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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 05月 17日

開目抄愚記 上十一

第十一段 一仏二言難信の相

一 法華経の現文(げんもん)

この下は(しゃく)、二あり。初めに権迹相対、次に「二には教主」の下は本迹相対なり。初めの権迹相対の文を分ちて三と為す。初めに正しく明かし、次に「(ただ)在世は」の下十九は滅後の難信、三に「此の法門は迹門と()(ぜん)と相対して」の下は結なり。初めの正しく明かすにまた二あり。初めに列名(れつみょう)略示(りゃくじ)、次に「()の故は仏」の下は広く一仏二言難信の相を明かす。

一 此等の人人等

  次上は列名なり。この下は略して難信を示すなり。

一 其の故は(ぶつ)()(そん)

  この下は広く明かす。また三あり。()ず一仏実語の人なることを示し、次に「()の大人」の下は二言(にごん)相違を明かし、三に「(しか)るを後八年」の下は難信の相を示すなり。二言相違を明かす中に先ず迹門の意を挙げ、次に()(ぜん)の文を引く。

 

第十二段 爾前の(よう)不成仏の文を引く

一 (しか)れども爾前の諸経等

この下は爾前の永不成仏の七文を引く。第一に華厳(けごん)、第二の大集経、第三に維摩(ゆいま)経、第四に(ほう)(どう)陀羅尼(だらに)経、第五に大品(だいぼん)般若(はんにゃ)経、第六に首楞(しゅりょう)(ごん)経、第七に浄名(じょうみょう)経なり。

一 大方(だいほう)広仏(こうぶつ)

八十の華厳第五十一、如来出現品第三十七の二の文なり。華厳疏抄五十一・四十紙に経文を()せたり、註中所引の如し。これを以て釈の意を知るべきなり。

一 大集経

第二に大集経第十八巻、不可説菩薩品の第八・十七の文なり。「必ず死して()きず」とは本経に云く「必ず死して治せず」と云云。「(また)()くの如き」とは本経に「亦是くの如し」と云云。

一 二百五十戒。

朝抄(ちょうしょう)二・十七、三蔵法(さんぞうほっ)(すう)十二・二十六に云く「二百五十戒(おのおの)四威儀あり。故に一千を成じて三世に約す。故に即ち三千を成ずるなり」と。

一 ()(じょう)無漏(むろ)

根本()(ぜん)とは地々愛味を生ずる故なり。根本(じょう)(ぜん)とは六妙門十六特勝通明禅なり。無漏(むろ)(ぜん)とは(かん)(れん)(くん)(じゅ)なり云云。

一 阿含(あごん)経をきわめ

  阿含経を(きわ)むれば即ちこれ智慧なり。故に(かい)定慧(じょうえ)の三学なり。

一 第三(維摩)経等

第三に維摩経中十六の文なり。これ(すなわ)()()(そく)支謙(しけん)所訳の本なり。意(おだ)やかならず云云。若し什師(じゅうし)所訳の維摩経は第七・四紙に出でたり云云。

一 塵労(じんろう)(ともがら) 

貪瞋癡(とんじんち)を指して「塵労(じんろう)」と名づくるなり。塵はこれ六塵、労はこれ労倦(ろうけん)なり。塵に()って労を成ず。故に塵労と名づく。また塵はこれ(じん)(せん)、労はこれ労苦なり。染心(ごん)()す。故に塵労と名づく。即ちこれ依主(えしゅ)持業(じごう)の両釈なり。「(ともがら)」はまた「(ともがら)」に作る。楚辞(そじ)王逸(おういつ)が註に云く「二人を(ともがら)と為し、四人を儔と為す。通じて疇に作る」と云云。

                     つづく


開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-17 21:57 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 15日

開目抄愚記 上十

第十段 権迹(ごんしゃく)相対して判ず


一 (ここ)()愚見を等

  この下は大意に(じゅん)ずれば(すなわ)(ただ)これ権迹相対、迹門真実なり。()しその文を(わか)たばこの下は難信を以て真実を(あらわ)す文なり。(わか)ちて三と()す。初めに(ひょう)、次に「法華」の下は(しゃく)、三に「されば法相(ほっそう)宗」の下は(びゅう)()を挙げて難信を結す云云。

一 二乗(にじょう)作仏(さぶつ)久遠(くおん)(じつ)(じょう )

 此に至って標章なり。(おのずか)ら二義を標す云云。天台(てんだい)大師の文八・十五に云く「二門(ことごと)く昔と反すれば信じ難く、()し難し。(ほこさき)に当るの難事なり」と云云。

 蓮祖、本尊抄八・三に云く「其の教門の難信難解とは一仏の所説に(おい)()(ぜん)の諸経には二乗闡提(せんだい)・未来に永く成仏せず、教主釈尊始めて正覚を成じ法華経迹本二門の来至(らいし)し給い彼の二説を(やぶ)る、一仏二言水火なり誰人(だれびと)(これ)を信ぜん」等云云。
 (まさ)に知るべし、難信難解とは(もと)法師(ほっし)・宝塔の二文に出でたり。故に本尊抄八・十二に云く「経に云く『()(こん)(とう)(せつ)最も()れ信じ難く解し難し』と。次下の『六難()()(これ)なり」(取意)と云云。これ(すなわ)ち三説超過(ちょうか)の一箇の難信難解を開して六難と立て、三説の諸経の易信易解を開して九易と立つるなり。故に知んぬ、法師・宝塔の二文は、(ただ)これ開合の異なることを。故に、(ただ)法華経を指して難信難解と名づくるなり。序品の二聖問答の時、文殊(もんじゅ)四答を(かま)うる中の第二の略曽(りゃくぞう)(けん)(とう)の下に云く「一切世間の難信の法と云云。これもまた法華を指すなり。安楽行品に()()に約す時「此の難信の(たま)、久遠の髻中(けいちゅう)」と云云。法体(ほったい)に約す時「一切世間に(あだ)多くして信じ難し」と云云。並びに法華を指すなり。

  問う、(なん)ぞ法華を以て難信難解と名づくるや。

  答う、竜樹(りゅうじゅ)菩薩の大論一百・十七に云く「(たと)えば大薬師の()く毒を以て薬と為すが如し」等云云。天台大師云く「二門(ことごと)く昔と反すれば信じ難く、()し難し」等云云。宗祖云く「一仏二言水火なり誰人か(これ)を信ぜん」等云云。伝教大師の秀句下八に云く「この法華経は最も()れ難信難解なり。(ずい)自意(じい)の故に」と文。

  随自意とは、若し(けん)()愚子(ぐし)の意に随うが如きはこれ(ずい)他意(たい)なり。故に下地(げじ)(いえど)も、信じ易く解し易し。若し愚子の賢父の意に随うが如きはこれ随自意なり。故に下地に於て信じ難く解し難きなり云云。これ宗祖の(たとえ)の意なり。

  問う、難信難解の法門は但法華に限るや。(はた)一代に通ずるや。

  答う、法華に限るなり。(しか)りと(いえど)も、(およ)そ一義を(しょう)するに皆一代を(きわ)む。その始末(しまつ)の故に(あるい)は一代に通じてこれを(しゃく)し、以て法華の難信難解を(あらわ)すなり。 

  故に難信難解抄十七・三十五に云く「日蓮読んで云く外道の経は()(しん)易解・小乗経は難信難解・小乗経は易信易解・大日経等は難信難解・大日経等は易信易解・般若(はんにゃ)経は難信難解なり・般若と華厳(けごん)と・華厳と涅槃(ねはん)と・涅槃と法華と・迹門と本門と・重重の難易あり」等云云。

  問う、()(しか)らば蓮師の意は(きわ)めてこれを論ずれば、(ただ)本門を以て難信難解と為すや。

  答う、実に所問の如し。故に本尊抄八・十九に云く「又迹門並びに(ぜん)四味(しみ)・無量義経・涅槃経等の三説は(ことごと)く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり」と云云。

  問う、重々の難易を知って(いか)なる(せん)ありや。

  答う、(ぶつ)()に随順して以て宗旨を立て、深法を信行して仏果を()すること等、この法門に過ぎざる故なり。

  秀句(しゅうく)下二十四に云く「浅きは(やす)く深きは難しとは、釈迦の所判(しょはん)なり。浅きを去って深きに()くは丈夫(じょうぶ)の心なり。天台大師は釈迦に信順して法華宗を助く」等云云。難信難解抄に云く「生死(しょうじ)長夜(ちょうや)を照す大燈(だいとう)元品(がんぽん)無明(むみょう)を切る利剣は此の法門に()ぎざるか」等云云。(まさ)に知るべし、今二乗(にじょう)作仏(さぶつ)というはこれ迹門の難信を標し、久遠(くおん)(じつ)(じょう)というはこれ本門の難信を標するなり。

                つづく


開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-15 22:17 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 12日

皆の御心は水の如し、信の弱気は濁る如し、信心の潔き良きは澄めるが如し、と説いた【日厳尼御前御返事】

【日厳尼御前御返事】
■出筆時期:弘安三年(1280)十一月二十九日 五十九歳 御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄を送られた日厳尼は日興上人の叔母の夫である強信徒、高橋六郎兵衛入道と縁ある信徒と思われるます。
 本抄は、日厳尼が銭一貫文を供養して願い事の書を大聖人に送られたことへの返書となっております。大聖人は願書は法華経の御宝前及び日月天に確かに申し上げたことを報告するとともに、「叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず」と諭され人任せの信心を厳しく戒められております。また仏法は呪いではなく「水すめば月うつる風ふけば木ゆるぐごとく」の様にあくまで道理であることをわかりやすい譬えで説明し、極めて短い文の中に仏法の本質を示す書となっております。
■ご真筆: 現存しておりません。

[日厳尼御前御返事 本文]

 尼日厳の立て申す立願の願書並びに御布施の銭一貫文、又たふかたびら(太布帷子)一つ、法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ候い畢んぬ。
 其の上は私に計(ばか)り申すに及ばず候。叶ひ叶はぬは御信心により候べし、全く日蓮がとがにあらず。
 水すめば月うつる、風ふけば木ゆるぐごとく、みなの御心は水のごとし、信のよはきはにごるがごとし。信心のいさぎよきは、すめるがごとし。
 木は道理のごとし、風のゆるがすは経文をよむがごとし、とをぼしめせ。恐恐。
      
 十一月二十九日       日 蓮  花 押
  日厳尼御前御返事





by johsei1129 | 2015-05-12 22:44 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 12日

開目抄愚記 上九

第七段 一念三千の数量に寄せて諸宗を(えら)

一 一念三千は十界

この下は次に広く諸宗を(えら)ぶ。また二あり。初めに数量に寄せて簡び、次には「仏教(また)かくのごとし」の下は、伝来に寄せて(えら)ぶ。初めにまた二あり。初めに通じて五宗の一念三千を知らざるを明かし、次に「(しか)るを律」の下は別して(じょう)・律二宗の大乗の義を盗むを破するに二あり。初めに正破(しょうは)、次に例を引くに(おのずか)ら二あり。初めに外道、次に外典(げてん)、また二あり。初めに正例、次に文証を引く。止観五・百十六

一 更に道士に(おっ)(さい)

甫註(ほちゅう)十三・四十五、僧祇(そうぎ)(りつ)に云く「(しゃ)()に人有り、食前には沙門(しゃもん)(ひょう)()を着し、聚落(しゅうらく)に入って(こつ)(じき)す。食後には外道の(ひょう)()を着し、林中に入る。仏(のたまわ)く、この越済の人、外道を捨てて沙門に入り、沙門を捨てて外道に入る」と云云。「表幟」は即ち袈裟(けさ)なり。(そう)要記(ようき)に云く「済とは跡なり、此の二路を越す、故に越済(おっさい)と云う」と文。()に云く「済とは道なり」と云云。

一 仏法の義を以て(ぬす)んで邪典に()き文。

 統紀三十八・二に、沙門(しゃもん)智稜(ちりょう)還俗(げんぞく)して仏教を引いて道教を釈し、現罰頓死(とんし)の事あり。()いて見よ。

一 (えい)元嵩(げんすう)等が如し

  ()五下八十一、続僧伝三十五・五、甫註十二・十四に周の武帝の事云云。


 第八段 漢土に仏法伝来

一 仏教(また)かくのごとし

 次に伝来に寄せて(えら)ぶ、また二あり。初めに漢土(かんど)、次に本朝。初めの漢土に三あり。初めに天台の弘化、次に「()の後・法相」の下は諸師の帰伏(きぶく)、三に「華厳(けごん)」の下は二宗の盗台を破す。諸師の帰伏とは敵対の法相師すら(なお)帰伏す、(いわん)や自余の宗々をや。

 第九段 本朝に仏法伝来

一 日本・朝我(我朝)

  次に本朝、三あり。初めに伝教(でんぎょう)の弘化、次に「伝教」の下は諸宗の帰伏、三に「(また)其の後や()やく」の下は天台の末学を破するなり。「天台(てんだい)の深義」とは即ち一念三千なり。

一 ()の邪宗をたすく

  安然(あんねん)は禅宗を(たす)け、恵心は浄土を扶けたり。第五・十四


             つづく


by johsei1129 | 2015-05-12 22:31 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 12日

開目抄愚記 上八

第六段 文底(もんてい)真実を判ず

一 但し此の経等

第三(しゅ)(だつ)相対の文底真実の文、分ちて二と為す。初めに正釈、次に「一念三千は十界」の下は広く諸宗を(えら)ぶ。初めの正釈に二あり。初めに略して(じゅく)(だつ)の三千を明かして諸宗を簡ぶ。次に「一念」の下は正しく下種の三千を明かし、正像未弘(みぐ)を示す。

文に「二十の大事」とは、異本に「二()の大事」と云云。末師(まっし)皆「二十の大事」を以て正と為す云云。今(いわ)く「二十の大事」とは(おそ)らくは文に便(よろ)しからざる故に「二箇の大事」を以て(まさ)に正と為すべきなり。言う所の二箇の大事とは即ちこれ迹門熟益(じゅくやく)の理の一念三千・本門脱益(だっちゃく)の事の一念三千なり。故に二箇の大事というなり。この一念三千を倶舍(くしゃ)等の五宗は名目(みょうもく)をも知らず。華厳(けごん)・真言の二宗は、(ひそか)に盗んで自宗の骨目(こゆもく)となすなり。

()くの如く熟脱の本迹、事理(こと)なりと(いえど)も、一代応仏(おうぶつ)(いき)をひかえたる方は、理の上の法相(ほっそう)なれば一部(とも)に理の一念三千なり。故に脱益の本門を事の一念三千と名づくと雖も、これ真の事の一念三千に非ず。真の事の一念三千の法門・久遠下種の名字(みょうじ)の妙法は、一代経の中には(ただ)法華経、法華経の中には但本門寿量品、本門寿量品の中には但文底に秘沈(ひちん)するなり。故に「一念三千文底秘沈」というなり。此くの如き事理の三千は、竜樹(りゅうじゅ)(てん)(じん)は知ってしかも(いま)だ弘めず、天台(てんだい)智者は(ただ)理具を弘め、未だ事行を弘めざる故に「これをいだ()けり」というなり。

本尊抄八・三十六に云く「像法の中末に観音(かんのん)(やく)(おう)南岳(なんがく)・天台等と示現(じげん)し出現して迹門を以て(おもて)()し本門を以て裏と為して百界千如・一念三千其の義を(つく)せり、但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く(これ)(ぎょう)ぜず」と云云。この文の(こころ)()くこれを思うべし。略して文相を(しょう)(おわ)んぬ云云。

問う、(じゅく)(だつ)の三千を()げて諸宗を(えら)(こころ)如何(いかん)

答う、(ただ)天台のみこの法門を得たまうことを(あらわ)すなり。
 問う、下種の三千を挙げて正像未弘を示す(こころ)、如何。

答う、末法流布の大白法なることを顕すなり。(まさ)に知るべし、蓮祖はこれ文底下種の法華経の行者(ぎょうじゃ)なり。故に今、()(しょ)()法体(ほったい)を示し、次に広くその事を明かすなり云云。学者深く(しん)()に染めてこれを思え。また本尊抄八・十四云云。

問う、(しゅ)(だつ)相対は(じん)(じん)の秘法なり。故に浅きより深きに至って(まさ)に第五に明かすべし。即ち本尊抄の次第の如し。今何ぞ第三にこれを明かすや。

答う、今、次上の義の便(よろ)しきを受けて即ち(ここ)にこれを明かすなり。所謂(いわゆる)(つつし)んで釈迦・多宝(たほう)十方(じっぽう)分身の御本意を案ずるに、(ただ)(まさ)しく文底下種の妙法に()り。故に(みょう)(らく)(せん)一末十二に云く「方便品の初めに近くは五仏の権実を(たん)ずと(いえど)も、(こころ)は実に(ひそか)に師弟の長遠(ちょうおん)を歎ず」と云云。師弟は即ちこれ本因・本果なり。近くは脱家(だっけ)の本因・本果を()し、遠くは種家(しゅけ)の本因・本果を歎ずるなり。種家の本因・本果とは久遠(くおん)名字(みょうじ)の妙法・事の一念三千なり云云。

(りゃっ)(かい)の始めすら(なお)(しか)なり。後々(のちのち)(じゅん)じて知るべし。故に知んぬ、釈尊の「久遠真実」の金言(きんげん)、多宝の「(かい)()真実」の証明、分身諸仏の(こう)(ちょう)舌相(ぜっそう)、実に本意を尋ぬれば、(もっぱ)ら文底下種の妙法に在ることを。故に下山抄二十六・四十四に云く「実には釈迦・多宝・十方の諸仏・寿量品の肝要(かんよう)たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為なりと(いだ)し給う(こう)(ちょう)(ぜつ)なり」と云云。この中の「寿量品の肝要」とは、肝要即ちこれ文底なり。文底は即ちこれ肝要なり。故に肝要・文底は眼目(げんもく)の異名なるのみ。(すで)に三仏の本意は実に文底下種の妙法に在り。故に今、次上の義の便(よろ)しきを受けて即ち(ここ)にこれを明かすなり。

(まさ)に知るべし、文は第三に明かすと雖も、義は必ず第五に在り。故に、「(ただ)法華経の本門・寿量品の文の底」というなり。「但法華経」の一句は即ち二意を含む。一には一経三段、(ごん)(じつ)相対の第二なり。二には迹門三段、即ち権迹相対の第三なり。(まさ)に順逆を以てこの二意を知るべし。「本門・寿量品」とは本門の三段、本迹相対の第四なり。「文底秘沈(ひちん)」は即ち文底に三段、(しゅ)(だつ)相対の第五なり。(あに)浅きより深きに至る次第、(たが)わざるに(あら)ずや。

一 文底秘沈(文の底にしづめたり)

問う、これ(いず)れの文と()んや。 

答う、他流の古抄に多くの義勢あり。

一に(いわ)く「如来(にょらい)如実(にょじつ)知見(ちけん)」等の文なり。この文は能知見を説くと雖も、(しか)も文底に所知見の三千あるが故なりと云云。

二に謂く「()(こう)良薬(ろうやく)」の文なり。これ則ち良薬の体、これ妙法の一念三千なるが故なりと。

三に謂く「如来(にょらい)秘密(ひみつ)神通之力(じんつうしりき)」の文なり。これ(すなわ)ち、文の(おもて)は本地相即の三身を説くと雖も、文底に即ち法体(ほったい)の一念三千を含むが故なりと。

四に謂く、(ただ)寿量品の題号の妙法なり。これ則ち本尊抄に「一念三千の珠を(つつ)む」(取意)というが故なりと。

五に謂く、通じて寿量一品の文を()す。これ則ち発迹(ほっしゃく)顕本(けんぽん)の上に一念三千を(あらわ)すが故なりと。

六に謂く「然我実(ねんがじつ)成仏已来(いらい)」の文なり。これ則ち秘法抄にこの文を引いて(まさ)しく一念三千を証し、御義口伝に事の一念三千に約してこの文を釈する故なりと云云。

今謂く、諸説皆これ人情なり。何ぞ聖旨に(かかわ)らん。

問う、正義は如何(いかん)

答う、これはこれ当流一大事に秘要なり。(しか)りと(いえど)も、今一言を以てこれを示さん。謂く、御相伝に云く本因(ほんにん)(みょう)の文なり云云。()し文上を論ぜば(ただ)住上に在り。故に「寿命(じゅみょう)未尽(みじん)」というなり。若し住上に(あら)ずんば、(なん)(じょう)寿(じゅ)を得ん。故に大師、この文を釈して「初住に登る時、(すで)に常寿を得たり」と云云。(まさ)に知るべし、後々(のちのち)の位に登る所以(ゆえん)は並びに前々(さきざき)の所修に()る。故に知んぬ、「()本行(ほんぎょう)菩薩(ぼさつ)(どう)」の文底に久遠名字の妙法を秘沈(ひちん)し給うことを。蓮祖の本因妙抄に云云。興師(こうし)文底大事抄に云云。秘すべし秘すべし云云。

                  つづく


開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-12 16:42 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 12日

開目抄愚記 上七 

第四段 内外(ないげ)相対して判ず

一 三には大覚(だいかく)()(そん)文。

 第三に内典(ないてん)を釈す、中にまた二あり。初めに一代の(せん)(じん)を判じ、(じゅく)(だつ)(さん)(とく)の大恩を(あらわ)す。二には「(ここ)に日蓮案じて云く世すでに」の下は、蓮祖はこれ法華経の行者(ぎょうじゃ)なることを明かし、末法下種の三徳の深恩を顕す。初めにまた二あり。初めに能説(のうせつ)の教主を()げ、以て三徳を歎釈(たんしゃく)す。次に「此の仏陀(ぶつだ)」の下は、所説の教法を挙げ、以て浅深を判釈す。初めにまた二あり。初めに標、次に「外典(げてん)」の下は儒外(じゅげ)に対して釈す。

  釈の文意に云く、彼は(すで)三惑(さんなく)未断の凡夫なり。何ぞ彼を船と()して生死(しょうじ)の大海を渡るべけんや。何ぞ彼を橋と為して六道の(ちまた)を越ゆべけんや。()が釈迦大師は二死(にし)究竟(くきょう)の極意、三惑(さんなく)頓断(とんだん)の大聖なり。(あに)これを船と為して生死の大海を渡らざらんや。(あに)これを橋と為して六道の(ちまた)を越えざらんや。故にこれ「大橋梁(きょうりょう)・大船師(せんし)」なり。またこれ「大導師(どうし)・大眼目(げんもく)・大福田(ふくでん)」なり云云。

 問う、この中には(ただ)師徳を明かす。何ぞ(さん)(とく)(たん)ずというや。

 答う、これは儒外内(じゅげない)の釈にして影略(ようりゃく)()(けん)なり。(いわ)く、儒の中には但主君を()げ、()の二徳を略す、故に但諸臣の頭目、万民の棟梁(とうりょう)というなり。()し外道の中には主親の二徳を挙げ、師徳を略するなり。故に一切衆生の慈父(じふ)・慈母・天尊・主君というなり。

 今、内典の中には、主親の二徳を略して但師徳を挙ぐるなり。これ(すなわ)ち影略互現して以て(おのおの)三徳を(あらわ)すなり。故に(ただ)師徳を挙ぐと(いえど)も、今、意を取って三徳を歎ずというなり。学者これを思え。「大覚(だいかく)()(そん)」の名義は弘一上十八に、「大導師」等は北本、涅槃(ねはん)経三十三・四、その外は末抄に云云。

一 此の仏陀(ぶつだ)

  この下は所説(しょせつ)の教法を挙げ、以て(せん)(じん)を判ずるなり。(まさ)にこの文の起尽(きじん)を知らんとするに、(すべから)く五種の三段を(りょう)すべし。本尊抄にこれを明かす。今、意を取ってこれを示すなり。

  第一には一代一経の三段。文に云く「一代の諸経(そう)じて之を(くく)るに(ただ)一経なり始め寂滅(じゃくめつ)道場より終り般若(はんにゃ)経に至るまでは序分(じょぶん)なり無量義経・法華経・()(げん)経の十巻は正宗(しょうしゅう)なり涅槃(ねはん)経等は流通(るつう)分なり」と。

  第二には法華一経の三段、第三には迹門熟益(じゅくやく)の三段、第四には本門脱益(だっちゃく)の三段なり。

  第二、第三、第四の分文は(すなわ)ち天台の一経三段、二経六段の分文に同じ。故に今これを略す。

 第五には文底下種の三段。文に云く「又本門に於て(じょ)(しょう)流通(るつう)有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方(じっぽう)三世諸仏の微塵(みじん)の経経は皆寿量の序分(じょぶん)なり」と文。

  この中に「(また)本門に於て」とは、文底下種独一の本門なり。また「皆寿量」とは即ちこれ内証の寿量品・文底下種の本因(ほんにん)(みょう)の事なり。当に知るべし、過去の大通仏の法華経、乃至今日一代五十余年の諸経、十方三世の微塵の経々は皆久遠(くおん)下種の妙法を(あらわ)さんが為に(もう)くる所の経々なり。故に彼々(かれがれ)の経々は皆これ文底下種の妙法の序分なり。(しか)れば(すなわ)ち蓮祖大聖は末法に出現して即ち彼の文底下種の妙法を()(せん)す。故に知んぬ、過去の大通乃至今日一代五十余年の経々、十方三世の微塵(みじん)の経々は、皆これ末法弘通(ぐつう)法体(ほったい)・文底下種の妙法の序分なることを云云。重々の相伝云云。

 今、正しく文を分たば、次に所説の教法を()げて以て(せん)(じん)を判ず。また分ちて五段と為す。

  第一内外(ないげ)相対。「此の仏陀()」等の下の文は、即ち一代一経三段の意を用ゆるなり。

 第二(ごん)(じつ)相対。「但し仏教」等の下の文は、即ち法華一経三段の意を用ゆるなり。

 第三(しゅ)(だつ)相対。「但し此の経」等の下の文は、即ち文底下種の三段の意を用ゆるなり。

 第四権迹相対。「此に余愚見」の下の文は、即ち迹門熟益の三段の意を用ゆるなり。

 第五本迹(ほんじゃく)相対。「二には教主釈尊」の下の文は、即ち本門脱益(だっちゃく)の三段の意を用ゆるなり。

一 此の仏陀(ぶつだ)は三十成道(じょうどう)文。

第一内外相対の一代真実の文、分ちて三と()す。初めに標、次に「外典」の下は釈、三に「(しょ)成道」の下は結なり。釈中また二あり。初めに(きょう)(けん)、次に正釈(しょうしゃく)。見るべし云云。

第五段 権実相対して判ず

一 (ただ)し仏教に等

 第二権実相対の法華真実の文、分ちて三と()す。初めに種々の法相(ほっそう)を示し、次に「但し法華」の下は正釈、三に「此の(ことば)」の下は(けっ)(かん)なり。

                      つづく


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by johsei1129 | 2015-05-12 10:19 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 11日

開目抄愚記 上六

  
  第三段 外道の三徳

一 二には(がっ)()の外道

  「外道」を(しゃく)するにまた三あり。初めに能説(のうせつ)の人を()げて所尊の相を示す。次に「()の三仙」の下は、所説の法を挙げて所学の相を示す。三に「所謂(いわゆる)()き外道」の下は、仏家の意を以て而も破会(はえ)を示す云云。これ総じて略なり云云。

 「月氏」の名義、略して三意あり。

 (ぶつ)(にち)(すで)に没し、賢聖の月()でて凡を導くが故に是一。

 国の形、半月に()たり。故に北広南狭というなり是二。

 ()の土は大国にして星中の月の如し是三。

 名義三・十紙、啓蒙(けいもう)四・三十二。

 「外道」の名義は朝抄(ちょうしょう)一・十三に二義あり。一には(ほか)の道、二には道を外にす。

 三種の外道とは、一には仏法外の外道、(いわ)く六師等これなり。二には附仏法の外道、謂く仏法に附して仏法を破するなり。三には学仏法の外道、仏教を学する人の悪見を起すなり。

一 摩醯首(まけいしゅ)()文。

  (ここ)には大自在という。色界の(いただき)()し、欲頂の大自在と同名異体なり。「()紐天(ちゅうてん)」此には(へん)(じょう)という。これ第三禅の天なり。「迦毘(かぴ)()」此には黄頭(こうとう)という。(おもて)は金色の如きなり。「漚楼(うる)僧佉(そうぎゃ)」此には眼足という。足に三眼あり。「(ろく)娑婆(しゃば)」此には苦行というなり。

一 八百年・已前(いぜん)已後(いご)文。

  仏の出世八百年已前、八百年已後なり。

一 四韋陀(いだ)文。

  一には讚誦(さんじゅ)、二には祭祀(さいし)、三には歌詠(かえい)、四には攘災(じょうさい)なり。「韋陀」は(ここ)には「分つ」というなり。

一 支流・九十五六等

  今、両説合せ()ぐるなり。下の文の「(ただ)九十五種」とは、台家(たいけ)の諸文に多く「九十五種」という故なり。(つぶさ)に文私五・十六の如し。

一 (あるい)は過去・二生・三生等

  これ利鈍ある故なり。二三乃至八万の異あるなり。

一 (いん)中有果(ちゅううか)

  これ次第の如し。三仙の見計なり。止観(しかん)十・九。

一 所謂(いわゆる)()き外道

  この下は三に破会(はえ)を示す中にまた二あり。初めに破、次に「外道の所詮(しょせん)」の下は会。初めの破の中に先ず法を破し、「善師」の下は人を破するなり。

一 (くつ)()(ちゅう)文。

  尺取り虫の事なり。

一 或は(とう)(かん)

  これは鴦掘(おうくつ)経第四に出でたり。或は牛馬を殺す等は文殊(もんじゅ)(もん)経上巻に出でたり。

一 外道の所詮等

 この下は次に会を明かす。また三あり。初めに初門と()すを明かし、次に大涅槃(だいねはん)(ぎょう)は法を会し、三に法華の文は人を会するなり。大涅槃経とは北本二十一・二、文七・九十五。


                  つづく
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by johsei1129 | 2015-05-11 23:30 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 11日

開目抄愚記 上五 源、五常を識れば即ちこれ五戒なり。故に「即ち是れ仏法」というなり

一 かくのごとく(たくみ)に立つ等

 三に仏家の意を以て破会(はえ)を示す。また二あり。初めに破、次に「孔子(こうし)」の下は会なり。初めの破にまた二あり。初めに法を破し、次に「此等の(けん)(せい)」の下は人を破す云云。

一 (げん)とは(こく)なり(ゆう)なり

 文意に云く、過未(かみ)一分も知らず、然れば「玄」というも(ただ)現在のみなり。一義に云く、彼の玄を嘲弄(ちょうろう)して過未を知らざれば黒闇(こくあん)の故に玄という云云。「現在(ばか)りしれるににたり」とは、これ仏家の如く淵底(えんてい)(つく)してこれを知らざる故に「にたり」というなり。

一 仁義(じんぎ)を制して等

  ()十・二十紙に「制とは即ち道なり。即ち制とは(りゅう)()なり」と。

一 (けん)(のう)もこれを()して等

 「(あるい)は臣となし」とは、漢の恵の()(こう)を召し、武丁の傅説(ふえつ)を求めしが如し。「或は師とたのみ([為し])」とは、(ぶん)(のう)の太公望を得、(とう)王の伊尹(いいん)を尋ねしが如し。註千字中十七・八九。「或は位をゆづり」とは舜禹(しゅんう)等の如し。註千字上六、啓蒙(けいもう)二十八 九十。

一 周の()(おう)には()(ろう)きたりつかえ

 註に云く「五」の字は(おそ)らく(あやま)りならん。(まさ)に「二老」に作るべし。(いわ)く、(はく)()(たい)(こう)となり。孟子(もうし)の第七、文選(もんぜん)の第四の如し云云。

 問う、二老の文王に帰するは実に所引(しょいん)の文の如きも、伯夷(すで)に武王に(そむ)く。何ぞ「周の武王には二老来り(つか)う」というや。

 答う、恐らく「武王」を改めて「文王」に作るべし。若し(しか)らば応に周の文王に二老来り事うというべきなり。この例、(はなは)だ多し、(あや)しむべきに(あら)ざるなり。

一 後漢(ごかん)光武(こうぶ)

 文選五十初。

一 孔子が此の土に等

 この下は次に会を明かす中に三と()す。初めに初門と為すを明かし、次に「天台(てんだい)」の下は法を会し、三に「止観(しかん)」の下は人を会するなり云云。今、この「孔子」等の文は証前(しょうぜん)起後(きご)なり。

一 西方に仏図(ぶと)

 「仏図」は即ち仏陀(ぶつだ)なり。列子(れっし)上八十六仲尼(ちゅうじ)篇に「(きゅう)(ひろ)く学びて多く(しる)す。三王は()く智勇に任ず。()(てい)は善く仁義(じんぎ)に任ず。(さん)(こう)は善く時に()るに任ず。聖は(すなわ)ち丘も知らず。西方の人に聖なる者有り、治めざれども乱れず、言わざれども(おのずか)ら信あり、()せざれども自ら行われ、蕩々乎(とうとうこ)として民()く名づくること無し」云云と。(こう)()明集(みょうしゅう)第一にこの文を引いて云く「(ここ)()って以て言わば、孔子は深く仏の大聖なることを知れり」と云云。通鑑(つがん)集覧九に云く「列子に云く、西方に聖人有り、()の名を仏と曰う」等云云。

 故に知んぬ、仏を以て大聖人と名づくることを。名義集三・二十三。

一 (れい)(がく)等を教て

 止六・五十一に、礼楽等、(かい)定慧(じょうえ)(たす)くるの相を釈す。往いて見よ。

一 (みょう)(らく)大師云く

  ()六本八十六の文なり。

一 天台云く、(こん)光明(こうみょう)経に云く等

 止六・四十四の文なり。一切世間の善論は(もと)、仏教より()ず。故に「皆此の経に()る」というなり。世の五常の如きも(もと)、五戒より出ずるなり。故に源、五常を識れば即ちこれ五戒なり。故に「即ち(これ)仏法」というなり。これ法を会する文なり。

一 清浄法(しょうじょうほう)(ぎょう)

 儒者(じゅしゃ)は常にこの経を偽経というなり。

弘六・八十六にこの経を引き(おわ)って云く「諸の目録に(じゅん)ずるに皆此の経を推して以て疑偽と為す。文義(すで)に正なり。或は是れ失訳なり乃至今家の引ける所の像法決疑経、妙勝定等の意、(また)是くの如し。涅槃(ねはん)の後分の如きは(もと)偽目に()り。大唐に至って刋定(せんてい)して始めて正経に入れたり。(あに)時の人(いま)だ決せざるを以て便(すなわ)ち推して偽と()さんや。大師(まのあた)り証して(くらい)初依(しょえ)(いま)す。(まさ)(あやま)って用いたまうべからず」と文。甫註(ふちゅう)十四・十、儒仏(じゅぶつ)(わく)(もん)二十三、()いて見よ。

 (じゅ)(りん)第二十十一に云く「老子西舛(さいせん)経に云く、()が師は天竺(てんじく)化遊(けゆう)して()泥洹(ないおん)に入れり」等云云。(まさ)に知るべし、老子は既に「吾が師」と称し、孔子(こうし)は「西方の聖者」という。「我れ三聖を(つか)わして」の文、(あたか)()(けい)の如し。近代の黄雀(こうじゃく)大鵬(たいほう)の意を知らずして(みだり)雑言(ぞうごん)()く。悲しむべし、悲しむべし云云。

                   つづく


開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-11 22:31 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 11日

仏になりやすき事は別のやう候はず<略>命の絶ゆるに人の施にあふがごとし、と説いた【上野殿御返事】

【上野殿御返事(須達長者御書)】
■出筆時期:弘安三年(西暦1280年)十二月二十七 五十九歳 御作。
■出筆場所:身延山中 館にて。
■出筆の経緯:本抄は、重い年貢に苦しめられ乗る馬も、妻子が着る衣もないという窮状の中、年の瀬に銭一千文を大聖人に供養した上野殿(南条時光)へ与えた書です。大聖人はインドの須達(すだつ)長者が貧しさの故夫婦二人きりになり、五升の米が残されたとき、托鉢(たくはつ)で訪ねてきた迦葉(かしょう)・舎利弗(しゃりほつ)・阿難・羅睺羅(らごら)、釈迦仏の五人に分け与えたことで五天竺第一の長者となった例えを引いて「仏になりやすき事は別のやう候はず<中略>二つとない物を人に与え、命のたゆるに人のせにあふがごとし(それをなくしては自分の命が絶えるときに人に布施すること)」と説いて、時光の強い信仰心を称えておられます。
■ご真筆:現存していない。古写本:日興上人筆(富士大石寺 所蔵)

[上野殿御返事(須達長者御書) 本文]
鵞目一貫文送り給い了んぬ。御心ざしの候へば申し候ぞ、よくふかき御房とおぼしめす事なかれ。
仏にやすやすとなる事の候ぞ、をし(教)へまいらせ候はん。人のものををしふると申すは、車のおもけれども油をぬりてまわり、ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり。仏になりやすき事は別のやう候はず、旱魃(かんばつ)にかわけるものに水をあたへ、寒冰にこごへたるものに火をあたふるがごとし。又二つなき物を人にあたへ、命のたゆるに人のせにあふがごとし。

 金色王(こんじき)と申せし王は其の国に十二年の大旱魃あつて万民飢え死ぬる事かずをしらず、河には死人をはしとし、陸にはがいこつをつかとせり。其の時、金色大王、大菩提心ををこしておほきに施をほどこし給いき。せすべき物みなつきて、蔵の内にただ米五升ばかりのこれり。大王の一日の御くご(供御)なりと臣下申せしかば、大王五升の米をとり出だして一切の飢えたるものに、或は一りう、二りう、或は三りう、四りうなんど、あまねくあたへさせ給いてのち、天に向わせ給いて、朕(われ)は一切衆生のけかちの苦にかはりて、うえじに候ぞと、こえをあげてよばはらせ給いしかば、天きこしめして甘呂(露)の雨を須臾(しゅゆ)に下し給いき、この雨を身にふれ、かをにかかりし人、皆食にあきみちて一国の万民、せちな(刹那)のほどに命よみかへりて候いけり。

 月氏国に須達長者と申せし者は七度貧になり、七度長者となりて候いしが、最後の貧の時は万民皆にげうせ、死にをはりて、ただめおと(夫婦)こ二人にて候いし時、五升の米あり五日のかつてとあて候いし時、迦葉・舎利弗・阿難・羅羅、釈迦仏の五人、次第に入らせ給いて五升の米をこひとらせ給いき。其の日より五天竺第一の長者となりて、祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)をばつくりて候ぞ。これをもつて、よろづを心へさせ給へ。

 貴辺は・すでに法華経の行者に似させ給へる事、さるの人に似、もちゐ(餅)の月に似たるがごとし。あつはらのものどもの、かくをしませ給へる事は・承平の将門(まさかど)・天喜の貞当(さだとう)のやうに此の国のものどもはおもひて候ぞ。これひとへに法華経に命をすつるがゆへなり。まつたく主君にそむく人とは天、御覧あらじ。其の上わづかの小郷に、をほくの公事(くうじ)せめあてられて、わが身は・のるべき馬なし、妻子はひきかくべき衣なし。

 かかる身なれども法華経の行者の山中の雪にせめられ食ともしかるらんと、おもひやらせ給いて、ぜに一貫をくらせ給へるは、貧女がめおとこ二人して一つの衣をきたりしを乞食にあたへ、りだ(利吒)が合子(ごうし)の中なりしひえ(稗)を辟支仏(びゃくしぶつ)にあたへたりしがごとし。たうとし、たうとし。くはしくは又又申すべく候、恐恐謹言。

弘安三年十二月二十七日      日 蓮  花 押
上野殿御返事


 

by johsei1129 | 2015-05-11 20:49 | 南条時光(上野殿) | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 10日

開目抄愚記 上四 「無因・邪因は乃(すなわ)ち大過を成ず」

一 二には()の玄

 止十・二十に云く「老子(ろうし)虚融、無に約して玄を明かす」と。弘の十・四十三云云。また道春の大学抄に云く「老子の虚無(こむ)とは虚にして無なり。虚無の道は、太極(たいきょく)の前に()り、故に天地も未だ分たず、万物も未だ生ぜざる処に一箇の虚無の道理有りと立つるなり」と云云。

一 三には(やく)()(やく)()文。

 止十・二十に云く「荘子は自然(じねん)なり。有無(うむ)に約して玄を明かす」と云云。弘十・四十三に云く「荘子の内篇は自然(じねん)を本と為す。また有無というは内篇は、()を明かし、外篇は()を明かす」等云云。意に云く、有もこれ一偏なり。無もこれ一偏なり。(ただ)これ自然に有の辺もあり、自然にこれ無の辺もあり。故に自然は有無に及ぶというなり。

一 玄とは(こく)なり

 彼々の(しょ)(りゅう)一分(いちぶん)深奥(じんおう)なり。故に「黒」というなり。

一 (あるい)は元気よりして生じ或は貴賎(きせん)苦楽(くらく)是非(ぜひ)得失(とくしつ)等は皆自然(じねん)

 「元気よりして生じ」とは、これ(じゅ)の有の玄なり。「貴賎乃至自然」とは、(ろう)の無の玄なり。「等」とは、これ(そう)(やく)()(やく)()に等しきなり。(ただ)し「貴賎・苦楽」等の文は(もと)荘子に出でたり。(しか)るに今は老子と()すなり。これ(すなわ)ち老子も自然と計する故なり。華厳玄談八・十に云く「()くの如く荘老(みな)自然と計す」等云云。(いわん)や老子を以て自然(じねん)の体と為し、荘子を附出するなり。今この意に(じゅん)じてこれを(しょう)すべきなり。

  今(たず)ねて云く、(とも)にこれ元気よりして生ず、何を以ての故に人畜等の異ありや。

  答う、儒家(じゅけ)の意に()ればその所以(ゆえん)あり。(いわ)く、元気に於ては差別無しと(いえど)も、人物等に分ち来る時、正通(しょうつう)(へん)(さい)の四等あり。故に(すなわ)ち人畜等の異を分つなり。謂く、天の正通の気を受くれば則ち人間を生じ、天地の形を(まさ)しく受く、円首方足等なり。()し偏((気))を受くれば則ち禽獣(きんじゅう)を生じ、首尾(しゅび)横行(おうこう)するなり。若し塞気を受くれば則ち草木を生じ、頭下足上にするなり。故に同じく元気よりして生ずと雖も、人畜等の不同ある者なり。

  問う、同じく正通の気を受くるに何ぞ人間の中に於て貴賎(きせん)苦楽(くらく)の異ありや。

  答う、これ清濁(せいだく)ある故なり。謂く、同じく正通の気を受くると雖も、清気を受けたるは則ち富貴にして楽なり。若し濁気を受けたるは貧賤にして苦なり。禽獣等もこれに准じて知るべし。

  問う、貴賎(きせん)(おのおの)是非(ぜひ)得失(とくしつ)あり。(いわれ)如何(いかん)

  答う、これ美悪ある故なり。(いわ)く、同じく清気を受け富貴にして楽しむと(いえど)も、()し美気を受くれば(すなわ)()にして(とく)あり。(ぎょう)(しゅん)等の如きはこれなり。若し悪気を受くれば()にして失あり。(けつ)(ちゅう)の如きはこれなり。同じく濁気を受け貧賤にして苦しむと雖も、若し美風を受くれば則ち是にして得あり。(がん)(えん)子思(しし)等の如し。若し悪気を受くれば世の貧賤の盗賊(とうぞく)等の如し。禽獣(きんじゅう)等もこれに准じて知るべし。儒家(じゅけ)の意は大概(おおむね)斯くの如し。今「元気よりして生ず」というは則ちこの意なり。故に()に約して(げん)を明かすというなり。若し道家の意は則ち(しか)らず。貴賎、苦楽、是非、得失(とくしつ)等、皆自然等なり云云。故に()に約して玄を明かすというなり。荘子、知るべし云云。

  問う、此等の謬誤(びゅうご)は如何。

  答う、()三中六十一に云く「此の方の俗典の如く、(ある)いは元気よりして生ずと計するは即ち是れ自を計す。有いは父母よりして生ずと計するは即ち是れ他を計す。有いは元気に()る故に父母に()ると計するは即ち是れ共と計す。有いは自然と計するは即ち是れ無因なり」と云云。

  華厳(けごん)玄談八・十六に云く「太極(たいきょく)の因と()るは即ち是れ邪因なり。陰陽(おんよう)変化(へんげ)して()く万物を生ずと、(また)是れ邪因なり。()し虚無・自然を計せば(すなわ)(また)無因なり。若し万物自然にして生ずと()わば即ち是れ無因なり。(しか)るに無因・邪因は(すなわ)ち大過を成ず。三界の我が心に()ることを知らざるを以て正しく因縁(いんねん)に迷う。故に異計紛然(ふんぜん)たり。(いずく)んぞ因縁性空にして真如(しんにょ)(みょう)()なることを知らんや」等云云取意。

                   つづく


開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-10 20:39 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)