人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:重要法門(十大部除く)( 160 )


2019年 10月 29日

末法に入ると釈尊の教えは経はあって行・証の功力が無くなる事を明らかにした書【教行証御書】三

[教行証御書 本文] その三

 状に云く彼此(ひし)の経経得益の数を挙ぐ等云云、是れ不足に候と先ず陳ぶべし、其の後汝等が宗宗の依経に三仏の証誠之有りや未だ聞かず、よも多宝分身は御来り候はじ、此の仏は法華経に来り給いし間・一仏二言はやは(争)か御坐(おわし)候べきと・次に六難九易何なる経の文に之有りや、若し仏滅後の人人の偽経は知らず、釈尊の実説五十年の説法の内には一字一句も有るべからず候なんど立つ可し、五百塵点の顕本之有りや・三千塵点の結縁説法ありや・一念信解・五十展転の功徳何なる経文に説き給へるや、彼の余経には一二三乃至十功徳すら之無し五十展転まではよも説き給い候はじ、余経には一二の塵数(じんじゅ)を挙げず何に況や五百三千をや、二乗の成不成・竜畜・下賤の即身成仏今の経に限れり、華厳・般若等の諸大乗経に之有りや、二乗作仏は始めて今経に在り、よも天台大師程(ほど)の明哲の弘法慈覚の如き無文無義の偽りはおはし給はじと我等は覚え候、又悪人の提婆・天道国の成道・法華経に並びて何なる経にか之有りや、然りと雖も万の難を閣いて何なる経にか十法界の開会等草木成仏之有りや、天台妙楽の無非中道・惑耳驚心の釈は慈覚智証の理同事勝の異見に之を類す可く候や、已に天台等は三国伝灯の人師・普賢開発の聖師・天真発明の権者なり、豈経論になき事を偽り釈し給はんや、彼れ彼れの経経に何なる一大事か之有るや、此の経には二十の大事あり就中五百塵点顕本の寿量に何なる事を説き給へるとか人人は思召(おぼしめ)し候、我等が如き凡夫無始已来生死の苦底に沈輪して仏道の彼岸を夢にも知らざりし衆生界を・無作本覚の三身と成し実に一念三千の極理を説くなんど・浅深を立つべし、但し公場ならば然るべし私に問註すべからず、慥(たしか)に此の法門は汝等が如き者は人毎に座毎に日毎に談ずべくんば三世諸仏の御罰を蒙るべきなり、日蓮己証なりと常に申せし是なり、大日経に之有りや、浄土三部経の成仏已来凡歴(いらいぼんりゃく)十劫之に類す可きや、なんど前後の文乱れず一一に会す可し、其の後又云うべし、諸人は推量も候へ是くの如くいみじき御経にて候へばこそ多宝遠来して証誠を加え分身来集して三仏の御舌を梵天に付け不虚妄とは訇(のの)しらせ給いしか、地涌千界出現して濁悪末代の当世に別付属の妙法蓮華経を一閻浮提の一切衆生に取り次ぎ給うべき仏の勅使なれば・八十万億の諸大菩薩をば止(やみね)善男子と嫌はせ給しか等云云、又彼の邪宗の者どもの習いとして強に証文を尋ぬる事之有り、涌出品並びに文句の九・記の九の前三後三の釈を出すべし、但日蓮が門家の大事之に如かず。

 又諸宗の人・大論の自法愛染の文を問難とせば、大論の立所(たてば)を尋ねて後・執権謗実の過罪をば竜樹は存知無く候いけるか、「余経は秘密に非ず法華是れ秘密」と仰せられ・譬如大薬師と此の経計り成仏の種子と定めて・又悔い返して「自法愛染・不免堕悪道」と仰せられ候べきか、さで有らば仏語には「正直捨方便・不受余経一偈」なんど法華経の実語には大に違背せり、よもさにては候はじ、若し末法の当世・時剋相応せる法華経を謗じたる弘法・曇鸞なんどを付法蔵の論師・釈尊の御記文にわたらせ給う菩薩なれば鑒知(かんち)してや記せられたる論文なるらん、覚束無(おぼつかな)しなんどあざむく(嘲弄)べし、御辺や不免堕悪道の末学なるらん痛敷(いたわしく)候、未来無数劫の人数にてや有るらんと立つ可し。

 又律宗の良観が云く法光寺殿へ訴状を奉る其の状に云く、忍性年来(としごろ)歎いて云く当世日蓮法師と云える者世に在り斎戒は堕獄す云云、所詮何なる経論に之有りや是一、又云く当世日本国上下誰か念仏せざらん念仏は無間の業と云云、是れ何なる経文ぞや慥なる証文を日蓮房に対して之を聞かん是二、総じて是体(これてい)の爾前得道の有無の法門六箇条云云、然るに推知するに極楽寺良観が已前の如く日蓮に相値うて宗論有る可きの由訇(ののし)る事之有らば目安を上げて極楽寺に対して申すべし、某の師にて候者は去る文永八年に御勘気を蒙り佐州へ遷され給うて後・同じき文永十一年正月の比御免許を蒙り鎌倉に帰る、其の後平金吾に対して様様の次第申し含ませ給いて甲斐の国の深山に閉篭(とじこも)らせ給いて後は、何(いか)なる主上・女院の御意たりと云えども山の内を出で諸宗の学者に法門あるべからざる由仰せ候、随つて其の弟子に若輩のものにて候へども師の日蓮の法門・九牛が一毛をも学び及ばず候といへども法華経に付いて不審有りと仰せらるる人わたらせ給はば存じ候なんど云つて、其の後は随問而答の法門申す可し、又前六箇条一一の難門・兼兼申せしが如く日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず、彼れ彼れの経経と法華経と勝劣・浅深・成仏・不成仏を判ぜん時・爾前迹門の釈尊なりとも物の数ならず何に況や其の以下の等覚の菩薩をや、まして権宗の者どもをや、法華経と申す大梵王の位にて民とも下(くだ)し鬼畜なんどと下しても其の過(あやまち)有らんやと意を得て宗論すべし。

 又彼の律宗の者どもが破戒なる事・山川の頽(くず)るるよりも尚無戒なり、成仏までは思もよらず人天の生を受くべしや、妙楽大師云く「若し一戒を持てば人中に生ずることを得若し一戒を破れば還て三途に堕す」と、其の外斎法経・正法念経等の制法・阿含経等の大小乗経の斎法斎戒・今程の律宗忍性が一党誰か一戒をも持てる還堕三途(げんださんず)は疑無し、若しは無間地獄にや落ちんずらん不便なんど立てて・宝塔品の持戒行者と是を(のの)しるべし、其の後良(やや)有つて此の法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや、但し此の具足の妙戒は一度持つて後・行者破らんとすれど破れず是を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し、三世の諸仏は此の戒を持つて法身・報身・応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ、此れを「諸教の中に於て之を秘して伝へず」とは天台大師は書き給へり、今末法当世の有智・無智・在家・出家・上下・万人此の妙法蓮華経を持つて説の如く修行せんに豈仏果を得ざらんや、さてこそ決定無有疑とは滅後濁悪の法華経の行者を定判せさせ給へり、三仏の定判に漏れたる権宗の人人は決定して無間なるべし、是くの如くいみじき戒なれば爾前・迹門の諸戒は今一分の功徳なし、功徳無からんに一日の斎戒も無用なり。

 但(ただし)此の本門の戒を弘まらせ給はんには必ず前代未聞の大瑞あるべし、所謂正嘉の地動・文永の長星是なるべし、抑当世の人人何(いずれ)の宗宗にか本門の本尊戒壇等を弘通せる、仏滅後二千二百二十余年に一人も候はず、日本人王・三十代・欽明天皇の御宇に仏法渡つて今に七百余年前代未聞の大法此の国に流布して月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生仏に成(な)るべき事こそ有り難けれ有り難けれ、又已前の重末法には教行証の三つ倶に備われり例せば正法の如し等云云、已に地涌の大菩薩・上行出でさせ給いぬ結要の大法亦弘まらせ給うべし、日本・漢土・万国の一切衆生は金輪聖王の出現の先兆の優曇華に値えるなるべし、在世四十二年並びに法華経の迹門十四品に之を秘して説かせ給はざりし大法本門正宗に至つて説き顕し給うのみ

 良観房が義に云く彼の良観が・日蓮遠国へ下向と聞く時は諸人に向つて急ぎ急ぎ鎌倉へ上れかし為に宗論を遂げて諸人の不審を晴さんなんど自讃毀他する由其の聞え候、此等も戒法にてや有らん強に尋ぬ可し、又日蓮鎌倉に罷上(まかりのぼ)る時は門戸を閉じて内へ入るべからずと之を制法し或は風気(かぜけ)なんど虚病(けびょう)して罷り過ぎぬ、某は日蓮に非ず其の弟子にて候まま少し言のなまり法門の才覚は乱れがはしくとも・律宗国賊替るべからずと云うべし、公場にして理運の法門申し候へばとて雑言・強言・自讃気(げ)なる体・人目に見すべからず浅猨(あさま)しき事なるべし、弥(いよいよ)身口意を調え謹んで主人に向うべし主人に向うべし。

 三月二十一日                                日 蓮 花 押
 
 三位阿闍梨御房へ之を遣はす

[教行証御書 本文] 完

by johsei1129 | 2019-10-29 22:00 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 29日

末法に入ると釈尊の教えは経はあって行・証の功力が無くなる事を明らかにした書【教行証御書】二

[教行証御書 本文] その二

 状に云く難問に云く爾前当分の得道等云云、涅槃経第三に「善男子応当修習」の文を立つ可し之を受けて弘決第三に「所謂久遠必無大者」と会して「爾前の諸経にして得道せし者は久遠の初業に依るなるべし」と云つて一分の益(やく)之無き事を治定して、其の後滅後の弘経に於ても亦復是くの如く正像の得益証果の人は在世の結縁に依るなるべし等云云、又彼が何度も爾前の得道を云はば無量義経に四十余年の経経を仏・我れと未顕真実と説き給へば・我等が如き名字の凡夫は仏説に依りてこそ成仏を期すべく候へ・人師の言語は無用なり、涅槃経には依法不依人と説かれて大に制せられて候へばなんど立てて未顕真実と打ち捨て打ち捨て正直捨方便・世尊法久後なんどの経釈をば秘して左右無く出すべからず。

 又難問に云く得道の所詮は爾前も法華経もこれ同じ、其の故は観経の往生或は其の外・例の如し等云云と立つ可し、又未顕真実其の外但似仮名字(たんにけみょうじ)等云云と、又同時の経ありと云はば法師品の已今当の説をもつて会す可きなり、玄義の三籤の三の文を出す可し、経釈能く能く料簡して秘す可し。

 一状に云く真言宗云云等、答う彼が立つる所の如き弘法大師の戯論無明の辺域何れの経文に依るやと云つて・彼の依経を引かば云うべし・大日如来は三世の諸仏の中には何れぞやと云つて・善無畏三蔵・金剛智等の偽りをば汝は知れるやと云つて・其の後一行筆受の相承を立つ可し、大日経には一念三千跡を削れり漢土にして偽りしなり、就中僻見有り毘廬の頂上を蹈む証文は三世の諸仏の所説に之有りや、其の後・彼云く等云云、立つ可し大慢婆羅門が高座の足等云云、彼れ此れ是くの如き次第何なる経文論文に之を出すやと等云云、其の外常に教へし如く問答対論あるべし、設ひ何なる宗なりとも真言宗の法門を云はば真言の僻見を責む可く候。

 次に念仏の曇鸞法師の難行・易行・道綽が聖道・浄土・善導が雑行・正行・法然が捨閉閣抛の文、此等の本経・本論を尋ぬべし、経に於て権実の二経有ること例の如し、論に於ても又通別の二論有り、黒白の二論有ること深く習うべし、彼の依経の浄土三部経の中に是くの如き等の所説ありや、又人毎に念仏阿弥陀等之を讃す又前の如し、所詮和漢両国の念仏宗・法華経を雑行なんど捨閉閣抛する本経本論を尋ぬべし、若し慥なる経文なくんば是くの如く権経より実経を謗ずるの過罪、法華経の譬喩品の如くば阿鼻大城に堕落して展転無数劫を経歴(きょうりゃく)し給はんずらん、彼の宗の僻謬(びゃくみょう)を本として此の三世諸仏の皆是真実の証文を捨つる其の罪実(げに)と諸人に評判せさすべし、心有らん人誰か実否を決せざらんや、而して後に彼の宗の人師を強(あながち)に破すべし、一経の株(くいせ)を見て万経の勝劣を知らざる事未練なる者かな、其の上我と見明らめずとも釈尊並びに多宝分身の諸仏の定判し給へる経文・法華経許り皆是真実なるを不真実・未顕真実を已顕真実と僻める眼(まなこ)は牛羊の所見にも劣れる者なるべし、法師品の已今当・無量義経の歴劫修行・未顕真実何なる事ぞや五十余年の諸経の勝劣ぞかし、諸経の勝劣は成仏の有無なり、慈覚智証の理同事勝の眼・善導法然の余行非機の目・禅宗が教外別伝の所見は東西動転の眼目・南北不弁の妄見なり、牛羊よりも劣り蝙蝠鳥にも異ならず、依法不依人の経文・毀謗此経の文をば如何に恐れさせ給はざるや、悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み給うらん。

 一切は現証には如かず善無畏・一行が横難横死・弘法・慈覚が死去の有様・実(げ)に正法の行者是くの如くに有るべく候や、観仏相海経等の諸経並びに竜樹菩薩の論文如何が候や、一行禅師の筆受の妄語・善無畏のたばかり・弘法の戯論・慈覚の理同事勝・曇鸞道綽が余行非機・是くの如き人人の所見は権経権宗の虚妄の仏法の習いにてや候らん、それほどに浦山敷(うらやましく)もなき死去にて候ぞやと・和らかに又強く両眼を細めに見・顔貌(かおばえ)に色を調へて閑(しずか)に言上すべし。

[教行証御書 本文] その三に続く


by johsei1129 | 2019-10-29 21:45 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 29日

末法に入ると釈尊の教えは経はあって行・証の功力が無くなる事を明らかにした書【教行証御書】一

【教行証御書(きょうぎょうしょうごしょ】
■出筆時期:建治三年三月二十一日(西暦1277年) 五十六歳御作 三位房日行に与えられた書
■出筆場所:身延山 草庵にて述作
■出筆の経緯:弟子三位房日行より公の場での法論に臨むに際し、いくつか大聖人に問いかけがありそれに応えるためにしたためた書である。最初に釈尊滅後の正法時代一千年には、教・行(仏となるための実践方法)・証(仏となった証)が具そなわっているが、次の像法時代一千年には教と行のみあって証が無く、末法に入ると、経(法華経)はあっても行・証が無いことを示され、大聖人が確立したご本尊に向かい妙法蓮華教を唱えることが末法の行であり、唯一の仏となる道であることを民衆に説くことが大事てあると諭している。
尚、三位房日行は才能はあったが公家等に諂うなど虚栄心をぬぐい去ることができず、『法門申さるべき様の事』では 「日蓮をいやしみてかけるか」と大聖人に厳しく諭されますが、最後は熱原の法難の際敵方に寝返り横死したことが『聖人御難事』に記されています。

■ご真筆: 現存していない。

[教行証御書 本文] その一

夫れ正像二千年に小乗権大乗を持依(じえ)して其の功を入れて修行せしかば大体其の益(やく)有り、然りと雖も彼れ彼れの経経を修行せし人人は自依(じえ)の経経にして益を得ると思へども法華経を以て其の意を探れば一分の益なし、所以は何ん仏の在世にして法華経に結縁せしが其の機の熟否に依り円機純熟の者は在世にして仏に成れり、根機微劣の者は正法に退転して権大乗経の浄名・思益(しやく)・観経・仁王・般若経等にして其の証果を取れること在世の如し。

 されば正法には教行証の三つ倶に兼備せり、像法には教行のみ有つて証無し、今末法に入りては教のみ有つて行証無く在世結縁の者一人も無し権実の二機悉く失せり、此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に初めて本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為す「是の好き良薬を今留めて此に在く汝取つて服す可し差(い)えじと憂(うれう)る勿れ」とは是なり。
 
 乃往(むかし)過去の威音王仏の像法に三宝を知る者一人も無かりしに、不軽菩薩出現して教主説き置き給いし二十四字を、一切衆生に向つて唱えしめしがごとし、彼の二十四字を聞きし者は一人も無く亦不軽大士に値つて益を得たり。是れ則ち前の聞法を下種とせし故なり、今も亦是くの如し、彼は像法・此れは濁悪の末法・彼は初随喜の行者・此れは名字の凡夫・彼は二十四字の下種、此れは唯五字なり。
 得道の時節異なりと雖も、成仏の所詮は全体是れ同じかるべし。


 問うて云く上に挙ぐる所の正像末法の教行証各別なり・何ぞ妙楽大師は「末法の初冥利無きにあらず且く大教の流行すべき時に拠る」と釈し給うや如何、答えて云く得意に云く正像に益を得し人人は顕益なるべし在世結縁の熟せる故に、今末法には初めて下種す冥益なるべし已に小乗・権大乗・爾前・迹門の教行証に似るべくもなし現に証果の者之無し、妙楽の釈の如くんば、冥益なれば人是を知らず見ざるなり。

 問うて云く末法に限りて冥益と知る経文之有りや、答えて云く法華経第七薬王品に云く「此の経は則ち為閻浮提の人の病の良薬なり若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即ち消滅して不老不死ならん」等云云、妙楽大師云く「然も後の五百は且く一往に従う末法の初冥利無きにあらず且く大教の流行す可き時に拠るが故に五百と云う」等云云。

 問うて云く汝が引く所の経文釈は末法の初五百に限ると聞きたり権大乗経等の修行の時節は尚末法万年と云へり如何、答えて曰く前釈已に且従一往(しょじゅういちおう)と云へり再往は末法万年の流行なるべし、天台大師上の経文を釈して云く「但当時大利益を獲るのみに非ず後の五百歳遠く妙道に沾わん」等云云、是れ末法万年を指せる経釈に非ずや、法華経第六分別功徳品に云く「悪世末法の時能く是の経を持てる者」と安楽行品に云く末法の中に於て是の経を説かんと欲す等云云此等は皆末法万年と云う経文なり、彼れ彼れの経経の説は四十余年未顕真実なり或は結集者の意に拠るか依用し難し、拙いかな諸宗の学者法華経の下種を忘れ三五塵点の昔を知らず純円の妙経を捨てて亦生死の苦海に沈まん事よ、円機純熟の国に生を受けて徒に無間大城に還らんこと不便とも申す許(ばか)り無し、崑崙山に入りし者の一の玉をも取らずして貧国に帰り・栴檀林に入つて瞻蔔(せんぷく)を蹈まずして瓦礫の本国に帰る者に異ならず、第三の巻に云く「飢国より来りて忽ち大王の膳に遇うが如し」
第六に云く「我が此の土は安穏〇我が浄土は毀れず」等云云。

[教行証御書 本文] その二に続く


by johsei1129 | 2019-10-29 21:39 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 28日

【和漢王代記その四】

【和漢王代記 本文】その四
授決集に云く円珍 智証大師「 文は大経に出でたり人の之を会する無し、光盲の前に在れども他(かれ)に於ては無用なり、仏分明に五味の喩を説き五時の教に喩えたもう云云、訳ありてより来(このかた)講者路に溢るれども未だ曾て五味を談ずるの義を解せず己が胸臆(きょうおく)に任せて趣爾(たやすく)囈語す何ぞ象に触る衆盲の者に異らんや、天台世に出で仏意快く暢ぶ豈に万教再び世間に演るに非ずや、南北の講匠経論を釈する者・各教時を立つれども百にして一も是なること無し只教部の前後頓漸権実大小の麤妙・寛狭・進否に迷うに縁りてなり・大教の網を張りて法界の海を亘し人天の魚を済(おさめ)て涅槃の岸に置く斯くの如くするすら其の遺漏を恐る況や諸師の輩羅(あみ)の一目なり何れの時か其の鳥を得ん、若し万蔵を暗ずと雖も此の理趣を会せざれば年を終るまで他の宝を計りて自ら半銭の分無く虚しく諍論を益し長水に水を添うのみ」。

授決集に法相宗の慈恩大師を破して云く「五性宗に云く未熟法華論の前に未熟の文也と云うは、応に不熟と云うべし、○今謂く汎く法華を講ずるには須く此の義を以て正と為すべし若し爾らずんば経を破し論を破し罪五逆に過ぎたり基公を除きて外は人の彼の不熟の義を伝うる無し、○若し強て之を執せば公私十方の信施消し難し消し難し若し消せずんば何ぞ三途を免れん爾(なんじ)を供養せん者は三悪道に堕せん謗法の罪報は法華般若の諸大乗経に一切明かに説けり智者披く可し、○爾(なんじ)これを信受す可し無間を招く莫れ」。

授決集円珍真言の諸宗を徴して云う「真言・禅門・華厳・三論・唯識・律業・成・倶の二論等、○若し法華・涅槃等の経に望むれば是れ摂引門なり文、又云く大底他は多く三教在り円の旨至て少きのみ」。

弘法大師の二教論に「喩して曰く、今斯の経文に依るに仏五味を以て五蔵に配当す。総持を醍醐と称し四味を四蔵に譬ふ。震旦の人師等諍つて醍醐を盗み各自宗に名く」。

               乳 アナン
六波羅経の五蔵 --------- 一、 爼多覧------------ 経----
                         |   
               ウハリ |
      ----------- 二、毘那耶酪---------- 律 --- | ------ 小乗
               |
              カセンエン |
     -------------- 三、阿毘達磨生---------- 論---

              熟 文殊
     -------------- 四、般若 ハラ蜜蔵----------|
                     金剛蔵 |------------大乗
     --------------- 五、惣持醍醐ダラニ蔵 ------|




【和漢王代記 本文】その五に続く






by johsei1129 | 2019-10-28 22:43 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 28日

日本と中国の王朝と仏教の関わりの歴史を詳細に記された書【和漢王代記その一】

【和漢王代記その一】

■出筆時期:建治二年(1276) 五十五歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:弟子・信徒の教化のため日本と中国の王朝と仏教の関わりの歴史を詳細に記された書と思われます。
■ご真筆:静岡県 西山本門寺所蔵(全18紙の内第16紙が伝えられていない)。

f0301354_23563876.jpg












【和漢王代記 本文】その一


三皇--- 神農 伏羲 黄帝

五帝-- 少昊(しょうこう)
   顓頊--(せんぎょく)--三墳五典
    帝嚳(ていこう)
    尭王---男九人女一人
    舜王

周--- 第一文王
   第二武王  周公旦
   第三成王
   第四昭王の御宇二十四年甲寅に当る。
   四月八日は仏の御誕生なり 。五色の光気南北に亘る。大史蘇由之を占う。

  --中間七十九年なり

   第五穆王(ぼくおう)の五十二年壬申に当る。  
     二月十五日御入滅 。十二の虹南北に亘る。大史扈多之を占う
  --三十七有り或は八。

三教--- 一儒教 ---五常^^ 文武等なり。
       ---孔丘 ---顔回
  --- 二道教--- 仙教
       ---老子
  ---三釈教 一代五十余年。


【和漢王代記 本文】その二に続く




by johsei1129 | 2019-10-28 22:34 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 28日

大聖人自ら釈尊五十年の説法を図現化、法華経こそ釈尊一代の説法の究極だと示した【一代五時図】

【一代五時図(略本)(いちだいごじず】
■出筆時期:建治二年(西暦1276年) 五十五歳 御作。
■出筆場所:身延山 草庵。
■出筆の経緯:釈尊一代五十年の説法を五時(華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃)に分け図現化し、法華経こそ釈尊五十年の説法の究極であることを説きあかしている。
■ご真筆: 中山法華経寺 所蔵。
f0301354_08031971.jpg











※参照:建治元年(西暦1275年) 千葉県弘法寺所蔵の一代五時図(ご真筆)

[一代五時図(略本) 本文] ※注:より詳細な広本あり。

 竜樹菩薩造
大論に云く、十九出家浄飯王の太子 三十成道 悉達太子(※注:釈尊の幼名)  
 
 権大乗  ┌杜順法師  
      ┌六十巻┐   ├智儼法師 
  ┌華厳経┤   ├華厳宗┼法蔵大師 
  │   └八十巻┘   └法蔵大師 
  │     三七日          ┌世親菩薩
  │       ┌増一阿含経┐┌倶舎宗┴玄奘三蔵
  │    小乗経├中 阿含経┼┼成実宗 迦梨跋摩
  ├阿含経────┼長 阿含経┤└律 宗 道宣律師
  │    十二年└雑 阿含経┘ │    ┌二百五十戒  僧
  │               └─小乗戒┼五 百 戒  尼
  │                    ├五   戒  男女
  │                    └八 斎 戒  男女

  │         五巻  ┌瑜伽論 弥勒菩薩造   
  │       ┌深密経──┴唯識論 世親菩薩造   
  │    権大乗│                  ┌玄奘三蔵
  ├方等部────┤ 六十巻           法相宗┴慈恩大師
  │    三十年│大集経               ┌曇鸞法師
  │       │     ┌雙 巻 経        ├道綽禅師
  │       │浄土三部経┴観  経     浄土宗┼善導和尚
  │       │     └阿弥陀経        └法 然 房
  │       │大 日 経──七巻          ┌善無畏三蔵           

       ・
  │       │金剛頂経──三巻          ├金剛智三蔵
  │       │蘇悉地経──三巻          ├不空三蔵
  │       │               真言宗┼慧果和尚
  │       │                  ├弘法大師
  │       │                  ├慈覚大師
  │       │                  └智証大師   
  │       │     ┌四巻          ┌達摩大師   
  │       └楞 伽 経─┴十巻          ├慧可 
  │                          ├僧璨
  │                          ├道信
  │ 権大乗   ┌百論 提婆菩薩造       禅 宗┼求忍
  ├般 若────┼中論 竜樹菩薩造           └慧能
  │ 四十巻   ├十二門論 同              ┌興皇
  │       └大智度論 同         三論宗─嘉祥大師
  │                            └吉蔵

   無量義経 七十二歳(※注:釈尊成道後42年、霊鷲山で法華経を説く直前に説いた経:法華経の開経といわれてる) 
   「四十余年には未だ真実を顕さず。方便の力を以て四十余年には未だ真実を顕さず。無量無辺不可思 議阿僧祇劫を過れども終に無上菩提を成ずることを得ず。所以は何ん菩提の大直道を知らざるが故に険逕(けんけい)を行くは留難多きが故に。大直道を行くは留難無きが故に。
  
  │        ┌顕露宗
  │ 実大乗    ├最秘密宗
  ├法華経 ────┼仏立宗
  │ 八箇年     ├法華宗
  │         └天台宗

 (※以下妙法蓮華経の引用)
「世尊は法久しくして後に要(かならず)当に真実を説き給うべし。 正直に方便を捨てて但無上道を説く。 種種の道を示すと雖も其れ実には仏乗の為なり。 
 今此の三界は皆是れ我が有なり。 其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり。 而も今此の処は諸の患難多し。 唯我れ一人のみ能く救護を為す。 復教詔すと雖も而も信受せず。 若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則一切世間の仏種を断ぜん。 或は復ひん蹙して疑惑を懐かん。 汝当に此の人の罪報を説くことを聴くべし。 若しは仏の在世、若しは滅度の後、其れ斯の如き経典を誹謗すること有らん。 経を読誦し書持する有らん者を見て軽賎憎嫉し而も結恨を懐かん。 此の人の罪報を汝今復聴け。 其の人命終して阿鼻獄に入らん。 一劫を具足して劫尽きなば更(また)生じ、是の如く展転して無数劫に至らん。 此に於て死し已つて更に蟒(もう)身を受けん、其の形長大にして五百由旬ならん。 

 若し是の善男子善女人、我が滅度の後に能く竊(ひそか)に一人の為にも法華経の乃至一句を説かん。当に知るべし、是の人は則如来の使なり。 如来の所遣として如来の事を行ずるなり。 薬王若し悪人有つて不善の心を以て一劫の中に於て現に仏前に於て常に仏を毀罵(きめ)せん、其の罪尚軽し。 若人一の悪言を以て在家出家の法華経を読誦する者を毀呰せば其の罪甚だ重し。 薬王今汝に告ぐ、我が所説の諸経而も此の経の中に於て法華最も第一なり。我が所説の経典無量千万億にして已に説き今説き当に説かん而も其の中に於て 此の法華経最も為(これ)難信難解なり。 若し法師に親近せば、速かに菩薩の道を得ん。 是の師に随順して学せば恒沙の仏を見上(たてまつ)ることを得ん。

  爾の時に宝塔の中より大音声を出して歎めて言(のたま)わく、善哉善哉釈迦牟尼世尊能く平等大慧教菩薩法仏所護念の妙法華経を以て、大衆の為に説き給う。是の如し是の如し。釈迦牟尼世尊の所説の如きは皆是れ真実なり。諸余の経典数恒沙の如し。此等を説くと雖も未だ難しと為すに足らず。若し須弥を接つて他方無数の仏土に擲げ置かんも、亦未だ難しと為さず。若し仏の滅度に悪世の中に於て能く此の経を説かん、是れ則ち難しと為す。

 諸の無智の人の悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん。 我等皆当に忍ぶべし。悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い、我慢の心充満せん。或は阿練若に納衣にして空閑に在つて、自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賎する者有らん。利養に貪著するが故に白衣((ぎゃくえ)の与(ため)に法を説いて、世に恭敬せらるること六通の羅漢の如くならん。常に大衆の中に在つて我等を毀らんと欲する故に、国王大臣婆羅門居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて、是れ邪見の人外道の論議を説くと謂わん。濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん。 悪鬼其身に入つて我を罵詈し毀辱せん。濁世の悪比丘は仏の方便随宜所説の法を知らず、悪口して嚬蹙(ひんしゅく)し数数擯出(ひんずい)せられん。大神力を現し広長舌を出して、上梵世に至らしむる。諸仏も亦復是の如く広長舌を出し給う。
   
         ┌依法不依人文殊・普賢・観音・地蔵等、
               竜樹菩薩・善無畏・弘法・慈覚・法蔵・嘉祥・善導等なり。
    一日一夜 ├依義不依語   ┌観経等
  涅槃経───┼依智不依識   ├大日経等
    八十入滅 ├依了義経 法華経 ├深密経等
         └不依不了義経──┼華厳経等
                  └般若経等
  
     

[一代五時図(略本) 本文] 完。





by johsei1129 | 2019-10-28 22:20 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 27日

法華経に予知された末法の本仏としての御振舞いを明らかにした書【種種御振舞御書】七

[種種御振舞御書 本文] その七

 本よりご(期)せし事なれば三度・国をいさめんに・もちゐずば国をさるべしと、されば同五月十二日にかまくらを・いでて此の山に入る、同十月に大蒙古国よせて壱岐・対馬の二箇国を打ち取らるるのみならず、太宰府もやぶられて少弐入道・大友等ききに(聞逃)げににげ其の外の兵者(つわもの)ども其の事ともなく大体打たれぬ、又今度よせくるならば・いかにも此の国よはよはと見ゆるなり、仁王経には「聖人去る時は七難必ず起る」等云云、最勝王経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に乃至他方の怨賊来りて国人喪乱に遇わん」等云云、仏説まことならば此の国に一定悪人のあるを国主たつとませ給いて善人をあだませ給うにや、大集経に云く「日月明を現ぜず四方皆亢旱す是くの如く不善業の悪王悪比丘我が正法を毀壊(きえ)せん」云云、仁王経に云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説く、其の王別(わきま)えずして此の語を信聴せん是を破仏法破国の因縁と為す」等云云、法華経に云く「濁世の悪比丘」等云云、経文まことならば此の国に一定・悪比丘のあるなり、夫れ宝山には曲林をき(伐)る大海には死骸をとどめず、仏法の大海・一乗の宝山には五逆の瓦礫・四重の濁水をば入るれども誹謗の死骸と一闡提の曲林をば・をさめざるなり、されば仏法を習わん人・後世をねがはん人は法華誹謗をおそるべし。

 皆人をぼするやうは・いかでか弘法・慈覚等をそしる人を用うべきと、他人は・さてをきぬ安房の国の東西の人人は此の事を信ずべき事なり、眼前の現証ありいのもりの円頓房・清澄の西尭房・道義房・かたうみの実智房等はたうと(貴)かりし僧ぞかし、此等の臨終はいかんがありけんと尋ぬべし、これらはさてをきぬ、円智房は清澄の大堂にして三箇年が間一字三礼の法華経を我とかきたてまつりて十巻をそら(暗)にをぼへ、五十年が間一日一夜に二部づつよまれしぞかし、かれをば皆人は仏になるべしと云云、日蓮こそ念仏者よりも道義房と円智房とは無間地獄の底にをつべしと申したりしが此の人人の御臨終はよく候いけるか・いかに、日蓮なくば此の人人をば仏になりぬらんとこそおぼすべけれ、これをもつて・しろしめせ弘法・慈覚等はあさましき事どもはあれども弟子ども隠せしかば公家にもしらせ給はず末の代は・いよいよ・あを(仰)ぐなり、あらはす人なくば未来永劫までも・さであるべし、拘留外道は八百年ありて水となり、迦毘羅外道は一千年すぎてこそ其の失はあらわれしか。

 夫れ人身をうくる事は五戒の力による、五戒を持てる者をば二十五の善神これをまほる上同生同名と申して二つの天生れしよりこのかた左右のかた(肩)に守護するゆへに失なくて鬼神あだむことなし、しかるに此の国の無量の諸人なげきを・なすのみならず、ゆきつしまの両国の人・皆事にあひぬ太宰府又申すばかりなし、此の国はいかなるとがのあるやらん・しらまほほ(欲)しき事なり、一人・二人こそ失も・あるらめ・そこばく(若干)の人人いかん、これひとへに法華経をさぐ(下)る弘法・慈覚・智証等の末の真言師・善導・法然が末の弟子等・達磨等の人人の末の者ども国中に充満せり、故に梵釈・四天等の法華経の座の誓状のごとく頭破作七分の失にあてらるるなり。

 疑つて云く法華経の行者をあだむ者は頭破作七分ととかれて候に・日蓮房をそしれども頭もわれぬは日蓮房は法華経の行者にはあらざるかと申すは道理なりとをぼへ候はいかん、答えて云く日蓮を法華経の行者にてなしと申さば法華経をなげすてよとかける法然等・無明の辺域としるせる弘法大師・理同事勝と宣(のべ)たる善無畏・慈覚等が法華経の行者にてあるべきか、又頭破作七分と申す事はいかなる事ぞ刀をもてきるやうにわるるとしれるか、経文には如阿梨樹枝とこそとかれたれ、人の頭に七滴あり七鬼神ありて一滴食(くら)へば頭をいたむ三滴を食へば寿(いのち)絶えんとす七滴皆食えば死するなり、今の世の人人は皆頭阿梨樹の枝のごとくに・われたれども悪業ふかくして・しらざるなり、例せばてを(手負)おいたる人の或は酒にゑい或はね(寝)いりぬれば・をぼえざるが如し、又頭破作七分と申すは或は心破作七分とも申して頂の皮の底にある骨のひびた(響破)ふるなり、死ぬる時は・わるる事もあり、今の世の人人は去ぬる正嘉の大地震・文永の大彗星に皆頭われて候なり、其の頭のわれし時せひせひ(喘息)やみ・五臓の損ぜし時あかき(赤痢)腹をやみしなり、これは法華経の行者をそしりしゆへにあたりし罰とはしらずや。

 されば鹿は味ある故に人に殺され亀は油ある故に命を害せらる女人はみめ形よければ嫉む者多し、国を治る者は他国の恐れあり財有る者は命危(あやう)し法華経を持つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主此の経を持つ人をば強に嫉み候なり、此の魔王疫病の神の目にも見えずして人に付き候やうに古酒に人の酔い候如く国主父母妻子に付きて法華経の行者を嫉むべしと見えて候、少しも違わざるは当時の世にて候、日蓮は南無妙法蓮華経と唱うる故に二十余年所を追はれ二度まで御勘気を蒙り最後には此の山にこもる、此の山の体たらくは西は七面の山・東は天子のたけ(嶽)北は身延の山・南は鷹取の山・四つの山高きこと天に付き・さがしきこと飛鳥もとびがたし、中に四つの河あり所謂・富士河・早河・大白河・身延河なり、其の中に一町ばかり間(はざま)の候に庵室を結びて候、昼は日をみず夜は月を拝せず冬は雪深く夏は草茂り問う人希(まれ)なれば道をふ(踏)みわくることかたし、殊に今年は雪深くして人問うことなし命を期(ご)として法華経計りをたのみ奉り候に御音信ありがたく候、しらず釈迦仏の御使か過去の父母の御使かと申すばかりなく候、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。

 [種種御振舞御書 本文]完

by johsei1129 | 2019-10-27 17:43 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 27日

法華経に予知された末法の本仏としての御振舞いを明らかにした書【種種御振舞御書】 六

[種種御振舞御書 本文] その六

 又念仏者集りて僉議す、かう(斯)てあらんには我等かつえし(餓死)ぬべし・いかにもして此の法師を失はばや、既に国の者も大体つきぬ・いかんがせん、念仏者の長者の唯(ゆい)阿弥陀仏・持斎の長者の性諭房・良観が弟子の道観等・鎌倉に走り登りて武蔵守殿に申す、此の御房・島に候ものならば堂塔一宇も候べからず僧一人も候まじ、阿弥陀仏をば或は火に入れ或は河にながす、夜もひるも高き山に登りて日月に向つて大音声を放つて上(かみ)を呪咀し奉る、其の音声・一国に聞ふと申す、武蔵前司殿・是をきき上(かみ)へ申すまでもあるまじ、先ず国中のもの日蓮房につくならば或は国をお(逐)ひ或はろうに入れよと私の下知を下す、又下文(くだしぶみ)下るかくの如く三度其の間の事申さざるに心をもて計りぬべし、或は其の前をとをれりと云うて・ろうに入れ或は其の御房に物をまいら(進)せけりと云うて国をおひ或は妻子をとる、かくの如くして上へ此の由を申されければ案に相違して去る文永十一年二月十四日の御赦免の状・同三月八日に島につきぬ、念仏者等・僉議して云く此れ程の阿弥陀仏の御敵・善導和尚・法然上人をの(罵)るほどの者が・たまたま御勘気を蒙りて此の島に放されたるを御赦免あるとてい(生)けて帰さんは心う(憂)き事なりと云うて、やうやうの支度ありしかども何(いか)なる事にや有りけん、思はざるに順風吹き来りて島をば・たちしかばあはい(間合)あしければ百日・五十日にもわたらず、順風には三日なる所を須臾(しばらく)の間に渡りぬ、越後のこう(国府)・信濃の善光寺の念仏者・持斎・真言等は雲集して僉議す、島の法師原は今まで・いけてかへ(還)すは人かつたい(乞丐)なり、我等はいかにも生身の阿弥陀仏の御前をば・とを(通)すまじと僉議せしかども、又越後のこうより兵者(つわもの)ども・あまた日蓮にそ(添)ひて善光寺をとをりしかば力及ばず、三月十三日に島を立ちて同三月二十六日に鎌倉へ打ち入りぬ。

 同四月八日平左衛門尉に見参しぬ、さき(前)には・にるべくもなく威儀を和らげて・ただ(正)しくする上・或る入道は念仏をとふ・或る俗は真言をとふ・或る人は禅をとふ・平左衛門尉は爾前得道の有無をとふ・一一に経文を引いて申しぬ、平の左衛門尉は上(かみ)の御使の様にて大蒙古国はいつか渡り候べきと申す、日蓮答えて云く今年は一定なりそれにとつては日蓮已前より勘へ申すをば御用ひなし、譬えば病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし、真言師だにも調伏するならば弥よ此の国軍(いくさ)にま(負)くべし・穴賢穴賢、真言師・総じて当世の法師等をもつて御祈り有るべからず・各各は仏法をしらせ給うておわさばこそ申すともしらせ給はめ、又何(いか)なる不思議にやあるらん他事には・ことにして日蓮が申す事は御用いなし、後に思い合せさせ奉らんが為に申す隠岐法皇は天子なり権大夫殿は民ぞかし、子の親をあだまんをば天照太神うけ給いなんや、所従が主君を敵とせんをば正八幡は御用いあるべしや、いかなりければ公家はまけ給いけるぞ、此れは偏に只事にはあらず弘法大師の邪義・慈覚大師・智証大師の僻見をまことと思いて叡山・東寺・園城寺の人人の鎌倉をあだみ給いしかば還著於本人とて其の失(とが)還つて公家はまけ給いぬ、武家は其の事知らずして調伏も行はざればかちぬ今又かくの如くなるべし、ゑぞ(蝦夷)は死生不知のもの安藤五郎は因果の道理を弁えて堂塔多く造りし善人なり、いかにとして頚をば・ゑぞに・とられぬるぞ、是をもつて思うに此の御房たちだに御祈あらば入道殿・事にあひ給いぬと覚え候、あなかしこ・あなかしこ・さ・いはざりけると・おほせ候なと・したたか(剛強)に申し付け候いぬ。

 さてかへりき(聞)きしかば同四月十日より阿弥陀堂法印に仰付られて雨の御いのりあり、此の法印は東寺第一の智人・をむろ(御室)等の御師・弘法大師・慈覚大師・智証大師の真言の秘法を鏡にかけ天台・華厳等の諸宗を・みな胸にうかべたり、それに随いて十日よりの祈雨に十一日に大雨下(ふ)りて風ふかず雨しづかにて一日一夜ふりしかば・守殿御感のあまりに金三十両むまやうやうの御ひきで物ありと・きこふ、鎌倉中の上下・万人・手をたたき口をすく(蹙)めてわらうやうは日蓮ひが法門申して・すでに頚をきられんとせしが・とかう(左右)してゆ(免)りたらば・さではなくして念仏・禅をそしるのみならず、真言の密教なんどをも・そしるゆへに・かかる法のしるし(験)めでたしと・ののしりしかば、日蓮が弟子等けう(興)さめて・これは御あら義と申せし程に・日蓮が申すやうはしばしまて弘法大師の悪義まことにて国の御いのりとなるべくば隠岐法皇こそ・いくさにかち給はめ、をむろ最愛の児(ちご)せいたか(勢多迦)も頚をきられざるらん、弘法の法華経を華厳経にをとれりとかける状は十住心論と申す文(ふみ)にあり、寿量品の釈迦仏をば凡夫なりとしるされたる文は秘蔵宝鑰に候、天台大師をぬす人とかける状は二教論にあり、一乗法華経をとける仏をば真言師のはきもの(履)とりにも及ばずとかける状は正覚房が舎利講の式にあり、かかる僻事を申す人の弟子・阿弥陀堂の法印が日蓮にかつならば竜王は法華経のかたきなり、梵釈・四王にせめられなん子細ぞあらんずらんと申せば、弟子どものいはく・いかなる子細のあるべきぞとをこつき(嘲笑)し程に、日蓮云く善無畏も不空も雨のいのりに雨はふりたりしかども大風吹きてありけるとみゆ、弘法は三七日すぎて雨をふらしたり、此等は雨ふらさぬがごとし、三七・二十一日にふらぬ雨やあるべき設いふりたりとも・なんの不思議かあるべき、天台のごとく千観なんどのごとく一座なんど・こそたう(尊)とけれ、此れは一定やう(様)あるべしと・いゐもあはせず大風吹来る、大小の舎宅・堂塔・古木・御所等を或は天に吹きのぼせ或は地に吹き入れ、そらには大なる光り物とび地には棟梁みだれたり、人人をも・ふきころし牛馬ををくたふれぬ、悪風なれども秋は時なれば・なをゆるすかたもあり此れは夏四月なり、其の上日本国にはふかず但関東・八箇国なり八箇国にも武蔵・相模の両国なり両国の中には相州につよくふく、相州にも・かまくら・かまくらにも御所・若宮・建長寺・極楽寺等につよくふけり、ただ事ともみへず・ひとへにこのいのりの・ゆへにやと・おぼへて・わらひ口すくめせし人人も・けう(興)さめてありし上我が弟子どももあら不思議やと舌をふるう。

[種種御振舞御書 本文] その七に続く




by johsei1129 | 2019-10-27 17:31 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 27日

法華経に予知された末法の本仏としての御振舞いを明らかにした書【種種御振舞御書】 五

[種種御振舞御書 本文] その五

 かくて・すごす程に庭には雪つもりて・人もかよはず堂にはあらき風より外は・をとづるるものなし、眼には止観・法華をさらし口には南無妙法蓮華経と唱へ夜は月星に向ひ奉りて諸宗の違目と法華経の深義を談ずる程に年もかへりぬ、いづく(何処)も人の心のはかなさは佐渡の国の持斎・念仏者の唯阿弥陀仏・生喩房・印性房・慈道房等の数百人より合いて僉議すと承る、聞ふる阿弥陀仏の大怨敵・一切衆生の悪知識の日蓮房・此の国にながされたり・なにとなくとも此の国へ流されたる人の始終い(活)けらるる事なし、設ひいけらるるとも・かへ(帰)る事なし、又打ちころしたりとも御とがめなし、塚原と云う所に只一人ありいかにがう(剛)なりとも力つよくとも人なき処なれば集りていころ(射殺)せかしと云うものもありけり、又なにとなくとも頚を切らるべかりけるが守殿の御台所の御懐妊なれば・しばらくきられず終には一定ときく、又云く六郎左衛門尉殿に申してきらずんば・はからうべしと云う、多くの義の中に・これについて守護所に数百人集りぬ、六郎左衛門尉云く上(かみ)より殺しまうすまじき副状下りてあなづるべき流人にはあらず、あやまちあるならば重連が大なる失なるべし、それよりは只法門にてせめよかしと云いければ念仏者等・或は浄土の三部経・或は止観・或は真言等を小法師等が頚にかけさせ或はわき(腋)にはさ(挟)ませて正月十六日にあつまる、佐渡の国のみならず越後・越中・出羽・奥州・信濃等の国国より集れる法師等なれば塚原の堂の大庭・山野に数百人・六郎左衛門尉・兄弟一家さならぬもの百姓の入道等かずをしらず集りたり、念仏者は口口に悪口をなし真言師は面面に色を失ひ天台宗ぞ勝つべきよしを・ののしる、在家の者どもは聞ふる阿弥陀仏のかたきよと・ののしり・さわぎ・ひびく事・震動雷電の如し、日蓮は暫らく・さはがせて後・各各しづまらせ給へ・法門の御為にこそ御渡りあるらめ悪口等よしなしと申せしかば・六郎左衛門を始めて諸人然るべしとて悪口せし念仏者をば・そくび(素首)をつ(突)きいだしぬ、さて止観・真言・念仏の法門一一にかれが申す様を・でつしあ(牒揚)げて承伏せさせては・ちやうとはつ(詰)めつめ・一言二言にはすぎず、鎌倉の真言師・禅宗・念仏者・天台の者よりも・はかなきものどもなれば只思ひやらせ給へ、利剣をもて・うり(瓜)をきり大風の草をなびかすが如し、仏法のおろかなる・のみならず或は自語相違し或は経文をわすれて論と云ひ釈をわすれて論と云ふ、善導が柳より落ち弘法大師の三鈷(こ)を投(なげ)たる大日如来と現じたる等をば或は妄語或は物にくるへる処を一一にせめたるに、或は悪口し或は口を閉ぢ或は色を失ひ或は念仏ひが(僻)事なりけりと云うものもあり、或は当座に袈裟・平念珠をすてて念仏申すまじきよし誓状を立つる者もあり。

 皆人立ち帰る程に六郎左衛門尉も立ち帰る一家の者も返る、日蓮不思議一(ひとつ)云はんと思いて六郎左衛門尉を大庭よりよび返して云くいつか鎌倉へのぼり給うべき、かれ答えて云く下人共に農せさせて七月の比(ころ)と云云、日蓮云く弓箭(や)とる者は・ををやけの御大事にあひて所領をも給わり候をこそ田畠つくるとは申せ、只今いくさのあらんずるに急ぎうちのぼり高名して所知を給らぬか、さすがに和殿原はさがみの国には名ある侍ぞかし、田舎にて田つくり・いくさに・はづ(外)れたらんは恥なるべしと申せしかば・いかにや思いけめあはて(急遽)てものもいはず、念仏者・持斎・在家の者どもも・なにと云う事ぞやと恠(あや)しむ。

 さて皆帰りしかば去年の十一月より勘えたる開目抄と申す文二巻造りたり、頚切(くびきら)るるならば日蓮が不思議とどめんと思いて勘えたり、此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし、譬へば宅(いえ)に柱なければ・たもたず人に魂なければ死人なり、日蓮は日本の人の魂なり平左衛門既に日本の柱をたを(倒)しぬ、只今世乱れてそれともなく・ゆめの如くに妄語出来して此の御一門どしうちして後には他国よりせめらるべし、例せば立正安国論に委しきが如し、かやうに書き付けて中務三郎左衛門尉が使にとらせぬ、つきたる弟子等もあらぎ(強義)かなと思へども力及ばざりげにてある程に、二月の十八日に島に船つく、鎌倉に軍(いくさ)あり京にもあり・そのやう申す計りなし、六郎左衛門尉・其の夜にはやふね(早舟)をもつて一門相具してわたる日蓮にたな心を合せて・たすけさせ給へ、去る正月十六日の御言(おんことば)いかにやと此程疑い申しつるに・いくほどなく三十日が内にあひ候いぬ、又蒙古国も一定渡り候いなん、念仏無間地獄も一定にてぞ候はんずらん永く念仏申し候まじと申せしかば、いかに云うとも相模守殿等の用ひ給はざらんには日本国の人用うまじ用ゐずば国必ず亡ぶべし、日蓮は幼若の者なれども法華経を弘むれば釈迦仏の御使(おんつかい)ぞかし、わづかの天照太神・正八幡なんどと申すは此の国には重けれども梵釈・日月・四天に対すれば小神ぞかし、されども此の神人なんどをあやま(過)ちぬれば只の人を殺せるには七人半なんど申すぞかし、太政入道・隠岐法皇等のほろび給いしは是なり、此れはそれにはにるべくもなし教主釈尊の御使なれば天照太神・正八幡宮も頭をかたぶ(傾)け手を合せて地に伏し給うべき事なり、法華経の行者をば梵釈・左右に侍(はんべ)り日月・前後を照し給ふ、かかる日蓮を用いぬるともあし(悪)くうやま(敬)はば国亡ぶべし、何に況や数百人ににくませ二度まで流しぬ、此の国の亡びん事疑いなかるべけれども且く禁をなして国をたすけ給へと日蓮がひかうればこそ今までは安穏にありつれども・はう(法)に過ぐれば罰あたりぬるなり、又此の度も用ひずば大蒙古国より打手を向けて日本国ほろぼさるべしただ平左衛門尉が好むわざわひなり、和殿原とても此の島とても安穏なるまじきなりと申せしかば、あさましげにて立帰りぬ、さて在家の者ども申しけるは・此の御房は神通の人にてましますか・あらおそろし・おそろし、今は念仏者をも・やしなひ持斎をも供養すまじ、念仏者・良観が弟子の持斎等が云く此の御房は謀叛の内に入りたりけるか、さて且くありて世間しづまる。

[種種御振舞御書 本文] その六に続く





by johsei1129 | 2019-10-27 17:07 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 27日

法華経に予知された末法の本仏としての御振舞いを明らかにした書【種種御振舞御書】 四

[種種御振舞御書 本文] その四

 其の夜は十三日・兵士(つわもの)ども数十人・坊の辺り並びに大庭になみゐ(並居)て候いき、九月十三日の夜なれば月・大に・はれてありしに夜中に大庭に立ち出でて月に向ひ奉りて・自我偈少少よみ奉り諸宗の勝劣・法華経の文のあらあら申して抑(そもそも)今の月天は法華経の御座に列りまします名月天子ぞかし、宝塔品にして仏勅をうけ給い嘱累品にして仏に頂をな(摩)でられまいらせ「世尊の勅(みことのり)の如く当に具に奉行すべし」と誓状をたてし天ぞかし、仏前の誓は日蓮なくば虚(むなし)くてこそをはすべけれ、今かかる事出来せばいそぎ悦びをなして法華経の行者にも・かはり仏勅をも・はたして誓言のしるしをばとげさせ給うべし、いかに今しるしのなきは不思議に候ものかな、何(いか)なる事も国になくしては鎌倉へもかへらんとも思はず、しるしこそなくとも・うれしがをにて澄(すみ)渡らせ給うはいかに、大集経には「日月明を現ぜず」ととかれ、仁王経には「日月度を失う」とかかれ、最勝王経には「三十三天各瞋恨(しんこん)を生ず」とこそ見え侍るに・いかに月天いかに月天とせめしかば、其のしるしにや天(そら)より明星の如くなる大星下りて前の梅の木の枝に・かかりてありしかば・もののふども皆えん(縁)より・とびをり或は大庭にひれふ(平伏)し或は家のうしろへにげぬ、やがて即ち天(そら)かきくもりて大風吹き来りて江の島のなるとて空(そら)のひびく事・大なるつづみを打つがごとし。

 夜明(あく)れば十四日卯の時に十郎入道と申すもの来りて云く・昨日の夜の戌の時計りにかうどの(守殿)に大なるさわぎあり、陰陽師(おんようし)を召して御うらなひ候へば申せしは大に国みだれ候べし・此の御房御勘気のゆへなり、いそぎいそぎ召しかえさずんば世の中いかが候べかるらんと申せば、ゆりさせ給へ候と申す人もあり、又百日の内に軍(いくさ)あるべしと申しつれば・それを待つべしとも申す、依智(えち)にして二十余日・其の間鎌倉に或は火をつくる事・七八度・或は人をころす事ひまなし、讒言の者共の云く日蓮が弟子共の火をつくるなりと、さもあるらんとて日蓮が弟子等を鎌倉に置くべからずとて二百六十余人しる(記)さる、皆遠島へ遣(つかわ)すべしろう(牢)にある弟子共をば頚をはねらるべしと聞ふ、さる程に火をつくる等は持斎念仏者が計事なり其の余はしげければかかず。

 同十月十日に依智を立つて同十月二十八日に佐渡の国へ著(つき)ぬ、十一月一日に六郎左衛門が家のうしろ塚原と申す山野の中に洛陽の蓮台野のやうに死人を捨つる所に一間四面なる堂の仏もなし、上はいたま(板間)あはず四壁はあばらに雪ふりつもりて消ゆる事なし、かかる所にしきがは打ちしき蓑うちきて夜をあかし日をくらす、夜は雪雹(ゆきあられ)雷電(いなずま)ひまなし昼は日の光もささせ給はず心細かるべきすまゐ(住居)なり、彼の李陵が胡国に入りてがんくつ(巌崛)にせめられし法道三蔵の徽宗皇帝にせめられて面にかなやきをさされて江南にはなたれしも只今とおぼゆ、あらうれしや檀王は阿私仙人にせめられて法華経の功徳を得給いき、不軽菩薩は上慢の比丘等の杖にあたりて一乗の行者といはれ給ふ、今日蓮は末法に生れて妙法蓮華経の五字を弘めてかかるせめ(責)にあへり、仏滅度後・二千二百余年が間・恐らくは天台智者大師も一切世間多怨難信の経文をば行じ給はず数数見擯出の明文は但日蓮一人なり、一句一偈・我皆与授記は我なり阿耨多羅三藐三菩提は疑いなし、相模守殿こそ善知識よ平左衛門こそ提婆達多よ念仏者は瞿伽利尊者・持斎等は善星比丘なり、在世は今にあり今は在世なり、法華経の肝心は諸法実相と・とかれて本末究竟等との(宣)べられて候は是なり、摩訶止観第五に云く「行解既に勤めぬれば三障・四魔・紛然として競い起る」文、又云く「猪の金山を摺り衆流の海に入り薪の火を熾(さかん)にし風の求羅を益すが如きのみ」等云云、釈の心は法華経を教のごとく機に叶ひ時に叶うて解行すれば七つの大事出来す、其の中に天子魔とて第六天の魔王或は国主或は父母或は妻子或は檀那或は悪人等について或は随つて法華経の行をさ(支)え或は違してさうべき事なり、何れの経をも行ぜよ仏法を行ずるには分分に随つて留難あるべし、其の中に法華経を行ずるには強盛にさうべし、法華経を・をしへの如く時機に当つて行ずるには殊に難あるべし、故に弘決の八に云く「若し衆生生死を出でず仏乗を慕わずと知れば魔・是の人に於て猶親の想(おもい)を生(な)す」等云云、釈の心は人・善根を修すれども念仏・真言・禅・律等の行をなして法華経を行ぜざれば魔王親のおもひをなして人間につきて其の人をもてなし供養す世間の人に実(まこと)の僧と思はせんが為なり、例せば国主のたと(尊)む僧をば諸人供養するが如し、されば国主等のかたきにするは既に正法を行ずるにてあるなり、釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうどよりも強敵が人をば・よくなしけるなり、眼前に見えたり此の鎌倉の御一門の御繁昌は義盛と隠岐法皇ましまさずんば争か日本の主となり給うべき、されば此の人人は此の御一門の御ためには第一のかたうどなり、日蓮が仏にならん第一のかたうどは景信・法師には良観・道隆・道阿弥陀仏と平左衛門尉・守殿ましまさずんば争か法華経の行者とはなるべきと悦ぶ。

[種種御振舞御書 本文] その五に続く




by johsei1129 | 2019-10-27 16:53 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)