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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 29日 ( 5 )


2019年 10月 29日

『妙法蓮華経』の五字に法華経一部(二十八品)が収まっていることを示した【四信五品抄】

【四信五品抄(ししんごほんしょう】
■出筆時期:建治三年四月十日 五十六歳御作(西暦1277年) 御書10大部の一つ。
■出筆場所:身延山 草庵にて
■出筆の経緯:下総国守護千葉氏の文官で、大聖人立宗当初に入信した最古参の信徒富木常忍より大聖人に「ご本尊に向かって唱題する」ことに関する問いかけがあり、それに答えるべく、本書をしたためておられます。
内容は『妙法蓮華経」の五字に法華経一部(二十八品)が収められていて、これは『日本』の二字に、六十六カ国の人畜財(人・生物・財産)を全て摂尽(含む)していることと同じであると示しされ、さらに法華経一部を収めている題目を唱る功徳は、『小児が乳を含む時に、其の味(栄養分)を知らざれども自然に身を益す』事と同様であると、信徒にも理解できるようわかりやすい比喩を用いて解き明かしておられます。

さらに初心信徒にとって末法の行(修行)は、余文を雑えずひたすら南無妙法蓮華経と唱題することに尽きると本書であかされておられます。
■ご真筆: 中山法華経寺(13紙)所蔵(重要文化財)。古写本:日興上人書写(富士大石寺蔵)

『妙法蓮華経』の五字に法華経一部(二十八品)が収まっていることを示した【四信五品抄】_f0301354_11473797.jpg








[真筆本文:下記緑字箇所]

『妙法蓮華経』の五字に法華経一部(二十八品)が収まっていることを示した【四信五品抄】_f0301354_19195471.jpg











[日目上人筆・古写本(富士大石寺蔵)]


[四信五品抄 本文] 
 
 青鳧一結(せいふ・ひとゆい)送り給び候い了んぬ。
今来の学者一同の御存知に云く「在世滅後異なりと雖も法華を修行するには必ず三学を具す一を欠いても成ぜず」云云。余又年来(としごろ)此の義を存する処一代聖教は且らく之を置く法華経に入つて此の義を見聞するに序正の二段は且らく之を置く流通の一段は末法の明鏡尤も依用と為すべし、而して流通に於て二有り一には所謂迹門の中の法師等の五品・二には所謂本門の中の分別功徳の半品より経を終るまで十一品半なり、此の十一品半と五品と合せて十六品半・此の中に末法に入つて法華を修行する相貌分明なり是に尚事行かずんば普賢経・涅槃経等を引き来りて之れを糾明せんに其の隠れ無きか、其の中の分別功徳品の四信と五品とは法華を修行するの大要・在世・滅後の亀鏡なり。

 荊谿(けいけい)の云く「一念信解とは即ち是れ本門立行の首(はじめ)なり」と云云、其の中に現在の四信の初の一念信解と滅後の五品の第一の初随喜と此の二処は一同に百界千如・一念三千の宝篋(ほうきょう)・十方三世の諸仏の出(いず)る門なり、天台妙楽の二(ふたり)の聖賢此の二処の位を定むるに三の釈有り所謂或は相似・十信・鉄輪の位・或は観行五品の初品の位・未断見思或は名字即の位なり、止観に其の不定を会して云く「仏意知り難し機に赴きて異説す此を借つて開解せば何ぞ労(わずらわ)しく苦(ねんごろ)に諍(あらそ)わん」云云等。

予が意に云く、三釈の中名字即は経文に叶うか滅後の五品の初の一品を説いて云く「而も毀呰せずして随喜の心を起す」と、若し此の文相似の五品に渡らば而不毀呰の言は便ならざるか、就中寿量品の失心不失心等は皆名字即なり、涅槃経に「若信若不信乃至熈連」とあり之を勘えよ、又一念信解の四字の中の信の一字は四信の初めに居し解の一字は後に奪わるる故なり、若し爾らば無解有信は四信の初位に当る経に第二信を説いて云く「略解言趣」と云云、記の九に云く「唯初信を除く初は解無きが故に」随つて次下の随喜品に至つて上の初随喜を重ねて之を分明にす五十人是皆展転劣なり、第五十人に至つて二の釈有り一には謂く第五十人は初随喜の内なり二には謂く第五十人は初随喜の外なりと云うは名字即なり、教弥よ実なれば位弥よ下れりと云う釈は此の意なり、四味三教よりも円教は機を摂し爾前の円教よりも法華経は機を摂し迹門よりも本門は機を尽すなり教弥実位弥下の六字心を留めて案ず可し。

問う末法に入つて初心の行者必ず円の三学を具するや不や、答えて曰く此の義大事たる故に経文を勘え出して貴辺に送付す、所謂五品の初二三品には仏正しく戒定の二法を制止して一向に慧の一分に限る慧又堪ざれば信を以て慧に代え・信の一字を詮と為す、不信は一闡提謗法の因・信は慧の因・名字即の位なり、天台云く「若し相似の益は隔生(きゃくしょう)すれども忘れず名字観行の益は隔生すれば即ち忘る或は忘れざるも有り忘るる者も若し知識に値えば宿善還つて生ず若し悪友に値えば則ち本心を失う」云云、恐らくは中古の天台宗の慈覚・智証の両大師も天台・伝教の善知識に違背して心・無畏・不空等の悪友に遷(うつ)れり、末代の学者・慧心の往生要集の序に誑惑せられて法華の本心を失い弥陀の権門に入る退大取小の者なり、過去を以て之を推するに未来無量劫を経て三悪道に処せん若し悪友に値えば即ち本心を失うとは是なり。

 問うて曰く其の証如何答えて曰く止観第六に云く「前教に其の位を高うする所以は方便の説なればなり円教の位下きは真実の説なればなり」弘決に云く「前教と云うより下は正く権実を判ず教弥よ実なれば位弥よ下く教弥よ権なれば位弥よ高き故に」と、又記の九に云く「位を判ずることをいわば観境弥よ深く実位弥よ下きを顕す」と云云、他宗は且らく之を置く天台一門の学者等何ぞ実位弥下(じついみげ)の釈を閣いて慧心僧都の筆を用ゆるや、畏・智・空と覚・証との事は追つて之を習え大事なり大事なり一閻浮提第一の大事なり心有らん人は聞いて後に我を外(うと)め。

問うて云く末代初心の行者何物をか制止するや、答えて曰く檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分(けぶん)と為すなり是れ則ち此の経の本意なり、疑つて云く此の義未だ見聞せず心を驚かし耳を迷わす明かに証文を引て請う苦(ねんごろ)に之を示せ、答えて云く経に云く「須く我が為に復た塔寺を起て及び僧坊を作り四事を以て衆僧を供養することをもちいざれ」此の経文明かに初心の行者に檀戒等の五度を制止する文なり、疑つて云く汝が引く所の経文は但寺塔と衆僧と計りを制止して未だ諸の戒等に及ばざるか、答えて曰く初を挙げて後を略す、問て曰く何を以て之を知らん、答えて曰く次下の第四品の経文に云く「況や復人有つて能く是の経を持ちて兼ねて布施・持戒等を行ぜんをや」云云。

 経文分明に初二三品の人には檀戒等の五度を制止し第四品に至つて始めて之を許す後に許すを以て知んぬ初に制する事を、問うて曰く経文一往相似たり将た又疏釈(じょしゃく)有りや、答えて曰く汝が尋ぬる所の釈とは月氏四依の論か将(は)た又漢土日本の人師の書か本を捨て末を尋ね体を離れて影を求め源を忘れて流を貴ぶ分明なる経文を閣いて論釈を請い尋ぬ本経に相違する末釈有らば本経を捨てて末釈に付く可きか、然りと雖も好みに随て之を示さん、文句の九に云く「初心は縁に紛動せられて正業を修するを妨げんことを畏る直ちに専ら此の経を持つ即ち上供養なり事を廃して理を存するは所益弘多なり」と、此の釈に縁と云うは五度なり初心の者兼ねて五度を行ずれば正業の信を妨ぐるなり、譬えば小船に財を積んで海を渡るに財と倶に没するが如し、直専持此経と云うは一経に亘るに非ず専ら題目を持つて余文を雑えず尚一経の読誦だも許さず何に況や五度をや、「廃事存理」と云うは戒等の事を捨てて題目の理を専らにす云云、所益弘多とは初心の者諸行と題目と並び行ずれば所益全く失うと云云。

文句に云く「問う若爾らば経を持つは即ち是れ第一義の戒なり何が故ぞ復能く戒を持つ者と言うや、答う此は初品を明かす後を以て難を作すべからず」等云云、当世の学者此の釈を見ずして末代の愚人を以て南岳天台の二聖に同ず誤りの中の誤りなり、妙楽重ねて之を明して云く「問う若し爾らば若し事の塔及び色身の骨を須(もち)いず亦須(すべから)く事の戒を持つべからざるべし乃至事の僧を供養することを須いざるや」等云云、伝教大師の云く「二百五十戒忽に捨て畢んぬ」唯教大師一人に限るに非ず鑒真の弟子・如宝(じょほう)・道忠並びに七大寺等一同に捨て了んぬ、又教大師未来を誡めて云く「末法の中に持戒の者有らば是れ怪異なり市に虎有るが如し此れ誰か信ず可き」云云。

 問う汝何ぞ一念三千の観門を勧進せず唯題目許りを唱えしむるや。答えて曰く日本の二字に六十六国の人畜財を摂尽(しょうじん)して一も残さず月氏の両字に豈七十ケ国無からんや、妙楽の云く「略して経題を挙ぐるに玄(はるか)に一部を収む」又云く「略して界如を挙ぐるに具さに三千を摂す、文殊師利菩薩・阿難尊者・三会八年の間の仏語之を挙げて妙法蓮華経と題し次下に領解して云く「如是我聞」と云云。

問う其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱うるに解義の功徳を具するや否や、答う小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益(やく)す耆婆が妙薬誰か弁えて之を服せん水(みず)心無けれども火を消し火物を焼く豈(あに)覚有らんや竜樹・天台皆此の意なり重ねて示す可し。

問う何が故ぞ題目に万法を含むや、答う章安の云く「蓋し序王とは経の玄意(げんに)を叙す玄意は文の心を述す文の心は迹本に過ぎたるは莫し」妙楽の云く「法華の文心を出して諸教の所以を弁ず」云云、濁水心無けれども月を得て自ら清(す)めり草木雨を得豈覚有つて花さくならんや妙法蓮華経の五字は経文に非ず其の義に非ず唯一部の意なるのみ、初心の行者其の心を知らざれども而も之を行ずるに自然に意に当るなり。

問う汝が弟子一分の解(げ)無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する其の位如何、答う此の人は但四味三教の極位並びに爾前の円人に超過するのみに非ず将(は)た又真言等の諸宗の元祖・畏・厳・恩・蔵・宣・摩・導等に勝出(しょうしゅつ)すること百千万億倍なり、請う国中の諸人我が末弟等を軽(かろん)ずる事勿れ進んで過去を尋ぬれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈熈連一恒の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ、妙楽の云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ供養すること有る者は福十号に過ぐ」と、優陀延王は賓頭盧尊者を蔑如して七年の内に身を喪失し相州は日蓮を流罪して百日の内に兵乱に遇えり、経に云く「若し復是の経典を受持する者を見て其の過悪を出さん若は実にもあれ若は不実にもあれ此の人現世に白癩の病を得ん乃至諸悪重病あるべし」又云く「当に世世に眼無かるべし」等云云、明心と円智とは現に白癩を得・道阿弥は無眼の者と成りぬ、国中の疫病(やくびょう)は頭破七分(しちぶん)なり罰を以て徳を推するに我が門人等は福過十号疑い無き者なり。

夫れ人王三十代欽明の御宇に始めて仏法渡りし以来桓武の御宇に至るまで二十代二百余年の間六宗有りと雖も仏法未だ定らず、爰に延暦年中に一りの聖人有つて此の国に出現せり所謂伝教大師是なり、此の人先きより弘通する六宗を糾明し七寺を弟子と為して終に叡山を建てて本寺と為し諸寺を取つて末寺と為す、日本の仏法唯一門なり王法も二に非ず法定まり国清めり其の功を論ぜば源(みなもと)已今当の文より出でたり其の後弘法・慈覚・智証の三大師事(こと)を漢土に寄せて大日の三部は法華経に勝ると謂い剰さえ教大師の削(け)ずる所の真言宗の宗の一字之を副(そ)えて八宗と云云。

三人一同に勅宣を申し下して日本に弘通し寺毎(てらごと)に法華経の義を破る是偏に已今当の文を破らんと為して釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵と成りぬ、然して後仏法漸く廃れ王法次第に衰え天照太神・正八幡等の久住の守護神は力を失い梵帝四天は国を去つて已に亡国と成らんとす情有らん人誰か傷(いた)み嗟(なげ)かざらんや、所詮三大師の邪法の興る所は所謂東寺と叡山の総持院と園城寺との三所なり禁止せずんば国土の滅亡と衆生の悪道と疑い無き者か予(よ)粗此の旨を勘え国主に示すと雖も敢て叙用無し悲む可し悲む可し。

[四信五品抄 本文] 完




by johsei1129 | 2019-10-29 22:18 | 御書十大部(五大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 29日

末法に入ると釈尊の教えは経はあって行・証の功力が無くなる事を明らかにした書【教行証御書】三

[教行証御書 本文] その三

 状に云く彼此(ひし)の経経得益の数を挙ぐ等云云、是れ不足に候と先ず陳ぶべし、其の後汝等が宗宗の依経に三仏の証誠之有りや未だ聞かず、よも多宝分身は御来り候はじ、此の仏は法華経に来り給いし間・一仏二言はやは(争)か御坐(おわし)候べきと・次に六難九易何なる経の文に之有りや、若し仏滅後の人人の偽経は知らず、釈尊の実説五十年の説法の内には一字一句も有るべからず候なんど立つ可し、五百塵点の顕本之有りや・三千塵点の結縁説法ありや・一念信解・五十展転の功徳何なる経文に説き給へるや、彼の余経には一二三乃至十功徳すら之無し五十展転まではよも説き給い候はじ、余経には一二の塵数(じんじゅ)を挙げず何に況や五百三千をや、二乗の成不成・竜畜・下賤の即身成仏今の経に限れり、華厳・般若等の諸大乗経に之有りや、二乗作仏は始めて今経に在り、よも天台大師程(ほど)の明哲の弘法慈覚の如き無文無義の偽りはおはし給はじと我等は覚え候、又悪人の提婆・天道国の成道・法華経に並びて何なる経にか之有りや、然りと雖も万の難を閣いて何なる経にか十法界の開会等草木成仏之有りや、天台妙楽の無非中道・惑耳驚心の釈は慈覚智証の理同事勝の異見に之を類す可く候や、已に天台等は三国伝灯の人師・普賢開発の聖師・天真発明の権者なり、豈経論になき事を偽り釈し給はんや、彼れ彼れの経経に何なる一大事か之有るや、此の経には二十の大事あり就中五百塵点顕本の寿量に何なる事を説き給へるとか人人は思召(おぼしめ)し候、我等が如き凡夫無始已来生死の苦底に沈輪して仏道の彼岸を夢にも知らざりし衆生界を・無作本覚の三身と成し実に一念三千の極理を説くなんど・浅深を立つべし、但し公場ならば然るべし私に問註すべからず、慥(たしか)に此の法門は汝等が如き者は人毎に座毎に日毎に談ずべくんば三世諸仏の御罰を蒙るべきなり、日蓮己証なりと常に申せし是なり、大日経に之有りや、浄土三部経の成仏已来凡歴(いらいぼんりゃく)十劫之に類す可きや、なんど前後の文乱れず一一に会す可し、其の後又云うべし、諸人は推量も候へ是くの如くいみじき御経にて候へばこそ多宝遠来して証誠を加え分身来集して三仏の御舌を梵天に付け不虚妄とは訇(のの)しらせ給いしか、地涌千界出現して濁悪末代の当世に別付属の妙法蓮華経を一閻浮提の一切衆生に取り次ぎ給うべき仏の勅使なれば・八十万億の諸大菩薩をば止(やみね)善男子と嫌はせ給しか等云云、又彼の邪宗の者どもの習いとして強に証文を尋ぬる事之有り、涌出品並びに文句の九・記の九の前三後三の釈を出すべし、但日蓮が門家の大事之に如かず。

 又諸宗の人・大論の自法愛染の文を問難とせば、大論の立所(たてば)を尋ねて後・執権謗実の過罪をば竜樹は存知無く候いけるか、「余経は秘密に非ず法華是れ秘密」と仰せられ・譬如大薬師と此の経計り成仏の種子と定めて・又悔い返して「自法愛染・不免堕悪道」と仰せられ候べきか、さで有らば仏語には「正直捨方便・不受余経一偈」なんど法華経の実語には大に違背せり、よもさにては候はじ、若し末法の当世・時剋相応せる法華経を謗じたる弘法・曇鸞なんどを付法蔵の論師・釈尊の御記文にわたらせ給う菩薩なれば鑒知(かんち)してや記せられたる論文なるらん、覚束無(おぼつかな)しなんどあざむく(嘲弄)べし、御辺や不免堕悪道の末学なるらん痛敷(いたわしく)候、未来無数劫の人数にてや有るらんと立つ可し。

 又律宗の良観が云く法光寺殿へ訴状を奉る其の状に云く、忍性年来(としごろ)歎いて云く当世日蓮法師と云える者世に在り斎戒は堕獄す云云、所詮何なる経論に之有りや是一、又云く当世日本国上下誰か念仏せざらん念仏は無間の業と云云、是れ何なる経文ぞや慥なる証文を日蓮房に対して之を聞かん是二、総じて是体(これてい)の爾前得道の有無の法門六箇条云云、然るに推知するに極楽寺良観が已前の如く日蓮に相値うて宗論有る可きの由訇(ののし)る事之有らば目安を上げて極楽寺に対して申すべし、某の師にて候者は去る文永八年に御勘気を蒙り佐州へ遷され給うて後・同じき文永十一年正月の比御免許を蒙り鎌倉に帰る、其の後平金吾に対して様様の次第申し含ませ給いて甲斐の国の深山に閉篭(とじこも)らせ給いて後は、何(いか)なる主上・女院の御意たりと云えども山の内を出で諸宗の学者に法門あるべからざる由仰せ候、随つて其の弟子に若輩のものにて候へども師の日蓮の法門・九牛が一毛をも学び及ばず候といへども法華経に付いて不審有りと仰せらるる人わたらせ給はば存じ候なんど云つて、其の後は随問而答の法門申す可し、又前六箇条一一の難門・兼兼申せしが如く日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず、彼れ彼れの経経と法華経と勝劣・浅深・成仏・不成仏を判ぜん時・爾前迹門の釈尊なりとも物の数ならず何に況や其の以下の等覚の菩薩をや、まして権宗の者どもをや、法華経と申す大梵王の位にて民とも下(くだ)し鬼畜なんどと下しても其の過(あやまち)有らんやと意を得て宗論すべし。

 又彼の律宗の者どもが破戒なる事・山川の頽(くず)るるよりも尚無戒なり、成仏までは思もよらず人天の生を受くべしや、妙楽大師云く「若し一戒を持てば人中に生ずることを得若し一戒を破れば還て三途に堕す」と、其の外斎法経・正法念経等の制法・阿含経等の大小乗経の斎法斎戒・今程の律宗忍性が一党誰か一戒をも持てる還堕三途(げんださんず)は疑無し、若しは無間地獄にや落ちんずらん不便なんど立てて・宝塔品の持戒行者と是を(のの)しるべし、其の後良(やや)有つて此の法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや、但し此の具足の妙戒は一度持つて後・行者破らんとすれど破れず是を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し、三世の諸仏は此の戒を持つて法身・報身・応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ、此れを「諸教の中に於て之を秘して伝へず」とは天台大師は書き給へり、今末法当世の有智・無智・在家・出家・上下・万人此の妙法蓮華経を持つて説の如く修行せんに豈仏果を得ざらんや、さてこそ決定無有疑とは滅後濁悪の法華経の行者を定判せさせ給へり、三仏の定判に漏れたる権宗の人人は決定して無間なるべし、是くの如くいみじき戒なれば爾前・迹門の諸戒は今一分の功徳なし、功徳無からんに一日の斎戒も無用なり。

 但(ただし)此の本門の戒を弘まらせ給はんには必ず前代未聞の大瑞あるべし、所謂正嘉の地動・文永の長星是なるべし、抑当世の人人何(いずれ)の宗宗にか本門の本尊戒壇等を弘通せる、仏滅後二千二百二十余年に一人も候はず、日本人王・三十代・欽明天皇の御宇に仏法渡つて今に七百余年前代未聞の大法此の国に流布して月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生仏に成(な)るべき事こそ有り難けれ有り難けれ、又已前の重末法には教行証の三つ倶に備われり例せば正法の如し等云云、已に地涌の大菩薩・上行出でさせ給いぬ結要の大法亦弘まらせ給うべし、日本・漢土・万国の一切衆生は金輪聖王の出現の先兆の優曇華に値えるなるべし、在世四十二年並びに法華経の迹門十四品に之を秘して説かせ給はざりし大法本門正宗に至つて説き顕し給うのみ

 良観房が義に云く彼の良観が・日蓮遠国へ下向と聞く時は諸人に向つて急ぎ急ぎ鎌倉へ上れかし為に宗論を遂げて諸人の不審を晴さんなんど自讃毀他する由其の聞え候、此等も戒法にてや有らん強に尋ぬ可し、又日蓮鎌倉に罷上(まかりのぼ)る時は門戸を閉じて内へ入るべからずと之を制法し或は風気(かぜけ)なんど虚病(けびょう)して罷り過ぎぬ、某は日蓮に非ず其の弟子にて候まま少し言のなまり法門の才覚は乱れがはしくとも・律宗国賊替るべからずと云うべし、公場にして理運の法門申し候へばとて雑言・強言・自讃気(げ)なる体・人目に見すべからず浅猨(あさま)しき事なるべし、弥(いよいよ)身口意を調え謹んで主人に向うべし主人に向うべし。

 三月二十一日                                日 蓮 花 押
 
 三位阿闍梨御房へ之を遣はす

[教行証御書 本文] 完

by johsei1129 | 2019-10-29 22:00 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 29日

末法に入ると釈尊の教えは経はあって行・証の功力が無くなる事を明らかにした書【教行証御書】二

[教行証御書 本文] その二

 状に云く難問に云く爾前当分の得道等云云、涅槃経第三に「善男子応当修習」の文を立つ可し之を受けて弘決第三に「所謂久遠必無大者」と会して「爾前の諸経にして得道せし者は久遠の初業に依るなるべし」と云つて一分の益(やく)之無き事を治定して、其の後滅後の弘経に於ても亦復是くの如く正像の得益証果の人は在世の結縁に依るなるべし等云云、又彼が何度も爾前の得道を云はば無量義経に四十余年の経経を仏・我れと未顕真実と説き給へば・我等が如き名字の凡夫は仏説に依りてこそ成仏を期すべく候へ・人師の言語は無用なり、涅槃経には依法不依人と説かれて大に制せられて候へばなんど立てて未顕真実と打ち捨て打ち捨て正直捨方便・世尊法久後なんどの経釈をば秘して左右無く出すべからず。

 又難問に云く得道の所詮は爾前も法華経もこれ同じ、其の故は観経の往生或は其の外・例の如し等云云と立つ可し、又未顕真実其の外但似仮名字(たんにけみょうじ)等云云と、又同時の経ありと云はば法師品の已今当の説をもつて会す可きなり、玄義の三籤の三の文を出す可し、経釈能く能く料簡して秘す可し。

 一状に云く真言宗云云等、答う彼が立つる所の如き弘法大師の戯論無明の辺域何れの経文に依るやと云つて・彼の依経を引かば云うべし・大日如来は三世の諸仏の中には何れぞやと云つて・善無畏三蔵・金剛智等の偽りをば汝は知れるやと云つて・其の後一行筆受の相承を立つ可し、大日経には一念三千跡を削れり漢土にして偽りしなり、就中僻見有り毘廬の頂上を蹈む証文は三世の諸仏の所説に之有りや、其の後・彼云く等云云、立つ可し大慢婆羅門が高座の足等云云、彼れ此れ是くの如き次第何なる経文論文に之を出すやと等云云、其の外常に教へし如く問答対論あるべし、設ひ何なる宗なりとも真言宗の法門を云はば真言の僻見を責む可く候。

 次に念仏の曇鸞法師の難行・易行・道綽が聖道・浄土・善導が雑行・正行・法然が捨閉閣抛の文、此等の本経・本論を尋ぬべし、経に於て権実の二経有ること例の如し、論に於ても又通別の二論有り、黒白の二論有ること深く習うべし、彼の依経の浄土三部経の中に是くの如き等の所説ありや、又人毎に念仏阿弥陀等之を讃す又前の如し、所詮和漢両国の念仏宗・法華経を雑行なんど捨閉閣抛する本経本論を尋ぬべし、若し慥なる経文なくんば是くの如く権経より実経を謗ずるの過罪、法華経の譬喩品の如くば阿鼻大城に堕落して展転無数劫を経歴(きょうりゃく)し給はんずらん、彼の宗の僻謬(びゃくみょう)を本として此の三世諸仏の皆是真実の証文を捨つる其の罪実(げに)と諸人に評判せさすべし、心有らん人誰か実否を決せざらんや、而して後に彼の宗の人師を強(あながち)に破すべし、一経の株(くいせ)を見て万経の勝劣を知らざる事未練なる者かな、其の上我と見明らめずとも釈尊並びに多宝分身の諸仏の定判し給へる経文・法華経許り皆是真実なるを不真実・未顕真実を已顕真実と僻める眼(まなこ)は牛羊の所見にも劣れる者なるべし、法師品の已今当・無量義経の歴劫修行・未顕真実何なる事ぞや五十余年の諸経の勝劣ぞかし、諸経の勝劣は成仏の有無なり、慈覚智証の理同事勝の眼・善導法然の余行非機の目・禅宗が教外別伝の所見は東西動転の眼目・南北不弁の妄見なり、牛羊よりも劣り蝙蝠鳥にも異ならず、依法不依人の経文・毀謗此経の文をば如何に恐れさせ給はざるや、悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み給うらん。

 一切は現証には如かず善無畏・一行が横難横死・弘法・慈覚が死去の有様・実(げ)に正法の行者是くの如くに有るべく候や、観仏相海経等の諸経並びに竜樹菩薩の論文如何が候や、一行禅師の筆受の妄語・善無畏のたばかり・弘法の戯論・慈覚の理同事勝・曇鸞道綽が余行非機・是くの如き人人の所見は権経権宗の虚妄の仏法の習いにてや候らん、それほどに浦山敷(うらやましく)もなき死去にて候ぞやと・和らかに又強く両眼を細めに見・顔貌(かおばえ)に色を調へて閑(しずか)に言上すべし。

[教行証御書 本文] その三に続く


by johsei1129 | 2019-10-29 21:45 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 29日

末法に入ると釈尊の教えは経はあって行・証の功力が無くなる事を明らかにした書【教行証御書】一

【教行証御書(きょうぎょうしょうごしょ】
■出筆時期:建治三年三月二十一日(西暦1277年) 五十六歳御作 三位房日行に与えられた書
■出筆場所:身延山 草庵にて述作
■出筆の経緯:弟子三位房日行より公の場での法論に臨むに際し、いくつか大聖人に問いかけがありそれに応えるためにしたためた書である。最初に釈尊滅後の正法時代一千年には、教・行(仏となるための実践方法)・証(仏となった証)が具そなわっているが、次の像法時代一千年には教と行のみあって証が無く、末法に入ると、経(法華経)はあっても行・証が無いことを示され、大聖人が確立したご本尊に向かい妙法蓮華教を唱えることが末法の行であり、唯一の仏となる道であることを民衆に説くことが大事てあると諭している。
尚、三位房日行は才能はあったが公家等に諂うなど虚栄心をぬぐい去ることができず、『法門申さるべき様の事』では 「日蓮をいやしみてかけるか」と大聖人に厳しく諭されますが、最後は熱原の法難の際敵方に寝返り横死したことが『聖人御難事』に記されています。

■ご真筆: 現存していない。

[教行証御書 本文] その一

夫れ正像二千年に小乗権大乗を持依(じえ)して其の功を入れて修行せしかば大体其の益(やく)有り、然りと雖も彼れ彼れの経経を修行せし人人は自依(じえ)の経経にして益を得ると思へども法華経を以て其の意を探れば一分の益なし、所以は何ん仏の在世にして法華経に結縁せしが其の機の熟否に依り円機純熟の者は在世にして仏に成れり、根機微劣の者は正法に退転して権大乗経の浄名・思益(しやく)・観経・仁王・般若経等にして其の証果を取れること在世の如し。

 されば正法には教行証の三つ倶に兼備せり、像法には教行のみ有つて証無し、今末法に入りては教のみ有つて行証無く在世結縁の者一人も無し権実の二機悉く失せり、此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に初めて本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為す「是の好き良薬を今留めて此に在く汝取つて服す可し差(い)えじと憂(うれう)る勿れ」とは是なり。
 
 乃往(むかし)過去の威音王仏の像法に三宝を知る者一人も無かりしに、不軽菩薩出現して教主説き置き給いし二十四字を、一切衆生に向つて唱えしめしがごとし、彼の二十四字を聞きし者は一人も無く亦不軽大士に値つて益を得たり。是れ則ち前の聞法を下種とせし故なり、今も亦是くの如し、彼は像法・此れは濁悪の末法・彼は初随喜の行者・此れは名字の凡夫・彼は二十四字の下種、此れは唯五字なり。
 得道の時節異なりと雖も、成仏の所詮は全体是れ同じかるべし。


 問うて云く上に挙ぐる所の正像末法の教行証各別なり・何ぞ妙楽大師は「末法の初冥利無きにあらず且く大教の流行すべき時に拠る」と釈し給うや如何、答えて云く得意に云く正像に益を得し人人は顕益なるべし在世結縁の熟せる故に、今末法には初めて下種す冥益なるべし已に小乗・権大乗・爾前・迹門の教行証に似るべくもなし現に証果の者之無し、妙楽の釈の如くんば、冥益なれば人是を知らず見ざるなり。

 問うて云く末法に限りて冥益と知る経文之有りや、答えて云く法華経第七薬王品に云く「此の経は則ち為閻浮提の人の病の良薬なり若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即ち消滅して不老不死ならん」等云云、妙楽大師云く「然も後の五百は且く一往に従う末法の初冥利無きにあらず且く大教の流行す可き時に拠るが故に五百と云う」等云云。

 問うて云く汝が引く所の経文釈は末法の初五百に限ると聞きたり権大乗経等の修行の時節は尚末法万年と云へり如何、答えて曰く前釈已に且従一往(しょじゅういちおう)と云へり再往は末法万年の流行なるべし、天台大師上の経文を釈して云く「但当時大利益を獲るのみに非ず後の五百歳遠く妙道に沾わん」等云云、是れ末法万年を指せる経釈に非ずや、法華経第六分別功徳品に云く「悪世末法の時能く是の経を持てる者」と安楽行品に云く末法の中に於て是の経を説かんと欲す等云云此等は皆末法万年と云う経文なり、彼れ彼れの経経の説は四十余年未顕真実なり或は結集者の意に拠るか依用し難し、拙いかな諸宗の学者法華経の下種を忘れ三五塵点の昔を知らず純円の妙経を捨てて亦生死の苦海に沈まん事よ、円機純熟の国に生を受けて徒に無間大城に還らんこと不便とも申す許(ばか)り無し、崑崙山に入りし者の一の玉をも取らずして貧国に帰り・栴檀林に入つて瞻蔔(せんぷく)を蹈まずして瓦礫の本国に帰る者に異ならず、第三の巻に云く「飢国より来りて忽ち大王の膳に遇うが如し」
第六に云く「我が此の土は安穏〇我が浄土は毀れず」等云云。

[教行証御書 本文] その二に続く


by johsei1129 | 2019-10-29 21:39 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 29日

富士郡賀島在住の六郎次郎等の度々のご供養を見宝塔品第十一の偈「我則歓喜諸仏亦然」を引いて称えられた【六郎次郎殿御 返事】

【六郎次郎殿御返事】
■出筆時期:建治三年(1277年)三月十九日  五十六歳御作。
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は駿河・富士郡賀島に在住していた高橋六郎兵衛入道(妻は日興上人の叔母)の弟・六郎次郎と、同じ賀島在住の次郎兵衛殿から白米三斗、油一筒を供養されたことへの返書となっております。大聖人は「いまにはじめぬ御心ざし申しつくしがたく候」と記され六郎次郎等が度々ご供養されていることを示されるとともに法華経見宝塔品第十一の偈「我則歓喜諸仏亦然」を引いてその志を称えられておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

【六郎次郎殿御返事 本文】

白米三斗油一筩(ひとつつ)給ひ畢んぬ。いまにはじめぬ御心ざし申しつくしがたく候日蓮が悦び候のみならず釈迦仏定めて御悦び候らん、我則歓喜諸仏亦然は是なり。
明日(あす)三位房をつかはすべく候、その時委細申すべく候、恐恐。

建治三年丁丑(ひのとうし)三月十九日                日 蓮 花 押
六郎次郎殿
次郎兵衛殿


 【妙法蓮華経 見宝塔品第十一】

  [原文]
 従始至今 広説諸経 而於其中 此経第一
 若有能持 則持仏身 諸善男子 於我滅後
 誰能受持 読誦此経 今於仏前 自説誓言
 此経難持 若暫持者 我即歓喜 諸仏亦然
 如是之人 諸仏所歎 是則勇猛 是則精進
 是名持戒 行頭陀者 則為疾得 無上仏道
 能於来世 読持此経 是真仏子 住淳善地
 仏滅度後 能解其義 是諸天人 世間之眼
 於恐畏世 能須臾説 一切天人 皆応供養

 [訓訳]
 始より今に至るまで、広く諸の経を説けるも、而して其の中に於いて此の経(法華経)が第一である。
 若し能く(この経を)持する者有らば、則ち仏身を持するなり。諸の善男子よ、我(釈尊)が滅後に於いて
 誰が能く此の経を受持し読誦するか、今、仏前に於いて自から誓いの言を説くや。
 此の経は持すること難し。若し暫らくも持する者は、我即ち歓喜し、諸仏も亦た然るなり。
 是の如くの人は、諸仏の歎ずる所なり。是れ則ち勇猛にして是れ則ち精進なり。
 是、戒を持し頭陀(ずだ)を行ずる者と名づくなり。則ちこれ疾(と)く、無上の仏道を得るなり。
 来世に於いて能く此の経を読み持するなら、是れ真の仏子にして淳善の地に住めるなり。
 仏、滅度の後に、能く其の義を解せば、是れ諸の天・人の世間の眼なり。
 恐畏の世に於いて、能く須臾も(法華経を)説けば、一切の天・人は皆、(この人への)供養に応ずるなり。







by johsei1129 | 2019-10-29 21:33 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)