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日蓮大聖人『御書』解説

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カテゴリ:開目抄(御書五大部)( 21 )


2019年 10月 12日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】(下) その四

[開目抄(下) 本文] その四

文句に云く「問う大経には国王に親付(しんぷ)し弓を持ち箭(や)を帯(たい)し悪人を摧伏(ざいふく)せよと明す、此の経は豪勢(ごうぜい)を遠離(おんり)し謙下(けんげ)慈善せよと剛柔碩(ごうにゅうおお)いに乖(そむ)く云何ぞ異ならざらん、答う大経には偏(ひとえ)に折伏を論ずれども一子地に住す何ぞ曾(かつ)て摂受(しょうじゅ)無からん、此の経には偏(ひとえ)に摂受を明せども頭破七分と云う折伏無きに非ず各(おのおの)一端を挙げて時に適う而已(のみ)」等云云、涅槃(ねはん)経の疏(じょ)に云く「出家在家法を護らんには其の元心の所為を取り事を棄て理を存して匡(まさ)に大経を弘む故に護持正法と言うは小節に拘わらず故に不修威儀と言うなり、昔の時は平にして法弘まる応に戒を持つべし杖を持つこと勿(なか)れ今の時は嶮(けん)にして法翳(かく)る応に杖を持つべし戒を持つこと勿れ、今昔倶に嶮(けん)ならば倶に杖を持つべし今昔倶に平ならば倶に戒を持つべし、取捨宜きを得て一向にす可からず」等云云。

汝が不審をば世間の学者・多分・道理とをもう。いかに諌暁(かんぎょう)すれども日蓮が弟子等も此のをもひをすてず一闡提(せんだい)人の・ごとくなるゆへに先づ天台・妙楽等の釈をいだして・かれが邪難をふせぐ。夫れ摂受・折伏と申す法門は水火のごとし火は水をいとう水は火をにくむ。

 摂受の者は折伏をわらう折伏の者は摂受をかなしむ、無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前(さき)とす安楽行品のごとし。邪智・謗法の者の多き時は折伏を前(さき)とす常不軽品のごとし。譬へば熱き時に寒水を用い寒き時に火をこのむがごとし、草木は日輪の眷属(けんぞく)・寒月に苦をう諸水は月輪の所従・熱時に本性を失う、末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かと・しるべし。

 問うて云く摂受の時・折伏を行ずると折伏の時・摂受を行ずると利益あるべしや、答えて云く涅槃(ねはん)経に云く「迦葉菩薩仏に白(もう)して言く如来の法身は金剛不壊(ふえ)なり未だ所因を知ること能わず云何、仏の言く迦葉能く正法を護持する因縁を以ての故に是の金剛身(こんごうしん)を成就することを得たり、迦葉我護持正法の因縁にて今是の金剛身常住不壊を成就することを得たり、善男子正法を護持する者は五戒を受けず威儀を修せず応(まさ)に刀剣弓箭(きゅうせん)を持つべし、是くの如く種種に法を説くも然も故(なお)師子吼を作(な)すこと能(あた)わず非法の悪人を降伏すること能わず、是くの如き比丘自利し及び衆生を利すること能わず。

当に知るべし是の輩は懈怠懶惰(けたいらんだ)なり能く戒を持ち浄行を守護すと雖も当に知るべし是の人は能く為す所無からん、乃至時に破戒の者有つて是の語を聞き已つて咸(みな)共に瞋恚(しんに)して是の法師を害せん是の説法の者・設い復(また)命終すとも故(なお)持戒自利利他と名く」等云云。

章安の云く「取捨宜きを得て一向にす可からず」等、天台云く「時に適(かな)う而已(のみ)」等云云、譬へば秋の終りに種子を下し田畠をかえ(耕)さんに稲米(とうまい)をうることかたし、建仁年中に法然・大日の二人・出来して念仏宗・禅宗を興行す。法然云く「法華経は末法に入つては未有一人得者・千中無一」等云云。大日云く「教外別伝」等云云、此の両義・国土に充満せり、天台真言の学者等・念仏・禅の檀那を・へつらいを(怖)づる事犬の主にを(尾)をふり・ねづみの猫ををそるるがごとし、国王・将軍に・みやつかひ破仏法の因縁・破国の因縁を能く説き能くかたるなり、天台・真言の学者等・今生には餓鬼道に堕ち後生には阿鼻(あび)を招くべし、設(たと)い山林にまじわつて一念三千の観をこらすとも空閑(くうげん)にして三密の油をこぼさずとも時機をしらず摂折の二門を弁へずば・いかでか生死を離るべき。

 問うて云く念仏者・禅宗等を責めて彼等に・あだまれたる・いかなる利益かあるや、答えて云く涅槃経に云く「若し善比丘法を壊(やぶ)る者を見て置いて呵責(かしゃく)し駈遣(くけん)し挙処(こしょ)せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨(あだ)なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」等云云。「仏法を壊乱(えらん)するは仏法中の怨なり、慈無くして詐(いつわ)り親しむは是れ彼が怨なり、能く糾治(きゅうじ)せんは是れ護法の声聞真の我が弟子なり、彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり、能く呵責する者は是れ我が弟子駈遣せざらん者は仏法中の怨なり」等云云。

夫れ法華経の宝塔品を拝見するに釈迦・多宝・十方分身の諸仏の来集はなに心ぞ「令法久住・故来至此」等云云、三仏の未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす御心の中をすいするに父母の一子の大苦に値(あ)うを見るよりも強盛にこそ・みへたるを法然いたはしとも・おもはで末法には法華経の門を堅く閉じて人を入れじとせき、狂児をたぼらかして宝をすてさするやうに法華経を抛(なげすて)させける心こそ無慚(むざん)に見へ候へ。我が父母を人の殺さんに父母につげざるべしや、悪子の酔狂(すいきょう)して父母を殺すをせい(制)せざるべしや、悪人・寺塔に火を放たんにせいせざるべしや、一子の重病を炙(やいと)せざるべしや、日本の禅と念仏者とを・みて制せざる者は・かくのごとし「慈無くして詐(いつわ)り親しむは即ち是れ彼が怨なり」等云云。

 日蓮は日本国の諸人にしうし父母(主師親)なり。一切天台宗の人は彼等が大怨敵なり「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親」等云云、無道心の者生死をはなるる事はなきなり、教主釈尊の一切の外道に大悪人と罵詈(めり)せられさせ給い天台大師の南北・並びに得一に三寸の舌もつて五尺の身をた(断)つと伝教大師の南京の諸人に「最澄未(いま)だ唐都を見ず」等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢなり、日蓮が御勘気を・かほれば天台・真言の法師等・悦ばしくや・をもうらんかつはむざん(無慚)なり・かつはきくわいなり、夫れ釈尊は娑婆に入り羅什(らじゅう)は秦(しん)に入り伝教は尸那(しな)に入り提婆師子は身をすつ薬王は臂(ひじ)をやく上宮(じょうぐう)は手の皮をはぐ釈迦菩薩は肉をうる楽法(ぎょうぼう)は骨を筆とす、天台の云く「適時而已(ちゃくじにい)」等云云。
仏法は時によるべし。日蓮が流罪(るざい)は今生の小苦なれば・なげかしからず、後生には大楽を・うくべければ大に悦ばし。

[開目抄(下) 本文] 完




by johsei1129 | 2019-10-12 15:19 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 12日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】(下) その三

[開目抄(下) 本文] その三
第一の有諸無智人と云うは経文の第二の悪世中比丘と第三の納衣(のうえ)の比丘の大檀那と見へたり、随つて妙楽(みょうらく)大師は「俗衆」等云云、東春に云く「公処に向う」等云云、第二の法華経の怨敵は経に云く「悪世中の比丘は邪智にして心諂曲(てんごく)に未だ得ざるを為(こ)れ得たりと謂い我慢の心充満せん」等云云、涅槃(ねはん)経に云く「是の時に当に諸の悪比丘有るべし乃至是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来深密の要義を滅除せん」等云云、止観に云く「若し信無きは高く聖境に推して己が智分に非ずとす、若し智無きは増上慢を起し己れ仏に均(ひと)しと謂う」等云云、道綽禅師(どうしゃくぜんし)が云く「二に理深解微(りじんげみ)なるに由る」等云云、法然云く「諸行は機に非ず時を失う」等云云、記の十に云く「恐くは人謬(あやま)り解せん者初心の功徳の大なることを識らずして功を上位に推(ゆず)り此の初心を蔑(ないがしろ)にせん、故に今彼の行浅く功深きことを示して以て経力を顕す」等云云、伝教大師云く「正像稍(やや)過ぎ已(おわっ)て末法太(はな)はだ近きに有り法華一乗の機今正しく是其の時なり何を以て知ることを得る安楽行品に云く末世法滅の時なり」等云云、慧心の云く「日本一州円機純一なり」等云云、道綽(どうしゃく)と伝教と法然と慧心といづれ此を信ずべしや、彼は一切経に証文なし此れは正しく法華経によれり、其の上日本国・一同に叡山(えいざん)の大師は受戒の師なり何ぞ天魔のつける法然に心をよせ我が剃頭(ていず)の師をなげすつるや、法然智者ならば何ぞ此の釈を選択(せんちゃく)に載せて和会せざる、人の理をかくせる者なり、第二の悪世中比丘と指さるるは法然等の無戒・邪見の者なり、涅槃経に云く「我れ等悉く邪見の人と名く」等云云、妙楽(みょうらく)云く「自ら三教を指して皆邪見と名く」等云云、

止観に云く「大経に云く此よりの前は我等皆邪見の人と名くるなり、邪豈(あに)悪に非ずや」等云云、弘決に云く「邪は即ち是れ悪なり是の故に当(まさ)に知るべし唯円を善と為す、復二意有り、一には順を以つて善と為し背を以つて悪と為す相待(そうたい)の意なり、著を以つて悪と為し達を以つて善と為す相待・絶待倶に須(すべから)く悪を離るべし円に著する尚悪なり況(いわん)や復(また)余をや」等云云、外道の善悪は小乗経に対すれば皆悪道小乗の善道・乃至四味三教は法華経に対すれば皆邪悪・但法華のみ正善なり、爾前の円は相待妙なり、絶待妙に対すれば猶悪なり前三教に摂(せっ)すれば猶悪道なり、爾前のごとく彼の経の極理を行ずる猶悪道なり、況や観経等の猶華厳・般若経等に及ばざる小法を本として法華経を観経に取り入れて還つて念仏に対して閣抛閉捨(かくほうへいしゃ)せるは法然並びに所化の弟子等・檀那等は誹謗正法の者にあらずや、釈迦・多宝・十方の諸仏は法をして久しく住せしめんが故に此に来至し給えり、法然並に日本国の念仏者等は法華経は末法に念仏より前に滅尽(めつじん)すべしと、豈三聖の怨敵にあらずや。

第三は、法華経に云く「或は阿練若(あれんにゃ)に有り納衣(のうえ)にして空閑(くうげん)に在つて乃至白衣(ないしびゃくえ)の与(ため)に法を説いて世に恭敬せらるることを為(う)ること六通の羅漢の如くならん」等云云、六巻の般泥洹(はつないおん)経に云く「羅漢に似たる一闡提(せんだい)有つて悪業を行じ一闡提に似たる阿羅漢あつて慈心を作さん、羅漢に似たる一闡提有りとは是諸の衆生の方等を誹謗するなり、一闡提に似たる阿羅漢とは声聞を毀呰(きし)して広く方等を説き衆生に語つて言く我汝等と倶に是れ菩薩なり所以は何ん一切皆如来の性有るが故に然かも彼の衆生は一闡提と謂わん」等云云、涅槃経に云く「我れ涅槃の後・像法の中に当に比丘有るべし、持律に似像して少(わず)かに経典を読誦し飲食を貪嗜(とんし)して其の身を長養せん、袈裟を服(き)ると雖も猶猟師の細視徐行(さいしじょこう)するが如く猫の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと、外には賢善を現し内には貪嫉(とんしつ)を懐く唖(あ)法を受けたる婆羅門(ばらもん)等の如く実には沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛(しじょう)にして正法を誹謗せん」等云云、妙楽云く「第三最も甚し、後後の者転識(うたた・し)り難きを以つての故に」等云云、東春云く「第三に或有阿練若より下の三偈は即是出家の処に一切の悪人を摂す」等云云、東春に「即是出家の処に一切の悪人を摂する」等とは当世・日本国には何れの処ぞや、叡山か園城(おんじょう)か東寺か南都か建仁寺か寿福寺か建長寺か・よくよく・たづぬべし、延暦寺(えんりゃくじ)の出家の頭(かしら)に甲冑(かっちゅう)をよろうを・さすべきか、園城寺の五分法身の膚に鎧杖(がいじょう)を帯せるか、彼等は経文に納衣在空閑(のうえざいくうかん)と指すにはにず、為世所恭敬(いせしょくぎょう)・如六通羅漢(にょろくつうらかん)と人をもはず又転難識故(てんなんしきこ)というべしや華洛(からく)には聖一等・鎌倉には良観等ににたり、人をあだ(怨)むことなかれ眼あらば経文に我が身をあわせよ、止観の第一に云く「止観の明静なることは前代未だ聞かず」等云云、

弘の一に云く「漢の明帝夜夢みし自(よ)り陳朝に洎(およ)ぶまで禅門に予(あずか)り厠(まじわり)て衣鉢伝授する者」等云云、補注に云く「衣鉢伝授とは達磨(だるま)を指す」等云云、止の五に云く「又一種の禅人乃至盲跛の師徒二(ふたり)倶に堕落す」等云云、止の七に云く「九の意世間の文字の法師と共ならず、事相の禅師と共ならず、一種の禅師は唯観心の一意のみ有り或は浅く或は偽る余の九は全く此(これ)無し虚言に非ず後賢眼有らん者は当に証知すべきなり」、弘の七に云く「文字法師とは内に観解(かんげ)無くして唯法相を構(かま)う、事相の禅師とは境智を閑(なら)わず鼻膈(びかく)に心を止む乃至根本有漏定等なり、一師唯有観心一意等とは此は且(しばら)く与えて論を為す、奪えば則ち観解(かんげ)倶に闕(か)く、世間の禅人偏えに理観を尚ぶ既に教を諳(そら)んぜず観を以つて経を消し八邪八風を数えて丈六の仏と為し、五陰三毒を合して名けて八邪と為し、六入を用いて六通と為し四大を以つて四諦と為(な)す、此くの如く経を解するは偽(ぎ)の中の偽なり何ぞ浅くして論ず可けんや」等云云、止観の七に云く「昔鄴洛(ぎょうらく)の禅師名河海に播(し)き住するときは四方雲の如くに、仰ぎ去るときは阡陌(せんびゃく)群を成し隠隠轟轟(いんいんごうごう)亦何の利益か有る、臨終に皆悔ゆ」等云云、弘の七に云く「鄴洛の禅師とは鄴(ぎょう)は相州に在り即ち斉魏(せいぎ)の都する所なり、大に仏法を興す禅祖の一・其の地を王化す、時人の意を護りて其の名を出さず洛は即ち洛陽(らくよう)なり」等云云、六巻の般泥洹(はつないおん)経に云く「究竟(くきょう)の処を見ずとは彼の一闡提の輩の究竟の悪業を見ざるなり」等云云、妙楽云く「第三最も甚だし転(うたた)識り難きが故に」等、無眼の者・一眼の者・邪見の者は末法の始の三類を見るべからず一分の仏眼を得るもの此れをしるべし、向国王大臣婆羅門(ばらもん)居士等云云、東春に云く「公処に向い法を毀(そし)り人を謗ず」等云云、夫れ昔像法の末には護命・修円等・奏状(そうじょう)をささげて伝教大師を讒奏(ざんそう)す、今末法の始には良観・念阿等偽書を注して将軍家にささぐ・あに三類の怨敵にあらずや。

当世の念仏者等・天台法華宗の檀那の国王・大臣・婆羅門・居士等に向つて云く「法華経は理深我等は解微(げみ)法は至つて深く機は至つて浅し」等と申しうとむるは高推聖境(こうすいしょうきょう)・非己智分(ひこちぶん)の者にあらずや、禅宗の云く「法華経は月をさす指・禅宗は月なり月をえて指なにかせん、禅は仏の心・法華経は仏の言なり仏・法華経等の一切経をとかせ給いて後・最後に一ふさの華をもつて迦葉一人にさづく、其のしるしに仏の御袈裟を迦葉に付属し乃至付法蔵の二十八・六祖までに伝う」等云云、此等の大妄語・国中を誑酔(おうすい)せしめてとしひさし、又天台・真言の高僧等・名は其の家にえたれども我が宗にくらし、貪欲(どんよく)は深く公家・武家を・をそれて此の義を証伏(しょうふく)し讃歎す、昔の多宝・分身の諸仏は法華経の令法久住を証明す、今天台宗の碩徳(せきとく)は理深解微を証伏せり、かるがゆへに日本国に但法華経の名のみあつて得道の人一人もなし、誰をか法華経の行者とせん、寺塔を焼いて流罪せらるる僧侶は・かずをしらず、公家・武家に諛(へつら)うて・にくまるる高僧これ多し、此等を法華経の行者というべきか。

仏語むなしからざれば三類の怨敵すでに国中に充満せり、金言のやぶるべきかのゆへに法華経の行者なし・いかがせん・いかがせん、抑(そもそも)たれやの人か衆俗に悪口罵詈(あっくめり)せらるる、誰の僧か刀杖を加へらるる、誰の僧をか法華経のゆへに公家・武家に奏する・誰の僧か数数見擯出(さくさくけんひんずい)と度度ながさるる、日蓮より外に日本国に取り出さんとするに人なし、日蓮は法華経の行者にあらず天これを・すて給うゆへに、誰をか当世の法華経の行者として仏語を実語とせん、仏と提婆とは身と影とのごとし生生にはなれず聖徳太子と守屋とは蓮華の花菓・同時なるがごとし、法華経の行者あらば必ず三類の怨敵あるべし、三類はすでにあり法華経の行者は誰なるらむ、求めて師とすべし一眼の亀の浮木に値うなるべし。

 有る人云く当世の三類はほぼ有るににたり、但し法華経の行者なし、汝を法華経の行者といはんとすれば大なる相違あり、此の経に云く「天の諸の童子以て給使(きゅうじ)を為さん、刀杖も加えず、毒も害すること能(あた)わざらん」又云く「若し人悪罵すれば口則閉塞(こうそくへいそく)す」等、又云く「現世には安穏にして後・善処に生れん」等云云、又「頭破れて七分と作ること阿梨樹(ありじゅ)の枝の如くならん」又云く「亦現世に於て其の福報を得ん」等又云く「若し復是の経典を受持する者を見て其の過悪を出せば若しは実にもあれ若しは不実にもあれ此の人現世に白癩(びゃくらい)の病を得ん」等云云、答えて云く汝が疑い大に吉(よ)し、ついでに不審(ふしん)を晴さん、不軽品に云く「悪口罵詈」等、又云く「或は杖木瓦石を以て之を打擲(ちょうちゃく)す」等云云、涅槃経に云く「若しは殺若しは害」等云云、法華経に云く「而かも此の経は如来の現在すら猶怨嫉(おんしつ)多し」等云云、仏は小指を提婆にやぶられ九横の大難に値い給う此は法華経の行者にあらずや、不軽菩薩は一乗の行者といはれまじきか、目連(もくれん)は竹杖(ちくじょう)に殺さる法華経記莂(きべつ)の後なり、付法蔵の第十四の提婆菩薩・第二十五の師子尊者(ししそんじゃ)の二人は人に殺されぬ、此等は法華経の行者にはあらざるか、竺(じく)の道生(どうしょう)は蘇山(そざん)に流されぬ法道は火印(かなやき)を面にやいて江南にうつさる・此等は一乗の持者にあらざるか、外典の者なりしかども白居易(はくきょい)北野の天神は遠流(おんる)せらる賢人にあらざるか、事の心を案ずるに前生に法華経・誹謗の罪なきもの今生に法華経を行ずこれを世間の失(とが)によせ或は罪なきをあだすれば忽に現罰あるか・修羅が帝釈をい(射)る金翅鳥(こんじちょう)の阿耨池(あのくち)に入る等必ず返つて一時に損するがごとし、天台云く「今我が疾苦は皆過去に由る今生の修福(しゅうふく)は報・将来に在り」等云云、心地観経に曰く「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」等云云、不軽品に云く「其の罪畢已(おわって)」等云云、不軽菩薩は過去に法華経を謗じ給う罪・身に有るゆへに瓦石をかほるとみへたり、又順次生に必ず地獄に堕つべき者は重罪を造るとも現罰なし一闡提人(いっせんだいにん)これなり、涅槃経に云く「迦葉(かしょう)菩薩仏に白(もう)して言く世尊・仏の所説の如く大涅槃の光一切衆生の毛孔に入る」等云云、又云く「迦葉菩薩仏に白して言く世尊云何んぞ未だ菩提の心を発さざる者・菩提の因を得ん」等云云、

仏・此の問を答えて云く「仏迦葉に告わく若し是の大涅槃経を聞くこと有つて我菩提心を発すことを用いずと言つて正法を誹謗せん、是の人即時に夜夢の中に羅刹(らせつ)の像(かたち)を見て心中怖畏(ふい)す、羅刹語つて言く咄(つたな)し善男子汝今若し菩提心を発(おこ)さずんば当に汝が命を断つべし、是の人惶怖(きょうふ)し寤(さ)め已つて即ち菩提の心を発す、当に是の人是れ大菩薩なりと知るべし」等云云、いたう(甚)の大悪人ならざる者が正法を誹謗すれば即時に夢みて・ひるがへる心生ず、又云く「枯木・石山」等、又云く「燋種甘雨(しょうしゅかんう)に遇(あ)うと雖も」等・又「明珠淤泥(みょうじゅおでい)」等、又云く「人の手に創(きず)あるに毒薬を捉(と)るが如し」等、又云く「大雨空に住せず」等云云、此等多くの譬あり、詮ずるところ上品の一闡提人になりぬれば順次生に必ず無間獄に堕つべきゆへに現罰なし、例せば夏の桀(けつ)・殷(いん)の紂(ちゅう)の世には天変なし、重科(じゅうか)有て必ず世ほろぶべきゆへか又守護神此国をすつるゆへに現罰なきか謗法の世をば守護神すて去り諸天まほるべからず、かるがゆへに正法を行ずるものにしるしなし還つて大難に値うべし、金光明経に云く「善業(ぜんごう)を修する者は日日に衰減(すいげん)す」等云云、悪国・悪時これなり具さには立正安国論にかんがへたるがごとし。

詮(せん)ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん、身子が六十劫の菩薩の行を退せし乞眼(こつげん)の婆羅門(ばらもん)の責を堪えざるゆへ、久遠大通(くおんだいつう)の者の三五の塵をふる悪知識に値うゆへなり、善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし、大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚(くび)を刎(はね)ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用(もち)いじとなり、其の外の大難・風の前の塵(ちり)なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず。

疑つて云くいかにとして汝が流罪・死罪等を過去の宿習としらむ、答えて云く銅鏡(どうきょう)は色形を顕(あら)わす秦王(しんのう)・験偽(けんぎ)の鏡は現在の罪を顕わす仏法の鏡は過去の業因を現ず、般泥洹(はつないおん)経に云く「善男子過去に曾て無量の諸罪種種の悪業を作るに是の諸の罪報は或は軽易せられ・或は形状醜陋(しゅうる)・衣服足らず・飲食麤疎(おんじきそそ)・財を求むるに利あらず・貧賤の家邪見の家に生れ・或は王難に遭い・及び余の種種の人間の苦報あらん現世に軽く受るは斯れ護法の功徳力に由(よ)るが故なり」云云、此の経文・日蓮が身に宛(あたか)も符契(ふけい)のごとし狐疑(こぎ)の氷(こおり)とけぬ千万の難も由なし一一の句を我が身にあわせん、或被軽易(わくひきょうい)等云云、法華経に云く「軽賤憎嫉(きょうせんぞうしつ)」等云云・二十余年が間の軽慢(きょうまん)せらる、或は形状醜陋(しゅうる)・又云く衣服不足は予が身なり飲食麤疎は予が身なり求財不利(ぐざいふり)は予が身なり生貧賤家は予が身なり、或遭王難(わくぞうおうなん)等・此の経文疑うべしや、法華経に云く「数数擯出(しばしばひんずい)せられん」此の経文に云く「種種」等云云、斯由護法功徳力故等とは摩訶止観の第五に云く「散善微弱なるは動せしむること能わず今止観を修して健病虧(ごんびょうかけ)ざれば生死の輪を動ず」等云云。

又云く「三障四魔紛然(ふんぜん)として競い起る」等云云我れ無始よりこのかた悪王と生れて法華経の行者の衣食・田畠等を奪いとりせしこと・かずしらず、当世・日本国の諸人の法華経の山寺をたう(倒)すがごとし。又法華経の行者の頚(くび)を刎(はねる)こと其の数をしらず此等の重罪はたせるもあり・いまだ・はたさざるも・あるらん、果すも余残いまだ・つきず生死を離るる時は必ず此の重罪をけしはてて出離すべし、功徳は浅軽なり此等の罪は深重なり、権経を行ぜしには此の重罪いまだ・をこらず鉄(くろがね)を熱(やく)にいた(甚)う・きたわざればきず隠れてみえず、度度せむれば・きずあらはる、麻子(あさのみ)を・しぼるに・つよくせめざれば油少きがごとし。

今、日蓮、強盛に国土の謗法を責むれば此の大難の来るは過去の重罪の今生の護法に招き出だせるなるべし、鉄は火に値わざれば黒し火と合いぬれば赤し木をもつて急流(はやきながれ)をかけば波山のごとし睡(ねむ)れる師子に手をつくれば大に吼(ほ)ゆ。

 涅槃経に曰く「譬えば貧女の如し居家救護(こけくご)の者有ること無く加うるに復病苦飢渇(けかち)に逼(せ)められて遊行乞丐(ゆぎょうこつがい)す、他の客舎に止り一子を寄生す是の客舎の主駈逐(きちく)して去らしむ、其の産して未だ久しからず是の児を擕抱(けいほう)して他国に至らんと欲し、其の中路に於て悪風雨に遇て寒苦並び至り多く蚊虻蜂螫(ぶんぼうほうしゃ)毒虫の唼(す)い食う所となる、恒河(ごうが)に逕由(けいゆ)し児を抱いて渡る、其の水漂疾(ひょうしつ)なれども而も放ち捨てず是に於て母子遂に共倶(とも)に没しぬ。

是くの如き女人慈念の功徳命終の後梵天に生ず、文殊師利若し善男子有つて正法を護らんと欲せば彼の貧女の恒河に在つて子を愛念するが為に身命を捨つるが如くせよ、善男子護法の菩薩も亦是くの如くなるべし、寧(むし)ろ身命を捨てよ是くの如きの人解脱を求めずと雖も解脱自(おのずか)ら至ること彼の貧女の梵天を求めざれども梵天自ら至るが如し」等云云、此の経文は章安大師・三障をもつて釈し給へり、それをみるべし、貧人とは法財のなきなり女人とは一分の慈ある者なり、客舎とは穢土(えど)なり一子とは法華経の信心・了因の子なり舎主駈逐(しゃしゅくちく)とは流罪せらる其の産して未だ久しからずとはいまだ信じて・ひさしからず、悪風とは流罪の勅宣(ちょくせん)なり蚊虻(ぶんぼう)等とは諸の無智の人有り悪口罵詈(めり)等なり母子共に没すとは終に法華経の信心をやぶらずして頚を刎(はね)らるるなり、梵天とは仏界に生るるをいうなり引業(いんごう)と申すは仏界までかはらず、日本・漢土の万国の諸人を殺すとも五逆・謗法なければ無間地獄には堕ちず、余の悪道にして多歳をふ(経)べし、色天に生るること万戒を持てども万善を修すれども散善にては生れず、又梵天王となる事・有漏(うろ)の引業の上に慈悲を加えて生ずべし、今此の貧女が子を念うゆへに梵天に生る常の性相には相違せり、章安の二はあれども詮ずるところは子を念う慈念より外の事なし、念を一境にする、定に似たり専(もっぱら)子を思う又慈悲にも・にたり、かるがゆへに他事なけれども天に生るるか、又仏になる道は華厳(けごん)の唯心法界・三論の八不・法相の唯識・真言の五輪観(ごりんかん)等も実には叶うべしともみへず、但(ただ)天台の一念三千こそ仏になるべき道とみゆれ。

此の一念三千も我等一分の慧解(えげ)もなし、而(しかれ)ども一代経経の中には此の経計り一念三千の玉をいだけり、余経の理は玉に・にたる黄石なり沙(いさご)をしぼるに油なし石女に子のなきがごとし。
諸経は智者・猶仏にならず此の経は愚人も仏因を種(うゆ)べし不求解脱・解脱自至等と云云。

我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけん、つた(拙)なき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし、妻子を不便(ふびん)と・をもうゆへ現身にわかれん事を・なげくらん、多生曠劫(たしょうこうごう)に・したしみし妻子には心とはなれしか仏道のために・はなれしか、いつも同じわかれなるべし、我法華経の信心をやぶらずして霊山にまいりて返てみちびけかし。

 疑つて云く念仏者と禅宗等を無間と申すは諍(あらそ)う心あり修羅道にや堕つべかるらむ、又法華経の安楽行品に云く「楽(ねが)つて人及び経典の過(とが)を説かざれ亦諸余の法師を軽慢せざれ」等云云、汝此の経文に相違するゆへに天にすてられたるか、答て云く止観に云く「夫れ仏に両説あり一には摂・二には折・安楽行に不称長短という如き是れ摂の義なり、大経に刀杖を執持(しゅうじ)し乃至首を斬れという是れ折の義なり与奪(よだつ)・途(みち)を殊にすと雖も倶に利益せしむ」等云云、弘決に云く「夫れ仏に両説あり等とは大経に刀杖を執持すとは第三に云く正法を護る者は五戒を受けず威儀を修せず、乃至下の文仙予国王等の文、又新医禁じて云く若し更に為すこと有れば当に其の首を断つべし是くの如き等の文並びに是れ破法の人を折伏するなり一切の経論此の二を出でず」等云云、

[開目抄(下) 本文] その四に続く

by johsei1129 | 2019-10-12 14:56 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 12日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】(下) その二

[開目抄(下) 本文] その二
法華経に云く「已今当」等云云、妙楽云く「縦(たと)い経有つて諸経の王と云うとも已今当説最為(いこんとうせつさいい)第一と云わず」等云云、又云く「已今当の妙茲(ここ)に於て固く迷う謗法の罪苦長劫に流る」等云云、此の経釈にをどろいて一切経・並に人師の疏釈(じょしゃく)を見るに狐疑(こぎ)の冰とけぬ今真言の愚者等・印真言のあるを・たのみて真言宗は法華経にすぐれたりとをもひ慈覚大師等の真言勝れたりとをほせられぬれば・なんど・をもえるは・いうにかい(甲斐)なき事なり。

密厳(みつごん)経に云く「十地華厳等と大樹と神通勝鬘(しょうまん)及び余経と皆此の経従(よ)り出でたり、是くの如きの密厳経は一切経の中に勝れたり」等云云。
大雲経に云く「是の経は即是諸経の転輪聖王(てんりんじょうおう)なり何を以ての故に是の経典の中に衆生の実性・仏性・常住の法蔵を宣説する故なり」等云云。
六波羅蜜経に云く「所謂(いわゆる)過去無量の諸仏・所説の正法及び我今説く所の所謂八万四千の諸の妙法蘊(おん)なり、摂(せっ)して五分と為す一には索咀纜(そたらん)・二には毘奈耶(びなや)・三には阿毘達磨(あびだるま)・四には般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)・五には陀羅尼(だらに)門となり此の五種の蔵をもつて有情を教化す。若し彼の有情契(けい)経調伏対法般若を受持すること能わず或は復有情諸の悪業・四重・八重・五無間罪方等経を謗ずる一闡提(いっせんだい)等の種種の重罪を造るに銷滅(しょうめつ)して速疾に解脱(げだつ)し頓に涅槃を悟ることを得せしむ、而も彼が為に諸の陀羅尼蔵(だらにぞう)を説く、此の五の法蔵譬えば乳(にゅう)・酪(らく)・生蘇(しょうそ)・熟蘇(じゅくそ)及び妙なる醍醐(だいご)の如し、総持門とは譬えば醍醐の如し醍醐の味は乳・酪・蘇の中に微妙第一にして能く諸の病を除き諸の有情をして身心安楽ならしむ、総持門とは契経等の中に最も第一と為す能く重罪を除く」等云云。

解深密(げじんみつ)経に云く「爾(そ)の時に勝義生菩薩復仏に白(もう)して云く世尊・初め一時に於て波羅痆斯(はらなっし)仙人堕処施鹿林(だしょせろくりん)の中に在て唯声聞乗を発趣(ほっしゅ)する者の為に四諦の相を以て正法輪を転じ給いき、是甚だ奇にして甚だ此(こ)れ希有(けう)なり一切世間の諸の天人等・先より能く法の如く転ずる者有ること無しと雖も、而も彼の時に於て転じ給う所の法輪は有上なり有容(うよう)なり、是れ未了義なり、是れ諸の諍論(じょうろん)安足の処所(ところ)なり。
世尊在昔(むかし)第二時の中に唯発趣して大乗を修する者の為にして一切の法は皆無自性なり無性無滅なり本来寂静なり自性涅槃なるに依る隠密の相を以て正法輪を転じ給いき、更に甚だ奇にして甚だ為(こ)れ希有なりと雖も、彼の時に於て転じ給う所の法輪亦是れ有上なり容受(じゅよう)する所有り猶未だ了義ならず、是れ諸の諍論安足の処所なり。
世尊今第三時の中に於て普(あまね)く一切乗を発趣(ほっしゅ)する者の為に一切の法は皆無自性・無生無滅・本来寂静・自性涅槃にして無自性の性なるに依り顕了(けんりょう)の相を以て正法輪を転じ給う、第一甚だ奇にして最も為(こ)れ希有なり、今に世尊転じ給う所の法輪・無上無容にして是れ真の了義なり諸の諍論安息の処所(ところ)に非ず」等云云。
大般若(はんにゃ)経に云く「聴聞する所の世・出世の法に随つて皆能く方便して般若甚深の理趣に会入し諸の造作する所の世間の事業も亦般若を以て法性に会入し一事として法性を出ずる者を見ず」等云云。
大日経第一に云く「秘密主大乗行あり無縁乗(むえんじょう)の心を発す法に我性無し何を以ての故に彼往昔(むかし)是くの如く修行せし者の如く蘊(おん)の阿頼耶(あらや)を観察して自性(じしょう)幻の如しと知る」等云云、又云く「秘密主彼是くの如く無我を捨て心主自在にして自心の本不生を覚す」等云云、又云く「所謂空性は根境を離れ無相にして境界無く諸の戯論(けろん)に越えて虚空に等同なり乃至極無自性」等云云、又云く「大日尊秘密主(ひみつしゅ)に告げて言く秘密主云何なるか菩提・謂く実の如く自心を知る」等云云。

華厳経に云く「一切世界の諸の群生声聞乗を求めんと欲すること有ること尠(すくな)し縁覚を求むる者転(うたた)・復少し、大乗を求むる者甚だ希有なり大乗を求むる者猶為れ易く能く是の法を信ずる為れ甚だ難し、況や能く受持し・正憶念(しょうおくねん)し・説の如く修行し・真実に解せんをや、若し三千大千界を以て頂戴(ちょうだい)すること一劫身動(みどう)ぜざらんも彼の所作未だ為(こ)れ難からず是の法を信ずるは為(こ)れ甚だ難し。
大千塵数(じんずう)の衆生の類に一劫諸の楽具(がくぐ)を供養するも彼の功徳未だ為れ勝れず是の法を信ずるは為れ殊勝なり、若し掌(たなごころ)を以て十仏刹(ぶっせつ)を持し虚空に中に於て住すること一劫なるも彼の所作未だ為(こ)れ難からず是の法を信ずるは為(こ)れ甚だ難し。十仏刹塵(せつじん)の衆生の類に一劫諸の楽具を供養せんも彼の功徳未だ勝れりと為さず是の法を信ずるは為れ殊勝なり、十仏刹塵の諸の如来を一劫恭敬して供養せん若し能く此の品を受持せん者の功徳彼よりも最勝と為す」等云云。

涅槃経に云く「是の諸の大乗方等経典復無量の功徳を成就すと雖も是の経に比せんと欲するに喩(たとえ)を為すを得ざること百倍千倍百千万倍、乃至算数譬喩(さんじゅひゆ)も及ぶこと能わざる所なり、善男子譬えば牛従(よ)り乳を出し、乳従(よ)り酪(らく)を出し、酪従り生蘇(しょうそ)を出し、生蘇従り熟蘇を出し、熟蘇従り醍醐を出す、醍醐は最上なり、若し服すること有る者は衆病皆除き所有の諸薬も悉く其の中に入るが如し。善男子仏も亦是くの如し、仏従り十二部経を出し十二部経従(よ)り修多羅(しゅたら)を出し、修多羅従(よ)り方等経を出し、方等経従(よ)り般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)を出し、般若波羅蜜従り大涅槃を出す猶醍醐の如し醍醐と言うは仏性に喩(たと)う」等云云。

此等の経文を法華経の已今当・六難・九易に相対すれば月に星をならべ九山に須弥(しゅみ)を合せたるににたり、しかれども華厳宗の澄観・法相・三論・真言等の慈恩・嘉祥(かじょう)・弘法等の仏眼のごとくなる人・猶此の文にまどへり、何に況や盲眼のごとくなる当世の学者等・勝劣を弁うべしや、黒白のごとく・あきらかに須弥・芥子(けし)のごとくなる勝劣なを・まどへり・いはんや虚空のごとくなる理に迷わざるべしや、教の浅深をしらざれば理の浅深を弁うものなし巻をへだて文・前後すれば教門の色弁えがたければ文を出して愚者を扶けんとをもう。
王に小王・大王・一切に少分・全分・五乳に全喩(ゆ)・分喩を弁うべし、六波羅蜜経は有情の成仏あつて無性の成仏なし何に況や久遠実成をあかさず、猶涅槃経の五味にをよばず何に況や法華経の迹門・本門にたいすべしや、而るに日本の弘法大師・此の経文にまどひ給いて法華経を第四の熟蘇味に入れ給えり、第五の総持門の醍醐味すら涅槃経に及ばずいかにし給いけるやらん。
而るを震旦(しんたん)の人師争つて醍醐を盗むと天台等を盗人とかき給へり惜(おし)い哉古賢醍醐を嘗(な)めず等と自歎せられたり。

此等はさてをく我が一門の者のためにしるす他人は信ぜざれば逆縁なるべし、一渧(たい)をなめて大海のしを(潮)をしり一華を見て春を推せよ、万里をわた(渡)て宋に入らずとも三箇年を経て霊山にいたらずとも竜樹のごとく竜宮に入らずとも無著菩薩のごとく弥勒(みろく)菩薩にあはずとも二所三会(さんね)に値わずとも一代の勝劣はこれをしれるなるべし、蛇は七日が内の洪水(こうずい)をしる竜の眷属なるゆへ烏は年中の吉凶をしれり過去に陰陽師(おんようし)なりしゆへ鳥はとぶ徳人にすぐれたり。
日蓮は諸経の勝劣をしること華厳(けごん)の澄観・三論の嘉祥(かじょう)・法相の慈恩・真言の弘法にすぐれたり、天台・伝教の跡をしのぶゆへなり、彼の人人は天台・伝教に帰せさせ給はずば謗法(ほうぼう)の失脱(とがのが)れさせ給うべしや、当世・日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留(とどむ)べし、大海の主となれば諸の河神・皆したがう須弥山(しゅみせん)の王に諸の山神したがはざるべしや、法華経の六難九易を弁うれば一切経よまざるにしたがうべし。

宝塔品の三箇の勅宣の上に提婆品に二箇の諌暁(かんぎょう)あり、提婆達多(だいばだった)は一闡提(せんだい)なり天王如来と記せらる、涅槃(ねはん)経四十巻の現証は此の品にあり、善星(ぜんしょう)・阿闍世(あじゃせ)等の無量の五逆・謗法の者の一をあげ頭をあげ万ををさめ枝をしたがふ。一切の五逆・七逆・謗法・闡提・天王如来にあらはれ了んぬ毒薬変じて甘露(かんろ)となる衆味にすぐれたり、竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす。法華已前の諸の小乗教には女人の成仏をゆるさず、諸の大乗経には成仏・往生をゆるすやうなれども或は改転の成仏にして一念三千の成仏にあらざれば有名無実の成仏往生なり、挙一例諸(こいちれいしょ)と申して竜女が成仏は末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし、儒家の孝養は今生にかぎる未来の父母を扶(たす)けざれば外家の聖賢は有名無実なり、外道は過未をしれども父母を扶くる道なし仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ、しかれども法華経已前等の大小乗の経宗は自身の得道猶かなひがたし何に況や父母をや但文のみあつて義なし、今法華経の時こそ女人成仏の時・悲母の成仏も顕われ・達多の悪人成仏の時・慈父の成仏も顕わるれ、此の経は内典の孝経なり、二箇のいさ(諫)め了んぬ。

已上五箇の鳳詔(ほうしょう)にをどろきて勧持品(かんじぼん)の弘経あり、明鏡の経文を出して当世の禅・律・念仏者・並びに諸檀那の謗法をしらしめん。

日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑(ねうし)の時に頚はねられぬ、此れは魂魄(こんぱく)・佐土の国にいたりて返年(かえるとし)の二月・雪中にしるして有縁の弟子へをく(贈)ればをそろ(畏)しくて・をそ(怕)ろしからず、み(見)ん人いかに・をぢぬらむ。此れ(本抄)は釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国・当世をうつし給う明鏡なり、かたみともみるべし


勧持品に云く「唯願くは慮(うらおもい)したもうべからず、仏滅度の後恐怖(くふ)悪世の中に於て我等当に広く説くべし、諸の無智の人の悪口罵詈(あっくめり)等し及び刀杖を加うる者有らん、我等皆当(まさ)に忍ぶべし、悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲(てんごく)に未だ得ざるを為(こ)れ得たりと謂(おも)い我慢の心充満せん、或は阿練若(あれんにゃ)に納衣(のうい)にして空閑(くうげん)に在つて自ら真の道を行ずと謂つて人間を軽賤(きょうせん)する者有らん、利養(りよう)に貪著(とんじゃく)するが故に白衣(びゃくえ)の与(ため)に法を説いて世に恭敬せらるることを為(う)ること六通の羅漢の如くならん。
是の人悪心を懐(いだ)き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮(かっ)て好んで我等が過を出さん、常に大衆の中に在つて我等を毀(そし)らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門(ばらもん)・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂(い)わん。
濁劫悪世の中には多く諸の恐怖(くふ)有らん悪鬼其身に入つて我を罵詈毀辱(めりきにく)せん、濁世の悪比丘は仏の方便随宜(ほうべんずいぎ)の所説の法を知らず悪口し顰蹙(ひんじゅく)し数数擯出(しばしばひんずい)せられん」等云云、記の八に云く「文に三初に一行は通じて邪人を明す即ち俗衆なり、次に一行は道門増上慢の者を明す、三に七行は僣聖(せんしょう)増上慢の者を明す、此の三の中に初は忍ぶ可し次の者は前に過ぎたり第三最も甚だし後後の者は転(うたた)識り難きを以ての故に」等云云。

東春に智度法師云く「初に有諸より下の五行は第一に一偈(げ)は三業の悪を忍ぶ是れ外悪の人なり次に悪世の下の一偈は是上慢出家の人なり第三に或有阿練若(わくうあれんにゃ)より下の三偈は即是出家の処に一切の悪人を摂(せっ)す」等云云、又云く「常在大衆より下の両行は公処に向つて法を毀(そし)り人を謗ず」等云云、涅槃(ねはん)経の九に云く「善男子一闡提(いっせんだい)有り羅漢の像(かたち)を作して空処(くうしょ)に住し方等大乗経典を誹謗せん諸の凡夫人見已つて皆真の阿羅漢(あらかん)是大菩薩なりと謂わん」等云云、又云く「爾(そ)の時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし、是の時に当に諸の悪比丘有つて是の経を抄略し分ちて多分と作し能く正法の色香美味を滅すべし、是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来の深密の要義を滅除して世間の荘厳の文飾(もんしき)無義の語を安置す前を抄して後に著け後を抄して前に著け前後を中に著け中を前後に著く当に知るべし是くの如きの諸の悪比丘は是れ魔の伴侶(はんりょ)なり」等云云。

六巻の般泥洹(はつないおん)経に云く「阿羅漢に似たる一闡提有つて悪業を行ず、一闡提に似たる阿羅漢あつて慈心を作さん、羅漢に似たる一闡提有りとは是の諸の衆生方等を誹謗するなり、一闡提に似たる阿羅漢とは声聞を毀呰(きし)し広く方等を説くなり衆生に語つて言く我れ汝等と倶に是れ菩薩なり所以は何(いか)ん一切皆如来の性有る故に然も彼の衆生一闡提なりと謂わん」等云云、涅槃(ねはん)経に云く「我涅槃の後乃至正法滅して後像法の中に於て当に比丘有るべし持律に似像(じぞう)して少(わず)かに経を読誦し飲食(おんじき)を貪嗜(とんし)し其の身を長養す、袈裟(けさ)を服(き)ると雖も猶猟師の細視徐行するが如く猫の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと外には賢善(けんぜん)を現わし内には貪嫉(とんしつ)を懐かん唖法(あほう)を受けたる婆羅門等の如し、実に沙門に非ずして沙門の像(かたち)を現じ邪見熾盛(しじょう)にして正法を誹謗せん」等云云。

夫れ鷲峯(じゅほう)・雙林(そうりん)の日月・毘湛(びたん)・東春の明鏡に当世の諸宗・並に国中の禅律・念仏者が醜面を浮べたるに一分もくもりなし、妙法華経に云く「於仏滅度後恐怖(くふ)悪世中」安楽行品に云く「於後悪世」又云く「於末世中」又云く「於後末世法欲滅時」分別功徳品に云く「悪世末法時」薬王品に云く「後五百歳」等云云、正法華経の勧説品(かんぜつほん)に云く「然後末世」又云く「然後来末世」等云云、添品(てんぽん)法華経に云く等、天台の云く「像法の中の南三北七は法華経の怨敵なり」、伝教の云く「像法の末・南都・六宗の学者は法華の怨敵なり」等云云、彼等の時はいまだ分明ならず、此は教主釈尊・多宝仏・宝塔の中に日月の並ぶがごとく十方・分身の諸仏・樹下に星を列ねたりし中にして正法一千年・像法一千年・二千年すぎて末法の始に法華経の怨敵・三類あるべしと八十万億那由佗(なゆた)の諸菩薩の定め給いし虚妄となるべしや。

当世は如来滅後・二千二百余年なり大地は指(ささ)ば・はづるとも春は・花は・さかずとも三類の敵人・必ず日本国にあるべし、さるにては・たれたれの人人か三類の内なるらん又誰人か法華経の行者なりとさされたるらん・をぼつかなし。彼の三類の怨敵に我等入りてやあるらん又法華経の行者の内にてやあるらん・をぼつかなし。

周の第四昭王の御宇二十四年甲寅(きのえとら)・四月八日の夜中に天(そら)に五色の光気・南北に亘りて昼のごとし、大地・六種に震動(しんどう)し雨ふらずして江河(こうか)・井池(せいち)の水まさり一切の草木に花さき菓(このみ)なりたりけり不思議なりし事なり、昭王・大に驚き大史(たいし)・蘇由(そゆう)・占つて云く「西方に聖人生れたり」昭王問て云く「此の国いかん」答えて云く「事なし一千年の後に彼の聖言・此の国にわたつて衆生を利すべし」彼のわづかの外典の一毫未断(いちごうみだん)・見思の者・しかれども一千年のことをしる、はたして仏教・一千一十五年と申せし後漢の第二・明帝の永平十年丁卯(ひのとう)の年・仏法・漢土にわたる。

此は似るべくもなき釈迦・多宝・十方分身の仏の御前の諸菩薩の未来記なり、当世・日本国に三類の法華経の敵人なかるべしや、されば仏・付法蔵経等に記して云く「我が滅後に正法一千年が間・我が正法を弘むべき人・二十四人・次第に相続すべし」迦葉(かしょう)・阿難等はさてをきぬ一百年の脇比丘(きょうびく)・六百年の馬鳴(めみょう)・七百年の竜樹(りゅうじゅ)菩薩等・一分もたがはず・すでに出で給いぬ、此の事いかんが・むなしかるべき此の事相違せば一経・皆相違すべし、所謂舎利弗が未来の華光(けこう)如来・迦葉の光明如来も皆妄語となるべし、爾前(にぜん)返つて一定となつて永(よう)不成仏の諸声聞なり、犬野干(いぬやかん)をば供養すとも阿難等をば供養すべからずとなん、いかんがせん・いかんがせん。

[開目抄(下) 本文] その三に続く




by johsei1129 | 2019-10-12 13:02 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 12日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】(下) その一

[開目抄(下) 本文] その一
又今よりこそ諸大菩薩も梵帝・日月・四天等も教主釈尊の御弟子にては候へ、されば宝塔品には此等の大菩薩を仏我が御弟子等とをぼすゆへに諌暁(かんぎょう)して云く「諸(もろもろ)の大衆に告ぐ我が滅度の後・誰か能く此の経を護持し読誦(どくじゅ)する今仏前に於て自ら誓言(せいごん)を説け」とは・したたかに仰せ下せしか、又諸大菩薩も「譬えば大風の小樹の枝を吹くが如し」等と吉祥草の大風に随い河水の大海へ引くがごとく仏には随いまいらせしか。
而れども霊山(りょうぜん)日浅くして夢のごとく・うつつならずありしに証前の宝塔の上に起後の宝塔あつて十方の諸仏・来集せる皆我が分身なりとなのらせ給い宝塔は虚空に釈迦・多宝坐を並べ日月の青天に並出(びょうしゅつ)せるが如し、人天大会は星をつらね分身の諸仏は大地の上宝樹の下の師子のゆか(牀)にまします、華厳(けごん)経の蓮華蔵世界は十方・此土の報仏・各各に国国にして彼の界の仏・此の土に来つて分身となのらず此の界の仏・彼の界へゆかず但法慧等の大菩薩のみ互いに来会(らいえ)せり、大日経・金剛頂経等の八葉九尊・三十七尊等・大日如来の化身とはみゆれども其の化身・三身円満の古仏にあらず、大品経の千仏・阿弥陀経の六方の諸仏いまだ来集の仏にあらず大集経の来集の仏・又分身ならず、金光明経の四方の四仏は化身なり、総じて一切経の中に各修・各行の三身円満の諸仏を集めて我が分身とはとかれず、これ寿量品の遠序(おんじょ)なり、始成四十余年の釈尊が一劫・十劫等・已前の諸仏を集めて分身ととかる・さすが平等意趣にもにず・をびただしくをどろかし、又始成の仏ならば所化・十方に充満すべからざれば分身の徳は備わりたりとも示現して益なし、天台云く「分身既に多し当に知るべし成仏の久しきことを」等云云、大会のをどろきし意をかかれたり。

其の上に地涌千界の大菩薩・大地より出来せり釈尊に第一の御弟子とをぼしき普賢文殊等(ふげんもんじゅ)にも・にるべくもなし、華厳・方等・般若・法華経の宝塔品に来集する大菩薩・大日経等の金剛薩埵等の十六の大菩薩なんども此の菩薩に対当すれば獼猴(みこう)の群る中に帝釈の来り給うが如し、山人(やまかつ)に月卿(げっけい)等のまじはるにことならず、補処(ふしょ)の弥勒(みろく)すら猶迷惑せり何(いか)に況(いわん)や其の已下をや、此の千世界の大菩薩の中に四人の大聖まします所謂(いわゆる)・上行・無辺行・浄行・安立行なり、此の四人は虚空・霊山の諸菩薩等・眼もあはせ心もをよばず、華厳経の四菩薩・大日経の四菩薩・金剛頂経の十六大菩薩等も此の菩薩に対すれば翳眼(えいがん)のものの日輪を見るが如く海人(あま)が皇帝に向い奉るが如し、大公等の四聖の衆中にありしに・にたり商山の四皓(こう)が恵帝に仕えしにことならず、巍巍(ぎぎ)堂堂として尊高なり、釈迦・多宝・十方の分身を除いては一切衆生の善知識ともたのみ奉りぬべし、弥勒菩薩・心に念言すらく、我は仏の太子の御時より三十成道・今の霊山まで四十二年が間此の界の菩薩・十方世界より来集せし諸大菩薩皆し(知)りたり、又十方の浄穢土に或は御使い或は我と遊戯(ゆうげ)して其の国国に大菩薩を見聞せり、此の大菩薩の御師なんどは・いかなる仏にてや・あるらん、よも此の釈迦・多宝・十方の分身の仏陀にはにるべくもなき仏にてこそ・をはすらめ、雨の猛(たけき)を見て竜の大なる事をしり華の大なるを見て池のふかきことは・しんぬべし、此等の大菩薩の来る国・又誰と申す仏にあいたてまつり・いかなる大法をか習修し給うらんと疑いし、あまりの不審さに音(こえ)をも・いだすべくも・なけれども仏力にやありけん、弥勒菩薩疑つて云く「無量千万億の大衆の諸の菩薩は昔より未だ曾て見ざる所なり是の諸の大威徳の精進の菩薩衆は誰か其の為に法を説いて教化して成就せる、誰に従つてか初めて発心し何れの仏法をか称揚(しょうよう)せる、世尊我昔より来(このかた)未だ曾つて是の事を見ず、願くは其の所従の国土の名号を説きたまえ、我常に諸国に遊べども未だ曾つて是の事を見ず、我れ此の衆の中に於て乃(いま)し一人をも識(し)らず忽然(こつねん)に地より出でたり願くは其の因縁を説きたまえ」等云云、天台云く「寂場(じゃくじょう)より已降(このかた)今座已往(いおう)十方の大士来会絶えず限る可からずと雖も我補処(ふしょ)の智力を以つて悉く見悉く知る、而れども此の衆に於て一人をも識らず然るに我れ十方に遊戯して諸仏に覲奉(ごんぶ)し大衆に快く識知せらる」等云云、妙楽云く「智人は起を知る蛇は自ら蛇を識る」等云云、経釈の心・分明なり詮ずるところは初成道よりこのかた此の土十方にて此等の菩薩を見たてまつらず・きかずと申すなり。

仏此の疑を答えて云く「阿逸多・汝等昔より未だ見ざる所の者は我是の娑婆世界に於て阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得已(えおわ)つて是の諸の菩薩を教化し示導して其の心を調伏して道の意を発(お)こさしめたり」等、又云く「我伽耶城菩提樹下に於て坐して最正覚を成ずることを得て無上の法輪を転じ爾(しか)して乃(すなわ)ち之を教化して初めて道心を発さしむ今皆不退に住せり、乃至我久遠より来(このかた)是等の衆を教化せり」等云云、此に弥勒(みろく)等の大菩薩大に疑いをもう、華厳経の時・法慧等の無量の大菩薩あつまるいかなる人人なるらんと・をもへば我が善知識なりとをほせられしかば、さもやと・うちをもひき、其の後の大宝坊・白鷺池(びゃくろち)等の来会(らいえ)の大菩薩も・しかのごとし、此の大菩薩は彼等にはにるべくもなき・ふりたりげにまします定めて釈尊の御師匠かなんどおぼしきを令初発道心とて幼稚のものども・なりしを教化して弟子となせりなんど・をほせあれば・大なる疑なるべし、日本の聖徳太子は人王第三十二代・用明天皇の御子なり、御年六歳の時・百済(くだら)・高麗(こま)・唐土(もろこし)より老人どものわたりたりしを六歳の太子・我が弟子なりと・をほせありしかば彼の老人ども又合掌して我が師なり等云云、不思議なりし事なり、外典に申す或者(あるひと)道をゆけば路のほとりに年三十計りなる・わかものが八十計りなる老人を・とらへて打ちけり、いかなる事ぞと・とえば此の老翁(おう)は我が子なりなんど申すと・かたるにもにたり、されば弥勒(みろく)菩薩等疑つて云く「世尊・如来太子為りし時・釈の宮を出で伽耶城(がやじょう)を去ること遠からずして道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得給えり、是より已来(このかた)始めて四十余年を過ぎたり、世尊・云何ぞ此の少時に於て大いに仏事を作し給える」等云云、一切の菩薩始め華厳経より四十余年・会会に疑をまうけて一切衆生の疑網(ぎもう)をはらす中に此の疑・第一の疑なるべし、無量義経の大荘厳等の八万の大士・四十余年と今との歴劫(りゃっこう)・疾成(しつじょう)の疑にも超過せり、観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)に韋提希(いだいけ)夫人の阿闍世王が提婆にすかされて父の王をいまし(禁錮)め母を殺さんとせしが耆婆(ぎば)月光に・をどされて母をはなちたりし時仏を請じたてまつて・まづ第一の問に云く「我れ宿(むか)し何の罪あつて此の悪子を生む世尊・復た何等の因縁有つて提婆達多と共に眷属(けんぞく)となり給う」等云云、此の疑の中に「世尊復た何等の因縁有つて」等の疑は大なる大事なり、輪王は敵と共に生れず帝釈は鬼と・ともならず仏は無量劫の慈悲者なりいかに大怨と共にはまします還つて仏には・ましまさざるかと疑うなるべし、而れども仏答え給はず、されば観経を読誦せん人・法華経の提婆品へ入らずば・いたづらごと(徒事)なるべし、大涅槃経に迦葉菩薩の三十六の問もこれには及ばず、されば仏・此の疑を晴させ給はずば一代の聖教は泡沫(ほうまつ)にどう(同)じ一切衆生は疑網(ぎもう)にかかるべし、寿量の一品の大切なるこれなり。

其の後・仏・寿量品を説いて云く「一切世間の天人及び阿修羅(あしゅら)は皆今の釈迦牟尼仏は釈氏の宮を出で伽耶城(がやじょう)を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得給えりと謂(おも)えり」等云云、此の経文は始め寂滅道場より終り法華経の安楽行品にいたるまでの一切の大菩薩等の所知をあげたるなり、「然るに善男子・我れ実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗(なゆた)劫なり」等云云、此の文は華厳経の「三処の始成正覚」阿含経に云く「初成」浄名経の「始坐仏樹」大集経に云く「始十六年」大日経の「我昔坐道場」等・仁王経の「二十九年」無量義経の「我先道場」法華経の方便品に云く「我始坐道場」等を一言に大虚妄なりと・やぶるもん(文)なり。
此の過去常顕るる時・諸仏皆釈尊の分身なり爾前(にぜん)・迹門(しゃくもん)の時は諸仏・釈尊に肩を並べて各修・各行の仏なり、かるがゆへに諸仏を本尊とする者・釈尊等を下す、今華厳(けごん)の台上・方等・般若(はんにゃ)・大日経等の諸仏は皆釈尊の眷属なり、仏三十成道の御時は大梵天王・第六天等の知行の娑婆世界(しゃばせかい)を奪い取り給いき、今爾前・迹門にして十方を浄土と・がうして此の土を穢土(えど)ととかれしを打ちかへして此の土は本土なり十方の浄土は垂迹の穢土となる、仏は久遠の仏なれば迹化・他方の大菩薩も教主釈尊の御弟子なり、一切経の中に此の寿量品ましまさずば天に日月の・国に大王の・山河に珠の・人に神(たましい)のなからんが・ごとくして・あるべきを華厳・真言等の権宗の智者とをぼしき澄観・嘉祥・慈恩・弘法等の一往・権宗の人人・且は自の依経を讃歎せんために或は云く「華厳経の教主は報身・法華経は応身」と・或は云く「法華寿量品の仏は無明の辺域(へんいき)・大日経の仏は明の分位」等云云、雲は月をかくし讒臣(ざんしん)は賢人をかくす・人讃すれば黄石(おうしゃく)も玉とみへ諛臣(ゆしん)も賢人かとをぼゆ、今濁世の学者等・彼等の讒義に隠されて寿量品の玉を翫(もてあそ)ばず、又天台宗の人人もたぼ(誑)らかされて金石・一同のをもひを・なせる人人もあり、仏・久成に・ましまさずば所化の少かるべき事を弁うべきなり、月は影を慳(おしま)ざれども水なくば・うつるべからず、仏・衆生を化せんと・をぼせども結縁(けちえん)うすければ八相を現ぜず、例せば諸の声聞が初地・初住には・のぼれども爾前にして自調自度なりしかば未来の八相をご(期)するなるべし、しかれば教主釈尊始成ならば今此の世界の梵帝・日月・四天等は劫初(こっしょ)より此の土を領すれども四十余年の仏弟子なり、霊山・八年の法華結縁の衆今まいりの主君にをもひつかず久住の者にへだてらるるがごとし、今久遠実成あらはれぬれば東方の薬師如来の日光・月光・西方阿弥陀如来の観音勢至・乃至十方世界の諸仏の御弟子・大日・金剛頂等の両部の大日如来の御弟子の諸大菩薩・猶教主釈尊の御弟子なり、諸仏・釈迦如来の分身たる上は諸仏の所化申すにをよばず何に況や此の土の劫初より・このかたの日月・衆星等・教主釈尊の御弟子にあらずや。

而るを天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり、倶舎(くしゃ)・成実・律宗は三十四心・断結成道(だんけつじょうどう)の釈尊を本尊とせり、天尊の太子が迷惑して我が身は民の子とをもうがごとし、華厳(けごん)宗・真言宗・三論宗・法相宗等の四宗は大乗の宗なり、法相・三論は勝応身ににたる仏を本尊とす天王の太子・我が父は侍(さむらい)と・をもうがごとし、華厳宗・真言宗は釈尊を下げて盧舎那(るしゃな)の大日等を本尊と定む天子たる父を下げて種姓(すじょう)もなき者の法王のごとくなるに・つけり、浄土宗は釈迦の分身の阿弥陀仏を有縁の仏とをもうて教主をすてたり、禅宗は下賤の者・一分の徳あつて父母をさぐるがごとし、仏をさげ経を下す此皆本尊に迷えり、例せば三皇已前に父をしらず人皆禽獣(きんじゅう)に同ぜしが如し、寿量品をしらざる諸宗の者は畜に同じ不知恩の者なり、故に妙楽(みょうらく)云く「一代教の中未だ曾て遠を顕さず、父母の寿(いのち)知らずんばある可からず若し父の寿の遠きを知らずんば復父統(またふとう)の邦に迷う、徒に才能と謂うとも全く人の子に非ず」等云云、妙楽大師は唐の末・天宝年中の者なり三論・華厳・法相・真言等の諸宗・並に依経を深くみ(見)広く勘えて寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生とかけるなり、徒謂才能とは華厳宗の法蔵・澄観・乃至真言宗の善無畏三蔵等は才能の人師なれども子の父を知らざるがごとし、伝教大師は日本顕密の元祖・秀句に云く「他宗所依の経は一分仏母の義有りと雖も然も但愛のみ有つて厳の義を闕く、天台法華宗は厳愛(ごんない)の義を具す一切の賢聖・学・無学及び菩薩心を発(おこ)せる者の父なり」等云云、真言・華厳等の経経には種熟脱の三義・名字すら猶なし何に況や其の義をや、華厳・真言経等の一生初地の即身成仏等は経は権経にして過去をかくせり、種をしらざる脱なれば超高(ちょうこう)が位にのぼり道鏡が王位に居せんとせしがごとし。

宗宗・互に種を諍う予此をあらそはず但経に任すべし、法華経の種に依つて天親菩薩は種子無上を立てたり天台の一念三千これなり、華厳経・乃至諸大乗経・大日経等の諸尊の種子・皆一念三千なり天台智者大師・一人此の法門を得給えり、華厳宗の澄観・此の義を盗んで華厳経の心如工画師(しんにょくえし)の文の神(たましい)とす、真言・大日経等には二乗作仏・久遠実成・一念三千の法門これなし、善無畏三蔵・震旦(しんたん)に来つて後・天台の止観を見て智発し大日経の心実相・我一切本初の文の神たましいに天台の一念三千を盗み入れて真言宗の肝心として其の上に印と真言とをかざり法華経と大日経との勝劣を判ずる時・理同事勝(りどうじしょう)の釈をつくれり、両界の漫荼羅(まんだら)の二乗作仏・十界互具は一定・大日経にありや第一の誑惑(おうわく)なり、故に伝教大師云く「新来の真言家は則ち筆受の相承を泯(みん)じ、旧到(くとう)の華厳家(けごんけ)は則ち影響(ようごう)の規模を隠す」等云云、俘囚(えぞ)の嶋なんどに・わた(渡)て・ほのぼのといううた(和歌)はわれよみたりなんど申すは・えぞてい(夷体)の者は・さこそとをもうべし、漢土・日本の学者又かくのごとし、良諝(りょうしょ)和尚云く「真言・禅門・華厳・三論乃至若し法華等に望めば是接(しょう)引門」等云云、善無畏三蔵の閻魔(えんま)の責にあづからせ給しは此の邪見による後に心をひるがへし法華経に帰伏してこそ・このせめをば脱(のがれ)させ給いしか、其の後善無畏・不空等・法華経を両界の中央にをきて大王のごとくし胎蔵(たいぞう)の大日経・金剛の金剛頂経をば左右の臣下のごとくせし・これなり、日本の弘法も教相の時は華厳宗に心をよせて法華経をば第八にをきしかども事相の時には実慧(じって)・真雅(しんが)・円澄(えんちょう)・光定等の人人に伝え給いし時・両界の中央に上のごとく・をかれたり、例せば三論の嘉祥(かじょう)は法華玄十巻に法華経を第四時・会二破二(えにはに)と定(さだむ)れども天台に帰伏して七年つかへ廃講散衆(はいこうさんしゅう)して身を肉橋(にくきょう)となせり、法相の慈恩は法苑林(ほうおんりん)・七巻・十二巻に一乗方便・三乗真実等の妄言多し、しかれども玄賛の第四には故亦両存等と我が宗を不定になせり、言は両方なれども心は天台に帰伏せり、華厳の澄観は華厳の疏を造て華厳・法華・相対して法華を方便とかけるに似れども彼の宗之を以て実と為す此の宗の立義・理通ぜざること無し等とかけるは悔い還すにあらずや、弘法も又かくのごとし、亀鏡なければ我が面をみず敵なければ我が非をしらず、真言等の諸宗の学者等・我が非をしらざりし程に伝教大師にあひたてまつて自宗の失をしるなるべし。

されば諸経の諸仏・菩薩・人天等は彼彼の経経にして仏にならせ給うやうなれども実には法華経にして正覚なり給へり、釈迦諸仏の衆生無辺の総願は皆此の経にをいて満足す今者已満足(こんじゃいまんぞく)の文これなり、予事の由(よし)を・をし計るに華厳・観経・大日経等をよみ修行する人をば・その経経の仏・菩薩・天等・守護し給らん疑あるべからず、但(ただ)し大日経・観経等をよむ行者等・法華経の行者に敵対をなさば彼の行者をすてて法華経の行者を守護すべし、例せば孝子・慈父の王敵となれば父をすてて王にまいる孝の至りなり、仏法も又かくのごとし、法華経の諸仏・菩薩・十羅刹・日蓮を守護し給う上・浄土宗の六方の諸仏・二十五の菩薩・真言宗の千二百等・七宗の諸尊・守護の善神・日蓮を守護し給うべし、例せば七宗の守護神・伝教大師をまほり給いしが如しと・をもう、日蓮案じて云く法華経の二処・三会の座にましましし、日月等の諸天は法華経の行者出来せば磁石の鉄を吸うがごとく月の水に遷(うつ)るがごとく須臾(しゅゆ)に来つて行者に代り仏前の御誓をはたさせ給べしとこそをぼへ候にいままで日蓮をとぶらひ給はぬは日蓮・法華経の行者にあらざるか、されば重ねて経文を勘えて我が身にあてて、身の失(とが)をしるべし。

疑て云く当世の念仏宗・禅宗等をば何なる智眼をもつて法華経の敵人・一切衆生の悪知識とはしるべきや、答えて云く私の言を出すべからず経釈の明鏡を出して謗法(ほうぼう)の醜面(しゅうめん)をうかべ其の失をみせしめん生盲(いきめくら)は力をよばず、法華経の第四宝塔品に云く「爾(そ)の時に多宝仏・宝塔の中に於て半座を分ち釈迦牟尼仏に与う、爾の時に大衆二如来の七宝の塔の中の師子の座の上に在して結跏趺坐(けっかふざ)し給うを見たてまつる、大音声を以て普(あまね)く四衆に告げ給わく、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん、今正しく是れ時なり、如来久しからずして当(まさ)に涅槃に入るべし、仏此の妙法華経を以て付属して在ること有らしめんと欲す」等云云、第一の勅宣なり。
又云く「爾(そ)の時に世尊重ねて此の義を宣べんと欲して偈を説いて言く、聖主世尊・久しく滅度し給うと雖も宝塔の中に在して尚法の為に来り給えり、諸人云何(いかん)ぞ勤めて法に為(むか)わざらん、又我が分身の無量の諸仏・恒沙(ごうしゃ)等の如く来れる法を聴かんと欲す各妙なる土及び弟子衆・天人・竜神(りゅうじん)・諸の供養の事を捨てて法をして久しく住せしめんが故に此に来至し給えり、譬えば大風の小樹の枝を吹くが如し、是の方便を以て法をして久しく住せしむ、諸の大衆に告ぐ我が滅度の後誰か能く此の経を護持し読誦せん今仏前に於て自ら誓言を説け」、第二の鳳詔(ほうしょう)なり。

「多宝如来および我が身集むる所の化仏当に此の意を知るべし、諸の善男子・各諦(おのおのあきら)かに思惟せよ此れは為(こ)れ難き事なり、宜しく大願を発(お)こすべし、諸余の経典数・恒沙(ごうしゃ)の如し此等を説くと雖も未だ為(こ)れ難しとするに足らず、若し須弥(しゅみ)を接(と)つて他方無数の仏土に擲(な)げ置かんも亦未だ為れ難しとせず、若し仏滅後・悪世の中に於て能く此の経を説かん是則ち為れ難し、仮使劫焼(たといこうしょう)に乾れたる草を担い負うて中に入つて焼けざらんも亦未だ為れ難しとせず、我が滅度の後に若し此の経を持ちて一人の為にも説かん是則ち為れ難し、諸の善男子・我が滅後に於て誰か能く此の経を護持し読誦せん、今仏前に於て自ら誓言を説け」等云云、第三の諌勅(かんちょく)なり、第四・第五の二箇の諌暁(かんぎょう)・提婆品にあり下にか(書)くべし。

此の経文の心は眼前なり青天に大日輪の懸(かかれる)がごとし白面に黶(ほくろ)のあるににたり、而れども生盲の者と邪眼の者と一眼のものと各謂自師の者・辺執家(へんしゅうけ)の者はみがたし万難をすてて道心あらん者にしるしとどめてみせん、西王母がその(園)のもも(桃)・輪王出世の優曇華(うどんげ)よりもあいがたく沛公(はいこう)が項羽(こうう)と八年・漢土をあらそいし頼朝と宗盛が七年・秋津嶋(あきつしま)にたたかひし修羅と帝釈と金翅鳥(こんじちょう)と竜王と阿耨池(あのくち)に諍(あらそ)えるも此にはすぐべからずとしるべし、日本国に此の法顕るること二度なり伝教大師と日蓮となりとしれ、無眼のものは疑うべし力及ぶべからず此の経文は日本・漢土・月氏・竜宮・天上・十方世界の一切経の勝劣を釈迦・多宝・十方の仏・来集して定め給うなるべし。
問うて云く華厳(けごん)経・方等経・般若(はんにゃ)経・深密経・楞伽(りょうが)経・大日経・涅槃(ねはん)経等は九易の内か六難の内か、答えて云く華厳宗の杜順(とじゅん)・智儼(ちごん)・法蔵・澄観(ちょうかん)等の三蔵大師・読んで云く「華厳経と法華経と六難の内・名は二経なれども所説・乃至理これ同じ四門観別・見真諦同のごとし」、法相の玄奘(げんじょう)三蔵・慈恩大師等・読んで云く「深密経と法華経とは同く唯識(ゆいしき)の法門にして第三時の教・六難の内なり」三論の吉蔵等読んで云く「般若経と法華経とは名異体同(みょういたいどう)・二経一法なり」善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等・読んで云く「大日経と法華経とは理同じ、をなじく六難の内の経なり」、日本の弘法・読んで云く「大日経は六難・九易の内にあらず大日経は釈迦所説の一切経の外・法身・大日如来の所説なり」、又或る人云く「華厳経は報身如来の所説・六難・九易の内にはあらず」、此の四宗の元祖等かやうに読みければ其の流れをくむ数千の学徒等も又此の見をいでず、日蓮なげいて云く上の諸人の義を左右(さう)なく非なりといはば当世の諸人面(おもて)を向くべからず非に非をかさね結句は国王に讒奏(ざんそう)して命に及ぶべし、但し我等が慈父・雙林(そうりん)最後の御遺言に云く「法に依つて人に依らざれ」等云云、不依人等とは初依・二依・三依・第四依・普賢(ふげん)・文殊等の等覚(とうかく)の菩薩が法門を説き給うとも経を手ににぎらざらんをば用ゆべからず、「了義経に依つて不了義経に依らざれ」と定めて経の中にも了義・不了義経を糾明(きゅうめい)して信受すべきこそ候いぬれ、竜樹菩薩の十住毘婆沙(じゅうじゅうびばしゃ)論に云く「修多羅黒論(しゅたらこくろん)に依らずして修多羅白論(びゃくろん)に依れ」等云云、天台大師云く「修多羅と合う者は録して之を用いよ文無く義無きは信受すべからず」等云云、伝教大師云く「仏説に依憑(えひょう)して口伝を信ずること莫(なか)れ」等云云、円珍智証大師云く「文に依つて伝うべし」等云云、上にあぐるところの諸師の釈・皆一分・経論に依つて勝劣を弁うやうなれども皆自宗を堅く信受し先師の謬義(みょうぎ)をたださざるゆへに曲会私情の勝劣なり荘厳己義(しょうごんこぎ)の法門なり・仏滅後の犢子(とくし)・方広・後漢已後の外典は仏法外の外道の見よりも三皇五帝の儒書よりも邪見・強盛なり邪法・巧(たくみ)なり、華厳・法相・真言等の人師・天台宗の正義を嫉(ねたむ)ゆへに実経の文を会して権義に順ぜしむること強盛なり、しかれども道心あらん人・偏党(へんとう)をすて自他宗をあらそはず人をあな(蔑)づる事なかれ。

[開目抄(下) 本文] その二に続く

by johsei1129 | 2019-10-12 11:23 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 11日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】 (上) その五

[開目抄(上) 本文] その五 
諸の声聞等は前四味の経経にいくそばくぞ(幾許)の呵嘖(かしゃく)を蒙り人天・大会の中にして恥辱がましき事・其の数をしらず、しかれば迦葉尊者の渧泣(ていきゅう)の音(こえ)は三千をひびかし須菩提(しゅぼだい)尊者は亡然として手の一鉢をすつ、舎利弗は飯食をは(吐)き富楼那(ふるな)は画瓶(がびょう)に糞を入ると嫌わる、世尊・鹿野苑(ろくやおん)にしては阿含(あごん)経を讃歎し二百五十戒を師とせよなんど慇懃(おんごん)にほめさせ給いて、今又いつのまに我が所説をば・かうはそしらせ給うと二言・相違の失(とが)とも申しぬべし、例せば世尊・提婆達多を汝愚人・人の唾(つばき)を食うと罵詈(めり)せさせ給しかば毒箭(せん)の胸に入るがごとく・をもひて・うらみて云く「瞿曇(くどん)は仏陀にはあらず我は斛飯(こくぼん)王の嫡子・阿難尊者が兄・瞿曇が一類なり、いかにあしき事ありとも内内・教訓すべし、此等程の人天・大会に此(これ)程の大禍を現に向つて申すもの大人・仏陀の中にあるべしや、されば先先は妻のかたき今は一座のかたき今日よりは生生・世世に大怨敵となるべし」と誓いしぞかし、此れをもつて思うに今諸の大声聞は本と外道・婆羅門の家より出でたり、又諸の外道の長者なりしかば諸王に帰依せられ諸檀那にたつ(尊)とまる、或は種姓・高貴の人もあり或は富福・充満のやからもあり、而るに彼彼の栄官等をうちすて慢心の幢(はたほこ)を倒して俗服を脱ぎ壊色(えじき)の糞衣を身にまとひ白払(びゃくほつ)・弓箭(きゅうせん)等をうちすてて一鉢を手ににぎり貧人・乞丐(こつがい)なんどの・ごとくして世尊につき奉り風雨を防ぐ宅もなく身命をつぐ衣食乏少なりし・ありさまなるに五天・四海・皆外道の弟子・檀那なれば仏すら九横の大難にあひ給ふ、所謂提婆が大石をとばせし阿闍世王の酔象を放ちし阿耆多(あきた)王の馬麦(めみゃく)・婆羅門城のこんづ(奬)・せんしや(旃遮)婆羅門女が鉢を腹にふせし、何(いか)に況(いわん)や所化の弟子の数難(すなん)申す計りなし、無量の釈子は波瑠璃(はるり)王に殺され千万の眷属(けんぞく)は酔象にふまれ、華色比丘尼(けしきびくに)は提婆にがいせられ迦廬提(かるだい)尊者は馬糞にうづまれ目犍(もっけん)尊者は竹杖にがいせらる、其の上六師同心して阿闍世・婆斯匿(はしのく)王等に讒奏(ざんそう)して云く「瞿曇(くどん)は閻浮(えんぶ)第一の大悪人なり、彼がいたる処は三災七難を前とす、大海の衆流をあつめ大山の衆木をあつめたるが・ごとし、瞿曇がところには衆悪をあつめたり、所謂迦葉(かしょう)・舎利弗(しゃりほつ)・目連(もくれん)・須菩提(しゅぼだい)等なり、人身を受けたる者は忠孝を先とすべし、彼等は瞿曇にすかされて父母の教訓をも用いず、家をいで王法の宣旨をも・そむいて山林にいたる、一国に跡をとどむべき者にはあらず、されば天には日月・衆星・変をなす、地には衆夭さかんなりなんど・うつたう、堪(たう)べしとも・おぼえざりしに又うちそ(添)うわざわいと仏陀にもうちそ(副)い・がたくて・ありしなり、人天大会の衆会の砌にて時時呵嘖(よりよりかしゃく)の音をききしかば・いかにあるべしとも・おぼへず只あわつる(狼狽)心のみなり、其の上大の大難の第一なりしは浄名経の「其れ汝に施す者は福田と名けず汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云、文の心は仏・菴羅苑(あんらおん)と申すところに・をはせしに梵天・帝釈・日月・四天・三界諸天・地神・竜神等・無数恒沙の大会の中にして云く須菩提等の比丘等を供養せん天人は三悪道に堕つべし、此等をうちきく天人・此等の声聞を供養すべしや、詮ずるところは仏の御言を用(も)つて諸の二乗を殺害せさせ給うかと見ゆ、心あらん人人は仏をも・うとみぬべし、されば此等の人人は仏を供養したてまつりしついでに・こそ・わづかの身命をも扶(たす)けさせ給いしか、されば事の心を案ずるに四十余年の経経のみとかれて法華八箇年の所説なくて御入滅ならせ給いたらましかば誰の人か此等の尊者をば供養し奉るべき現身に餓鬼道にこそ・をはすべけれ。

而るに四十余年の経経をば東春の大日輪・寒冰を消滅するがごとく無量の草露を大風の零落するがごとく一言一時に未顕真実と打ちけし、大風の黒雲をまき大虚に満月の処するがごとく青天に日輪の懸り給うがごとく世尊法久後・要当説真実と照させ給いて華光(けこう)如来・光明如来等と舎利弗・迦葉等を赫赫たる日輪・明明たる月輪のごとく鳳文(ほうもん)にしるし亀鏡に浮べられて候へばこそ如来滅後の人天の諸檀那等には仏陀のごとくは仰がれ給しか、水すまば月・影を・をしむべからず風ふかば草木なびかざるべしや、法華経の行者あるならば此等の聖者は大火の中をすぎても大石の中を・とをりてもとぶ(訪)らはせ給うべし、迦葉の入定もことにこそ・よれ、いかにと・なりぬるぞ・いぶかし(不審)とも申すばかりなし。

後五百歳のあたらざるか広宣流布の妄語となるべきか日蓮が法華経の行者ならざるか、法華経を教内と下して別伝と称する大妄語(もうご)の者をまほり給うべきか、捨閉閣抛(しゃへいかくほう)と定めて法華経の門をとぢよ巻をなげすてよと・ゑりつけ(彫付)て法華堂を失える者を守護し給うべきか、仏前の誓いはありしかども濁世の・大難のはげしさ・をみて諸天下り給わざるか、日月・天にまします須弥山いまも・くづれず海潮も増減す四季も・かたのごとく・たがはず・いかに・なりぬるやらんと大疑いよいよ・つもり候。

又諸大菩薩天人等のごときは爾前(にぜん)の経経にして記別を・うるやうなれども水中の月を取らんと・するがごとく影を体とおもうがごとく・いろかたち・のみあつて実義もなし、又仏の御恩も深くて深からず、世尊初成道の時はいまだ説教もなかりしに法慧(ほうえ)菩薩・功徳林(くどくりん)菩薩・金剛幢(こんごうどう)菩薩・金剛蔵(こんごうぞう)菩薩等なんど申せし六十余の大菩薩・十方の諸仏の国土より教主釈尊の御前に来り給いて賢首菩薩・解脱月等の菩薩の請にをもむいて十住・十行・十回向・十地等の法門を説き給いき、此等の大菩薩の所説の法門は釈尊に習いたてまつるにあらず、十方世界の諸の梵天等も来つて法をとく又釈尊に・ならいたてまつらず、総じて華厳会座の大菩薩・天竜等は釈尊以前に不思議解脱に住せる大菩薩なり、釈尊の過去・因位の御弟子にや有るらん・十方世界の先仏の御弟子にや有るらん、一代教主・始成の正覚の仏の弟子にはあらず、阿含・方等・般若の時・四教を仏の説き給いし時こそ・やうやく御弟子は出来して候へ、此も又・仏の自説なれども正説にはあらず、ゆへ・いかんとなれば方等・般若の別・円・二教は華厳経の別・円・二教の義趣をいでず、彼の別・円・二教は教主釈尊の別・円・二教にはあらず、法慧等の別円二教なり、此等の大菩薩は人目には仏の御弟子かとは見ゆれども仏の御師とも・いゐぬべし、世尊・彼の菩薩の所説を聴聞して智発して後・重ねて方等・般若の別・円をと(説)けり、色もかわらぬ華厳経の別・円・二教なり、されば此等の大菩薩は釈尊の師なり、華厳経に此等の菩薩をかず(数)へて善知識ととかれしはこれなり、善知識と申すは一向・師にもあらず一向・弟子にもあらずある事なり、蔵・通・二教は又・別・円の枝流なり別・円・二教をしる人必ず蔵・通・二教をしるべし、人の師と申すは弟子のしらぬ事を教えたるが師にては候なり、例せば仏より前の一切の人天・外道は二天・三仙の弟子なり、九十五種まで流派したりしかども三仙の見を出でず、教主釈尊もかれに習い伝えて外道の弟子にて・ましませしが苦行・楽行・十二年の時・苦・空・無常・無我の理をさとり出してこそ外道の弟子の名をば離れさせ給いて無師智とはなのらせ給いしか、又人天も大師とは仰ぎまいらせしか、されば前四味の間は教主釈尊・法慧菩薩等の御弟子なり、例せば文殊は釈尊九代の御師と申すがごとし、つねは諸経に不説一字と・とかせ給うも・これなり。

仏・御年・七十二の年・摩竭提国(まかだこく)・霊鷲山(りょうじゅせん)と申す山にして無量義経を・とかせ給いしに四十余年の経経をあげて枝葉をば其の中におさめて四十余年・未顕真実と打消し給うは此なり、此の時こそ諸大菩薩・諸天人等はあはてて実義を請せんとは申せしか、無量義経にて実義とをぼしき事一言ありしかども・いまだまこと(実)なし、譬へば月の出でんとして其の体東山にかくれて光り西山に及べども諸人月体(しろ)を見ざるがごとし、法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う、始の事なればほととぎすの初音をねを(寝惚)びれたる者の一音(こえ)ききたるが・やうに月の山の半(は)を出でたれども薄雲の・をほへるが・ごとく・かそ(幽)かなりしを舎利弗等・驚いて諸天・竜神・大菩薩等をもよをして諸天・竜神等・其の数恒沙の如し仏を求むる諸の菩薩大数八万有り・又諸の万億国の転輪聖王の至れる合掌して敬心を以て具足の道を聞かんと欲す等とは請ぜしなり、文の心は四味・三教・四十余年の間いまだ・きかざる法門うけ給はらんと請ぜしなり、此の文に具足の道を聞かんと欲すと申すは大経に云く「薩とは具足の義に名く」等云云、無依無得大乗四論玄義記に云く「沙とは訳して六と云う胡法に六を以て具足の義と為すなり」等云云、吉蔵の疏に云く「沙とは翻(ほん)じて具足と為す」等云云、天台の玄義の八に云く「薩とは梵語此(ここ)に妙と翻ずるなり」等云云、付法蔵の第十三真言・華厳・諸宗の元祖・本地は法雲自在王如来・迹に竜猛菩薩・初地の大聖の大智度論千巻の肝心に云く「薩とは六なり」等云云、

妙法蓮華経と申すは漢語なり、月支には薩達磨分陀利伽蘇多攬(さだるまふんだりきやそたらん)と申す、善無畏三蔵の法華経の肝心真言に云く「曩謨三曼陀没駄南(のうまくさんぼだなん)帰命普仏陀唵(おん)三身如来阿阿暗悪(あああんなく)開示悟入薩縛勃陀羅(さるぼだら)一切仏枳攘(きのう)娑乞蒭毘耶(さきしゅびや)誐誐曩三娑縛(ぎゃぎゃのうさんそば)如虚空性羅乞叉儞(あらきしゃに)離塵相也薩哩達磨(さつりだるま)正法浮陀哩迦(ふんだりきや)白蓮華蘇駄覧(そたらん)惹(じゃ)吽(うん)鑁(ぱん)発(こく)歓喜縛曰羅(ばざら)堅固羅乞叉(あらきしゃ)まん擁護吽(うん)空無相無願娑婆訶(そはか)決定成就」此の真言は南天竺の鉄塔の中の法華経の肝心の真言なり、此の真言の中に薩哩達磨と申すは正法なり薩と申すは正なり正は妙なり妙は正なり正法華・妙法華是なり、又妙法蓮華経の上に南無の二字ををけり南無妙法蓮華経これなり、妙とは具足・六とは六度万行、諸の菩薩の六度万行を具足するやうを・きかんとをもう、具とは十界互具・足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり満足の義なり、此の経一部八巻・二十八品・六万九千三百八十四字・一一に皆妙の一字を備えて三十二相・八十種好の仏陀なり、十界に皆己(こ)界の仏界を顕す妙楽云く「尚仏果を具す、余果も亦然り」等云云、仏此れを答えて云く、「衆生をして仏知見を開か令めんと欲す」等云云、衆生と申すは舎利弗・衆生と申すは一闡提(せんだい)・衆生と申すは九法界・衆生無辺誓願度・此(ここ)に満足す、「我本誓願を立つ一切の衆をして我が如く等しくして異なること無からしめんと欲す我が昔の願せし所の如き今は已に満足しぬ」等云云。

諸大菩薩・諸天等・此の法門をきひて領解(りょうげ)して云く「我等昔より来数(このかたしばしば)世尊の説を聞きたてまつれども未だ曾て是の如き深妙の上法を聞かず」等云云、伝教大師云く「我等昔より来数世尊の説を聞く・と謂うは昔法華経の前・華厳(けごん)等の大法を説くを聞けども・となり、未だ曾て是くの如き深妙の上法を聞かずと謂うは未だ法華経の唯一仏乗の教を聞かざるなり」等云云、華厳・方等・般若・深密・大日等の恒河沙の諸大乗経はいまだ一代の肝心たる一念三千の大綱・骨髄たる二乗作仏・久遠実成等をいまだきかずと領解せり。

[開目抄(下) 本文] その一に続く


by johsei1129 | 2019-10-11 22:31 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 10日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】 (上) その四

[開目抄(上) 本文] その四
日蓮案じて云く二乗作仏すら猶爾前(なおにぜん)づよにをぼゆ、久遠実成は又にるべくも・なき爾前づりなり、其の故は爾前・法華相対するに猶爾前こわ(強)き上・爾前のみならず迹門十四品も一向に爾前に同ず、本門十四品も涌出・寿量の二品を除いては皆始成を存せり、雙林(そうりん)最後の大般涅槃経(だいはつねはんきょう)・四十巻・其の外の法華・前後の諸大経に一字一句もなく法身の無始・無終はとけども応身・報身の顕本はとかれず、いかんが広博の爾前・本迹・涅槃等の諸大乗経をばすてて但涌出・寿量の二品には付くべき。
されば法相宗と申す宗は西天の仏滅後・九百年に無著菩薩と申す大論師有(ましま)しき、夜は都率(とそつ)の内院にのぼり弥勒(みろく)菩薩に対面して・一代聖教の不審をひらき・昼は阿輸舎(あしゅしゃ)国にして法相の法門を弘め給う、彼の御弟子は世親・護法・難陀(なんだ)・戒賢(かいげん)等の大論師なり、戒日大王・頭をかたぶけ五天幢(はたほこ)を倒して此れに帰依す、尸那(しな)国の玄奘(げんじょう)三蔵・月氏にいたりて十七年印度百三十余の国国を見ききて諸宗をばふりすて此の宗を漢土にわたして太宗皇帝と申す賢王にさづけ給い肪(ほう)・尚(しょう)・光(こう)・基(き)を弟子として大慈恩寺並に三百六十余箇国に弘め給い、日本国には人王三十七代・孝徳天皇の御宇に道慈・道昭等なら(習)いわたして山階(やましな)寺にあがめ給へり、三国第一の宗なるべし、此の宗の云く始め華厳経より終り法華・涅槃経にいたるまで無性有情と決定性の二乗は永く仏になるべからず、仏語に二言なし一度・永不成仏と定め給いぬる上は日月は地に落ち給うとも大地は反覆(はんぷく)すとも永く変改有(へんかいある)べからず、されば法華経・涅槃経の中にも爾前の経経に嫌いし無性有情・決定性を正くついさして成仏すとは・とかれず、まづ眼を閉じて案ぜよ法華経・涅槃経に決定性・無性有情・正く仏になるならば無著(むちゃく)・世親ほどの大論師・玄奘・慈恩ほどの三蔵・人師これをみざるべしや此をのせざるべしやこれを信じて伝えざるべしや、弥勒(みろく)菩薩に問いたてまつらざるべしや、汝は法華経の文に依るやうなれども天台・妙楽(みょうらく)・伝教の僻見を信受して其の見をもつて経文をみるゆえに爾前に法華経は水火なりと見るなり、華厳宗と真言宗は法相・三論にはにるべくもなき超過の宗なり、二乗作仏・久遠実成は法華経に限らず華厳経・大日経に分明なり、華厳宗の杜順(とじゅん)・智儼(ちごん)・法蔵・澄観・真言宗の善無畏(ぜんむい)・金剛智・不空等は天台・伝教には・にるべくもなき高位の人なり、其の上善無畏等は大日如来より系みだれざる相承あり、此等の権化(ごんげ)の人いかでか悞(あやま)りあるべき、随つて華厳経には「或は釈迦・仏道を成じ已(おわ)つて不可思議劫(ふかしぎこう)を経るを見る」等云云、大日経には「我れは一切の本初なり」等云云、何ぞ但(ただ)久遠実成・寿量品に限らん、譬へば井底(せいてい)の蝦(かわず)が大海を見ず山左が洛中を・しらざるがごとし、汝但寿量の一品を見て華厳・大日経等の諸経をしらざるか、其の上月氏・尸那・新羅・百済等にも一同に二乗作仏・久遠実成は法華経に限るというか。
されば八箇年の経は四十余年の経経には相違せりというとも先判・後判の中には後判につくべしというとも猶爾前づりにこそをぼうれ、又、但在世計(ばか)りならば・さもあるべきに滅後に居せる論師・人師・多(おおく)は爾前づりにこそ候へ、かう法華経は信じがたき上、世もやうやく末になれば聖賢はやうやく・かくれ迷者はやうやく多し、世間の浅き事すら猶あやまりやすし何に況や出世の深法あやまりなかるべしや、犢子(とくし)・方広が聡敏(そうびん)なりし猶を大小乗経にあやまてり、無垢(むく)・摩沓(まとう)が利根なりし権実・二教を弁えず、正法一千年の内、在世も近く月氏の内なりし・すでにかくのごとし、況(いわん)や尸那(しな)・日本等は国もへだて音もかはれり人の根も鈍なり寿命も日あさし貪瞋癡(とんじんち)も倍増せり、仏世を去つてとし久し仏経みなあやまれり誰れの智解か直かるべき、仏涅槃経に記して云く「末法には正法の者は爪上の土・謗法の者は十方の土」とみへぬ、法滅尽経に云く「謗法の者は恒河沙(ごうがしゃ)・正法の者は一二の小石」と記しをき給う、千年・五百年に一人なんども正法の者ありがたからん、世間の罪に依つて悪道に堕る者は爪上の土・仏法によつて悪道に堕る者は十方の土・俗よりも僧・女より尼多く悪道に堕つべし。

此に日蓮案じて云く世すでに末代に入つて二百余年・辺土に生をうけ其の上下賤(げせん)・其の上貧道(ひんどう)の身なり、輪回(りんね)六趣の間・人天の大王と生れて万民をなびかす事・大風の小木の枝を吹くがごとくせし時も仏にならず、大小乗経の外凡・内凡の大菩薩と修しあがり一劫・二劫・無量劫を経て菩薩の行を立てすでに不退に入りぬべかりし時も・強盛の悪縁におとされて仏にもならず、しらず大通結縁の第三類の在世をもれたるか久遠五百の退転して今に来れるか、法華経を行ぜし程に世間の悪縁・王難・外道の難・小乗経の難なんどは忍びし程に権大乗・実大乗経を極めたるやうなる道綽(どうしゃく)・善導・法然等がごとくなる悪魔の身に入りたる者・法華経をつよくほめあげ機をあなが(強)ちに下し理深解微(りじんげみ)と立て未有一人得者・千中無一等と・すかししものに無量生が間・恒河沙(ごうがしゃ)の度すかされて権経に堕ちぬ権経より小乗経に堕ちぬ外道・外典に堕ちぬ結句は悪道に堕ちけりと深く此れをしれり、日本国に此れをしれる者は但日蓮一人なり。
これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし、いはずば・慈悲なきに・にたりと思惟するに法華経・涅槃(ねはん)経等に此の二辺を合せ見るに・いはずば今生は事なくとも後生は必ず無間地獄に堕(おつ)べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ、二辺の中には・いうべし、王難等・出来の時は退転すべくは一度に思ひ止るべしと且くやす(休)らいし程に宝塔品の六難九易これなり、我等程の小力の者・須弥山(しゅみせん)はなぐとも我等程の無通の者・乾草を負うて劫火には・やけずとも我等程の無智の者・恒沙(ごうしゃ)の経経をば・よみをぼうとも法華経は一句一偈も末代に持ちがたしと・とかるるは・これなるべし、今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願しぬ。
既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり二度は・しばらく・をく王難すでに二度にをよぶ、今度はすでに我が身命に及ぶ其の上弟子といひ檀那といひ・わづかの聴聞の俗人なんど来つて重科(じゅうか)に行わる謀反(むほん)なんどの者のごとし。

法華経の第四に云く「而も此経は如来の現在にすら猶怨嫉(おんしつ)多し況(いわん)や滅度の後をや」等云云、第二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉(きょうせんぞうしつ)して結恨(けっこん)を懐かん」等云云、第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」等云云、又云く「諸の無智の人の悪口罵詈(あっくめり)する有らん」等、又云く「国王・大臣・婆羅門(ばらもん)・居士(こじ)に向つて誹謗(ひぼう)し我が悪を説いて是れ邪見の人なりと謂わん」と、又云く「数数擯出見(ひんずいせら)れん」等云云、又云く「杖木瓦石もて之を打擲(ちょうちゃく)せん」等云云、涅槃経に云く「爾の時に多く無量の外道有つて和合して共に摩訶陀(まかだ)の王・阿闍世(あじゃせ)の所(もと)に往き、今は唯一の大悪人有り瞿曇(くどん)沙門なり、一切世間の悪人利養の為の故に其の所に往集して眷属(けんぞく)と為つて能く善を修せず、呪術(じゅじゅつ)の力の故に迦葉(かしょう)及び舎利弗・目犍連(もっけんれん)を調伏す」等云云、天台云く「何(いか)に況(いわん)や未来をや、理化し難きに在るなり」等云云、妙楽云く「障り未だ除かざる者を怨と為し聞くことを喜ばざる者を嫉と名く」等云云、南三・北七の十師・漢土無量の学者・天台を怨敵とす、得一云く「咄(つたない)かな智公・汝は是れ誰が弟子ぞ三寸に足らざる舌根を以て覆面舌(ふめんぜつ)の所説を謗ずる」等云云、東春に云く「問う在世の時許多(そこばく)の怨嫉(おんしつ)あり仏滅度の後此経を説く時・何が故ぞ亦留難多きや、答えて云く俗に良薬口に苦しと云うが如く此経は五乗の異執(いしゅう)を廃して一極(ごく)の玄宗を立つ、故に凡を斥(しりぞ)け聖を呵(か)し大を排い小を破り天魔を銘じて毒虫と為し外道を説いて悪鬼と為し執小を貶(へん)して貧賤と為し菩薩を挫(くじ)きて新学と為す、故に天魔は聞くを悪み外道は耳に逆い二乗は驚怪(きょうけ)し菩薩は怯行(こぎょう)す、此くの如きの徒悉(ことごと)く留難を為す多怨嫉の言豈唐(むな)しからんや」等云云、顕戒論に云く「僧統奏して曰く西夏に鬼弁(きべん)婆羅門有り東土に巧言(ぎょうごん)を吐く禿頭(とくず)沙門あり、此れ乃ち物類冥召(もつるいみょうしょう)して世間を誑惑(おうわく)す」等云云、論じて曰く「昔斉朝(せいちょう)の光統(こうず)に聞き今は本朝の六統に見る、実なるかな法華に何況(がきょう)するをや」等云云、秀句に云く「代を語れば則ち像の終り末の始め地を尋(たず)ぬれば則ち唐の東羯(かつ)の西・人を原(たず)ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり、経に云く猶多怨嫉(ゆたおんしつ)・況滅度後(きょうめつどご)・此の言良(まこと)に以(ゆえ)有るなり」等云云、夫れ小児に灸治(やいと)を加れば必ず母をあだむ重病の者に良薬をあたうれば定んで口に苦しとうれう、在世猶をしかり乃至像末辺土をや、山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし、像法の中には天台一人法華経・一切経をよめり、南北これをあだみしかども陳隋(ちんずい)・二代の聖主・眼前に是非を明めしかば敵ついに尽きぬ、像の末に伝教一人・法華経一切経を仏説のごとく読み給へり、南都・七大寺蜂起(ほうき)せしかども桓武(かんむ)・乃至嵯峨(さが)等の賢主・我と明らめ給いしかば又事なし、今末法の始め二百余年なり況滅度後のしるし(兆)に闘諍(とうじょう)の序(ついで)となるべきゆへに非理を前(さき)として濁世のしるし(験)に召し合せられずして流罪乃至寿(いのち)にも・をよばんと・するなり。

されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし、定んで天の御計いにもあづかるべしと存ずれども一分のしるしもなし、いよいよ重科に沈む、還つて此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか、又諸天・善神等の此の国をすてて去り給えるか・かたがた疑はし、而るに法華経の第五の巻・勧持品(かんじぼん)の二十行の偈は日蓮だにも此の国に生れずば・ほとを(殆)ど世尊は大妄語の人・八十万億那由佗(なゆた)の菩薩は提婆が虚誑罪(こおうざい)にも堕ちぬべし。
経に云く「諸の無智の人あつて・悪口罵詈(めり)等し・刀杖瓦石を加う」等云云、今の世を見るに日蓮より外の諸僧たれの人か法華経につけて諸人に悪口罵詈せられ刀杖等を加えらるる者ある、日蓮なくば此の一偈の未来記は妄語となりぬ。
「悪世の中の比丘は・邪智にして心諂曲」又云く「白衣の与(ため)に法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如し」此等の経文は今の世の念仏者・禅宗・律宗等の法師なくば世尊は又大妄語の人、常在大衆中・乃至向国王大臣婆羅門居士等、今の世の僧等・日蓮を讒奏(ざんそう)して流罪せずば此の経文むなし、又云く「数数見擯出(さくさくけんひんずい)」等云云、日蓮・法華経のゆへに度度ながされずば数数(さくさく)の二字いかんがせん、此の二字は天台・伝教もいまだ・よみ給はず況や余人をや、末法の始のしるし恐怖(くふ)悪世中の金言の・あふゆへに但(ただ)日蓮一人これをよめり、例せば世尊が付法蔵経に記して云く「我が滅後・一百年に阿育(あそか)大王という王あるべし」摩耶(まや)経に云く「我が滅後・六百年に竜樹菩薩という人・南天竺(てんじく)に出ずべし」大悲経に云く「我が滅後・六十年に末田地(までんたい)という者・地を竜宮につ(築)くべし」此れ等皆仏記のごとくなりき、しからずば誰か仏教を信受すべき、而るに仏・恐怖悪世・然後末世・末法滅時・後五百歳なんど正妙の二本に正しく時を定め給う、当世・法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん、南三・北七・七大寺等・猶像法の法華経の敵の内・何に況や当世の禅・律・念仏者等は脱(のが)るべしや、経文に我が身・普合せり御勘気をかほ(蒙)れば・いよいよ悦びをますべし、例せば小乗の菩薩の未断惑なるが願兼於業(がんけんおごう)と申して・つくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦を・うくるを見てかた(形)のごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦(くるしみ)に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし、此れも又かくのごとし当時の責はたうべくも・なけれども未来の悪道を脱すらんと・をもえば悦びなり。

但し世間の疑といゐ自心の疑と申しいかでか天扶(たす)け給わざるらん、諸天等の守護神は仏前の御誓言あり法華経の行者には・さる(猿)になりとも法華経の行者とがうして早早に仏前の御誓言を・とげんとこそをぼすべきに其の義なきは我が身・法華経の行者にあらざるか、此の疑は此の書の肝心・一期の大事なれば処処にこれをかく上疑を強くして答をかまうべし。

季札(きさつ)といひし者は心のやくそくを・たがへじと王の重宝たる剣を徐君が墓にかく・王寿と云いし人は河の水を飲んで金の鵞目(ぜに)を水に入れ・公胤(こういん)といひし人は腹をさいて主君の肝を入る・此等は賢人なり恩をほうずるなるべし、況や舎利弗迦葉等の大聖は・二百五十戒・三千の威儀・一もかけず見思を断じ三界を離れたる聖人なり、梵帝・諸天の導師・一切衆生の眼目なり、而るに四十余年が間・永(よう)不成仏と嫌いすてはてられて・ありしが法華経の不死の良薬をなめて燋種(いれるたね)の生い破石(はしゃく)の合い・枯木の華菓なんどならんとせるがごとく仏になるべしと許されて・いまだ八相をとな(唱)えず・いかでか此の経の重恩をば・ほうぜざらん、若しほうぜずば彼彼の賢人にも・をとりて不知恩の畜生なるべし、毛宝が亀はあを(襖)の恩をわすれず昆明池(こんめいち)の大魚は命の恩をほうぜんと明珠を夜中にささげたり。

畜生すら猶恩をほうず何(いか)に況(いわん)や大聖をや、阿難尊者は斛飯王(こくぼんのう)の次男・羅睺羅(らごら)尊者は浄飯(じょうぼん)王の孫なり、人中に家高き上証果の身となつて成仏を・をさへられたりしに八年の霊山(りょうぜん)の席にて山海慧・蹋七宝華(とうしっぽうけ)なんと如来の号をさづけられ給う、若し法華経ましまさずば・いかに・いえ(家)たかく大聖なりとも誰か恭敬したてまつるべき、夏(か)の桀(けつ)・殷(いん)の紂(ちゅう)と申すは万乗の主・土民の帰依なり、しかれども政あしくして世をほろぼせしかば今に・わるきものの手本には桀紂(けっちゅう)・桀紂とこそ申せ、下賤(げせん)の者・癩(らい)病の者も桀紂のごとしと・いはれぬればの(罵)られたりと腹たつなり、千二百・無量の声聞は法華経ましまさずば誰か名をも・きくべき其の音(こえ)をも習うべき、一千の声聞・一切経を結集せりとも見る人よもあらじ、まして此等の人人を絵像・木像にあらはして本尊と仰ぐべしや、此偏(これひとえ)に法華経の御力によつて一切の羅漢帰依せられさせ給うなるべし。

諸の声聞・法華を・はなれさせ給いなば魚の水をはなれ猿の木をはなれ小児の乳をはなれ民の王を・はなれたるが・ごとし、いかでか法華経の行者をすて給うべき、諸(もろもろ)の声聞(しょうもん)は爾前(にぜん)の経経にては肉眼の上に天眼慧眼をう(得)法華経にして法眼・仏眼備われり、十方世界すら猶照見し給うらん、何に況や此の娑婆(しゃば)世界の中法華経の行者を知見せられざるべしや。

設(たと)い日蓮・悪人にて一言・二言・一年・二年・一劫・二劫・乃至百千万億劫・此等の声聞を悪口・罵詈(めり)し奉り刀杖を加えまいらする色なりとも法華経をだにも信仰したる行者ならばすて給うべからず、譬へば幼稚(おさなきもの)の父母をのる父母これを・すつるや、梟鳥(きょうちょう)が母を食う母これをすてず・破鏡(はけい)父をがいす父これにしたがふ、畜生すら猶かくのごとし大聖・法華経の行者を捨つべしや、されば四大声聞の領解の文に云く「我等今は真に是れ声聞なり仏道の声を以て一切をして聞かしむ我等今は真に阿羅漢なり諸の世間天人・魔・梵に於て普く其の中に於て・応に供養を受くべし、世尊は大恩まします希有(けう)の事を以て憐愍(れんびん)教化して我等を利益し給う、無量億劫にも誰か能く報ずる者あらん手足をもつて供給し頭頂をもつて礼敬(らいきょう)し一切をもつて供養すとも皆報ずること能わじ、若しは以て頂戴し両肩に荷負して恒沙劫(ごうしゃこう)に於て心を尽して恭敬し又美膳(みぜん)・無量の宝衣及び諸の臥具・種種の湯薬を以てし、牛頭栴檀(ごずせんだん)及び諸の珍宝を以て塔廟(とうみょう)を起て宝衣を地に布き斯くの如き等の事を以用(もっ)て供養すること恒沙劫に於てすとも亦報ずること能わじ」等云云。

[開目抄(上) 本文] その五に続く




by johsei1129 | 2019-10-10 22:03 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 08日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】 (上) その三

[開目抄(上) 本文] その三
日本・我朝には華厳等の六宗・天台・真言・已前にわたりけり、華厳・三論・法相・諍論(じょうろん)水火なりけり、伝教大師・此の国にいでて六宗の邪見をやぶるのみならず真言宗が天台の法華経の理を盗み取て自宗の極とする事あらはれ・をはんぬ、伝教大師・宗宗の人師の異執(いしゅう)をすてて専ら経文を前(さき)として責めさせ給しかば六宗の高徳・八人・十二人・十四人・三百余人・並に弘法大師等せめをとされて日本国・一人もなく天台宗に帰伏し南都・東寺・日本一州の山寺・皆叡山(えいざん)の末寺となりぬ、又漢土の諸宗の元祖の天台に帰伏して謗法の失を・まぬかれたる事もあらはれぬ、又其の後やうやく世をとろへ人の智あさく・なるほどに天台の深義は習(ならい)うしないぬ、他宗の執心は強盛になるほどにやうやく六宗・七宗に天台宗をとされて・よわ(弱)りゆくかの・ゆへに結句は六宗・七宗等にもをよばず、いうにかいなき禅宗・浄土宗にをとされて始めは檀那やうやくかの邪宗にうつる、結句は天台宗の碩徳(せきとく)と仰がる人人みな・をちゆきて彼の邪宗をたすく、さるほどに六宗・八宗の田畠・所領みなたをされ正法失せはてぬ天照太神・正八幡・山王等・諸の守護の諸大善神も法味を・なめざるか国中を去り給うかの故に悪鬼・便(たより)を得て国すでに破れなんとす。

此に予愚見をもつて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに其の相違多しといえども先ず世間の学者もゆるし我が身にも・さもやと・うちをぼうる事は二乗作仏(さぶつ)・久遠実成(くおんじつじょう)なるべし、法華経の現文を拝見するに舎利弗(しゃりほつ)は華光(けこう)如来・迦葉(かしょう)は光明如来・須菩提(しゅぼだい)は名相如来・迦旃延(かせんねん)は閻浮那提(えんぶなだい)金光如来・目連(もくれん)は多摩羅跋栴檀香仏(たまらばつせんだんこうぶつ)・富楼那(ふるな)は法明如来・阿難(あなん)は山海慧自在通王仏(さんかいえじざいつうおうぶつ)・羅睺羅(らごら)は蹈七宝華如来(とうしっぽうけにょらい)・五百七百は普明(ふみょう)如来・学無学二千人は宝相如来・摩訶波闍波提比丘尼(まかはじゃはだいびくに)・耶輸多羅比丘尼(やしゅたらびくに)等は一切衆生喜見如来・具足千万光相如来等なり、此等の人人は法華経を拝見したてまつるには尊きやうなれども爾前(にぜん)の経経を披見の時はけを(興)さむる事どもをほし、其の故は仏世尊は実語の人なり故に聖人・大人と号す、外典・外道の中の賢人・聖人・天仙なんど申すは実語につけたる名なるべし此等の人人に勝れて第一なる故に世尊をば大人とは・申すぞかし、此の大人「唯以一大事因縁故(ゆいいいちだいじいんねんこ)・出現於世(しゅつげんのせ)」となのらせ給いて「未だ真実を顕さず・世尊は法久しうして後・要(かなら)ず当(まさ)に真実を説くべし・正直に方便を捨て」等云云、多宝仏・証明を加え分身・舌を出す等は舎利弗が未来の華光如来・迦葉が光明如来等の説をば誰の人か疑網(ぎもう)をなすべき。
而れども爾前の諸経も又仏陀の実語なり・大方広仏華厳経に云く「如来の知慧・大薬王樹は唯二処に於て生長して利益を為作(な)すこと能わず、所謂二乗の無為広大の深坑(じんこう)に堕つると及び善根を壊(やぶ)る非器の衆生は大邪見・貪愛の水に溺るるとなり」等云云、此の経文の心は雪山に大樹あり無尽根となづく此を大薬王樹と号す、閻浮提(えんぶだい)の諸木の中の大王なり此の木の高さは十六万八千由旬なり、一閻浮提の一切の草木は此の木の根ざし枝葉・華菓の次第に随つて華菓なるなるべし、此の木をば仏の仏性に譬へたり一切衆生をば一切の草木にたとう、但し此の大樹は火坑と水輪の中に生長せず、二乗の心中をば火坑にたとえ一闡提(せんだい)人の心中をば水輪にたとえたり、此の二類は永く仏になるべからずと申す経文なり、大集経に云く「二種の人有り必ず死して活きず畢竟(ひっきょう)して恩を知り恩を報ずること能わず、一には声聞二には縁覚なり、譬えば人有りて深坑(じんこう)に堕墜(だつい)し是の人自ら利し他を利すること能わざるが如く声聞・縁覚も亦復是くの如し、解脱の坑(あな)に堕して自ら利し及以(およ)び他を利すること能わず」等云云、外典・三千余巻の所詮に二つあり所謂孝と忠となり忠も又孝の家よりいでたり、孝と申すは高なり天高けれども孝よりも高からず又孝とは厚なり地あつけれども孝よりは厚からず、聖賢の二類は孝の家よりいでたり何に況や仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし、其の上舎利弗・迦葉等の二乗は二百五十戒三千の威儀・持整(じせい)して味・浄・無漏(むろ)の三静慮(じょうりょ)・阿含経をきわめ三界の見思を尽せり知恩報恩の人の手本なるべし、然るを不知恩の人なりと世尊定め給ぬ、其の故は父母の家を出て出家の身となるは必ず父母を・すくはんがためなり、二乗は自身は解脱(げだつ)と・をもえども利他の行かけぬ設(たと)い分分の利他ありといえども父母等を永不成仏の道に入るれば・かへりて不知恩の者となる。

維摩(ゆいま)経に云く「維摩詰(ゆいまきつ)又文殊師利に問う何等をか如来の種と為す、答えて曰く一切塵労の疇(ともがら)は如来の種と為る、五無間を以て具すと雖も猶能く此の大道意を発す」等云云又云く「譬(たと)えば族姓の子・高原陸土には青蓮芙蓉衡華(しょうれんふようこうけ)を生ぜず卑湿汚田(ひしゅうおでん)乃ち此の華を生ずるが如し」等云云、又云く「已に阿羅漢(あらかん)を得て応真(おうじん)と為る者は終に復道意を起して仏法を具(ぐ)すること能わざるなり、根敗の士・其の五楽に於て復利すること能わざるが如し」等云云、文の心は貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)等の三毒は仏の種となるべし殺父(しふ)等の五逆罪は仏種となるべし高原の陸土には青蓮華生ずべし、二乗は仏になるべからず、いう心は二乗の諸善と凡夫の悪と相対するに凡夫の悪は仏になるとも二乗の善は仏にならじとなり、諸の小乗経には悪をいましめ善をほむ、此の経には二乗の善をそしり凡夫の悪をほめたり、かへつて仏経とも・をぼへず外道の法門のやうなれども詮するところは二乗の永(よう)不成仏をつよく定めさせ給うにや、方等陀羅尼(だらに)経に云く「文殊・舎利弗に語らく猶枯樹の如く更に華を生ずるや不(いな)や亦山水の如く本処に還(かえ)るや不や折石(しゃくせき)還つて合うや不や焦種芽を生ずるや不や、舎利弗の言く不なり、文殊の言く若し得べからずんば云何(いかん)ぞ我に菩提(ぼだい)の記を得るを問うて心に歓喜を生ずるや」等云云、文の心は枯れたる木・華さかず山水・山にかへらず破れたる石あはず・いれる種をいず、二乗また・かくのごとし仏種をいれり等となん。

大品般若経に云く「諸の天子今未だ三菩提心を発(おこ)さずんば応に発すべし、若し声聞の正位に入れば是の人能く三菩提心を発さざるなり、何を以ての故に生死の為に障隔(しょうきゃく)を作す故」等云云、文の心は二乗は菩提心を・をこさざれば我随喜せじ諸天は菩提心を・をこせば我随喜せん、首楞厳(しゅりょうごん)経に云く「五逆罪の人・是の首楞厳三昧(ざんまい)を聞いて阿耨(あのく)菩提心を発せば還つて仏と作るを得、世尊・漏尽(ろじん)の阿羅漢は猶破器の如く永く是の三昧を受くるに堪忍(かんにん)せず」等云云、浄名経に云く「其れ汝に施す者は福田と名けず、汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云、文の心は迦葉(かしょう)・舎利弗等の聖僧を供養せん人天等は必ず三悪道に堕つべしとなり、此等の聖僧は仏陀を除きたてまつりては人天の眼目・一切衆生の導師とこそ・をもひしに幾許(いくばく)の人天・大会の中にして・かう度度・仰せられしは本意なかりし事なり只詮するところは我が御弟子を責めころさんとにや、此の外牛驢(ごろ)の二乳・瓦器・金器・螢火・日光等の無量の譬をとつて二乗を呵嘖(かしゃく)せさせ給き、一言二言ならず一日二日ならず一月二月ならず一年二年ならず一経二経ならず、四十余年が間・無量・無辺の経経に無量の大会の諸人に対して一言もゆるし給う事もなく・そしり給いしかば世尊の不妄語なりと我もしる人もしる天もしる地もしる、一人二人ならず百千万人・三界の諸天・竜神・阿修羅(あしゅら)・五天・四洲・六欲・色・無色・十方世界より雲集せる人天・二乗・大菩薩等皆これをしる又皆これをきく、各各国国へ還(かえ)りて娑婆(しゃば)世界の釈尊の説法を彼れ彼れの国国にして一一にかたるに十方無辺の世界の一切衆生・一人もなく迦葉・舎利弗等は永不成仏の者・供養しては・あしかりぬべしと・しりぬ。
而るを後八年の法華経に忽に悔還(くいかえ)して二乗作仏すべしと仏陀とかせ給はんに人天大会・信仰をなすべしや、用ゆべからざる上・先後の経経に疑網(ぎもう)をなし五十余年の説教・皆虚妄(こもう)の説となりなん、されば四十余年・未顕真実等の経文はあらませしか天魔の仏陀と現じて後八年の経をばとかせ給うかと疑網するところに・げ(実)にげに・しげに劫国(こうこく)・名号と申して二乗成仏の国をさだめ劫をしるし所化の弟子なんどを定めさせ給へば教主釈尊の御語すでに二言になりぬ自語相違と申すはこれなり、外道が仏陀を大妄語の者と咲(わら)いしこと・これなり、人天大会けを(興)さめて・ありし程に爾(そ)の時に東方・宝浄世界の多宝如来・高さ五百由旬・広さ二百五十由旬(ゆじゅん)の大七宝塔に乗じて教主釈尊の人天・大会に自語相違をせめられて・とのべ(左宣)・かうのべ(右宣)さまざまに宣べさせ給いしかども不審猶をは(晴)るべしとも・みへず・もてあつか(持扱)いて・をはせし時・仏前に大地より涌現して虚空にのぼり給う、例せば暗夜に満月の東山より出づるがごとし七宝の塔・大虚(おおぞら)にかからせ給いて大地にも・つかず大虚にも付かせ給はず・天中に懸りて宝塔の中より梵音声を出して証明して云く「爾の時に宝塔の中より大音声を出して歎めて云く、善哉(よきかな)善哉・釈迦牟尼世尊・能く平等大慧・教菩薩法・仏所護念の妙法華経を以て大衆の為に説きたもう、是くの如し是くの如し、釈迦牟尼世尊の所説の如きは皆是れ真実なり」等云云、又云く「爾の時に世尊・文殊師利等の無量百千万億・旧住娑婆(くじゅうしゃば)世界の菩薩・乃至人非人等一切の衆の前に於て大神力を現じたもう、広長舌を出して上(か)み梵世に至らしめ一切の毛孔より乃至十方世界・衆(もろもろ)の宝樹の下の師子の座の上の諸仏も亦復是くの如く広長舌を出し無量の光を放ちたもう」等云云、

又云く「十方より来りたまえる諸の分身の仏をして各本土に還らしめ乃至多宝仏の塔も還つて故(もと)の如くし給うべし」等云云、大覚世尊・初成道の時・諸仏十方に現じて釈尊を慰諭(いゆ)し給う上・諸の大菩薩を遣しき、般若経の御時は釈尊・長舌を三千にをほひ千仏・十方に現じ給い・金光明経には四方の四仏現せり、阿弥陀経には六方の諸仏・舌を三千にををう、大集経には十方の諸仏・菩薩・大宝坊にあつまれり、此等を法華経に引き合せて・かんがうるに黄石(おうしゃく)と黄金(おうごん)と白雲と白山と白冰と銀鏡と黒色と青色とをば翳眼(えいがん)の者・眇目(みょうもく)の者・一眼の者・邪眼の者は・みたがへつべし、華厳経には先後の経なければ仏語相違なしなにに・つけてか大疑いで来(く)べき、大集経・大品経・金光明経・阿弥陀経等は諸小乗経の二乗を弾呵(だんか)せんがために十方に浄土をとき凡夫・菩薩を欣慕(ごんぼ)せしめ二乗を・わずら(煩)はす、小乗経と諸大乗経と一分の相違あるゆへに或は十方に仏現じ給ひ或は十方より大菩薩をつかはし或は十方世界にも此の経をとくよし(由)をしめし或は十方より諸仏あつまり給う或は釈尊・舌を三千に・をほ(蔽)ひ或は諸仏の舌をいだす・よしをとかせ給う、此(これ)ひとえに諸小乗経の十方世界・唯有一仏と・とかせ給いしをもひを・やぶるなるべし、法華経のごとくに先後の諸大乗経と相違・出来して舎利弗(しゃりほつ)等の諸の声聞・大菩薩・人天等に将非魔作仏(しょうひまさぶつ)と・をもはれさせ給う大事にはあらず、而るを華厳・法相・三論・真言・念仏等の翳眼の輩・彼彼の経経と法華経とは同じと・うちをもへるは・つたなき眼なるべし。

但在世は四十余年をすてて法華経につき候ものもや・ありけん、仏滅後に此の経文を開見して信受せんこと・かたかるべし、先ず一つには爾前の経経は多言なり法華経は一言なり爾前(にぜん)の経経は多経なり此の経は一経なり彼彼の経経は多年なり此の経は八年なり、仏は大妄語の人・永く信ずべからず不信の上に信を立てば爾前の経経は信ずる事もありなん法華経は永く信ずべからず、当世も法華経をば皆信じたるやうなれども法華経にては・なきなり、其の故は法華経と大日経と法華経と華厳経と法華経と阿弥陀経と一なるやうを・とく人をば悦んで帰依し別別なるなんど申す人をば用いずたとい用ゆれども本意なき事とをもへり。

日蓮云く日本に仏法わたりて・すでに七百余年・但(ただ)伝教大師・一人計(ばか)り法華経をよめりと申すをば諸人これを用いず、但し法華経に云く「若し須弥(しゅみ)を接(と)つて他方の無数の仏土に擲置(なげお)かんも亦未だ為(これ)難しとせず、乃至若し仏滅後に悪世中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為(これ)難し」等云云、日蓮が強義・経文に普合(ふごう)せり法華経の流通たる涅槃経に末代濁世に謗法の者は十方の地のごとし正法の者は爪上(そうじょう)の土のごとしと・とかれて候は・いかんがし候べき、日本の諸人は爪上の土か日蓮は十方の土かよくよく思惟あるべし、賢王の世には道理かつべし愚主の世に非道・先をすべし、聖人の世に法華経の実義顕るべし等と心うべし、此の法門は迹門と爾前と相対して爾前の強きやうに・をぼゆもし爾前つよるならば舎利弗等の諸の二乗は永不成仏の者なるべし・いかんが・なげかせ給うらん。

二には教主釈尊は住劫・第九の減・人寿百歳の時・師子頬(ししきょう)王には孫・浄飯王には嫡子・童子悉達(しった)太子・一切義成就菩薩これなり、御年十九の御出家・三十成道の世尊・始め寂滅道場にして実報華王の儀式を示現して十玄・六相・法界円融・頓極微妙(とんごくみみょう)の大法を説き給い十方の諸仏も顕現し一切の菩薩も雲集せり、土といひ機といひ諸仏といひ始めといひ何事につけてか大法を秘し給うべき、されば経文には顕現自在力・演説円満経等云云、一部六十巻は一字一点もなく円満経なり、譬へば如意宝珠は一珠も無量珠も共に同じ一珠も万宝を尽して雨(ふら)し万珠も万宝を尽すがごとし、華厳経は一字も万字も但同事なるべし、心仏及衆生の文は華厳宗の肝心なるのみならず法相・三論・真言・天台の肝要とこそ申し候へ、此等程いみじき御経に何事をか隠すべき、なれども二乗闡提(せんだい)・不成仏と・とかれしは珠のきずと・みゆる上三処まで始成正覚と・なのらせ給いて久遠実成の寿量品を説きかくさせ給いき、珠の破(われ)たると月に雲のかかれると日の蝕したるがごとし不思議なりしことなり、阿含・方等・般若・大日経等は仏説なれば・いみじき事なれども華厳経にたい(対)すれば・いうにかいなし、彼の経に秘せんこと此等の経経にとかるべからず、されば雑阿含経に云く「初め成道」等云云、大集経に云く「如来成道始め十六年」等云云、浄名経に云く「始め仏樹に坐して力めて魔を降す」等云云、大日経に云く「我昔道場に坐して」等云云、仁王般若経に云く「二十九年」等云云。

此等は言うにたらず只耳目を・をどろかす事は無量義経に華厳経の唯心法界・方等・般若経の海印三昧(かいいんざんまい)・混同無二等の大法をかきあげて或は未顕真実・或は歴劫修行等・下す程の御経に我先きに道場菩提樹の下に端坐すること六年阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を成ずることを得たりと初成道の華厳経の始成の文に同せられし不思議と打ち思うところに此は法華経の序分なれば正宗の事をいはずもあるべし、法華経の正宗・略開三・広開三の御時・唯仏与仏(ゆいぶつよぶつ)・及能究尽(ないのうくじん)・諸法実相等・世尊法久後等・正直捨方便等・多宝仏・迹門八品を指して皆是真実と証明せられしに何事をか隠すべきなれども久遠寿量をば秘せさせ給いて我始め道場に坐し樹を観じて亦経行す等云云、最第一の大不思議なり、されば弥勒菩薩・涌出品に四十余年の未見今見の大菩薩を仏・爾(しか)して乃(すなわ)ち之を教化して初めて道心を発(おこ)さしむ等と・とかせ給いしを疑つて云く「如来太子為りし時・釈の宮を出でて伽耶城(がやじょう)を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たまえり、是より已来始めて四十余年を過ぎたり世尊・云何ぞ此の少時に於て大いに仏事を作したまえる」等云云、教主釈尊此等の疑を晴さんがために寿量品を・とかんとして爾前迹門のきき(所聞)を挙げて云く「一切世間の天人及び阿修羅(あしゅら)は皆今の釈迦牟尼仏・釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり」等と云云、正しく此の疑を答えて云く「然るに善男子・我実に成仏してより已来無量無辺・百千万億・那由佗劫(なゆたこう)なり」等云云。

華厳(けごん)・乃至般若・大日経等は二乗作仏を隠すのみならず久遠実成(くおんじつじょう)を説きかくさせ給へり、此等の経経に二つの失あり、一には行布を存するが故に仍(な)お未だ権を開せずとて迹門の一念三千をかくせり、二には始成を言うが故に尚未だ迹を発せずとて本門の久遠をかくせり、此等の二つの大法は一代の綱骨(こうこつ)・一切経の心髄なり、迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前二種の失・一つを脱れたり、しかりと・いえども・いまだ発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)せざれば・まこと(実)の一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし・根なし草の波の上に浮べるにに(似)たり、本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶつて本門の十界の因果をとき顕す、此(これ)即ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし、かうて・かへりみれば華厳経の台上十方・阿含経の小釈迦・方等般若の金光明経の阿弥陀経の大日経等の権仏等は・此の寿量の仏の天月しばらく影を大小の器にして浮べ給うを・諸宗の学者等・近くは自宗に迷い遠くは法華経の寿量品をしらず水中の月に実の月の想いをなし或は入つて取らんと・をもひ或は縄を・つけて・つなぎとどめんとす、天台云く「天月を識(し)らず但池月(ちげつ)を観ず」等云云。

[開目抄(上) 本文] その四に続く

by johsei1129 | 2019-10-08 21:16 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 05日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】 (上) その二

[開目抄(上) 本文] その二
かくのごとく巧に立つといえども・いまだ過去・未来を一分もしらず、玄とは黒なり幽なり、かるがゆへに玄という但現在計りしれるににたり、現在にをひて仁義を制して身をまほり国を安んず、此(これ)に相違すれば族(やから)をほろぼし家を亡ぼす等いう、此等の賢聖(けんせい)の人人は聖人なりといえども過去を・しらざること凡夫の背を見ず・未来を・かがみざること盲人の前をみざるがごとし。
 但現在に家を治め孝をいたし堅く五常を行ずれば傍輩(ほうばい)も・うやまい名も国にきこえ賢王もこれを召して或は臣となし或は師とたのみ或は位をゆづり天も来て守りつかう、所謂周の武王には五老きたりつかえ後漢の光武には二十八宿来つて二十八将となりし此(これ)なり、而りといえども過去未来をしらざれば父母・主君・師匠の後世(ごせ)をもたすけず不知恩の者なり・まことの賢聖にあらず、孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図(ふと)という者あり此(これ)聖人なりといゐて外典を仏法の初門となせしこれなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため・王臣を教て尊卑(そんぴ)をさだめ父母を教て孝の高きをしらしめ師匠を教て帰依をしらしむ、妙楽(みょうらく)大師云く「仏教の流化実に茲(ここ)に頼る礼楽前(さ)きに馳せて真道後に啓(ひ)らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識(し)れば即ち是れ仏法なり」等云云、止観(しかん)に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹(しんたん)を化す」等云云、弘決(ぐけつ)に云く「清浄法行経に云く月光菩薩彼(かしこ)に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼(ちゅうじ)と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺(てんじく)より此の震旦(しんたん)を指して彼と為す」等云云。

二には月氏の外道・三目八臂(はっぴ)の摩醯首羅(まけいしゅら)天・毘紐(びちゅう)天・此の二天をば一切衆生の慈父・悲母・又天尊・主君と号す、迦毘羅(かぴら)・漚楼僧佉(うるそうぎゃ)・勒娑婆(ろくしゃば)・此の三人をば三仙となづく、此等は仏前八百年・已前已後の仙人なり、此の三仙の所説を四韋陀(いだ)と号す六万蔵あり、乃至・仏・出世に当つて六師外道・此の外経を習伝して五天竺の王の師となる支流・九十五六等にもなれり、一一に流流多くして我慢の幢(はたほこ)・高きこと非想天(ひそうてん)にもすぎ執心の心の堅きこと金石にも超えたり、其の見の深きこと巧みなるさま儒家には・にるべくもなし、或は過去・二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し又兼て未来・八万劫をしる、其の所説の法門の極理・或は因中有果・或は因中無果・或は因中亦有果(やくうか)・亦無果(やくむか)等云云、此れ外道の極理なり所謂(いわゆる)善き外道は五戒・十善戒等を持つて有漏(うろ)の禅定を修し上・色・無色をきわめ上界を涅槃と立て屈歩虫(くっぷちゅう)のごとく・せめのぼれども非想天より返つて三悪道に堕つ一人として天に留(とどま)るものなし而れども天を極むる者は永くかへらずと・をもえり、各各・自師の義をうけて堅く執するゆへに或は冬寒に一日に三度・恒河(ごうが)に浴し或は髪をぬき或は巌(いわお)に身をなげ或は身を火にあぶり或は五処をやく或は裸形(あかはだか)或は馬を多く殺せば福をう或は草木をやき或は一切の木を礼す、此等の邪義其の数をしらず師を恭敬する事・諸天の帝釈をうやまい諸臣の皇帝を拝するがごとし、しかれども外道の法・九十五種・善悪につけて一人も生死をはなれず善師につかへては二生・三生等に悪道に堕ち悪師につかへては順次生に悪道に堕つ、外道の所詮は内道に入る即最要なり或外道云く「千年已後・仏出世す」等云云、或外道云く「百年已後・仏出世す」等云云、大涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」等云云、法華経に云く「衆に三毒有りと示し又邪見の相を現ず我が弟子是くの如く方便して衆生を度す」等云云。

三には大覚世尊は此(これ)一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等なり、外典・外道の四聖・三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断(なくみだん)の凡夫・其の名は賢なりといえども実に因果を弁(わきまえ)ざる事嬰児(えいじ)のごとし、彼を船として生死の大海をわたるべしや彼を橋として六道の巷(ちまた)こゑがたし我が大師は変易(へんにゃく)・猶を・わたり給へり況や分段の生死をや元品の無明の根本猶を・かたぶけ給へり況や見思枝葉の麤惑(そわく)をや、此の仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで五十年が間・一代の聖教を説き給へり、一字一句・皆真言なり一文一偈・妄語にあらず外典・外道の中の聖賢の言すらいうこと・あやまりなし事と心と相符(あいあ)へり況や仏陀は無量曠劫(こうごう)よりの不妄語の人・されば一代・五十余年の説教は外典外道に対すれば大乗なり大人の実語なるべし、初成道の始より泥洹(ないおん)の夕にいたるまで説くところの所説・皆真実なり。
但し仏教に入て五十余年の経経・八万法蔵を勘(かんがえ)たるに小乗あり大乗あり権経あり実経あり顕教・密教・輭語(なんご)・麤語(そご)・実語・妄語・正見・邪見等の種種の差別あり、但し法華経計り教主釈尊の正言なり三世・十方の諸仏の真言なり、大覚世尊は四十余年の年限を指して其の内の恒河(ごうが)の諸経を未顕真実(みけんしんじつ)・八年の法華は要当説真実と定め給しかば多宝仏・大地より出現して皆是真実と証明す、分身の諸仏・来集して長舌を梵天(ぼんてん)に付く、此の言赫赫(かくかく)たり明明たり晴天の日よりも・あきらかに夜中の満月のごとし仰いで信ぜよ伏して懐(おも)うべし。

但(ただ)し此の経に二箇の大事あり、倶舎(くしゃ)宗・成実(じょうじつ)宗・律(りつ)宗・法相(ほっそう)宗・三論(さんろん)宗等は名をもしらず華厳(けごん)宗と真言(しんごん)宗との二宗は偸(ひそか)に盗んで自宗の骨目とせり、一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり、竜樹・天親・知つてしかも・いまだ・ひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり。

 一念三千は十界互具よりことはじまれり、法相と三論とは八界を立てて十界をしらず況(いわん)や互具をしるべしや、倶舎・成実・律宗等は阿含(あごん)経によれり六界を明めて四界をしらず、十方唯有(ゆいう)一仏と云つて一方有仏だにもあかさず、一切有情(いっさいうじょう)・悉有仏性(しつうぶっしょう)とこそ・とかざらめ一人の仏性猶ゆるさず、而るを律宗・成実宗等の十方有仏・有仏性なんど申すは仏滅後の人師等の大乗の義を自宗に盗み入れたるなるべし。
 例せば外典・外道等は仏前の外道は執見あさし仏後の外道は仏教をききみて自宗の非をしり巧の心・出現して仏教を盗み取り自宗に入れて邪見もつとも・ふかし、附仏教(ふぶっきょう)・学仏法成(がくぶっぽうじょう)等これなり、外典も又又かくのごとし漢土に仏法いまだ・わたらざりし時の儒家・道家は・いういうとして嬰児(えいじ)のごとく・はかなかりしが後漢・已後に釈教わたりて対論の後・釈教やうやく流布する程に釈教の僧侶・破戒のゆへに或は還俗(げんぞく)して家にかへり或は俗に心をあはせ儒道の内に釈教を盗み入れたり、止観の第五に云く「今世多く悪魔の比丘有つて戒を退き家に還(かえ)り駈策(くさく)を懼畏(くい)して更に道士に越済(おっさい)す、復た名利を邀(もとめ)て荘老を誇談(かだん)し仏法の義を以て偸んで邪典に安(お)き高を押して下(ひくき)に就け尊を摧(くだ)いて卑に入れ概して平等ならしむ」云云、弘に云く「比丘の身と作つて仏法を破滅す若しは戒を退き家に還(かえ)るは衛(えい)の元嵩(げんすう)等が如し、即ち在家の身を以て仏法を破壊(はえ)す、此の人正教を偸竊(ちゅうせつ)して邪典に助添(じょてん)す、押高(おうこう)等とは道士の心を以て二教の概と為し邪正をして等しからしむ義是の理無し、曾(か)つて仏法に入つて正を偸(ぬす)んで邪を助け八万十二の高きを押して五千二篇の下(ひく)きに就け用(も)つて彼の典の邪鄙(じゃひ)の教を釈するを摧尊入卑(さいそんにゅうひ)と名く」等云云、此の釈を見るべし次上の心なり。

仏教又かくのごとし、後漢の永平に漢土に仏法わたりて邪典やぶれて内典立つ、内典に南三・北七の異執(いしゅう)をこりて蘭菊(らんぎく)なりしかども陳隋(ちんずい)の智者大師にうちやぶられて仏法二び群類をすくう、其の後・法相宗・真言宗・天竺(てんじく)よりわたり華厳(けごん)宗又出来せり、此等の宗宗の中に法相宗は一向・天台宗に敵を成す宗・法門水火なり、しかれども玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)・慈恩大師・委細に天台の御釈を見ける程に自宗の邪見ひるがへるかのゆへに自宗をば・すてねども其の心天台に帰伏すと見へたり、華厳宗と真言宗とは本は権経・権宗なり善無畏三蔵・金剛智三蔵・天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす、其の子細をしらぬ学者等は天竺より大日経に一念三千の法門ありけりと・うちをもう、華厳宗は澄観が時・華厳経の心如工画師(しんにょくえし)の文に天台の一念三千の法門を偸(ぬす)み入れたり、人これをしらず。

[開目抄(上) 本文] その三につづく

by johsei1129 | 2019-10-05 20:34 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 05日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】 (上) その一

【開目抄(かいもくしょう】
■出筆時期:文応9年2月 (西暦1272年)、日蓮大聖人51歳の時、門下一同に与えるため出筆。ご真筆は当時鎌倉に在住していた豪信者で、武家の『四条中務三郎左衛門尉頼基(以下四条金吾)』に送られている。これは大聖人が流罪されていた佐渡では、いつ何時、幕府の意向で出筆した御書を廃棄されかねないことを恐れ、武家で地位のある四条金吾の手元で保管することが、後世のために安全であると判断したものと思われる。
■出筆場所:佐渡ヶ島 塚原三昧堂。
■出筆の経緯:
文永8年9月12日(西暦1272年)、 平頼綱(鎌倉幕府9代執権北条貞時の執事)は、幕府や諸宗を批判したとして佐渡流罪の名目で鎌倉の松葉谷草庵にいた日蓮大聖人を捕縛、翌日9月12日子丑の刻(午前2時前後)、大聖人をはだか馬に乗せ、江ノ島片瀬の龍の口の刑場で斬首しようとしたが、途中、鶴ヶ岡八幡宮にさしかかったとき、大聖人は大声で『八幡大菩薩はまことの神か・・・略・・・いま日蓮は日本第一の法華経の行者なり、其の上、身に一分のあやまちなし・・・略・・・日蓮今夜頸切られて霊山浄土へまいりあらん時は、まず天照大神・正八幡こそ起請をもちいぬ神と候いけれとさしきりて、教主釈尊に申し上げ候はん・・・・(種々御振舞御書より)』と一喝し、法華経の行者を守るとした起請を果たすよう叱りつけた。
いよいよ首を斬ろうと、役人が刀をかまえたとたん、江ノ島の方角から大きな光の玉(恐らく隕石が落ちたのではと思われる)が飛んできて、役人は驚愕し逃げ去り、その後鎌倉幕府から「日蓮の首斬るな」との連絡がはいり結局佐渡流罪となる。この龍ノ口の法難を契機に大聖人は、法華経に予知されている末法の本仏は自分であると開覚、自ら末法の人本尊であることを門下一同に示すため、佐渡の地で【開目抄】の出筆に着手する。さらに翌年(文応10年)には法本尊を示した『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』を出筆している。
■ご真筆:身延山久遠寺 曽存(明治8年の大火で消失)。古写本:日乾筆(京都本満寺 所蔵)

[開目抄(上) 本文] その一

夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂(いわゆる)主師親これなり、又習学すべき物三あり、所謂儒外内これなり。
儒家には三皇・五帝・三王・此等を天尊と号す諸臣の頭目・万民の橋梁(きょうりょう)なり、三皇已前は父をしらず人皆禽獣(きんじゅう)に同ず五帝已後は父母を弁(わきまえ)て孝をいたす、所謂重華(ちょうか)はかた(頑)くなはしき父をうやまひ沛公(はいこう)は帝となつて大公を拝す、武王は西伯を木像に造り丁蘭(ていらん)は母の形をきざめり、此等は孝の手本なり、比干(ひかん)は殷の世の・ほろぶべきを見て・しゐて帝をいさめ頭(こうべ)をはねらる、公胤(こういん)といゐし者は懿公(いこう)の肝(きも)をとつて我が腹をさき肝を入(いれ)て死しぬ此等は忠の手本なり、尹寿(いんじゅ)は尭王(ぎょうおう)の師・務成(むせい)は舜王(しゅんのう)の師・大公望(たいこうぼう)は文王の師・老子は孔子の師なり此等を四聖とがうす、天尊・頭をかたぶけ万民・掌をあわす、此等の聖人に三墳・五典・三史等の三千余巻の書あり、其の所詮は三玄をいでず三玄とは一には有の玄・周公等此れを立つ、二には無の玄・老子等・三には亦有亦無(やくうやくむ)等・荘子が玄これなり、玄とは黒なり父母・未生・已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賤・苦楽・是非・得失等は皆自然等云云。

[開目抄(上) 本文]  その二に続く


by johsei1129 | 2019-10-05 20:00 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 10日

開目抄の要点解説 その十二

日蓮大聖人はいよいよ開目抄の終段に入ると、法華経の布教方法に法華経安楽行品に説かれている「摂受」と、法華経常不軽品に説かれた「折伏」があることを示し、今末法の日本国は破法の国で折伏を行じなければならないと、門下一同を諭します。

汝が不審をば世間の学者・多分・道理とをもう。いかに諌暁すれども日蓮が弟子等も此のをもひをすてず一闡提人の・ごとくなるゆへに先づ天台・妙楽等の釈をいだして・かれが邪難をふせぐ。夫れ摂受・折伏と申す法門は水火のごとし火は水をいとう水は火をにくむ。
摂受の者は折伏をわらう折伏の者は摂受をかなしむ、無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし。邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし。譬へば熱き時に寒水を用い寒き時に火をこのむがごとし、草木は日輪の眷属・寒月に苦をう諸水は月輪の所従・熱時に本性を失う、末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かと・しるべし。
 問うて云く念仏者・禅宗等を責めて彼等に・あだまれたる・いかなる利益かあるや、答えて云く涅槃経に云く「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」等云云。「仏法を壊乱するは仏法中の怨なり慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能く糾治せんは是れ護法の声聞真の我が弟子なり彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり能く呵責する者は是れ我が弟子駈遣せざらん者は仏法中の怨なり」等云云。

そして最後に日蓮大聖人は本抄、開目抄の冒頭で説いた「夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり」に呼応し、ご自身が主師親の三徳を備えた末法の本仏であることを宣言なされ本抄を締めくくります。

日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり。一切天台宗の人は彼等が大怨敵なり「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親」等云云。無道心の者生死をはなるる事はなきなり、教主釈尊の一切の外道に大悪人と罵詈せられさせ給い天台大師の南北・並びに得一に三寸の舌もつて五尺の身をたつと伝教大師の南京の諸人に「最澄未だ唐都を見ず」等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず。

愚人にほめられたるは第一のはぢなり、日蓮が御勘気を・かほれば天台・真言の法師等・悦ばしくや・をもうらんかつはむざんなり・かつはきくわいなり、夫れ釈尊は娑婆に入り羅什は秦に入り伝教は尸那に入り提婆師子は身をすつ薬王は臂をやく上宮は手の皮をはぐ釈迦菩薩は肉をうる楽法は骨を筆とす。天台の云く「適時而已」等云云。
仏法は時によるべし。日蓮が流罪は今生の小苦なれば・なげかしからず、後生には大楽を・うくべければ大に悦ばし。
開目抄の要点解説 完。

補足:
日蓮大聖人は開目抄を著わされた数か月後に、強信徒の富木常忍に宛てた消息で次のように「開目抄」の意義について説かれておられます。

[富木殿御返事 本文]
鵞目員数の如く給び候い畢んぬ。御志申し送り難く候、法門の事、先度四条三郎左衛門尉殿に書持せしむ、其の書能く能く御覧有る可。粗経文を勘え見るに日蓮法華経の行者為る事疑無きか。
 但し今に天の加護を蒙らざるは一には諸天善神此の悪国を去る故か。二には善神法味を味わざる故に威光勢力無きか。三には大悪鬼三類の心中に入り梵天帝釈も力及ばざるか等、一一の証文道理追て之を進せしむべし。但し、生涯本より思い切て候、今に飜返ること無く其の上又違恨無し。諸の悪人は又善知識なり、摂受・折伏の二義仏説に依る。敢て私曲に非ず万事霊山浄土を期す、恐恐謹言。
卯月十日十日     日 蓮  花押
土木殿
日蓮が臨終一分も疑無く頭を刎ねらるる時は殊に喜悦有るべし、大賊に値うて大毒を宝珠に易ゆと思う可きか。




by johsei1129 | 2016-11-10 20:20 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)