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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 09月 04日

立正安国論三 On securing the Peace of the Land through the Propagation of True Buddhism 3

 大集経に云はく「仏法実に隠没(おんもつ)せば(しゅ)(ほつ)(そう)皆長く、諸法も(また)忘失(もうしつ)せん」

 The Great Collection Sutra says: “When the teachings of the Buddha truly become obscured and lost, then people will all let their beards, hair, and fingernails grow long, and the laws of the world will be forgotten and ignored."
 The Sutra of the Great Assembly teaches : "When Buddhism is completely eclipsed, clerics will let their hair, beards, and nails grow long, and social laws will be lost and forgotten.”


 大集経に云く「若し国王有つて無量世に於て()(かい)()を修すとも我が法の滅せんを見て捨てて擁護(おうご)せずんば、是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失して其の国(まさ)に三の不祥(ふしょう)の事有るべし、

 The Great Collection Sutra says: “Though for countless existences in the past the ruler of a state may have practiced the giving of alms, observed the precepts,and cultivated wisdom, if he sees that my teaching is in danger of perishing and stands idly by without doing anything to protect it, then all the inestimable roots of goodness that he has planted through the practices just mentioned will be entirely wiped out, and his country will become the scene of three inauspicious occurrences.”
 The Sutra of Great Assembly states: ”If a king practiced almsgiving, observing the precepts, and obtaining wisdom for innumerable existences in the past, but in his current existence finds that that the Law is in danger of being destroyed yet does nothing to protect it, then the boundless good fortune he had accumulated will vanish completely. His country will then suffer three catastrophes

一には(こっ)()・二に(ひょう)(かく)・三には疫病(えきびょう)なり」

 The first is high grain prices, the second is warfare, and the third is epidemics." 
 ---- grain-shortage-induced inflation, warfare, and pestilence.
"


本文】              つづく next page
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by johsei1129 | 2015-09-04 17:56 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 03日

開目抄愚記 下三十

   
  第三十九段  三類について釈す

一 ()(じゅ)(ほう)(かく)(りん)

  此の下は第二に釈、(また)二あり。初めに略して示し、次に「妙法華経」の下は広く釈す、亦三あり。初めに総じて時節を論じ、次に「第一の有諸」の下は別して三類(さんるい)に配し、三に「無眼」の下は結なり。初めの総じて時節を論ず、亦三有り。初めに諸品を引いて(まさ)しく末法を明かし、次に「天台」の下は像法を(えら)び、三に「此れは教主」の下は仏語の(たが)わざるを明かす。

一 恐怖(くふ)悪世中

  御書一七・九に云く「恐怖(くふ)悪世中の経文は末法の(はじめ)を指すなり」と云云。又云く添品(てんぽん)法華経に云く恐怖悪世中」と云云。今(これ)云云(うんぬん)するなり。

一 (これ)は教主釈尊等

  此の下は三に仏語の(たが)わざるを明かす、亦二あり。初めに正しく明かし、次に「周の第四」の下は例を引く、亦二あり。初めに外を以て内を(きょう)し、次に「されば仏」の下は前を以て後に例す。

一 周の第四昭王の御宇(ぎょう)二十四年等

  (まさ)に「二十六年」に作るべきなり。

  問う、如来(にょらい)生滅(しょうめつ)の日月に多くの異説有り。(しか)るに天下の相伝は、四月八日を仏生(ぶっしょう)()()し、二月十五日を仏滅の日と為す。其の(いわ)如何(いかん)

  答う、現証是れ分明(ふんみょう)なるが故なり。謂く、周書(しゅうしょ)異記(いき)に云く「昭王の二十六年(きのえ)(とら)四月八日、(こう)()池井(ちせい)(はん)(いつ)す等。蘇由(そゆう)云く、大聖人有って西方に(うま)ると」云云。又云く「(ぼく)王の五十三年壬申(みずのえさる)二月十五日、暴風(たちま)ちに(おこ)り、屋を(あば)き木を折る等。扈多(こた)云く、西方の大聖人の終亡の相なり」と云云。

  問うて云く、()る儒生の云く「周書の四月は即ち今の二月なり。(また)彼の二月は即ち今の十二月なり。()の故は(しん)(たん)に正を立つること三代に異なり有り。謂く、()の代には(とら)の月を正月と()し、(いん)の代には(うし)の月を正月と()し、周の代には()の月を正月と為す。(しか)るに仏の生滅は並びに周代に()り。()し周書異記の現証に()らば、応に是れ二月八日を仏生の日と為し、十二月十五日を仏滅の日と()すべし。釈氏(なお)此の事を知らず」等云云。此の義は如何(いかん)

  答う、諸文の中にも異説紛紜(ふんうん)たり。今儒書を引いて略して其の義を示す。書経第四・十四伊訓篇に云く「()元祀(げんし)十有二月」と云云。

  註に云く「()には歳と()い、商には()と曰い、周には年と()うは(いつ)なり。元祀は(たい)(こう)即位の元年なり。十二月とは、商は丑に建つるを以て正と為す。故に十二月を以て正と為すなり。三代に正朔(せいさく)同じからずと(いえど)も、(しか)(みな)寅の月を以て数を起す。(けだ)朝覲(ちょうきん)会同(かいどう)、暦を(わか)ち時を授くるに(すなわ)ち正朔を以て事を行い、紀月の数に至っては則ち皆寅を以て(はじめ)と為すなり」と云云。

  又(いわ)く「詩に曰く、四月()れ夏、六月()(しょ)りと。則ち寅の月より数を()つ、周(いま)(かつ)て改めず」と云云。

  又云く「(しん)()に建つ。(しか)るを史記に()(こう)の三十一年、(あらた)(ろう)を名づけて()(へい)()う。()(ろう)は必ず丑に建つる月なり。(しん)()を以て正と為す。(すなわ)ち臘を三月と為す。十二月と云うは則ち寅の月より数を()つ。秦未だ曽て改めざるなり」と云云。

  又云く「漢の(はじめ)に史氏の書く所は旧例なり。漢、秦の正に()り、亦書して元年冬十月と曰うは、則ち正朔(せいさく)を改めて月数を改めざること亦(すで)に明らかなり」(略抄)と已上。

  又、(そう)景濂(けいれん)(もん)(ずい)に、孔子の生卒(しょうそつ)の歳月を弁じて云く「或人、周の十月は即ち夏の八月とは()なり。三代に建つること異なりと(いえど)も、而も月は則ち未だ曽て改めず。(しから)ざれば則ち春は(なつ)に入り、夏は秋に入り、錯乱(さくらん)して歳を(じょう)ぜず」略抄と已上。

  文理分明(ふんみょう)なること(あたか)日月(にちがつ)の如し。(かれ)(なお)儒書を知らず、(いずく)ぞ仏家を知らんや。故に知んぬ、(いん)の代には(ただ)十二月を正月と名づけ、周の代には十一月を正月と名づけて朝覲(ちょうきん)等の礼法を()(おこな)うのみ。若し月数に至っては(まった)()の代に同じく、寅の月を以て(はじめ)()す。

  詩経の第九・五十九小雅の四月篇に云く「四月()れ夏、六月()く暑有り」と。註に云く「四月、六月も(また)()(せい)を以て之を数う」等云云。

故に周の四月は(すなわ)ち今の四月なり。周の二月も(また)今の二月なり。故に天下相伝の四月八日を仏生日と()し、二月十五日を仏滅日と為す。是れ則ち周書異記の現証に()るが故なり云云。(とう)()二・八、同三十五・三、名義(みょうぎ)三・二十二、随筆の三・四十三、()いて見よ。

  問う、当時の正月は全く夏の代に同じ。是れ(いず)れの代よりするや。

  答う、前漢の第六(こう)()帝の(たい)(しょ)元年より之を改めて今に至るか。

  十八史略の二・三十三に「漢の武帝の(たい)(しょ)元年十一月甲子(きのえね)(さく)(たん)冬至(とうじ)(たい)(しょ)(れき)を作り、正月を以て(とし)(はじめ)と為す」と。註に云く「()(せい)を用うるなり」等云云。

和漢(ごう)(うん)第二・四十五に云く「太初元年宋の暦数、始めて夏正を用う」と云云。

一 ()れば仏等

  付法蔵経の二八、又五・五、同六。

一 六百年の馬鳴(めみょう)・七百年の竜樹(りゅうじゅ)文。

  是れは摩耶(まや)経の説なり。


                    つづく
開目抄愚記下 目次



by johsei1129 | 2015-09-03 22:21 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 01日

観心本尊抄文段 下十

一 (また)法華経等の十巻に於て等

(ひょう)(しゃく)見るべし。此の下は迹門熟益(じゅくやく)の三段、亦五と()す。には(まさ)しく三段を明かし、二には能説の教主、三には所説の法体(ほったい)、四には権実勝劣(しょうれつ)、五には化導の始終なり。

第一、第二は文の(ごと)く見るべし。

第三は所説の法体を示す。文に「本無今有の百界千如を説いて」と云うは、後の本門に望みて是れを判ず。故に「本無今(ほんむこん)()」等と云うなり。十法界抄()に云く「迹門には(ただ)()れ始覚の十界()()を説きて末だ必ずしも本覚本有(ほんぬ)の十界互具を明かさず故に所化の大衆能化(のうけ)の円仏(みな)是れ(ことごと)()(かく)なり、若し(しか)らば本無今有の(とが)何ぞ(まぬか)るることを得んや」と云云。即ち此の文の意なり。

第四に「已今当に超過せる」等とは、是れ権実の勝劣(しょうれつ)を判ずるなり。文の意は、後の本門に望むれば本無今有の百界千如なれども、()し三説に対すれば難信難解(なんげ)の正法なりと云云。

第五に「過去の結縁を尋れば」等とは、是れ()(どう)始終(しじゅう)を明かすなり。此の文に(また)あり。初めに爾前(にぜん)入実、次に「二乗」の下は今経の当機、三に「又在世に於て」の下は結縁(けちえん)(しゅ)なり。(まさ)に知るべし、同じく大通(だいつう)十六の時、仏果の種子を下す中に()三類を(わか)つなり。

但毒発等の一分」とは、是れ爾前入実の機類を以て総じて毒発(どくはつ)不定に属するなり。(しか)して種類は(あら)ざる故に「分」と云うなり。

二乗凡夫等」とは、是れ今経の当機(とうき)なり。

問う、(まさ)に「法華に来至(らいし)して得脱す」と云うべし。何ぞ「法華に来至して種子を顕わし」と云うや。

答う、(およ)そ得脱とは種子を顕示するを得脱と名づくるなり。故に五百品に云く「(たま)を与えし親友(しんぬ)、示すに()けし所の珠を以てす。貧人(びんにん)此の珠を見て()の心大いに歓喜(かんぎ)す」等云云。此れは是れ脱は必ず種に(かえ)の明文なり。(せん)の本に云く「聞法(もんぽう)は珠を()くるなり。是れを円因と()す。得記は珠を示すなり。名づけて円果と為す」等云云。

又在世に於て始めて八品を聞く」等とは、此の下は三に結縁(けちえん)(しゅ)なり。

或は一句一偈等を聞て下種とし」とは、

問う、云う所の「下種」とは、聞法下種とせんや、発心下種とせんや。()し聞法下種と云わば、在世は(みな)是れ本已(ほんい)()(ぜん)の衆生なり。何ぞ始めて聞法を論ずべけんや。若し発心下種といわば、(すで)に「始めて八品(はっぽん)を聞く」等と云う(あに)聞法下種に(あら)ずや。

答う、是れ発心下種なり。(いわ)く、大通十六の(とき)、法華を聞くと(いえど)(しか)も信を生ぜず。不信を以ての故に不聞(ふもん)に属す。故に「始めて聞く」等と云うなり。例せば「第三類の人、(いま)(かつ)て大を聞かず」の義勢の如し云云。

或は普賢・涅槃等に至り」等とは、

問う、何ぞ本門(とく)(だつ)の人を挙げざるや。

答う、本門得脱の人は即ち是れ本門(しゅ)(だつ)の人にして迹門種脱の人に非ず。何ぞ是れ()ぐべけんや。

或は正像末」とは、

問う、此の人は(ただ)正像に至るべし、何ぞ末法に至らん。此れ即ち末法は皆是れ本未(ほんみ)()(ぜん)の衆生なるが故なり。

答う、(なお)末法の初めの二百年は、本已(ほんい)()(ぜん)の衆生(これ)あり。故に下の文云く「迹門の四依(しえ)は多分は像法千年・少分(しょうぶん)は末法の初めなり」と云云。

問う、当文には(つぶさ)()(どう)始終(しじゅう)を明かすべし。何ぞ迹門熟益(じゅくやく)の三段と云うや。

答う、迹門の言は()(ぜん)に対し、熟益の言は本門の脱益(だっちゃく)に対するなり。(いわ)く、爾前に対する時は化導の始終を明かすと(いえど)も、若し本門の脱益に望む時は通じて熟益に属する故なり。故に下の文に云く「久遠を以て下種と()し、大通・前四味・迹門を熟と為して本門に至って等妙に(のぼ)らしむるを脱と為す」(取意)等云云。(まさ)に知るべし、(いま)化導の始終を明かすは、今家(しょ)(りゅう)の第の教相なり。()し今家所立の第二の教相に望めば、(ただ)是れ熟益の(ぶん)(ざい)なり。


        つづく
文段下 目次



by johsei1129 | 2015-09-01 22:22 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)