人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 12月 ( 41 )   > この月の画像一覧


2014年 12月 18日

本門の題目 七つの明文 【文底秘沈抄】本門の題目篇

問う、有るが()わく、本門の一品二半の妙法なる故に本門の題目と云う云云。有るが謂わく、八品所顕神力の妙法なる故に本門の題目と云うなり云云。此の義如何(いかん)

答う、吾が祖の所判四十巻の中に(すべ)て此の義無し、誰か之を信ずべけんや。

問う、若し(しか)らば寿量肝心の明文如何。

答う、今略して七文を引かん。

一には三仏舌相(ぜっそう)の本意による、下山抄に曰わく「実には釈迦・多宝・十方の諸仏は寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為に()だし給う(こう)(ちょう)(ぜつ)なり」等云云。

二には如来別命の本意に由る、撰時抄に曰わく「寿量品の肝心南無妙法蓮華経を末法に流布(るふ)せんずる故に此の菩薩を召し出だす」云云。

三には本化(ほんげ)所修の正体に依る、下山抄に曰わく「五百塵点劫(じんてんごう)より一向に本門寿量の肝心を修行し習い給う上行菩薩等」云云。(編者注:この御文、御書全集に拝せず、平成新編に拝す)

四には如来付嘱の正体に由る、本尊抄に曰わく「是好良薬は寿量品の肝要名体(みょうたい)宗用(しゅうよう)(きょう)の南無妙法蓮華経是れなり、仏(なお)迹化(しゃっけ)に授与せず、(いか)(いわん)や他方をや」云云。

五には本化授与の正体に依る、本尊抄に云く「(ただ)地涌(じゆ)千界(せんがい)の大菩薩を()して寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を以て(えん)()の衆生に授与せしむるなり」云云。

六には末法下種の正体に由る。教行証抄()二十に云く「当世逆謗の二人に初めて本門寿量の肝心南無妙法蓮華経を以て下種と()す、是好良薬今留(こんる)(ざい)()は是れなり」云云。

 七には末法所修の正体に由る。下山抄に云く「地涌(じゆ)の大菩薩、末法の初めに出現し給う、本門寿量品の肝心南無妙法蓮華経の五字を一閻(いちえん)浮提(ぶだい)の一切衆生に唱えさせ給う」云云。
 開目抄に云く「一念三千の法門は(ただ)法華経の本門寿量品の文の底に秘し沈め給えり」云云、
 血脈抄に云く「文底とは久遠(くおん)名字の妙法を余行に渡さず(じき)(たつ)正観(しょうかん)する事行の南無妙法蓮華経なり」。


文底秘沈抄(おわ)んぬ

          享保十乙巳の年三月下旬、大石の大坊に於て之を書す

                 六十一歳 日寛(花押)



                          依義判文抄  につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次


by johsei1129 | 2014-12-18 21:56 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 18日

本門の題目の深義を明かす【文底秘沈抄】本門の題目篇


()れ本門の題目とは即ち是れ妙法五字の修行なり、是れ即ち聖人(すい)(きょう)元意(がんい)、衆生入理の要蹊(ようけい)なり、(あに)池に臨んで魚を()()えて網を結ばず、(ろう)(つつ)んで足を束ね、安座して行かざるべけんや。

修行に本有り、所謂(いわゆる)信心なり。弘の一の上六十七に云く「理に()って信を起こす、信を行の本と為す」云云。記の九の末に云く「一念(しん)()とは即ち是れ本門立行の(はじめ)等云云。故に知んぬ、本門の題目には必ず信行を具す、所謂(ただ)本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うるを本門の題目と名づくるなり、仮令(たとい)信心有りと(いえど)も若し修行無くんば未だ可ならず、故に()(しん)義記(ぎき)に云く「信有って行無きは即ち信(かた)からず、行を去るの信は縁に()って便(すなわ)ち退す」云云。仮令修行有りと雖も若し信心無くんば不可なり、故に宗祖云く「信無くして此の経を行ぜんは手無くして宝山に入るが如し」云云。故に知んぬ、信行具足を(まさ)に本門の題目と名づくるなり、何ぞ(ただ)唱題と云わんや。玄の一に云く「百論に盲跛(もうは)の譬え有り」云云。謂わく、()にして(もう)ならざるは信有って行無くが如く、盲にして跛ならざるは行有って信無きが如し、若し信行具足するは(なお)(まった)きが如し云云。玄の四に云く「智目(ちもく)(ぎょう)(そく)って清涼(しょうりょう)()(いた)云云。宗祖謂わく「信を以て慧に()う」云云。当体義抄に云く「日蓮が一門は当体蓮華を証得して寂光(じゃっこう)当体の妙理を顕わすは、本門寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱うる故なり」云云、血脈抄()に云く「信心強盛にして(ただ)余念無く南無妙法蓮華経と唱え奉れば凡身即仏身なり」云云。

問う、宗祖云く如是(にょぜ)我聞(がもん)の上の妙法蓮華経の五字は即ち一部八巻二十八品の肝心、(また)(また)一切経の肝心なり」云云。此の文如何(いかん)

答う、(およ)そ此の文の意、大に二意有り、所謂(いわゆる)一往は法に()、再往は功帰なり。

一往法に就いても(また)二意有り、一往名通、再往義別なり。一往名通とは即ち是れ妙法の()二十八品に通ず、故に名の中に二十八品を収む。故に妙楽云く「略して経題を()ぐるに(げん)に一部を収む」等云云。宗祖云く「妙法蓮華経は総名なり二十八品は別名なり、(たと)えば日本の両字に六十余州を収むるが如し」云云。次に義別再往とは一部八巻通じて妙法と名づくれども、二門の妙法其の義天地なり、謂わく、迹門は開権顕実の妙法、本門は開迹顕本の妙法なり、(つぶ)さに玄文の如し。当体義抄等云云。妙楽云く「(あに)()くの如きの妙中の妙等の名を以て()法体(ほったい)を定めん、是の故に(すべから)く名の下の義を以て之を簡別すべし」等云云。名通一往、義別再往此の文に分明なり。

第二に再往功帰に亦二意有り、所謂(いわゆる)一往(だっ)(ちゃく)、再往下種なり。一往脱益とは、玄一に曰わく「此の妙法蓮華経は本地甚深の奥蔵(おうぞう)なり、三世諸仏の証得する所なり」云云、(せん)一に云く「迹中に説くと雖も功を()すに在ること有り、故に本地と云う」云云。(まさ)に知るべし、就法は是れ一往なり、故に「迹中(しゃくちゅう)雖説(すいせつ)と云う、功帰は是れ再往なり、故に「(すい)()有在(うざい)と云うなり。次に再往下種とは四信抄に云く「妙法蓮華経の五字は文に非ず義に非ず一部の(こころ)ならくのみ」云云。(すべから)く知るべし、文は(すなわ)ち一部の始終(のう)(せん)の文字なり、義は即ち所詮(しょせん)迹本二門の所以(ゆえん)なり、意は則ち二門の所以(みな)文底に帰す、故に文底下種の妙法を以て一部の(こころ)と名づくるなり。 文底大事の御相伝に云く「文底とは久遠(くおん)下種の名字の妙法に、今日(こんにち)熟脱の法華経の帰入する処を志し給うなり」云云、古徳云く「文は()わく文字一部の始終なり、義は則ち深く所以有り、意は則ち所以帰する有り」云云、此の釈之を思い合わすべし。妙楽云く「(すい)(だつ)在現(ざいげん)()(とう)本種(ほんしゅ)云云、応に知るべし、脱益は是れ一往なり、故に「雖脱在現」と云い、下種は是れ再往の故に「具騰本種」なり云云。故に知んぬ、(もん)()()の中には意の妙法、種熟脱の中には種の妙法、即ち是れ文底秘沈の大法にして寿量品の肝心、本門の題目是れなり。



              本門の題目 七つの明文  につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-18 21:30 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

本門の戒壇の建立は富士山と断言 【文底秘沈抄第二】本門の戒壇篇


又云く「何ぞ必ずしも富士山を以て(たい)と為し、本山と()さんや」と云云。

今謂わく、嗚呼(ああ)我慢偏執(そもそも)何の益有らんや。富士山を以て本山と仰ぐべき文理明白なり。

一には富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何、謂わく、本門戒壇の本尊是れなり、故に本門寺根源と言うなり、弘の一の本十五に云く「像末の四依(しえ)仏化(ぶっけ)()(せん)す。化を受け教を()(すべから)く根源を(たず)ぬべし、若し根源に迷わば則ち増上して真証に(らん)云云。宗祖云く「本門の本尊妙法蓮華経の五字を以て閻浮提に広宣流布せしむ」等云云。(すで)に是れ広布の根源の所住なり、()んぞ本山と仰がざらんや。

二には迹門を以て本門に例するが故に。()わく、迹門弘通の天台宗は天台山を以て既に本寺と為す、本門弘通の日蓮宗、(むし)ろ日蓮山を以て本山とせざらんや。三位(さんみ)日順の詮要抄に云く「天台大師は漢土天台山に(おい)て之を弘通す、富士山(また)日蓮山と名づく、最も此の山に於て本門寺を建立すべし、彼は迹門の本寺、此れは本門の本山疑い無き者なり、是れ深秘(じんぴ)の法門なり」云云。

三には本門大戒壇の霊場なるが故に、(およ)そ富士大日蓮華山は日本第一の名山にして(まさ)しく王城の鬼門(きもん)に当る故に、本門の戒壇応に此の地に建立すべき故なり云云。

四には末法万年の総貫首(そうかんず)所栖(しょせい)なるが故に。所謂血脈抄に云く「日興を付弟と定め(おわ)んぬ、予が入滅の導師として寿量品を始め奉るべし、万年已後(いご)未来(まで)の総貫首の証拠なり」等云云。

五には一閻浮提の座主(ざす)の所住なる故に、謂わく御遺状()に云く「本門寺建立の時は日目を座主と為し、日本乃至一閻浮提の山寺等に於て半分は日目嫡子分(ちゃくしぶん)として(かん)(りょう)せしむべし、残る所の半分は自余の大衆等之を領掌(りょうしょう)すべし」等云云。明文()くの如し、若し本山に非ずんば何ぞ未来までの総貫首及び一閻浮提の座主と称せんや、日饒(にちにょう)如何是五。

学者応に知るべし、独尊の金言(いつわ)り無く三師の相承(むな)しからず。富士山の(もと)に戒壇を建立して本門寺と名く。一閻浮提の諸寺・諸山、本山と仰ぐべきなり。天台の所謂「流れを()んで源を尋ね、香を()いで根を(たず)ぬ」とは是れなり。


本門の題目の深義を明かす  につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-14 20:47 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

本門戒壇への邪難を破す 【文底秘沈抄第二】本門の戒壇篇


問う、癡山(ちざん)日饒(にちにょう)が記に云く「富士山に於て戒壇を建立すべしとは是れ所表(しょひょう)に約する一往の意なり。()わく、当に大山に於て大法を説くべき故なり、例せば仏、十二の大城の最大王舎(おうしゃ)(じょう)霊山に於て法華経を説けるが如し、即ち是れ大法を説くを表わす所以なり、再往所縁に約する(とき)本門流布の地皆是れ富士山本門寺の戒壇なり。故に百六箇に云く「(いか)なる在処たりとも多宝富士山本門寺と号すべきなり」と。経(神力品)に云く、当に知るべし是処(ぜしょ)(そく)()道場(どうじょう)是れなり、何ぞ必ずしも富士山を以て(たい)と為し本山と()さんや」略抄、此の義如何(いかん)

答う、(つたな)い哉()(ざん)や、汝は是れ誰が弟子ぞや、(いや)くも(もん)(よう)に隠れて(まさ)に其の根を()らんとするや、()つ其の流れを()んで正に其の源を(ふさ)がんとするや、是れ愚癡(ぐち)の山高く(そび)えて東天の月を見ざるに由るが故なり、(まさ)に今一指(いっし)を下して(にょう)が癡山を(つんざ)くべし、(なん)(すべから)く巨霊が手を借るべけんや。

()わく、仏、実に王舎城に住せずと雖も且く所表に約して一時仏住、王舎城と説かんや、若し仏、実に王舎城に住して法華経を説かば、(なん)ぞ実に富士山に於て戒壇を建立せざらんや是一。

若し是れ本門流布の地は皆是れ本門戒壇ならば、応に是れ権迹流布の地も(また)皆権迹の戒壇なるべし、若し(しか)らば如何(いかん)ぞ月氏の(ろう)()菩薩、祇園(ぎおん)の東南に更に之を建立せんや、亦復如何ぞ(しん)(たん)羅什(らじゅう)三蔵(さんぞう)草堂寺に於て別に之を建立せんや、亦復如何ぞ日域(にちいき)(がん)(じん)和尚、小乗の戒壇を三処に之を建立せんや、(また)(また)如何ぞ伝教大師、迹門の戒壇を叡山に之を建立せんや、権迹の戒壇(すで)に別に之を建立す、本門の戒壇何ぞ更に建てざるべけんや是二。

百六箇に云く「日興が嫡々(ちゃくちゃく)相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべし乃至(いずく)の在処なりとも多宝富士山本門寺と号すべし」云云。嫡々相承の曼荼羅とは本門戒壇の本尊の御事なり。故に御遺状(ごゆいじょう)日興跡条条事)に云く「日興が身に()て賜わる所の弘安二年の大本尊、日目に之を授与す、本門寺に掛け奉るべし」云云、故に百六箇の文意は本門戒壇所在の処を本門寺と号すべし云云。何ぞ上の文を隠して之を引かざるや是三。

「経に云く(そく)()道場(どうじょう)是れなり」という。彼の経文を引くと雖も而も経文の意を知らず、今略して之を引きて其の意を示すべし。経(神力品)に云く「若しは経巻所住の処、若しは園中(おんちゅう)に於ても、若しは林中に於ても皆(まさ)に塔を()供養すべし、所以は(いかん)当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり、諸仏此に於て三菩提を得、諸仏此に於て法輪を転じ、諸仏此に於て(はつ)涅槃(ねはん)す」云云。「(にゃく)経巻(きょうかん)とは即ち是れ本門の本尊なり「皆応(かいおう)起塔(きとう)とは本門の戒壇なり、故に此の文意は本門の本尊所住の処に応に本門の戒壇を起つべし。所以は(いかん当に知るべし、是の処は法身の四処の故なり云云。明文(びゃく)()(あたか)も日月の如し、何ぞ()げて私情に会せんや是四。


           本門の戒壇の建立は富士山と断言 につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-14 17:38 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

身延山の謗法を破す【文底秘沈抄第二】本門の戒壇篇


問う、有るが謂わく、(およ)そ身延山は蓮祖自らの草創の地にして諸山に独歩せり、所以に諸抄の中に歎じて曰わく「天竺(てんじく)(りょう)鷲山(じゅせん)にも劣らず、(しん)(たん)の天台山にも勝れたり」云云。故に知んぬ、霊鷲山に似たらん最勝の地とは(まさ)に是れ身延山なるべし、如何(いかん)

答う、最勝の地を論ずるに事有り、義有り、謂わく、富山(ふさん)の最勝は即ち事に約するなり、身延山の最勝は是れ義に約するなり。然る所以は蓮祖大聖九年の間、一乗妙法を論談し摩訶止観を講演せるが故に霊山(りょうぜん)(こん)仙洞(せんどう)にも劣らず、天台銀地(ごんじ)の峰にも勝る、天台の所謂(いわゆる)法妙なるが故に即ち(ところ)尊し」とは是れなり。然るに正応元年の冬、興師離山の後、彼の山(すで)に謗法の地と成りぬ、云うても余り有り、歎きても何かせん、彼の()梨山(りせん)瓦礫(がりゃく)の土と成り、栴檀(せんだん)(りん)荊棘(いばら)と成りしにも過ぎたり云云。

問う、有るが謂わく、宗祖云く「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり、去れば日蓮が胸の間は諸仏入定(にゅうじょう)(ところ)なり、舌の上は転法輪の処、(のんど)は誕生の処、口中(こうちゅう)は正覚の(みぎり)なり、()かる不思議なる法華経の行者の住処なれば(いか)でか霊山浄土に劣るべき」云云。今此の文に准ぜば延山は正しく是れ法身の四処なり、(あに)最勝の地に非ずや。

答う、教主釈尊の一大事の秘法とは結要付属の正体、蓮祖出世の本懐、三大秘法の随一、本門の本尊の御事なり。是れ(すなわ)ち釈尊塵点劫より(このかた)心中深秘の大法の故に一大事の秘法と云うなり。然るに三大秘法の随一の本門戒壇の本尊は今富士の山下に在り、故に富士山は即ち法身の四処なり、是れ則ち法(たえ)なるが故に人尊く、人尊きが故に(ところ)尊しとは是れなり。

問う、有るが()わく、凡そ身延山は蓮師の正墓なり、故に波木井抄二十三に云く「()(ずく)にて死し候とも墓をば身延の山の沢に立てさすべく候」等云云。既に是れ御墓処(むしょ)なり、豈最勝の地に非ずや。

答う、汝等、(ほっ)(すい)の清濁を論ぜず、但御墓所の在無を論ず、是れ全身を軽んじて砕身(さいしん)を重んずるか、而るに彼の御身骨は(まさ)しく興師離山の日、之を富山(ふさん)(もと)に移し、今に伝えて之有り、塔中(たっちゅう)(すい)(しょう)(りん)に盛ること(ほとん)升余(しょうよ)に満つるなり、而も開山上人御遺状(ごゆいじょう)有り謂わく「大石の寺は御堂(みどう)と云い墓所と云い、日目之を(かん)(りょう)す」等云云。(すで)に戒壇の本尊を伝ふ、故に御堂と云う、又蓮祖の身骨を付するが故に墓所と云うなり、故に蓮祖の正墓は今富山(ふさん)に在るなり。

問う、有るが謂わく、宗祖の云く「未来際までも心は身延の山に住むべく候」云云。故に祖師の御心常に延山に在り、故に知んぬ、是れ最勝の地なるをや。

答う、延山は(もと)是れ清浄の霊地なり、所以に蓮師に此の(ことば)有り、而るに宗祖滅度の後地頭(じとう)の謗法重畳(ちょうじょう)せり、興師諌暁(かんぎょう)すれども止めず、蓮祖の御心(むし)ろ謗法の処に住せんや、故に彼の山を去り遂に富山に移り(ますます)先師の旧業を継ぎ更に一塵の汚れ有ること無し。而して後、法を日目に付し、日目(また)日道に付す、今に至って四百余年の(あいだ)一器の水を一器に移すが如し、清浄の法水断絶せしむること無し、蓮師の心月豈(しんげつあに)に移らざらんや、是の故に御心、今は富山に住したもうなり。

問う、若し蓮祖の御心、地頭の謗法に依って彼の山に住したまわずといわば、天子将軍(なお)未だ帰依したまわざる故に一閻浮提皆是れ謗法なり、(なん)(かしこ)を去って此こに移るべけんや。

答う、総じて之を言わば実に所問の如し、今別して之を論ぜば縁に順逆あり、故に逆を去って順に移るなり。取要抄に云く「小大権実顕密(とも)に教のみ有って得道無し、一閻浮提皆謗法と成り畢んぬ、我が門弟は順縁なり、日本国は逆縁なり」云云。四条抄に云く「()れば八幡大菩薩は不正直を(にく)みて天に登りたまえども、法華経の行者を見ては争でか其の影を惜しみたもうべき」云云、此の文に准例して今の意を察せよ云云。

               本門戒壇への邪難を破す  につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-14 13:02 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

本門戒壇の文証を引く【文底秘沈抄第二】本門の戒壇編


次に文証を引くとは、本門寺の額に云く、大日本国富士山、本門寺根源等云云。
 御書外十六に御相承を引いて云く「日蓮
一期(いちご)の弘法白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通(ぐつう)の大導師たるべし、国主此の法をたてらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と()うは是れなり」等云云。
 開山上人門徒存知に云く「
(およ)そ勝地を(えら)伽藍(がらん)を建立するは仏法の通例なり、然るに駿河国富士山は日本第一の名山なり、最も是の(みぎり)において本門寺を建つべきなり」云云。

三位(さんみ)日順詮要抄に云く「天台大師は漢土天台山に於て之を()(せん)す、彼の山名を取って天台大師と号す、富士山亦日蓮山と名づく、最も此の山に於て本門寺を建つべし、彼は迹門(しゃくもん)の本寺、此れは本門の本山なり、此に秘伝有り」云云。

況や(また)本門戒壇は本尊所住の処、(あに)戒壇建立の霊地に非ずや。
 経(神力品)に云く「若しは経巻所住の処、若しは園中に
(おい)ても、若しは林中に於ても、乃至是の中皆応(みなまさ)に塔を起てて供養すべし」等云云。


               身延山の謗法を破す につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-14 12:06 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

本門戒壇の義と事を説き明かす【文底秘沈抄第二】本門の戒壇編


()れ本門の戒壇に()有り、()有り、所謂(いわゆる)義の戒壇とは即ち是れ本門の本尊所住の処、義の戒壇に当たる故なり、例せば文句第十に「仏其の中に住す即ち是れ塔の義と釈するが如し」云云。(まさ)しく事の戒壇とは一閻浮提の人、懴悔(さんげ)滅罪(めつざい)の処なり、(ただ)(しか)るのみに非ず、梵天・帝釈までも来下(らいげ)して踏みたもうべき戒壇なり。秘法抄に云く「王臣一同に三秘密の法を持たん時、勅宣(ちょくせん)並びに御教書(みきょうしょ)を申し下して、霊山(りょうぜん)浄土に似たらん最勝の地を(たず)ねて戒壇を建立すべき者か、時を待つべきのみ事の戒法と申すは是れなり」等云云。宗祖云く「此の(みぎり)に臨まん(やから)は無始の罪障(たちま)ちに消滅し三業の悪転じて三徳を成ぜんのみ」云云。

問う、霊山浄土に似たらん最勝の地とは何処(いずこ)を指すとせんや。

答う、(まさ)に是れ富士山なるべし、故に富士山に於て本門の戒壇之を建立すべきなり、(まさ)に此の義を明かさんとするに(しばら)く三門に約す、所謂(いわゆる)、道理・文証・遮難(しゃなん)なり。

初めに道理とは

一には謂わく、日本第一の名山なるが故に(みやこの)(よし)()の富士山の記に云く「富士山は駿河の国に在り、(みね)削り成すが如く(ただ)(そび)えて天に()けり、其の高きこと測るべからず、()(せき)の記する所を歴覧(れきらん)するに未だ此の山より高きは有らざる者なり、(けだ)し神仙の遊萃(ゆうすい)する所なり」云云。

二には謂わく、(まさ)しく王城の鬼門に当たるが故に、義楚(ぎそ)(じょう)第二十一-五に云く「日本国(また)倭国と名づく、東海の中に在り、都城(とじょう)の東北千里に山あり、富士山と名づく」云云。東北は即ち是れ丑寅(うしとら)なり、丑寅を鬼門と名づくるなり。 (じゅ)(りん)十一-十一・簠記(ほき)第三云云。類聚の一の末五十三に云く「天竺(てんじく)の霊山は王舎(おうしゃ)(じょう)の丑寅なり、(しん)(たん)の天台山は(かん)陽宮(ようきゅう)の丑寅なり、日本の比叡山は平安城の丑寅なり、共に鎮護(ちんご)国家の道場なり」云云。上野抄()五-七に云く「仏法の住処(じゅうしょ)は鬼門の(かた)に三国(とも)に建つるなり、此等は相承の法門なり」云云。

三には謂わく、大日蓮華山と名づくるが故に、神道深秘二十六に云く「駿河国大日蓮華山」云云。今之を案ずるに山の形八葉の蓮華に似たるが故に(しか)名づくるなり。神社考四-二十に云く「富士縁起(えんぎ)に云く、孝安天皇九十二年六月富士山()(しゅつ)す、(すなわ)ち郡名を取って富士山と云う、(かたち)蓮華に似て絶頂に八葉あり」云云。古徳の富士の詩に云く「根は三州に(またが)(えん)(じゅ)(せっ)()云云(すで)に是れ日蓮山なり、最も此の処に於て戒壇を建つべきなり。自余之を略す。

 本門戒壇の文証を引く につづく
  
文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-14 11:51 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

応仏昇進・迹仏化他の本果を破す【文底秘沈抄第二】本門の本尊篇


問う、本果は(まさ)しく是れ本地自行の自受用身なり、若し(しか)らば(すなわ)ち人法体一とせんや。

答う、若し文底の意に准ずれば本果は(なお)是れ迹中化他の応仏昇進の自受用にして是れ本地自行の久遠元初の自受用に非ず、何ぞ人法体一と名づけんや。

問う、若し爾らば本果は(なお)迹仏化他の成道とせんや。

答う、文底の意に准ずるに実に所問の如し。謂わく、本果の成道に既に四教八教有りて全く今日(こんにち)の化儀に同じきが故なり。文の一-二十一に云く「唯本地の四仏は皆是れ本なり」云云。(せん)七に云く「既に四義の深浅不同有り、故に知んぬ不同は定めて迹に属す」云云。又云く「久遠に(また)四教有り」云云。又云く「昔日(すで)()(こん)を得」等云云。

故に知んぬ、本果(なお)四教八教有り。記の一に云く「化他は不定亦八教有り」云云。此等の文に准ずるに本果は(なお)是れ(しゃく)(ぶつ)化他の成道なり。応に知るべし、三蔵の応仏次第に昇進して寿量品に至り、自受用身と顕わる。故に応仏昇進の自受用身と名づくるなり、是れ則ち今日の本果と一同なり云云。

問う、二仏の供養に浅深有りや。

答う、功徳の勝劣(なお)天地の如し。

入大乗論下十九に云く「若し(ほっ)(しん)を礼すれば即ち一切の色心を礼す、故に知んぬ、法身を本と為す、無量の色身は皆法身に依って現ず、故に仮使(たとい)恒河沙(ごうがしゃ)の色身と雖も一法身に如かず」云云。

金剛般若論に云く「法身に於て亦()く了因と()り、報応の荘厳相好(ここ)に於て正因と為る」云云。

玄私の五の本に云く「彼の経論の意は色相の仏を以て仏と為すに非ず、故に今報応の因を以て亦世間の福に属す」云云。

名疏の十-三十七に云く「生身を供養するを名づけて生因と為す、菩提に(おもむ)かず法身を供養するを実に了因と名づけ能く菩提に趣く」云云。

籤の五-八に云く「生因とは有漏(うろ)の因なり」云云。

法師品に云く云云、

妙楽云く「供養すること有らん者は福十号に過ぐ」云云。

 学者応に知るべし、久遠元初の自受用身は全く是れ一念三千なり、故に事の一念三千の本尊と名づくるなり、秘すべし秘すべし云云。


                 本門戒壇の義と事を説き明かす   につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次


by johsei1129 | 2014-12-14 00:34 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

色相荘厳の仏を破す【文底秘沈抄第二】本門の本尊篇


問う、生仏(なお)一如なり、何に況や仏々をや、而るに(なん)(なお)一別の異なり有らんや。

答う、若し理に()て論ずれば法界に非ざること無し、今事に()いて論ずるに差別無きに非ず。()わく自受用身は是れ境智(きょうち)冥合(みょうごう)の真身なり、故に人法体一なり、譬えば月と光と和合するが故に(たい)是れ別ならざるが如し。若し色相(しきそう)荘厳の仏は是れ世情に随順する虚仏なり、故に人法体別なり、譬えば影は池水に移る故に天月と是れ一ならざるが如し、妙楽の所謂(いわゆる)本地の自行は唯円と合す、化他は不定なり(また)八教有り」とは是れなり。

問う、色相荘厳の仏身は世情に随順する証文如何(いかん)

答う、(しばら)く一両文を出ださん。

方便品に云く「我が相を以て身を(かざ)り、光明世間を照らし、無量の衆に尊ばれ為めに実相の印を説く」云云。

文の四に云く「身相(しんそう)炳著(へいじゃく)にして(こう)(じき)端厳(たんごん)なれば衆の尊ぶ所と()り則ち信受すべし」云云。

弘六の本に云く「謂わく、仏の身相具せざれば一心に道を受くること(あた)わず、器の不浄なるに()き味食を盛れども人の喜ばざる所の如し、是の故に相好(そうごう)を以て自ら其の身を(かざ)る」云云。

安然(あんねん)(きょう)()()に云く「世間皆知る、仏の三十二相を具することを、此の世情に随って三十二相を以て仏と為す」云云。

止観七-七十六に云く「縁不同と為す、多少は彼に在り」云云。

劣応(れっとう)三十二相、勝応(しょうおう)八万四千、()受用(じゅゆう)無尽の相好は(ただ)道を信受せしめんが為に(かり)に世情に順ずる仏身なり。

金剛般若経に云く「若し三十二相を以て如来と見れば(てん)(りん)(じょう)(おう)も即ち是れ如来ならん」云云。又()に云く「若し(しき)を以て我と見れば、是れ則ち邪道を行ず」等云云。

台家(たいけ)の相伝、明匠(みょうしょう)口決(くけつ)五-二十六に云く「他宗権門の意は()(こん)の妙体に瓔珞(ようらく)細輭(さいなん)の上服を著し、威儀具足する仏を以て仏果と()す、一家(いっけ)の円実の意は此くの如き仏果は(しばら)く機の前に面形(めんぎょう)を著けたる化仏なる故に有為(うい)の報仏、未だ無常を免れずと下し、此の上に本地無作三身を以て真実の仏果と為す、其の無作三身とは(また)何物ぞ、(ただ)十界三千万法常住の所を(たい)と為す、山家(さんけ)(秘密荘厳論)云く、一念三千即自受用身」以上略抄。



        応仏昇進・迹仏化他の本果を破す につづく

文底秘沈抄 目次
六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-14 00:03 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 13日

教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てりと説いた【南条殿御返事】

【南条殿御返事】
■出筆時期:弘安四年(西暦1281年)九月十一日 六十歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は大聖人が御遷化なされるほぼ一年前、強信徒南条時光(上野賢人)に与えられた書である。本書で大聖人は、ご供養の品々を届けた時光の使いのものより時光が病状であることを聞き、いそぎ療治をして大聖人の下を参詣されるよう促している。また強信徒の時光だからこそ、「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり・・・中略・・・かかる不思議なる法華経の行者の住処なればいかでか霊山浄土に劣るべき」と自らが末法の本仏であると言う内証を明らかにしている、極めて重要なご消息文となっている。
■ご真筆: 現存しておりません。

[南条殿御返事]

塩一駄・大豆一俵、とつさか(鶏冠菜)一袋、酒一筒・給び候。上野の国より御帰宅候後は未だ見参に入らず候。牀敷(ゆかしく)存じ候いし処に品品の物ども取り副え候いて御音信に預り候事、申し尽し難き御志にて候。

 今申せば事新しきに相似て候へども、徳勝童子は仏に土の餅を奉りて阿育大王と生れて南閻浮提を大体知行すと承り候。土の餅は物ならねども仏のいみじく渡らせ給へば・かくいみじき報いを得たり。然るに釈迦仏は、我を無量の珍宝を以て億劫の間・供養せんよりは・末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍・過ぐべしとこそ説かせ給いて候に、法華経の行者を心に入れて数年供養し給う事有り難き御志かな。金言の如くんば定めて後生は霊山浄土に生れ給うべし、いみじき果報なるかな。

 其の上此の処は人倫を離れたる山中なり。東西南北を去りて里もなし。かかる、いと心細き幽窟なれども教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり。舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌(みぎり)なるべし。かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊しと申すは是なり。

 神力品に云く「若しは林の中に於ても若しは樹の下に於ても、若しは僧坊に於ても、乃至而般涅槃(はつねはん)したもう」と云云。此の砌に望まん輩は無始の罪障忽に消滅し、三業の悪転じて三徳を成ぜん。彼の中天竺の無熱池に臨みし悩者が心中の熱気を除愈(じょゆ)して、其の願を充満する事清涼池の如しとうそぶきしも、彼れ此れ異なりといへども、其の意は争でか替るべき。

  彼の月氏の霊鷲山は本朝此の身延の嶺(みね)なり。参詣遥かに中絶せり急急に来臨を企つべし。是にて待ち入つて候べし。哀(あわれ)哀申しつくしがたき御志かな、御志かな。

弘安四年九月十一日 日 蓮 花 押
南条殿御返事

御使の申し候を承り候。是の所労難儀のよし聞え候。いそぎ療治をいたされ候いて、御参詣有るべく候。



by johsei1129 | 2014-12-13 22:44 | 南条時光(上野殿) | Trackback | Comments(0)