2019年 11月 10日
【大学殿事】 ■出筆時期:弘安元年(1278年)二月二十五日 五十七歳御作 ■出筆場所:身延山中の草庵にて。 ■出筆の経緯:本抄は幕府儒官で強信徒の大学三郎に宛てられた書です。原文はかなりの長文と思われますが、重要な箇所が断簡として残されております。その箇所は大学三郎が大聖人の竜ノ口の法難時に、四条金吾と同様に、大学三郎自らの死を賭して立ち会われたことを伺わせる貴重な書となっております。 大聖人は本抄で、大学三郎が竜ノ口の法難の際「御(日蓮上人)ためにはくびもきられ、遠流にもなり候へ。かわる事ならばいかでかかわらざるべき」と言われたと示されておられます。 また大聖人は立正安国論を北条時宗に献上する際、事前に大学三郎に見せており、門下の中でも学識の優れた信徒であったと言えます。 ■ご真筆:妙成(みょうじょう)寺所蔵。 [大学殿事 本文] (この前の文は残されておりません) いのりなんどの仰せかう(蒙)ほるべしとをぼへ候はざりつるに、をほ(仰)せた(給)びて候事のかたじけなさ。 かつはし(師)なり、かつは弟子なり、かつはだんな(檀那)なり。御ためにはくび(頸)もき(切)られ、遠流にもなり候へ。 かわる事ならばいかでかかわらざるべき。されども此の事は叶ふまじきにて候ぞ。 大がく(学)と申す人は、ふつうの人にはに(似)ず、日蓮が御かんきの時身をすてかたうど(方人)して候ひし人なり。 此の仰せは城(じょう)殿の御計らひなり。城殿と大学殿は知音(ちいん)にてをはし候。 其の故は大がく殿は坂東第一の御てかき(手書)、城介(じょうのすけ)殿は御て(手)をこの(好)まるる人なり。 (この後の文も残されておりません) ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 20:17
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2019年 11月 10日
【根露枝枯御書】 ■出筆時期:弘安元年(1278) 五十七歳歳御作 ■出筆場所:身延山中 草庵にて。 ■出筆の経緯:本抄は断片が伝えられておられますが前後が不明のため、対合衆・述作日等の詳細は不明です。 内容は「念仏宗・禅宗と真言とは其の根本謬誤を本とし、誑惑を源とせり」と記されておられるように、当時武士及び民衆の大半が信仰していた念仏・禅・真言の諸宗派を破析するとともに「日蓮はいやしくとも天のはからひ大法流布の時来るならば、彼の悪法やぶれて此の真実の法立つ事疑なかるべし」と断じられ、大聖人の広宣流布への大確信を説かれておられます。 また「すでに此の悪法消えんとするは汝知るやいなや」と記され"汝"と問いかけておられることから、恐らく三論宗・念仏・禅・真言のいずれかの僧侶に宛てたのではと推察されます。 ■ご真筆:現存しておりません。 【根露枝枯御書 本文】 三論宗も分別ならざる証文をもつて立てたりしかば、盲目の衆生に値うて誑惑(おうわく)せしかども、明眼の智者に値うて邪義顕れぬ。 此れ即根露(あらわ)るれば枝枯れ、源乾けば流竭(つ)く自然の道理なり。 念仏宗・禅宗と真言とは其の根本謬誤(びゅうご)を本とし、誑惑(おうわく)を源とせり。 其の根源顕れなば設い日蓮はいや(卑)しくとも天のはからひ大法流布の時来るならば、彼の悪法やぶれて此の真実の法立つ事疑なかるべし。 すでに此の悪法消えんとするは汝知るやいなや。日蓮をいや(賤)しみて、さんざんとするほどにするほどに。 ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 20:11
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2019年 11月 10日
■出筆時期:弘安元年(1270年) 五十七歳御作。 ■出筆場所:身延山中 草庵にて。 ■出筆の経緯:本抄は末尾に「しかるに・たまたまの御とぶらい、ただ事にはあらず」と記されておられるように、身延山中の大聖人の草庵を訪れた某信徒への返書であろうと思われます。 文中では、「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科(とが)を顕せ」と厳しい指導をなされるととに「此の三師を用ゆる国主終に法皇尽了(つきおわ)んぬ、明雲座主の義仲に殺されし、承久に御室思い死にせし是なり」と断じ、弘法・叡山座主慈覚、智証の三師を重用した国主・法皇が滅び、真言亡国の現証を顕わしていることを示し、「我が朝の亡国となるべき事先に此れをかんがへて宛も符契のごとし。此れ皆法華経の御力なり」と断じられておられます。 ■ご真筆:富士大石寺(一般非公開)。 [閻浮提中御書 本文] 閻浮提中飢餓[勃起]」(又云)「[叉]示現閻浮提中刀[兵勃起]」と。叉曰く「叉示現閻浮提中疫病勃起」等云々。 人王三十代[百済]国の聖明王[仏像経日本]国にわたす。王此れを用いずして三代仏罰にあたるべし。 釈迦仏を申し隠すとが□□念仏者等・善光寺の阿弥陀仏云云、上一人より下万民にいたるまで皆人□□□□此れをあらわす、日蓮にあだをなす人は惣(すべ)て日蓮を犯す、天は惣て此国を□□□□□□、二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん」等云云。 又云く「多病痟痩痟(しょうそう)」第八に云く「諸悪重病」又第二に云く「若し医道を修し方に順て病を治せば更に他の疾を増し或は復死を致す」、又云く「若し自ら病有らんに人の救療すること無く設い良薬を服すとも而も復増劇(ぞうぎゃく)せん」等云云。 弘法大師後に望んで戯論と作す、東寺の一門上御室より下一切の東寺の門家は法華経を戯論と云云、叡山の座主並びに三千の大衆(又)日本国・山寺一同の云く□□□□□大日経等云云、智証大師の云く法華尚及ばず等云云、園城の長吏並びに一国の末流等の云く法華経は真言経に及ばずと云云、此の三師を用ゆる国主終に法皇尽了(ことごとくおわ)んぬ、明雲座主の義仲に殺されし、承久に御室思い死にせし是なり。 願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科(とが)を顕せ。 師子は値いがたかるべし、国主の責め・なををそろし・いわうや閻魔のせめをや、日本国のせめは水のごとし・ぬるるを・をそるる事なかれ、閻魔のせめは火のごとし・裸(はだか)にして入るとをもへ。 大涅槃経の文の心は仏法を信じて今度生死をはなるる人のすこし心のゆるなるをすす(勧)めむがために疫病を仏のあたへ給うはげます心なり、すすむる心なり。 日蓮は凡夫なり天眼なければ一紙をもみとを(見透)すことなし、宿命なければ三世を知ることなし、而れども此の経文のごとく日蓮は肉眼なれども天眼宿命□□□日本国七百余歳の仏眼の流布せしやう、八宗・十宗の邪正漢土月氏の論師人師の勝劣・八万十二の仏経の旨趣をあらあらすいち(推知)し[給う]、我が朝の亡国となるべき事先に此れをかんがへて宛も符契のごとし。此れ皆法華経の御力なり、而るを国主は讒臣等が凶言を・をさめて・あだをなせしかば、凡夫なれば道理なりと・をもつて退する心なかりしかども・度度あだをな[せり]。 美食ををさめぬ人なれば力をよばず・山林にまじわり候いぬ。されども凡夫なればかん(寒)も忍びがたく・熱をもふせぎがたし、食ともし表○目が万里の一食・忍びがたく、思子孔が十旬・九飯堪ゆべきにあらず、読経の音も絶えぬべし・観心の心をろそ(疎)かなり。 しかるに・たまたまの御とぶらい、ただ事にはあらず。教主釈尊の御すすめか・将又過去宿習の御催か、方方紙上に尽し難し、恐恐謹言。 ※□は判読不明箇所、[]の文は真筆の判読不明箇所を推察したものです。 ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 20:08
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2019年 11月 10日
【食物三徳御書】 ■出筆時期:弘安元年(西暦1278年) 五十七歳御作 ■出筆場所:身延山中 草庵にて。 ■出筆の経緯:本抄は断簡が残されておりますが、前後の文は古写本もなく、また 対告衆(送り先)も不明です。恐らく強信徒から身延の大聖人の元に食等のご供養の品々が届けられ、その事への返書としてしたためられたと思われます。大聖人は文中で「食には三の徳あり、一には命をつぎ、二にはいろをま(増)し、三には力をそ(添う)」と記されるとともに、悪をつく者(謗法の徒)に供養することは、相手の命を増し、かえって供養した自分は「力無き報を得る)と諭されておられます。 さらに釈尊の一切経について「一切経と申すは紙の上に文字をのせたり。譬へば虚空に星月のつら(連)なり、大地に草木の生ぜるがごとし。この文字は釈迦如来の気にも候なり。気と申すは生気なり、この生気に二あり、一には九界」と深々の法門を説かれておらります。尚、「この生気に二あり、一には九界」以後の不明な箇所は、恐らく九界と仏界つまり一念三千について説かれているものと推察されます。 ■ご真筆:富士大石寺断簡所蔵。※一般非公開。 [食物三徳御書 本文]※本抄の前後の文はご真筆及び古写本も残されておらず不明です。 たから(宝)とす。山の中には、塩をたからとす、魚は水ををや(親)とし鳥は木を家とす。人は食をたからとす。かるがゆへ(故)に大□□王は民ををや(親)とし、民は食を天とすとかか(書)れたり。食には三の徳あり、一には命をつぎ、二にはいろ(色)をま(増)し、三には力をそ(添う)う。人に物をほどこせば、我が身のたすけとなる。 譬へば人のために火をともせば、我がまへ(前)あき(明)らかなるがごとし。悪をつくるものをやしな(養)へば命をますゆへに気ながし。色をますゆへに眼にひか(光)りあり。力をますゆへにあし(足)はやく・てき(手利)く。 かるがゆへに食をあたへたる人、かへりて、いろもなく気もゆわ(弱)く、力もなきほう(報)をうるなり。 一切経と申すは紙の上に文字をのせたり。譬へば虚空に星月のつら(連)なり、大地に草木の生ぜるがごとし。この文字は釈迦如来の気にも候なり。気と申すは生気なり、この生気に二あり、一には九界・・・ ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 20:03
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2019年 11月 10日
[法華初心成仏抄 本文] その五 問うて云く凡そ仏法を能く心得て仏意に叶へる人をば世間に是を重んじ一切是を貴む、然るに当世法華経を持つ人人をば世こぞつて悪み嫉み軽しめ賤み或は所を追ひ出し、或は流罪し供養をなすまでは思いもよらず怨敵の様ににくまるるは、いかさまにも心わろくして仏意にもかなはず・ひが(僻)さまに法を心得たるなるべし、経文には如何が説きたるや、答えて云く経文の如くならば末法の法華経の行者は人に悪まるる程に持つを実の大乗の僧とす、又経を弘めて人を利益する法師なり、人に吉(よし)と思はれ人の心に随いて貴しと思はれん僧をば法華経のかたき世間の悪知識なりと思うべし、此の人を経文には猟師の目を細めにして鹿をねらひ猫の爪を隠して鼠をねらふが如くにして在家の俗男・俗女の檀那をへつ(諛)らい・いつわ(偽)り・たぼ(誑)らかすべしと説き給へり、其の上勧持品には法華経の敵人三類を挙げられたるに、一には在家の俗男・俗女なり此の俗男・俗女は法華経の行者を憎み罵り打ちはり・きり殺し所を追ひ出だし或は上(かみ)へ讒奏して遠流し・なさけなくあだむ者なり、二には出家の人なり此の人は慢心高くして内心には物も知らざれども智者げにもてなして世間の人に学匠と思はれて法華経の行者を見ては怨(あだ)み嫉(ねた)み軽しめ、賤み犬野干よりも・わろきようを人に云いうとめ法華経をば我一人心得たりと思う者なり、三には阿練若(あれんにゃ)の僧なり此の僧は極めて貴き相を形(かたち)に顕し三衣・一鉢を帯して山林の閑かなる所に篭り居て在世の羅漢の如く諸人に貴まれ仏の如く万人に仰がれて法華経を説の如くに読み持(たも)ち奉らん僧を見ては憎み嫉んで云く大愚癡の者・大邪見の者なり総て慈悲なき者・外道の法を説くなんど云わん、上一人より仰いで信を取らせ給はば其の已下万人も仏の如くに供養をなすべし、法華経を説の如くよみ持たん人は必ず此の三類の敵人に怨まるべきなりと仏説き給へり。 問うて云く仏の名号を持つ様に法華経の名号を取り分けて持つべき証拠ありや如何、答えて云く経に云く「仏諸の羅刹女に告げたまわく善き哉善き哉汝等但能く法華の名を受持する者を擁護せん福(さいわい)量る可からず」と云云此の文の意は十羅刹の法華の名を持つ人を護らんと誓言を立て給うを大覚世尊讃めて言(のたまわ)く善き哉善き哉汝等南無妙法蓮華経と受け持(たも)たん人を守らん功徳いくら程とも計りがたく・めでたき功徳なり神妙なりと仰せられたる文なり、是れ我等衆生の行住坐臥に南無妙法蓮華経と唱ふべしと云う文なり。 凡そ妙法蓮華経とは我等衆生の仏性と梵王・帝釈等の仏性と舎利弗・目連等の仏性と文殊・弥勒等の仏性と三世の諸仏の解(さとり)の妙法と一体不二なる理を妙法蓮華経と名けたるなり、故に一度(ひとたび)妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚(よ)び顕し奉る功徳・無量無辺なり、我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、譬えば篭の中の鳥なけば空(そら)とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ、されば「若し暫くも持つ者は我れ則ち歓喜す諸仏も亦然なり」と説き給うは此の心なり、されば三世の諸仏も妙法蓮華経の五字を以て仏に成り給いしなり三世の諸仏の出世の本懐・一切衆生・皆成仏道の妙法と云うは是なり。是等の趣きを能く能く心得て仏になる道には我慢偏執の心なく南無妙法蓮華経と唱へ奉るべき者なり。 日蓮在御判 ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 18:53
| 重要法門(十大部除く)
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2019年 11月 10日
[法華初心成仏抄 本文] その四 問うて云く無智の人も法華経を信じたらば即身成仏すべきか、又何れの浄土に往生すべきぞや、答えて云く法華経を持つにおいては深く法華経の心を知り止観の坐禅をし一念三千・十境・十乗の観法をこらさん人は実に即身成仏し解(さとり)を開く事もあるべし、其の外に法華経の心をもしらず無智にしてひら(但)信心の人は浄土に必ず生(うまる)べしと見えたり、されば生十方仏前と説き或は即往安楽世界と説きき、是の法華経を信ずる者の往生すと云う明文なり、之に付いて不審あり其の故は我が身は一(ひとつ)にして十方の仏前に生るべしと云う事心得られず、何れにてもあれ一方に限るべし正に何れの方をか信じて往生すべきや、答えて云く一方にさだめずして十方と説くは最もいはれあるなり、所以に法華経を信ずる人の一期(ご)終る時には十方世界の中に法華経を説かん仏のみもとに生るべきなり、余の華厳・阿含・方等・般若経を説く浄土へは生るべからず、浄土十方に多くして声聞の法を説く浄土もあり辟支仏(ひゃくしぶつ)の法を説く浄土もあり或は菩薩の法を説く浄土もあり、法華経を信ずる者は此等の浄土には一向生れずして法華経を説き給う浄土へ直ちに往生して座席に列りて法華経を聴聞してやがてに仏になるべきなり、然るに今世にして法華経は機に叶はずと云いうとめて西方浄土にて法華経をさとるべしと云はん者は阿弥陀の浄土にても法華経をさとるべからず十方の浄土にも生るべからず、法華経に背く咎(とが)重きが故に永く地獄に堕つべしと見えたり、其人命終入阿鼻獄と云へる是なり。 問うて云く即往安楽世界阿弥陀仏と云云、此の文の心は法華経を受持し奉らん女人は阿弥陀仏の浄土に生るべしと説き給へり念仏を申しても阿弥陀の浄土に生るべしと云ふ、浄土既に同じ念仏も法華経も等(ひとし)と心え候べきか如何、答えて云く観経は権教なり法華経は実教なり全く等(ひと)しかるべからず其の故は仏世に出でさせ給いて四十余年の間・多くの法を説き給いしかども二乗と悪人と女人とをば簡(きら)ひはてられて成仏すべしとは一言も仰せられざりしに此の経にこそ敗種の二乗も三逆の調達も五障の女人も仏になるとは説き給い候つれ、其の旨経文に見えたり、華厳経には「女人は地獄の使なり仏の種子を断ず外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し」と云へり、銀色女経には三世の諸仏の眼は抜けて大地に落つるとも法界の女人は永く仏になるべからずと見えたり、又経に云く「女人は大鬼神なり能く一切の人を喰う」と、竜樹菩薩の大論には一度女人を見れば永く地獄の業を結ぶと見えたり・されば実にてやありけん善導和尚は謗法なれども女人をみずして一期生と云はれたり、又業平が歌にも葎(むぐら)をいて・あれたる(やど)のう(憂)れたきは・かりにも鬼の・す(集)だくなりけりと云うも女人をば鬼とよめるにこそ侍れ、又女人には五障三従と云う事有るが故に罪深しと見えたり、五障とは一には梵天王・二には帝釈・三には魔王・四には転輪聖王・五には仏にならずと見えたり、又三従とは女人は幼き時は親に従いて心に任せず、人となりては男に従いて心にまかせず、年よりぬれば子に従いて心にまかせず加様に幼き時より老耄(ろうもう)に至るまで三人に従て心にまかせず思う事をもいはず見たき事をもみず聴問したき事をもきかず是を三従とは説くなり、されば栄啓期が三楽を立てたるにも女人の身と生れざるを一(ひとつ)の楽みといへり、加様に内典・外典にも嫌はれたる女人の身なれども此の経を読まねども・かかねども身と口と意とにうけ持ちて殊に口に南無妙法蓮華経と唱へ奉る女人は在世の竜女・憍曇弥(きょうどんみ)・耶輸陀羅(やしゅたら)女の如くに・やすやすと仏になるべしと云う経文なり、又安楽世界と云うは一切の浄土をば皆安楽と説くなり、又阿弥陀と云うも観経の阿弥陀にはあらず、所以に観経の阿弥陀仏は法蔵比丘の阿弥陀・四十八願の主(あるじ)十劫成道の仏なり、法華経にも迹門の阿弥陀は大通智勝仏の十六王子の中の第九の阿弥陀にて法華経大願の主(あるじ)の仏なり、本門の阿弥陀は釈迦分身の阿弥陀なり随つて釈にも「須く更に観経等を指すべからざるなり」と釈し給へり。 問うて云く経に難解難入と云へり世間の人・此の文を引いて法華経は機に叶はずと申し候は道理と覚え候は如何、答えて云く謂(いわ)れなき事なり其の故は此の経を能(よく)も心えぬ人の云う事なり、法華より已前の経は解(さと)り難く入り難し法華の座に来りては解り易く入り易しと云う事なり、されば妙楽大師の御釈に云く「法華已前は不了義なるが故に・故に難解と云う即ち今の教には咸(ことごと)く皆実に入るを指す故に易知と云う」文、此の文の心は法華より已前の経にては機つたなくして解り難く入り難し、今の経に来りては機賢く成りて解り易く入り易しと釈し給へり、其の上難解難入と説かれたる経が機に叶はずば先(まず)念仏を捨てさせ給うべきなり、其の故は雙観経に「難きが中の難き此の難に過ぎたるは無し」と説き阿弥陀経には難信の法と云へり、文の心は此の経を受け持たん事は難きが中の難きなり此れに過ぎたる難きはなし難信の法なりと見えたり。 問うて云く経文に「四十余年未だ真実を顕さず」と云い、又「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過るとも終に無上菩提を成ずることを得じ」と云へり、此の文は何体(いかてい)の事にて候や、答えて云く此の文の心は釈迦仏・一期五十年の説法の中に始めの華厳経にも真実をとかず中の方等・般若にも真実をとかず、此の故に禅宗・念仏・戒等を行ずる人は無量無辺劫をば過ぐとも仏にならじと云う文なり、仏四十二年の歳月を経て後・法華経を説き給ふ文には「世尊の法は久くして後に要(かな)らず当に真実を説き給うべし」と仰せられしかば、舎利弗等の千二百の羅漢・万二千の声聞・弥勒等の八万人の菩薩・梵王・帝釈等の万億の天人・阿闍世王等の無量無辺の国王・仏の御言を領解する文には「我等昔より来数(このかた・しばしば)世尊の説を聞きたてまつるに未だ曾つて是くの如き深妙の上法を聞かず」と云つて、我等仏に離れ奉らずして四十二年・若干の説法を聴聞しつれども・いまだ是くの如き貴き法華経をばきかずと云へる、此等の明文をば・いかが心えて世間の人は法華経と余経と等しく思ひ剰(あまつさ)へ機に叶はねば闇の夜の錦・こぞ(去年)の暦なんど云ひて、適(たまたま)持つ人を見ては賤(いやし)み軽しめ悪み嫉(ねた)み口をすくめなんどする是れ併(しかしなが)ら謗法なり争(いかで)か往生成仏もあるべきや、必ず無間地獄に堕つべき者と見えたり。 [法華初心成仏抄 本文] その五に続く ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 18:43
| 重要法門(十大部除く)
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2019年 11月 10日
浄土宗の人人・末法万年には余経悉(ことごと)く滅し弥陀一教のみと云ひ又当今末法は是れ五濁の悪世唯浄土の一門のみ有て通入す可き路なりと云つて虚言(そらごと)して大集経に云くと引(ひけ)ども彼の経に都て此文なし、其の上あるべき様もなし仏の在世の御言に当今末法五濁の悪世には但浄土の一門のみ入るべき道なりとは説き給うべからざる道理顕然なり本経には「当来の世・経道滅尽し特(ひと)り此の経を留めて止住する事百歳ならん」と説けり、末法一万年の百歳とは全く見えず、然るに平等覚経・大阿弥陀経を見るに仏滅後一千年の後の百歳とこそ意えられたれ、然るに善導が惑(まど)へる釈をば尤(もっと)も道理と人・皆思へり是は諸僻案(これびゃくあん)の者なり、但し心あらん人は世間のことはりをもつて推察せよ、大旱魃(かんばつ)のあらん時は大海が先にひ(涸)るべきか小河が先にひるべきか仏是を説き給うには法華経は大海なり観経・阿弥陀経等は小河なり、されば念仏等の小河の白法こそ先にひるべしと経文にも説き給いて候ひぬれ、大集経の五箇の五百歳の中の第五の五百歳・白法隠没と云(いえる)と雙観経に経道滅尽と云(いえる)とは但一つ心なり、されば末法には始めより雙観経等の経道滅尽すと聞えたり経道滅尽と云(いえる)は経の利生の滅すと云う事なり、色(しき)の経巻有るにはよるべからず、されば当時は経道滅尽の時に至つて二百歳に余れり、此の時は但法華経のみ利生得益あるべし。 されば此経を受持して南無妙法蓮華経と唱え奉るべしと見えたり薬王品には「後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむることなけん」と説き給ひ、天台大師は「後の五百歳遠く妙道に沾(うるおわ)ん」と釈し、妙楽大師は「且(すべから)らく大経の流行す可き時に拠る」と釈して後の五百歳の間に法華経弘まりて其の後は閻浮提の内に絶え失(う)せる事有るべからずと見えたり、安楽行品に云く「後の末世の法滅せんと欲せん時に於て斯の経典を受持し読誦せん者」文 神力品に云く「爾の時に仏上行等の菩薩大衆に告げたまわく属累の為の故に此の経の功徳を説くとも猶尽すこと能わじ、要を以て之を云わば如来の一切の所有の法・如来の一切の自在の神力・如来の一切の秘要の蔵・如来の一切の甚深の事皆此経に於て宣示顕説す」と云云、此等の文の心は釈尊入滅の後・第五の五百歳と説くも末世と云うも濁悪世と説くも正像二千年過ぎて末法の始二百余歳の今時は唯法華経計り弘まるべしと云う文なり、其の故は人既にひが(僻)み法も実にしるしなく仏神の威験もましまさず今生後生の祈りも叶はず、かからん時は・たよりを得て天魔・波旬乱れ入り国土常に飢渇(けかち)して天下も疫癘(えきれい)し他国侵逼難・自界叛逆難とて我が国に軍(いくさ)合戦常にありて、後には他国より兵(つわもの)どもをそひ来りて此の国を責むべしと見えたり、此(か)くの如き闘諍堅固の時は余経の白法は験(しる)し失(う)せて法華経の大良薬を以て此の大難をば治すべしと見えたり。 法華経を以て国土を祈らば上(かみ)一人より下(しも)万民に至るまで悉く悦び栄へ給うべき鎮護国家の大白法なり、但し阿闍世王・阿育大王は始めは悪王なりしかども耆婆大臣の語(ことば)を用ひ夜叉尊者を信じ給いて後にこそ賢王の名をば留め給いしか、南三・北七を捨てて智顗法師を用ひ給いし陳主・六宗の碩徳を捨てて最澄法師を用ひ給いし桓武天皇は今に賢王の名を留め給へり、智顗法師と云うは後には天台大師と号し奉る最澄法師は後には伝教大師と云う是なり、今の国主も又是くの如し現世安穏後生善処なるべき此の大白法を信じて国土に弘め給はば万国に其の身を仰がれ後代に賢人の名を留め給うべし、知らず又無辺行菩薩の化身にてやましますらん、又妙法の五字を弘め給はん智者をばいかに賤くとも上行菩薩の化身か又釈迦如来の御使かと思うべし、又薬王菩薩・薬上菩薩・観音・勢至の菩薩は正像二千年の御使なり此等の菩薩達の御番(ごばん)は早過(はやすぎ)たれば上古(むかし)の様に利生有るまじきなり、されば当世の祈を御覧ぜよ一切叶はざる者なり、末法今の世の番衆は上行・無辺行等にてをはしますなり此等を能能(よくよく)明らめ信じてこそ法の験(しるし)も仏菩薩の利生も有るべしとは見えたれ、譬えばよき火打とよき石のかどと・よきほくちと此の三(みつ)寄り合いて火を用ゆるなり、祈も又是くの如しよき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり、よき師とは指したる世間の失(とが)無くして聊のへつ(諂)らうことなく少欲知足にして慈悲有らん僧の経文に任せて法華経を読み持ちて人をも勧めて持たせん僧をば仏は一切の僧の中に吉(よき)第一の法師なりと讃(ほ)められたり、吉(よき)檀那とは貴人にもよらず賤人をもにくまず上にもよらず下をもいやしまず一切・人をば用いずして一切経の中に法華経を持たん人をば一切の人の中に吉(よき)人なりと仏は説給へり吉(よき)法とは此の法華経を最為第一の法と説かれたり、已説の経の中にも今説の経の中にも当説の経の中にも此の経第一と見えて候へば吉法なり、禅宗・真言宗等の経法は第二・第三なり殊に取り分けて申せば真言の法は第七重の劣なり、然るに日本国には第二・第三乃至第七重の劣の法をもつて御祈禱あれども未だ其の証拠をみず、最上第一の妙法をもつて御祈禱あるべきか、是を正直捨方便・但説無上道・唯此(ゆいし)一事実と云へり誰か疑をなすべきや。 問うて云く無智の人来りて生死を離るべき道を問わん時は何れの経の意をか説くべき仏如何が教へ給へるや、答えて云く法華経を説くべきなり所以に法師品に云く「若し人有つて何等の衆生か未来世に於て当に作仏することを得べきと問わば応に示すべし、是の諸人等未来世に於て必ず作仏することを得ん」と云云、安楽行品に云く「難問する所有らば小乗の法を以て答えず但大乗を以て而も為に解説せよ」云云、此等の文の心は何(いか)なる衆生か仏になるべきと問わば法華経を受持し奉らん人必ず仏になるべしと答うべきなり是れ仏の御本意なり、之に付て不審あり衆生の根性区(まちまち)にして念仏を聞かんと願ふ人もあり法華経を聞かんと願ふ人もあり、念仏を聞かんと願ふ人に法華経を説いて聞かせんは何の得益かあるべき、又念仏を聞かんが為に請じたらん時にも強(しい)て法華経を説くべきか、仏の説法も機に随いて得益有るをこそ本意とし給うらんと不審する人あらば云うべし、元より末法の世には無智の人に機に叶ひ叶はざるを顧みず但強いて法華経の五字の名号を説いて持たすべきなり、其の故は釈迦仏・昔不軽菩薩と云はれて法華経を弘め給いしには男女・尼法師がおしなべて用ひざりき、或は罵(ののし)られ毀(そし)られ或は打れ追はれ一しなならず、或は怨(あだ)まれ嫉(ねた)まれ給いしかども少しもこ(懲)りもなくして強いて法華経を説き給いし故に今の釈迦仏となり給いしなり、不軽菩薩を罵(ののし)りまいらせし人は口もゆがまず打ち奉りしかいな(肘)もすくまず、付法蔵の師子尊者も外道に殺されぬ、又法道三蔵も火印を面(かお)にあてられて江南に流され給いしぞかし、まして末法にかひなき僧の法華経を弘めんにはかかる難あるべしと経文に正(まさし)く見えたり、されば人是を用ひず機に叶はずと云へども強いて法華経の五字の題名を聞かすべきなり、是ならでは仏になる道はなきが故なり、又或人不審して云く、機に叶はざる法華経を強いて説いて謗ぜさせて・悪道に人を堕(おと)さんよりは、機に叶へる念仏を説いて・発心せしむべし、利益もなく謗ぜさせて返つて地獄に堕(おと)さんは法華経の行者にもあらず邪見の人にてこそ有るらめと不審せば、云うべし経文には何体(いかてい)にもあれ末法には強いて法華経を説くべしと仏の説き給へるをばさていかが心うべく候や、釈迦仏・不軽菩薩・天台・妙楽・伝教等はさて邪見の人・外道にて・おはしまし候べきか、又悪道にも堕ちず三界の生を離れたる二乗と云う者をば仏のの給はく設ひ犬野干の心をば発(おこ)すとも二乗の心をもつべからず五逆十悪を作りて地獄には堕つとも二乗の心をばもつべからずなんどと禁(いまし)められしぞかし、悪道におちざる程の利益は争でか有るべきなれども其れをば仏の御本意とも思し食さず地獄には堕つるとも仏になる法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり、されば天台妙楽も此の心を以て強いて法華経を説くべしとは釈し給へり譬えば、人の地に依りて倒れたる者の返つて地をおさへて起(たつ)が如し、地獄には堕つれども疾く浮んで仏になるなり、当世の人・何となくとも法華経に背く失(とが)に依りて地獄に堕ちん事疑なき故に、とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となつて仏になるべきなり、何(いか)にとしても仏の種(たね)は法華経より外になきなり、権教をもつて仏になる由だにあらば、なにしにか仏は強いて法華経を説いて謗ずるも信ずるも利益あるべしと説き我不愛身命とは仰せらるべきや、よくよく此等を道心ましまさん人は御心得あるべきなり。 ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 18:23
| 重要法門(十大部除く)
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2019年 11月 10日
[法華初心成仏抄 本文] その二 問うて云く釈迦一期の説法は皆衆生のためなり衆生の根性万差なれば説法も種種なり何れも皆得道なるを本意とす、然れば我が有縁の経は人の為には無縁なり人の有縁の経は我が為には無縁なり故に余経の念仏によりて得道なるべき者の為には観経等はめでたし法華経等は無用なり、法華によりて成仏得道なるべき者の為には余経は無用なり法華経はめでたし、四十余年・未顕真実と説くも雖示(すいじ)種種道・其実為(ごじつい)仏乗と云うも正直捨方便・但説無上道と云うも法華得道の機の前の事なりと云う事世こぞつてあはれ然るべき道理かななんど思へり如何(いかが)心うべきや、若し爾らば大乗・小乗の差別もなく権教・実教の不同もなきなり何れをか仏の本意と説き何れをか成仏の法と説き給えるや甚だいぶかし・いぶかし、答えて云く凡そ仏の出世は始めより妙法を説かんと思し食ししかども衆生の機縁・万差にして・ととのを(不調)らざりしかば三七日の間・思惟し四十余年の程こしらへ・おおせて最後に此の妙法を説き給う、故に「若し但仏乗を讃せば衆生・苦に没在し是の法を信ずること能わず、法を破して信ぜざるが故に三悪道に墜ちん」と説き「世尊の法は久くして後要(かな)らず当に真実を説きたまうべし」とも云へり、此の文の意は始めより此の仏乗を説かんと思し食ししかども仏法の気分もなき衆生は信ぜずして定めて謗りを至さん、故に機をひとしなに誘(ととの)へ給うほどに初めに華厳・阿含・方等・般若等の経を四十余年の間とき最後に法華経をとき給う時、四十余年の座席にありし身子・目連等の万二千の声聞・文殊・弥勒等の八万の菩薩・万億の輪王等・梵王・帝釈等の無量の天人・各爾前に聞きし処の法をば如来の無量の知見を失えりと云云、法華経を聞いては無上の宝聚求めざるに自ら得たりと悦び給ふ、されば「我等昔より来数(このかた・しばしば)世尊の説を聞きたてまつるに未だ曾つて是くの如き深妙の上法を聞かず」とも、「仏・希有の法を説き給う昔より未だ曾つて聞かざる所なり」とも説き給う、此等の文の心は四十余年の程・若干の説法を聴聞せしかども法華経の様なる法をば総てきかず又仏も終に説かせ給はずと法華経を讃(ほめ)たる文なり四十二年の聴(きき)と今経の聴とをばわ(分)けたくら(比)ぶべからず、然るに今経をそれ法華経得道の人の為にして爾前得道の者の為には無用なりと云う事・大なる誤りなり、をのづから四十二年の経の内には一機・一縁の為にしつらう処の方便なれば設い有縁無縁の沙汰はありとも法華経は爾前の経経の座にして得益しつる機どもを押(おし)ふさ(聚束)ねて一純に調えて説き給いし間有縁無縁の沙汰あるべからざるなり、悲しいかな大小・権実みだりがわしく仏の本懐を失いて爾前得道の者のためには法華経無用なりと云へる事を能能(よくよく)慎むべし・恐るべし、古の徳一大師と云いし人・此の義を人にも教へ我が心にも存して・さて法華経を読み給いしを伝教大師・此の人を破し給ふ言(ことば)に「法華経を讃すと雖も還つて法華の心を死(ころ)す」と責め給いしかば徳一大師は舌八(やつ)にさけて失せ給ひき。 問うて云く天台の釈の中に菩薩処処得入と云う文は法華経は但二乗の為にして菩薩の為ならず菩薩は爾前の経の中にしても得道なると見えたり・若し爾らば未顕真実も正直捨方便等も総じて法華経八巻の内・皆以て二乗の為にして菩薩は一人も有るまじきと意(こころ)うべきか如何、答えて云く法華経は但二乗の為にして菩薩の為ならずと云う事は天台より已前・唐土に南三・北七と申して十人の学匠の義なり、天台は其の義を破し失(うせ)て今は弘まらず若し菩薩なしと云はば菩薩是の法を聞いて疑網皆已に除くと云える豈是れ菩薩の得益なしと云わんや、それに尚鈍根の菩薩は二乗とつれて得益あれども利根の菩薩は爾前の経にて得益すと云はば「利根鈍根等しく法雨を雨(ふら)す」と説き「一切の菩薩の阿耨多羅三藐三菩提は皆此経に属せり」と説くは何(いか)に、此等の文の心は利根にてもあれ鈍根にてもあれ持戒にてもあれ破戒にてもあれ貴もあれ賤もあれ一切の菩薩・凡夫・二乗は法華経にて成仏得道なるべしと云う文なるをや、又法華得益の菩薩は皆鈍根なりと云はば普賢・文殊・弥勒・薬王等の八万の菩薩をば鈍根なりと云うべきか、其の外に爾前の経にて得道する利根の菩薩と云うは何様(いかよう)なる菩薩ぞや、抑(そもそも)爾前に菩薩の得道と云うは法華経の如き得道にて候か、其(それ)ならば法華経の得道にて爾前の得分にあらず、又法華経より外の得道ならば已今当の中には何れぞや、いかさまにも法華経ならぬ得道は当分の得道にて真実の得道にあらず、故に無量義経には「是の故に衆生の得道差別せり」と云い又「終に無上菩提を成ずることを得じ」と云へり、文の心は爾前の経経には得道の差別を説くと云へども終に無上菩提の法華経の得道はなしとこそ仏は説き給いて候へ。 問うて云く当時は釈尊入滅の後・今に二千二百三十余年なり、一切経の中に何(いずれ)の経が時に相応して弘まり利生も有るべきや大集(だいしつ)経の五箇の五百歳の中の第五の五百歳に当時はあたれり、其の第五の五百歳をば闘諍堅固・白法隠没と云つて人の心たけく腹あしく貪欲・瞋恚・強盛なれば軍(いくさ)・合戦のみ盛(さかん)にして仏法の中に先き先き弘りし所の真言・禅宗・念仏・持戒等の白法は隠没すべしと仏説き給へり、第一の五百歳・第二の五百歳・第三の五百歳・第四の五百歳を見るに成仏の道こそ未顕真実なれ世間の事法は仏の御言(ことば)一分も違はず是を以て之を思うに当時の闘諍堅固・白法隠没の金言も違う事あらじ、若爾(もししか)らば末法には何(いずれ)の法も得益あるべからず何れの仏菩薩も利生あるべからずと見えたり如何、さてもだ(黙止)して何の仏菩薩にもつかへ奉らず何の法をも行ぜず憑(たの)む方(かた)なくして候べきか、後世をば如何が思い定め候べきや、答えて云く末法当時は久遠実成の釈迦仏・上行菩薩・無辺行菩薩等の弘めさせ給うべき法華経二十八品の肝心たる南無妙法蓮華経の七字計り此の国に弘まりて利生得益もあり上行菩薩の御利生盛んなるべき時なり、其の故は経文明白なり道心堅固にして志あらん人は委く是を尋ね聞くべきなり。 [法華初心成仏抄 本文] その三に続く ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 11:07
| 重要法門(十大部除く)
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2019年 11月 10日
【法華初心成仏抄(ほっけしょしんじょうぶつしょう】 ■出筆時期:弘安元年 (西暦1278年) 五十七歳御作 ■出筆場所:身延山 草庵にて述作 ■出筆の経緯:本抄は駿河国岡宮(現在の沼津市)に住む「岡宮妙法尼」に与えられた書です。 岡宮妙法尼は、夫、兄に先立たれながらも大聖人に帰依し続け、純真な信仰を貫いだ女性で、法華経信仰について数々大聖人に問われ、それに対して本書で答えられている。 本書の中で大聖人は『我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて、我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、譬えば篭(かご)の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し、口に妙法をよび奉れば、我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ』と記し、比喩を用いて初心の信徒でも『南無妙法蓮華経』と唱えることより自身の仏性が顕れる道理を、分かりやすく伝えている。 ■ご真筆:現存しておりません。 [法華初心成仏抄 本文] その一 問うて云く八宗・九宗・十宗の中に何(いずれ)か釈迦仏の立て給へる宗なるや、答えて云く法華宗は釈迦所立の宗なり其の故は已説・今説・当説の中には法華経第一なりと説き給う是れ釈迦仏の立て給う処の御語(ことば)なり、故に法華経をば仏立宗と云い又は法華宗と云う又天台宗とも云うなり、故に伝教大師の釈に云く天台所釈の法華の宗は釈迦世尊所立の宗と云へり、法華より外の経には全く已今当の文なきなり、已説とは法華より已前の四十余年の諸経を云う今説とは無量義経を云う当説とは涅槃経を云う此の三説の外に法華経計(ばか)り成仏する宗なりと仏定め給へり、余宗は仏・涅槃し給いて後・或は菩薩或は人師達の建立する宗なり仏の御定(ごじょう)を背きて菩薩・人師の立てたる宗を用ゆべきか菩薩人師の語(ことば)を背きて仏の立て給へる宗(しゅう)を用ゆべきか又何れをも思い思いに我が心に任せて志あらん経法を持つべきかと思う処に仏是を兼て知(しろ)し召して末法濁悪の世に真実の道心あらん人人の持つべき経を定め給へり、経に云く「法に依つて人に依らざれ義に依つて語に依らざれ知に依つて識に依らざれ了義経に依つて不了義経に依らざれ」文、此の文の心は菩薩・人師の言には依るべからず仏の御定(ごじょう)を用いよ華厳・阿含・方等・般若経等の真言・禅宗・念仏等の法には依らざれ了義経を持つべし了義経と云うは法華経を持つべしと云う文なり。 問うて云く今日本国を見るに当時五濁の障(さわり)重く闘諍堅固にして瞋恚の心猛(たけ)く嫉妬の思い甚しかかる国かかる時には何れの経をか弘むべきや、答えて云く法華経を弘むべき国なり、其の故は法華経に云く「閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、瑜伽論には丑寅の隅に大乗・妙法蓮華経の流布すべき小国ありと見えたり、安然和尚云く「我が日本国」等云云、天竺よりは丑寅の角(すみ)に此の日本国は当るなり、又慧心僧都の一乗要決に云く「日本一州・円機純一にして朝野遠近・同く一乗に帰し緇素貴賤(しそきせん)悉く成仏を期せん」云云、此の文の心は日本国は京・鎌倉・筑紫・鎮西・みちをく(陸奥)遠きも近きも法華一乗の機のみ有りて上も下も貴(とうとき)も賤(いやしき)も持戒も破戒も男も女も皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なりと云う文なり、譬えば崑崙山に石なく蓬莱山に毒なきが如く日本国は純(もっぱら)に法華経の国なり、而るに法華経は元よりめでたき御経なれば誰か信ぜざると語(ことば)には云うて而も昼夜朝暮に弥陀念仏を申す人は薬はめでたしとほめて朝夕(あさゆう)毒を服する者の如し、或は念仏も法華経も一(ひとつ)なりと云はん人は石も玉も上ろうも下ろうも毒も薬も一(ひとつ)なりと云わん者の如し、其の上法華経を怨み嫉み悪み毀り軽しめ賤む族(やから)のみ多し、経に云く「一切世間多怨難信」又云く「如来現在・猶多怨嫉(ゆたおんしつ)・況滅度後」の経文少しも違はず当れり、されば伝教大師の釈に云く「代を語れば則ち像の終り末の初め地を尋ぬれば唐の東・羯の西・人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり経に云く猶多怨嫉・況滅度後と此の言良(まこと)に以(ゆえ)有るなり」と、此等の文釈をもつて知るべし、日本国に法華経より外の真言・禅・律宗・念仏宗等の経教・山山・寺寺・朝野遠近に弘まるといへども正(まさし)く国に相応して仏の御本意に相叶ひ生死を離るべき法にはあらざるなり。 問うて云く華厳宗には五教を立て余の一切の経は劣れり華厳経は勝ると云ひ、真言宗には十住心を立て余の一切経は顕経なれば劣るなり真言宗は密教なれば勝れたりと云う、禅宗には余の一切教をば教内と簡(きら)いて教外別伝不立文字と立て壁に向いて悟れば禅宗独り勝れたりと云う、浄土宗には正雑・二行を立て法華経等の一切教をば捨閉閣抛し雑行と簡(きら)ひ浄土の三部経を機に叶ひめでたき正行なりと云う、各各我慢を立て互に偏執を作す何れか釈迦仏の御本意なるや、答えて云く宗宗・各別に我が経こそ・すぐれたれ余経は劣れりと云いて我が宗吉(よし)と云う事は唯是れ人師の言にて仏説にあらず、但し法華経計(ばか)りこそ仏五味の譬を説きて五時の教に当て此の経の勝れたる由を説き、或は又已今当の三説の中に仏になる道は法華経に及ぶ経なしと云う事は正しき仏の金言なり、然るに我が経は法華経に勝れたり我が宗は法華宗に勝れたりと云はん人は下ろうが上ろうを凡下と下(くだ)し相伝の従者(ずさ)が主に敵対して我が下人(げにん)なりと云わんが如し何ぞ大罪に行なはれざらんや、法華経より余経を下(くだ)す事は人師の言にあらず経文分明なり、譬えば国王の万人に勝れたりと名乗り侍の凡下を下ろうと云わんに何の禍(とが)かあるべきや、此の経は是れ仏の御本意なり天台・妙楽の正意なり。 [法華初心成仏抄 本文] その二に続く ▲
by johsei1129
| 2019-11-10 10:54
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2019年 11月 10日
【兵衛志殿御返事】 ■出筆時期:弘安元年(西暦1278)十一月二十九日 五十七歳 御作。 ■出筆場所:身延山中 館にて。 ■出筆の経緯:本抄は池上兄弟の弟、兵衛志宗長に与えられた書です。大聖人は池上兄弟が供養した白厚綿小袖について「兄弟二人のふたつの小袖、わた四十両をきて候が、なつのかたびらのやうにかろく候ぞ。<中略>此の二のこそでなくば今年はこごへしに候なん」と記し、兄弟の真心のご供養の精神を称えられております。また身延の館の様子について「人はなき時は四十人ある時は六十人。<中略>心にはしずかに、あじちむすびて小法師と我が身計り御経よみまいらせんとこそ存じて候に、かかるわづらはしき事候はず、又としあけ候わば、いづくへもにげんと存じ候ぞ」と記し、弟子とその身内が集い活況を呈していることを、面白く記されている貴重な書となっております。 ■ご真筆:京都市 立本寺、他四箇所に断簡所蔵。 ![]() [兵衛志殿御返事 本文] 銭六貫文の内一貫次郎よりの分白厚綿(あつわた)小袖一領。四季にわたりて財を三宝に供養し給う。いづれも、いづれも功徳にならざるはなし。但し時に随いて勝劣、浅深わかれて候。う(飢)へたる人には衣をあたへたるよりも食をあたへて候は、いますこし功徳まさる。こごへたる人には食をあたへて候よりも衣は又まさる。春夏に小袖をあたへて候よりも秋冬にあたへぬれば又功徳一倍なり。これをもつて一切はしりぬべし。ただし此の事にをいては四季を論ぜず日月をたださず、ぜに、こめ、かたびら(帷子)、きぬこそで(衣小袖)、日日、月月にひまなし。例せばびんばしやらわう(頻婆娑羅王)の教主釈尊に日日に五百輛の車ををくり、阿育(あそか)大王の十億の沙金を鶏頭摩寺にせ(施)せしがごとし。大小ことなれども志は彼にもすぐれたり。 其の上今年は子細候。ふゆと申すふゆ、いづれのふゆか、さむからざる。なつと申すなつ、いづれのなつか、あつからざる。ただし今年は余国はいかんが候らん、このはきゐ(波木井)は法にすぎてかん(寒)じ候。ふるきをきな(老)どもにとひ候へば、八十、九十、一百になる者の物語り候は、すべて、いにしへ、これほどさむき事候はず。此のあんじち(庵室)より四方の山の外、十町、二十町。人かよう事候はねば、しり候はず。きんぺん一町のほどは、ゆき(雪)一丈二丈五尺等なり。このうるう(閏)十月卅日ゆきすこしふりて候しが、やがてきへ候ぬ。この月の十一日たつ(辰)の時より十四日まで大雪ふりて候しに、両三日へだてて、すこし雨ふりてゆきかた(堅)くなる事金剛のごとし。いまにきゆる事なし。ひるも、よるも、さむくつめたく候事法にすぎて候。さけはこを(凍)りて石のごとく。あぶらは金ににたり。なべかま(鍋釜)は小(すこ)し水あればこおりてわれ。かん(寒)いよいよかさなり候へば、きものうすく食ともしくして、さしいづるものもなし。 坊ははんさく(半作)にてかぜゆき(風雪)たまらず。しきものはなし。木は、さしいづるものもなければ、火もたかず。ふるきあか(垢)づきなんどして候こそで一(ひとつ)なんどき(著)たるものは其身のいろ紅蓮大紅蓮のごとし。こへ(声)ははは(波波)大ばば(婆婆)地獄にことならず。手足かんじてきれさけ人死ぬことかぎりなし。俗のひげ(鬚)をみればやうらく(瓔珞)をかけたり。僧のはな(鼻)をみればすず(鈴)をつらぬ(つらぬ)きかけて候。 かかるふしぎ候はず候に去年(こぞ)の十二月の卅日より、はらのけ(下痢)の候しが春夏やむことなし。あき(秋)すぎて十月のころ大事になりて候しが、すこして平愈つかまつりて候へども、ややもすればを(発)こり候に、兄弟二人のふたつの小袖、わた(綿)四十両をきて候が、なつ(夏)のかたびら(帷子)のやうにかろく候ぞ。まして、わたうすく、ただぬのもの(布物)ばかりのものをもひやらせ給へ。此の二(ふたつ)のこそでなくば今年はこご(凍)へし(死)に候なん。 其上(うえ)兄弟と申し右近の尉の事と申し食もあいついて候。人はなき時は四十人ある時は六十人。いかにせ(塞)き候へどもこれにある人人のあに(兄)とて出来し舎弟とてさしいで・しきゐ(来居)候ぬれば・かかはやさに・いかにとも申しへず。心にはしずかにあじち(庵室)むすびて、小法師と我が身計り御経よみまいらせんとこそ存じて候に、かかるわづらは(煩)しき事候はず。又とし(年)あけ候わば、いづくへもにげんと存じ候ぞ。かかる・わづらわしき事候はず又又申すべく候。 なによりもえもん(衛門)の大夫志(たゆう・さかん)と・とのとの御事・ちち(父)の御中と申し上のをぼへと申し面(めん)にあらずば申しつくしがたし。 恐恐謹言。 十一月廿九日 日 蓮 花 押 兵衛志殿御返事
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by johsei1129
| 2019-11-10 10:44
| 池上兄弟
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