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日蓮大聖人『御書』解説

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カテゴリ:重要法門(十大部除く)( 160 )


2019年 10月 22日

十方世界の諸仏は法華経寿量品を師として仏になったと明した書【法蓮抄】三

[法蓮抄 本文] その三
彼の諷誦(ふうじゅ)に云く「慈父閉眼の朝より第十三年の忌辰に至るまで釈迦如来の御前に於て自ら自我偈一巻を読誦し奉りて聖霊に回向す」等云云、当時日本国の人仏法を信じたるやうには見へて候へども古(いにしえ)いまだ仏法のわたらざりし時は仏と申す事も法と申す事も知らず候しを守屋と上宮太子と合戦の後信ずる人もあり又信ぜざるもあり、漢土も此くの如し摩騰・漢土に入つて後・道士と諍論あり道士まけしかば始て信ずる人もありしかども不信の人多し、されば烏竜(おりょう)と申せし能書は手跡の上手なりしかば人之を用ゆ、然れども仏経に於てはいかなる依怙(たのみ)ありしかども書かず最後臨終の時・子息遺竜(いりょう)を召して云く汝我が家に生れて芸能をつぐ我が孝養には仏経を書くべからず殊に法華経を書く事なかれ、我が本師の老子は天尊なり天に二つの日なし而(しかる)に彼の経に唯我一人と説くきくわい(奇怪)第一なり、若し遺言を違へて書く程ならば忽に悪霊となりて命を断つべしと云つて舌八つにさけて頭(こうべ)七分に破れ五根より血を吐いて死し畢んぬ、されども其の子善悪を弁へざれば我が父の謗法のゆへに悪相現じて阿鼻地獄に堕ちたりともしらず遺言にまかせて仏経を書く事なし況や口に誦(ず)する事あらんをや、かく過ぎ行く程に時の王を司馬氏と号し奉る御仏事のありしに書写の経あるべしとて漢土第一の能書を尋ねらるるに遺竜に定まりぬ、召して仰せ付けらるるに再三辞退申せしかば力及ばずして他筆にて一部の経を書かせられけるが、帝王心よからず尚遺竜を召して仰せに云く汝親の遺言とて朕が経を書かざる事其の謂(いわれ)無しと雖も且く之を免ず但題目計りは書くべしと三度勅定あり、遺竜猶辞退申す大王竜顔心よからずして云く天地尚王の進退なり、然らば汝が親は即ち我が家人にあらずや、私をもつて公事を軽んずる事あるべからず、題目計りは書くべし若し然らずんば、仏事の庭なりといへども速に汝が頭を刎ぬべしとありければ題目計り書けり、所謂妙法蓮華経巻第一・乃至巻第八等云云、其の暮(たそがれ)に私宅に帰りて歎いて云く我親の遺言を背き王勅術(すべ)なき故に仏経を書きて不孝の者となりぬ天神も地祇も定んで瞋り不孝の者とおぼすらんとて寝(いぬ)る、夜の夢の中に大光明出現せり朝日の照すかと思へば天人一人庭上に立ち給へり又無量の眷属あり、此の天人の頂上の虚空に仏・六十四仏まします、遺竜・合掌して問うて云く如何なる天人ぞや、答えて云く我は是れ汝が父の烏竜(おりゅう)なり仏法を謗ぜし故に舌八つにさけ五根より血を出し頭七分に破れて無間地獄に堕ちぬ、彼の臨終の大苦をこそ堪忍すべしともおぼへざりしに無間の苦は尚百千億倍なり、人間にして鈍刀をもて爪をはなち鋸をもて頚をきられ炭火の上を歩(あゆ)ばせ棘にこ(籠)められなんどせし人の苦を此の苦にたとへば・かずならず、如何(いかに)してか我が子に告げんと思いしかどもかなはず、臨終の時・汝を誡(いましめ)て仏経を書くことなかれと遺言せし事のくやしさ申すばかりなし、後悔先にたたず我が身を恨み舌をせめしかども・かひなかりしに昨日の朝より法華経の始の妙の一字・無間地獄のかなへ(鼎)の上に飛び来つて変じて金色の釈迦仏となる、此の仏三十二相を具し面貌(めんみょう)満月の如し、大音声を出して説て云く「仮令法界に遍く善を断ちたる諸の衆生も一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜん」云云、此の文字の中より大雨降りて無間地獄の炎をけす閻魔王は冠をかたぶけて敬ひ獄卒は杖をすてて立てり、一切の罪人はいかなる事ぞとあはて(周章)たり、又法の一字来れり前の如し又蓮・又華・又経・此くの如し六十四字来つて六十四仏となりぬ、無間地獄に仏・六十四体ましませば日月の六十四が天(そら)に出たるごとし、天より甘露をくだして罪人に与ふ、抑此等の大善は何(いか)なる事ぞと罪人等仏に問い奉りしかば六十四の仏の答に云く我等が金色の身は栴檀宝山(ほうざん)よりも出現せず是は無間地獄にある烏竜が子の遺竜が書ける法華経八巻の題目の八八・六十四の文字なり、彼の遺竜が手は烏竜が生める処の身分なり、書ける文字は烏竜が書くにてあるなりと説き給いしかば無間地獄の罪人等は我等も娑婆にありし時は子もあり婦(つま)もあり眷属もありき、いかに・とぶらはぬやらん又訪へども善根の用の弱くして来らぬやらんと歎けども歎けども甲斐なし、或は一日・二日・一年二年・半劫・一劫になりぬるにかかる善知識にあひ奉つて助けられぬるとて我等も眷属となりてとう利天にのぼるか、先ず汝をおがまんとて来るなりとかたりしかば、夢の中にうれしさ身にあまりぬ、別れて後又いつの世にか見んと思いし親のすがたをも見奉り仏をも拝し奉りぬ、六十四仏の物語に云く我等は別の主なし汝は我等が檀那なり、今日よりは汝を親と守護すべし汝をこたる事なかれ、一期の後は必ず来つて都率の内院へ導くべしと御約束ありしかば遺竜ことに畏(かしこ)みて誓いて云く今日以後外典の文字を書く可からず等云云、彼の世親菩薩が小乗経を誦せじと誓い日蓮が弥陀念仏を申さじと願(がん)せしがごとし、さて夢さめて此の由を王に申す、大王の勅宣に云く此の仏事已に成じぬ此の由を願文に書き奉れとありしかば勅宣の如くにし、さてこそ漢土・日本国は法華経にはならせ給いけれ、此の状は漢土の法華伝記に候。

 是は書写の功徳なり、五種法師の中には書写は最下の功徳なり、何に況や読誦なんど申すは無量無辺の功徳なり。今の施主・十三年の間・毎朝読誦せらるる自我偈の功徳は唯仏与仏・乃能究尽なるべし。

 夫れ法華経は一代聖教の骨髄なり自我偈は二十八品のたましひなり、三世の諸仏は寿量品を命とし十方の菩薩も自我偈を眼目とす、自我偈の功徳をば私に申すべからず次下に分別功徳品に載せられたり、此の自我偈を聴聞して仏になりたる人人の数をあげて候には小千・大千・三千世界の微塵の数をこそ・あげて候へ
、其の上薬王品已下の六品得道のもの自我偈の余残なり。
 涅槃経四十巻の中に集りて候いし五十二類にも自我偈の功徳をこそ仏は重ねて説かせ給いしか。されば初め寂滅道場に十方世界微塵数の大菩薩・天人等・雲の如くに集りて候いし大集・大品の諸聖も大日経・金剛頂経等の千二百余尊も過去に法華経の自我偈を聴聞してありし人人、信力よはくして三五の塵点(じんでん)を経しかども今度・釈迦仏に値い奉りて法華経の功徳すすむ故に霊山をまたずして爾前の経経を縁として得道なると見えたり。

 されば十方世界の諸仏は自我偈を師として仏にならせ給う世界の人の父母の如し、今法華経・寿量品を持つ人は諸仏の命を続ぐ人なり、我が得道なりし経を持つ人を捨て給う仏あるべしや、若し此れを捨て給はば仏還つて我が身を捨て給うなるべし、これを以て思うに田村利仁(としひと)なんどの様なる兵(つわもの)を三千人生みたらん女人あるべし、此の女人を敵とせん人は此の三千人の将軍をかたきに・うくるにあらずや、法華経の自我偈を持つ人を敵とせんは三世の諸仏を敵とするになるべし、今の法華経の文字は皆生身の仏なり我等は肉眼なれば文字と見るなり、たとへば餓鬼は恒河を火と見る・人は水と見・天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別なり、此の法華経の文字は盲目の者は之を見ず肉眼は黒色と見る二乗は虚空と見・菩薩は種種の色と見・仏種・純熟せる人は仏と見奉る、されば経文に云く「若し能く持つこと有るは・即ち仏身を持つなり」等云云、天台の云く「稽首妙法蓮華経一帙・八軸・四七品・六万九千三八四・一一文文・是真仏・真仏説法利衆生」等と書かれて候。

之を以て之を案ずるに法蓮法師は毎朝口より金色の文字を出現す此の文字の数は五百十字なり、一一の文字変じて日輪となり日輪変じて釈迦如来となり大光明を放つて大地をつきとをし三悪道・無間大城を照し乃至東西南北・上方に向つては非想・非非想へものぼりいかなる処にも過去聖霊のおはすらん処まで尋ね行き給いて彼の聖霊に語り給うらん、我をば誰とか思食(おぼしめ)す我は是れ汝が子息・法蓮が毎朝誦する所の法華経の自我偈の文字なり、此の文字は汝が眼とならん耳とならん足とならん手とならんとこそ・ねんごろに語らせ給うらめ、其の時・過去聖霊は我が子息・法蓮は子にはあらず善知識なりとて娑婆世界に向つておがませ給うらん、是こそ実の孝養にては候なれ。

 抑法華経を持つと申すは経は一なれども持つ事は時に随つて色色なるべし、或は身肉をさひて師に供養して仏になる時もあり、又身を牀(ゆか)として師に供養し又身を薪となし、又此の経のために杖木をかほり又精進し又持戒し上の如くすれども仏にならぬ時もあり時に依つて不定なるべし、されば天台大師は適時而已と書かれ、章安大師は「取捨得宜不可一向」等云云。

 問うて云く何なる時か身肉を供養し何なる時か持戒なるべき、答えて云く智者と申すは此くの如き時を知りて法華経を弘通するが第一の秘事なり、たとへば渇者(かっしゃ)は水こそ用うる事なれ弓箭兵杖はよしなし、裸(はだか)なる者は衣を求む水は用なし一をもつて万を察すべし、大鬼神ありて法華経を弘通せば身を布施すべし余の衣食は詮なし、悪王あつて法華経を失わば身命をほろぼすとも随うべからず、持戒精進の大僧等・法華経を弘通するやうにて而も失うならば是を知つて責むべし、法華経に云く「我身命を愛せず但(た)だ無上道を惜しむ」云云、涅槃経に云く「寧ろ身命を喪うとも終に王の所説の言教を匿さざれ」等云云、章安大師の云く「寧喪身命不匿教とは身は軽く法は重し身を死して法を弘む」等云云。

 然るに今日蓮は外見の如くば日本第一の僻人なり我が朝六十六箇国・二の島の百千万億の四衆・上下万人に怨まる、仏法・日本国に渡つて七百余年いまだ是程(これほど)に法華経の故に諸人に悪まれたる者なし、月氏・漢土にもありとも・きこえず又あるべしとも・おぼへず、されば一閻浮提第一の僻人ぞかし、かかるものなれば上には一朝の威を恐れ下には万民の嘲(あざけり)を顧みて親類もとぶらはず外人は申すに及ばず出世の恩のみならず世間の恩を蒙りし人も諸人の眼を恐れて口をふさがんためにや心に思はねども・そしるよしをなす、数度事にあひ両度御勘気を蒙りしかば我が身の失に当るのみならず、行通(ゆきこう)人人の中にも或は御勘気或は所領をめされ或は御内(みうち)を出され或は父母兄弟に捨てらる、されば付きし人も捨てはてぬ今又付く人もなし、殊に今度の御勘気には死罪に及ぶべきがいかが思はれけん佐渡の国につかはされしかば彼の国へ趣く者は死は多く生は稀なり、からくして行きつきたりしかば殺害・謀叛の者よりも猶重く思はれたり、鎌倉を出でしより日日に強敵かさなるが如し、ありとある人は念仏の持者なり、野を行き山を行くにもそばひら(岨坦)の草木の風に随つてそよめく声も、かたきの我を責むるかとおぼゆ、やうやく国にも付きぬ北国の習なれば冬は殊に風はげしく雪ふかし衣(ころも)薄く食とも(乏)し、根を移されし橘の自然にからたち(枳)となりけるも身の上につみしられたり、栖にはおばな(尾花)かるかや(苅萱)おひしげれる野中の三昧ばらにおちやぶれたる草堂の上は雨もり壁は風もたまらぬ傍(あたり)に昼夜・耳に聞く者はまくら(枕)にさゆる風の音、朝に眼に遮(さえぎ)る者は遠近(おちこち)の路を埋む雪なり、現身に餓鬼道を経・寒地獄に堕ちぬ、彼の蘇武が十九年の間・胡国に留められて雪を食し李陵が巌窟に入つて六年蓑をきて・すごしけるも我が身の上なりき。

 今適(たまたま)御勘気ゆりたれども鎌倉中にも且くも身をやどし迹を・とどむべき処なければ・かかる山中の石(いわ)のはざま(間)松の下に身を隠し心を静むれども大地を食とし草木を著ざらんより外は食もなく衣(ころも)も絶えぬる処にいかなる御心ねにてかくかきわ(掻分)けて御訪(とい)のあるやらん、知らず過去の我が父母の御神(みたましい)の御身に入りかはらせ給うか、又知らず大覚世尊の御めぐみにや・あるらん涙こそ・おさへがたく候へ。

 問うて云く抑正嘉の大地震・文永の大彗星を見て自他の叛逆・我が朝に法華経を失う故としらせ給うゆへ如何、答えて云く此の二の天災・地夭は外典三千余巻にも載せられず三墳・五典・史記等に記する処の大長星・大地震は或は一尺二尺・一丈二丈・五丈六丈なりいまだ一天には見へず地震も又是くの如し、内典を以て之を勘うるに仏御入滅・已後はかかる大瑞出来せず、月支には弗沙密多羅王の五天の仏法を亡し十六大国の寺塔を焼き払い僧尼の頭をはねし時もかかる瑞はなし、漢土には会昌(えしょう)天子の寺院・四千六百余所をとどめ僧尼・二十六万五百人を還俗せさせし時も出現せず、我が朝には欽明の御宇に仏法渡りて守屋・仏法に敵せしにも清盛法師・七大寺を焼き失い山僧等・園城寺を焼亡(しょうもう)せしにも出現せざる大彗星なり。

 当に知るべし是よりも大事なる事の一閻浮提の内に出現すべきなりと勘えて立正安国論を造りて最明寺入道殿に奉る、彼の状に云く詮取此の大瑞は他国より此の国をほろぼすべき先兆なり、禅宗・念仏宗等が法華経を失う故なり、彼の法師原が頚をきりて鎌倉ゆゐ(由比)の浜にすてずば国正に亡ぶべし等云云、其の後文永の大彗星の時は又手ににぎりて之を知る、去文永八年九月十二日の御勘気の時重ねて申して云く予は日本国の棟梁なり我を失うは国を失うなるべしと今は用いまじけれども後のためにとて申しにき、又去年の四月八日に平左衛門尉に対面の時蒙古国は何比(いつごろ)かよせ候べきと問うに、答えて云く経文は月日をささず但し天眼のいかり頻りなり今年をばすぐべからずと申したりき、是等は如何にして知るべしと人疑うべし予不肖の身なれども法華経を弘通する行者を王臣人民之を怨む間法華経の座にて守護せんと誓をなせる地神いかりをなして身をふるひ天神身より光を出して此の国をおどす、いかに諌むれども用いざれば結局は人の身に入つて自界叛逆せしめ他国より責むべし。

 問うて云く此の事何たる証拠あるや、答う経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に星宿及び風雨皆時を以て行わず」等云云、夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主・小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を、仁王経には小難は無量なり中難は二十九・大難は七とあり此の経をば一には仁王と名づけ二には天地鏡(てんじきょう)と名づく、此の国主を天地鏡に移して見るに明白なり、又此の経文に云く「聖人去らん時は七難必ず起る」等云云、当に知るべし此の国に大聖人有りと、又知るべし彼の聖人を国主信ぜずと云う事を。

 問うて云く先代に仏寺を失ひし時何ぞ此の瑞なきや、答えて云く瑞は失の軽重によりて大小あり此の度の瑞は怪むべし、一度二度にあらず一返二返にあらず年月をふるままに弥(いよいよ)盛なり、之を以て之を察すべし先代の失よりも過ぎたる国主に失あり、国主の身にて万民を殺し又万臣を殺し又父母を殺す失よりも聖人を怨む事・彼に過ぐる事を、今日本国の王臣並びに万民には月氏・漢土総じて一閻浮提に仏滅後・二千二百二十余年の間いまだなき大科・人(ひと)ごとにあるなり、譬えば十方世界の五逆の者を一処に集めたるが如し、此の国の一切の僧は皆提婆・瞿伽利が魂を移し国主は阿闍世王・波瑠璃王の化身なり、一切の臣民は雨行(うぎょう)大臣・月称(がっしょう)大臣・刹陀耆利(せつだきり)等の悪人をあつめて日本国の民となせり、古は二人・三人・逆罪不孝の者ありしかばこそ其の人の在所は大地も破れて入りぬれ、今は此の国に充満せる故に日本国の大地・一時にわれ無間に堕ち入らざらん外は一人二人の住所の堕つべきやうなし、例せば老人の一二の白毛(しらが)をば抜けども老耄(ろうもう)の時は皆白毛なれば何を分けて抜き捨つべき只一度に剃捨(そりすつ)る如くなり、問うて云く汝が義の如きは我が法華経の行者なるを用いざるが故に天変地夭等ありと、法華経第八に云く「頭破れて七分と作らん」と、第五に云く「若し人悪み罵れば口則ち閉塞す」等云云、如何ぞ数年が間・罵(のる)とも怨(あだむ)とも其の義なきや、答う反詰して云く不軽菩薩を毀しし罵詈し打擲せし人は口閉頭破(こうへいずは)ありけるか如何、問う然れば経文に相違する事如何、答う法華経を怨む人に二人あり、一人は先生(せんじょう)に善根ありて今生に縁を求めて菩提心を発して仏になるべき者は或は口閉ぢ或は頭破(わ)る、一人は先生に謗人なり今生にも謗じ生生に無間地獄の業を成就せる者あり是はのれども口則ち閉塞せず、譬えば獄に入つて死罪に定まる者は獄の中にて何なる僻事あれども死罪を行うまでにて別の失なし、ゆり(免)ぬべき者は獄中にて僻事あれば・これをいましむるが如し、問うて云く此の事第一の大事なり委細に承わるべし、答えて云く涅槃経に云く法華経に云く云云。
                                         日蓮花押





by johsei1129 | 2019-10-22 09:12 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 22日

十方世界の諸仏は法華経寿量品を師として仏になったと明した書【法蓮抄】二

[法蓮抄 本文] その二
 かかる仏なれば木像・画像にうつし奉るに優填(うでん)大王の木像は歩(あゆみ)をなし摩騰の画像は一切経を説き給ふ、是れ程に貴き教主釈尊を一時二時ならず一日二日ならず一劫が間掌を合せ両眼を仏の御顔にあて頭を低(たれ)て他事を捨て頭の火を消さんと欲するが如く渇して水ををもひ飢えて食を思うがごとく間(ひま)無く供養し奉る功徳よりも戯論に一言継母の継子をほむるが如く心ざしなくとも末代の法華経の行者を讃め供養せん功徳は彼の三業相応の信心にて一劫が間生身の仏を供養し奉るには百千万億倍すぐべしと説き給いて候、これを妙楽大師は福過十号とは書(かか)れて候なり、十号と申すは仏の十の御名(みな)なり十号を供養せんよりも末代の法華経の行者を供養せん功徳は勝るとかかれたり、妙楽大師は法華経の一切経に勝れたる事を二十あつむる其の一なり、已上・上の二つの法門は仏説にては候へども心えられぬ事なり争か仏を供養し奉るよりも凡夫を供養するがまさるべきや、而れども是を妄語と云はんとすれば釈迦如来の金言を疑い多宝仏の証明を軽しめ十方諸仏の舌相をやぶるになりぬべし、若し爾らば現身に阿鼻地獄に堕つべし、巌石にのぼりて・あら馬を走らするが如し心肝しづかならず、又信ぜば妙覚の仏にもなりぬべし如何(いかに)してか今度法華経に信心をとるべき信なくして此の経を行ぜんは手なくして宝山に入り足なくして千里の道を企つるが如し、但し近き現証を引いて遠き信を取るべし仏の御歳八十の正月一日・法華経を説きおはらせ給て御物語あり、「阿難・弥勒・迦葉我世に出でし事は法華経を説かんがためなり我既に本懐をとげぬ今は世にありて詮なし今三月ありて二月十五日に涅槃すべし」云云、一切内外の人人疑をなせしかども仏語むなしからざればついに二月十五日に御涅槃ありき、されば仏の金言は実なりけるかと少し信心はとられて候、又仏記し給ふ「我滅度の後一百年と申さんに阿育大王と申す王出現して一閻浮提三分の一が主となりて八万四千の塔を立て我が舎利を供養すべし」云云、人疑い申さんほどに案の如くに出現して候いき是よりしてこそ信心をばとりて候いつれ、又云く「我滅後に四百年と申さんに迦弐色迦王と申す大王あるべし五百の阿羅漢を集めて婆沙論を造るべし」と是又仏記のごとくなりき、是等をもつてこそ仏の記文は信ぜられて候へ、若し上に挙ぐる所の二の法門・妄語ならば此の一経は皆妄語なるべし、寿量品に我は過去五百塵点劫のそのかみの仏なりと説き給う我等は凡夫なり過ぎにし方は生れてより已来すらなを(尚)おぼへず況や一生・二生をや況や五百塵点劫の事をば争か信ずべきや、又舎利弗等に記して云く「汝未来世に於て無量無辺不可思議劫を過ぎ乃至当に作仏することを得べし号を華光如来と曰わん」云云、又又摩訶迦葉に記して云く「未来世に於て乃至最後の身に於て仏と成為(なる)ことを得ん名けて光明如来と曰わん」云云、此等の経文は又未来の事なれば我等凡夫は信ずべしともおぼえず、されば過去未来を知らざらん凡夫は此の経は信じがたし又修行しても何の詮かあるべき是を以て之を思うに現在に眼前の証拠あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん。

 今法蓮上人の送り給える諷誦(ふじゅ)の状に云く「慈父幽霊第十三年の忌辰(きしん)に相当り一乗妙法蓮華経五部を転読し奉る」等云云、夫れ教主釈尊をば大覚世尊と号したてまつる、世尊と申す尊の一字を高と申す高と申す一字は又孝と訓ずるなり、一切の孝養の人の中に第一の孝養の人なれば世尊と号し奉る、釈迦如来の御身は金色にして三十二相を備へ給ふ、彼の三十二相の中に無見頂相と申すは仏は丈六の御身なれども竹杖外道も其の御長(みたけ)をはからず梵天も其の頂を見ず故に無見頂相と申す是れ孝養第一の大人なればかかる相を備へまします、孝経と申すに二あり一には外典の孔子と申せし聖人の書に孝経あり、二には内典今の法華経是なり、内外異なれども其意は是れ同じ、釈尊・塵点劫の間・修行して仏にならんとはげみしは何事ぞ孝養の事なり、然るに六道四生の一切衆生は皆父母なり孝養おへざりしかば仏にならせ給はず、今法華経と申すは一切衆生を仏になす秘術まします御経なり、所謂地獄の一人・餓鬼の一人・乃至九界の一人を仏になせば一切衆生・皆仏になるべきことはり(理)顕る、譬えば竹の節を一つ破(わり)ぬれば余の節亦破るるが如し、囲碁と申すあそびにしちよう(四丁)と云う事あり一の石死しぬれば多の石死ぬ、法華経も又此くの如し金(かね)と申すものは木草を失う用を備へ水は一切の火をけす徳あり、法華経も又一切衆生を仏になす用おはします、六道四生の衆生に男女あり此の男女は皆我等が先生の父母なり、一人もも(漏)れば仏になるべからず故に二乗をば不知恩の者と定めて永不成仏と説かせ給う孝養の心あまねからざる故なり、仏は法華経をさとらせ給いて六道・四生の父母・孝養の功徳を身に備へ給へり、此の仏の御功徳をば法華経を信ずる人にゆづり給う、例せば悲母の食う物の乳となりて赤子を養うが如し、「今此の三界は・皆是れ我が有なり・其の中の衆生は・悉く是れ吾が子なり」等云云、教主釈尊は此の功徳を法華経の文字となして一切衆生の口にな(嘗)めさせ給う、赤子の水火をわきまへず毒薬を知らざれざも乳を含めば身命をつぐが如し、阿含経を習う事は舎利弗等の如くならざれども華厳経をさとる事解脱月等の如くならざれども乃至一代聖教を胸に浮べたる事文殊の如くならざれども一字一句をも之を聞きし人仏にならざるはなし、彼の五千の上慢は聞きてさとらず不信の人なり、然れども謗ぜざりしかば三月を経て仏になりにき「若しは信じ若しは信ぜざれば即ち不動国に生ぜん」と涅槃経に説かるるは此の人の事なり、法華経は不信の者すら謗ぜざれば聞きつるが不思議にて仏になるなり、所謂七歩蛇(しちぶじゃ)に食(かま)れたる人一歩乃至七歩をすぎず毒の用の不思議にて八歩をすごさぬなり、又胎内の子の七日の如し必ず七日の内に転じて余の形となる八日をすごさず、今の法蓮上人も又此くの如し教主釈尊の御功徳・御身に入りかはらせ給いぬ、法蓮上人の御身は過去聖霊(しょうりょう)の御容貌を残しおかれたるなり、たとへば種の苗となり華の菓となるが如し其華は落ちて菓はあり種はかくれて苗は現に見ゆ、法蓮上人の御功徳は過去聖霊の御財(たから)なり、松さかふれば柏よろこぶ芝かるれば蘭なく情(こころ)なき草木すら此くの如し何に況や情あらんをや又父子の契(ちぎり)をや。

[法蓮抄 本文] その三に続く




by johsei1129 | 2019-10-22 08:42 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 22日

十方世界の諸仏は法華経寿量品を師として仏になったと明した書【法蓮抄】一

【法蓮抄(ほうれんしょう】
■出筆時期:建治元年四月(1275年) 五十四歳御作。下総国の強信徒、曾谷法蓮日礼に与えている。
■出筆場所:身延山中 草庵
■出筆の経緯:曾谷入道法蓮が慈父の13回忌にあたり、法華経如来寿量品の自我偈を読誦し回向されたことに対して「十方世界の諸仏は自我偈を師として仏にならせ給う世界の人の父母の如し、今法華経・寿量品を持つ人は諸仏の命を続ぐ人なり」と讃え、「智者と申すは此くの如き時を知りて法華経を弘通するが第一の秘事なり」と諭されている。
■ご真筆:京都本圀寺ほか四ヶ所に断簡所蔵。身延山久遠寺 曽存(明治八年の大火で焼失)

[法蓮抄 本文] その一
 夫れ以れば法華経第四の法師品に云く「若し悪人有つて不善の心を以て一劫の中に於て現に仏前に於て常に仏を毀罵せん其の罪尚軽し若し人一つの悪言を以て在家・出家の法華経を読誦する者を毀めせん其の罪甚だ重し」等云云、妙楽大師云く「然も此の経の功高く理絶えたるに約して此の説を作すことを得る余経は然らず」等云云、此の経文の心は一劫とは人寿八万歳ありしより百年に一歳をすて千年に十歳をすつ此くの如く次第に減ずる程に人寿十歳になりぬ、此の十歳の時は当時の八十の翁(おきな)のごとし、又人寿十歳より百年ありて十一歳となり又百年ありて十二歳となり乃至一千年あらば二十歳となるべし乃至八万歳となる、此の一減一増を一劫とは申すなり、又種種の劫ありといへども且く此の劫を以て申すべし、此の一劫が間・身口意の三業より事おこりて仏をにくみたてまつる者あるべし例せば提婆達多がごとし、仏は浄飯王の太子・提婆達多は斛飯王の子なり、兄弟の子息なる間仏の御いとこにて・をはせしかども今も昔も聖人も凡夫も人の中をたが(違)へること女人よりして起りたる第一のあだにてはんべるなり、釈迦如来は悉達太子としてをはしし時提婆達多も同じ太子なり、耶輸大臣に女あり耶輸多羅女となづく五天竺第一の美女・四海名誉の天女なり、悉達と提婆と共に后にせん事をあらそひ給いし故に中あしくならせ給いぬ、後に悉達は出家して仏とならせ給い提婆達多・又須陀比丘を師として出家し給いぬ、仏は二百五十戒を持ち三千の威儀をととのへ給いしかば諸の天人これを渇仰し四衆これを恭敬す、提婆達多を人たとまざりしかばいかにしてか世間の名誉・仏にすぎんと・はげみしほどにとかう(左右)案じいだして仏にすぎて世間にたとまれぬべき事五つあり、四分律に云く一には糞掃衣・二には常乞食・三には一座食・四には常露座・五には塩及び五味を受けず等云云、仏は人の施す衣をうけさせ給う提婆達多は糞掃衣、仏は人の施す食をうけ給う提婆は只常乞食、仏は一日に一二三反も食せさせ給い提婆は只一座食、仏は塚間(ちょかん)・樹下にも処し給い提婆は日中常露座なり、仏は便宜にはしを(塩)復は五味を服し給い提婆はしを等を服せず、かうありしかば世間・提婆の仏にすぐれたる事・雲泥なり、かくのごとくして仏を失いたてまつらんとうかがひし程に頻婆舎羅王は仏の檀那なり日日に五百輛の車を数年が間・一度もかかさずおくりて仏並びに御弟子等を供養し奉る、これをそねみ・とらんがために未生怨太子をかたらいて父・頻婆舎羅王を殺させ我は仏を殺さんとして或は石をもつて仏を打ちたてまつるは身業なり、仏は誑惑の者と罵詈せしは口業なり、内心より宿世の怨とをもひしは意業なり三業相応の大悪此れにはすぐべからず、此の提婆達多ほどの大悪人・三業相応して一中劫が間釈迦仏を罵詈・打杖(ちょうじょう)し嫉妬し候はん大罪はいくらほどか重く候べきや、此の大地は厚さは十六万八千由旬なりされば四大海の水をも九山の土石をも三千の草木をも一切衆生をも頂戴して候へども落ちもせずかたぶかず破れずして候ぞかし、しかれども提婆達多が身は既に五尺の人身なりわづかに三逆罪に及びしかば大地破れて地獄に入りぬ、此の穴・天竺にいまだ候・玄奘三蔵・漢土より月支に修行して此れをみる西域と申す文に載せられたり、而るに法華経の末代の行者を心にも・をもはず色にもそねまず只たわ(戯)ふれてのりて候が上の提婆達多がごとく三業相応して一中劫・仏を罵詈し奉るにすぎて候ととかれて候、何に況や当世の人の提婆達多がごとく三業相応しての大悪心をもつて多年が間・法華経の行者を罵詈・毀辱・嫉妬・打擲・讒死(ざんし)・歿死に当てんをや。

 問うて云く末代の法華経の行者を怨める者は何なる地獄に堕つるや、答えて云く法華経の第二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん一劫を具足して劫尽きなば復死し展転して無数劫に至らん」等云云、此の大地の下・五百由旬を過ぎて炎魔王宮(えんまおうぐう)あり、その炎魔王宮より下・一千五百由旬が間に八大地獄並びに一百三十六の地獄あり、其の中に一百二十八の地獄は軽罪の者の住処・八大地獄は重罪の者の住処なり、八大地獄の中に七大地獄は十悪の者の住処なり、第八の無間地獄は五逆と不孝と誹謗との三人の住処なり、今法華経の末代の行者を戯論にも罵詈・誹謗せん人人はおつべしと説き給へる文なり、法華経の第四法師品に云く「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て乃至持経者を歎美せんは其の福復彼に過ぎん」等云云、妙楽大師云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ供養する有らん者は福十号に過ぐ」等云云、夫れ人中には転輪聖王・第一なり此の輪王出現し給うべき前相として大海の中に優曇華と申す大木生(お)いて華さき実なる、金輪王出現して四天の山海を平(たいらか)になす大地は緜(わた)の如くやはらかに大海は甘露の如くあまく大山は金山・草木は七宝なり、此の輪王須臾の間に四天下をめぐる、されば天も守護し鬼神も来つてつかへ竜王も時に随つて雨をふらす、劣夫なんども・これに従ひ奉れば須臾に四天下をめぐる、是れ偏に転輪王の十善の感得せる大果報なり、毘沙門等の四大天王は又これには似るべくもなき四天下の自在の大王なり、帝釈はとう利天の主・第六天の魔王は欲界の頂に居して三界を領す、此れは上品の十善戒・無遮(むしゃ)の大善の所感なり、大梵天王は三界の天尊・色界の頂に居して魔王・帝釈をしたがへ三千大千界を手ににぎる、有漏の禅定を修行せる上に慈・悲・喜・捨の四無量心を修行せる人なり、声聞と申して舎利弗・迦葉等は二百五十戒・無漏の禅定の上に苦・空・無常・無我の観をこらし三界の見思を断尽し水火に自在なり故に梵王と帝釈とを眷属とせり、縁覚は声聞に似るべくもなき人なり仏と出世をあらそふ人なり、昔猟師ありき飢えたる世に利吒(りた)と申す辟支仏にひえの飯(はん)を一盃供養し奉りて彼の猟師・九十一劫が間・人中・天上の長者と生る、今生には阿那律と申す天眼第一の御弟子なり、此れを妙楽大師釈して云く「稗飯軽しと雖も所有を尽し及び田勝るるを以ての故に勝るる報を得る」等云云、釈の心はひえの飯は軽しといへども貴き辟支仏を供養する故にかかる大果報に度度生るとこそ書かれて候へ、又菩薩と申すは文殊・弥勒等なり、此の大菩薩等は彼の辟支仏に似るべからざる大人なり、仏は四十二品の無明と申す闇を破る妙覚の仏なり、八月十五夜の満月のごとし、此の菩薩等は四十一品の無明をつくして等覚の山の頂にのぼり十四夜の月のごとし、仏と申すは上の諸人には百千万億倍すぐれさせ給へる大人なり、仏には必ず三十二相あり其の相と申すは梵音声・無見頂相・肉髻相・白毫相・乃至千輻輪相等なり、此の三十二相の中の一相をば百福を以て成じ給へり、百福と申すは仮令大医ありて日本国・漢土・五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国・乃至一閻浮提・四天下・六欲天・乃至三千大千世界の一切衆生の眼の盲たるを本の如く一時に開けたらんほどの大功徳を一つの福として此の福百をかさねて候はんを以て三十二相の中の一相を成ぜり、されば此の一相の功徳は三千大千世界の草木の数よりも多く四天下の雨の足よりもすぎたり、設い壊劫の時僧怯陀(そうぎゃだ)と申す大風ありて須弥山を吹き抜いて色究竟天にあげて・かへつて微塵となす大風なり、然れども仏の御身の一毛をば動かさず仏の御胸に大火あり平等大慧・大智光明・火坑三昧と云う、涅槃の時は此の大火を胸より出して一身を焼き給いしかば六欲・四海の天神・竜衆等・仏を惜み奉る故にあつまりて大雨を下し三千の大地を水となし須弥は流るといへども此の大火はきへず、仏にはかかる大徳ましますゆへに阿闍世王は十六大国の悪人を集め一四天下の外道をかたらひ提婆を師として無量の悪人を放ちて仏弟子をのりうち殺害せしのみならず、賢王にて・とがもなかりし父の大王を一尺の釘をもつて七処までうちつけ、はつけにし生母をば王のかんざしをきり刀を頭にあてし重罪のつもりに悪瘡七処に出でき、三七日を経て三月の七日に大地破れて無間地獄に堕ちて一劫を経べかりしかども仏の所に詣で悪瘡いゆるのみならず無間地獄の大苦をまぬかれ四十年の寿命延びたりき、又耆婆大臣も御つかひなりしかば炎の中に入つて瞻婆(せんば)長者が子を取り出したりき、之を以て之を思うに一度も仏を供養し奉る人はいかなる悪人女人なりとも成仏得道疑無し、提婆には三十相あり二相かけたり所謂白毫と千輻輪となり、仏に二相劣りたりしかば弟子等軽く思いぬべしとて螢火をあつめて眉間につけて白毫と云ひ千輻輪には鍛冶に菊形をつくらせて足に付けて行くほどに足焼(やけ)て大事になり結句死せんとせしかば仏に申す、仏御手(みて)を以てなで給いしかば苦痛さりき、ここにて改悔あるべきかと思いしにさはなくして瞿曇が習ふ医師(くすし)はこざかしかりけり又術にて有るなど云ひしなり、かかる敵にも仏は怨をなし給はず何に況や仏を一度も信じ奉る者をば争でか捨て給うべきや。

[法蓮抄 本文] その二に続く




by johsei1129 | 2019-10-22 08:32 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

人間の意識を仏法として分別した【六識事】

【六識事】

■出筆時期:文永期
■出筆場所:不明です。
■出筆の経緯:弟子・信徒の教化のため仏法で説かれる人間の意識を分別した九識の内、

六道を輪廻する衆生の六識を図をもちいて説いた書。
日蓮大聖人は日女御前御返事で「此の御本尊全く余所に求る事なかれ。只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり。是を九識心王真如の都とは申すなり」と認められておられます。

■ご真筆:富士大石寺(一般非公開)

【六識事 本文】
        
        心 
    眼識  意 肉・天・慧・法・仏眼
    
耳識     肉・天・慧・法・仏耳
    鼻識     肉・天・慧・法・仏鼻
  舌識            
    身識    肉身・天身・慧身・法身・仏身
    意識

 正説・領解・述成・授記・歓喜
 但彰灼(しょうしゃく)に二乗に授記して顕露分明に長遠の寿を説くことを知る。茲の一座に於て聞知せざること無し。故 に名づけて顕と為す。
 大乗を学ばん者は肉眼有りと雖も名づけて仏眼と為す。耳鼻の五根例して亦是くの如し。
 
 魔梵釈女
 菩薩処胎経「法性は大海の如く是非有るを説かず。凡夫賢聖の人は唯心垢(しんく)の滅する在り。平等にして高下無く、証を取ること掌を反すが如し」と


理具
加持
顕徳
|---世出世に亘る
強  眼耳意

|---鼻舌身
|---世間に限る 至 
弱   鼻舌身
      中智を離る    中智に合す 不至
|---眼耳意       
                      
見聞 
知覚
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by johsei1129 | 2019-10-21 23:01 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

弟子・信徒への講説のために釈尊の一切経を種脱で分別した図表【種脱系図】

【種脱系図】
■出筆時期:文永五年(1268年) 四十七歳御作。
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:日蓮大聖人は弟子・信徒へ講説する際に、理解しやすいよう自ら認めた図表を掲げて説法をなされておられました。それらのいわゆる「つりもの」と称される図表は数多くご真筆が伝えられておりますが、本図もその一つで、釈尊の一切経を種脱で分別されておられます。
■ご真筆:京都市 本法寺所蔵。

【種脱系図 本文】

爾前

三蔵教-----------種---三賢---外凡---順解脱分位
   -----------熟---四善根--------順決択分位
   -----------脱---七聖----------見思断位
        |
        |--------見道---------決択分位
        |--------修道---------
                  解脱分位
        |--------無学道-------


       |---種---乾慧地(けんねじ)---外凡---三賢
通教----十地---|---熟---性地-----内凡---四善根
       |---解脱---八人地乃至第十地

別教---五十二位---種---十信---外凡---順解脱分位
       ----熟-- |--十住-------初住より第七住に至りて見思を断ず 八・九・十に上品の塵沙を断ず
           |--十行-------中品の塵沙を断ず
           |---十廻向-----下品の塵沙を断ず
       ----脱---|---十地----|
           |----等---- |--十二品の無明を断ず
           |----妙-----|


迹門
円教----種----名字|
         |---外凡
    ---- 観行 |
     ----十信---内凡

  ---- 脱---- 十住
    -------十行
    ------ 十廻向
    ----------等
|
|
華厳に果分を説かざる |
は唯一仏乗を名づけて |
果分と為す |
|
法華経--|---------妙------不説---当分位
    |---------妙覚位--説-----跨節




by johsei1129 | 2019-10-21 23:00 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

法華経を捨てて天台の止観を正とするの輩は大謗法・大邪見・天魔の所為なる、と断じた書【立正観抄】六

【立正観抄 本文] その六

 夫れ天台の観法を尋ぬれば大蘇道場に於て三昧開発せしより已来、目を開いて妙法を思えば随縁真如なり、目を閉じて妙法を思えば不変真如なり。此の両種の真如は只一言(いちごん)の妙法に有り。我妙法を唱うる時、万法(まんぽう)茲に達し一代の修多羅一言に含(がん)す。所詮迹門を尋ぬれば迹広く、本門を尋ぬれば本高し。如かじ、己心の妙法を観ぜんにはと思食(おぼしめ)されしなり。当世の学者此の意を得ざるが故に、天台己証の妙法を習い失いて止観は法華経に勝り禅宗は止観に勝れたりと思いて、法華経を捨てて止観に付き、止観を捨てて禅宗に付くなり。禅宗の一門云く「松に藤懸(ふじかか)る、松枯れ藤枯れて後如何。上(のぼ)らずして一枝」なんど云える天魔の語(ことば)を深く信ずる故なり。修多羅の教主は松の如く、其の教法は藤の如し。各各に諍論すと雖も仏も入滅して教法の威徳も無し。爰に知んぬ、修多羅の仏教は月を指す指(ゆび)なり、禅の一法のみ独(ひとり)妙なり、之を観ずれば見性得達するなりと云う大謗法の天魔の所為を信ずる故なり。然るに、法華経の仏は寿命無量、常住不滅の仏なり。禅宗は滅度の仏と見るが故に外道の無の見なり。是法住法位、世間相常住の金言に背く僻見なり。禅は法華経の方便、無得道の禅なるを真実常住法と云うが故に外道の常見なり。若し与えて之を言わば、仏の方便三蔵の分斉なり。若し奪つて之を言わば、但外道の邪法なり。与は当分の義、奪は法華の義なり。法華の奪の義を以ての故に、禅は天魔外道の法と云うなり。問う、禅を天魔の法と云う証拠如何、答う前前(さきざき)に申すが如し。
  立正観抄

【立正観抄 本文] 完。

【立正観抄送状】

今度の御使い誠に御志の程顕れ候い畢んぬ。又種種の御志慥に給候い畢んぬ。
抑承わり候、当世の天台宗等、止観は法華経に勝れ禅宗は止観に勝る、又観心の大教興る時は本迹の大教を捨つと云う事。先ず天台一宗に於て流流各別なりと雖も、慧心・檀那の両流を出でず候なり。慧心流の義に云く、止観の一部は本迹二門に亘(わた)るなり。謂く、止観の六に云く「観は仏知と名く、止は仏見と名く、念念の中に於て止観現前す。乃至三乗の近執(ごんしゅう)を除く」文、弘決の五に云く「十法既に是れ法華の所乗なり。是の故に還つて法華の文を用いて歎ず。若し迹説に約せば、即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫(しゃくこう)と為し、寂滅道場を以て妙悟と為す。若し本門に約せば、我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し、本成仏の時を以て妙悟と為す。本迹二門只是此の十法を求悟(ぐご)す」文。始の一文は本門に限ると見えたり。次の文は正しく本迹に亘ると見えたり。止観は本迹に亘ると云う事、文証此に依るなりと云えり。次に檀那流には止観は迹門に限ると云う証拠は、弘決の三に云く「還つて教味を借つて以て妙円を顕す。故に知んぬ、一部の文共に円成(えんじょう)の開権妙観を成ずるを」文。此の文に依らば、止観は法華の迹門に限ると云う事文に在りて分明(ふんみょう)なり。両流の異義替れども共に本迹を出でず。当世の天台宗、何くより相承して止観は法華経に勝ると云うや。但し予(日蓮)が所存は、止観法華の勝劣は天地雲泥なり。
 
 若し与えて之を論ぜば止観は法華迹門の分斉に似たり。其の故は天台大師の己証とは、十徳の中の第一は自解仏乗、第九は玄悟法華円意なり。霊応伝の第四に云く「法華の行を受けて二七日境界す」文。止観の一に云く「此の止観は、天台智者己心中に行ずる所の法門を説く」文。弘決の五に云く「故に止観に正しく観法を明すに至つて、並びに三千を以て指南と為す。故に序の中に云く「説己心中所行法門」文。己心所行の法とは、一念三千・一心三観なり。三諦三観の名義は瓔珞(ようらく)・仁王(にんのう)の二経に有りと雖も、一心三観・一念三千等の己心所行の法門をば、迹門の十如実相の文を依文として釈成(しゃくじょう)し給い畢んぬ。

  爰に知んぬ、止観一部は迹門の分斉に似たりと云う事を。若し奪つて之を論ぜば、爾前・権大乗は即ち別教の分斉なり。其の故は、天台己証の止観とは道場所得の妙悟なり。所謂天台大師、大蘇の普賢道場に於て三昧開発し、証を以て師に白(もう)す。師の曰く、法華の前方便陀羅尼なりと。霊応伝の第四に云く「智顗(天台大師)、師に代つて金字経を講ず。一心具足万行の処に至つて、顗(智顗)、疑有り。思、為に釈して曰く、汝が疑う所は此乃ち大品次第の意なるのみ。未だ是法華円頓の旨にあらざるなり」文。講ずる所の経、既に権大乗経なり。又「次第」と云えり。故に別教なり。開発せし陀羅尼、又法華前方便と云えり。故に知んぬ、爾前帯権の経は別教の分斉なりと云う事を。己証既に前方便の陀羅尼なり。止観とは「己心中所行の法門」と云うが故に、明かに知んぬ、法華の迹門に及ばずと云う事を。何に況や本門をや。若し此の意を得ば、檀那流の義尤も吉(よき)なり。
 此等の趣を以て、止観は法華に勝ると申す邪義をば問答有る可く候か。委細の旨は別に一巻書き進らせ候なり。又日蓮相承の法門血脈、慥に之を註(しる)し奉る、恐恐謹言

文永十二乙亥二月二十八日      日 蓮  花押
最蓮房御返事

by johsei1129 | 2019-10-21 19:21 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

法華経を捨てて天台の止観を正とするの輩は大謗法・大邪見・天魔の所為なる、と断じた書【立正観抄】五

【立正観抄 本文] その五

 問う、天台大師真実に此の一言の妙法を証得したまわざるや。答う、内証爾らざるなり。外用に於ては之を弘通したまわざるなり。所謂内証の辺をば祕して、外用には三観と号して、一念三千の法門を示現し給うなり。問う、何が故ぞ知り乍ら弘通し給わざるや。答う時至らざるが故に、付属に非ざるが故に、迹化なるが故なり。問う、天台此の一言の妙法を証得し給える証拠之有りや。答う、此の事天台一家の祕事なり。世に流布せる学者之を知らず。潅頂 玄旨の血脈とて天台大師自筆の血脈一紙之有り。天台御入滅の後は石塔の中に之有り。伝教大師御入唐の時八舌(やつした)の鑰を以て之を開き、道邃和尚より伝受し給う血脈とは是なり。此の書に云く「一言の妙旨・一教の玄義」文。伝教大師の血脈に云く「夫れ一言の妙法とは、両眼を開いて五塵(ごじん)の境を見る時は随縁真如なるべし。両眼を閉じて無念に住する時は不変真如なるべし。故に此の一言を聞くに万法ここに達し、一代の修多羅一言に含(がん)す」文。此の両大師の血脈の如くならば、天台大師の血脈相承の最要の法は妙法の一言(いちごん)なり。一心三観とは所詮妙法を成就せん為の修行の方法なり。三観は因の義、妙法は果の義なり。但因の処に果有り、果の処に因有り、因果倶時の妙法を観ずるが故に是くの如き功能を得るなり。爰に知んぬ、天台至極の法門は法華本迹未分の処に無念の止観を立てて、最祕の上法とすと云える邪義大なる僻見なりと云う事を。四依弘経の大薩たは既に仏経に依つて諸論を造る。天台何ぞ仏説に背いて無念の止観を立てたまわんや。若し此の止観・法華経に依らずといわば、天台の止観・教外別伝の達磨の天魔の邪法に同ぜん。都て然る可からず。哀れなり哀れなり。

 伝教大師云く「国主の制に非ざれば以て遵行(じゅんぎょう)する無く、法王の教に非ざれば以て信受すること無し」と文。又云く「四依、論を造るに権有り実有り。三乗の旨を述ぶるに三有り一有り。所以に天台智者は三乗の旨に順じて四教の階を定め、一実の道に依つて一仏乗を建つ。六度に別有り、戒度何ぞ同じからん、受法同じからず、威儀豈同じからんや。是の故に天台の伝法は深く四依に依り亦仏経に順う」文。本朝の天台宗の法門は伝教大師より之を始む。若し天台の止観、法華経に依らずと云わば日本に於ては伝教の高祖に背き、漢土に於ては天台に背く。両大師の伝法既に法華経に依る、豈其の末学之に違せんや。違するを以て知んぬ、当世の天台家の人人、其の名を天台山に借ると雖も所学の法門は達磨の僻見と善無畏の妄語とに依ると云う事。天台・伝教の解釈(げしゃく)の如くんば、己心中の秘法は但妙法の一言に限るなり。然而(しかして)当世の天台宗の学者は天台の石塔の血脈を秘し失う故に、天台の血脈相承の秘法を習い失いて、我と一心三観の血脈とて我意に任せて書を造り、錦の袋に入れて頚に懸け、箱の底に埋めて高直(こうじき)に売る故に、邪義国中に流布して天台の仏法破失するなり。天台の本意を失い、釈尊の妙法を下す。是れ偏えに達磨の教訓、善無畏の勧(すすめ)なり。故に止観をも知らず、一心三観・一心三諦をも知らず、一念三千の観をも知らず、本迹二門をも知らず、相待・絶待の二妙をも知らず、法華の妙観をも知らず、教相をも知らず、権実をも知らず、四教・八教をも知らず、五時五味の施化(せけ)をも知らず、教・機・時・国・相応の義は申すに及ばず、実教にも似ず、権教にも似ざるなり。道理なり道理なり。天台・伝教の所伝は法華経は禅・真言より劣れりと習う故に、達磨の邪義、真言の妄語と打ち成つて権教にも似ず、実教にも似ず、二途に摂せざるなり。故に大謗法罪顕れて止観は法華経に勝ると云う邪義を申し出して、過無き天台に失を懸けたてまつる。故に、高祖に背く不孝の者、法華経に背く大謗法罪の者と成るなり。

【立正観抄 本文] その六に続く


by johsei1129 | 2019-10-21 19:08 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

法華経を捨てて天台の止観を正とするの輩は大謗法・大邪見・天魔の所為なる、と断じた書【立正観抄】四

【立正観抄 本文] その四

 今問う、天台の本意は何(いかなる)法ぞや。碩学等の云く「一心三観是なり」。今云く、一実円満の一心三観とは誠に甚深なるに似たれども、尚以て行者修行の方法なり。三観とは因の義なるが故なり。慈覚大師の釈に云く「三観とは法体を得せしめんが為の修観なり」云云。伝教大師云く「今止観修行とは法華の妙果を成ぜんが為なり」云云。故に知んぬ、一心三観とは果地・果徳の法門を成ぜんが為の能観の心なることを。何に況や、三観とは言説に出でたる法なる故に、如来の果地・果徳の妙法に対すれば可思議の三観なり。

 問う、一心三観に勝れたる法とは何なる法ぞや。答う、此の事誠に一大事の法門なり。唯仏与仏の境界なるが故に、我等が言説に出す可からざるが故に、是を申す可らざるなり。是を以て経文には「我が法は妙にして思い難し言を以て宣ぶ可からず」云云。妙覚果満の仏すら、尚、不可説・不思議の法と説き給う。何に況や等覚の菩薩、已下乃至凡夫をや。問う、名字を聞かずんば何を以て勝法有りと知ることを得んや。答う、天台己証の法とは是なり。当世の学者は血脈相承を習い失う故に之を知らざるなり。故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり。然りと雖も汝が志神妙なれば其の名を出すなり。一言の法是なり。伝教大師の「一心三観一言に伝う」と書き給う是なり。問う、未だ其の法体を聞かず如何。答う、所詮一言とは妙法是なり。問う、何を以て知ることを得ん、妙法は一心三観に勝れたりと云う事を。答う、妙法は所詮の功徳なり。三観は行者の観門なる故なり。此の妙法を仏説いて言く「道場所得法、我法妙難思、是法非思量、不可以言宣」云云。天台の云く「妙は不可思議・言語道断・心行所滅なり。法は十界十如・因果不二の法なり」と。三諦と云うも三観と云うも三千と云うも共に不思議法と云うも、天台の己証は天台の御思慮の及ぶ所の法門なり。此の妙法は諸仏の師なり。今の経文の如くならば、久遠実成の妙覚極果の仏の境界にして、爾前迹門の教主・諸仏菩薩の境界に非ず。経に「仏与仏・乃能究尽」とは、迹門の界如三千の法門をば迹門の仏が当分究竟の辺を説けるなり。本地難思の境智の妙法は、迹仏等の思慮に及ばず、何に況や菩薩凡夫をや。止観の二字をば「観名仏知(かんみょうぶっち)・止名仏見(しみょうぶっけん)」と釈するも、迹門の仏智・仏見にして妙覚極果の知見には非ざるなり。其の故は止観は天台己証の界如三千・三諦三観を正と為す、迹門の正意是なり。故に知んぬ、迹仏の知見なりと云う事を。但止観に絶待不思議の妙観を明かすと云えども、只一念三千の妙観に且らく与えて絶待不思議と名くるなり。

【立正観抄 本文] その五に続く。


by johsei1129 | 2019-10-21 19:03 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

法華経を捨てて天台の止観を正とするの輩は大謗法・大邪見・天魔の所為なる、と断じた書【立正観抄】三

【立正観抄 本文] その三

 次に観心の釈の時本迹を捨つと云う難は、法華経何れの文・人師の釈を本と為して仏教を捨てよと見えたるや。設い天台の釈なりとも釈尊の金言に背き法華経に背かば全く之を用ゆ可からざるなり。依法不依人の故に竜樹・天台・伝教元よりの御約束なるが故なり。其上天台の釈の意は迹の大教起れば爾前の大教亡じ本の大教興れば迹の大教亡じ観心の大教興れば本の大教亡ずと釈するは、本体の本法をば妙法不思議の一法に取り定めての上に修行を立つるの時、今像法の修行は観心修行を詮と為るに迹を尋ぬれば迹広し本を尋ぬれば本高うして極む可からず、故に末学機に叶い難し。但己心の妙法を観ぜよと云う釈なり。然りと雖も妙法を捨てよとは釈せざるなり。若し妙法を捨てば何物を己心と為して観ず可きや。如意宝珠を捨て瓦石(がしゃく)を取つて宝と為す可きか。
 悲しいかな当世天台宗の学者は念仏・真言・禅宗・等に同意するが故に、天台の教釈を習い失つて法華経に背き大謗法の罪を得るなり。 
 若し止観を法華経に勝ると云わば種種の過之有り。止観は天台の道場所得の己証なり、法華経は釈尊の道場所得の大法なり是一釈尊は妙覚果満の仏なり、天台は住前未証なれば名字・観行・相似には過ぐ可からず四十二重の劣なり是二法華は釈尊乃至諸仏出世の本懐なり、止観は天台出世の己証なり是三法華経は多宝の証明あり、来集(らいじゅう)の分身は広長舌を大梵天に付く皆是真実の大白法なり是四。止観は天台の説法なり。是くの如き等の種種の相違之有れども、仍お之を略するなり。

 又一つの問答に云く所被の機・上機なる故に勝ると云わば実を捨てて権を取れ天台云く「教弥弥権なれば位弥弥高し」と釈し給う故なり。所被の機下劣なる故に劣ると云わば権を捨てて実を取れ、天台の釈には教弥弥実なれば位弥弥下しと云う故なり。然而(しか)して止観は上機の為に之を説き法華は下機の為に之を説くと云わば、止観は法華に劣れる故に機を高く説くと聞えたり。実にさもや有るらん。天台大師は霊山の聴衆として如来出世の本懐を宣べたもうと雖も、時至らざるが故に妙法の名字を替えて止観と号す。迹化の衆なるが故に本化の付属を弘め給わず。正直の妙法を止観と説きまぎらかす故に、有のままの妙法ならざれば帯権の法に似たり。故に知んぬ天台弘通の所化の機は在世帯権の円機の如し。本化弘通の所化の機は法華本門の直機なり。止観・法華は全く体同と云わん。尚人師の釈を以て仏説に同ずる失、甚重なり。何に況や止観は法華経に勝ると云う邪義を申し出すは。但是れ本化の弘経と迹化の弘通と、像法と末法と迹門の付属と本門の付属とを、末法の行者に云い顕わさせん為の仏天の御計いなり。爰に知んぬ当世天台宗の中に此の義を云う人は、祖師天台の為には不知恩の人なり。豈其の過を免れんや。夫れ天台大師は昔霊山に在ては薬王と名け、今漢土に在ては天台と名け、日本国の中にては伝教と名く。三世の弘通倶に妙法と名く。是くの如く法華経を弘通し給う人は、在世の釈尊より外は三国に其の名を聞かず。有り難く御坐(おわ)します大師を、其の末学、其の教釈を悪く習うて失無き天台に失を懸けたてまつる。豈大罪に非ずや。


【立正観抄 本文] その四に続く


by johsei1129 | 2019-10-21 19:01 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

法華経を捨てて天台の止観を正とするの輩は大謗法・大邪見・天魔の所為なる、と断じた書【立正観抄】二

【立正観抄 本文] その二


 問う、天台大師・止観一部並びに一念三千・一心三観・己心証得の妙観は、併しながら法華経に依ると云う証拠如何。答う、予反詰して云く、法華経に依らずと見えたる証文如何。人之を出して云く「此の止観は天台智者・己心中所行の法門を説くなりと」。或は又「故に止観に至つて正く観法を明かす、並に三千を以て指南と為す。乃ち是れ終窮究竟の極説なり。故に序の中に説己心中所行法門と云えり。良に以有るなり」。難じて云く、此の文は全く法華経に依らずと云う文に非ず。既に説己心中所行の法門と云うが故なり。天台の所行の法門は法華経なるが故に、此の意は法華経に依ると見えたる証文なり云々。但し他宗に対するの時は問答大綱を存す可きなり。所謂云う可し、若し天台の止観、法華経に依らずといわば速かに捨つ可きなりと。

其の故は天台大師兼ねて約束して云く「修多羅と合せば録して之を用いよ。文無く義無きは信受す可からず云云、伝教大師の秀句下に云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」云々。竜樹の大論に云く「修多羅に依るは白論なり修多羅に依らざるは黒論なり」文。教主釈尊云く「法に依って人に依らざれ」文。天台は法華経に依り竜樹を高祖にしながら経文に違し、我が言を飜じて外道邪見の法に依つて止観一部を釈する事全く有る可からざるなり。問う、正しく止観は法華経に依ると見えたる文之有りや。答う、余りに多きが故に少少之を出さん。止観に云く「漸と不定とは置いて論ぜず。今経に依つて更に円頓を明かさん」云々。弘決に云く「法華経の旨を攅(あつめ)て不思議・十乗・十境・待絶滅絶・寂照の行を成ず」文。止観大意に云く「今家の教門は竜樹を以て始祖と為す。慧文は但内観を列ぬるのみ。南岳天台に及んで復法華三昧に因って陀羅尼を発し、義門を開拓して観法周備す。若し法華を釈するには弥弥須く権実本迹を暁了して方に行を立つ可し。此の経独り妙と称することを得。方に此に依つて以て観意を立つ可し。五方便及び十乗軌行と言うは即ち円頓止観全く法華に依る。円頓止観は即ち法華三昧の異名なるのみ」云々。文句の記に云く「観と経と合すれば他の宝を数うるに非ず。方に知んぬ、止観一部は是れ法華三昧の筌罤(せんてい)なり。若し斯の意を得れば方に経旨に会う」云云。

唐土の人師行満の釈せる学天台宗法門大意に云く「摩訶止観一部の大意は法華三昧の異名を出でず。経に依つて観を修す」うん。此等の文証分明なり、誰か之を論ぜん。問う、天台四種の釈を作るの時、観心の釈に至つて本迹の釈を捨つと見えたり。又法華経は漸機(ぜんき)の為に之を説き、止観は直達の機の為に之を説くと如何。答う、漸機の為にくは劣り頓機の為に説くは勝るとならば、今の天台宗の意は華厳・真言等の経は法華経に勝れたりと云う可きや。今の天台宗の浅猨(あさまし)さは真言は事理倶密の教なる故に法華経に勝れたりと謂えり。故に止観は法華に勝ると云えるも道理なり道理なり。

【立正観抄 本文] その三に続く


by johsei1129 | 2019-10-21 18:57 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)