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日蓮大聖人『御書』解説

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2013年 11月 15日

国家諌暁(信仰の誤りを正す)の書『立正安国論』 その①

【立正安国論(りっしょうあんこくろん】
■出筆時期:文応元年7月16日(西暦1260年8月31日)、日蓮大聖人39歳の時自らが持参し、当時鎌倉幕府の実質的な最高権力者であった北条時頼(元執権))に提出。
■出筆場所:駿河国、実相寺(現在静岡県富士市)、及び鎌倉
■出筆の経緯:
当時鎌倉にいた日蓮大聖人は地震・暴風雨・飢饉・疫病などの災害が起きるのは、法華経を信ぜず、浄土宗(法然の念仏宗)などの誤った教えを信じていることにあるとして、当時、民衆に広まっていた念仏、武士に多く信仰されていた禅宗、その他律宗、真言宗の4つの宗派を批判。

 これらの誤った宗派に政治的保護、布施による経済的支援をするならば、薬師経に説かれている七難のうち既に五難は起こり、残された二難(他国侵逼難と自界叛逆難)が起きるので、直ちにこれらの宗派への国家による保護を取りやめなければならないと訴えた。

 日蓮大聖人は4つの宗派を禁止せよと訴えたのではなく、あくまで鎌倉幕府による政治的保護をやめることを訴えた。民衆個々の信仰に対してはあくまで自らと弟子(僧侶)による法華経の布教活動で正していった。
この諌暁の結果、禅宗を信仰していた鎌倉幕府の役人及び時頼の怒りを引き起こし、日蓮大聖人は翌年伊豆に流罪となる。
 尚、日蓮大聖人が立正安国論出筆のために訪れた実相寺には、円珍が唐より招来した釈尊の一切経が所蔵されており、日蓮大聖人はその経蔵に篭もり一切経を閲読し立正安国論を著した。

 また後の後継者となる日興上人とはその時に出会い、日興上人は日蓮の威徳に触れ直ちに弟子になられた。さらに後には実証寺で学ぶ多くの学徒が日蓮大聖人の弟子になったと言われている。
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<立正安国論 ご真筆[巻頭部分] 中山法華経寺所蔵 国宝>

[立正安国論本文]
旅客来りて嘆いて曰く、近年より近日に至るまで天変地妖・飢饉疫癘(えきれい)・遍く天下に満ち広く地上に迸(はびこ)る。牛馬巷(ちまた)に倒れ骸骨路に充てり、死を招くの輩(ともがら)既に大半に超え、悲しまざるの族(やから)敢えて一人も無し。
然る間或いは利剣即是の文を専にして西土教主の名を唱え、或いは衆病悉除の願を持ちて東方如来の教を誦し、或は病即消滅不老不死の詞(ことば)を仰いで法華真実の妙文を崇め、或は七難即滅七福即生の句を信じて百座百講の儀を調え、有るは秘密真言の教に因て五甁(ごびょう)の水を灌(そそ)ぎ、有るは座禅入定の儀を全(まっとう)して空観の月を澄し、若しくは七鬼神の号を書して一千門に押し、若しくは五大力の形を図して万戸に懸け、若しくは天神千祇を拝して四角四界の祭祀を企て、若しくは万民百姓を哀れで国主・国宰の徳政を行う。然りと雖も唯肝胆を摧(くだ)くのみにして弥(いよいよ)飢疫に逼(せま)られ、乞客目に溢れ死人眼に満てり。臥せる屍(しかばね)を観(ものみ)と為し、並べる尸(かばね)を橋と作す。惟(おもん)みれば夫れ二離壁(じりへき)を合せ、五緯珠(たま)を連ぬ。三宝も世に在(いま)し、百王未だ窮まらざるに此の世早く衰え、その法何ぞ廃(すた)れたる、是れ何なる禍(わざわい)に依り、是れ何なる誤りに由るや。
 主人の曰く、独り此の事愁いて胸臆(くおく)に憤俳(ふんぴ)す。客来つて共に嘆く、しばし談話を致さん、それ出家して道に入る者は法に依って仏を期するなり。而るに今神術も協わず、仏威も験しなし、具(つぶさ)に当世の体を観るに愚にして後世の疑を発す、然れば即ち円覆(えんぷ)を仰いで恨みを呑み、方載(ほうざい)に俯して慮(うらおもい)を深くす。情(つらつ)ら微管を傾け、聊(いささ)か経文を披きたるに世皆正に背き、人悉く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り、聖人は所を辞して還りたまわず、是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る。言わずんはある可からず、恐れずんはある可からず。

 客の曰く天下の災・国中の難・余独り嘆くのみに非ず衆皆悲しむ、今蘭室に入って芳詞を承るに神聖去り災難並び起るとは何れの経に出でたるや其の証拠を聞かん。

 主人の曰く其の文繁多にして其の証弘博(ぐばく)なり。金光明経に云く「其の国土に於て此の経有りと雖も未だ甞(かつ)て流布せしめず、捨離の心を生じて聴聞せん事を楽わず、亦供養し尊重し讃歎せず、四部の衆・持経の人を見て亦復た尊重し乃至供養すること能わず、遂に我れ等及び余の眷属無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ざらしめ、甘露の味に背き、正法の流を失い威光及以び勢力有ること無からしむ、悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん、世尊我等四王並びに諸の眷属及び薬叉等斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無けん、但だ我等のみ是の王を捨棄するに非ず、必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも 皆悉く捨去せん、既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし、一切の人衆皆善心無く唯繋縛(けいばく)殺害瞋諍(しんじょう)のみ有つて互に相讒諂(ざんてん)し枉(ま)げて辜(つみ)無きに及ばん、疫病流行し彗星数(しばし)ば出で、両日並び現じ薄蝕恒無く、黒白の二虹不祥の相を表わし、星流れ地動き井の内に声を発し、暴雨・悪風・時節に依らず、常に飢饉に遭つて苗実成(みょうじつみの)らず、多く他方の怨賊有つて国内を侵掠(しんりゃく)し、人民諸の苦悩を受け土地所楽の処有ること無けん」已上。

②に続く



by johsei1129 | 2013-11-15 01:07 | 立正安国論(御書五大部) | Trackback | Comments(0)