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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 21日 ( 35 )


2019年 10月 21日

当時高く評価されていた真言を法華経に劣ると論じたことで世間の非難が起きていることを記された書【帰伏正法御書】

【帰伏正法御書】
■出筆時期:文永末期 五十四歳頃の述作と思われます。
■出筆場所:鎌倉若しくは身延山中の草庵と思われます。
■出筆の経緯:本抄はご真筆の断簡が伝えられておりますが、前後が不明なため詳細な内容の把握は困難ですが、大聖人が当時鎌倉仏教諸派の中で高く評価されていた真言を法華経に劣ると論じたため非難されていることを記されておられます。大聖人は佐渡流罪のご赦免以後、真言亡国の思いを強め、弟子・信徒への消息でも真言破析の論を繰り返し認められておられます。本抄もその一つで、某強信徒に宛てられた消息と推察されます。
■ご真筆:京都市 本禅寺(断簡)所蔵。
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【帰伏正法御書 本文】

仏法の中にあらそい出来すべき
たね(種)、国のみだ(乱)る
べきせんへう(先表:予兆)なり。いかなる
聖人の御ことば(語)なりとも 用
べからず。各各日蓮をいやし
みて云く、真言宗と法華経宗
とは叡山・東寺・薗城・奈ら(奈良)、
上一人・下万民一同に帰伏す
る正法なり。始めて勝劣を
立て慈覚・智証・弘法に
そむ(背)かんとをほせあるは、
いかんとがとをぼすか。強敵(ごうてき)を




by johsei1129 | 2019-10-21 23:08 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

今の世間は弥陀の名号の権法を以て円機を抑へ、円経(法華経)に進まざらしむ、と念仏を破析した【不如治大悪御書】

【不如治大悪御書】
■出筆時期:文永期。
■出筆場所:鎌倉 草庵と思われます。
■出筆の経緯:本書は真筆二紙が伝えられておりますが、前後が不明のため 対告衆、述作年等の詳細は不明です。しかし文中で「今の世間は弥陀の名号の権法を以て円機を抑へ、円経に進まざらしむ」と記されておられるように、念仏破析の論を強信徒に示された書と思われ、文永年間の比較的初期に著されたのでは推察されます。また全文を漢文で認められておられ、富木常忍、曾谷入道、大田乗明等の比較的地位の高い武家信徒に与えられたのではないかと拝されます。
■ご真筆:堺市 妙国寺(二紙)所蔵。
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【不如治大悪御書 本文】

[前半の原文]
不食人肉投身無用也
今取其中勘文 法花經
實相一同雖存之其
行儀随時可不定 故流
通諸品品々也 佛意楽
随時故? 設雖非悪以
小善防大善過五逆罪也
今智者自令勸万善
不如治一大悪 例如外道
      九十五種

[訓訳]
人肉を食はざる投身無用なり。(注1)
今其の中を取りて之を勘へるに、法華経の実相は一同に之を存すと雖も、其の行儀は時に随って不定なるべし。
故に流通の諸品、品々なり。仏菩薩の意楽(いぎょう)随時の故か。
設ひ悪に非ずと雖も小善を以て大善を防ぐは五逆罪(注2)に過ぐるなり。
今の智者万善を勧めしむるよりは一大悪を治するには如かず。
例せば外道の九十五種の如し(注3)。

其の所詮を取るに常楽我浄(注4)の四字なり。
名は仏法の根本を得たるも其の義は即ち邪なり。
仏世に出でて先づ此の悪を治す。正法を説かんが為に苦・無常等の四法を構へて彼の邪見を治す。
今の世間は弥陀の名号の権法を以て円機を抑へ、円経に進まざらしむ。
名号の権悪を治せんが為には妙法蓮華経の実術を用ふ。
在世・滅後異なりと雖も正法を弘むるの心是(これ)一なり。時に当たりて秘術を得たるか。


注1:雪山童子が半偈を聞くために鬼神の前に身を投げて、十二劫という長い間生死の罪を滅することができた謂れを示しておられ、末法ではそのような行は無用であるとする意味であると拝します。
注2:無間地獄におちる最も重い罪。母を殺す,父を殺す,阿羅漢(悟りを得た僧)を殺す,仏身より血を出させる,和合僧を破壊する。
注3:釈尊在世当時のインドの外道の総数。
注4:仏の境涯を示しております。大聖人は寿量品の「常住此説法」を「常」、「我此土安穏」を「楽」、「自我得仏来」を「我」、薬王品の「如清涼地」を「浄」と示しておられる。さらに地涌の菩薩の上首である四菩薩[上行・無辺行・浄行・安楽行]をそれぞれ我・常・浄・楽に配されておられます。




by johsei1129 | 2019-10-21 23:07 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

人間の意識を仏法として分別した【六識事】

【六識事】

■出筆時期:文永期
■出筆場所:不明です。
■出筆の経緯:弟子・信徒の教化のため仏法で説かれる人間の意識を分別した九識の内、

六道を輪廻する衆生の六識を図をもちいて説いた書。
日蓮大聖人は日女御前御返事で「此の御本尊全く余所に求る事なかれ。只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり。是を九識心王真如の都とは申すなり」と認められておられます。

■ご真筆:富士大石寺(一般非公開)

【六識事 本文】
        
        心 
    眼識  意 肉・天・慧・法・仏眼
    
耳識     肉・天・慧・法・仏耳
    鼻識     肉・天・慧・法・仏鼻
  舌識            
    身識    肉身・天身・慧身・法身・仏身
    意識

 正説・領解・述成・授記・歓喜
 但彰灼(しょうしゃく)に二乗に授記して顕露分明に長遠の寿を説くことを知る。茲の一座に於て聞知せざること無し。故 に名づけて顕と為す。
 大乗を学ばん者は肉眼有りと雖も名づけて仏眼と為す。耳鼻の五根例して亦是くの如し。
 
 魔梵釈女
 菩薩処胎経「法性は大海の如く是非有るを説かず。凡夫賢聖の人は唯心垢(しんく)の滅する在り。平等にして高下無く、証を取ること掌を反すが如し」と


理具
加持
顕徳
|---世出世に亘る
強  眼耳意

|---鼻舌身
|---世間に限る 至 
弱   鼻舌身
      中智を離る    中智に合す 不至
|---眼耳意       
                      
見聞 
知覚
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by johsei1129 | 2019-10-21 23:01 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

弟子・信徒への講説のために釈尊の一切経を種脱で分別した図表【種脱系図】

【種脱系図】
■出筆時期:文永五年(1268年) 四十七歳御作。
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:日蓮大聖人は弟子・信徒へ講説する際に、理解しやすいよう自ら認めた図表を掲げて説法をなされておられました。それらのいわゆる「つりもの」と称される図表は数多くご真筆が伝えられておりますが、本図もその一つで、釈尊の一切経を種脱で分別されておられます。
■ご真筆:京都市 本法寺所蔵。

【種脱系図 本文】

爾前

三蔵教-----------種---三賢---外凡---順解脱分位
   -----------熟---四善根--------順決択分位
   -----------脱---七聖----------見思断位
        |
        |--------見道---------決択分位
        |--------修道---------
                  解脱分位
        |--------無学道-------


       |---種---乾慧地(けんねじ)---外凡---三賢
通教----十地---|---熟---性地-----内凡---四善根
       |---解脱---八人地乃至第十地

別教---五十二位---種---十信---外凡---順解脱分位
       ----熟-- |--十住-------初住より第七住に至りて見思を断ず 八・九・十に上品の塵沙を断ず
           |--十行-------中品の塵沙を断ず
           |---十廻向-----下品の塵沙を断ず
       ----脱---|---十地----|
           |----等---- |--十二品の無明を断ず
           |----妙-----|


迹門
円教----種----名字|
         |---外凡
    ---- 観行 |
     ----十信---内凡

  ---- 脱---- 十住
    -------十行
    ------ 十廻向
    ----------等
|
|
華厳に果分を説かざる |
は唯一仏乗を名づけて |
果分と為す |
|
法華経--|---------妙------不説---当分位
    |---------妙覚位--説-----跨節




by johsei1129 | 2019-10-21 23:00 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

大事には小瑞なし大悪をこれば大善きたるすでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、と説いた【大悪大善御書】

【大悪大善御書】
■出筆時期:文永十二年(1277) 五十四歳御作。
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄はご真筆の断簡が残されておりますが、全体の内容は判明しておりません。
文中で「各各なにをかなげ(嘆)かせ給うべき」と記されていることから、日蓮門下の弟子檀那一同に宛てられた書と思われます。
本書を記された文永十二年の四月十五日(4月25日後宇多天皇即位により建治と改元)、蒙古の使者が長門室津(現在の下関市)に到着、幕府は鎌倉に護送して折衝をします。
この状況から文永の役に引き続き再度の蒙古来襲が必至と、日本国中が騒然とした世情であったと思われ、大聖人は本書で「大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる。すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし」と断じ、弟子信徒一同を諭されものと拝されます。
尚、蒙古の使者との折衝の状況については『小説日蓮(中)61 弟子たちの布教』を参照してください。
■ご真筆:堺市 妙国寺(断簡)所蔵。

[大悪大善御書 本文]

大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる。
すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし。

各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まい(舞)をも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立つてをど(踊)りぬべし。

上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそいで給いしか。普賢菩薩の来るには大地を六種にうごかせり。
事多しといへども・しげきゆへにとどむ、又又申すべし。





by johsei1129 | 2019-10-21 22:39 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

仏になる事こそつゐのすみかにては候へとをもひ切らせ給ふべし、と説いた【こ う入道殿御返事】

【こう入道殿御返事】

■出筆時期:文永12年(1275)4月12日 五十四歳 御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は佐渡で大聖人に帰依し、阿仏房夫妻と共に、夜中に人目を忍んで食べ物などを供養し、大聖人を外護した「こう(国府)入道夫妻」に宛てたご消息文です。国府入道は大聖人が佐渡流罪をご赦免になり身延に草庵を構えると、ご供養の品々を持って大聖人に見参している。本書はその志を称えるとともに、国府入道を身延まで送り出した妻の尼御前をも称えておられる。
 さらに子息のない国府入道夫妻に対し、もし蒙古が攻め込んだ場合は、ここ身延に来てくださいとまで伝えるとともに「いづくも定めなし。仏になる事こそつゐのすみかにては候へとをもひ切らせ給ふべし」と、法華経の信仰を貫き成仏する事こそが肝心であると諭されておられる。
■ご真筆: 愛知県・妙勝寺 所蔵。
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[こう入道殿御返事 本文]

 あまのり(海紫菜)のかみぶくろ(紙袋)二、わかめ(裙帯菜)十でう(帖)、こも(小藻)のかみぶくろ一、たこ(霊芝)ひとかしら(頭)。

人の御心は定めなきものなれば、うつる心さだめなし。さどの国に候ひし時、御信用ありしだにもふしぎにをぼへ候ひしに、これまで入道殿をつかわされし御心ざし、又国もへだたり年月もかさなり候へば、たゆむ御心もやとうたがい候に、いよいよいろ(色)をあらわし、こう(功)をつませ給ふ事、但一生二生の事にはあらざるか。

 此の法華経は信じがたければ、仏、人の子となり、父母となり、女(め)となりなんどしてこそ信ぜさせ給ふなれ。しかるに御子もをはせず、但をや(親)ばかりなり。其中衆生悉是吾子の経文のごとくならば、教主釈尊は入道殿・尼御前の慈父ぞかし。
 日蓮は又御子にてあるべかりけるが、しばらく日本国の人をたすけんと中国に候か。宿善たうと(尊)く候。

 又蒙古国の日本にみだれ入る時はこれへ御わたりあるべし。又子息なき人なれば御とし(齢)のすへには、これ(此処)へとをぼしめすべし。 
 いづくも定めなし。仏になる事こそつゐ(終)のすみか(栖)にては候へとをもひ切らせ給ふべし。恐々謹言。
   

 卯月十二日                       

                                              日  蓮 花 押

   こう(国府)入道殿御返事

by johsei1129 | 2019-10-21 22:34 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

法華経の文字は皆悉く生身妙覚の御仏なり、と説いた【曾谷入道殿御返事】

【曾谷入道殿御返事】
■出筆時期:文永12年(1275)3月 五十四歳 御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:下総国の武士で強信徒の曾谷教信が、父亡き後、供養のために13回忌まで毎日法華経如来寿量品の自我偈を読誦したことを大聖人が聞き「自我偈とともに読みたまうべし」と、方便品の長行を自ら写経して曾谷教信殿に送られた。本書はその方便品にそえられた手紙で「此の経の文字は皆悉く生身妙覚の御仏なり」と、説くとともに「心の師とはなるとも心を師とせざれ」と結んでおられる。
尚、大聖人は月水御書 で「法華経二十八品の中に勝れてめでたきは方便品と寿量品にて侍り、余品は皆枝葉にて候なり<中略>されば常には此の方便品・寿量品の二品をあそばし候て、余の品をば時時、御いとまのひまに、あそばすべく候」と断じておられる。

■ご真筆: 現存していない。

[曾谷入道殿御返事 本文]

 方便品の長行書進(かきまいら)せ候、先に進せ候し自我偈に相副(そえ)て読みたまうべし。此の経の文字は皆悉く生身妙覚の御仏なり。然れども我等は肉眼(にくげん)なれば文字と見るなり、例せば餓鬼は恒河を火と見る、人は水と見る、天人は甘露と見る。水は一なれども果報に随つて別別なり。

 此の経の文字は盲眼の者は之を見ず、肉眼の者は文字と見る。二乗は虚空と見る、菩薩は無量の法門と見る。仏は一一の文字を金色の釈尊と御覧あるべきなり。即持仏身とは是なり。されども僻見の行者は加様に目出度く渡らせ給うを破し奉るなり。

 唯相構えて相構えて異念無く一心に霊山浄土を期せらるべし。
心の師とはなるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文ぞかし、委細は見参の時を期し候、恐恐謹言。

文永十二年三月 日    日 蓮   花押
曾谷入道殿

by johsei1129 | 2019-10-21 22:23 | 曾谷入道 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

法華経見宝塔品に説かれている宝塔は末法に入つて法華経を持つ男女の姿であると断じた【阿仏房御書】

【阿仏房御書(宝塔御書)】
■出筆時期:文永十二年三月十三日(西暦1275年) 五十四歳御作。
■出筆場所:身延山中・草庵にて
■出筆の経緯:佐渡ヶ島流罪中、妻の千日尼ともども大聖人を厚く外護された阿仏房に宛てられた書。阿仏房から法華経・見宝塔品第十一に説かれている「大地より涌出した七宝の宝塔」について問われたことへの、返書となっている。大聖人は本書で「我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり、妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。」と断じている。また「宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ。子にあらずんば・ゆづる事なかれ」と記して、宝塔つまり大御本尊を阿仏房にご下付されたことを伝えている。尚、この御本尊は現在阿仏房が自宅を寺として開基した妙宣寺に所蔵されている。
■ご真筆: 現存しない。

[阿仏房御書] 本文

御文(おんふみ)委く披見いたし候い了んぬ。抑宝塔の御供養の物、銭一貫文・白米・しなじなをくり物たしかに・うけとり候い了んぬ。此の趣御本尊・法華経にも・ねんごろに申し上げ候・御心やすくおぼしめし候へ。

一御文に云く、多宝如来・涌現の宝塔・何事を表し給うやと云云。此の法門ゆゆしき大事なり。宝塔をことわるに、天台大師文句の八に釈し給いし時、証前起後の二重の宝塔あり。証前は迹門、起後は本門なり。或は又閉塔は迹門、開塔は本門、是れ即ち境智の二法なり。しげきゆへにこれををく。所詮三周の声聞、法華経に来て己心の宝塔を見ると云う事なり。

 今日蓮が弟子檀那又又かくのごとし、末法に入つて法華経を持つ男女のすがたより外には宝塔なきなり。若し然れば、貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経ととなうるものは、我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり、妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。
 今、阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり。然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、此れより外の才覚無益(むやく)なり。聞・信・戒・定・進・捨・慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり。多宝如来の宝塔を供養し給うかとおもへばさにては候はず、我が身を供養し給う。我が身又三身即一の本覚の如来なり。

 かく信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ。ここさながら宝塔の住処なり。経に云く「法華経を説くこと有らん処は我が此の宝塔其の前に涌現す」とはこれなり。あまりにありがたく候へば、宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ。子にあらずんば・ゆづる事なかれ。信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ。出世の本懐とはこれなり。 阿仏房しかしながら北国の導師とも申しつべし。浄行菩薩うまれかわり給いてや、日蓮を御とふらい給うか。

 不思議なり不思議なり。此の御志をば日蓮はしらず、上行菩薩の御出現の力にまかせたてまつり候ぞ。別の故はあるべからずあるべからず。宝塔をば夫婦ひそかにをがませ給へ。委くは又又申すべく候、恐恐謹言。

 三月十三日              日 蓮 花押

阿仏房上人所(もと)へ

by johsei1129 | 2019-10-21 22:20 | 阿仏房・千日尼 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

末法に日本国に於て地涌の菩薩、法華経の肝心を流布せしむ可きと断じた書【曾谷入道殿許御書】六

【曾谷入道殿許御書 本文】 その六

 夫れ斉の始めより梁の末に至るまで二百余年の間、南北の碩徳光宅・智誕等の二百余人、涅槃経の「我等悉名邪見之人」の文を引いて法華経を以て邪見之経と定め、一国の僧尼並びに王臣等を迷惑せしむ。陳隋の比智者大師之を糾明せし時、始めて南北の僻見を破り了んぬ。唐の始めに太宗の御宇に基法師、勝鬘経の「若如来随彼所欲而方便説・即是大乗無有二乗」の文を引いて、一乗方便・三乗真実の義を立つ。此の邪義・震旦に流布するのみに非ず、日本の得一が称徳天皇の御時盛んに非義を談ず。爰に伝教大師悉く、彼の邪見を破し了んぬ。後鳥羽院の御代に、源空法然、観無量寿経の読誦大乗の一句を以て法華経を摂入(しょうにゅう)し「還つて称名念仏に対すれば雑行方便なれば、捨閉閣抛せよ」等云云。

  然りと雖も五十余年の間、南都・北京・五畿・七道の諸寺・諸山の衆僧等、此の悪義を破ること能はざりき。予が難破分明為るの間、一国の諸人忽ち彼の選択集を捨て了んぬ。根露るれば枝枯れ、源乾けば流竭くとは蓋し此の謂なるか。加之(しかのみ)ならず唐の半(なかば)玄宗皇帝の御代に、善無畏・不空等、大日経の住心品の如実一道心の一句に於て法華経を摂入し、返つて権経と下す。日本の弘法大師は、六波羅蜜経の五蔵の中に第四の熟蘇味の般若波羅蜜蔵に於て法華経涅槃経等を摂入し、第五の陀羅尼蔵に相対して争つて醍醐を盗む等云云。此等の禍咎(かぐ)は日本一州の内四百余年、今に未だ之を糾明せし人あらず。予が所存の難勢遍く一国に満つ。必ず彼の邪義を破られんか。此等は且らく之を止む。

迦葉・阿難等・竜樹・天親等・天台・伝教等の諸大聖人、知つて而も未だ弘宣せざる所の肝要の秘法は、法華経の文赫赫たり。論釈等に載せざること明明なり。生知は自ら知るべし。賢人は明師に値遇して之を信ぜよ。罪根深重の輩は、邪推を以て人を軽しめ之を信ぜず、且く耳に停め本意に付かば之を喩さん。大集経の五十一に大覚世尊、月蔵菩薩に語つて云く「我が滅後に於て五百年の中は解脱堅固、次の五百年は禅定堅固、已上一千年。次の五百年は読誦多聞堅固、次の五百年は多造塔寺堅固已上二千年。次の五百年は我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」等云云。

 今末法に入つて二百二十余年、我法中闘諍言訟・白法隠没の時に相当れり。法華経の第七薬王品に教主釈尊・多宝仏と共に宿王華菩薩に語つて云く「我が滅度の後、後の五百歳の中に広宣流布して閻浮提に於て断絶して悪魔・魔民・諸の天竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得せしむこと無けん」と。大集経の文を以て之を案ずるに、前(さき)四箇度の五百年は、仏の記文の如く既に符合せしめ了んぬ。第五の五百歳の一事豈唐捐(とうえん)ならん。随つて当世の体(てい)為る大日本国と大蒙古国と闘諍合戦す。第五の五百に相当れるか。彼の大集経の文を以て此の法華経の文を惟うに、後五百歳中広宣流布・於閻浮提の鳳詔・豈扶桑国に非ずや。弥勒菩薩の瑜伽論に云く「東方に小国有り、其の中に唯大乗の種姓のみ有り」云云。慈氏、菩薩仏の滅後九百年に相当つて無著菩薩の請に赴いて、中印度に来下して瑜伽論を演説す。是れ或は権機に随い、或は付属に順い、或は時に依つて権経を弘通す。然りと雖も法華経の涌出品の時、地涌の菩薩を見て近成を疑うの間、仏請(こい)に赴いて寿量品を演説し、分別功徳品に至つて地涌の菩薩を勧奨して云く「悪世末法の時能く是の経を持たん者」と。弥勒菩薩自身の付属に非ざれば之を弘めずと雖も、親(まのあた)り霊山会上に於て悪世末法時の金言を聴聞せし故に、瑜伽論を説くの時、末法に日本国に於て地涌の菩薩、法華経の肝心を流布せしむ可きの由兼ねて之を示すなり。肇公の翻経の記に云く「大師須梨耶蘇摩左の手に法華経を持し、右の手に鳩摩羅什の頂を摩で授与して云く、仏日西に入つて遺耀将に東に及ばんとす。此の経典東北に縁有り、汝慎んで伝弘せよ」云云。予、此の記の文を拝見して両眼滝の如く、一身悦びを遍くす。「此の経典東北に縁有り」云云。西天の月支国は未申(ひつじさる)の方、東方の日本国は丑寅の方なり。天竺に於て東北に縁有りとは豈日本国に非ずや。遵式の筆に云く「始め西より伝う猶月の生ずるが如し。今復東より返る猶日の昇るが如し」云云。正像二千年には西より東に流る、暮月の西空より始まるが如し。末法五百年には東より西に入る。朝日の東天より出ずるに似たり。根本大師の記に云く「代を語れば則ち像の終り末の初、地を尋ぬれば唐の東・羯の西、人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり。経に云く猶多怨嫉況滅度後と。此の言良に以有るが故に」云云。又云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り、法華一乗の機、今正しく是れ其の時なり。何を以て知る事を得ん。安楽行品に云く、末世法滅の時なり」云云。此の釈は語美しく心隠れたり、読まん人之を解し難きか。伝教大師の語は我が時に似て心は末法を楽(ねが)いたもうなり。大師出現の時は仏の滅後一千八百余年なり。大集経の文を以て之を勘うるに大師存生の時は第四の多造塔寺堅固の時に相当る。全く第五闘諍堅固の時に非ず。而るに余処の釈に末法太有近の言は有り、定めて知んぬ闘諍堅固の筆は我が時を指すに非ざるなり。

 予、倩(つらつら)事の情を案ずるに、大師、薬王菩薩として霊山会上に侍して、仏、上行菩薩出現の時を兼ねて之を記したもう故に粗之を喩すか。而るに予地涌の一分に非ざれども兼ねて此の事を知る故に、地涌の大士に前立(さきだ)ちて粗五字を示す。例せば西王母の先相には青鳥・客人の来るにはかん鵲の如し。
 此の大法を弘通せしむるの法には必ず一代の聖教を安置し、八宗の章疏を習学すべし。然れば則ち予所持の聖教・多多之有り。然りと雖も両度の御勘気・衆度の大難の時は、或は一巻二巻散失し、或は一字二字脱落し、或は魚魯の謬誤(あやまり)、或は一部二部損朽(そんきゅう)す。若し黙止して一期(いちご)を過ぐるの後には、弟子等定んで謬乱出来(びゅうらんしゅったい)の基なり。爰を以つて愚身老耄(ろうもう)已前に之を糾調せんと欲す。而るに風聞の如くんば、貴辺並びに大田金吾殿、越中の御所領の内並びに近辺の寺寺に数多(あまた)の聖教あり等云云。両人共に大檀那為り所願を成ぜしめたまえ。涅槃経に云く「内には智慧の弟子有つて甚深の義を解(さと)り、外には清浄の檀越有つて仏法久住せん」云云。天台大師は毛喜等を相語らい伝教大師は国道弘世(くにみち・ひろよ)等を恃怙(たの)む云云。

  仁王経に云く「千里の内をして七難起らざらしむ」云云。法華経に云く「百由旬の内に諸の衰患無からしむ」云云。国主正法を弘通すれば、必ず此の徳を備う臣民等此の法を守護せんに、豈家内の大難を払わざらんや。又法華経の第八に云く「所願虚しからず亦現世に於て其の福報を得ん」と。又云く「当に今世に於て現の果報を得べし」云云。又云く「此の人は現世に白癩の病いを得ん」と。又云く「頭破れて七分と作らん」と。又第二巻に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」云云。第五の巻に云く「若し人悪み罵らば口則ち閉塞せん」云云。伝教大師の云く「讃する者は福を安明に積み謗ずる者は罪を無間に開く」等云云。安明とは須弥山の名なり。無間とは阿鼻の別名なり。国主持者を誹謗せば位を失い臣民行者を毀呰すれば身を喪す。一国を挙(こぞ)りて用いざれば定めて自反他逼(じほんたひつ)出来せしむべきなり。又上品の行者は大の七難、中品の行者は二十九難の内、下品の行者は無量の難の随一なり。又大の七難に於て七人有り。第一は日月の難なり。第一の内に又五の大難有り。所謂日月度を失し時節反逆し、或は赤日出で、或は黒日出で、二三四五の日出ず、或は日蝕して光無く、或は日輪一重二三四五重輪現ぜん。又経に云く「二の月並び出でん」と。今此の国土に有らざるは二の日、二の月等の大難なり。余の難は大体之有り。今此の亀鏡を以て日本国を浮べ見るに、必ず法華経の大行者有るか。既に之を謗る者に大罰有り、之を信ずる者何ぞ大福無からん。

  今両人微力を励まし予が願に力を副(そ)え、仏の金言を試みよ。経文の如く之を行ぜんに徴無くんば釈尊正直の経文、多宝証明の誠言、十方分身の諸仏の舌相、有言無実と為らんか。提婆の大妄語に過ぎ、瞿伽利の大誑言に超えたらん。日月地に落ち大地反覆し天を仰いで声を発し、地に臥して胸を押う。殷の湯王の玉体を薪に積み、戒日大王の竜顔を火に入れしも、今此の時に当るか。若し此の書を見聞して宿習有らば、其の心を発得すべし。使者に此の書を持たしめ、早早北国に差し遣し、金吾殿の返報を取りて速速是非を聞かしめよ。此の願若し成ぜば、崑崙山の玉鮮かに求めずして蔵に収まり、大海の宝珠招かざるに掌に在らん。恐惶謹言。

 下春十日      日 蓮  花 押

曾谷入道殿
大田金吾殿

by johsei1129 | 2019-10-21 22:17 | 曾谷入道 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 21日

末法に日本国に於て地涌の菩薩、法華経の肝心を流布せしむ可きと断じた書【曾谷入道殿許御書】五

【曾谷入道殿許御書 本文】 その五

 爰を以て、滅後の弘経に於ても仏の所属に随つて弘法の限り有り。然れば則ち迦葉・阿難等は一向に小乗経を弘通して大乗経を申べず。竜樹・無著等は権大乗経を申べて一乗経を弘通せず。設い之を申べしかども纔(わず)かに以て之を指示し、或は迹門の一分のみ之を宣べて全く化道の始終を談ぜず。南岳・天台等は観音・薬王等の化身と為て、小大・権実・迹本二門・化道の始終・師弟の遠近等悉く之を宣べ、其の上に已今当の三説を立てて一代超過の由を判ぜること、天竺の諸論にも勝れ真丹の衆釈にも過ぎたり。旧訳・新訳の三蔵も宛かも此の師には及ばず、顕密二道の元祖も敵対に非ず、然りと雖も広略を以て本と為して未だ肝要に能わず。自身之を存すと雖も敢て他伝に及ばず。此れ偏に付属を重んぜしが故なり。

 伝教大師は仏の滅後一千八百年像法の末に相当つて日本国に生れて小乗大乗一乗の諸戒一一に之を分別し、梵網・瓔珞の別受戒を以て小乗の二百五十戒を破失し、又法華普賢の円頓の大王の戒を以て諸大乗経の臣民の戒を責め下(おと)す。此の大戒は霊山八年を除いて一閻浮提の内に未だ有らざる所の大戒場を叡山に建立す。然る間八宗共に偏執を倒し、一国を挙げて弟子と為る。観勒の流の三論・成実、道昭の渡せる法相・倶舎、良弁の伝うる所の華厳宗、鑒真和尚の渡す所の律宗、弘法大師の門弟等、誰か円頓の大戒を持(たも)たざらん。此の義に違背するは逆路の人なり、此の戒を信仰するは伝教大師の門徒なり。日本一州・円機純一・朝野遠近・同帰一乗とは是の謂(いい)か。此の外は漢土の三論宗の吉蔵大師、並びに一百余人・法相宗の慈恩大師・華厳宗の法蔵・澄観・真言宗の善無畏・金剛智・不空・慧果・日本の弘法・慈覚等の三蔵の諸師は四依の大士に非ざる暗師なり愚人なり。経に於ては大小・権実の旨を弁えず、顕・密両道の趣を知らず、論に於ては通申と別申とを糾さず申と不申とを暁(あきら)めず。然りと雖も彼の宗宗の末学等此の諸師を崇敬して之を聖人と号し、之を国師と尊ぶ今先ず一を挙げんに万を察せよ。

  弘法大師の十住心論・秘蔵宝鑰・二教論等に云く「此くの如き乗乗自乗に名を得れども後に望めば戯論と作る」と。又云く「無明の辺域」又云く「震旦の人師等諍つて醍醐を盗み各自宗に名く」等云云。釈の心は法華の大法を華厳と大日経とに対して・戯論の法と(蔑あなず)り、無明の辺域と下し、剰え震旦一国の諸師を盗人と罵る。此れ等の謗法・謗人は慈恩・得一の三乗真実・一乗方便の誑言にも超過し、善導・法然が千中無一・捨閉閣抛の過言にも雲泥せるなり。六波羅蜜経をば唐の末に不空三蔵月氏より之を渡す。後漢より唐の始めに至るまで未だ此の経有らず。南三北七の碩徳未だ此の経を見ず。三論・天台・法相・華厳の人師誰人か彼の経の醍醐を盗まんや。又彼の経の中に法華経は醍醐に非ずというの文之有りや不や。而るに日本国の東寺の門人等堅く之を信じて種種に僻見を起し、非より非を増し・暗(くらき)より暗に入る不便の次第なり。

 彼の門家の伝法院の本願たる正覚の舎利講式に云く「尊高なる者は不二摩訶衍の仏・驢牛の三身は車を扶くること能ず。秘奥なる者は両部曼陀羅の教・顕乗の四法の人は履をも取るに能えず」云云。三論・天台・法相・華厳等の元祖等を真言の師に相対するに牛飼にも及ばず、力者にも足らずと書ける筆なり。乞い願わくは彼の門徒等心在らん人は之を案ぜよ。大悪口に非ずや、大謗法に非ずや、所詮此等の誑言は弘法大師の望後作戯論の悪口より起るか。教主釈尊・多宝・十方の諸仏は、法華経を以て已今当の諸説に相対して皆是真実と定め、然る後世尊は霊山に隠居し、多宝諸仏は各本土に還りたまいぬ。三仏を除くの外誰か之を破失せん。

 就中、弘法所覧の真言経の中に三説を悔い還すの文之有りや不や。弘法既に之を出さず、末学の智・如何せん。而るに弘法大師一人のみ法華経を華厳・大日の二経に相対して戯論・盗人と為す。所詮釈尊・多宝・十方の諸仏を以て盗人と称するか。末学等、眼を閉じて之を案ぜよ。

 問うて曰く、昔より已来(このかた)未だ曾て此くの如きの謗言を聞かず。何ぞ上古清代の貴僧に違背して、寧ろ当今濁世の愚侶を帰仰せんや。答えて曰く、汝が言う所の如くば愚人は定んで理運なりと思わんか。然れども此等は皆人の偽言に因つて如来の金言を知らざるなり。大覚世尊・涅槃経に滅後を警めて言く「善男子・我が所説に於て若し疑を生ずる者は尚受くべからず」云云。然るに仏尚我が所説なりと雖も、不審有らば之を叙用(じょゆう)せざれとなり。今予を諸師に比べて謗難を加う。然りと雖も敢て私曲を構えず、専ら釈尊の遺誡に順(したが)つて諸人の謬釈(びゅうしゃく)を糾すものなり。

【曾谷入道殿許御書 本文】 その六に続く

by johsei1129 | 2019-10-21 22:05 | 曾谷入道 | Trackback | Comments(0)