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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 06月 30日

一切衆生は悉く仏性を有し、法を聞き観行すれば皆当に作仏すべしと説いた【爾前二乗菩薩不作仏事】

【爾前二乗菩薩不作仏事(にぜんにじょうぼさつふさくぶつじ】
■出筆時期:正元元年(西暦1259年)  三十八歳御作
■出筆場所:鎌倉の草庵
■出筆の経緯:本書を認められた前年の正嘉2年に大聖人は駿河国の岩本実相寺にて大蔵経を研鑽、翌年
立正安国論を鎌倉幕府に建白されている。その時の研鑽の成果として本書の他幾つか御書をしたためている。本書では「爾前経では二乗も菩薩も作仏することができないのに対し、法華経のみが万人を成仏得道せしめる経である」と解き明かしている。今後の布教の糧として弟子・信徒のために書かれたものと思われる。 
■ご真筆: 身延山久遠寺 曽存(かつては存在したが焼失)

[爾前二乗菩薩不作仏事 本文]

 問うて云く二乗永不成仏の教に菩薩の作仏を許す可きや、答えて云く楞伽経第二に云く「大慧何者か無性乗なる、謂く一闡提なり・大慧・一闡提とは涅槃の性無し何を以ての故に解脱の中に於て信心を生ぜず涅槃に入らず、大慧・一闡提とは二種あり何等をか二と為す一には一切の善根を梵焼す二には一切衆生を憐愍して一切衆生界を尽さんとの願を作す大慧・云何が一切の善根を梵焼する謂く菩薩蔵を謗じて是くの如きの言を作す、彼の修多羅・毘尼・解脱の説に随順するに非ず諸の善根を捨つと是の故に涅槃を得ず、大慧・衆生を憐愍して衆生界を尽さんとの願を作す者是を菩薩と為す、大慧・菩薩は方便して願を作す若し諸の衆生の涅槃に入らざる者あらば我も亦涅槃に入らずと是の故に菩薩摩訶薩涅槃に入らず、大慧・是を二種の一闡提無涅槃性と名く是の義を以ての故に決定して一闡提の行を取る、大慧菩薩・仏に白して言く世尊・此の二種の一闡提何等の一闡提か常に涅槃に入らざる、仏・大慧に告げたまわく菩薩摩訶薩の一闡提は常に涅槃に入らず何を以ての故に能善く一切諸法・本来涅槃なりと知るを以て是の故に涅槃に入らず一切の善根を捨つる闡提には非ず、何を以ての故に大慧彼れ一切の善根を捨つる闡提は若し諸仏・善知識等に値いたてまつれば菩提心を発し諸の善根を生じて便ち涅槃を証す」等と云云、此の経文に「若し諸の衆生涅槃に入らざれば我も亦涅槃に入らじ」等云云。  前四味の諸経に二乗作仏を許さず之を以て之を思うに四味諸経の四教の菩薩も作仏有り難きか、華厳経に云く「衆生界尽きざれば我が願も亦尽きず」等と云云、一切の菩薩必ず四弘誓願を発す可し其の中の衆生無辺誓願度の願之を満せざれば無上菩提誓願証の願又成じ難し、之を以て之を案ずるに四十余年の文二乗に限らば菩薩の願又成じ難きか。

  問うて云く二乗成仏之無ければ菩薩の成仏も之無き正き証文如何、答えて云く涅槃経三十六に云く「仏性は是れ衆生に有りと信ずと雖も必ず一切に皆悉く之有らず是の故に名けて信不具足と為す」と三十六本三十二、此の文の如くんば先四味の諸菩薩は皆一闡提の人なり二乗作仏を許さず二乗の作仏を成ぜざるのみに非ず、将又菩薩の作仏も之を許さざる者なり、之を以て之を思うに四十余年の文二乗作仏を許さずんば菩薩の成仏も又之無きなり、一乗要決の中に云く「涅槃経三十六に云く仏性は是れ衆生に有りと信ずと雖も必ず一切皆悉く之有らず是の故に名けて信不具足と為すと三十六本三十二、第三十一に説く一切衆生及び一闡提に悉く仏性有りと信ずるを菩薩の十法の中の第一の信心具足と名くと、三十六本第三十、一切衆生悉有仏性を明すは是れ少分に非ず、若し猶堅く少分の一切なりと執せば唯経に違するのみに非ず亦信不具なり何に因つてか楽つて一闡提と作るや此れに由つて全分の有性を許すべし理亦一切の成仏を許すべし」と。
慈恩の心経玄賛に云く「大悲の辺に約すれば常に闡提と為る大智の辺に約すれば亦当に作仏すべし、宝公の云く大悲闡提は是れ前経の所説なり前説を以て後説を難ず可からざるなり諸師の釈意大途之に同じ」文、金ぺいの註に云く「境は謂く四諦なり百界三千の生死は即ち苦なり此の生死即ち是れ涅槃なりと達するを衆生無辺誓願度と名く・百界三千に三惑を具足す此の煩悩即ち是れ菩提なりと達するを煩悩無辺誓願断と名く・生死即涅槃と円の仏性を証するは即ち仏道無上誓願成なり、惑即菩提にして般若に非ざること無ければ即ち法門無尽誓願知なり、惑智無二なれば生仏体同じ苦集唯心なれば四弘融摂す一即一切なりとは斯の言徴有り」文、慈覚大師の速証仏位集に云く「第一に唯今経の力用仏の下化衆生の願を満す故に世に出でて之を説く所謂諸仏の因位・四弘の願・利生断惑・知法作仏なり然るに因円果満なれば後の三の願は満ず、利生の一願甚だ満じ難しと為す彼の華厳の力十界皆仏道を成ずること能わず阿含・方等・般若も亦爾なり後番の五味・皆成仏道の本懐なる事能わず、今此の妙経は十界皆成仏道なること分明なり彼の達多無間に堕するに天王仏の記を授け竜女成仏し十羅刹女も仏道を悟り阿修羅も成仏の総記を受け人・天・二乗・三教の菩薩・円妙の仏道に入る、経に云く我が昔の所願の如きは今者已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむと云云、衆生界尽きざるが故に未だ仏道に入らざる衆生有りと雖も然れども十界皆成仏すること唯今経の力に在り故に利生の本懐なり」と云云。

 又云く「第一に妙経の大意を明さば諸仏は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現し一切衆生・悉有仏性と説き聞法・観行・皆当に作仏すべし、抑仏何の因縁を以て十界の衆生悉く三因仏性有りと説きたもうや、天親菩薩の仏性論縁起分の第一に云く如来五種の過失を除き五種の功徳を生ずるが為の故に一切衆生悉有仏性と説きたもう已上謂く五種の過失とは一には下劣心・二には高慢心・三には虚妄執・四には真法を謗じ五には我執を起すなり、五種の功徳とは一には正勤・二には恭敬・三には般若・四には闍那・五には大悲なり、生ずること無しと疑うが故に大菩提心を発すこと能わざるを下劣心と名け、我に性有つて能く菩提心を発すと謂えるを高慢と名け、一切の法無我の中に於て有我の執を作すを虚妄執と名け一切諸法の清浄の智慧功徳を違謗するを謗真法と名け意唯己を存して一切衆生を憐むことを欲せざるを起我執と名く此の五に翻対して定めて性有りと知りて菩提心を発す」と。
                                                
                                                   日 蓮 花押

by johsei1129 | 2014-06-30 22:41 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 29日

法華経計りこそ最後の極説なると説き明かした書【持妙法華問答抄】三

[持妙法華問答抄 本文]その三

 倩ら世間を見るに法をば貴しと申せども其の人をば万人是を悪む汝能く能く法の源に迷へり何にと云うに一切の草木は地より出生せり、是を以て思うに一切の仏法も又人によりて弘まるべし之に依つて天台は仏世すら猶人を以て法を顕はす末代いづくんぞ法は貴けれども人は賤しと云はんやとこそ釈して御坐候へ、されば持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし、然らば則ち其の人を毀るは其の法を毀るなり其の子を賤しむるは即ち其の親を賤しむなり、爰に知んぬ当世の人は詞と心と総てあはず孝経を以て其の親を打つが如し豈冥の照覧恥かしからざらんや地獄の苦み恐るべし恐るべし慎むべし慎むべし、上根に望めても卑下すべからず下根を捨てざるは本懐なり、下根に望めても驕慢ならざれ上根も・もるる事あり心をいたさざるが故に凡そ其の里ゆかしけれども道たえ縁なきには通ふ心もをろそかに其の人恋しけれども憑めず契らぬには待つ思もなをざりなるやうに彼の月卿雲閣に勝れたる霊山浄土の行きやすきにも未だゆかず我即是父の柔軟の御すがた見奉るべきをも未だ見奉らず、是れ誠に袂をくだし胸をこがす歎ならざらんや、暮行空の雲の色・有明方の月の光までも心をもよほす思なり、事にふれをりに付けても後世を心にかけ花の春・雪の朝も是を思ひ風さはぎ村雲まよふ夕にも忘るる隙なかれ、出ずる息は入る息をまたず何なる時節ありてか毎自作是念の悲願を忘れ何なる月日ありてか無一不成仏の御経を持たざらん、昨日が今日になり去年の今年となる事も是れ期する処の余命にはあらざるをや、総て過ぎにし方を・かぞへて年の積るをば知るといへども今行末にをいて一日片時も誰か命の数に入るべき、臨終已に今にありとは知りながら我慢偏執・名聞利養に著して妙法を唱へ奉らざらん事は志の程・無下にかひなし、さこそは皆成仏道の御法とは云いながら此の人争でか仏道に・ものうからざるべき、色なき人の袖には・そぞろに月のやどる事かは、又命已に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり、若し是れ二念三念を期すと云はば平等大慧の本誓・頓教一乗皆成仏の法とは云はるべからず、流布の時は末世・法滅に及び機は五逆・謗法をも納めたり、故に頓証菩提の心におきてられて狐疑執著の邪見に身を任する事なかれ、生涯幾くならず思へば一夜のかりの宿を忘れて幾くの名利をか得ん、又得たりとも是れ夢の中の栄へ珍しからぬ楽みなり、只先世の業因に任せて営むべし世間の無常をさとらん事は眼に遮り耳にみてり、雲とやなり雨とやなりけん昔の人は只名をのみきく、露とや消え煙とや登りけん今の友も又みえず、我れいつまでか三笠の雲と思ふべき春の花の風に随ひ秋の紅葉の時雨に染まる、是れ皆ながらへぬ世の中のためしなれば法華経には「世皆牢固ならざること水沫泡焔の如し」とすすめたり「以何令衆生・得入無上道」の御心のそこ順縁・逆縁の御ことのは已に本懐なれば暫くも持つ者も又本意にかないぬ又本意に叶はば仏の恩を報ずるなり、悲母深重の経文・心安ければ唯我一人の御苦みもかつかつやすみ給うらん、釈迦一仏の悦び給うのみならず諸仏出世の本懐なれば十方三世の諸仏も悦び給うべし「我即歓喜・諸仏亦然」と説かれたれば仏悦び給うのみならず神も即ち随喜し給うなるべし、伝教大師・是を講じ給いしかば八幡大菩薩は紫の袈裟を布施し、空也上人是を読み給いしかば松尾の大明神は寒風をふせがせ給う、されば「七難即滅七福即生」と祈らんにも此の御経第一なり現世安穏と見えたればなり、他国侵逼の難・自界叛逆の難の御祈祷にも此の妙典に過ぎたるはなし、令百由旬内無諸衰患と説かれたればなり。

 然るに当世の御祈祷はさかさまなり先代流布の権教なり末代流布の最上真実の秘法にあらざるなり、譬えば去年の暦を用ゐ烏を鵜につかはんが如し是れ偏に権教の邪師を貴んで未だ実教の明師に値わせ給はざる故なり、惜いかな文武の卞和があら玉何くにか納めけん、嬉いかな釈尊出世の髻の中の明珠今度我身に得たる事よ、十方諸仏の証誠として・いるがせならず、さこそは「一切世間・多怨難信」と知りながら争か一分の疑心を残して決定無有疑の仏にならざらんや、過去遠遠の苦みは徒らにのみこそ・うけこしか、などか暫く不変常住の妙因をうへざらん・未来・永永の楽みは・かつかつ心を養ふともしゐてあながちに電光朝露の名利をば貪るべからず、「三界無安・猶如火宅」は如来の教へ「所以諸法・如幻如化」は菩薩の詞なり、寂光の都ならずは何くも皆苦なるべし本覚の栖を離れて何事か楽みなるべき、願くは「現世安穏・後生善処」の妙法を持つのみこそ只今生の名聞・後世の弄引なるべけれ須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経。

                                                        日蓮 花押

[持妙法華問答抄 本文] 完

by johsei1129 | 2014-06-29 21:34 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 28日

法華経計りこそ最後の極説なると説き明かした書【持妙法華問答抄】二

[持妙法華問答抄 本文]その二

 問うて云く已今当の中に法華経・勝れたりと云う事はさも候べし、但し有人師の云く四十余年未顕真実と云うは法華経にて仏になる声聞の為なり爾前の得益の菩薩の為には未顕真実と云うべからずと云う義をばいかが心得候べきや、答えて云く法華経は二乗の為なり菩薩の為にあらず、されば未顕真実と云う事二乗に限る可しと云うは徳一大師の義か此れは法相宗の人なり、此の事を伝教大師破し給うに「現在のそ食者は偽章数巻を作りて、法を謗じ人を謗ず何ぞ地獄に堕せざらんや」と破し給ひしかば徳一は其の語に責められて舌八にさけてうせ給いき、未顕真実とは二乗の為なりと云はば最も理を得たり、其の故は如来布教の元旨は元より二乗の為なり一代の化儀・三周の善巧・併ら二乗を正意とし給へり、されば華厳経には地獄の衆生は仏になるとも二乗は仏になるべからずと嫌い、方等には高峯に蓮の生ざるように二乗は仏の種をいりたりと云はれ、般若には五逆罪の者は仏になるべし二乗は叶うべからずと捨てらる、かかる・あさましき捨者の仏になるを以て如来の本意とし法華経の規模とす、之に依つて天台の云く「華厳大品も之を治すること能わず唯法華のみ有りて能く無学をして還つて善根を生じ仏道を成ずることを得せしむ所以に妙と称す、又闡提は心有り猶作仏す可し二乗は智を滅す心生ず可からず法華能く治す復称して妙と為す」と云云、此の文の心は委く申すに及ばず誠に知んぬ華厳・方等・大品等の法薬も二乗の重病をばいやさず又三悪道の罪人をも菩薩ぞと爾前の経にはゆるせども二乗をばゆるさず、之に依つて妙楽大師は「余趣を実に会すること諸経に或は有れども二乗は全く無し故に菩薩に合して二乗に対し難きに従つて説く」と釈し給えり、しかのみならず二乗の作仏は一切衆生の成仏を顕すと天台は判じ給へり、修羅が大海を渡らんをば是れ難しとやせん、嬰児の力士を投ん何ぞたやすしとせん、然らば則ち仏性の種あるものは仏になるべしと爾前にも説けども未だ焦種の者作仏すべしとは説かず、かかる重病を・たやすく・いやすは独り法華の良薬なり、只須く汝仏にならんと思はば慢のはたほこをたをし忿りの杖をすてて偏に一乗に帰すべし、名聞名利は今生のかざり我慢偏執は後生のほだしなり、嗚呼恥づべし恥づべし恐るべし恐るべし。

 問うて云く一を以て万を察する事なれば・あらあら法華のいわれを聞くに耳目始めて明かなり、但し法華経をば・いかように心得候てか速に菩提の岸に到るべきや、伝え聞く一念三千の大虚には慧日くもる事なく一心三観の広池には智水にごる事なき人こそ其の修行に堪えたる機にて候なれ、然るに南都の修学に臂をくだく事なかりしかば瑜伽唯識にもくらし北嶺の学文に眼を・さらさざりしかば止観玄義にも迷へり、天台・法相の両宗はほとぎを蒙りて壁に向へるが如し、されば法華の機には既にもれて候にこそ何んがし候べき、答えて云く利智精進にして観法修行するのみ法華の機ぞと云つて無智の人を妨ぐるは当世の学者の所行なり是れ還つて愚癡邪見の至りなり、一切衆生・皆成仏道の教なれば上根・上機は観念・観法も然るべし下根下機は唯信心肝要なり、されば経には「浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は地獄・餓鬼・畜生に堕ちずして十方の仏前に生ぜん」と説き給へり、いかにも信じて次の生の仏前を期すべきなり、譬えば高き岸の下に人ありて登ることあたはざらんに又岸の上に人ありて繩をおろして此の繩にとりつかば我れ岸の上に引き登さんと云はんに引く人の力を疑い繩の弱からん事をあやぶみて手を納めて是をとらざらんが如し争か岸の上に登る事をうべき、若し其の詞に随ひて手をのべ是をとらへば即ち登る事をうべし、唯我一人・能為救護の仏の御力を疑い以信得入の法華経の教への繩をあやぶみて決定無有疑の妙法を唱へ奉らざらんは力及ばず菩提の岸に登る事難かるべし、不信の者は堕在泥梨の根元なり、されば経には「疑を生じて信ぜざらん者は則ち当に悪道に堕つべし」と説かれたり、受けがたき人身をうけ値いがたき仏法にあひて争か虚くて候べきぞ、同じく信を取るならば又大小・権実のある中に諸仏出世の本意・衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ、持つ処の御経の諸経に勝れてましませば能く持つ人も亦諸人にまされり、爰を以て経に云く「能く是の経を持つ者は一切衆生の中に於て亦為第一なり」と説き給へり大聖の金言疑ひなし、然るに人此の理をしらず見ずして名聞・狐疑・偏執を致せるは堕獄の基なり、只願くは経を持ち名を十方の仏陀の願海に流し誉れを三世の菩薩の慈天に施すべし、然れば法華経を持ち奉る人は天竜・八部・諸大菩薩を以て我が眷属とする者なり、しかのみならず因身の肉団に果満の仏眼を備へ有為の凡膚に無為の聖衣を著ぬれば三途に恐れなく八難に憚りなし、七方便の山の頂に登りて九法界の雲を払ひ無垢地の園に花開け法性の空に月明かならん、是人於仏道・決定無有疑の文憑あり唯我一人・能為救護の説疑ひなし、一念信解の功徳は五波羅蜜の行に越へ五十展転の随喜は八十年の布施に勝れたり、頓証菩提の教は遥に群典に秀で顕本遠寿の説は永く諸乗に絶えたり、爰を以て八歳の竜女は大海より来つて経力を刹那に示し本化の上行は大地より涌出して仏寿を久遠に顕す言語道断の経王・心行所滅の妙法なり、然るに此の理をいるかせにして余経にひとしむるは謗法の至り大罪の至極なり、譬を取るに物なし、仏の神変にても何ぞ是を説き尽きん菩薩の智力にても争か是を量るべき、されば譬喩品に云く「若し其の罪を説かば劫を窮むとも尽きず」と云へり文の心は法華経を一度もそむける人の罪をば劫を窮むとも説き尽し難しと見えたり、然る間三世の諸仏の化導にも・もれ恒沙の如来の法門にも捨てられ冥きより冥きに入つて阿鼻大城の苦患争か免れん誰か心あらん人・長劫の悲みを恐れざらんや、爰を以て経に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん其の人命終して阿鼻獄に入らん」と云云、文の心は法華経をよみ・たもたん者を見てかろしめ・いやしみ・にくみ・そねみ・うらみを・むすばん其の人は命をはりて阿鼻大城に入らんと云へり、大聖の金言誰か是を恐れざらんや正直捨方便の明文豈是を疑うべきや、然るに人皆・経文に背き世悉く法理に迷へり汝何ぞ悪友の教へに随はんや、されば邪師の法を信じ受くる者を名けて毒を飲む者なりと天台は釈し給へり汝能く是を慎むべし是を慎むべし。

[持妙法華問答抄 本文]その三に続く




by johsei1129 | 2014-06-28 21:02 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 27日

法華経計りこそ最後の極説なると説き明かした書【持妙法華問答抄】一

【持妙法華問答抄(じみょうほっけもんどうしょう】
■出筆時期:弘長三年三月(西暦1263年) 四十二歳御作      
■出筆場所:鎌倉の草庵
■出筆の経緯:本御書は弘長三年二月二十二日、一年九ヵ月振りに伊豆流罪が赦免になり鎌倉の草案に戻ってきた直後にしたためられた。大聖人は鎌倉幕府と念仏宗僧俗の画策による伊豆流罪で、法華経勧持品十三に説かれている『濁世の悪比丘は仏の方便・随宜所説の法を知らずして悪口して顰蹙し数数擯出せられん(所を追われる)』の文言を身をもって読まれ、末法の法華経の行者としての確信を深められその確信を伝えるため弟子・信徒一同に宛てて書かれたものと思われる。 
■ご真筆: 現存していない。

[持妙法華問答抄 本文]その一

抑も希に人身をうけ適ま仏法をきけり、然るに法に浅深あり人に高下ありと云へり何なる法を修行してか速に仏になり候べき願くは其の道を聞かんと思ふ、答えて云く家家に尊勝あり国国に高貴あり皆其の君を貴み其の親を崇むといへども豈国王にまさるべきや、爰に知んぬ大小・権実は家家の諍ひなれども一代聖教の中には法華独り勝れたり、是れ頓証菩提の指南・直至道場の車輪なり、疑つて云く人師は経論の心を得て釈を作る者なり然らば則ち宗宗の人師・面面・各各に教門をしつらい釈を作り義を立て証得菩提と志す何ぞ虚しかるべきや、然るに法華独り勝ると候はば心せばくこそ覚え候へ、答えて云く法華独りいみじと申すが心せばく候はば釈尊程心せばき人は世に候はじ何ぞ誤りの甚しきや、且く一経・一流の釈を引いて其の迷をさとらせん、無量義経に云く「種種に法を説き種種に法を説くこと方便力を以てす四十余年未だ真実を顕さず」云云、此の文を聞いて大荘厳等の八万人の菩薩・一同に「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐるとも終に無上菩提を成ずることを得ず」と領解し給へり、此の文の心は華厳・阿含・方等・般若の四十余年の経に付いていかに念仏を申し禅宗を持ちて仏道を願ひ無量無辺・不可思議・阿僧祇劫を過ぐるとも無上菩提を成ずる事を得じと云へり、しかのみならず方便品には「世尊は法久くして後要当に真実を説きたもうべし」ととき、又唯有一乗法・無二亦無三と説きて此の経ばかりまことなりと云い、又二の巻には「唯我一人のみ能く救護を為す」と教へ「但楽いて大乗経典を受持して乃至余経の一偈をも受けず」と説き給へり、文の心はただわれ一人して・よくすくひ・まもる事をなす、法華経をうけたもたん事をねがひて余経の一偈をも・うけざれと見えたり、又云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則ち一切世間の仏種を断ぜん乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と云云、此の文の心は若し人・此の経を信ぜずして此の経にそむかば則ち一切世間の仏のたねを・たつものなりその人は命をはらば無間地獄に入るべしと説き給へり、此等の文をうけて天台は将非魔作仏の詞正く此の文によれりと判じ給へり、唯人師の釈計りを憑みて仏説によらずば何ぞ仏法と云う名を付くべきや言語道断の次第なり、之に依つて智証大師は経に大小なく理に偏円なしと云つて一切人によらば仏説無用なりと釈し給へり、天台は「若し深く所以有り復修多羅と合せるをば録して之を用ゆ無文無義は信受す可からず」と判じ給へり、又云く「文証無きは悉く是れ邪の謂い」とも云へり、いかが心得べきや。

 問うて云く人師の釈はさも候べし爾前の諸経に此の経第一とも説き諸経の王とも宣べたり若し爾らば仏説なりとも用うべからず候か如何、答えて云く設い此の経第一とも諸経の王とも申し候へ皆是れ権教なり其の語によるべからず、之に依つて仏は「了義経によりて不了義経によらざれ」と説き妙楽大師は「縦い経有りて諸経の王と云うとも已今当説最為第一と云わざれば兼但対帯其の義知んぬ可し」と釈し給へり、此の釈の心は設ひ経ありて諸経の王とは云うとも前に説きつる経にも後に説かんずる経にも此の経はまされりと云はずば方便の経としれと云う釈なり、されば爾前の経の習として今説く経より後に又経を説くべき由を云はざるなり、唯法華経計りこそ最後の極説なるが故に已今当の中に此の経独り勝れたりと説かれて候へ、されば釈には「唯法華に至つて前教の意を説いて今教の意を顕す」と申して法華経にて如来の本意も教化の儀式も定りたりと見えたり、之に依つて天台は「如来成道・四十余年未だ真実を顕さず法華始めて真実を顕す」と云へり、此の文の心は如来・世に出でさせ給いて四十余年が間は真実の法をば顕さず法華経に始めて仏になる実の道を顕し給へりと釈し給へり。

[持妙法華問答抄 本文]その二に続く




by johsei1129 | 2014-06-27 23:03 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 18日

行住坐臥に法華経を読み行ずることこそ、人間に生を受けて是れ程の悦びはないと説いた【四恩抄】

【四恩抄(しおんしょう)】
■出筆時期:弘長二年(西暦1263年)一月十六日 四十一歳御作
■出筆場所:伊豆 伊東(流罪中) 地頭伊東祐光の館(毘沙門堂)
■出筆の経緯:大聖人の直信徒、安房の国天津の領主・工藤左近尉吉隆に与えられた書。工藤吉隆は大聖人が伊豆流罪中に御供養をお届けするなど庇護にあたられ、また文永元年(1264年)十一月十一日に起こった小松原の法難の時には、身命を捨てて大聖人様をお護りした豪信徒である。伊豆流罪にちなみ、法華経に説かれている「如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」の文々は、大聖人ご自身の振る舞いに当てはまることを宣言し大聖人が末法の本仏であることを示唆している。また「行住坐臥に法華経を読み行ずることこそ、人間に生を受けて是れ程の悦びは何事か候べき」と説き、法華経信仰の大切さを伝え、さらに 仏法を習う身には必ず四恩(一切衆生、父母、国主、三宝)を報ずることが大事だと説いている。
■ご真筆: 現存していない。

[四恩抄 本文]

 抑(そもそも)此の流罪の身になりて候につけて二つの大事あり、一には大なる悦びあり其の故は此の世界をば娑婆(しゃば)と名く娑婆と申すは忍と申す事なり・故に仏をば能忍(のうにん)と名けたてまつる、此の娑婆世界の内に百億の須弥山・百億の日月・百億の四州あり、其の中の中央の須弥山・日月・四州に仏は世に出でまします、此の日本国は其の仏の世に出でまします国よりは丑寅(うしとら)の角(すみ)にあたりたる小島なり、此の娑婆世界より外の十方の国土は皆浄土にて候へば人の心もやはらかに賢聖をのり悪む事も候はず、此の国土は十方の浄土にすてはてられて候・十悪・五逆・誹謗賢聖・不孝父母・不敬沙門(ふきょうしゃもん)等の科(とが)の衆生が三悪道に堕ちて無量劫を経て還つて此の世界に生れて候が、先生の悪業の習気失せずしてややもすれば十悪・五逆を作り賢聖をのり・父母に孝せず沙門をも敬はず候なり、故に釈迦如来・世に出でましませしかば或は毒薬を食に雑(まじえ)て奉り或は刀杖・悪象・師子・悪牛・悪狗(あっく)等の方便(てだて)を以て害し奉らんとし・或は女人を犯すと云い・或は卑賤の者・或は殺生の者と云い、或は行き合い奉る時は面(おもて)を覆うて眼に見奉らじとし、或は戸を閉じ窓を塞ぎ、或は国王大臣の諸人に向つては邪見の者なり高き人を罵者(のるもの)なんど申せしなり、大集経・涅槃経等に見えたり、させる失も仏には・おはしまさざりしかども只此の国のくせ・かたわとして悪業の衆生が生れ集りて候上、第六天の魔王が此の国の衆生を他の浄土へ出さじと・たばかりを成して・かく事にふれて・ひがめる事をなすなり、此のたばかりも詮する所は仏に法華経を説かせまいらせじ料と見えて候、其の故は魔王の習として三悪道の業を作る者をば悦び三善道の業を作る者をば・なげく、又三善道の業を作る者をば・いたうなげかず三乗とならんとする者をば・いたうなげく、又三乗となる者をば・いたうなげかず仏となる業をなす者をば強(あながち)になげき、事にふれて障(さわり)をなす。
 
 法華経は一文・一句なれども耳にふるる者は既に仏になるべき
と思ひて、いたう第六天の魔王もなげき思う故に方便をまはして留難をなし経を信ずる心をすてしめんと・たばかる、而るに仏の在世の時は濁世なりといへども五濁の始たりし上仏の御力をも恐れ人の貪・瞋・癡・邪見も強盛ならざりし時だにも竹杖(ちくじょう)外道は神通第一の目連尊者を殺し、阿闍世王は悪象を放て三界の独尊ををどし奉り、提婆達多は証果の阿羅漢・蓮華比丘尼を害し、瞿伽利(くぎゃり)尊者は智慧第一の舎利弗に悪名を立てき、何に況や世漸く五濁の盛(さかん)になりて候をや、況や世末代に入りて法華経をかりそめにも信ぜん者の人に・そねみ・ねたまれん事は・おびただしかるべきか、故に法華経に云く「如来の現在にすら猶怨嫉(おんしつ)多し況や滅度の後をや」と云云、始に此の文を見候いし時は・さしもやと思い候いしに今こそ仏の御言(みことば)は違はざりけるものかなと殊に身に当つて思ひ知れて候へ。

日蓮は身に戒行なく心に三毒を離れざれども此の御経を若しや我も信を取り人にも縁を結ばしむるかと思うて随分世間の事おだやか・ならんと思いき、世末になりて候へば妻子を帯して候・比丘も人の帰依をうけ魚鳥を服する僧もさてこそ候か、日蓮はさせる妻子をも帯せず魚鳥をも服せず只法華経を弘めんとする失(とが)によりて妻子を帯せずして犯僧の名四海に満ち螻蟻(ろうぎ)をも殺さざれども悪名一天に弥れり、恐くは在世に釈尊を諸の外道が毀り奉りしに似たり。

 是れ偏に法華経を信ずることの余人よりも少し経文の如く信をも・むけたる故に悪鬼其の身に入つて・そねみを・なすかとをぼえ候へば是れ程の卑賤・無智・無戒の者の二千余年已前に説かれて候・法華経の文にのせられて留難に値うべしと仏記しをかれ・まいらせて候事のうれしさ申し尽くし難く候。

 此の身に学文つかまつりし事やうやく二十四五年にまかりなるなり、法華経を殊に信じまいらせ候いし事はわづかに此の六七年よりこのかたなり、又信じて候いしかども懈怠(けたい)の身たる上或は学文と云ひ或は世間の事にさえられて一日にわづかに一巻・一品・題目計(ばかり)なり、去年(こぞ)の五月(さつき)十二日より今年正月十六日に至るまで二百四十余日の程は昼夜十二時に法華経を修行し奉ると存じ候、其の故は法華経の故にかかる身となりて候へば行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に法華経を読み行ずるにてこそ候へ、人間に生を受けて是れ程の悦びは何事か候べき。

 凡夫の習い我とはげみて菩提心を発(おこ)して後生を願うといへども自ら思ひ出し十二時の間に一時・二時こそは・はげみ候へ、是は思ひ出さぬにも御経をよみ読まざるにも法華経を行ずるにて候か、無量劫の間・六道・四生を輪回し候いけるには或は謀叛をおこし強盗・夜打等の罪にてこそ国主より禁(きん)をも蒙り流罪・死罪にも行はれ候らめ、是は法華経を弘むるかと思う心の強盛(ごうじょう)なりしに依つて悪業の衆生に讒言(ざんげん)せられて・かかる身になりて候へば定て後生の勤(つとめ)には・なりなんと覚え候、是れ程の心ならぬ昼夜十二時の法華経の持経者は末代には有がたくこそ候らめ、又止事(やむこと)なくめでたき事侍り、無量劫の間六道に回り候けるには多くの国主に生れ値ひ奉りて或は寵愛の大臣・関白等ともなり候けん、若し爾らば国を給(たまわ)り財宝・官禄の恩を蒙けるか・法華経流布の国主に値ひ奉り其の国にて法華経の御名を聞いて修行し是を行じて讒言を蒙り流罪に行われまいらせて候国主には未だ値いまいらせ候はぬか、法華経に云く「是の法華経は無量の国中に於て乃至名字をも聞くことを得べからず何に況んや見ることを得て受 持し読誦せんをや」と云云、されば此の讒言の人・国主こそ我が身には恩深き人には・をわしまし候らめ。


仏法を習う身には必ず四恩を報ずべきに候か、四恩とは心地観経に云く一には一切衆生の恩、一切衆生なくば衆生無辺誓願度の願を発し難し、又悪人無くして菩薩に留難をなさずばいかでか功徳をば増長せしめ候べき、二には父母の恩、六道に生を受くるに必ず父母あり、其の中に或は殺盗・悪律儀・謗法の家に生れぬれば我と其の科を犯さざれども其の業を成就す、然るに今生の父母は我を生みて法華経を信ずる身となせり、梵天・帝釈・四大天王転輪聖王の家に生まれて三界・四天をゆづられて人天・四衆に恭敬(くぎょう)せられんよりも恩重きは今の某(それがし)が父母なるか、三には国王の恩、天の三光に身をあたため地の五穀に神(たましい)を養ふこと皆是れ国王の恩なり、其の上今度・法華経を信じ今度・生死を離るべき国主に値い奉れり、争か少分の怨に依つておろかに思ひ奉るべきや、四には三宝の恩、釈迦如来・無量劫の間・菩薩の行を立て給いし時一切の福徳を集めて六十四分と成して功徳を身に得給へり、其の一分をば我が身に用ひ給ふ、今六十三分をば此の世界に留め置きて五濁雑乱の時・非法の盛ならん時・謗法の者・国に充満せん時、無量の守護の善神も法味をなめずして威光・勢力減ぜん時、日月光りを失ひ天竜雨をくださず地神・地味を減ぜん時、草木・根茎(こんきょう)・枝葉・華菓(けか)・薬等の七味も失せん時、十善の国王も貪瞋癡(とんじんち)をまし父母・六親に孝せず・したしからざらん時、我が弟子無智・無戒にして髪ばかりを剃りて守護神にも捨てられて活命のはかりごとなからん比丘比丘尼の命のささへとせんと誓ひ給へり、又果地の三分の功徳・二分をば我が身に用ひ給ひ、仏の寿命・百二十まで世にましますべかりしが八十にして入滅し、残る所の四十年の寿命を留め置きて我等に与へ給ふ恩をば四大海の水を硯(すずり)の水とし、一切の草木を焼て墨となして一切のけだものの毛を筆とし、十方世界の大地を紙と定めて注し置くとも争(いかで)か仏の恩を報じ奉るべき、法の恩を申さば法は諸仏の師なり諸仏の貴き事は法に依る、されば仏恩を報ぜんと思はん人は法の恩を報ずべし、次に僧の恩をいはば仏宝法宝は必ず僧によりて住す、譬えば薪なければ火無く大地無ければ草木生ずべからず、仏法有りといへども僧有りて習伝へずんば正法・像法・二千年過ぎて末法へも伝はるべからず、故に大集経に云く五箇の五百歳の後に無智無戒なる沙門を失ありと云つて・是を悩すは此の人仏法の大燈明を滅せんと思えと説かれたり、然れば僧の恩を報じ難し、されば三宝の恩を報じ給うべし、古の聖人は雪山童子・常啼(じょうたい)菩薩・薬王大士・普明王等・此等は皆我が身を鬼のうちかひ(打飼)となし身の血髄をうり臂(ひじ)をたき頭(こうべ)を捨て給いき、然るに末代の凡夫・三宝の恩を蒙りて三宝の恩を報ぜず、いかにしてか仏道を成ぜん、然るに心地観経・梵網経等には仏法を学し円頓の戒を受けん人は必ず四恩を報ずべしと見えたり。

 某は愚癡(ぐち)の凡夫・血肉の身なり三惑一分も断ぜず只法華経の故に罵詈(めり)・毀謗(きぼう)せられて刀杖を加えられ流罪せられたるを以て大聖の臂を焼き髄をくだき・頭をはねられたるに・なぞらへんと思ふ、是れ一つの悦びなり。

 第二に大なる歎きと申すは、法華経第四に云く「若し悪人有つて不善の心を以て一劫の中に於て現に仏前に於て常に仏を毀罵(きめ)せん、其の罪尚軽し、若し人一つの悪言を以て在家・出家の法華経を読誦する者を毀呰(きし)せん、其の罪甚だ重し」等と云云。

 此等の経文を見るに信心を起し身より汗を流し両眼より涙を流すこと雨の如し、我一人此の国に生れて多くの人をして一生の業を造らしむることを歎く、彼の不軽菩薩を打擲(ちょうちゃく)せし人現身に改悔(かいげ)の心を起せしだにも猶罪消え難くして千劫阿鼻地獄に堕ちぬ、今我に怨を結べる輩(やから)は未だ一分も悔(くゆ)る心もおこさず、是体(これてい)の人の受くる業報を大集経に説いて云く「若し人あつて千万億の仏の所にして仏身より血を出さん、意に於て如何・此の人の罪をうる事寧(むし)ろ多しとせんや否や、大梵王言さく、若し人只一仏の身より血を出さん無間の罪尚多し、無量にして算をおきても数をしらず阿鼻大地獄の中に堕ちん、何に況や万億の仏身より血を出さん者を見んをや、終によく広く彼の人の罪業・果報を説く事ある事なからん但し如来をば除き奉る、仏の言はく大梵王若し我が為に髪をそり袈裟をかけ片時も禁戒をうけず欠犯(けっぽん)をうけん者をなやましのり・杖をもつて打ちなんどする事有らば罪をうる事・彼よりは多し」と。

弘長二年壬戌正月十六日                                 日蓮花押
工藤左近尉殿





by johsei1129 | 2014-06-18 20:24 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 17日

天台の止観は釈尊滅後の像法時の正観で、末法では妙法蓮華経こそ正観であることを説いた【立正観抄】四

[立正観抄 本文]その四

 夫れ天台の観法を尋ぬれば大蘇道場に於て三昧開発せしより已来目を開いて妙法を思えば随縁真如なり目を閉じて妙法を思えば不変真如なり此の両種の真如は只一言の妙法に有り我妙法を唱うる時・万法茲に達し一代の修多羅一言に含す、所詮迹門を尋ぬれば迹広く本門を尋ぬれば本高し如かじ己心の妙法を観ぜんにはと思食されしなり、当世の学者此の意を得ざるが故に天台己証の妙法を習い失いて止観は法華経に勝り禅宗は止観に勝れたりと思いて法華経を捨てて止観に付き止観を捨てて禅宗に付くなり、禅宗の一門云く松に藤懸る松枯れ藤枯れて後如何上らずして一枝なんど云える天魔の語を深く信ずる故なり、修多羅の教主は松の如く其の教法は藤の如し各各に諍論すと雖も仏も入滅して教法の威徳も無し爰に知んぬ修多羅の仏教は月を指す指なり禅の一法のみ独妙なり之を観ずれば見性得達するなりと云う大謗法の天魔の所為を信ずる故なり、然而法華経の仏は寿命無量・常住不滅の仏なり、禅宗は滅度の仏と見るが故に外道の無の見なり、是法住法位・世間相常住の金言に背く僻見なり、禅は法華経の方便無得道の禅なるを真実常住法と云うが故に外道の常見なり、若し与えて之を言わば仏の方便三蔵の分斉なり若し奪つて之を言わば但外道の邪法なり与は当分の義・奪は法華の義なり法華の奪の義を以ての故に禅は天魔外道の法と云うなり、問う禅を天魔の法と云う証拠如何、答う前前に申すが如し。

 [立正観抄送状]

 今度の御使い誠に御志の程顕れ候い畢んぬ又種種の御志慥に給候い畢んぬ。
抑承わり候、当世の天台宗等止観は法華経に勝れ禅宗は止観に勝る、又観心の大教興る時は本迹の大教を捨つと云う事先ず天台一宗に於て流流各別なりと雖も慧心・檀那の両流を出でず候なり、慧心流の義に云く止観の一部は本迹二門に亘るなり謂く止観の六に云く「観は仏知と名く止は仏見と名く念念の中に於て止観現前す乃至三乗の近執を除く」文、弘決の五に云く「十法既に是れ法華の所乗なり是の故に還つて法華の文を用いて歎ず、若し迹説に約せば即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫と為し寂滅道場を以て妙悟と為す、若し本門に約せば我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し本成仏の時を以て妙悟と為す本迹二門只是此の十法を求悟す」文、始の一文は本門に限ると見えたり次の文は正しく本迹に亘ると見えたり、止観は本迹に亘ると云う事文証此に依るなりと云えり、次に檀那流には止観は迹門に限ると云う証拠は弘決の三に云く「還つて教味を借つて以て妙円を顕す○故に知んぬ一部の文共に円成の開権妙観を成ずるを」文、此の文に依らば止観は法華の迹門に限ると云う事文に在りて分明なり両流の異義替れども共に本迹を出でず当世の天台宗何くより相承して止観は法華経に勝ると云うや、但し予が所存は止観法華の勝劣は天地雲泥なり。

若し与えて之を論ぜば止観は法華迹門の分斉に似たり、其の故は天台大師の己証とは十徳の中の第一は自解仏乗・第九は玄悟法華円意なり、霊応伝の第四に云く「法華の行を受けて二七日境界す」文、止観の一に云く「此の止観は天台智者己心中に行ずる所の法門を説く」文、弘決の五に云く「故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為す○故に序の中に云く己心中に行ずる所の法門を説く」文、己心所行の法とは一念三千・一心三観なり三諦三観の名義は瓔珞・仁王の二経に有りと雖も一心三観一念三千等の己心所行の法門をば迹門十如実相の文を依文として釈成し給い畢んぬ。

 爰に知んぬ止観一部は迹門の分斉に似たりと云う事を若し奪つて之を論ぜば爾前権大乗・即別教の分斉なり其の故は天台己証の止観とは道場所得の妙悟なり所謂天台大師・大蘇の普賢道場に於て三昧開発し証を以て師に白す師の曰く法華の前方便陀羅尼なりと霊応伝の第四に云く「智ぎ・師に代つて金字経を講ず一心具足万行の処に至つてぎ・疑有り思・為に釈して曰く汝が疑う所は此乃ち大品次第の意なるのみ未だ是法華円頓の旨にあらざるなり」文、講ずる所の経既に権大乗経なり又次第と云えり故に別教なり、開発せし陀羅尼又法華前方便と云えり故に知んぬ爾前帯権の経・別教の分斉なりと云う事を・己証既に前方便の陀羅尼なり止観とは己心中所行の法門を説くと云うが故に、明かに知んぬ法華の迹門に及ばずと云う事を何に況や本門をや、若し此の意を得ば檀那流の義尤も吉なり此等の趣を以て止観は法華に勝ると申す邪義をば問答有る可く候か、委細の旨は別に一巻書き進らせ候なり、又日蓮相承の法門血脈慥に之を註し奉る、恐恐謹言

文永十二乙亥二月二十八日                               日 蓮 花押

最蓮房御返事

by johsei1129 | 2014-06-17 21:35 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 16日

天台の止観は釈尊滅後の像法時の正観で、末法では妙法蓮華経こそ正観であることを説いた【立正観抄】三

[立正観抄 本文]その三

 問う天台大師真実に此の一言の妙法を証得したまわざるや、答う内証爾らざるなり、外用に於ては之を弘通したまわざるなり、所謂内証の辺をば祕して外用には三観と号して一念三千の法門を示現し給うなり、問う何が故ぞ知り乍ら弘通し給わざるや、答う時至らざるが故に付属に非ざるが故に迹化なるが故なり、問う天台此の一言の妙法を証得し給える証拠之有りや、答う此の事天台一家の祕事なり世に流布せる学者之を知らず潅頂 玄旨の血脈とて天台大師自筆の血脈一紙之有り、天台御入滅の後は石塔の中に之有り伝教大師御入唐の時八舌の鑰を以て之を開き道邃和尚より伝受し給う血脈とは是なり、此の書に云く「一言の妙旨・一教の玄義」文、伝教大師の血脈に云く「夫れ一言の妙法とは両眼を開いて五塵の境を見る時は随縁真如なるべし両眼を閉じて無念に住する時は不変真如なるべし、故に此の一言を聞くに万法茲に達し一代の修多羅一言に含す」文、此の両大師の血脈の如くならば天台大師の血脈相承の最要の法は妙法の一言なり、一心三観とは所詮妙法を成就せん為の修行の方法なり、三観は因の義・妙法は果の義なり但因の処に果有り果の処に因有り因果倶時の妙法を観ずるが故に是くの如き功能を得るなり、爰に知んぬ天台至極の法門は法華本迹未分の処に無念の止観を立てて最祕の大法とすと云える邪義大なる僻見なりと云う事を四依弘経の大薩たは既に仏経に依つて諸論を造る天台何ぞ仏説に背いて無念の止観を立てたまわんや、若し此の止観・法華経に依らずといわば天台の止観・教外別伝の達磨の天魔の邪法に同ぜん都て然る可からず哀れなり哀れなり。

 伝教大師の云く「国主の制に非ざれば以て遵行する無く法王の教に非ざれば以て信受すること無けん」と文、又云く「四依・論を造るに権有り実有り三乗旨を述ぶるに三有り一有り、所以に天台智者は三乗の旨に順じて四教の階を定め一実の教に依つて一仏乗を建つ、六度に別有り、戒度何ぞ同じからん受法同じからず威儀豈同じからんや、是の故に天台の伝法は深く四依に依り亦仏経に順う」文、本朝の天台宗の法門は伝教大師より之を始む若し天台の止観法華経に依らずと云わば日本に於ては伝教の高祖に背き漢土に於ては天台に背く両大師の伝法既に法華経に依る豈其の末学之に違せんや、違するを以て知んぬ当世の天台家の人人・其の名を天台山に借ると雖も所学の法門は達磨の僻見と善無畏の妄語とに依ると云う事、天台伝教の解釈の如くんば己心中の秘法は但妙法の一言に限るなり、然而当世の天台宗の学者は天台の石塔の血脈を秘し失う故に天台の血脈相承の秘法を習い失いて我と一心三観の血脈とて我意に任せて書を造り錦の袋に入れて頚に懸け箱の底に埋めて高直に売る故に邪義国中に流布して天台の仏法破失するなり、天台の本意を失い釈尊の妙法を下す是れ偏えに達磨の教訓・善無畏の勧なり、故に止観をも知らず・一心三観・一心三諦をも知らず一念三千の観をも知らず本迹二門をも知らず相待・絶待の二妙をも知らず法華の妙観をも知らず教相をも知らず権実をも知らず四教・八教をも知らず五時五味の施化をも知らず、教・機・時・国・相応の義は申すに及ばず実教にも似ず権教にも似ざるなり道理なり道理なり。

 天台・伝教の所伝は法華経は禅・真言より劣れりと習う故に達磨の邪義・真言の妄語と打ち成つて権教にも似ず実教にも似ず二途に摂せざるなり、故に大謗法罪顕れて止観は法華経に勝ると云う邪義を申し出して過無き天台に失を懸けたてまつる故に高祖に背く不孝の者・法華経に背く大謗法罪の者と成るなり。

 [立正観抄 本文]その四に続く

by johsei1129 | 2014-06-16 22:47 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 13日

日蓮大聖人が法華経神力品で、末法での法華経流布の付属を受けたことを示した【上行菩薩結要付属口伝】三

[上行菩薩結要付属口伝]その三

結要付属の事
結要勧持四
 初に称歎付属・爾時仏告 猶不能尽
  二に結要付属・以要言之 宣示顕説
 三に正勧付属・是故汝等 起塔供養
 四に釈勧付属・所以者何 而般涅槃

疏の十に云く「爾時仏告上行の下は是れ第三に結要付属なり」と云云、又云く「結要に四句有り、一切法とは一切皆是れ仏法なり此は一切皆妙名を結するなり・一切力とは通達無礙にして八自在を具す此れは妙用を結するなり・一切秘蔵とは一切処に遍して皆是れ実相なり・此れは妙体を結するなり・一切深事とは因果は是れ深事なり此は妙宗を結するなり、皆於此経宣示顕説とは総じて一経を結する唯四ならくのみ其枢柄を撮つて之を授与す」と云云、記に云く「結要有四句とは本迹二門に各宗用有り二門の体は両処殊ならず」と云云輔正記に云く付属とは此の経は唯下方涌出の菩薩に付す何を以ての故に爾る・法是れ久成の法なるに由るが故に久成の人に付す云云。

属累品の文段に二有
■ 初に付属に三
一 如来の付属--- 一 正く付属
二 付属を釈す
三 付属を誡む余の深法の中の下なり
二 菩薩の領受
三 事畢て唱散す  
  ■次に時衆の歓喜--- 説是語時の下三行余

大集経の五箇五百歳とは
 第一の五百歳 解脱堅固
 第二の五百歳 禅定堅固
 第三の五百歳 読誦多聞堅固
  第四の五百歳 多造塔寺堅固
  第五の五百歳 闘諍堅固

  夫れ仏滅度の後二月十六日より正法なり、迦葉・仏の付属を請け次に阿難尊者・次に商那和修・次に優婆だっ多・次に提多迦・此の五人・各各二十年にして一百年なり、其の間は但小乗経の法門のみ弘通して諸大乗経を名字もなし何に況や法華経をや、次に弥遮迦・仏陀難陀・仏駄密多・脇比丘・富那奢等・の五人は五百年の間・大乗の法門少少出来すと雖も取立てて弘通せず但小乗経を正と為す・已上大集経の前の五百年解脱堅固に当れり、正法の後の五百年には馬鳴・竜樹乃至師子等の十余人の人人始には外道の家に入り次には小乗経を極め後には諸大乗経を以て散散に小乗経等を破失しき、然りと雖も権大乗と法華経との勝劣未だ分明ならず浅深を書かせ給いしかども本迹の十妙・二乗作仏・久遠実成・已今当等・百界千如・一念三千の法門をば名をも書き給わず此大集経の禅定堅固に当れり、次に像法に入つては天竺は皆権実雑乱して地獄に堕する者数百人ありき、像法に入つて一百余年の間は漢土の道士と月氏の仏法と諍論未だ事定らざる故に仏法を信ずる心未だ深からずまして権実を分くる事なし、摩騰竺法蘭は自は知りて而も大小を分たず・権実までは思いもよらず、其の後・魏・晋・宋・斉・梁の五代の間・漸く仏法の中に大小・権実・顕密を諍いし程に何れをも道理とも聞えず南三・北七の十流・我意に仏法を弘む、爾れども大に分つに一切経の中には一には華厳・二には涅槃・三には法華と云云、爾れども像法の始の四百年に当つて天台大師震旦に出現して南北の邪義・一一に之を破し畢んぬ、此大集経の多聞堅固の時に当れり、像法の後の五百年には三論・法相乃至真言等を各三蔵将来す、像法に入つて四百余年あつて日本国へ百済国より一切経並に釈尊の木像僧尼等を渡す梁の末・陳の始めに相当る日本国には神武天皇より第三十代欽明天皇の御宇なり、像法の後の五百年に三論・法相等の六宗・面面の異義あり爾れども各邪義なり、像法八百年に相当つて伝教大師日本に出でて彼の六宗の義を皆責め伏せ給えりと云云、伝教已後には東寺・園城寺等の諸寺日本一同に云く「真言宗は天台宗に勝れたり」と云云、此大集経の多造塔寺堅固の時なり今末法に入つて仏滅後二千二百二十余年に当りて聖人出世す是は大集経の闘諍言訟・白法隠没の時なり云云、夫れ釈迦の御出世は住劫第九の減人寿百歳の時なり百歳と十歳との中間は在世は五十年・滅後は正像二千年と末法一万年となり、其の中間に法華経流布の時二度之れ有る可し、所謂在世の八年・滅後には末法の始の五百年なり。

 夫れ仏法を学する法には必ず時を知る可きなり過去の大通智勝仏は出世し給いて十小劫が間一偈も之を説かず経に云く「一坐十小劫」と云云、又云く「仏・時未だ至らずと知しめして請を受け黙然として坐したまえり」と、今の教主釈尊も四十余年の間は法華経を説きたまわず経に云く「説時未だ至らざるが故なり」等云云、老子は母の胎に処して八十年・弥勒菩薩は兜率の内院にして五十六億七千万歳を待ちたもう仏法を修行する人人時を知らざらんや、爾らば末法の始には純円一実の流布とは知らざれども経文に任するに「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」と云云、誠に以て分明なり。


[上行菩薩結要付属口伝] 完

by johsei1129 | 2014-06-13 20:59 | 血脈・相伝・講義 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 12日

日蓮大聖人が法華経神力品で、末法での法華経流布の付属を受けたことを示した【上行菩薩結要付属口伝】二

[上行菩薩結要付属口伝]その二

  文句の八に云く「初めに一行は通じて邪人を明す即ち俗衆なり、次に一行は道門増上慢の者を明す、三に七行は僣聖増上慢の者を明す、故に此の三の中初めは忍ぶ可し次は前に過ぐ第三は最も甚し」と云云。
涌出品に云く「爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩・八恒河沙の数に過ぎたり、大衆の中に於て起立し合掌し礼を作して仏に白して言く、世尊若し我等に仏の滅後に於て此の娑婆世界に在つて勤加精進し是の経典を護持し読誦し書写し供養せんことを聴したまわば当に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし、爾の時に仏諸の菩薩摩訶薩衆に告く止みね善男子汝等が此の経を護持せんことを須(もち)いじ所以は何ん我が娑婆世界に自ら六万恒河沙等の菩薩摩訶薩有り、一一の菩薩各六万恒河沙の眷属有り是の諸人等能く我が滅後に於て護持し読誦し広く此の経を説かん」と云云五巻畢。

 属累品に云く「爾の時に釈迦牟尼仏・法座従り起つて大神力を現じたもう・右の手を以て無量の菩薩摩訶薩の頂を摩でて是の言を作したまわく我無量百千万億・阿僧祇劫に於て是の得難き阿耨多羅三藐三菩提の法を修習せり今以て汝等に付属す汝等当に一心に此の法を流布して広く増益せしむべし、是くの如く三たび諸の菩薩摩訶薩の頂を摩でて是の言を作したまわく我無量百千万億・阿僧祇劫に於て是の得難き阿耨多羅三藐三菩提の法を修習せり今以て汝等に付属す、汝等当に受持読誦し広く此の法を宣べて一切衆生をして普く聞知することを得せしむべし所以は何ん如来は大慈悲有つて諸の慳りん無く亦畏るる所無く能く衆生に仏の智慧・如来の智慧・自然の智慧を与う如来は是一切衆生の大施主なり汝等亦随つて如来の法を学ぶべし慳りんを生ずること勿れ」と云云。

 文句の九に云く涌出品下「如来之を止めたもうに凡そ三義有り、汝等各各に自ら己が任有り若し此の土に住せば彼の利益を廃せん、又他方は此土結縁の事浅し宣授せんと欲すと雖も必ず巨益無からん又若し之を許さば則ち下を召すことを得ず下若し来らずんば迹を破することを得ず遠を顕すことを得ず是を三義もつて如来之を止めたもうと為す、下方を召して来らしむるに亦三義有り是れ我が弟子なり我が法を弘むべし縁深広なるを以て能く此の土に遍じて益し分身の土に遍して益し他方の土に遍して益す、又開近顕遠することを得・是の故に彼を止めて下を召すなり」と云云。

 記に云く「問う諸の仏菩薩は共に未熟を熟す何の彼此有らん分身散影して普く十方に遍す而るを己任及び廃彼と言うや、答う諸の仏菩薩は実に彼此無し但機に在無有り無始法爾なり故に第二の義を以て初の義を顕わして結縁事浅と云う、初め此の仏菩薩に従つて結縁し還つて此の仏菩薩に於て成就す」と云云、又云く「子・父の法を弘むるに世界の益有り」と云云、記の八に云く「因薬王とは本薬王に託し茲に因せて余に告ぐ此れ流通の初なり先に八万の大士に告ぐとは、大論に云く法華は是秘密なれば諸の菩薩に付すと、下の文に下方を召すが如きは尚本眷属を待つ験し余は未だ堪えず」云云、問う何が故ぞ他方を止めて本眷属を召すや、答う私の義有る可らず霊山の聴衆・天台の所判に任す可し、疏に云く「涌出に三と為す一には他方の菩薩弘経を請す二には如来許したまわず三には下方の涌出なり、他方の菩薩は通経の福の大なることを聞いて咸く願を発し此の土に住して弘宣せんと欲するが故に請ず、之が為に如来之を止めたもう」等と云云。

[上行菩薩結要付属口伝]その三に続く


by johsei1129 | 2014-06-12 19:29 | 血脈・相伝・講義 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 11日

日蓮大聖人が法華経神力品で、末法での法華経流布の付属を受けたことを示した【上行菩薩結要付属口伝】一

【上行菩薩結要付属口伝(じょうぎょうぼさつけっちょうふぞくくでん】
■出筆時期:建治元年(西暦1275年) 五十四歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵
■出筆の経緯:法華経如来神力品第二十一で説かれている「釈尊滅後二千年後の末法に、『妙法蓮華経』の流布を、釈尊から地涌の菩薩の上首たる上行菩薩(日蓮大聖人)に付属されたことを示した書で、弟子一同に対しあてられたものと思われる。
■ご真筆: 現存していない。

[上行菩薩結要付属口伝]その一

妙法蓮華経見宝塔品第十一「爾の時に仏前に七宝の塔有り」と云云、又云く「即時に釈迦牟尼仏・神通力を以て諸の大衆を接して皆虚空に在たもう、大音声を以て普く四衆に告げたまわく誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん今正く是れ時なり如来久しからずして当に涅槃に入るべし仏・此の妙法華経を以て付属して在ること有らしめんと欲す」云云、又云く「諸余の経典数恒沙の如し」と云云、又云く「諸の大衆に告ぐ我滅度の後に誰か能く斯の経を護持し読誦せん今仏前に於て自ら誓言を説け」と・又云く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり是の如きの人は諸仏の歎め給う所なり」と云云、妙法蓮華経勧持品第十三「爾時薬王菩薩摩訶薩及び大楽説菩薩摩訶薩・二万の菩薩眷属と倶に皆仏前に於て是の誓言を作さく唯願くば世尊以て慮したもうべからず我等・仏の滅後に於て当に此の経典を奉持し読誦し説きたてまつるべし、後の悪世の衆生は善根転た少くして増上慢多く利供養を貪り不善根を増し解脱を遠離せん教化すべきこと難しと雖も我等当に大忍力を起して此の経を読誦し持説し書写し種種に供養して身命を惜まざるべし、爾の時に衆中の五百の阿羅漢の授記を得たる者・仏に白して言さく世尊我れ等亦自ら誓願すらく異の国土に於て広く此の経を説かんと、復学無学の八千人の授記を得たる者有り座従り起て合掌し仏に向いたてまつりて是誓言を作さく世尊・我等亦当に他の国土に於て広く此の経を説きたてまつるべし・所以は何ん是の娑婆国の中は人・弊悪多く増上慢を懐き功徳浅薄に瞋濁諂曲にして心不実なるが故に」と云云、又云く「爾の時に世尊・八十万億那由佗の諸の菩薩摩訶薩を視す是の諸の菩薩は皆是阿惟越致なり、即時に諸の菩薩倶に同く声を発して偈を説いて言さく、唯願くは慮したもうべからず仏の滅度の後・恐怖悪世の中に於て我等当に広く説くべし諸の無智の人の悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん我等皆当に忍ぶべし、悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるをこれ得たりと謂い我慢の心充満せん、或は阿練若に納衣にして空閑に在り自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賤する者有らん、利養に貪著するが故に白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如くならん是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮りて好んで我等の過を出ださん、濁世の悪比丘は仏の方便・随宜所説の法を知らずして悪口して顰蹙し数数擯出せられん」と云云。

[上行菩薩結要付属口伝]その二に続く


by johsei1129 | 2014-06-11 22:10 | 血脈・相伝・講義 | Trackback | Comments(0)