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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 12日

開目抄愚記 上三五  外に大難を忍ぶは、内に慈悲の勝れたる故なり

第二十二段 経文に符号するを明かす。

一 されば日蓮が等

 この下は三に功を(あらわ)して(うたがい)を立て、広釈(こうしゃく)の本と()すなり。「千万()一分(いちぶん)」等とは、一には卑下(ひげ)の意、二には慈悲に対するが為なり。

一 難を(しの)び慈悲のすぐ()れ等

  外に大難を忍ぶは、内に慈悲の勝れたる故なり。顕戒論に云く「(おのれ)を忘れて他を利するは慈悲の(きわ)みなり」と云云。また云云、愚案三八、御書二十三・三十五。

一 ()それをも・いだ()きぬべし等  

啓蒙(けいもう)に云く「天台・伝教も()が祖に対しては恐れをも懐きぬ可きなり」と云云。今謂く、吾が祖、天台(てんだい)伝教(でんぎょう)に大して恐れを懐くの義なり。これ(すなわ)ち天台・伝教に勝れたりという故なり。

一 (しか)るに法華経の第五の巻等

 此の下は第四に身に当てて釈成(しゃくじょう)するに、亦三あり。初めに経を引いて身に()て、次に「例せば世尊」の下は仏説の(たが)わざるを明かし、三に「経文に我が身」の下は前を結して素懐(そかい)を述ぶ。初めの経を引いて身に当つるに、また二あり。初めに総、次に「経に云く、諸の」の下は別なり。

一 勧持(かんじ)品の二十行の偈等

 問う、勧持品の三類、像法迹化(しゃっけ)に通ずと()んや、末法の本化(ほんげ)に限ると()んや。()し限るといわば、(すで)に是れ迹化の(ほっ)(せい)なり。何ぞ本化に(かぎ)らん。(いわん)や南三北七の十師、漢土の無量の学者は天台を怨敵(おんてき)となし、得一大師は天台を悪口(あっく)して「(つたな)いかな智公」等と云云。南都七大寺の(せき)(とく)()(みょう)(しゅ)(えん)等は奏状を捧げて伝教大師を(ざん)(そう)す。(あに)像法迹化の怨敵に(あら)ずや。若し通ずといわば、今文の意は像法に通ぜず。故に「日蓮だにも此の国に生まれずば・ほと()をど世尊は大妄語(もうご)の人・八十万億那由陀(なゆた)の菩薩は提婆が虚誑(こおう)(ざい)にも()ちぬべし」というなり。()し通ずることを許さば、像法の迹化に(すで)怨敵(おんてき)あり。蓮祖(たと)い出世せずと(いえど)も、世尊何ぞ大妄語の人ならん。八十万億、()(かん)虚誑(こおう)ならん。故に今文は末法に限るなり。

 答う、(あるい)は通ずべしと雖も、若し別して論せば末法の本化に限るなり。(ここ)に両意あり。

 一には経意に()るが故に。(いわ)く、三類の次上の文に云く「恐怖(くふ)(あく)()(ちゅう)」と云云。この文意は別して末法に在るなり。故に蓮祖、寺泊抄に云く「日蓮が浅智には及ばず(ただ)し『恐怖悪世中』の経文は末法の始めを指すなり。」等云云。(いわん)や迹化の発誓なりと雖も、仏(すで)に之を許さざるをや。故に「仏、今黙然(もくねん)として(ごう)(ちょく)を見ず」というなり。況や次下に至って即ち本化を召すをや、故に三類は別して本化に限るなり。故に(みょう)(らく)が云く「今、下の文に下を召すが如きは尚(ほん)眷属(けんぞく)を待つ。(あきら)けし。余は未だ()えず」等云云。

 二には現事に由るが故に。謂く、今の所難の如きは、彼に怨敵あれどもその事微弱なり。謂く、(ただ)悪口(あっく)怨敵のみにして(いま)(とう)(じょう)遠流(おんる)のことあらず。況や一切世間の怨嫉に非ざるをや。所以(ゆえ)(けん)(のう)・聖主は()く是非を(さと)る。今、末法の三類はその事、甚だ強盛なり。(ただ)一切世間の悪口怨嫉のみに非ず、(なお)刀杖・遠流に及ぶ。故に今、強を以て弱を奪い、末法の本化に限らしむ。三類は像法に通ぜずというには非ず云云。

一 経に云く(もろもろ)の無智の人あつて等

 即ちこれ第一の俗衆(ぞくしゅ)増上慢(ぞうじょうまん)、第二、第三の大檀那等なり。また云く「悪世の中の比丘」とは即ちこれ第二の道門増上慢、念仏宗の(ほう)(ねん)(ぼう)等の無戒邪見の者なり。また云く「白衣(びゃくえ)(ため)に法を説いて」等とは即ちこれ第三の僭聖(せんしょう)増上慢。禅宗・律宗の聖一(しょういち)・良観等なり。

一 付法蔵経に記して云く等

 付法蔵経の第三九紙、林の五十、同五十六、統紀の三十四初。

一 摩耶(まや)経に云く等

  摩耶経下巻十二に(つぶさ)に滅後の法滅の相を説くなり。

一 大悲(だいひ)経に云く等

  大悲経第二巻十四、西域(さいいき)第三十四。

一 経文に我が身・()号せり等

  この下は前を結して素懐(そかい)を述ぶるなり。

一 いよいよ(よろこ)びをますべし等

  一義に云く、経文に我が身普合(ふごう)する上に、()勘気(かんき)(こうむ)る、故に「いよいよ悦ぶ」と云うなり云云。

今謂く、経文に普合して御勘気を蒙る上に、未来の悪道を(まぬか)るべければ「いよいよ悦ぶ」なり。即ち此の意を次下に(しゃく)するなり。啓蒙(けいもう)の後の義はこの義に似たり云云。

一 願兼於業(がんけんおごう)文。

  通教は(がん)習を兼ね、三蔵は願に(ごう)を兼ぬるなり。若し別円は(ただ)願のみにして界内(かいだい)受生(じゅしょう)するなり。並びに教力の優劣に()るなり。


                     つづく
開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-07-12 16:07 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 11日

開目抄愚記 上三四  「留難」とは大法の流布せんを障(さわ)り留(とど)むるが故なり。

一 南三(なんさん)(ほく)(しち)等文。

 この下は経文の(たが)わざるを引くなり。

一 得一(とくいち)云く、(つたな)いかな智公文。

  「得一」は法相宗なり。註に釈書を引くが如し。「智公」は即ちこれ智者大師なり。守護(しゅご)(しょう)上の上三十、撰時抄下三、値難抄十七初の如し。

一 覆面(ふめん)(ぜつ)の所説の(諸説)(を謗)(ずる)

  ()(じん)(みつ)(きょう)中に()空中(くうちゅう)の三時の教を明かし、法相(ほっそう)宗は此の文に依憑(えひょう)して一代聖教(しょうぎょう)を三時に(わか)つなり。阿含(あごん)等は有相(うそう)教、(ほう)(どう)般若(はんにゃ)無相(むそう)教、華厳(けごん)・法華・涅槃(ねはん)経は中道教なり。此れは是れ(まさ)しく仏説に()る。(しか)るに天台(てんだい)はこれを用いず五時八教を以て一代を判ず、故に「覆面(ふめん)(ぜつ)の所説の教時を(ぼう)ず」という。(しか)るに天台宗の意は、(およ)そ解深密経は大師の滅後五十一年に当って之れを翻訳す。大師何ぞこの説を謗ぜんや。(いわん)()の経は方等部の経なり、何ぞ此の文を引いて一代を判ずべけんや。況や()の経の有空中は方等の中の前三教なるのみ。何ぞ一代に(かか)わらん云云。下巻二十一に彼の経の第二十六紙の文を引く。玄私の十・三十五。

一 東春等文。

  第五・二十四の文なり。滅後留難(るなん)所以(ゆえん)(あらわ)すなり。「良薬口に(にが)し」とは、孔子(こうし)家語(けご)の中巻に云云。「(こう)」はこれ怯弱(こうにゃく)の義なり。即ち退転の念を生ずるが故なり。「留難」とは大法の流布(るふ)せんを(さわ)(とど)むるが故なり。

一 (けん)戒論(かいろん)に云く等文。

  下巻三十七の文なり。

一 (そう)()(そう)して云く文。

  「僧統」とは(なお)僧録の如し。事物(じぶつ)()(げん)に云く「()()の大祖、沙門法果を以て統と()し、僧徒を(えい)(しょう)す。文帝、師賢を以て僧統と為す。唐には統を()めて両録司を立つ。これを僧統と()う」略抄。

一 西夏(せいか)()(べん)婆羅門有り文。

  「西夏」は西天の都なり。弁は鬼の(さず)くるに()るが故に「鬼弁」という。(つぶさ)に註中に弁ずるが如し。

一 物()冥召して文。

  (まさ)に「物類(もつるい)」に作るべし。(えき)に云く「同声は(あい)応じ、同気は相求む。水は湿(うるおい)に流れ、火は(かわき)()き、雲は竜に従い、風は虎に従う」等云云。

一 昔は(せい)(ちょう)(こう)()に聞き等文。

  「(こう)()」は仏陀三蔵の弟子の恵光法師なり。後、恵光を以て即ち(そう)()()す、故に光統という。(しか)るに光統法師は(しばしば)毒薬を以て禅祖の達磨(だるま)に害を為す。故に光統の怨嫉(おんしつ)を引いて今、「(ろく)(とう)」に例す。六統は即ちこれ六宗の僧統なり。

一 秀句に云く等文。

  此の文所引の意は末法に約す。「末ノ()」の二字は所引の宗轄(そうかつ)なり。

一 ()小児(しょうに)(やい)()等文。

   此の下は文旨を(しゃく)す、亦二あり。初めに経旨を釈し、次に「像法」の下は清代に望んで弁ず。並びに末法の難化を(あらわ)すなり。

  初めの経旨を釈する中に、「小児に灸治」「重病の者に良薬(ろうやく)」とは、これ東春の意に(もと)づくか。此の二句は是れ「如来現在、猶多怨嫉」の文旨を顕すなり。「在世」の下は「況滅(きょうめつ)度後(どご)」の文旨なり。(ほっ)()を合して見るべし。(ただ)れ文を略するのみ。

一 山に山をかさね等文。

一義に云く「山」は人心の嶮岨(けんそ)(たと)え「波」は世上の風波に譬う。

楽天(らくてん)云く「(たい)(こう)の路は()く車を(くだ)くも、()し君が心に比すれば是れ(たん)()なり。巫峡(ふきょう)の水は()く船を(くつが)えすも、若し君が心に比すれば是れ安流なり」等云云。

「世の中を渡り(くら)べて今ぞ知る 阿波の鳴戸(なると)は波風も無し」と云云。この義は今文の意に非ざるなり。

今文の意は、末法に至っては山に山を重ぬるが如く、難に難を加え、波に波を(たた)むが如く、非に非を加うるが(ごと)。故に「況滅(きょうめつ)度後(どご)」と云うなり云云。

一 像法の中に等文。

   此の下は清代に対して弁ず云云。「蜂起(ほうき)」は註の中の如し。

一 況滅度後のしるしに闘諍の(ついで)となるべきゆへに非理を(さき)として文。

   「況滅(きょうめつ)度後(どご)」とは末法の始め、闘諍の時なり。秀句の文を見るべし。「非理を前」と()すは即ち「闘諍(とうじょう)の序」なり。文意に云く、況滅度後の(しるし)には闘諍の(ついで)と成すべき故に非理を前と為すなり。濁世(じょくせ)(しるし)には()(あわ)せられずして、流罪(るざい)乃至(ないし)身命(しんみょう)にも及ばんとするなりと云云。啓蒙(けいもう)指南(しなん)(かえ)って不可(ふか)なり。

               つづく
開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-07-11 22:32 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 11日

観心本尊抄文段 上十  信力・行力を励む則(とき)は仏力・法力に由り、即ち観行成就す。


問う、(ただ)信心()(しょう)に即ち観行成就(じょうじゅ)するや。

答う、但本尊を信じて妙法を唱うる(とき)は、所信所唱の本尊の仏力・法力()(すみや)かに観行成就するなり。

故に当体義抄に云く「但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩(ぼんのう)(ごう)()三道(さんどう)(ほっ)(しん)般若(はんにゃ)解脱(げだつ)の三徳と転じて三観・三諦(さんたい)・即一心に(あら)われ()の人の(しょ)(じゅう)(ところ)(じょう)寂光土(じゃっこうど)なり、(のう)()(しょ)()身土(しんど)(しき)(しん)倶体(くたい)()(ゆう)無作(むさ)(さん)(じん)の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり是れ(すなわ)ち法華の当体・自在(じざい)神力(じんりき)(あら)わす所の()(のう)なり(あえ)(これ)を疑う可からず、之を疑う可からず」等云云。

(ただ)法華経を信じ」とは即ち是れ信力なり。「南無妙法蓮華経と唱う」とは即ち是れ行力(ぎょうりき)なり。「法華の当体」とは即ち是れ法力なり。「自在神力」とは(すなわ)是れ仏力なり。故に知んぬ、信力・行力を励む(とき)は仏力・法力に由り即ち観行成就することを。

又云く「当体蓮華を証得して(じょう)寂光(じゃっこう)の当体の(みょう)()を顕す事は本門寿量の教主の金言(きんげん)を信じて南無妙法蓮華経と唱うるが故なり」と云云。「本門寿量文底の教主」とは即ち人の本尊、仏力なり。「金言(きんげん)」とは即ち是れ(よう)の法華経・意の法華経・下種の法華経、即ち法の本尊、法力なり。信力・行力は見るべし。

伝教(でんぎょう)大師の深秘(じんぴ)口伝(くでん)に云く「臨終(りんじゅう)の時、南無妙法蓮華経と唱うれば、妙法三力の功に()って(すみや)かに菩提を成ず。妙法三力とは、一には法力、二には仏力、三には信力なり」云云。「南無妙法蓮華経と唱うる」は(あに)行力に(あら)ずや。釈相(しゃくそい)(こと)なりと(いえど)も、その意は是れ同じきなり。

血脈抄に云く「住不思議(けん)(かん)とは、今日熟脱の本迹二門を迹と()し、久遠名字の本門を本と為す。信心強盛にして(ただ)余念無く南無妙法蓮華経と唱え奉れば凡身即仏身なり」(取意)と云云。故に知んぬ、(ただ)文底下種の本尊を信じ、南無妙法蓮華経と唱うる(とき)は仏力・法力に由り即ち観行成就することを。()し不信の者は力の及ぶ所に非ざるなり。

持妙法華問答抄(いっ)()()(おわ)って(がっ)()の文に云く「『(ただ)我一人のみ()救護(くご)()す』の仏の御力を疑い、以信(いしん)得入(とくにゅう)の法華経の教への縄をあや()ぶみて決定(けつじょう)無有疑(むうぎ)』の妙法を唱へ奉らざらんは力及ばず。『疑を生じて信ぜざらん者は(すなわ)(まさ)に悪道に()つべし』と説かれたり」(取意)と云云。

問う、蒙抄に云く「()(しん)の諸尊を事相(じそう)造作(ぞうさ)し、(これ)に対して之を礼する故に、観心本尊と云うなり」と。この義如何(いかん)

答う、この義は浮浅(ふせん)なり。(また)(はなは)だ過ぎたるに似たり。

問う、忠抄に云く「観心の二字即ち事行の一念三千なり。経に云く『聞仏(もんぶつ)寿命(じゅみょう)長遠(ちょうおん)乃至(ないし)能生(のうしょう)一念(いちねん)(しん)()』と云云。本因本果の長寿を聞くは、即ち()(しん)の一念三千なり。此れを以て所観の境と為し、一念信解を能観の智と為し、能所(とも)()なり。故に観心の二字即ち事の一念三千なり」と。この義如何(いかん)

答う、彼の師の所観の境は即ち脱益(だっちゃく)の一念三千なり。故に文底に望めば(なお)理の一念三千に属するなり。


              づづく


上巻 目次



by johsei1129 | 2015-07-11 20:30 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 10日

開目抄愚記 上三三

一 法華経の第四

此の下は文を引いて旨を(しゃく)す、また二と()す。初めに文を引き、次に「()小児(しょうに)」の下は旨を釈す。

一 (しか)も此経は等

  (ここ)に三意を含む。(いわ)く「(この)(きょう)」の二字は法に約し「如来(にょらい)」の二字は人に約し「現在」の二字は時に約す。

  第一に法に約すとは、(まさ)に知るべし。流難(るなん)はこれ()(きょう)の人に(かかわ)るに(あら)ず。直ちに(まさ)(すべから)く法華の妙理に来るべしと。(えさ)(ふく)む鳥は衆鳥に()われ、財宝を見れば(すなわ)ち盗賊これを(かす)むるが如し。法華はこれ純円(じゅんえん)醍醐(だいご)の妙味、無漏(むろ)最上の珍宝なり。故に鬼魔(きま)はこれを()み、怨嫉(おんしつ)すること最も(はなは)だしきなり。

  第二に人に約すとは、この経に於ては三界の独尊、これを説きたもうにすら(なお)(おん)(しつ)多し。(およ)そ菩薩・凡夫、この経を説かんや。(たと)えば財宝の如し。猛威の人、(なお)(ぞく)(おそれ)あり、(いわん)怯弱(こうにゃく)の人に於てをや。

  第三に時に約すとは、この経に於ては在世の清代すら(なお)怨嫉多し。況や滅後濁世(じょくせ)に於てをや。(たと)えば財宝の如し。国の豊時と(いえど)も尚賊の(おそれ)あり、(いわん)や国の(かつ)()に於てをや云云。

一 況や滅度の(のち)をや

  今、在世を()げて以て滅後を況す。故に三重の「何況(がきょう)」あり。文意に云く、在世すら尚(しか)なり。何に況や正法をや。在世・正法すら(かお)(しか)なり、何に況や像法をや。正像すら尚爾なり、何に況や末法をやと。当に知るべし。後々(のちのち)の怨嫉は前々(さきざき)より多きなり。

  問う、何ぞ初めにこの文を引くや。

  答う、この文はこれ総なり。下の文はこれ別なり云云。

一 第二に云く等

   此の文は別して怨嫉(おんしつ)の二字を(あらわ)す。故に「軽賤(きょうせん)憎嫉(ぞうしつ)」等というなり。

一 第五に云く等

   此の文は別して「多」字の意を(あらわ)す。故に「一切世間多怨(たおん)」等というなり。

一 (また)云く「(もろもろ)の無智の人の悪口(あっく)罵詈(めり)する()らん」等

(まさ)に知るべし、()()・安楽の二文は在・滅に通ずるなり。今勧持(かんじ)不軽(ふきょう)の二文は別して滅後の怨嫉を顕すなり。滅後の中にも別して末法の怨嫉の相なり。

一 涅槃(ねはん)経に云く等

  北本二十八・十九、南本三十五・九の文なり。この文は別して「如来現在、猶多(ゆた)怨嫉」の相を顕すなり。故に値難抄十七初にこの文を引き(おわ)って云く「如来現在猶多(ゆた)怨嫉の心是なり。」と云云。若し元意の辺は、これ在世を()げて以て末法を(あらわ)すなり。故に値難抄にまた云く「文永十年十二月七日・武蔵の前司殿より佐土の国へ下す状に云く自判(これ)在り。佐渡の国の流人(るにん)の僧日蓮弟子等を引率(いんそつ)し悪行を(たくら)むの(よし)()の聞え有り所行の(くわだ)(はなは)だ以て奇怪(きかい)なり。」と云云。この状に云く「悪行を巧む」等云云。外道が云く「()(どん)は大悪人なり」等云云已上。

  寺泊抄十七六にこの文を引き(おわ)って云く「在世を以て滅後を(すい)すに一切諸宗の学者等は皆外道(げどう)の如し、彼等が云う一大悪人とは日蓮に当れり、一切の悪人之に集まるとは日蓮が弟子等是なり、()の外道は先仏の説教流伝(るでん)の後・之を(あやま)つて後仏を(あだ)()せり、今諸宗の学者等も(また)(また)()くの如し」と已上。「亦復是くの如し」とは諸宗の学者、先仏・釈尊の説教流伝の後に、これを謬つて後仏の日蓮を怨と為すなり。故に「亦復」というなり。

一 天台云く等

  文八十六の文なり。文意に云く、仏世すら(なお)(しか)なり。(いか)に況や未来は怨嫉(まさ)に多かるべき道理なり。仏、此の道理を明かしたもう意は、衆生の難化(なんげ)を知らしむるに在るなりと云云。

  また難化の意如何(いかん)

  答う、流通(るつう)の容易ならざることを(あらわ)して、以てその功徳の深重なることを(すす)むるなり。故に知んぬ、「況滅(きょうめつ)度後(どご)」の文意は、末法濁世(じょくせ)の弘通は在世及び正像よりも勝れたることを云云。

  金吾抄十七・四十二に云く「(また)仏の在世よりも末法は大難かさなるべし、此れをこらへん行者(ぎょうじゃ)は我が功徳には・すぐれたる事・一劫とこそ説かれて候へ」と云云。
 報恩抄下終に云く「
極楽(ごくらく)百年の修行は穢土(えど)の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、是れひとへに日蓮が智のかしこきには・あらず時のしからしむる(のみ)」と云云。

一 妙楽(みょうらく)云く等

  記八本十五の文なり。「(さわ)(いま)(のぞ)かざる者」とは即ちこれ権迹(ごんしゃく)(しゅう)(じょう)なり。「聞くことを喜ばざる者」とは実本(じっぽん)を聞くことを喜ばざるなり。妙楽(みょうらく)云く「迹門には二乗(にじょう)(どん)(こん)の菩薩を以て怨嫉(おんしつ)()し、本門には菩薩の中の(ごん)(じょう)(ねが)う者を以て怨嫉と為す」等云云。

報恩抄上九に、怨嫉に於て(ごん)(おん)の二義を明かす。近くは二乗・菩薩に約し、遠くは九横の難に約す。初めの意は妙楽の如し。後の義は恵心の云く「金鏘(こんず)()(みゃく)は一乗の弄引(ろういん)」(取意)と云云。末法もまた(しか)なり。執権(しゅうごん)執迹(しゅうじゃく)(しゅう)(だつ)の人は、皆是れ法華経の本門寿量文底の怨嫉なり。

              つづく
開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-07-10 22:52 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 10日

大尼御前に「これより後は、のち(来世)の事をよくよく御かため候」と厳しく指導された【大尼御前御返事】

【大尼御前御返事】
■出筆時期:弘安三年(西暦1280年)九月二十日 五十九歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は、大聖人の故郷、安房国東条郷の女性信徒で北条一門の大尼御前に宛てられたご消息文です。大尼御前は同郷ということもあり、大聖人の父母も近しくしていられたと思われます。また東条郷の地頭・東条景信によって、大尼御前の所領が奪われそうになった時、大聖人が取り計らい未然に防いだ経緯があります。その縁もあり古くからの信徒でしたが、強信徒ではなく佐渡流罪が起きると法華経信仰を捨ててしまいます。佐渡流罪が赦免になると再び信仰するようになり、嫁の新尼を通じて御本尊の授与を願うが、大聖人は厳然として「法華経信仰を貫いた新尼御前には下付できるが、一旦退転した大尼御前に下付することは叶わない」と伝えます。本書は後半部分の真筆が残っております。内容は、信仰心が定まらない大尼に対し「獄卒や閻魔王」の事を詳細に記し、「なづき(頭)をわり、みをせめて(身を責めて)、いのりてみ候はん<略>これより後は、のち(来世)の事をよくよく御かため候へ」と厳しく指導されておられます。
■ご真筆: 京都市・頂妙寺(後半箇所)所蔵。
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[大尼御前御返事 本文(後半部分)]

 ごくそつ、えんま王の長(たけ)は十丁ばかり・面はす(朱)をさし・眼は日月のごとく、歯はまんぐわの・ねのやうに・くぶしは大石のごとく、大地は舟を海にうかべたるやうに・うごき、声はらい(雷)のごとく・はたはたと・なりわたらむには、よも南無妙法蓮華経とはをほせ候はじ。

 日蓮が弟子にもをはせず、よくよく内をしたためて、をほせを・かほり候はん。
なづき(頭脳)をわりみをせめて、いのりてみ候はん。たださきの・いのりと・をぼしめせ。
これより後は、のち(来世)の事をよくよく御かため候へ、恐恐。

九月二十日          日 蓮  花押
大尼御前御返事

by johsei1129 | 2015-07-10 20:34 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 09日

観心本尊抄文段 上九  但(ただ)本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うべし。これ末法の観心なり。


問う、(およ)そ観心とは、正法一千年は最上利根の故に、或は不起(ふき)の一念を観じ、或は(はっ)(しき)(がん)(じょ)の一念を観ず。()し像法に至れば、人(したが)って鈍根なり。故に不起の一念・元初の一念は所観の境界に()えず。故に(こん)(じん)相対して()()の六識に三千の(しょう)()するを観ず、これを観心と名づく。何ぞ(ただ)信心()(しょう)を以て即ち観心と名づくべけんや。

答う、末法今時、理即・但妄(たんもう)の凡夫の観心、(あに)正像上代の上根上機の観相に同じからんや。(たと)い像法と雖も、一概(いちがい)ならず。伝教(でんぎょう)大師は延暦(えんりゃく)二十三年に御入唐(ごにゅっとう)、大唐の貞元(じょうげん)二十四年三月一日、天台国清寺に於て道邃(どうずい)和尚(わじょう)より四箇の大事を御相伝あり。

所謂(いわゆる)一には一心三観、二には一念三千、三は止観の大旨、四には法華の(じん)()なり。その中の一心三観・一念三千の相伝の中に(じん)(じん)口伝(くでん)あり。

(いわ)く、法具の一心三観、臨終(りんじゅう)の一念三千なり。謂く、法具の一心三観とは()の文二十一に云く「臨終の一心三観とは、此の行の儀式(つう)()の観相に似ず。人終焉(しゅうえん)に臨み、断末魔の苦しみ(すみや)かに来り、(うたた)身体に迫る時、心神昏昧(こんまい)、是事非事を弁ぜず。若し臨終の時に於ては出離(しゅつり)の要行を修せずんば、平安の習学何の(せん)(よう)かあらん。故に此の位に(おい)て法具の一心三観を修すべし。法具の一心三観とは、即ち妙法蓮華経是なり。故に臨終の時、南無妙法蓮華経と唱うべきなり」と文。

臨終の一念三千とは、()の文三十一に云く「一念三千に三重あり。一には常用の一念三千、二には別時の一念三千、三には臨終の一念三千。乃至(ないし)臨終の一念三千の観と妙法蓮華経是なり。妙即一念、法即三千、()の故に一念三千と名異義同なり。臨終の時、専心に(まさ)に南無妙法蓮華経と唱うべし」と文。

また第四法華深義下五十六に云く「一家の諸義、妙の一名を離れて更に別体(べったい)の一心三観、一念三千あるべからず。妙名を唱うる、即ち一心三観、一念三千なり。何ぞ妙名に観心無しと云うべけんや」と云云。

像法・迹門の時、(なお)()くの如し、(いわん)や末法・本門の時をや。天台(てんだい)大師は「心に(しゅ)()せざれども(あまね)く法界を(てら)」と釈し、伝教(でんぎょう)大師は「本門実証の時は無思無念にして三観を修す」と釈する是れなり。故に(ただ)本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うべし。これ末法の観心なり。

問う、若し(しか)らば唱法華題目抄に云く「愚者(ぐしゃ)多き世となれば一念三千の観を先とせず、()の志あらん人は必ず習学して之を観ずべし」等云云。この文如何(いかん)

答う、これ宗祖の御本意に(あら)ず。

故に四信抄に云く「問う、汝何ぞ一念三千の観門を勧進(かんじん)せずして(ただ)題目(ばか)りを唱えしむるや」等云云。

持妙法華問答抄に云く「利智精進(しょうじん)にして観法修行するのみ法華の機ぞと云ひて無智の人を(さまた)ぐるは当世の学者の所行なり。是れ(かえ)つて愚癡(ぐち)、邪見の至りなり、一切衆生・皆成仏道の教なれば上根・上機は観念・観法も然るべし、下根下機は(ただ)信心肝要(かんよう)なり」と云云。

十章抄に云く「真実に円の行に順じて常に口ずさみにすべき事は南無妙法蓮華経なり、心に存すべき事は一念三千の観法なり、これは智者の(ぎょう)()なり・日本国の在家の者には(ただ)一向(いっこう)に南無妙法蓮華経ととな()へさすべし、名は必ず体にいたる徳あり」等云云。唱法華題目抄一往(いちおう)天台()(じゅん)の釈なり。佐渡已前、文応元年の御抄なり。

              つづく

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by johsei1129 | 2015-07-09 22:48 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 08日

開目抄愚記 上三二


第二十一段 略して法華経行者なるを釈す


一 
(すで)に二十余年文。

 この下は(しゃく)、また二と()す。初めに略釈(りゃくしゃく)、次に「但し世間の疑()」の下三十六は広く疑を()げて以て釈す。初めの略釈、また四と為す。初めに略示、次に「法華経の第四」の下は文を引いて旨を釈し、三に「されば日蓮」の下は功を(あらわ)して疑を立て、広釈(こうしゃく)の本と為し、四に「而るに法華経」の下は身に当てて釈成す云云。初めの略示とは、略して大難を忍ぶを以てこれ法華経の行者(ぎょうじゃ)なることを示すが故なり。

一 大事の難・四度

  一義に云く、第一に康元(文応)年中の夜討ちの難、御年三十九歳の比なり。(つぶさ)下山抄二十六・三十六、法尼抄十三・四十二の如し。第二に(こう)(ちょう)元年の伊東の難、御年四十歳、(つぶさ)一谷抄三十五二・十六、四恩抄四十四の如し。第三に文永元年の東条(とうじょう)の難、御年四十三歳、南条抄二十二・十五の如し云云。第四に文永八年の佐州の難、御年五十なり。(たつの)(くち)の御難は佐州の難に属するなりと。

  一義に云く、夜討の難は没して佐州・竜口を開いて二難と()す云云。この義、諸文の意に(たが)うなり。故に諸義の如きは最も(しか)るべきなり。

一 二度は・しば()らく・()

  夜討、東条はこれ王難に非ず。故に(しばら)くこれを置くなり。

一 王難すでに二度

  これ諸文の如く両度の流罪なり。

  問う、両度の流罪は(まさ)しく鎌倉の下知(げじ)()る、これ国主の下知に(あら)ず、何ぞ王難というや。

  答う、一義に云く、これ深重の難なる故なり。一義に云く、(ちょく)を受け罪に処する故なりと。一義に云く、親王・将軍の故なり云。

  今(いわ)く、並びに宗祖の意に非ず。若し宗祖の意は、(ただ)義勢を以て「王難」というなり。(いわ)く、時頼等を正しく国主と名づく。故に佐渡御勘気抄十四五に云く「此の鎌倉の御一門の御繁盛は義盛と隠岐(おきの)法皇ましまさずんば(いかで)か日本の主となり給うべき」と云云。兵衛(ひょうえ)(さかん)御返事三十九二十七に云く「(こう)殿(どの)は日本国の主にてをはするが」と云云。(すで)にこれ日本国の主なり。故に義も又国王に同じ、故に或る処にも亦国王と名づくるなり。頼基(よりもと)陳状(ちんじょう)十九・八に云く「国王の勘気は両度」と云云。王舎城抄三十四・四十五に「これは国王(すで)()けぬ」等云云。此等の文意は、時頼等は日本国の主なるが故に、義も(また)国王に同じきなり。故に「王難」というなり。所以(ゆえ)次上の文に云く「父母・兄弟・師匠に国主の王難」と云云。これを思い見るべし。

一 今度(このたび)は既に()身命(しんみょう)に及ぶ

  一義に云く、是れ(たつの)(くち)を指すと。一義に云く、佐州を指すと云云。並びに是れ辺なり。「今度」の言は、広く竜口及び佐州を収むべきなり。諸文の意も(しか)なり。

  妙法尼抄十三・四十三に云く「国主より御勘気(ごかんき)二度なり、二度めは(そと)には遠流(おんる)と聞こへしかども内には(くび)を切るべしとて、鎌倉竜の口と申す処に九月十二日の(うし)の時に(くび)の座に引きすへられて候いき(乃至)其の夜の(くび)はのがれぬ、又佐渡の国にて・きらんとす」と文。

  報恩抄下二十二に云く「文永八年辛未(かのとひつじ)九月十二日の夜はのびて()()の国までゆく、今日切る明日切るといひしほどに四箇年と云うに()りぬ」(略抄)と。

一 ()の上弟子といひ檀那(だんな)といひ等

  若し妙法尼抄十三・四十八の意は、(けん)(ちょう)已後(いご)御一代の間の弟子・檀那の大難なり。若し今文の意は、別して九月十二日已後に約するか云云。精師云く「九月十二日の時は有合(ありあわ)せたる人人(みな)難に()い、(あるい)(ろう)、或は流罪等なり。(ただ)註画讃(ちゅうがさん)に日朗・日真、俗四人の者は未だ明拠を見ず。次に日朗への御書の事、録外(ろくげ)一・二十三、註画讃(ちゅうがさん)に出でたり。此の書()し真書ならば、日朗在俗の時なり。(すで)に彼の文に云く『あわれ殿は法華経一部を(しき)(しん)の二法にあそばしたるか』と云云。既に殿という、(まさ)しく是れ在俗なり。若し日朗出家已後ならば、(おそ)らく是れ彼の書は(まさ)に是れ偽書(ぎしょ)なるべし。出家を殿と云う事、諸抄の中に(すべ)て之れ無きが故なり」(取意)。

  佐渡御勘気抄十四・二に云く「()()にして二十余日・其の間鎌倉に(あるい)は火をつくる事・七八度・或は人をころす事ひまなし、讒言(ざんげん)の者共の云く日蓮が弟子共の火をつくるなりと、さもあるらんとて日蓮が弟子等を鎌倉に置くべからずとて二百六十余人しる()さる、皆遠島へ(つか)わすべし、ろう()にある弟子共をば(くび)をはねらるべし」等云云。この中に「籠にある弟子」とは九月十二日の籠者なるべし。彼の火を付け、人を殺すは念仏宗等の所行なり。(おそろ)しき(たくみ)にあらずや。

  又、十一に云く「武蔵前司殿(乃至)先ず国中のもの日蓮房につくならば或は国を()ひ、或はろう()に入れよと私の下知(げじ)を下す、(また)下文(くだしぶみ)下る。かくの如く三度()の間の事申さざるに心をもて(はか)りぬべし、(あるい)は其の前を()をれりと云うて・ろう()に入れ或は其の御房に物をまい()らせけりと云うて国をおひ()或は妻子をとる」等云云。此等の文を以て今の意を知るべし云云。

                  つづく


開目抄愚記 上 目次




by johsei1129 | 2015-07-08 22:52 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 08日

観心本尊抄文段 上八  但(ただ)本門の本尊を受持し、信心無二に南無妙法蓮華経と唱え奉る、是れを文底(もんてい)事行の一念三千の観心と名づくるなり。


  三には「観心」の二字を(しゃく)す。また二段と()す。

初めに正しく我等衆生の観心なることを明かし、次には我等衆生の観心の相貌(そうみょう)を明かす。

問う、文底下種の本門・事の一念三千の法門を観心と名づくる義は、前来所引の文義に分明(ふんみょう)なり。(しか)るにこの文底下種の法門は、正しくこれ誰人(だれびと)の観心ならんや。

答う、是れ末法今時の我等衆生の観心なり。(しばら)く一文を引き、その相を示さん。

所謂(いわゆる)下の文に云く「此の時地涌(じゆ)の菩薩始めて世に出現し(ただ)妙法蓮華経の五字を以て幼稚(ようち)に服せしむ」等云云。又云く「五字の(うち)に此の珠を(つつ)み末代幼稚の(くび)()けさしめ給う」等のこの中に「服せしむ」「懸けさしめ」というは即ちこれ観心なり。「末代幼稚」は(あに)末法今時の我等衆生に非ずや。

問う、日辰抄に「観心」の二字を以て能化(のうけ)所化(しょけ)に通ずと。この義如何(いかん)

答う、()(ひろ)之を論ぜば、(あるい)(しか)るべきか。当文の「観心」の二字は(すなわ)(しか)らず、(ただ)所化に約するなり。既に「()五百歳に始む」の字、正しく能化に約する故に、「観心」の二字は所化に約するなり。(いわん)(さき)の三文に分明(ふんみょう)り。何ぞ能化に通ぜんや。故に諸師多く所化に約するなり。

問う、日我の抄に云く「当流の意は観とは智なり、智とは信なり、信とは信智の南無妙法蓮華経なり。心とは()(しん)なり、己とは末法出現の地涌なり。地涌の心法、妙法蓮華経なる処が観心なり。末世の衆生を救わんが(ため)に出現あれば本尊なり」等云云。(すで)に「観心」の二字を以て地涌の菩薩の境智の二法に約す。何ぞ我等衆生の観心というや。

答う、この義「観心本尊」の四字、恐らくは混乱せるに()たり。(およ)そ当流の意は、本門の本尊とは即ちこれ本地(ほんち)難思(なんし)の境智の妙法なり。故に地涌(じゆ)の境智を以て「本尊」の二字を(しゃく)すべし、何ぞ「観心」の二字を釈せんや。()し境智を以て観心の二字を釈せば、但是れ所化に約すべし、何ぞ地涌に約せんや。(いわん)や彼の義の如くんば、三大秘法の中の本門の本尊、今の観心の本尊、その意同じからず。学者見るべし。何ぞこの「観心」の二字を以て即ち()の「本尊」の二字に同ぜんや云云。若し観心即本尊に約せば入文の相に(たが)うなり。

問う、「観心」の二字、我等衆生の観心に約すること文理分明(ふんみょう)なり。正しく我等衆生の観心の相貌(そうみょう)如何(いかん)

答う、末法の我等衆生の観心は、(つう)()の観心の行相に同じからず。(いわ)く、(ただ)本門の本尊を受持し、信心無二に南無妙法蓮華経と唱え奉る、是れを文底(もんてい)事行の一念三千の観心と名づくるなり。

故に血脈抄に云く「文の底とは久遠(くおん)(じつ)(じょう)名字(みょうじ)の妙法を()(ぎょう)にわたさず(じき)(たつ)(しょう)(かん)・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり」と云云。

又云く()(そく)短妄(たんもう)の凡夫の(ため)の観心は()(ぎょう)に渡らざる南無妙法蓮華経(これ)なり」と文。

                つづく


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by johsei1129 | 2015-07-08 22:10 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 07日

弘安四年の蒙古襲来(弘安の役)に際し、門下の軽挙妄動を厳しく戒めた書【小蒙古御書】

【小蒙古御書】
■出筆時期:弘安四年(西暦1281年)六月十六日 六十歳 御作。
■出筆場所:身延山中 館にて。
■出筆の経緯:弘安4年5月21日、対馬沖に九千艘ともいわれる蒙古の巨大船団が来襲、その事を6月16日に知った大聖人は、門弟一同に対し予言が当たったなどと蒙古襲来のことを世間の人々に吹聴することを、厳に戒めるために本書を送られた。さらに、もしこの旨に背くならば門弟として破門するとまで強く戒めておられる。大聖人は釈尊の一切経を読み尽くして書き上げた「立正安国論」をもって、生涯三度の国家観業をなした事が、日蓮の法門について理解の浅い門下の軽挙妄動で、その真意が損なわれ、今後の布教が阻害されることを恐れたものと思われる。
■ご真筆: 現存していない。

[小蒙古御書 本文]

小蒙古の人、 大日本国に寄せ来るの事、我が門弟並びに檀那等の中に、若し他人に向い、将又(はたまた)自ら言語に及ぶ可からず。

若(も)し此の旨に違背(いはい)せば門弟を離すべき等の由、存知せる所なり。
此の旨を以て人人に示す可く候なり。
       
弘安四年太歳辛巳六月十六日         花 押
     人 人 御 中

by johsei1129 | 2015-07-07 22:21 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 07日

観心本尊抄文段 上七  弘安二年の本門戒壇の御本尊は究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり 既に是れ三大秘法の随一なり、況や一閻浮提総体の本尊なる故なり


 問う、本尊問答抄の啓蒙(けいもう)に云く「諸山代代の本尊に多く仏滅後二千二百三十余年と云う。是れ元祖の本意顕れ(おわ)る時を定規(じょうき)とする故なり」と云云。これ則ち弘安五年御入滅の年、正しく二千二百三十余年に(あた)る故なり。若し(しか)らば弘安四年已前は宗祖の本懐(いま)だ顕れ(おわ)らざるや。

答う、今処々(しょしょ)の明文に()るに、正しく弘安元年已後を以て仏滅後二千二百三十余年と云うなり。

故に弘安元年七月の千日尼抄二十五に云く「仏滅度後すでに二千二百三十余年になり候」と云云。

(また)弘安元年九月の本尊問答抄に云く「仏滅後二千二百三十余年」(取意)と云云。

又第十六の四条金吾抄、又第十七の大陣破抄又第二十二の初心成仏抄等云云。

蒙抄(もうしょう)に云く「京の本国寺弘安元年七月の御本尊に二千二百三十余年」と云云。又上総(かずさ)(にち)(べん)授与の弘安二年四月の御本尊にも「二千二百三十余年」と云云。故に知んぬ、弘安元年已後(いご)、御本意(すなわ)(あらわ)(おわ)ることを。

問う、弘安元年は(まさ)しく仏滅後二千二百二十七年に当る。(れん)()何ぞ三十余年というや。

答う、恐らくは深意(じんい)あらんか。

宗祖云く「今此の御本尊は寿量品に説き顕し」等云云。(しか)るに寿量品御説法の年より弘安元年に至るまで、正しく二千二百三十一年に当るなり。(いわ)く、如来七十二歳より八箇年の間に二十八品を説く。故に知んぬ、一年に三(ぽん)半を説きたもうなり。故に七十六の御歳、正しく寿量品を説くなり。(しこう)して七十七の御歳、神力品を説いて本化に付嘱(ふぞく)して、四年後の八十歳の御入滅なり。如来の御年八十歳、御入滅の年より弘安元年に至るまで二千二百二十七年なり。これに七十六、七、八、九の四年を加うる(とき)は二千二百三十一年と成るなり。故に寿量説法の年よりこれを数えて弘安元年に至るまで、二千二百三十余年というか。

故に本尊問答抄に云く「此の御本尊は世尊説き()かせ給いて後二千二百三十余年」と云云。この文、深く之を思うべし。余文の中は多分に従う、故に仏滅後という(ごと)し。本尊問答抄に「説き()かせ給いて後」とい(ごと)く、新池(尼)抄には「寿量品に説き(あらわ)し」という、之を思い合すべし。故に弘安元年已後、究竟(くきょう)の極説なり。

就中(なかんずく)弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐(ほんかい)の中の本懐なり。(すで)是れ三大秘法の随一なり、(いわん)一閻(いちえん)浮提(ぶだい)総体(そうたい)の本尊なる故なり。


つづく


上巻 目次



by johsei1129 | 2015-07-07 20:53 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)