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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 22日

Gosho 総勘文抄 The Teaching Affirmed by All Buddhas of the Three Existences

三世諸仏総勘文教相廃立(総勘文抄)

The Unanimous Declaration by theBuddhas of the Three Existences regarding the Classification ofthe Teachings and Which Are toBe Abandoned and Which Upheld

The Teaching Affirmed by All Buddhas of the ThreeExistences


弘安二年十月 五十八歳御作

October, 1279 (Age: 58)



無分別の法とは一乗の妙法なり、

The Law that is without distinctions is the wonderful Law of the one vehicle.

善悪を(えら)ぶこと無く草木・樹林(じゅりん)・山河・大地にも一微塵(みじん)の中にも互に(おのおの)十法界の法を()(そく)す、

 It is the Law that makes no distinctions between good or evil, the Law that preaches that grass and trees, forests,mountains and rivers, the great earth or even one particle of dust all possess within themselves the full Ten Worlds.

我が心の妙法蓮華経の一乗は十方の浄土に周編(しゅうへん)して欠くること無し、

 This one vehicle of the Lotus Sutra of the Wonderful Law present in one’s mind pervades all the pure lands of the ten directions without exception.

十方の浄土の依報(えほう)正報(しょうほう)功徳(くどく)荘厳(しょうごん)は我が心の中に有つて片時も離るること無き三(じん)即一の本覚(ほんがく)の如来にて是の(ほか)には法無し、

 The blessings that adorn the living beings and the environment in the pure lands of the ten directions are present within one’s own mind and never depart from it for an instant. This is the Thus Come One of original enlightenment, the three bodies that are a single unity, and outside of this there is no Law.

此の一法(ばか)り十方の浄土に有りて余法(よぽう)有ること無し、

This single Law exists within the pure lands of the ten directions, and no other Law exists.  

故に無分(むふん)別法(べっぽう)と云う是なり

Hence it is called a Law without distinctions.

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御書本文    目次 Index



by johsei1129 | 2015-07-22 15:24 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 21日

仏世に出でさせ給いて(外道)九十五種は皆地獄に堕ちたり、と説いた【弥源太入道殿御消息】

【弥源太入道殿御消息】
■出筆時期:弘安元年(1278)八月十一日 五十七歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は北条一門の北条弥源太より「建長寺道隆が亡くなり、残された弟子達が道隆の身が舎利となったと喧伝している」と伝えてきたことへの返書となっております。建長寺道隆は禅宗の僧侶で、極楽寺良観と結託して大聖人を陥れようとして度々幕府に働きかけておりました。大聖人はこのことについては伯耆殿(日興上人)の手紙に書いていたと記すとともに「仏以前に九十五種の外道ありき、各各是を信じて仏に成ると申す<中略>仏世に出でさせ給いて九十五種は皆地獄に堕ちたり」と断じ、「仏の舎利は火にやけず・水にぬれず・金剛のかなづちにて・うてども摧(くだ)けず<略>一くだ(砕)きして見よかし、あらやす(易)し・あらやすし」と記し、一叩きすれば簡単に砕けるだろうと一蹴されておられます。
■ご真筆: 現存していない。

[弥源太入道殿御消息 本文]


一日の御帰路をぼつかなく候つる処に御使悦び入つて候。御用事の御事共は伯耆殿の御文に書かせて候。

然るに道隆の死して身の舎利となる由の事、是は何とも人知らず用いまじく候へば兎角申して詮は候はず。但し仏の以前に九十五種の外道ありき、各各是を信じて仏に成ると申す。又皆人も一同に思いて候し程に、仏世に出でさせ給いて九十五種は皆地獄に堕ちたりと説かせ給いしかば、五天竺の国王・大臣等は仏は所詮なき人なりと申す。

又外道の弟子どもも、我が師の上を云れて悪心をかき候。竹杖外道と申す外道の目連尊者を殺せし事是なり。苦得外道と申せし者を仏記して云く、七日の内に死して食吐鬼と成るべしと説かせ給いしかば外道瞋りをなす、七日の内に食吐鬼と成りたりしかば、其を押し隠して得道の人の御舎利買うべしと云いき。其より外に不思議なる事数を知らず。

 但し道隆が事は見ぬ事にて候へば如何様に候やらん。但し弘通するところの説法は共に本権教より起りて候しを・今は教外別伝と申して物にくるひて我と外道の法と云うか。其の上建長寺は現に眼前に見へて候。日本国の山寺の敵とも謂いつべき様なれども、事を御威によせぬれば皆人恐れて云わず。

 是は今生を重くして後生は軽くする故なり、されば現身に彼の寺の故に亡国すべき事当りぬ。

 日蓮は度度知つて日本国の道俗の科を申せば、是は今生の禍(わざわい)・後生の福(さいわい)なり。但し道隆の振舞は日本国の道俗知りて候へども、上(かみ)を畏(おそ)れてこそ尊み申せ、又内心は皆うとみて候らん。

 仏法の邪正こそ愚人なれば知らずとも、世間の事は眼前なれば知りぬらん。又一は用いずとも人の骨の舎利と成る事は易く知れ候事にて候。仏の舎利は火にやけず・水にぬれず・金剛のかなづちにて・うてども摧けず、一くだきして見よかし、あらやすし・あらやすし。

 建長寺は所領を取られて・まどひたる男どもの入道に成りて四十・五十・六十なんどの時、走り入りて候が用は之れ無く、道隆がかげにしてすぎぬるなり。云うに甲斐なく死ぬれば不思議にて候を、かくして暫くもすぎき。
又は日蓮房が存知の法門を人に疎ませんとこそたばかりて候らめ。あまりの事どもなれば誑惑顕われなんとす、但しばらく・ねうじて御覧ぜよ。根露れぬれば枝かれ・源渇けば流尽くると申す事あり、恐恐謹言。

弘安元年戊寅八月十一日          日 蓮 花押
弥源太入道殿

by johsei1129 | 2015-07-21 19:41 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 21日

妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり、仏性とは法性なりと説いた【聖愚問答抄 下】 二

[聖愚問答抄 下 本文]その二


爰に愚人云く今聖人の教誡を聴聞するに日来の矇昧忽に開けぬ天真発明とも云つべし理非顕然なれば誰か信仰せざらんや、但し世上を見るに上一人より下万民に至るまで念仏・真言・禅・律を深く信受し御座すさる前には国土に生を受けながら争か王命を背かんや、其の上我が親と云い祖と云い旁念仏等の法理を信じて他界の雲に交り畢んぬ、又日本には上下の人数・幾か有る、然りと雖も権教権宗の者は多く此の法門を信ずる人は未だ其の名をも聞かず、仍て善処・悪処をいはず邪法・正法を簡ばず内典・五千七千の多きも外典・三千余巻の広きも只主君の命に随ひ父母の義に叶うが肝心なり、されば教主釈尊は天竺にして孝養報恩の理を説き孔子は大唐にして忠功孝高の道を示す師の恩を報ずる人は肉をさき身をなぐ主の恩をしる人は弘演は腹をさき予譲は剣をのむ親の恩を思いし人は丁蘭は木をきざみ伯瑜は杖になく、儒・外・内・道は異なりといへども報恩謝徳の教は替る事なし然れば主師親のいまだ信ぜざる法理を我始めて信ぜん事・既に違背の過に沈みなん法門の道理は経文・明白なれば疑網都て尽きぬ後生を願はずば来世・苦に沈むべし進退惟谷れり我如何がせんや、聖人云く汝此の理を知りながら猶是の語をなす理の通ぜざるか意の及ばざるか我釈尊の遺法をまなび仏法に肩を入れしより已来知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす、予父母の後世を助け国家の恩徳を報ぜんと思うが故に身命を捨つる事敢て他事にあらず唯知恩を旨とする計りなり、先ず汝目をふさぎ心を静めて道理を思へ我は善道を知りながら親と主との悪道にかからんを諌めざらんや、又愚心の狂ひ酔つて毒を服せんを我知りながら是をいましめざらんや、其の如く法門の道理を存じて火・血・刀の苦を知りながら争か恩を蒙る人の悪道におちん事を歎かざらんや、身をもなげ命をも捨つべし諌めても・あきたらず歎きても限りなし、今世に眼を合する苦み猶是を悲む況や悠悠たる冥途の悲み豈に痛まざらんや恐れても恐るべきは後世・慎みても慎むべきは来世なり、而るを是非を論ぜず親の命に随ひ邪正を簡ばず主の仰せに順はんと云う事愚癡の前には忠孝に似たれども賢人の意には不忠不孝・是に過ぐべからず。

されば教主釈尊は転輪聖王の末・師子頬王の孫・浄飯王の嫡子として五天竺の大王たるべしといへども生死無常の理をさとり出離解脱の道を願つて世を厭ひ給しかば浄飯大王是を歎き四方に四季の色を顕して太子の御意を留め奉らんと巧み給ふ、先づ東には霞たなびくたえまより・かりがね・こしぢに帰り窓の梅の香・玉簾の中にかよひ・でうでう・たる花の色・ももさへづりの鴬・春の気色を顕はせり、南には泉の色・白たへにしてかの玉川の卯の華信太の森のほととぎす夏のすがたを顕はせり、西には紅葉常葉に交ればさながら錦をおり交え荻ふく風・閑かにして松の嵐・ものすごし過ぎにし夏のなごりには沢辺にみゆる螢の光・あまつ空なる星かと誤り・松虫・鈴虫の声声・涙を催せり、北には枯野の色いつしか・ものうく池の汀につららゐて谷の小川も・をとさびぬ、かかるありさまを造つて御意をなぐさめ給うのみならず四門に五百人づつの兵を置いて守護し給いしかども終に太子の御年十九と申せし二月八日の夜半の比・車匿を召して金泥駒に鞍置かせ伽耶城を出て檀特山に入り十二年高山に薪をとり深谷に水を結んで難行苦行し給ひ三十成道の妙果を感得して三界の独尊・一代の教主と成つて父母を救ひ群生を導き給いしをばさて不孝の人と申すべきか、仏を不孝の人と云いしは九十五種の外道なり父母の命に背いて無為に入り還つて父母を導くは孝の手本なる事・仏其の証拠なるべし、彼の浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王・外道の法に著して仏法に背き給いしかども二人の太子は父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり終に父を導いて沙羅樹王仏と申す仏になし申されけるは不孝の人と云うべきか、経文には棄恩入無為・真実報恩者と説いて今生の恩愛をば皆すてて仏法の実の道に入る是れ実に恩をしれる人なりと見えたり、又主君の恩の深き事・汝よりも能くしれり汝若し知恩の望あらば深く諌め強いて奏せよ非道にも主命に随はんと云う事・佞臣の至り不忠の極りなり、殷の紂王は悪王・比干は忠臣なり政事理に違いしを見て強て諌めしかば即比干は胸を割かる紂王は比干死して後・周の王に打たれぬ、今の世までも比干は忠臣といはれ紂王は悪王といはる、夏の桀王を諌めし竜蓬は頭をきられぬ・されども桀王は悪王・竜蓬は忠臣とぞ云う主君を三度・諌むるに用ゐずば山林に交れとこそ教へたれ何ぞ其の非を見ながら黙せんと云うや、古の賢人・世を遁れて山林に交りし先蹤を集めて聊か汝が愚耳に聞かしめん、殷の代の太公望ははん渓と云う谷に隠る、周の代の伯夷・叔斉は首陽山と云う山に篭る、秦の綺里季は商洛山に入り漢の厳光は孤亭に居し、晋の介子綏は緜上山に隠れぬ、此等をば不忠と云うべきか愚かなり汝忠を存ぜば諌むべし孝を思はば言うべきなり。

先ず汝権教・権宗の人は多く此の宗の人は少し何ぞ多を捨て少に付くと云う事必ず多きが尊くして少きが卑きにあらず、賢善の人は希に愚悪の者は多し麒麟・鸞鳳は禽獣の奇秀なり然れども是は甚だ少し牛羊・烏鴿は畜鳥の拙卑なりされども是は転多し、必ず多きがたつとくして少きがいやしくば麒麟をすてて牛羊をとり鸞鳳を閣いて烏鴿をとるべきか、摩尼・金剛は金石の霊異なり、此の宝は乏しく瓦礫・土石は徒物の至り是は又巨多なり、汝が言の如くならば玉なんどをば捨てて瓦礫を用ゆべきかはかなし・はかなし、聖君は希にして千年に一たび出で賢佐は五百年に一たび顕る摩尼は空しく名のみ聞く麟鳳誰か実を見たるや世間出世・善き者は乏しく悪き者は多き事眼前なり、然れば何ぞ強ちに少きを・おろかにして多きを詮とするや土沙は多けれども米穀は希なり木皮は充満すれども布絹は些少なり、汝只正理を以て前とすべし別して人の多きを以て本とすることなかれ。爰に愚人席をさり袂をかいつくろいて云く誠に聖教の理をきくに人身は得難く天上の絲筋の海底の針に貫けるよりも希に仏法は聞き難くして一眼の亀の浮木に遇うよりも難し、今既に得難き人界に生をうけ値い難き仏教を見聞しつ今生をもだしては又何れの世にか生死を離れ菩提を証すべき、夫れ一劫受生の骨は山よりも高けれども仏法の為には・いまだ一骨をもすてず多生恩愛の涙は海よりも深けれども尚後世の為には一滴をも落さず、拙きが中に拙く愚かなるが中に愚かなり設ひ命をすて身をやぶるとも生を軽くして仏道に入り父母の菩提を資け愚身が獄縛をも免るべし能く能く教を示し給へ。

抑法華経を信ずる其の行相如何五種の行の中には先ず何れの行をか修すべき丁寧に尊教を聞かん事を願う、聖人示して云く汝蘭室の友に交つて麻畝の性と成る誠に禿樹禿に非ず春に遇つて栄え華さく枯草枯るに非ず夏に入つて鮮かに注ふ、若し先非を悔いて正理に入らば湛寂の潭に遊泳して無為の宮に優遊せん事疑なかるべし、抑仏法を弘通し群生を利益せんには先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり、所以は時に正像末あり法に大小乗あり修行に摂折あり摂受の時・折伏を行ずるも非なり折伏の時・摂受を行ずるも失なり、然るに今世は摂受の時か折伏の時か先づ是を知るべし摂受の行は此の国に法華一純に弘まりて邪法邪師・一人もなしといはん、此の時は山林に交つて観法を修し五種・六種・乃至十種等を行ずべきなり、折伏の時はかくの如くならず経教のおきて蘭菊に諸宗のおぎろ誉れを擅にし邪正肩を並べ大小先を争はん時は万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり、此の旨を知らずして摂折途に違はば得道は思もよらず悪道に堕つべしと云う事法華涅槃に定め置き天台妙楽の解釈にも分明なり是れ仏法修行の大事なるべし、譬ば文武両道を以て天下を治るに武を先とすべき時もあり文を旨とすべき時もあり、天下無為にして国土静かならん時は文を先とすべし東夷・南蛮・西戎・北狄・蜂起して野心をさしはさまんには武を先とすべきなり、文武のよき事計りを心えて時をもしらず万邦・安堵の思をなして世間無為ならん時・甲冑をよろひ兵杖をもたん事も非なり、又王敵起らん時・戦場にて武具をば閣いて筆硯を提ん事是も亦時に相応せず摂受・折伏の法門も亦是くの如し正法のみ弘まつて邪法・邪師・無からん時は深谷にも入り閑静にも居して読誦書写をもし観念工夫をも凝すべし、是れ天下の静なる時・筆硯を用ゆるが如し権宗・謗法・国にあらん時は諸事を閣いて謗法を責むべし是れ合戦の場に兵杖を用ゆるが如し、然れば章安大師涅槃の疏に釈して云く「昔は時平かにして法弘まる応に戒を持すべし杖を持すること勿れ今は時嶮しくして法翳る応に杖を持すべし戒を持すること勿れ今昔倶に嶮しくば倶に杖を持すべし今昔倶に平かならば応に倶に戒を持すべし、取捨宜きを得て一向にす可からず」と此の釈の意分明なり、昔は世もすなをに人もただしくして邪法邪義・無かりき、されば威儀をただし穏便に行業を積んで杖をもつて人を責めず邪法をとがむる事無かりき、今の世は濁世なり人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし此の時は読誦書写の修行も観念・工夫・修練も無用なり、只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき又法門を以ても邪義を責めよとなり、取捨其旨を得て一向に執する事なかれと書けり、今の世を見るに正法一純に弘まる国か邪法の興盛する国か勘ふべし、然るを浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ善導は法華経を雑行と名け剰へ千中無一とて千人信ずとも一人得道の者あるべからずと書けり、真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣り大日経には三重の劣と書き戯論の法と定めたり、正覚房は法華経は大日経のはきものとりにも及ばずと云ひ釈尊をば大日如来の牛飼にもたらずと判せり、禅宗は法華経を・吐たる・つばき・月をさす指・教網なんど下す、小乗律等は法華経は邪教・天魔の所説と名けたり、此等豈謗法にあらずや責めても猶あまりあり禁めても亦たらず。

愚人云く日本・六十余州・人替り法異りといへども或は念仏者・或は真言師・或は禅・或は律・誠に一人として謗法ならざる人はなし、然りと雖も人の上沙汰してなにかせん只我が心中に深く信受して人の誤りをば余所の事にせんと思ふ、聖人示して云く汝言う所実にしかなり我も其の義を存ぜし処に経文には或は不惜身命とも或は寧喪身命とも説く、何故にかやうには説かるるやと存ずるに只人をはばからず経文のままに法理を弘通せば謗法の者多からん世には必ず三類の敵人有つて命にも及ぶべしと見えたり、其の仏法の違目を見ながら我もせめず国主にも訴へずば教へに背いて仏弟子にはあらずと説かれたり。

涅槃経第三に云く「若し善比丘あつて法を壊らん者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」と、此の文の意は仏の正法を弘めん者・経教の義を悪く説かんを聞き見ながら我もせめず我が身及ばずば国主に申し上げても是を対治せずば仏法の中の敵なり、若し経文の如くに人をも・はばからず我もせめ国主にも申さん人は仏弟子にして真の僧なりと説かれて候、されば仏法中怨の責を免れんとて・かやうに諸人に悪まるれども命を釈尊と法華経に奉り慈悲を一切衆生に与へて謗法を責むるを心えぬ人は口をすくめ眼を瞋らす、汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ是を以て章安大師云く「寧ろ身命を喪ふとも教を匿さざれとは身は軽く法は重し身を死して法を弘めよ」と、此の文の意は身命をば・ほろぼすとも正法をかくさざれ、其の故は身はかろく法はおもし身をばころすとも法をば弘めよとなり、悲いかな生者必滅の習なれば設ひ長寿を得たりとも終には無常をのがるべからず、今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり、非想の八万歳未だ無常を免れずとう利の一千年も猶退没の風に破らる、況や人間・閻浮の習は露よりも・あやうく芭蕉よりも・もろく泡沫よりもあだなり、水中に宿る月のあるか・なきかの如く草葉にをく露のをくれ・さきだつ身なり、若し此の道理を得ば後世を一大事とせよ歓喜仏の末の世の覚徳比丘・正法を弘めしに無量の破戒此の行者を怨みて責めしかば有徳国王・正法を守る故に謗法を責めて終に命終して阿しゅく仏の国に生れて彼の仏の第一の弟子となる、大乗を重んじて五百人の婆羅門の謗法を誡めし仙予国王は不退の位に登る、憑しいかな正法の僧を重んじて邪悪の侶を誡むる人かくの如くの徳あり、されば今の世に摂受を行ぜん人は謗人と倶に悪道に堕ちん事疑い無し、南岳大師の四安楽行に云く「若し菩薩有つて悪人を将護し治罰すること能わず乃至其の人命終して諸悪人と倶に地獄に堕せん」と、此の文の意は若し仏法を行ずる人有つて謗法の悪人を治罰せずして観念思惟を専らにして邪正権実をも簡ばず詐つて慈悲の姿を現ぜん人は諸の悪人と倶に悪道に堕つべしと云う文なり、今真言・念仏・禅・律・の謗人をたださず・いつはつて慈悲を現ずる人・此の文の如くなるべし。

爰に愚人意を竊にし言を顕にして云く誠に君を諌めて家を正しくする事・先賢の教へ本文に明白なり外典此くの如し内典是に違うべからず、悪を見ていましめず謗を知つてせめずば経文に背き祖師に違せん其の禁め殊に重し今より信心を至すべし、但し此経を修行し奉らん事叶いがたし若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ、聖人示して云く今汝の道意を見るに鄭重・慇懃なり、所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり、檀王の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも只此の五字の致す所なり、夫れ以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ修行の時刻をば一念随喜と定めたり、凡そ八万法蔵の広きも一部八巻の多きも只是の五字を説かんためなり、霊山の雲の上・鷲峯の霞の中に釈尊要を結び地涌付属を得ることありしも法体は何事ぞ只此の要法に在り、天台妙楽の六千張の疏・玉を連ぬるも道邃行満の数軸の釈・金を並ぶるも併しながら此の義趣を出でず、誠に生死を恐れ涅槃を欣い信心を運び渇仰を至さば遷滅無常は昨日の夢・菩提の覚悟は今日のうつつなるべし、只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし。

愚人掌を合せ膝を折つて云く貴命肝に染み教訓意を動ぜり然りと雖も上能兼下の理なれば広きは狭きを括り多は少を兼ぬ、然る処に五字は少く文言は多し首題は狭く八軸は広し如何ぞ功徳斉等ならんや、聖人云く汝愚かなり捨少取多の執・須弥よりも高く軽狭重広の情・溟海よりも深し、今の文の初後は必ず多きが尊く少きが卑しきにあらざる事・前に示すが如し、爰に又小が大を兼ね、一が多に勝ると云う事之を談ぜん彼の尼拘類樹の実は芥子・三分が一のせいなりされども五百輛の車を隠す徳あり是小が大を含めるにあらずや、又如意宝珠は一あれども万宝を雨して欠処之れ無し是れ又少が多を兼ねたるにあらずや、世間のことわざにも一は万が母といへり此等の道理を知らずや、所詮実相の理の背契を論ぜよ強ちに多少を執する事なかれ、汝至つて愚かなり今一の譬を仮らん。

夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり仏性とは法性なり法性とは菩提なり、所謂釈迦・多宝・十方の諸仏・上行・無辺行等・普賢・文殊・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因・日月・明星・北斗・七星・二十八宿・無量の諸星・天衆・地類・竜神・八部・人天・大会・閻魔法王・上は非想の雲の上・下は那落の炎の底まで所有一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり、されば一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり、例せば篭の内にある鳥の鳴く時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し。

爰に愚人云く首題の功徳・妙法の義趣・今聞く所詳かなり但し此の旨趣正しく経文に是をのせたりや如何、聖人云く其の理詳かならん上は文を尋ぬるに及ばざるか然れども請に随つて之れを示さん法華経第八・陀羅尼品に云く「汝等但能く法華の名を受持せん者を擁護せん福量るべからず」此の文の意は仏・鬼子母神・十羅刹女の法華経の行者を守らんと誓い給うを讃むるとして汝等法華の首題を持つ人を守るべしと誓ふ、其の功徳は三世了達の仏の智慧も尚及びがたしと説かれたり、仏智の及ばぬ事何かあるべきなれども法華の題名受持の功徳ばかりは是を知らずと宣べたり、法華一部の功徳は只妙法等の五字の内に篭れり、一部八巻・文文ごとに二十八品・生起かはれども首題の五字は同等なり、譬ば日本の二字の中に六十余州・島二つ入らぬ国やあるべき篭らぬ郡やあるべき、飛鳥とよべば空をかける者と知り走獣といへば地を・はしる者と心うる一切名の大切なる事蓋し以て是くの如し、天台は名詮自性・句詮差別とも名者大綱とも判ずる此の謂れなり、又名は物をめす徳あり物は名に応ずる用あり法華題名の功徳も亦以て此くの如し。

愚人云く聖人の言の如くば実に首題の功莫大なり但し知ると知らざるとの不同あり、我は弓箭に携り兵杖をむねとして未だ仏法の真味を知らず若し然れば得る所の功徳何ぞ其れ深からんや、聖人云く円頓の教理は初後全く不二にして初位に後位の徳あり一行・一切行にして功徳備わらざるは之れ無し若し汝が言の如くば功徳を知つて植えずんば上は等覚より下は名字に至るまで得益更にあるべからず、今の経は唯仏与仏と談ずるが故なり、譬喩品に云く「汝舎利弗尚此の経に於ては信を以て入ることを得たり況や余の声聞をや」文の心は大智・舎利弗も法華経には信を以て入る其の智分の力にはあらず況や自余の声聞をやとなり、されば法華経に来つて信ぜしかば永不成仏の名を削りて華光如来となり嬰児に乳をふくむるに其の味をしらずといへども自然に其の身を生長す、医師が病者に薬を与うるに病者・薬の根源をしらずといへども服すれば任運と病愈ゆ若し薬の源をしらずと云つて医師の与ふる薬を服せずば其の病愈ゆべしや薬を知るも知らざるも服すれば病の愈ゆる事以て是れ同じ、既に仏を良医と号し法を良薬に譬へ衆生を病人に譬ふされば如来一代の教法を擣〓和合して妙法一粒の良薬に丸ぜり豈知るも知らざるも服せん者・煩悩の病愈えざるべしや病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども服すれば必ず愈ゆ、行者も亦然なり法理をもしらず煩悩をもしらずといへども只信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて実報寂光の台にのぼり本有三身の膚を磨かん事疑いあるべからず、されば伝教大師云く「能化所化倶に歴劫無く妙法経の力即身成仏す」と法華経の法理を教へん師匠も又習はん弟子も久しからずして法華経の力をもつて倶に仏になるべしと云う文なり、天台大師も法華経に付いて玄義・文句・止観の三十巻の釈を造り給う、妙楽大師は又釈籤・疏記・輔行の三十巻の末文を重ねて消釈す、天台六十巻とは是なり、玄義には名体宗用教の五重玄を建立して妙法蓮華経の五字の功能を判釈す、五重玄を釈する中の宗の釈に云く「綱維を提ぐるに目として動かざること無く衣の一角を牽くに縷として来らざる無きが如し」と、意は此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし、譬ば網の目・無量なれども一つの大綱を引くに動かざる目もなく衣の糸筋巨多なれども一角を取るに糸筋として来らざることなきが如しと云う義なり、さて文句には如是我聞より作礼而去まで文文・句句に因縁・約教・本迹・観心の四種の釈を設けたり、次に止観には妙解の上に立てる所の観不思議境の一念三千・是れ本覚の立行・本具の理心なり、今爰に委しくせず、悦ばしいかな生を五濁悪世に受くといへども一乗の真文を見聞する事を得たり、熈連恒沙の善根を致せる者・此の経にあい奉つて信を取ると見えたり、汝今一念随喜の信を致す函蓋相応感応道交疑い無し。

愚人頭を低れ手を挙げて云く我れ今よりは一実の経王を受持し三界の独尊を本師として今身自り仏身に至るまで此の信心敢て退転無けん、設ひ五逆の雲厚くとも乞ふ提婆達多が成仏を続ぎ十悪の波あらくとも願くは王子・覆講の結縁に同じからん、聖人云く人の心は水の器にしたがふが如く物の性は月の波に動くに似たり、故に汝当座は信ずといふとも後日は必ず翻へさん魔来り鬼来るとも騒乱する事なかれ、夫れ天魔は仏法をにくむ外道は内道をきらふ、されば猪の金山を摺り衆流の海に入り薪の火を盛んになし風の求羅をますが如くせば豈好き事にあらずや。


[聖愚問答抄  上下 本文] 完

by johsei1129 | 2015-07-21 01:02 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 21日

妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり、仏性とは法性なりと説いた【聖愚問答抄 下】一

[聖愚問答抄 下 本文]その一

爰に愚人聊か和いで云く経文は明鏡なり疑慮をいたすに及ばず但し法華経は三説に秀で一代に超ゆるといへども言説に拘はらず経文に留まらざる我等が心の本分の禅の一法には・しくべからず凡そ万法を払遣して言語の及ばざる処を禅法とは名けたり、されば跋提河の辺り沙羅林の下にして釈尊・金棺より御足を出し拈華微笑して此の法門を迦葉に付属ありしより已来・天竺二十八祖・系乱れず唐土には六祖次第に弘通せり、達磨は西天にしては二十八祖の終東土にしては六祖の始なり相伝をうしなはず教網に滞るべからず、爰を以て大梵天王問仏決疑経に云く「吾に正法眼蔵の涅槃妙心実相無相微妙の法門有り教外に別に伝う文字を立てず摩訶迦葉に付属す」とて迦葉に此の禅の一法をば教外に伝ふと見えたり、都て修多羅の経教は月をさす指・月を見て後は指何かはせん心の本分・禅の一理を知つて後は仏教に心を留むべしや、されば古人の云く十二部経は総て是れ閑文字と云云、仍つて此の宗の六祖慧能の壇経を披見するに実に以て然なり、言下に契会して後は教は何かせん此の理如何が弁えんや、聖人示して云く汝先ず法門を置いて道理を案ぜよ、抑我一代の大途を伺わず十宗の淵底を究めずして国を諌め人を教ふべきか、汝が談ずる所の禅は我最前に習い極めて其の至極を見るに甚だ以て僻事なり、禅に三種あり所謂如来禅と教禅と祖師禅となり、汝が言う所の祖師禅等の一端之を示さん聞いて其の旨を知れ若し教を離れて之を伝うといわば教を離れて理なく理を離れて教無し理全く教教全く理と云う道理汝之を知らざるや拈華微笑して迦葉に付属し給うと云うも是れ教なり、不立文字と云う四字も即教なり文字なり。

此の事・和漢両国に事旧りぬ今いへば事新きに似たれども一両の文を勘えて汝が迷を払はしめん、補註十一に云く又復若し言説に滞ると謂わば且らく娑婆世界には何を将つて仏事と為るや、禅徒豈言説をもつて人に示さざらんや、文字を離れて解脱の義を談ずること無し豈に聞かざらんや乃至次ぎ下に云く豈に達磨西来して直指人心・見性成仏すと而るに華厳等の諸大乗経に此の事無からんや、嗚呼世人何ぞ其れ愚かなるや汝等当に仏の所説を信ずべし諸仏如来は言虚妄無し、此の文の意は若し教文にとどこほり言説にかかはるとて教の外に修行すといはば此の娑婆国にはさて如何がして仏事善根を作すべき、さように云うところの禅人も人に教ゆる時は言を以て云はざるべしや其の上仏道の解了を云う時文字を離れて義なし、又達磨西より来つて直に人心を指して仏なりと云う是程の理は華厳・大集・大般若等の法華已前の権大乗経にも在在処処に之を談ぜり是をいみじき事とせんは無下に云いがひなき事なり嗚呼今世の人何ぞ甚ひがめるや只中道実相の理に契当せる妙覚果満の如来誠諦の言を信ずべきなり又妙楽大師の弘決の一に此の理を釈して云く「世人教を蔑にして理観を尚ぶは誤れるかな誤れるかな」と、此の文の意は今の世の人人は観心観法を先として経教を尋ね学ばず還つて教をあなづり経をかろしむる是れ誤れりと云う文なり、其の上当世の禅人・自宗に迷へり、続高僧伝を披見するに習禅の初祖達磨大師の伝に云く教に藉つて宗を悟ると、如来一代の聖教の道理を習学し法門の旨・宗宗の沙汰を知るべきなり。

又達磨の弟子・六祖の第二祖慧可の伝に云く達磨禅師四巻の楞伽を以て可に授けて云く「我漢の地を観るに唯此の経のみ有り仁者依行せば自ら世を度する事を得ん」と、此の文の意は達磨大師・天竺より唐土に来つて四巻の楞伽経をもつて慧可に授けて云く我此の国を見るに是の経殊に勝れたり汝持ち修行して仏に成れとなり、此等の祖師既に経文を前とす若し之に依つて経に依ると云はば大乗か小乗か権教か実教か能く能く弁ふべし、或は経を用いるには禅宗も楞伽経・首楞厳経・金剛・般若経等による是れ皆法華已前の権教・覆蔵の説なり、只諸経に是心即仏・即心是仏等の理の方を説ける一両の文と句とに迷いて大小・権実・顕露・覆蔵をも尋ねず、只不二を立てて而二を知らず謂己均仏の大慢を成せり、彼の月氏の大慢が迹をつぎ此の尸那の三階禅師が古風を追う然りと雖も大慢は生ながら無間に入り三階は死して大蛇と成りぬをそろし・をそろし、釈尊は三世了達の解了・朗かに妙覚果満の智月潔くして未来を鑒みたまい像法決疑経に記して云く「諸の悪比丘或は禅を修する有つて経論に依らず自ら己見を逐つて非を以て是と為し是邪是正と分別すること能わず遍く道俗に向つて是くの如き言を作さく我能く是を知り我能く是を見ると当に知るべし此の人は速かに我法を滅す」と、此の文の意は諸悪比丘あつて禅を信仰して経論をも尋ねず邪見を本として法門の是非をば弁えずして而も男女・尼法師等に向つて我よく法門を知れり人はしらずと云つて此の禅を弘むべし、当に知るべし此の人は我が正法を滅すべしとなり、此の文をもつて当世を見るに宛も符契の如し汝慎むべし汝畏るべし、先に談ずる所の天竺に二十八祖有つて此の法門を口伝すと云う事其の証拠何に出でたるや仏法を相伝する人・二十四人・或は二十三人と見えたり、然るを二十八祖と立つる事・所出の翻訳何にかある全く見えざるところなり、此の付法蔵の人の事・私に書くべきにあらず如来の記文分明なり、其の付法蔵伝に云く「復比丘有り名けて師子と曰う。けい賓国に於て大に仏事を作す、時に彼の国王をば弥羅掘と名け邪見熾盛にして心に敬信無くけい賓国に於て塔寺を毀壊し衆僧を殺害す、即ち利剣を以て用いて師子を斬る頚の中血無く唯乳のみ流出す法を相付する人是に於て便ち絶えん」此の文の意は仏我が入涅槃の後に我が法を相伝する人二十四人あるべし其の中に最後・弘通の人に当るをば師子比丘と云わん、けい賓国と云う国にて我が法を弘むべし彼の国の王をば檀弥羅王と云うべし邪見放逸にして仏法を信ぜず衆僧を敬はず堂塔を破り失ひ剣をもつて諸僧の頚を切るべし即師子比丘の頚をきらん時に頚の中に血無く只乳のみ出ずべし、是の時に仏法を相伝せん人絶ゆべしと定められたり、案の如く仏の御言違わず師子尊者・頚をきられ給う事・実に以て爾なり、王のかいな共につれて落ち畢んぬ、二十八祖を立つる事・甚以て僻見なり禅の僻事是より興るなるべし、今慧能が壇経に二十八祖を立つる事は達磨を高祖と定むる時師子と達磨との年紀遥かなる間・三人の禅師を私に作り入れて天竺より来れる付法蔵・系乱れずと云うて人に重んぜさせん為の僻事なり此の事異朝にして事旧りぬ、補註の十一に云く「今家は二十三祖を承用す豈現有らんや、若し二十八祖を立つるは未だ所出の翻訳を見ざるなり、近来更に石に刻み版に鏤め七仏二十八祖を図状し各一偈を以て伝授相付すること有り嗚呼仮託何ぞ其れ甚だしきや識者力有らば宜しく斯の弊を革むべし」是も二十八祖を立て石にきざみ版にちりばめて伝うる事・甚だ以て誤れり此の事を知る人あらば此の誤をあらためなをせとなり、祖師禅甚だ僻事なる事是にあり先に引く所の大梵天王問仏決疑経の文を教外別伝の証拠に汝之を引く既に自語相違せり、其の上此の経は説相権教なり又開元貞元の再度の目録にも全く載せず是録外の経なる上・権教と見えたり、然れば世間の学者用ゐざるところなり証拠とするにたらず。

抑今の法華経を説かるる時・益をうる輩・迹門界如三千の時・敗種の二乗仏種を萠す四十二年の間は永不成仏と嫌はれて在在処処の集会にして罵詈誹謗の音をのみ聞き人天大会に思いうとまれて既に飢え死ぬべかりし人人も今の経に来つて舎利弗は華光如来・目連は多摩羅跋旃檀香如来・阿難は山海慧自在通王仏・羅ご羅は踏七宝華如来・五百の羅漢は普明如来・二千の声聞は宝相如来の記別に予る・顕本遠寿の日は微塵数の菩薩増道損生して位大覚に鄰る、されば天台大師の釈を披見するに他経には菩薩は仏になると云つて二乗の得道は永く之れ無し、善人は仏になると云つて悪人の成仏を明さず男子は仏になると説いて女人は地獄の使と定む人天は仏になると云つて畜類は仏になるといはず、然るを今の経は是等が皆仏になると説くたのもしきかな末代濁世に生を受くといへども提婆が如くに五逆をも造らず三逆をも犯さず、而るに提婆・猶天王如来の記別を得たり況や犯さざる我等が身をや、八歳の竜女・既に蛇身を改めずして南方に妙果を証す況や人界に生を受けたる女人をや、只得難きは人身値い難きは正法なり汝早く邪を翻えし正に付き凡を転じて聖を証せんと思はば念仏・真言・禅・律を捨てて此の一乗妙典を受持すべし、若し爾らば妄染の塵穢を払つて清浄の覚体を証せん事疑なかるべし。


[聖愚問答抄 下 本文] その二に続く

by johsei1129 | 2015-07-21 00:59 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 20日

観心本尊抄文段 上一七  大聖人は宗旨建立以後第二十七年に当って己心中の一大事、本門戒壇の本尊を顕わしたまえり


一 (ある)本に云く、一界に三種の世間を()

問う、両本の(こころ)如何(いかん)

答う、(とも)是れ一界は(のう)()、十如は(しょ)()、十如は能具、三世間は所具なり。若し()本の意は一界所具の十如の一々に(おのおの)三世間を具す。故に三十種世間と云うなり。若し異本の意は(しばら)く十如の中の一(にょ)()に約す。故に三種世間と云う。一を以て九に例する故に、現本の意と()いて(たが)わざるなり。

問う、両本(とも)に何ぞ十如を()げざるや。

答う、若し前後の(かい)(けん)を挙ぐれば、中間(ちゅうげん)の十如は(おのずか)(あらわ)るる故なり。解釈の巧妙(こうみょう)なること、学者見るべし。

一 問うて()く、(げん)()

 此の下は次に玄文並びに止観(しかん)(さき)の四に一念三千を明かさざることを示す、あり、初めに三千の名目(みょうもく)を明かさざることを示し、次に「疑つて曰く」の下は其の名目を明かさざるの相を示す。

 初めの文に(また)二あり。初めに玄文、次に止観。

 初めの玄文に二あり。初めに(なら)べて示し、次に引証。引証の文に「並に未だ一念三千と云わず」等と云うは、今に在っては(まさ)しく玄文を指して「並に」と云うなり。余は(ことごと)く文の如し。

一 疑つて()、玄義等

此の下は次にその名目を明かさざるの(そう)を示す、二と()す。初めに玄文並びに百界(ひゃっかい)千如(せんにょ)に限るを示し、次に「問うて曰く止観」の下は止観の前の六章は方便に属するを示す。

問う、初めの文の(こたえ)を欠く意如何(いかん)

答う、疑問即ち答なり。(すで)に百界千如に限る文を引く故なり。

  問う、次の文に止観の(さき)の四巻と云うに何ぞ止観の前の六章等と云うや。

  答う、文は是れ巻を()すと(いえど)も、意は前の六章を問う。十章抄に云く「大意より方便までの六重は前四巻に限る」云云。(いわん)(また)(ただ)巻を問えるをや。何ぞ第四の問に(ことな)らんや。況や(また)答の文に「()の故に前の六をば皆()(ぞく)す」と云えるをや。意に(いわ)く、(さき)の六章は既に是れ方便なり。何ぞ正観の一念三千を明かさん云云。

一 ()れ智者の弘法(ぐほう)三十年

  此の下は三に結歎(けったん)二と為す。初めに正しく本師を(たん)じ、次に(ちな)んで末学を破するなり。

初めの文意は、()れ智者大師は仏滅後千四百八十七年、(りょう)の武()の大同四年の誕生、十八歳出家、二十三歳南岳(なんがく)()い、三十歳(きん)(りょう)に至り、翌年瓦官(がかん)()()して玄義を講ず。(しか)(のち)、五十七歳、玉泉寺に於て止観を講ず。其の(のち)、六十歳の御入滅なり。故に玄義開講より御入滅に至るまで、正しく是れ三十年なり。故に「智者の弘法(ぐほう)三十年」と云うなり。

文に云く「二十九年の間は玄文等の諸義を説いて」とは、啓蒙(けいもう)に云く「入滅の年を除き二十九年の間を玄・文等の弘法(ぐほう)に属するか。(あるい)は五十七歳の止観の説法を第三十年と為し、其の前を玄・文等の弘法(ぐぼう)に属するか」と云云。

(あん)じて云く、三十一歳玄義開講より五十七歳止観を説きたまう春に至るまで、正に是れ二十七年なり。故に「二十九年」とは恐らく(あやま)れり。(まさ)に「二十七年」に作るべし。字形相似(そうじ)の故に伝写(これ)を謬るか。

(いま)例文を考うるに、撰時抄の下に云く「玄奘(げんじょう)三蔵は六生を経て(がっ)()に入りて十九年」と云云。(もう)の十一に云く「月氏に入りて十九年とは、恐らくは(あやま)れり、御直書は十七年なり。語式の如し」等云云。(すで)に十七年を以て謬って十九年に作る。今(また)(しか)るべきか。()し御真筆に(たと)い二十九年と有りと雖も、(なお)是れ()(どう)凡夫(ぼんぷ)の故に不慮(ふりょ)の書き(あやま)りならんか。例せば(みょう)(らく)、証真に告ぐるが如し。(また)下の文の「諸論師の事章」の如きなり云云。また御書四十三第二・二十六、是れを見合(みあわ)すべし。

亦復(まさ)に知るべし、宗祖の弘法(ぐほう)亦三十年なり。三十二歳より六十一歳に至る故なり。而して(また)宗旨建立已後(いご)第二十七年に当って()(しん)(ちゅう)の一大事、本門戒壇の本尊を(あらわ)したまえり。学者(よろ)しく之を思い合わすべし。

一、天竺(てんじく)の大論(なお)其の(たぐい)(あら)

何ぞ(ただ)竜樹(りゅうじゅ)の大論に勝るるのみならん、(まさ)に天竺一切(いっさい)の大論師に勝るるなり。故に「天竺の論師(いま)だ述べざる」の文に同ずる義、最も(しか)るべきなり。

                 つづく
上巻 目次



by johsei1129 | 2015-07-20 19:10 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 20日

開目抄愚記 下二

一 釈迦・多宝坐を(なら)

 問う、何事を(ひょう)するや。

 答う、本地(ほんち)無作(むさ)の三身を表するなり。文の八・三十四に云く「境智(すで)に会すれば、則ち大報円満す。釈迦と多宝と同じく一座に座するが如し。大報円なるを以ての故に機に随って応を(いだ)。分身(みな)(あつ)まるが如し」文。「境智既に会すれば、則ち大報円満」とは、即ち是れ()(おん)元初(がんじょ)の自受用報身なり。自受用報身とは、境智冥合の真仏なり。境は是れ(ほっ)(しん)、智は是れ報身、境智冥合すれば則ち無縁の慈悲有り。(たと)えば(かん)(がい)相応(そうおう)すれば、則ち含蔵(ごんぞう)(ゆう)あるが如し。含蔵の用は即ち外の物に()す、故に機に随い応を出すなり。故に知んぬ、二仏並座(びょうざ)・分身来集(らいじゅう)は、即ち久遠元初の自受用、報中論三の無作三身を表するなり。此の無作(むさ)(さん)(じん)、末法に出現して主師親と(あら)るるなり。故に御義口伝下に云く「無作の三身とは末法の法華経の行者(ぎょうじゃ)なり」云云。末法の法華経の行者、(あに)蓮祖聖人に(あら)ずや。故に当抄の終りに云く「日蓮は日本国の諸人にしうし(主師)父母なり」等云云。()(しか)らば実に末法の主師親、無作三身を表するなり。

一 人天大会(だいえ)は星をつら()ね等

 問う、二仏を日月(にちがつ)(たと)え、()(しゅう)を星に譬うる所以(ゆえん)如何(いかん)

 答う、(いま)深く意を探るに、(まさ)に三義を含むべし。一には勝劣(しょうれつ)の義を顕す故に、二には一多の義を顕す故に、三には空に処する義を顕す故なり。経に云く「諸の大衆を(せっ)して、(みな)虚空(こくう)()きたまう」と云云。

 問う、時衆は空に処す、表する所は如何(いかん)

 答う、若し迹門の意は、開権(かいごん)の説を聞いて初めて寂光(じゃっこう)に入る、故に空に処するなり。若し本門の意は、顕本(けんぽん)の説を聞いて皆本地の娑婆(しゃば)即寂光に住する故なり。記の八本・四十七に「釈迦久しからずして本を(あらわ)し、(また)()ず空に()して以て(これ)を表す」と云云。即ち()の意なり。彼の下、啓運(けいうん)(しょう)に理の顕本に約するは恐らく不可なり。

一 分身(ふんじん)の諸仏は大地の上等

 問う、時衆(なお)空に居する、分身何ぞ地に処するや。

 答う、本尊抄に云く「迹仏(しゃくぶつ)迹土(しゃくど)を表する故なり」と云云。記の八本四十も之に同じ。

一 華厳(けごん)経の蓮華蔵(れんげぞう)

 此の下は次に今昔対弁、亦二有り。初めに昔を(えら)び、次に「是れ寿量品」の下は分身の()()を明かす。初めの昔を簡ぶに亦二有り。初めに別して釈し、次に総じて結す。

一 十方(じっぽう)此土(しど)の報仏・各各に国国等

 記の八本三十四に云く「彼の華厳経は(ただ)十方(たが)(しゅ)(はん)と為すと云うのみにして、(なお)伴は是れ仏の分身(ふんじん)と云わず。文中の諸品には(みな)諸の菩薩を集むと云いて、諸の仏を集むとは云わず」(取意)等云云。今即ち此の記文の意なり。

一 大日経・金剛(こんごう)(ちょう)経等

 大日経の八葉九尊、金剛頂経の三十七尊なり。(つぶさ)啓蒙(けいもう)(およ)び註中の如し。

 問う、御義口伝上巻に八葉九尊を明かして云く「東の方には阿閦(あしゅく)、南の葉には(ほう)(しょう)(ぶつ)、西の方には無量寿、北の方には不空(ふくう)成就仏」(新定二七四一)云云。是れ大日経の四仏に(あら)ずや、如何。

 答う、此れは是れ金剛頂の三十尊の中の四方の四仏なり。故に知んぬ、蓮師は両経の意を合して是れを(しゃく)するなり。

 問う、御義口伝に八葉九尊を引いて、以て当体蓮華を釈す。此の義如何(いかん)

 答う、啓運抄(けいうんしょう)第二・三十に云く「此の義は真言の心なり。当宗としては(これ)を用うべからず」云云。

 今(いわ)く、御義口伝の意は(ただ)是れ彼を借りて此れを(あらわ)すのみなり。五大院の菩提(ぼだい)(しん)()第一に云く「一切衆生の胸間の肉団(にくだん)()の形八分なり。此の八分を()て八葉の(はちす)と為す。上に九仏を開く」等云云。明匠(みょうしょう)口決(くけつ)第四・二十一に云云。御義口伝上に云く「此の胸の間なる八葉の蓮華を蓮華と名づけ、上なる九尊の体を妙法と云うなり。天台(てんだい)事相(じそう)とは()くの如く習うなり。是れ深秘(じんぴ)の法門なり。」(新定二七四一)等云云。(あに)彼を借りて此れを顕すに非ずや。録外二十三・四(新定二一三五)、又諫暁八幡抄二十七・二十四に云く「八葉は八幡(はちまん)・中台は教主釈尊なり」と云云。

一 総じて一切(いっさい)経の中に等

 此の下は総じて結するなり。

一 (是れ)()宝塔品(寿量品)()寿量品(遠序)の遠序なり

 此の下は二に分身(ふんじん)()()を明かすなり。

一 平等(びょうどう)意趣(いしゅ)

 「平等意趣」も亦四義を含む。

 一には字の平等、自他を仏と名づくること同じき故に。

 二には語の平等、微妙(みみょう)にして言語同じき故に。

 三には身の平等、色相(しきそう)荘厳(しょうごん)にして同じき故に。

 四には法の平等、諸仏の功徳同じき故に自他同じと云うなり。

 唱法華題目抄十一・四十四に云く「諸経には平等意趣をもつて他仏自仏と()なじと云えども、実には一仏に一切仏の功徳をおさ()めず今法華経は(乃至)十方世界の三身円満の諸仏をあつめて、皆釈迦一仏の分身と談ずる故に、一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆(おさ)まれり」文。

一 所化(しょけ)十方(じっぽう)充満(じゅうまん)

 啓運抄(けいうんしょう)三十一・九に「変化(へんげ)する所の分身(ふんじん)の仏なり」等云云。此の義は不可なり。(ただ)是れ所化(しょけ)の衆生なり。啓蒙(けいもう)の義は可なり。

一 分身(すで)に多し等

 玄の九・六十三に云く、此の次の文に云く「(はちす)て池に満つるの(たとえ)の如し」等云云。

           つづく


開目抄愚記下 目次



by johsei1129 | 2015-07-20 11:47 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 19日

観心本尊抄文段 上一六


一 ()れ一心に(じっ)法界(ぽうかい)()す等文

今此の所引に付文(ふもん)元意(がんい)あり。()し附文の辺は(ただ)是れ一念三千の出処(しゅっしょ)を示すなり。故に下の文に「出処(すで)之を聞く」等と云うなり。今付文に約して(しばら)く科目を立つ。故に一念三千の出処を示すと云うなり。

()し元意に准ぜば、(まさ)に観心本尊の依文と云うべきなり。(いわ)く、()文を開して即ち観心本尊の義を(じょう)ずる故なり。

若し此の辺に()いて以てその文を分かてば、此の文を二と()す。初めは釈、次に「乃至」の下は結。

初めの釈、(また)二と為す。初めに本尊、次に「此の三千」の下は観心。

初めの本尊の文に「()れ一心」と云うは、即ちこれ久遠(くおん)元初(がんじょ)自受用(じじゅゆう)(しん)の一念の心法なり。故に「一心」と云う。即ち是れ中央の南無妙法蓮華経なり。

「十法界を具す」等とは、即ち是れ左右の十界()()百界(ひゃっかい)千如(せんにょ)・三千世間なり。故に此の本尊の為体(ていたらく)は即ち是れ久遠元初の自受用身・(れん)()大聖人の(しん)()の十界三千の相貌(そうみょう)なり。

故に宗祖云く「此の曼荼羅(まんだら)()く能く信ぜさせ給うべし乃至日蓮がたまし()ひをすみ()()なが()して・かきて候ぞ乃至仏の御意(みこころ)は法華経なり日蓮が・たまし()ひは南無妙法蓮華経なり」云云。

次に観心の文に「此の三千・一念の心に()り」等と云うは、此の一念三千の本尊は全く余処(よそ)(ほか)に在ること無し。(ただ)我等衆生の信心の中に(おわしま)すが故に「此の三千・一念の心に在り」と云うなり。若し信心なくんば一念三千の本尊を具せず。故に「若し心無くんば()みなん」と云うなり。妙楽(みょうらく)云く「(しゅ)(じゃく)の一念には三千を具せず」とは是れなり。()し文上の(じゅく)(だつ)に取着して文底下種の信心無くんば、何ぞ此の本尊を具足(ぐそく)すべけんや。

(たと)えば水なき池には月の移らざるが如し。若し刹那(せつな)も信心あらば、即ち一念三千の本尊を具す。故に「()()も心有れば即ち三千を具す」と云うなり。譬えば水ある池には月便(すなわ)ち移るが如し。宗祖の所謂(いわゆる)「此の御本尊も(ただ)信心の二字にをさ()まれり」とは是れなり。学者(まさ)に知るべし、()し理に()って論ずれば法界に(あら)ざる無し。今、()()いて論ずれば信不信に依り、()不具(ふぐ)(すなわ)ち異るなり。当体義抄大旨(たいし)之を思い合すべし。

次に「乃至」の下は結、文に亦二あり。初めに本尊を結す。(いわ)く、自受(じじゅ)(ゆう)(しん)の一念の心法即ち是れ一念三千の本尊なり。故に「不可(ふか)思議(しぎ)(きょう)」と称するなり。不可思議境とは、即ち是れ妙境の異名(いみょう)なり。妙境とは即ち妙法蓮華経の本尊と云う事なり。

次に観心を結すとは、文に「(こころ)(ここ)()り」と云うは、若し一念の信心有らば即ち一念三千の本尊を具す。大師の深意(まさ)しく(ここ)に在り。故に「(こころ)(ここ)に在り」と云うなり。

問う、此の義、前代未聞(みもん)消釈(しょうしゃく)なり。誰か之を信ずべけんや。

答う、不相伝の(やから)は聞き得て驚くべし。御相伝の家には(あお)いで此の旨を信ずるのみ。

血脈抄の中の開教顕観の口伝(くでん)に云く「(かん)(ぎょう)()(かん)の一念三千を(かい)して名字(みょうじ)事行の一念三千を(あらわ)す、大師の深意(じんい)・釈尊の慈悲(じひ)・上行所伝の秘曲(ひごく)(これ)なり」云云。

問う、日我の抄に云く「()の釈の『一心』とは中央の題目なり。(じっ)法界(ぽうかい)』とは列座の十界の(しょう)(しゅう)なり。『此の三千・一念の心に在り』とは、一念(しん)()とは即ち是れ本門立行の(はじめ)の日蓮の一念なり。『若し心無くんば』とは非情(ひじょう)の草木、『()()も心あらば』とは有情(うじょう)界なり」云云。此の如何(いかん)

答う、彼の抄は観心の二字を以て地涌(じゆ)の境智に約す。故に「此の三千・一念の心に在り」の文を以て蓮師の一念に約するなり。故に「有心無心」の消釈(しょうしゃく)(はなは)だ以て(おだ)やかならざるなり。

          つづく

上巻 目次



by johsei1129 | 2015-07-19 21:25 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 19日

母の骨は子の骨なり<中略>母と子と倶に霊山浄土へ参り給うべし、と称えた【光日上人御返事】

【光日上人御返事】
■出筆時期:弘安四年(1281)八月八日 六十歳御作。
■出筆場所:身延山中 館にて。
■出筆の経緯:光日上人は大聖人と同じ安房国・天津(あまつ)に住んでいた女性信徒で光日房と称されていた。光日房は子息の弥四郎が最初に大聖人様に帰依、その弥四郎の勧めで入信し、生涯大聖人に帰依し続けた強信徒であった。
建治二年に、佐渡ご赦免から三度目の国家諌暁、身延入山までの本仏としての振る舞を詳細に記した 「光日房御書」をはじめ、少なくとも四通の御書を送られていることが確認されている。
本書では、亡くなった弥四郎の勧めで法華経を信じたのであるから、「子の肉は母の肉・母の骨は子の骨なり<中略>母と子と倶に霊山浄土へ参り給うべし」と励まされておられます。
■ご真筆:身延久遠寺に存在したが明治八年の大火で焼失。

[光日上人御返事 本文]

法華経二の巻に云く「其の人命終して阿鼻獄に入らん云云。阿鼻地獄と申すは天竺の言・唐土・日本には無間と申す、無間はひまなしとかけり。一百三十六の地獄の中に一百三十五はひま候、十二時の中にあつけれども又すずしき事もありたへがたけれども又ゆるくなる時もあり、此の無間地獄と申すは十二時に一時かた時も大苦ならざる事はなし故に無間地獄と申す。此の地獄は此の我等が居て候大地の底・二万由旬をすぎて最下の処なり、此れ世間の法にもかろき物は上に、重き物は下にあり、大地の上には水あり地よりも水かろし、水の上には火あり水よりも火かろし、火の上に風あり火よりも風かろし、風の上に空あり風よりも空かろし、人をも此の四大を以て造れり悪人は風と火と先ず去り、地と水と留まる故に人死して後重きは地獄へ堕つる相なり、善人は地と水と先ず去り風火留る重き物は去りぬ軽き物は留まる故に軽し人天へ生まるる相なり、地獄の相重きが中の重きは無間地獄の相なり、彼の無間地獄は縦横二万由旬なり八方は八万由旬なり、彼の地獄に堕つる人人は一人の身大にして八万由旬なり多人も又此くの如し、身のやはらかなる事綿の如し火のこわき事は大風の焼亡の如し鉄の火の如し、詮を取つて申さば我が身より火の出ずる事十三あり。

二の火あり足より出でて頂をとをる・又二の火あり頂より出でて足をとほる・又二の火あり背より入りて胸より出ず・又二の火あり胸より入りて背へ出ず・又二の火あり左の脇より入りて右の脇へ出ず・又二の火あり右の脇より入りて左の脇へ出ず・亦一の火あり首より下に向いて雲の山を巻くが如くして下る、此の地獄の罪人の身は枯れたる草を焼くが如し東西南北に走れども逃去(にげさる)所なし、他の苦は且らく之を置く大火の一苦なり此の大地獄の大苦を仏委しく説き給うならば我等衆生聞いて皆死べし故に仏委しくは説き給う事なしと見えて候。

今日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人人は皆此の地獄へ堕ちさせ給うべし。されども一人として堕つべしとはおぼさず。例せば此の弘安四年五月以前には、日本の上下万人一人も蒙古の責めにあふべしともおぼさざりしを日本国に只日蓮一人計りかかる事・此の国に出来すべしとしる。

其の時日本国の四十五億八万九千六百五十八人の一切衆生・一人もなく他国に責められさせ給いて、其の大苦は譬へばほうろく(焙烙)と申す釜に水を入れてざつこ(雑魚)と申す小魚をあまた入れて枯れたるしば(柴)木をたかむが如くなるべしと申せば、あらおそろし・いまいまし・打ちはれ所を追へ流せ殺せ信ぜん人人をば田はたを・とれ財を奪へ所領をめせと申せしかども、此の五月よりは大蒙古の責めに値いてあきれ迷ふ程にさもやと思う人人もあるやらん、にがにがしうして・せめたくはなけれども有る事なればあたりたり・あたりたり、日蓮が申せし事はあたりたり・ばけ物のもの申す様にこそ候めれ。

去る承久の合戦に隠岐の法皇の御前にして京の二位殿なんどと申せし、何もしらぬ女房等の集りて王を勧め奉り、戦(いくさ)を起して義時に責められ・あはて給いしが如し、今今御覧ぜよ法華経誹謗の科と云ひ日蓮をいやしみし罰と申し経と仏と僧との三宝誹謗の大科によつて現生には此の国に修羅道を移し、後生には無間地獄へ行き給うべし。此れ又偏に弘法・慈覚・智証等の三大師の法華経誹謗の科と達磨・善導・律僧等の一乗誹謗の科と此れ等の人人を結構せさせ給う国主の科と、国を思ひ生処を忍びて兼て勘へ告げ示すを用いずして還つて怨をなす大科、先例を思へば呉王・夫差の伍子胥が諌を用いずして越王・勾践にほろぼされ、殷の紂王が比干(ひかん)が言をあなづりて周の武王に責められしが如し。

而るに光日尼御前はいかなる宿習にて法華経をば御信用ありけるぞ。又故弥四郎殿が信じて候しかば子の勧めか此の功徳空しからざれば、子と倶に霊山浄土へ参り合せ給わん事疑いなかるべし。烏竜(おりゅう)と云いし者は法華経を謗じて地獄に堕ちたりしかども其の子に遺竜と云いし者・法華経を書きて供養せしかば親・仏に成りぬ。又妙荘厳王は悪王なりしかども御子の浄蔵・浄眼に導かれて娑羅樹王仏と成らせ給う。

其の故は子の肉は母の肉・母の骨は子の骨なり。松栄(さかう)れば柏悦ぶ芝かるれば蘭なく、情無き草木すら友の喜び友の歎き一つなり、何に況や親と子との契り胎内に宿して九月を経て生み落し数年まで養ひき。彼にになはれ彼にとぶらはれんと思いしに彼をとぶらふうらめしさ、彼如何(いかん)があらんと思うこころぐるしさ・いかにせん・いかにせん、子を思う金鳥は火の中に入りにき、子を思いし貧女は恒河(ごうが)に沈みき、彼の金鳥は今の弥勒菩薩なり彼の河に沈みし女人は大梵天王と生まれ給えり、何に況や今の光日上人は子を思うあまりに法華経の行者と成り給ふ。母と子と倶に霊山浄土へ参り給うべし、其の時御対面いかにうれしかるべき・いかにうれしかるべき、恐恐。

八月八日                       日 蓮 花押
光日上人御返事

by johsei1129 | 2015-07-19 20:36 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 19日

開目抄愚記 下一  事の一念三千とは、即ち是れ本門の本尊なり

開目抄下愚記本

第二十八段 起後(きご)の宝塔の義を明かす

一 (しか)れども霊山(りょうぜん)日浅くして等

 此の下は本門、(また)二有り。初めに正しく明かし、次に「此の過去常」の下は脱益(だっちゃく)の三徳を明かす。初めの正しく明かすに亦二有り。初めに序分、次に「仏此の疑に答えて」の下は正しく説く。初めの序分に亦二有り。初めに遠序(おんじょ)、次に「其の上に」の下は(ごん)()。初めの遠序に亦二有り。初めに略して分身の儀式を示し、次に「華厳」の下は今昔(こんじゃく)対弁(たいべん)

「霊山日浅くして」とは、八年の中にも始めなるが故なり。(しこう)して後の本門を望む意を含むなり。

一 証前(しょうぜん)宝塔(ほうとう)の上に等

  問う、証前・起後(きご)の中に(ぼう)(しょう)有りや。

  答う、起後の本門は是れ正意(しょうい)なり。何となれば、(すで)三周(さんしゅう)を説き(おわ)って後、宝塔(ほうとう)(ここ)()(げん)す。故に知んぬ、正しく後の本門を起こさんが為なり。(いわん)(さつ)(うん)経に准ずるに、多宝は正しく寿量品を()うるをや。故に文八三十一に薩雲経を引いて云く「仏、法華の無央()()()を説きたまう時に、七宝の塔あって地より()(しゅつ)す。釈尊を(たん)じて言いたまわく、我(ことさら)(きた)って供養す。願わくは我が金床に坐し、更に我が(ため)薩雲(さつうん)分陀(ふんだ)()を説きたまえと。即ち是れ三周を説いて更に寿量を(しょう)ずるなり」と文。

  問う、迹本の証明に(ぼう)(しょう)有りや。

  答う、本門は正意なり。故に文六四十九に云く「迹門の近事(ごんじ)を説いては(いま)だ古証を用いず。()し本門の遠事(おんじ)を説くには、必ず(すべから)く先ず昔を証とすべし」と文。

  問う、在滅の中に傍正有りや。

  答う、別して滅後と為すなり。(つぶさ)取要抄()の如し云云。

  (いま)元意を示さば、其の熟脱の迹本二門を証するを通じて証前迹門と名づけ、文底下種の要法を引き起すを、正しく起後本門と名づくるなり。(ここ)に文底下種の本門を引き起こすは、(ここ)に文底下種の本門を証せんが(ため)なり云云。

一 十方(じっぽう)の諸仏・来集(らいじゅう)せる等

  問う、釈尊の(ほか)、別仏有りや。若し有りといわば、既に十方の諸仏は皆我が分身(ふんしん)といい、()し無しといわば、既に(げん)(もん)第七に()(げん)経及び神力(じんりき)品を引いて更に余仏あることを明かす。如何(いかん)

  答う、一義に云く、十方等というと(いえど)も、十方を(つく)すの義に(あら)ず。是れ経文に准ずる故に十方というと。(いわ)く、経に云く「我が分身の諸仏、十方世界に(ましま)又云十方(おのおの)(もろもろ)の菩薩に告げん」と。又云く「十方の諸仏(みな)(ことごと)く来集して」等云云。

  今謂く、本門の意に()って(かえ)って此の義を判ずるに、寿量の顕本(けんぽん)(すなわ)ち二意有り。()し文上の顕本(けんほん)は、久遠実成の本果の釈尊を以て本仏と()す。故に釈尊の外にも亦余仏有り。若し文底の顕本は、久遠元初の自受(じじゅ)(ゆう)(しん)を以て本仏と為す。故に(ただ)是れ自受用身の一仏なり。是れ容易の義に(あら)ざる故に今(しばら)く是れを略す。彼の玄文の三世料簡(りょうけん)の中の初めに略して立つる中は、是れ文底の顕本に()るなり。次に問答料簡の下は、文上の顕本の意なり。宗祖の日眼女抄興師(こうし)の五重円等、是れを思い合わすべし。

  問う、分身(ふんしん)来集(らいじゅう)証前(しょうぜん)起後(きご)有りや。

  答う、実に所問の如し。今元意を示さん。証前の来集は、迹門の(じゅく)(やく)・本門の脱益(だっちゃく)(じょう)ぜんが為なり。起後の来集は、久遠本因(ほんにん)(みょう)の受持、信心の内証を引き起こさんが為なり。(さき)に准じて知るべし。

一 宝塔(ほうとう)虚空(こくう)

 問う、何事を(ひょう)するや。

 答う、因果国の三妙を表するなり。謂く、宝塔虚空は本国土妙を表し、釈迦・多宝(たほう)・分身は本果の(さん)(じん)を表し、人天大会(たいえ)は本因の九界を表するなり。此の三妙即ち事の一念三千なり。事の一念三千とは、即ち是れ本門の本尊なり。故に新尼抄に云く「今()の御本尊は(乃至)宝塔品より事をこり」と云云。

            つづく
開目抄愚記下 目次



by johsei1129 | 2015-07-19 12:48 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 18日

観心本尊抄文段 上一五

   

  第一段 一念三千の出処を明かす

一 摩訶止(まかし)(かん)第五等

当抄入文、大に三段と()す。

第一に一念三千の出処(しゅっしょ)を示す。第二に「問うて曰く、出処」の下は(まさ)しく観心本尊を明かす。第三に「一念三千を識らざる者には」の下は総結。

第一に一念三千の出処を示す文を、(わか)ちて二と為す。初めに正しく示し、次に「問うて曰く百界」の下は、一念三千は情・非情(ひじょう)(わた)るを明かす。

初めの正しく示すに(また)三と為す。初めに止観第五正観章の文を出し、次に「問うて云く玄義」の下は玄文並びに止観の(さき)の四に一念三千を明かさざるを示し、三に「夫れ智者」の下は結歎(けったん)。初めの止観の第五正観章の文を出すに、先ず開結(かいけつ)()し、後に異本を示す。

一 世間と(にょ)()と一なり開合の異なり

此の文は先ず開釈(かいしゃく)結成(けつじょう)の二文を会するなり。文の意は止観(しかん)第五に一念三千を明かす文に(また)二筋あり。(いわ)く、初め開釈の中の意は百界は(のう)()、世間は(しょ)()、世間は能具、如是は所具なり。故に百界・三百世間・三千如是と成るなり。

次に結成(けつじょう)の中の意は百界は能具、如是は所具、如是は能具、世間は所具なり。故に百界・千如・三千世間と成るなり。(しか)るに開釈の中に如是に約して法数を成ずる時も、(ただ)是れ三千なり。結成の中に世間に約して法数を成ずる時も、唯是れ三千なり。故に「世間と如是と一なり」と云うなり。(ただ)し開釈の中には世間を合して三百と()し、如是を開して三千と為す。若し結成の中には如是を合して千如と為し、世間を開して三千と為す。(ただ)此れ開合の異のみにして三千は別ならず。故に「開合の異なり」と云うなり。

問う、大師は一念三千を明かすこと、(まさ)しく今経の十如の文に()る。故に(まさ)に如是に約して数量を結すべし。何ぞ結成の中に至って世間に約してこれを結するや。

答う、迹門には(いま)だ国土世間を明かさず。故に一念三千その義を(つく)すに(あら)ざるなり。正しく本門に至って十界久遠の上に国土世間(すで)(あらわ)る。故に大師は迹門を以て(おもて)()、本門を以て裹と為して一念三千其の義を尽すなり。故に開釈(かいしゃく)の中には迹門の文に()って数量を(じょう)じ、結成(けつじょう)の中には本門の意に依って法数を成ずるなり。

問う、止追加の義に云く「開釈・結成(とも)に十如に約す。而して結成の中に十如を世間と名づくることは、(もと)三世間(おのおの)十如を具す。故に其の本に従って世間と名づくるなり。是れ(すなわ)ち一念三千は正しく法華の十如に依る。何ぞ余文に()って数量を成ぜんや」と云云。此の如何(いかん)

答えて云く、十章抄に云く「止観に十章あり。(さき)の六重は(みょう)()、迹門の意、第七の正観は本門の意なり。一念三千の出処は(りゃっ)(かい)(さん)の十如実相なれども義分は本門に限る」(取意)等云云。

四吾釈迦仏供養抄()に云く「一念三千の法門と申すは三種の世間よりをこれり」等云云。

(にち)(おん)(いか)んぞ此の文を引いて和会(わえ)せざるや。

問う、妙境要義に云く「開釈は法華に()る、故に十如に約す。結成は涅槃(ねはん)大論に依る、故に世間に約す」等云云。此の義如何。

答う、此の義は大旨(たいし)を失するなり。

問う、朝抄の一義に云く「正釈(しょうしゃく)は迹門の意。結成は本門の(ずい)(えん)()(えん)の義なり」と云云。

今謂く、本迹は然るべし。随縁事円は今に()っては便ならざるか。

問う、(にち)()の抄に云く「十如は開なり、三世間は合なり。又合すれば十如、開すれば三世間なり。又十如を離れて三世間無く、三世間を離れて十如(これ)無し。故に一と云うなり」と云云。

問う、日忠の抄に云く「玄文は(にょ)に約して法数を成じ、止観(しかん)は界に約して三千を成ず。然れども()れは(ただ)同意なり。開する時は三千種の世間なり、合する時は一箇の(にょ)()に収まるなり」と云云。

(いわ)く、日我の抄・日忠の抄、(おのおの)分明(ふんみょう)ならざるか。其の(ほか)之を略す云云。


                  つづく

上巻 目次



by johsei1129 | 2015-07-18 22:28 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)