の聖人あり・所謂天台・伝教の二人なり、此の二人をば聖人とも云うべし又賢人とも云うべし、天台大師は南岳に伝えたり是は賢人なり、道場にして自解仏乗し給いぬ又聖人なり、伝教大師は道邃・行満に止観と円頓の大戒を伝へたりこれは賢人なり、入唐已前に日本国にして真言・止観の二宗を師なくしてさとり極め、天台宗の智慧を以て六宗・七宗に勝れたりと心得給いしは是れ聖人なり、然れば外典に云く「生れながらにして之を知る者は上なり上とは聖人の名なり学んで之を知る者は次なり次とは賢人の名なり」内典に云く「我が行・師の保無し」等云云、夫れ教主釈尊は娑婆世界第一の聖人なり、天台・伝教の二人は聖賢に通ずべし、馬鳴・竜樹・無著・天親等・老子・孔子等は或は小乗・或は権大乗・或は外典の聖賢なり、法華経の聖賢には非ず。

今日蓮は聖にも賢にも非ず持戒にも無戒にも有智にも無智も当らず、然れども法華経の題目の流布すべき後五百歳・二千二百二十余年の時に生れて・近くは日本国・遠くは月氏・漢土の諸宗の人人・唱へ始めざる先に・南無妙法蓮華経と高声によばはりて二十余年をふる間・或は罵られ打たれ或は疵をかうほり或は流罪に二度死罪に一度定められぬ、其の外の大難数をしらず・譬へば大湯に大豆を漬し小水に大魚の有るが如し、経に云く「而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」又云く「一切世間怨多くして信じ難し」又云く「諸の無智の人有りて悪口罵詈す」或は云く「刀杖瓦石を加え或は数数擯出せらる」等云云、此等の経文は日蓮・日本国に生ぜずんば但仏の御言のみ有りて其の義空しかるべし、譬へば花さき菓みならず雷なりて雨ふらざらんが如し、仏の金言空くして正直の御経に大妄語を雑へたるなるべし、此等を以て思ふに恐くは天台伝教の聖人にも及ぶべし又老子孔子をも下しぬべし、日本国の中に但一人・南無妙法蓮華経と唱えたり、これは須弥山の始の一塵大海の始の一露なり、二人・三人・十人・百人・一国・二国・六十六箇国・已に島二にも及びぬらん、今は謗ぜし人人も唱へ給うらん、又上一人より下万民に至るまで法華経の神力品の如く一同に南無妙法蓮華経と唱へ給ふ事もやあらんずらん、木はしづかならんと思へども風やまず・春を留んと思へども夏となる、日本国の人人は法華経は尊とけれども日蓮房が悪ければ南無妙法蓮華経とは唱えまじと・ことはり給ふとも・今一度も二度も大蒙古国より押し寄せて壹岐・対馬の様に男をば打ち死し女をば押し取り・京・鎌倉に打ち入りて国主並びに大臣百官等を搦め取り・牛馬の前に・けたて・つよく責めん時は争か南無妙法蓮華経と唱へざるべき、法華経の第五の巻をもつて日蓮が面を数箇度打ちたりしは日蓮は何とも思はずうれしくぞ侍りし、不軽品の如く身を責め勧持品の如く身に当つて貴し貴し。

但し法華経の行者を悪人に打たせじと・仏前にして起請をかきたりし・梵王・帝釈・日月・四天等いかに口惜かるらん、現身にも天罰をあたらざる事は小事ならざれば・始中終をくくりて其の身を亡すのみならず議せらるるか、あへて日蓮が失にあらず・謗法の法師等をたすけんが為に彼等が大禍を自身に招きよせさせ給うか。

此等を以て思ふに便宜ごとの青鳧五連の御志は日本国の法華経の題目を弘めさせ給ふ人に当れり、国中の諸人・一人・二人・乃至千万億の人・題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし、其の功徳は大海の露をあつめ須弥山の微塵をつむが如し、殊に十羅刹女は法華経の題目を守護せんと誓わせ給う、此を推するに妙密上人並びに女房をば母の一子を思ふが如く、みょうごの牛の尾を愛するが如く昼夜にまほらせ給うらん、たのもし・たのもし、事多しといへども委く申すにいとまあらず、女房にも委く申し給へ此は諂へる言にはあらず、金はやけば弥色まさり剣はとげば弥利くなる・法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる、二十八品は正き事はわずかなり讃むる言こそ多く候へと思食すべし。

閏三月五日 日 蓮 花押
楅谷妙密上人御返事

by johsei1129 | 2015-10-23 20:14 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 22日

撰時抄愚記 上十四  像法の流布は真実の法華経の流布に非ず

  
  八月十八


一 
()れ釈尊の出世等文。

此の下は所引(しょいん)の釈の意を釈せるなり。

一 法華経の流布(るふ)の時・二度あるべし等文。

経釈(とも)に末法の初めを指す、故に「二度」と云うなり。

問う、天台・伝教の御時も(また)広宣流布す。何ぞ像法流布と云わざるや。

答う、彼の時は流布するに似たりと雖も、是れ真実の法華流布の時に非ず。(まさ)に此の義を明かさんとす。(しばら)く五意を示さん。

一には、像法には此の経の利生(りしょう)未だ盛んならざるが故に。経に云く「(しゅ)(しょう)の中に、(がっ)天子(てんし)最も()れ第一」云云。

薬王品得意抄三十三・十三に云く「又月はよい()よりも(あかつき)は光まさり・春夏よりも秋冬は光あり、法華経は正像二千年よりも末法には殊に利生有る可きなり、(乃至)と・とかれて候は・第三の月の(たとえ)の意なり」と云云。故に知んぬ、像法には今経の利生(いま)だ盛んならざることを云云。

二には、像法には(どっ)(けん)の妙能、未だ(あらわ)れざるが故に。(いわ)く、彼の時に於ては諸大乗経の利益(なお)有り、今経の妙用(みょうゆう)未だ彰れず。例せば「十八公の(さかえ)霜後に顕れ、一千年の色は雪中(せっちゅう)に深し」と云うが如し。
 顕仏未来記二十七・二十九に云く「小乗経を以て
(これ)(かんが)うるに、正法千年は教行証の三つ(つぶ)さに(これ)を備う、像法千年には教行のみ有って証無し。末法には教のみ有って行証無し等云云、法華経を以て之を(さぐ)るに、正法千年に三事を具するは、在世に於て法華経に結縁(けちえん)する者か、()の後正法に生れて小乗の教行を以て縁と為し小乗の証を得るなり。像法に於ては在世の結縁微簿(みはく)の故に小乗に於て証すること無く、此の人・権大乗を以て縁と為して十方(じっぽう)の浄土に生ず。末法に(おい)ては大小の(えき)(とも)に之無し、小乗には教のみ有って行証無く、大乗には教行のみ有って冥顕の証(これ)無し。此の時、本門の本尊・妙法蓮華経の五字を以て閻浮提(えんぶだい)に広宣流布せしめんか」等云云。

三には、像法には正直(しょうじき)の妙法を(ひろ)めざるが故に。

立正観抄三十八・六に云く「天台大師は霊山(りょうぜん)の聴衆として如来出世の本懐を()べたまうと雖も、時至らざるが故に妙法の名字(みょうじ)()えて止観と号す。(乃至)正直の妙法を止観と説きまぎ()らかす。故に(あり)まま()の妙法ならざれば帯権(たいごん)の法に似たり」等云云。又云く「本化弘通(ぐつう)の所化の機は法華本門の直機(じっき)なり」と云云。二十三・二十四

四には、像法には()(ぎょう)の三千を顕さざるが故に。

観心本尊抄八・二十六に云く「像法の中末に観音・薬王、南岳・天台等と示現(じげん)し出現して迹門を以て(おもて)()し本門を以て(うら)と為して百界千如・一念三千()の義を尽せり、(ただ)()()を論じて事行(じぎょう)の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず。所詮(しょせん)円機(えんき)有って(えん)()無き故なり」と文。

五には、像法には(いま)だ深秘の大法を弘めざるが故に。
 下の文三十五に云く「
迦葉(かしょう)阿難(あなん)馬鳴(めみょう)・竜樹・無著・天親・乃至天台・伝教のいまだ弘通(ぐつう)しましまさぬ最大の深秘の正法経文の面に顕然(けんねん)なり、此の深法・(いま)末法の(はじめ)(ごの)五百歳に一閻(いちえん)浮提(ぶだい)に広宣流布すべき」等云云。(つぶさ)に下に弁ずるが如し云云。

故に知んぬ、像法の流布(るふ)は是れ真実の法華経の流布に非ざることを云云。


                 つづく
撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-10-22 21:40 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 21日

聖人知三世事 六   A Sage Knows the Three Existences of Life 6 


 我が弟子(あお)いで之を見よ、

 My disciples, you should believe what I say and watch what happens.

 My disciples! Have faith in me and believe what I teach.

此れ(ひとえ)に日蓮が貴尊なるに非ず、法華経の御力の殊勝なるに()るなり

These things do not occur because I myself am respectworthy, but because the power of the Lotus Sutra is supreme.

I say this is not because I am saintly or noble but because the power of the Lotus Sutra I embrace is singularly supreme.

身を()ぐれば(まん)ずと(おも)い、身を下せば経を(あなど)る。

If I praise myself, people will think that I am boastful, but if I humble myself, they will despise the sutra.

If I exalt myself, people think me arrogant, yet were I to humble myself, they would hold the Lotus Sutra in contempt.

松高ければ藤長く(みなもと)深ければ流れ遠し。

The taller the pine tree, the longer the wisteria vine hanging from it. The deeper the source, the longer the stream.

On a pine that is tall, wisteria grows long. If a springis deep, its waters stream unceasingly.

(さいわい)なるかな楽しいかな、穢土(えど)に於て()(らく)を受くるは(ただ)日蓮一人なる而已(のみ)

How fortunate, how joyful! In this impure land, I alone enjoy happiness and delight.

How fortunate and gratifying! In this impure land, only I, Nichiren, know the bliss of sublime freedom.


【御書本文】【目次 Index】



by johsei1129 | 2015-10-21 20:59 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 20日

撰時抄愚記 上十三  後悔先に立たず。如かず、本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱えんには


一 末法の初め冥利(みょうり)無きにあらず

()(しょう)()一・十六に此の文を釈して云く「末法の時に至って(けん)(やく)無しと雖も、冥利は(すなわ)ち有り」文。今「冥利」と云うは下種益を指すなり。是れ則ち(じゅく)(だつ)の現に顕るに同じからざるが故なり。

故に教行証抄二十・五に云く「正像に(やく)を得し人人は顕益なるべし、在世結縁(けちえん)の熟せる故なり。今末法には初めて下種す(みょう)(やく)なるべし(乃至)妙楽の釈の如くんば、冥益なれば人是を知らず見ざるなり」文。例せば不軽(ふきょう)品の如し。記の十・三十一に云く「(あるい)は冥、或は顕」云云。輔記(ふき)十・九に云く「或は冥とは、(きしゃ)(ただ)冥益を得るのみ。或は顕とは、信者は現に六根清浄(しょうじょう)を得る故なり」と文。毀者は(ただ)下種益を()、故に冥益と云うなり。

教行証抄二十・五に云く「過去の威音(いおん)王仏(のうぶつ)の像法に(乃至)二十四字を聞きし者は一人も無く(また)不軽大士に()って(やく)を得たり、是れ(すなわ)(さき)(もん)(ぽう)を下種とせし故なり」文。不軽は現に六根清浄を得たり、故に顕益と云う。然るに朝抄に順逆二縁を以て冥顕に配す。是れ(はなは)だ不可なり。末法は順逆(とも)に下種益なり。故に並びに是れ冥益なり。何ぞ順縁を以て顕益とせんや。(けだ)し不軽品の意は、能化の不軽を名づけて信者と()し、現に六根清浄を得るが故に顕益と云う。何ぞ所化(しょけ)の中の順縁に混ぜんや。况や今時、順縁の所化(いま)だ六根清浄を得るを現ぜず。何ぞ顕益とすることを()んや。

一 伝教(でんぎょう)大師云く

守護章上の下四十一の文なり。「又云く」とは、秀句(しゅうく)下八の文なり。

「正像(やや)過ぎ已って末法(はなは)だ近きに有り」とは、顕仏未来記に云く「正像稍過ぎ已って末法太だ近きに有りの釈は心有るかな」等云云。

取要抄に云く「『末法太有近』の五字は我が世は法華経流布(るふ)の世に非ずと云う釈なり」云云。
 また顕仏未来記に云く「末法の始を
願楽(がんぎょう)するの言なり」と云云。

一 ()を語れば則ち像の終り末の()

顕仏未来記に云く「此の伝教大師の筆跡は()の時に当るに似たれども意は当時を指すなり」と云云。「当時」は即ち是れ末法なり。(しか)れば則ち末法の初めは三()の秘法広宣流布し、一切衆生仏種を()うるの時なり。故に天台・妙楽・伝教は(あお)いで「(のち)の五百歳」の(ほう)(しょう)を信じ、伏して「悪世末法」の初めを()えり。

(しか)るに権経権門の諸宗の(やから)は、(ただ)信ぜざるのみに非ず(あまつさ)誹謗(ひぼう)()す。(あに)()し人信ぜずして()の経を毀謗(きぼう)」するに非ずや。何ぞ「()の人(みょう)(じゅう)して阿鼻獄(あびごく)に入る」を(まぬか)れんや。

加之(しかのみならず)()る一流の(やから)は、本門三箇の秘法の正義を(しりぞ)けて本迹一致の邪法を弘め、(まさ)に広宣流布の根を断ぜんとし、遠沾(おんでん)(みょう)(どう)(みなもと)(ふさ)がんと欲す。()逆路(ぎゃくろ)伽耶陀(がやだ)に非ずんば、定めて是れ天魔()(じゅん)らん。破せずんばあるべからず、(おそ)れずんばあるべからず云云。

(すで)に天台・伝教は先に生れ給えり。所以(ゆえ)に末法の始めを恋う。我等は(のち)に生れたり。(かえ)って末法の始めを忍ぶ。忍ぶと(いえど)も、(かえ)ることなし、如何(いかん)がせん。

四条金吾抄十七・四十二に云く「今は時(すで)に後の五百歳・末法の始めなり。日には五月十五日、月には八月十五夜に似たり。天台・伝教は(さき)に生れ給えり。今より後は又後悔(のちぐえ)なり。大陣(すで)に破れぬ、余党(よとう)は物の数ならず。今こそ仏の記し置き給いし後の五百歳、末法の初め、况滅(きょうめつ)度後(どご)の時に当って候」文。

後悔先に立たず。()かず、本尊に向って南無妙法蓮華経と唱えんには。

宗祖の云く「此の本尊()く能く信じ給うべし。日蓮が(たましい)を墨に()めて書きて候ぞ」(取意)文。

若し(しか)らば、本尊を信じ奉れば(すなわ)ち是れ蓮祖に()い奉るなり云云。


                  つづく

撰時抄愚記上 目次


by johsei1129 | 2015-10-20 22:43 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 20日

撰時抄愚記 上十二  道の一字は「虚通」「所践」「能通」の三大秘法なり。

  八月十五日

   第六段 釈の文を引いて証す

一 問うて云く経文は分明(ふんみょう)に候等

此の下は引証(いんしょう)の第二、釈を引いて証するなり。亦云云。

一 経は遠し(しゃく)は近し

経は是れ幽玄(ゆうげん)なり。故に義意を得ること遠し。故に「経は遠し」と云う。釈は是れ経を()す。故に義意を得ること近し。故に「釈は近し」と云うなり。啓蒙の義、(いま)(うま)からず。

一 (のち)の五百歳遠く妙道に(うるお)わん

(いま)引用の意を示さば「後の五百歳」とは末法の初めなり。「遠」は(いわ)く、万年の(ほか)を指すなり。「(うるおう)」は即ち流布(るふ)の義なり。「妙道」は是れ文底秘沈の大法なり。()の法は是れ妙中の妙なり。故に「妙」と云うなり。「道」は即ち三大秘法なり。故に文の意に云く、末法の初めに広宣流布して万年の(ほか)、未来永々まで文底深秘(じんぴ)の三大秘法を流布すべしとなり。

問う、道の字、何ぞ()れ三大秘法なりや。

答う、此れは是れ内鑒(ないがん)冷然の(おう)()、当流深秘の法門なり。今略して文理を示さん。所謂(いわゆる)道に三義あり、即ち是れ三()の秘法なり。

第一に虚通(こつう)の義、即ち是れ本門の本尊なり。文の二・三十六に云く「中理(ちゅうり)虚通、(これ)を名づけて道と為す」文。中は(いわ)く、中道即ち妙法蓮華経なり。理は謂く、実相即ち是れ一念三千なり。(およ)そ妙法の三千は法界に周遍(しゅうへん)して(さら)(ふさ)ぐる所無し。故に虚通と云うは即ち是れ本門の本尊、()の一念三千の南無妙法蓮華経なり。

故に日女抄外二十三・十三に云く「(これ)全く日蓮が自作にあらず、多宝塔中(たっちゅう)の大()()世尊・分身(ふんじん)の諸仏のすり()かた()ぎたる本尊なり、されば首題の五字は中央にかかり(乃至)釈迦・多宝・本化(ほんげ)の四菩薩肩を並べ、()(げん)文殊(もんじゅ)等・舎利(しゃり)(ほつ)・目連等()を屈し・乃至此等の仏菩薩(乃至)此の御本尊の中に住し給い妙法五字の光明にてらされて本有(ほんぬ)(そんぎょう)となる是を本尊とは申すなり。経に諸法実相と云うは是なり、妙楽云く『実相は必ず諸法・諸法は必ず十如乃至十界は必ず身土(しんど)』云云、又云く『実相の(じん)()本有(ほんぬ)の妙法蓮華経』等と云云(乃至)此の故に未曾有(みぞう)の大曼荼羅とは名付け奉るなり」文。

第二に所践(しょせん)の義、即ち是れ本門の戒壇なり。

輔記(ふき)四・十四に云く「道は是れ智の所践なるが故に」文。信を以て()()う、故に智は是れ信なり。(およ)そ戒壇とは信者の()む所なり。故に所践の義は(すなわ)ち本門の戒壇なり。

故に秘法抄十五・三十一に云く「王臣一同に本門の三秘密の法を(たも)ちて有徳(うとく)王・覚徳比丘の其の乃往(むかし)を末法(じょく)(あく)の未来に移さん時、勅宣(ちょくせん)並びに御教書(みぎょうしょ)を申し下して霊山(りょうぜん)浄土(じょうど)に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か。時を待つ可きのみ、()の戒法と申すは是なり、三国並びに一閻(いちえん)浮提(ぶだい)の人・懺悔(さんげ)滅罪の戒法のみならず大梵(だいぼん)天王(てんのう)帝釈(たいしゃく)等も来下(らいげ)して()給うべき戒壇なり」文。「(ふむ)」は即ち「(ふむ)」なり。

第三に能通(のうつう)の義、即ち是れ本門の題目なり。

法界次第(しだい)中二十に云く「道は能通を以て義となす」文。本門の題目は(およ)そ二意を具す。一は是れ信、二は是れ行なり。此の二(あい)(たす)けて()く通じ寂光(じゃっこう)(いた)る。故に能通の義は是れ本門の題目なり。天台の所謂(いわゆる)智目(ちもく)(ぎょう)(そく)清涼(しょうりょう)()に到る」は是れなり。
 宗祖云く「当体蓮華を証得して
寂光(じゃっこう)当体の妙理を顕すことは本門寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱うるが故なり」と云云。即ち()の意なり。

行者(まさ)に知るべし、信心有りと(いえど)も、唱題の行無くんば、譬えば()しずして(あしなえ)るが如し。唱題有りと雖も、()し信心無くんば、譬えば跛ならずとも(めしい)たるが如し。若し信行具足(ぐそく)するは(なお)二つながら(まった)きが如し。百論の「盲跛(もうは)(たとえ)」之を思い見るべし。故に()く信心の目を開き、唱題修行の足を運ぶべし。若し(しか)らば能く通じて寂光清涼地に(いた)らんこと、何ぞ之を疑うべけんや。

(しか)れば則ち能通・所践・虚通の三義は、即ち是れ三()の秘法なることその義(ひっ)せり。故に妙道は是れ文底秘沈の大法なり。

報恩抄に云く「(ひとつ)には本門の本尊、二には本門の戒壇、三には日本乃至漢土・月氏・一閻(いちえん)浮提(ぶだい)に人ごと()に有智無智を嫌わず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし。日蓮が慈悲(こう)(だい)ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもなが(流布)るべし」(取意)等云云。之を思い合すべし。


                         つづく

撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-10-20 20:26 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)