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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 19日 ( 11 )


2019年 10月 19日

末法の法本尊をあきらかにした書【観心本尊抄】 その三

[観心本尊抄 本文] その三
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 又本門十四品の一経に序正流通有り、涌出品(ゆじゅつほん)の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、其の余(よ)は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚(しじょうしょうかく)の釈尊に非ず、所説の法門も亦天地の如し、十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜(ちくまつ)を隔(へだ)つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃(ねはん)経等の三説は悉(ことごと)く随他意の易信易解(いしんいげ)・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。

 又本門に於て序正流通有り。過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳(けごん)経乃至迹門十四品・涅槃経等の一代五十余年の諸経、十方三世諸仏の微塵(みじん)の経経は、皆寿量の序分なり、一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相(ふそう)教と名く。

 其の機を論ずれば徳薄垢重(とくはくくじゅう)・幼稚(ようち)・貧窮(びんぐ)・孤露(ころ)にして禽獣(きんじゅう)に同ずるなり、爾前迹門の円教尚仏因に非ず、何(いか)に況(いわん)や大日経等の諸小乗経をや、何に況や華厳・真言等の七宗等の論師・人師の宗をや、与えて之を論ずれば前三教を出でず奪つて之を云えば蔵通(ぞうつう)に同ず、設(たと)い法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜず還(かえ)つて灰断(けだん)に同じ、化の始終無しとは是なり、譬えば王女たりと雖も畜種を懐妊(かいにん)すれば其の子尚旃陀羅(せんだら)に劣れるが如し、此等は且(しばら)く之を閣(お)く、迹門十四品の正宗の八品は一往之を見るに二乗を以て正と為し菩薩凡夫を以て傍と為す、再往之を勘(かんが)うれば凡夫・正像末を以て正と為す正像末の三時の中にも末法の始を以て正が中の正と為す、問うて曰く其の証如何(いか)ん、答えて曰く法師品に云く「而も此の経は如来の現在すら猶怨嫉(おんしつ)多し、況や滅度の後をや」宝塔品(ほうとうぼん)に云く「法をして久住せしむ乃至(ないし)来れる所の化仏当(けぶつ・まさ)に此の意を知るべし」等、勧持安楽等之を見る可し、迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す、所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず、本門は序正流通倶(とも)に末法の始を以て詮(せん)と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円(じゅんえん)なり、但し彼は脱此れは種なり、彼は一品二半此れは但(ただ)題目の五字なり。

 問うて曰く其の証文如何、答えて云く涌出品に云く「爾(そ)の時に他方の国土の諸(もろもろ)の来れる菩薩摩訶薩(まかさつ)の八恒河沙(ごうがしゃ)の数に過ぎたる大衆の中に於て起立し合掌(がっしょう)し礼を作(な)して仏に白(もう)して言(もう)さく、世尊若し我等に仏の滅後に於て娑婆(しゃば)世界に在つて勤加精進(ごんかしょうじん)して是の経典を護持し読誦し書写し供養せんことを聴(ゆる)し給わば、当に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし、爾の時に仏・諸の菩薩摩訶薩衆に告げ給わく、止(やみ)ね善男子・汝等が此の経を護持せんことを須(もち)いじ」等云云、法師より已下五品の経文前後水火なり、宝塔品の末に云く「大音声を以て普(あまね)く四衆に告ぐ、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」等云云、設(たと)い教主一仏為りと雖も之を奨勧(しょうかん)し給わば薬王等の大菩薩・梵帝・日月・四天等は之を重んず可き処に多宝仏・十方の諸仏客仏と為(し)て之を諌暁(かんぎょう)し給う、諸の菩薩等は此の慇懃(おんごん)の付属を聞いて「我不愛身命(がふあいしんみょう)」の誓言を立つ、此等は偏(ひとえ)に仏意に叶わんが為なり、而るに須臾(しゅゆ)の間に仏語相違して過八恒沙(かはちごうじゃ)の此の土の弘経を制止し給う、進退惟(こ)れ谷(きわ)まり凡智に及ばず、天台智者大師前三後三の六釈を作つて之を会し給えり、所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず、末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮(えんぶ)の衆生に授与せしめ給う、又迹化の大衆は釈尊初発心の弟子等に非ざる故なり、天台大師云く「是れ我が弟子なり応(まさ)に我が法を弘むべし」妙楽云く「子父の法を弘む、世界の益有り」、輔正記(ふしょうき)に云く「法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す」等云云。
 又弥勒菩薩疑請(みろくぼさつ・ぎしょう)して云く経に云く「我等は復(ま)た仏の随宜(ずいぎ)の所説・仏所出の言未だ曾て虚妄(こもう)ならず・仏の所知は皆悉(ことごと)く通達し給えりと信ずと雖も、然も諸の新発意(しんぽっち)の菩薩・仏の滅後に於て若し是の語を聞かば或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起さん、唯然(ただしか)り世尊・願くは為に解説して我等が疑を除き給え及び未来世の諸の善男子此の事を聞き已(おわ)つて亦疑を生ぜじ」等云云、文の意は寿量の法門は滅後の為に之を請ずるなり、寿量品に云く「或は本心を失える或は失わざる者あり乃至心を失わざる者は此の良薬の色香倶に好きを見て即便(すなわち)之を服するに病尽(ことごと)く除癒(のぞこりいえ)ぬ」等云云、久遠下種・大通結縁(けちえん)乃至前四味迹門等の一切の菩薩・二乗・人天等の本門に於て得道する是なり、経に云く「余の心を失える者は其の父の来れるを見て亦歓喜し問訊(もんじん)して病を治せんことを求むと雖も然も其の薬を与うるに而も肯えて服せず、所以(ゆえん)は何(いか)ん毒気深く入つて本心を失えるが故に此の好き色香ある薬に於て美(うま)からずと謂えり乃至我今当(まさ)に方便を設け此の薬を服せしむべし、乃至是の好き良薬を今留めて此に在(お)く汝取つて服す可し、差(いえ)じと憂うること勿れ、是の教を作(な)し已(おわ)つて復(ま)た他国に至つて使を遣わして還つて告ぐ」等云云、分別功徳品に云く「悪世末法の時」等云云。
 問うて曰く、此の経文の遣使還告(けんしげんごう)は如何、答えて曰く四依なり四依に四類有り、小乗の四依は多分は正法の前の五百年に出現す、大乗の四依は多分は正法の後の五百年に出現す、三に迹門の四依は多分は像法一千年・少分(しょうぶん)は末法の初なり、四に本門の四依は地涌千界末法の始に必ず出現す可し、今の遣使還告は地涌なり是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経是なり、此の良薬をば仏猶迹化に授与し給わず、何に況や他方をや。

 神力品に云く「爾の時に千世界微塵(みじん)等の菩薩摩訶薩(まかさつ)の地より涌出せる者皆仏前に於て一心に合掌し尊顔を瞻仰(せんごう)して仏に白(もう)して言(もう)さく、世尊・我等仏の滅後・世尊分身の所在の国土・滅度の処に於て当に広く此の経を説くべし」等云云、天台の云く「但下方の発誓(ほっせい)のみを見たり」等云云、道暹(どうせん)云く「付属とは此の経をば唯下方涌出の菩薩に付す、何が故に爾(しか)る、法是れ久成の法なるに由るが故に久成の人に付す」等云云、夫(そ)れ文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)は東方金色世界の不動仏の弟子・観音は西方無量寿仏の弟子・薬王菩薩は日月浄明徳仏の弟子・普賢菩薩(ふげんぼさつ)は宝威仏(ほういぶつ)の弟子なり、一往釈尊の行化を扶(たす)けん為に娑婆世界に来入す又爾前迹門(にぜんしゃくもん)の菩薩なり、本法所持の人に非れば末法の弘法に足らざる者か、経に云く「爾(そ)の時に世尊乃至(せそんないし)一切の衆の前に大神力を現じ給う、広長舌を出して上梵世に至らしめ乃至十方世界衆(もろもろ)の宝樹の下師子の座の上の諸仏も亦復(またまた)是くの如く広長舌を出し給う」等云云、夫れ顕密二道・一切の大小乗経の中に釈迦諸仏並び坐し舌相梵天(ぜっそうぼんてん)に至る文之無し、阿弥陀経の広長舌相三千を覆(おお)うは有名無実なり、般若経(はんにゃきょう)の舌相三千光を放つて般若を説きしも全く証明に非ず、此は皆兼帯(けんたい)の故に久遠を覆相(ふそう)する故なり、是くの如く十神力を現じて地涌の菩薩に妙法の五字を嘱累(ぞくるい)して云く、経に曰く「爾(そ)の時に仏上行等の菩薩大衆に告げ給わく諸仏の神力は是くの如く無量無辺不可思議なり、若し我れ是の神力を以て無量無辺百千万億阿僧祇劫(あそうぎこう)に於て嘱累(ぞくるい)の為の故に此の経の功徳を説くとも猶尽すこと能(あた)わじ、要を以て之を言わば如来の一切の所有の法・如来の一切の自在の神力・如来の一切の秘要(ひよう)の蔵・如来の一切の甚深の事皆此の経に於て宣示顕説(せんじけんぜつ)す」等云云、天台云く「爾時仏告(にじぶつごう)上行より下は第三結要付属(けっちょうふぞく)なり」云云、伝教云く「又神力品に云く以要言之(いようごんし)・如来一切所有之法・乃至宣示顕説已上経文明かに知んぬ果分の一切の所有の法・果分の一切の自在の神力・果分の一切の秘要の蔵・果分の一切の甚深の事皆法華に於て宣示顕説するなり」等云云、此の十神力は妙法蓮華経の五字を以て上行・安立行・浄行・無辺行等の四大菩薩に授与し給うなり、前の五神力は在世の為、後の五神力は滅後の為なり、爾(しか)りと雖も再往之を論ずれば一向に滅後の為なり、故に次下の文に云く「仏滅度の後に能く此の経を持たんを以ての故に諸仏皆歓喜して無量の神力を現じ給う」等云云。
 
 次下の嘱累品に云く「爾の時に釈迦牟尼仏・法座より起つて大神力を現じ給う、右の手を以て無量の菩薩摩訶薩(ぼさつまかさつ)の頂を摩(な)で乃至今以て汝等に付属す」等云云、地涌の菩薩を以て頭(はじめ)と為して迹化他方乃至・梵釈・四天等に此の経を嘱累し給う・十方より来る諸の分身の仏各本土に還(かえ)り給う乃至多宝仏の塔還つて故(もと)の如くし給う可し等云云、薬王品已下(いげ)乃至涅槃経等は地涌の菩薩去り了つて迹化の衆他方の菩薩等の為に重ねて之を付属し給う。捃拾遺嘱(くんじゅういぞく)是なり。

 疑つて云く、正像二千年の間に地涌千界閻浮提(えんぶだい)に出現して此の経を流通するや、答えて曰く爾(しか)らず、驚いて云く法華経並びに本門は仏の滅後を以て本と為して先ず地涌に之を授与す、何ぞ正像に出現して此の経を弘通せざるや、答えて云く宣(の)べず、重ねて問うて云く如何、答う之を宣べず、又重ねて問う如何、答えて曰く之を宣ぶれば一切世間の諸人・威音王仏(いおんのうぶつ)の末法の如く又我が弟子の中にも粗(ほぼ)之を説かば皆誹謗(ひぼう)を為す可し黙止せんのみ、求めて云く説かずんば汝慳貪(けんどん)に堕せん、答えて曰く進退惟(こ)れ谷(きわま)れり試みに粗之を説かん、法師品に云く「況んや滅度の後をや」寿量品に云く「今留めて此に在(お)く」分別功徳品に云く「悪世末法の時」薬王品に云く「後の五百歳閻浮提(えんぶだい)に於て広宣流布せん」涅槃経に云く「譬えば七子あり父母平等ならざるに非ざれども然れども病者に於て心則(すなわ)ち偏(ひとえ)に重きが如し」等云云、已前(いぜん)の明鏡を以て仏意を推知(すいち)するに仏の出世は霊山(りょうぜん)八年の諸人の為に非ず正像末の人の為なり、又正像二千年の人の為に非ず末法の始め予が如き者の為なり、然れども病者に於いてと云うは滅後法華経誹謗の者を指すなり、「今留在此(こんるざいし)」とは「於此好色香薬而謂不美(おしこうしきかやくにいふみ)」の者を指すなり。

 地涌千界正像に出でざることは正法一千年の間は小乗権大乗なり、機時共に之れ無く四依の大士小権を以て縁と為して在世の下種之を脱せしむ、謗多くして熟益を破る可き故に之を説かず、例せば在世の前四味の機根の如し、像法の中末に観音(かんのん)・薬王(やくおう)・南岳・天台等と示現し出現して迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して百界千如・一念三千其の義を尽せり、但理具(ただ・りぐ)を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず、所詮円機(えんき)有つて円時(えんじ)無き故なり。

 今末法の初小を以て大を打ち権を以て実を破し、東西共に之を失し天地顛倒(てんとう)せり。迹化の四依は隠れて現前せず、諸天其の国を棄(す)て之を守護せず、此の時地涌の菩薩始めて世に出現し但妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ「謗に因(よ)って悪に堕つは必ず因って益を得(う)」とは是なり。
 我が弟子之を惟(おも)え、地涌千界は教主釈尊の初発心(しょほっしん)の弟子なり、寂滅道場に来らず雙林(そうりん)最後にも訪わず不孝の失之れ有り、迹門の十四品にも来らず本門の六品には座を立つ但八品の間に来還(らいげん)せり、是くの如き高貴の大菩薩・三仏に約束して之を受持す末法の初に出で給わざる可きか。
当(まさ)に知るべし此の四菩薩、折伏(しゃくぶく)を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責(かいしゃく)し、摂受(しょうじゅ)を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。
 
 問うて曰く仏の記文は云何(いかん)、答えて曰く「後の五百歳閻浮提(えんぶだい)に於て広宣流布せん」と、天台大師記して云く「後の五百歳遠く妙道に沾(うる)おわん」妙楽記して云く「末法の初冥利(みょうり)無きにあらず」伝教大師云く「正像稍(やや)過ぎ已(おわ)つて末法太だ近きに有り」等云云、末法太有近の釈は我が時は正時に非ずと云う意なり、伝教大師日本にして末法の始を記して云く「代を語れば像の終り末の初・地を尋れば唐の東・羯(かつ)の西・人を原(たずぬ)れば則ち五濁の生・闘諍(とうじょう)の時なり、経に云く猶多怨嫉(ゆたおんしつ)・況滅度後(きょうめつどご)と此の言良(まこ)とに以(ゆえ)有るなり」

 此の釈に闘諍(とうじょう)の時と云云、今の自界叛逆(じかいほんぎゃく)・西海侵逼(さいかいしんぴつ)の二難を指すなり、此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提(いちえんぶだい)第一の本尊此の国に立つ可し、月支震旦(がっし・しんたん)に未だ此の本尊有(ましま)さず、日本国の上宮・四天王寺を建立して未だ時来らざれば阿弥陀・他方を以て本尊と為す、聖武天皇・東大寺を建立す華厳経の教主なり未だ法華経の実義を顕さず、伝教大師粗(ほぼ)法華経の実義を顕示す、然りと雖も時未だ来らざるの故に東方の鵝王(がおう)を建立して本門の四菩薩を顕わさず、所詮地涌千界の為に此れを譲(ゆず)り与え給う故なり、此の菩薩仏勅(ぶっちょく)を蒙りて近く大地の下に在り正像に未だ出現せず末法にも又出で来り給わずば大妄語の大士なり、三仏の未来記も亦泡沫(ほうまつ)に同じ。
 此れを以て之を惟(おも)うに正像に無き大地震・大彗星等出来す、此等は金翅鳥(こんじちょう)・修羅(しゅら)・竜神(りゅうじん)等の動変に非ず偏(ひとえ)に四大菩薩を出現せしむ可き先兆(せんちょう)なるか、天台云く「雨の猛(たけ)きを見て竜の大なるを知り花の盛なるを見て池の深きことを知る」等云云、妙楽云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識(し)る」等云云、天晴れぬれば地明かなり、法華を識る者は世法を得可きか。

 一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹(つつ)み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う、四大菩薩の此の人を守護し給わんこと太公周公(たいこう・しゅうこう)の文王を摂扶(しょうぶ)し、四皓(しこう)が恵帝(けいてい)に侍奉(じぶ)せしに異ならざる者なり。

文永十年太歳癸酉卯月二十五日    日蓮之を註す



【観心本尊抄送状】
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 帷(かたびら)一つ・墨三長(挺)・筆五官(管)給び候い了んぬ。
 観心の法門少少之を注して大田殿・教信御房等に奉る、此の事日蓮身に当るの大事なり之を秘す、無二の志を見ば之を開拓(かいたく)せらる可きか、此の書は難多く答少し未聞の事なれば人耳目(じもく)を驚動(きょうどう)す可きか、設(たと)い他見に及ぶとも三人四人坐を並べて之を読むこと勿(なか)れ。
 仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心有らず、国難を顧(かえり)みず五五百歳を期して之を演説す乞い願くば一見を歴(へ)来るの輩は師弟共に霊山浄土に詣でて三仏の顔貌(げんみょう)を拝見したてまつらん、恐恐謹言。

文永十年太歳癸酉卯月廿六日       日 蓮 花 押   
富木殿御返事




by johsei1129 | 2019-10-19 21:32 | 観心本尊抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

末法の法本尊をあきらかにした書【観心本尊抄】 その二

[観心本尊抄 本文] その二

 夫れ智者の弘法三十年・二十九年の間は玄文(げんもん)等の諸義を説いて五時・八教・百界千如を明かし前き五百余年の間の諸非を責め並びに天竺の論師未だ述べざるを顕す、章安大師云く「天竺(てんじく)の大論尚其の類に非ず震旦(しんたん)の人師何ぞ労(わずら)わしく語るに及ばん、此れ誇耀(こよう)に非ず法相の然らしむるのみ」等云云、墓(はか)ないかな天台の末学等華厳(けごん)真言の元祖の盗人に一念三千の重宝を盗み取られて還つて彼等が門家と成りぬ、章安大師兼ねて此の事を知つて歎いて言く「斯の言若し墜(お)ちなば将来悲む可し」云云。

 問うて曰く百界千如と一念三千と差別如何、答えて曰く百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘る、不審(ふしん)して云く、非情に十如是亘るならば草木に心有つて有情の如く成仏を為す可きや如何、答えて曰く此の事難信難解(なんしんなんげ)なり、天台の難信難解に二有り、一には教門の難信難解、二には観門の難信難解なり、其の教門の難信難解とは一仏の所説に於て爾前(にぜん)の諸経には二乗闡提(せんだい)・未来に永く成仏せず教主釈尊は始めて正覚を成ず、法華経迹本二門に来至(らいし)し給い彼の二説を壊(やぶ)る、一仏二言水火なり誰人か之を信ぜん、此れは教門の難信難解なり、観門の難信難解は百界千如一念三千・非情の上の色心の二法十如是是なり、爾(しか)りと雖も木画(もくえ)の二像に於ては外典内典共に之を許して本尊と為す、其の義に於ては天台一家より出でたり、草木の上に色心の因果を置かずんば木画の像を本尊に恃(たの)み奉ること無益なり、疑つて云く草木国土の上の十如是の因果の二法は何れの文に出でたるや、答えて曰く止観第五に云く「国土世間亦十種の法を具す所以に悪国土・相・性・体・力」等と云云、釈籤(しゃくせん)第六に云く「相は唯色に在り、性は唯心に在り、体・力・作・縁は義色心を兼ね、因果は唯心・報は唯色に在り」等云云、金錍論(こんぺいろん)に云く「乃(すなわ)ち是れ一草・一木・一礫(りゃく)・一塵・各一仏性・各一因果あり縁了(えんりょう)を具足す」等云云。

 問うて曰く出処(しゅっしょ)既に之を聞く観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観(かん)じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面(じめん)の六根を見ざれば自具の六根を知らず明鏡に向うの時始めて自具の六根を見るが如し、設い諸経の中に処処(しょしょ)に六道並びに四聖を載すと雖も法華経並びに天台大師所述(しょじゅつ)の摩訶止観(まかしかん)等の明鏡を見ざれば自具の十界・百界千如・一念三千を知らざるなり。

問うて云く法華経は何れの文ぞ天台の釈は如何、答えて曰く法華経第一方便品に云く「衆生をして仏知見(ぶっちけん)を開かしめんと欲す」等云云、是は九界所具の仏界なり、寿量品に云く「是くの如く我成仏してより已来甚(このかた・はなはだ)大に久遠なり寿命(じゅみょう)・無量阿僧祇劫(あそうぎこう)・常住(じょうじゅう)にして滅せず諸の善男子・我本(もと)菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命今猶未だ尽きず復上の数に倍せり」等云云、此の経文は仏界所具の九界なり、経に云く「提婆達多(だいばだった)乃至天王如来」等云云、地獄界所具の仏界なり、経に云く「一を藍婆(らんば)と名け乃至汝等但能く法華の名を護持する者は福量るべからず」等云云、是れ餓鬼(がき)界所具の十界なり、経に云く「竜女乃至成等正覚(りゅうにょないしじょうとうしょうかく)」等云云、此れ畜生界所具の十界なり、経に云く「婆稚阿修羅王乃至(ばちあしゅらおう・ないし)一偈一句を聞いて・阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得べし」等云云、修羅界(しゅらかい)所具の十界なり、経に云く「若し人仏の為の故に乃至皆已に仏道を成ず」等云云、此れ人界所具の十界なり、経に云く「大梵天王乃至我等も亦是くの如く・必ず当に作仏することを得べし」等云云、此れ天界所具の十界なり、経に云く「舎利弗乃至華光如来(しゃりほつ・ないし・けこうにょらい)」等云云、此れ声聞界所具の十界なり、経に云く「其の縁覚を求むる者・比丘比丘尼乃至合掌し敬心を以て具足の道を聞かんと欲す」等云云、此れ即ち縁覚界所具の十界なり、経に云く「地涌千界乃至真浄大法(しんじょうだいほう)」等云云、此れ即ち菩薩所具の十界なり、経に云く「或説己身或説他身」等云云即ち仏界所具の十界なり。

  問うて曰く自他面(じためん)の六根共に之を見る。彼此の十界に於ては未だ之を見ず如何が之を信ぜん、答えて曰く法華経法師品に云く「難信難解」宝塔品に云く「六難九易(ろくなんくい)」等云云、天台大師云く「二門悉(ことごと)く昔と反すれば難信難解なり」章安大師云く「仏此れを将(もっ)て大事と為す、何ぞ解し易きことを得可けんや」等云云、伝教大師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり、随自意(ずいじい)の故に」等云云、夫(そ)れ在世の正機は過去の宿習厚き上教主釈尊・多宝仏・十方分身の諸仏・地涌千界・文殊(もんじゅ)・弥勒(みろく)等之を扶けて諌暁(かんぎょう)せしむるに猶信ぜざる者之れ有り、五千席を去り人天移さる況(いわん)や正像をや、何(いか)に況(いわん)や末法の初をや、汝之を信ぜば正法に非じ。

 問うて曰く、経文並に天台章安等の解釈(げしゃく)は疑網(ぎもう)無し。但し火を以て水と云い墨を以て白しと云う、設(たと)い仏説為りと雖も信を取り難し。今、数(しばし)ば他面を見るに但人界に限つて余界を見ず、自面も亦復是くの如し。如何が信心を立てんや、答う数(しばし)ば他面を見るに或時は喜び或時は瞋(いか)り或時は平に或時は貪(むさぼ)り現じ、或時は癡(おろか)現じ或時は諂曲(てんごく)なり。瞋るは地獄・貪(むさぼ)るは餓鬼・癡(おろか)は畜生・諂曲(てんごく)なるは修羅・喜ぶは天・平かなるは人なり他面の色法に於ては六道共に之れ有り。四聖は冥伏(みょうぶく)して現われざれども委細(いさい)に之を尋ねば之れ有る可し。

 問うて曰く六道に於て分明ならずと雖も粗(ほぼ)之を聞くに之を備うるに似たり、四聖は全く見えざるは如何、答えて曰く前には人界の六道之を疑う、然りと雖も強いて之を言つて相似の言を出だせしなり四聖も又爾(しか)る可きか、試みに道理を添加(てんか)して万か一之を宣べん。所以(ゆえ)に世間の無常は眼前に有り豈人界に二乗界無からんや、無顧(むこ)の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり、但(ただ)仏界計り現じ難し九界を具するを以て強いて之を信じ疑惑せしむること勿れ、法華経の文に人界を説いて云く「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」涅槃経(ねはんぎょう)に云く「大乗を学する者は肉眼有りと雖も名けて仏眼と為す」等云云、末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり。

 問うて曰く、十界互具の仏語分明なり、然りと雖も我等が劣心(れっしん)に仏法界を具すること信を取り難き者なり。今時之を信ぜずば必ず一闡提(いっせんだい)と成らん願くば大慈悲を起して之を信ぜしめ阿鼻(あび)の苦を救護(くご)したまえ。

答えて曰く、汝既に唯一大事因縁の経文を見聞して之を信ぜざれば釈尊より已下四依の菩薩並びに、末代理即の我等如何が汝が不信を救護(くご)せんや。然りと雖も試みに之を云わん。仏に値いたてまつつて覚らざる者、阿難等の辺にして得道する者之れ有ればなり。其れ機に二有り、一には仏を見たてまつり法華にして得道す。二には仏を見たてまつらざれども法華にて得道するなり。其の上仏教已前(いぜん)は漢土の道士・月支の外道・儒教・四韋陀(しいだ)等を以て縁と為して正見に入る者之れ有り。又利根の菩薩凡夫等の華厳・方等・般若(はんにゃ)等の諸大乗経を聞きし縁を以て、大通久遠の下種を顕示(けんじ)する者多々なり。例せば独覚(どっかく)の飛花落葉(ひけらくよう)の如し。教外の得道是なり。

過去の下種結縁無き者の権小に執着(しゅうじゃく)する者は、設い法華経に値(あ)い奉れども小権の見を出でず。自見を以て正義と為(す)るが故に還つて法華経を以て或は小乗経に同じ、或は華厳大日経等に同じ或は之を下す。此等の諸師は儒家外道の賢聖より劣れる者なり。此等は且(しば)らく之を置く、十界互具之を立つるは、石中の火、木中の花信じ難けれども、縁に値うて出生すれば之を信ず。人界所具の仏界は、水中の火、火中の水、最も甚だ信じ難し。然りと雖も竜火は水より出で竜水は火より生ず。心得られざれども現証有れば之を用ゆ。

既に人界の八界之を信ず、仏界何ぞ之を用いざらん。尭舜(ぎょうしゅん)等の聖人の如きは、万民に於て偏頗(へんぱ)無し。人界の仏界の一分なり。不軽菩薩は所見の人に於て仏身を見る。悉達太子(しったたいし)は人界より仏身を成ず、此等の現証を以て之を信ず可きなり。

  問うて曰く教主釈尊は此れより堅固に之を秘す三惑已断の仏なり又十方世界の国主・一切の菩薩・二乗・人天等の主君なり。行(みゆき)の時は梵天左に在り帝釈右に侍(は)べり、四衆八部後(しりえ)に聳(したが)い金剛(こんごう)前に導びき、八万法蔵を演説して一切衆生を得脱せしむ。

是くの如き仏陀何を以て我等凡夫の己心に住せしめんや、又迹門爾前の意を以て之を論ずれば教主釈尊は始成正覚の仏なり。過去の因行を尋ね求れば或は能施太子或は儒童菩薩(じゅどうぼさつ)或は尸毘王(しびおう)或は薩埵王子(さったおうじ)或は三祇(さんぎ)・百劫(ひゃっこう)或は動喩塵劫(どうゆじんこう)或は無量阿僧祇劫(あそうぎこう)或は初発心時或は三千塵点等の間七万・五千・六千・七千等の仏を供養し劫を積み行満じて今の教主釈尊と成り給う。
是くの如き因位の諸行は皆我等が己身所具の菩薩界の功徳か。果位を以て之を論ずれば教主釈尊は始成正覚の仏四十余年の間、四教の色身を示現し爾前(にぜん)・迹門(しゃくもん)・涅槃経等を演説して一切衆生を利益し給う。所謂華蔵(けぞう)の時・十方台上の盧舎那(るしゃな)・阿含(あごん)経の三十四心・断結成道(だんけつじょうどう)の仏、方等般若の千仏等、大日・金剛頂(こんごうちょう)の千二百余尊、並びに迹門宝塔品の四土色身、涅槃経の或は丈六(じょうろく)と見る或は小身大身と現じ、或は盧舎那と見る或は身虚空に同じと見る。

四種の身乃至八十御入滅舎利(しゃり)を留めて正像末を利益し給う、本門を以て之れを疑わば教主釈尊は五百塵点已前(ごひゃくじんてんいぜん)の仏なり因位も又是くの如し、其れより已来十方世界に分身し一代聖教を演説して塵数(じんじゅ)の衆生を教化し給う。本門の所化(しょけ)を以て迹門の所化に比校(ひきょう)すれば一渧(たい)と大海と一塵と大山となり、本門の一菩薩を迹門十方世界の文殊観音等に対向(たいこう)すれば猴猿(こうえん)を以て帝釈(たいしゃく)に比するに尚及ばず、其の外十方世界の断惑証果(だんなくしょうか)の二乗並びに梵天・帝釈・日月・四天・四輪王・乃至無間大城の大火炎等此等は皆我が一念の十界か己身の三千か。仏説為りと雖も之を信ず可からず。

 此れを以て之を思うに爾前の諸経は実事なり実語なり。華厳経に云く「究竟(くきょう)して虚妄を離れ染無きこと虚空の如し」と仁王経に云く「源を窮め性を尽して妙智存せり」金剛般若経に云く「清浄の善のみ有り」馬鳴菩薩(めみょう)の起信論に云く「如来蔵の中に清浄の功徳のみ有り」天親菩薩の唯識論(ゆいしきろん)に云く「謂く余の有漏(うろ)と劣の無漏(むろ)と種は金剛喩定(こんごうゆじょう)が現在前する時、極円明純浄(ごくえんみょうじゅんじょう)の本識を引く、彼の依に非ざるが故に皆永く棄捨(きしゃ)す」等云云、爾前の経経と法華経と之を校量するに彼の経経は無数なり時説既に長し一仏二言彼に付く可し。

馬鳴菩薩は付法蔵第十一にして仏記に之れ有り天親は千部の論師・四依の大士なり、天台大師は辺鄙(へんぴ)の小僧にして一論をも宣べず誰か之を信ぜん、其の上多を捨て小に付くとも法華経の文分明ならば少し恃怙(じこ)有らんも法華経の文に何れの所にか十界互具・百界千如・一念三千の分明なる証文之れ有りや、随つて経文を開拓(かいたく)するに「断諸法中悪」等云云、天親菩薩の法華論・堅慧(けんね)菩薩の宝性論に十界互具之れ無く漢土南北の諸大人師・日本七寺の末師の中にも此の義無し但(ただ)天台一人の僻見(びゃっけん)なり伝教一人の謬伝(みょうでん)なり、故に清涼国師の云く「天台の謬(あやま)りなり」慧苑(えおん)法師の云く「然るに天台は小乗を呼んで三蔵教と為し其の名謬濫(みょうらん)するを以て」等云云。
了洪(りょうこう)が云く「天台独り未だ華厳の意を尽さず」等云云、得一が云く「咄(つたな)いかな智公汝は是れ誰が弟子ぞ、三寸に足らざる舌根を以て覆面舌(ふめんぜつ)の所説の教時を謗ず」等云云、弘法大師の云く「震旦(しんたん)の人師等諍(あらそ)つて醍醐(だいご)を盗んで各自宗に名く」等云云、夫れ一念三千の法門は一代の権実に名目を削(けず)り四依の諸論師其の義を載せず漢土日域の人師も之を用いず、如何が之を信ぜん。

 答えて曰く此の難最も甚し最も甚し、但し諸経と法華との相違は経文より事起つて分明なり未顕(みけん)と已顕(いけん)と証明と舌相と二乗の成不と始成と久成と等之を顕わす、諸論師の事、天台大師云く「天親竜樹・内鑒冷然(ないがんれいねん)たり外には時の宜きに適(かな)い各権に拠(よ)る所あり、而るに人師偏に解し学者苟(いやしく)も執し遂に矢石を興し各一辺を保ちて大に聖道に乖(そむ)けり」等云云。

章安大師云く「天竺の大論尚(なお)其の類に非ず真旦(しんたん)の人師何ぞ労(わずら)わしく語るに及ばん、此れ誇耀(こよう)に非ず法相の然らしむるのみ」等云云、天親・竜樹・馬鳴・堅慧(けんね)等は内鑒冷然なり、然りと雖も時未だ至らざるが故に之を宣(の)べざるか、人師に於ては天台已前は或は珠を含み或は一向に之を知らず、已後の人師或は初に之を破して後に帰伏する人有り或は一向用いざる者も之れ有り但し断諸法中悪の経文を会す可きなり、彼は法華経に爾前の経文を載するなり往いて之を見るに経文分明に十界互具之を説く、所謂「欲令衆生開仏知見」等云云、天台此の経文を承けて云く「若し衆生に仏の知見無んば何ぞ開を論ずる所あらん、当に知るべし仏の知見衆生に蘊在(うんざい)することを」云云、章安大師の云く「衆生に若し仏の知見無くんば何ぞ開悟する所あらん、若し貧女に蔵無んば何ぞ示す所あらんや」等云云。

但し会(え)し難き所は上の教主釈尊等の大難なり、此の事を仏遮会(しゃえ)して云く「已今当説最為難信難解(いこんとうせつさいいなんしんなんげ)」と次下の六難九易是なり、天台大師云く「二門悉(ことごと)く昔と反すれば信じ難く解し難し鉾(ほこ)に当るの難事なり」章安大師の云く「仏此れを将(も)つて大事と為す何ぞ解し易きことを得可(うべ)けんや」伝教(でんぎょう)大師云く「此の法華経は最も為(こ)れ難信難解なり随自意(ずいじい)の故に」等云云。

夫(そ)れ仏滅後に至つて一千八百余年・三国に経歴して但三人のみ有つて始めて此の正法を覚知(かくち)せり所謂月支(がっし)の釈尊・真旦(しんたん)の智者大師・日域の伝教此の三人は内典の聖人なり、問うて曰く竜樹天親等は如何、答えて曰く此等の聖人は知つて之を言わざる仁なり、或は迹門の一分之を宣(の)べて本門と観心とを云わず或は機有つて時無きか或は機と時と共に之れ無きか、天台伝教已後(いご)は之を知る者多多なり二聖の智を用ゆるが故なり所謂三論の嘉祥(かじょう)・南三北七の百余人・華厳宗の法蔵・清涼等・法相宗の玄奘(げんじょう)三蔵・慈恩大師等・真言宗の善無畏三蔵・金剛智(こんごうち)三蔵・不空三蔵等・律宗の道宣(どうせん)等初には反逆を存し後には一向に帰伏せしなり。

 但し初の大難を遮(しゃ)せば無量義経に云く「譬えば国王と夫人と新たに王子を生ぜん若は一日若は二日若は七日に至り若は一月若は二月若は七月に至り若は一歳若は二歳若は七歳に至り復(また)国事を領理(りょうり)すること能わずと雖も已に臣民に宗敬せられ諸の大王の子以て伴侶(はんりょ)と為らん、王及び夫人の愛心偏(ひとえ)に重くして常に与共(とも)に語らん、所以は何ん、稚小なるを以ての故にと云うが如く、善男子是の持経者も亦復是くの如し、諸仏の国王と是の経の夫人と和合して共に是の菩薩の子を生ず、若し菩薩是の経を聞くことを得て若しは一句若しは一偈若しは一転若しは二転若しは十若しは百若しは千若しは万若しは億万恒河沙(おくまんごうがしゃ)・無量無数転せば復真理の極を体すること能わずと雖も、乃至已に一切の四衆八部に宗仰(しゅうごう)せられ諸の大菩薩を以て眷属(けんぞく)と為し乃至常に諸仏に護念せられ慈愛偏(ひとえ)に覆われん、新学なるを以ての故なり」等云云。

普賢(ふげん)経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり乃至三世の諸の如来を出生する種なり乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因(よ)つて五眼を具することを得・仏の三種の身は方等従(よ)り生ず是れ大法印にして涅槃海に印す此(か)くの如き海中能く三種の仏の清浄身(しょうじょうしん)を生ず此の三種の身は人天の福田なり」等云云。

 夫(そ)れ以(おもんみ)れば・釈迦如来の一代・顕密・大小の二教・華厳・真言等の諸宗の依経往いて之を勘うるに或は十方台葉(じっぽうだいよう)・毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)・大集雲集(たいしゅううんじゅう)の諸仏如来・般若染浄(はんにゃせんじょう)の千仏示現・大日金剛頂等の千二百尊・但其の近因近果を演説して其の遠因果を顕さず、速疾頓成(そきしつとんじょう)之を説けども三五の遠化を亡失し化導の始終跡を削りて見えず、華厳経・大日経等は一往之を見るに別円四蔵(べつえんしぞう)等に似たれども再往之を勘うれば蔵通(ぞうつう)二教に同じて未だ別円にも及ばず本有の三因之れ無し何を以てか仏の種子を定めん、而るに新訳の訳者等漢土(かんど)に来入するの日・天台の一念三千の法門を見聞して或は自ら所持の経経に添加(てんか)し或は天竺より受持するの由之を称す、天台の学者等或は自宗に同ずるを悦び或は遠きを貴んで近きを蔑(さげす)みし或は旧を捨てて新を取り魔心・愚心出来す、然りと雖も詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり。

問うて曰く上の大難未だ其の会通(えつう)を聞かず如何。
答えて曰く無量義経に云く「未だ六波羅蜜(はらみつ)を修行する事を得ずと雖も六波羅蜜自然(じねん)に在前す」等云云、法華経に云く「具足の道を聞かんと欲す」等云云、涅槃経に云く「薩とは具足に名く」等云云、竜樹菩薩云く「薩とは六なり」等云云、無依無得大乗四論・玄義記に云く「沙(さ)とは訳して六と云う胡法(こほう)には六を以て具足の義と為すなり」吉蔵疏(きちぞうのじょ)に云く「沙とは翻(ほん)じて具足と為す」天台大師云く「薩とは梵語(ぼんご)なり此には妙と翻(ほん)ず」等云云、私に会通を加えば本文を黷(けがす)が如し爾(しか)りと雖も文の心は釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す、我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う、四大声聞の領解(りょうげ)に云く「無上宝聚(ほうじゅ)・不求自得(ふぐじとく)」云云、我等が己心の声聞界なり、「我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」。

妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄(こつずい)に非ずや、宝塔品に云く「其れ能く此の経法を護る事有らん者は則ち為れ我及び多宝を供養するなり、乃至亦復諸(また・もろもろ)の来り給える化仏の諸の世界を荘厳し光飾(こうしょく)し給う者を供養するなり」等云云、釈迦・多宝・十方の諸仏は我が仏界なり其の跡を継紹(けいしょう)して其の功徳を受得す「須臾(しゅゆ)も之を聞く・即阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を究竟するを得」とは是なり、寿量品に云く「然るに我実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗劫なり」等云云、我等が己心の釈尊は五百塵点(じんでん)乃至所顕の三身にして無始の古仏なり、経に云く「我本菩薩の道を行じて・成ぜし所の寿命・今猶未だ尽きず・復上の数に倍せり」等云云、我等が己心の菩薩等なり、地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属(けんぞく)なり、例せば大公・周公旦(しゅうこうたん)等は周武(しゅうぶ)の臣下・成王

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[真筆第十紙本文:下記緑字箇所(本尊の相貌を顕しておられる)]

幼稚の眷属・武内の大臣は神功皇后の棟梁(とうりょう)・仁徳王子の臣下なるが如し、上行・無辺行・浄行・安立行等は我等が己心の菩薩なり、妙楽(みょうらく)大師云く「当に知るべし身土一念の三千なり故に成道の時此の本理に称うて一身一念法界に遍(あまね)し」等云云。

夫れ始め寂滅道場・華蔵(けぞう)世界より沙羅林(しゃらりん)に終るまで五十余年の間・華蔵・密厳・三変・四見等の三土四土は皆成劫(じょうこう)の上の無常の土に変化する所の方便・実報・寂光・安養(あんよう)・浄瑠璃(じょうるり)・密厳等なり能変の教主涅槃(ねはん)に入りぬれば所変の諸仏随つて滅尽(めつじん)す土も又以て是くの如し。
今本時の娑婆(しゃば)世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり仏既に過去にも滅せず未来にも生ぜず所化以て同体なり此れ即ち己心の三千具足・三種の世間なり迹門十四品には未だ之を説かず法華経の内に於ても時機未熟の故なるか。

 此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属し給わず何(いか)に況(いわん)や其の已外をや但(ただ)地涌千界を召して八品を説いて之を付属し給う、其の本尊の為体(ていたらく)、本師の娑婆の上に宝塔(ほうとう)空に居し塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏・釈尊の脇士(きょうじ)上行等の四菩薩・文殊弥勒(みろく)等は四菩薩の眷属
として末座に居(こ)し、迹化他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿(うんかくげっけい)を見るが如く十方の諸仏は大地の上に処し給う、迹仏迹土を表する故なり、是くの如き本尊は在世五十余年に之れ無し八年の間にも但八品に限る、正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉(かしょう)・阿難(あなん)を脇士と為し権大乗並に涅槃・法華経の迹門(しゃくもん)等の釈尊は文殊普賢(ふげん)等を以て脇士と為す、此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有(ましま)さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむ可きか。

 問う正像二千余年の間は四依の菩薩並びに人師等余仏・小乗・権大乗・爾前・迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば三国の王臣倶(とも)に未だ之を崇重せざる由之を申す、此の事粗(ほぼ)之を聞くと雖も前代未聞(みもん)の故に耳目を驚動(きょうどう)し心意を迷惑す、請う重ねて之を説け委細に之を聞かん。

答えて曰く、法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括(くく)るに但一経なり、始め寂滅道場より終り般若(はんにゃ)経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経(ふげんきょう)の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り、無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。

又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当(いこんとう)に超過(ちょうか)せる随自意・難信難解の正法なり、過去の結縁を尋れば大通十六の時仏果の下種を下し、進んでは華厳経等の前四味を以て助縁と為して大通の種子を覚知(かくち)せしむ、此れは仏の本意に非ず但毒発(どくほつ)等の一分なり、二乗凡夫等は前四味を縁と為し漸漸(ぜんぜん)に法華に来至して種子を顕わし開顕を遂ぐるの機是なり、又在世に於て始めて八品を聞く人天等或は一句一偈等を聞て下種とし或は熟し或は脱し或は普賢(ふげん)・涅槃(ねはん)等に至り或は正像末等に小権等を以て縁と為して法華に入る、例せば在世の前四味の者の如し。

[観心本尊抄 本文] その三に続く



by johsei1129 | 2019-10-19 18:10 | 観心本尊抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く、一切法華経に其の身を 任せて金言の如く修行せば<中略>勝妙の大果報を得、広宣流布の大願 をも成就すべきなり、と説いた【最蓮房御返事(祈祷経送状)】

【最蓮房御返事(祈祷経送状)】
■出筆時期:文永十年(1272年)一月二十八日 五十二歳御作
■出筆場所:佐渡国一ノ谷入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本抄は文中で「一、仰せを蒙りて候末法の行者息災延命の祈祷の事。別紙に一巻註し進らせ候。毎日一返欠如無く読誦せらるべく候」と記されておられるように、病弱であった最蓮房が「息災延命」の祈禱法を大聖人に請われ、それに対し大聖人はわざわざ法華経の要文を一巻に認められて最蓮房に送られておられ、本抄はその添え状として書かれたものです。

大聖人は最蓮房の三つの問いに対し一つ一つ丁寧に返答されておられ、共に遠島流罪という難に遭われ、佐渡の地で大聖人に帰依し弟子となった最蓮房を気遣う大聖人の弟子を思う深い慈愛に満ちた書となっておられます。
さらに文末では「猶々向後は此の一巻の書を誦して仏天に祈誓し御弘通有るべく候。但し此の書は弘通の志有らん人に取りての事なり。此の経の行者なればとて器用に能はざる者には左右無く之を授与すべからず候か」と記され、病気を克服してその後は一層法華経弘通に励むよう諭されておられます。

■ご真筆:現存しておりません。
[最蓮房御返事(祈祷経送状) 本文]
御札の旨委細承り候ひ畢(おわ)んぬ。兼(かね)ては又末法に入りて法華経を持ち候者は、三類の強敵を蒙(こうむ)り候はん事は、面拝の時大概申し候ひ畢んぬ。仏の金言にて候上は不審を致すべからず候か。然らば則ち日蓮も此の法華経を信じ奉り候ひて後は、或は頭に疵(きず)を蒙り、或は打たれ、或は追はれ、或は頚の座に臨み、或は流罪せられ候ひし程に、結句は此の島まで遠流せられ候ひぬ。

何なる重罪の者も現在計りこそ罪科せられ候へ、日蓮は三世の大難に値(あ)ひ候ひぬと存じ候。其の故は現在の大難は今の如し。過去の難は当世の諸人等が申す如くば、如来在世の善星・倶伽利等の大悪人が、重罪の余習を失せずして如来の滅後に生まれて是くの如く仏法に敵をなすと申し候是なり。

  次に未来の難を申し候はゞ、当世の諸人の部類等謗じ候はん様は、此の日蓮房は存生の時は種々の大難にあひ、死門に趣(おもむ)くの時は自身を自ら食して死ぬる上は、定めて大阿鼻地獄に堕在して無辺の苦を受くるらんと申し候はんずるなり。古より已来世間・出世の罪科の人、貴賤・上下・持戒毀戒・凡聖に付けて多く候へども、但其れは現在計りにてこそ候に、日蓮は現在は申すに及ばず、過去未来に至るまで三世の大難を蒙り候はん事は、只偏に法華経の故にて候なり。日蓮が三世の大難を以て法華経の三世の御利益を覚し食され候へ。過去久遠劫より已来未来永劫まで、妙法蓮華経の三世の御利益尽くべからず候なり。日蓮が法華経の方人(かたうど)を少分仕り候だにも加様(かよう)の大難に遇ひ候。まして釈尊の世々番々の法華経の御方人を思ひ遣(や)りまいらせ候に、道理申す計りなくこそ候へ。されば勧持品の説相は暫時も廃せず、殊更(ことさら)殊更貴く覚え候。

  一、御山籠(おんやまごも)りの御志の事。凡そ末法折伏の行に背くと雖も病者にて御座候上(うえ)、天下の災(さい)・国土の難強盛に候はん時、我が身につみ知り候はざらんより外は、いかに申し候とも国主信ぜられまじく候へば日蓮尚篭居の志候。まして御分の御事はさこそ候はんずらめ。仮使(たとい)山谷に篭居候とも、御病も平癒して便宜も吉く候はゞ身命を捨て弘通せしめ給ふべし。 

  一、仰(おお)せを蒙りて候末法の行者息災延命の祈祷の事。別紙に一巻註し進らせ候。毎日一返欠如(けつじょ)無く読誦せらるべく候。日蓮も信じ始め候ひし日より毎日此等の勘文を誦し候ひて、仏天に祈誓し候によりて、種々の大難に遇ふと雖も法華経の功力、釈尊の金言深重なる故に今まで相違無く候なり。其れに付けても法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く、一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥(たし)かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布の大願をも成就すべきなり。

  一、御状に十七出家の後は妻子を帯せず肉を食せず等云云。権教を信ぜし大謗法の時の事は何なる持戒の行人と申し候とも、法華経に背く謗法罪の故に正法の破戒の大俗よりも百千万倍劣り候なり。彼の謗法の比丘は持戒なりと雖も無間に堕す。正法の大俗は破戒なりと雖も成仏疑ひ無き故なり。但今の御身は念仏等の権教を捨て正法に帰し給ふ故に誠に持戒の中の清浄の聖人なり。尤(もっと)も比丘と成りては権宗の人すら尚然るべし。況んや正法の行人をや。仮使(たとえ)権宗の時の妻子なりとも、かゝる大難に遇(あ)はん時は、振り捨てゝ正法を弘通すべきの処に、地体よりの聖人尤も吉し尤も吉し。相構へ相構へ向後(きょうこう)も夫妻等の寄り来(くる)とも遠離して一身に障礙無く、国中の謗法をせめて釈尊の化儀を資け奉るべき者なり。

猶々向後は此の一巻の書を誦して仏天に祈誓し御弘通有るべく候。但し此の書は弘通の志有らん人に取りての事なり。此の経の行者なればとて器用に能はざる者には左右無く之を授与すべからず候か。穴賢(あなかしこ)穴賢。恐々謹言。




by johsei1129 | 2019-10-19 12:13 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

上行菩薩を上首として娑婆世界の下方から湧出した(地涌の)菩薩こそが末法の法華経弘通を付属された ことを示した書【下方他方旧住の菩薩事】

【下方他方旧住の菩薩事】
■出筆時期:文永九年(1272) 五十一歳御作
■出筆場所:佐渡にて。
■出筆の経緯:本抄は佐渡流罪中に認められた書と思われ、ご真筆の冒頭余白に富木常忍が「下方他方旧住菩薩事不弘本門事」と記して保存されておられます。
大聖人は本書で霊鷲山での釈尊の法華経の説法の場に参集した諸菩薩を、下方(げほう・地涌の菩薩)、他方(娑婆世界以外から参集した菩薩)、
旧住(くじゅう・娑婆世界に住んでいた文殊師利菩薩・弥勒菩薩等)の三種の菩薩に分別し、下方(地涌の菩薩)のみに末法の法華経弘通を付嘱されたことを示しおられます。
おそらく本書は佐渡で著された人本尊開顕の書「開目抄」の理解を深めるために、信徒教化のためを目的として認められたと推察されます。
■ご真筆:中山法華経寺(四紙)所蔵(重要文化財)。
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[ご真筆第一紙:真筆本文下記緑字箇所]


【下方他方旧住の菩薩事 本文】

 文句の九に云はく
        
            | -----過八恒河沙(ごうがしゃ)等
            |
            |   |-文珠(もんじゅ)等の八万なり
菩薩に三種有り。下方・他方・旧住              
            |    |- 弥勒(みろく)等
|------亦観音等、他方の内なり。普賢は如何。   
        

文句の九に云はく「是我が弟子なり、応に我が法を弘むべし」と。記の九に云はく「子、父の法を弘むるに世界の益(やく)有り」と。
文句の九に云はく「又他方 観音等は他方か は此の土に結縁(けちえん)の事浅し」文。
道暹(どうせん)の輔正記(ふしょうき)の六に云はく「付嘱 記の六の付嘱に下有り此有り法華・涅槃の十六異を釈すなり とは此の経は唯下方(げほう)涌出の菩薩に付す。
何が故ぞ爾(しか)る。法は是(これ)久成の法なるに由るが故に、久成の人に付す」と。
記の四に云はく「尚偏(ひとえ)に他方の菩薩に付せず。豈独り身子(しんし※注1)のみならんや」と。

竜樹・天親・南岳・天台・伝教等本門を弘通せざる事
一には付嘱せざるが故に。二には時の来たらざるが故に。三には迹化他方なるが故に。四には機未だ堪(た)へざる故に。
 
竜樹は迹門の意を談宣し、天親は文に約して之を釈し、化導の始終を明かさず。天台大師は本迹の始終を弘通す。
但し本門の三学は未だ分明(ふんみょう)ならざるか。

 記の八に云はく「因薬王等とは、本(もと)薬王に託し、茲(ここ)に因せて余に告ぐ。
此の流通の初めに先づ告(ごう)八万大士とは、大論に云はく、法華は是秘密なれば、諸の菩薩に付す。
今下(しも)の文に下方(げほう)を召すが如きは尚(なお)本眷属を待つ。
験(あきら)けし余は未だ堪へざることを」と。

大論の一百に云はく「問うて曰く、更に何の法が甚深にして般若に勝(まさ)るゝ者有ってか、般若を以(もっ)て阿難に嘱累(ぞくるい)し余経をもって菩薩に嘱累すること有りや。
答へて曰く、般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)は秘密の法に非ず。而して法華等の諸経に、阿羅漢の受決作仏(じゅけつさぶつ)を説くは、大菩薩のみ能く受持し用ふること、譬へば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」と。

 竜樹菩薩は迹化他方なるか、旧住(くじゅう)なるか、地涌なるか。
 南岳 観音、感通伝に出づ 天台 薬王、感通伝に出づ 伝教も亦是くの如し。
 
 大論(※注2)の一百[大品経嘱累品を釈するなり。大品経は四十巻九十品、大品経は阿難に付嘱す、最後は嘱累品なり] に云はく「問うて曰く、若し爾らば法華経諸余の方等経何を以て喜王[喜王とは薬王か] 諸菩薩等に嘱累するや」と。記の八に云はく「法華は是秘密なれば諸の菩薩に付す。
今下の文に下方を召すが如きは、尚本眷属を待つ。余は未(いま)だ堪(た)へざることを」云云。[文殊・薬王等も未だ堪へず等と云ふか]
 
涅槃経の三に云はく「若(も)し法宝を以て阿難及び諸の比丘に付嘱せば、久住することを得ず。何を以ての故に。
一切の声聞及び大迦葉(だいかしょう)は悉(ことごと)く当(まさ)に無常なるべし。彼の老人の他の寄物(きもつ)を受くるが如し。
是の故に応(まさ)に無上の仏法を以て諸の菩薩に付すべし。諸の菩薩は善能(よく)問答するを以て是くの如き法宝は則ち久
住することを得て、無量千世(せんぜ)に増益熾盛(ぞうやくしじょう)にして衆生を利安せん」と。



注1[身子]:釈迦十大弟子の一人で、智慧第一とされた舎利弗( Sāriputta サーリープッタ:梵語)の漢訳。
 法華経方便品第二、譬諭品第三の対告衆(たいごうしゅう)。釈尊は譬諭品第三で、舎利弗に未来世で華光如来となるとの記別を与え、法華経以前に説いていた、二乗(声聞・縁覚)は小さな悟りで満足する故、仏になることはないという言を自ら破している。
注2[大論(大智度論)]:仏教大乗経・中興の祖竜樹による「摩訶般若波羅蜜経」の疏(注釈書)。
   妙法蓮華経を漢訳した鳩摩羅什が、本書も全100巻を漢訳している。





by johsei1129 | 2019-10-19 11:59 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

法華経を読ませ給はむ人は文字と思食事なかれ、すなわち仏の御意なりと説いた【木絵二像開眼之事】

■出筆時期:文永九年(1272年)五十一歳御作
■出筆場所:佐渡国にて。
■出筆の経緯:大聖人は前年の文永八年九月十二日の「竜ノ口の法難」の後、流罪先の佐渡へ向かうまでの約一ヶ月間、相模依智の本間重連(佐渡守護代)の屋敷に止めおられます。そして十月九日に [唱法華題目抄]で予告した通り、南妙法蓮華経を中央に配した最初の紙幅の御本尊を顕されます。

本書では、当時の弟子・信徒も本尊については釈迦仏の立像と理解していた中、南妙法蓮華経を主題とする紙幅のご本尊を末法の本尊として帰依するよう導くために、下記の御文で草木成仏の原理を説いておられます。
「されば法華経をよませ給はむ人は文字と思食事なかれすなわち仏の御意なり<中略>法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり、草木成仏といへるは是なり」

尚、依智の本間重連の屋敷でしたためたご本尊は、消息を書かれる小筆では文字が小さいため、楊の枝を砕いて筆として使われたと伝えられておられます。
■ご真筆:身延久遠寺に存在していたが、明治八年の大火で焼失。

[木絵二像開眼之事 本文]

仏に三十二相有(いま)す皆色法(しきほう)なり、最下の千輻輪(せんぷくりん)より終り無見頂相(むけんちょうそう)に至るまでの三十一相は可見有対色(かけんうたいしき)なれば書きつべし作りつべし、梵音声(ぼんのんじょう)の一相は不可見無対色(ふかけんむたいしき)なれば書く可らず作る可らず。

仏滅後は木画の二像あり、是れ三十一相にして梵音声かけたり故に仏に非ず又心法かけたり、生身(しょうしん)の仏と木画の二像を対するに天地雲泥(うんでい)なり、何ぞ涅槃の後分には生身の仏と滅後の木画(もくえ)の二像と功徳斉等(さいとう)なりといふや、又大瓔珞経(ようらくきょう)には木画の二像は生身の仏には・をとれりととけり、木画の二像の仏の前に経を置けば三十二相具足するなり。

但心なければ三十二相を具すれども必ず仏にあらず、人天も三十二相あるがゆへに、木絵の三十一相の前に五戒経を置けば此の仏は輪王とひとし、十善論と云うを置けば帝釈とひとし、出欲論(しゅつよくろん)と云うを置けば梵王とひとし全く仏にあらず。

又木絵二像の前に阿含経を置けば声聞とひとし、方等般若の一時一会の共般若(ぐはんにゃ)を置けば縁覚とひとし、華厳・方等・般若の別円を置けば菩薩とひとし、全く仏に非らず。大日経・金剛頂(こんごうちょう)経・蘇悉地(そしっち)経等の仏眼・大日の印真言は名は仏眼・大日といへども其の義は仏眼大日に非ず、例せば仏も華厳経は円仏には非ず名にはよらず、三十一相の仏の前に法華経を置きたてまつれば必ず純円の仏なり云云。故に普賢(ふげん)経に法華経の仏を説て云く「仏の三種の身は方等より生ず」文。

是の方等は方等部の方等に非ず法華を方等といふなり。
又云く「此の大乗経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得る」等云云。

法華経の文字は仏の梵音声の不可見無対色を可見有対色のかたちと・あらはしぬれば、顕形の二色となれるなり。滅せる梵音声(ぼんのんじょう)かへつて形をあらはして文字と成つて衆生を利益するなり。人の声を出すに二つあり、一には自身は存ぜざれども人をたぶらかさむがために声をいだす是は随他意(ずいたい)の声、自身の思を声にあらはす事ありされば意(こころ)が声とあらはる意は心法・声は色法・心より色をあらはす、又声を聞いて心を知る色法が心法を顕すなり、色心不二なるがゆへに而二(にに)とあらはれて仏の御意(みこころ)あらはれて法華の文字となれり、文字変じて又仏の御意となる、されば法華経をよませ給はむ人は文字と思食(おぼしめす)事なかれすなわち仏の御意(みこころ)なり。

故に天台の釈に云く「請を受けて説く時は只是れ教の意を説く教の意は是れ仏意仏意即是れ仏智なり、仏智至て深し是故に三止四請(さんしししょう)す、此の如き艱難あり余経に比するに余経は則易し」文此の釈の中に仏意と申すは色法ををさへて心法といふ釈なり、法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり、草木成仏といへるは是なり。


故に天台は「一色一香中道に非ざる無し」と云云、妙楽是をうけて釈に「然るに亦倶(とも)に色香中道を許せども無情仏性は耳を惑わし心を驚かす」云云、華厳の澄観(ちょうかん)が天台の一念三千をぬすみて華厳にさしいれ法華華厳ともに一念三千なり、但し華厳は頓頓・さきなれば法華は漸頓(ぜんとん)のちなれば華厳は根本さき(魁)をしぬれば法華は枝葉等といふて我理をえたりとおもへる意(こころ)山の如し・然りと雖も一念三千の肝心・草木成仏を知らざる事を妙楽のわらひ給へる事なり、今の天台の学者等・我一念三千を得たりと思ふ、然りと雖も法華をもつて或は華厳に同じ或は大日経に同ず其の義を論ずるに澄観の見(けん)を出(い)でず善無畏(ぜんむい)・不空(ふくう)に同ず、

詮を以て之を謂わば今の木絵二像を真言師を以て之を供養すれば実仏に非ずして権仏なり権仏にも非ず形は仏に似たれども意は本の非情の草木なり、又本の非情の草木にも非ず魔なり鬼なり、真言師が邪義・印真言と成つて木絵二像の意と成れるゆへに例せば人の思変じて石と成り倶留(くる)と黄夫石(こうふせき)が如し、法華を心得たる人・木絵二像を開眼供養せざれば家に主のなきに盗人(ぬすびと)が入り人の死するに其の身に鬼神入るが如し、今真言を以て日本の仏を供養すれば鬼入つて人の命をうばふ鬼をば奪命者(だつみょうしゃ)といふ魔入つて功徳をうばふ魔をば奪功徳(だつくどく)者といふ、鬼をあがむるゆへに今生には国をほろぼす魔をたと(尊)むゆへに後生には無間獄に堕す。

人死すれば魂去り其の身に鬼神入り替つて子孫を亡ぼす、餓鬼(がき)といふは我をくらふといふ是なり、智者あつて法華経を讃歎して骨の魂となせば死人の身は人身・心は法身(ほっしん)・生身得忍(しょうしんとくにん)といへる法門是なり。

華厳・方等・般若の円をさとれる智者は死人の骨を生身得忍と成す、涅槃経に身は人身なりと雖も心は仏心に同ずといへるは是なり、生身得忍の現証は純陀なり、法華を悟れる智者・死骨を供養せば生身即法身(しょうしんそくほっしん)・是を即身といふ、さりぬる魂を取り返して死骨に入れて彼の魂を変えて仏意と成す成仏是なり。

即身の二字は色法(しきほう)成仏の二字は心法・死人の色心を変えて無始(むし)の妙境・妙智と成す是れ則ち即身成仏なり、故に法華経に云く「所謂諸法如是相死人の身如是性同く心如是体同く色心等」云云、又云く「深く罪福の相に達して遍く十方を照したまう微妙の浄き法身・相を具せること三十二」等云云。

上の二句は生身得忍・下の二句は即身成仏・即身成仏の手本は竜女是なり・生身得忍の手本は純陀(じゅんだ)是なり。

by johsei1129 | 2019-10-19 11:44 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

日蓮に怨をなせし人人は先ず必ず無間地獄に堕ちて無量劫の後に日蓮の弟子と成つて成仏す可し、と説いた【経王御前御書】

【経王御前御書】
■出筆時期:文永九年(1272) 五十一歳御作
■出筆場所:佐渡国にて。
■出筆の経緯:本抄は四条金吾が佐渡の日蓮大聖人に使者を遣わされて種々の品々を御供養するとともに、経王御前が誕生した事を伝えたことへの返書となっております。尚、四条金吾と妻日眼女には前年の五月八日に女の子が誕生し、大聖人より「月満」御前と名付けられておられます。
経王御前については「経王御前を儲さ給いて候へば現世には跡をつぐべき孝子なり、後生には又導かれて仏にならせ給うべし」と記されておられるように、四条金吾の跡継ぎたる男子が誕生したことを喜ばれておられます。

また文末では「世は亡び候とも日本国は南無妙法蓮華経とは人ごとに唱へ候はんずるにて候ぞ、如何に申さじと思うとも毀らん人には弥よ申し聞かすべし<中略>日蓮に怨をなせし人人は先ず必ず無間地獄に堕ちて無量劫の後に日蓮の弟子と成つて成仏す可し」と断じ、法華経 常不軽菩薩品で説かれている「而強毒之(にごうどくし)の原理を説かれ、法華経弘通に一層励むよう諭されておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[経王御前御書 本文]

種種(くさぐさ)御送り物給び候い畢(おわ)んぬ、
法華経第八・妙荘厳王品と申すには妙荘厳王・浄徳夫人と申す后(きさき)は浄蔵・浄眼と申す太子に導かれ給うと説かれて候、経王御前を儲(もうけ)させ給いて候へば現世には跡をつぐべき孝子なり後生には又導かれて仏にならせ給うべし。

今の代は濁世と申して乱れて候世なり、其の上・眼前に世の中乱れて見え候へば皆人今生には弓箭(きゅうせん)の難に値(あ)いて修羅(しゅら)道におち後生には悪道疑なし。
而るに法華経を信ずる人人こそ仏には成るべしと見え候へ、御覧ある様にかかる事出来すべしと見えて候、故に昼夜に人に申し聞かせ候いしを用いらるる事こそなくとも科(とが)に行はるる事は謂(いわ)れ無き事なれども、古も今も人の損ぜんとては善言(よきこと)を用いぬ習なれば終には用いられず世の中亡びんとするなり。

是れ偏(ひとえ)えに法華経・釈迦仏の御使を責むる故に梵天・帝釈・日月・四天等の責を蒙つて候なり、又世は亡び候とも日本国は南無妙法蓮華経とは人ごとに唱へ候はんずるにて候ぞ、如何に申さじと思うとも毀(そし)らん人には弥(いよい)よ申し聞かすべし、命生(いのちいき)て御坐(おわ)ば御覧有るべし。
又如何に唱うとも日蓮に怨(あだ)をなせし人人は先ず必ず無間地獄に堕ちて無量劫(こう)の後に日蓮の弟子と成つて成仏す可し、恐恐謹言。

四条金吾殿御返事   日 蓮 花押





by johsei1129 | 2019-10-19 11:20 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

法華経の行者の祈は響の音に応ずるがごとく全ての衆生が仏になれる事を明らかにした書【祈祷抄】五

[祈祷抄 本文]その五

 問て云く真言の教を強(あながち)に邪教と云う心如何、答えて云く弘法大師云く第一大日経・第二華厳経・第三法華経と能能(よくよく)此の次第を案ずべし、仏は何(いか)なる経にか此の三部の経の勝劣を説き判じ給へるや、若し第一大日経・第二華厳経・第三法華経と説き給へる経あるならば尤(もっと)も然るべし、其の義なくんば甚だ以て依用し難し、法華経に云く「薬王今汝に告ぐ我所説の諸経而かも此の経の中に於て法華最も第一なり」云云、仏正(まさし)く諸教を挙げて其の中に於いて法華第一と説き給ふ、仏の説法と弘法大師の筆とは水火の相違なり尋ね究(きわ)むべき事なり、此筆を数百年が間・凡僧・高僧・是を学し貴賤・上下・是を信じて大日経は一切経の中に第一とあがめける事仏意に叶はず、心あらん人は能く能く思い定むべきなり、若し仏意に相叶はぬ筆ならば信ずとも豈(あに)成仏すべきや、又是を以て国土を祈らんに当に不祥を起さざるべきや、又云く「震旦(しんたん)の人師等諍(あらそっ)て醍醐(だいご)を盗む」云云、文の意は天台大師等・真言教の醍醐を盗んで法華経の醍醐と名け給へる事は、此の筆最第一の勝事なり、法華経を醍醐と名け給へる事は、天台大師・涅槃経の文を勘へて一切経の中には法華経を醍醐と名くと判じ給へり、真言教の天竺より唐土へ渡る事は天台出世の以後二百余年なり、されば二百余年の後に渡るべき真言の醍醐を盗みて法華経の醍醐と名け給ひけるか此の事不審なり不審なり、真言未だ渡らざる以前の二百余年の人人を盗人とかき給へる事・証拠何れぞや、弘法大師の筆をや信ずべき、涅槃経に法華経を醍醐と説けるをや信ずべき、若し天台大師盗人ならば涅槃経の文をば云何(いかん)がこころうべき、さては涅槃経の文・真実にして弘法の筆・邪義ならば邪義の教を信ぜん人人は云何、只弘法大師の筆と仏の説法と勘へ合せて正義を信じ侍るべしと申す計りなり。

  疑て云く大日経は大日如来の説法なり・若し爾らば釈尊の説法を以て大日如来の教法を打ちたる事・都て道理に相叶はず如何、答えて云く大日如来は何(いか)なる人を父母として何なる国に出で大日経を説き給けるやらん、もし父母なくして出世し給うならば釈尊入滅以後、慈尊出世以前、五十六億七千万歳が中間に仏出でて説法すべしと云う事何なる経文ぞや、若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、かかる僻事(ひがごと)をのみ構へ申す間・邪教とは申すなり、其の迷謬(めいびゅう)尽しがたし纔(わず)か一二を出すなり、加之(しかのみならず)並びに禅宗・念仏等を是を用る、此れ等の法は皆未顕真実の権教不成仏の法・無間地獄の業なり、彼の行人又謗法の者なり争(いか)でか御祈祷叶ふべきや、然るに国主と成り給ふ事は過去に正法を持(たも)ち仏に仕ふるに依つて大小の王・皆梵王・帝釈・日月・四天等の御計ひとして郡郷を領し給へり、所謂(いわゆる)経に云く「我今五眼をもて明に三世を見るに一切の国王皆過去世に五百の仏に侍するに由つて帝王主と為ることを得たり」等云云、然るに法華経を背きて真言・禅・念仏等の邪師に付いて諸の善根を修せらるるとも、敢(あえ)て仏意に叶はず・神慮にも違する者なり・能く能く案あるべきなり、人間に生を得る事・都(すべ)て希(まれ)なり適(たまたま)生を受けて法の邪正を極めて未来の成仏を期せざらん事・返返(かえすがえす)本意に非ざる者なり、又慈覚大師・御入唐以後・本師伝教大師に背かせ給いて叡山に真言を弘めんが為に御祈請ありしに・日を射(い)るに日輪動転すと云う夢想を御覧じて、四百余年の間・諸人是を吉夢と思へり、日本国は殊に忌むべき夢なり、殷(いん)の紂王(ちゅうおう)・日輪を的(まと)にして射(ゆみい)るに依つて身亡びたり、此の御夢想は権化の事なりとも能く能く思惟あるべきか、仍つて九牛の一毛註する所件の如し。

【祈祷抄送状】 
 御礼の旨委細承はり候畢(おわ)んぬ、兼(かね)ては又末法に入つて法華経を持ち候者は三類の強敵を蒙(こうむ)り候はん事は面拝の時大概申し候畢んぬ、仏の金言にて候上は不審を致すべからず候か、然らば則日蓮も此の法華経を信じ奉り候て後は或は頭に疵(きず)を蒙り或は打たれ或は追はれ或は頚の座に臨み或は流罪せられ候し程に結句は此の嶋まで遠流せられ候ぬ。
  何なる重罪の者も現在計りこそ罪科せられ候へ、日蓮は三世の大難に値(あ)い候ぬと存し候、其の故は現在の大難は今の如し、過去の難は当世の諸人等が申す如くば、如来在世の善星・倶伽利等の大悪人が重罪の余習を失せずして如来の滅後に生れて是くの如く仏法に敵をなすと申し候是なり、次に未来の難を申し候はば当世の諸人の部類等・謗じ候はん様は此の日蓮房は存在の時は種種の大難にあひ・死門に趣(おも)むくの時は自身を自ら食して死(しぬ)る上は定めて大阿鼻地獄に墜在して無辺の苦を受くるらんと申し候はんずるなり、古より已来世間出世の罪科の人・貴賤・上下・持戒・毀戒・凡聖に付けて多く候へども但其は現在計りにてこそ候に・日蓮は現在は申すに及ばす過去・未来に至るまで三世の大難を蒙り候はん事は只偏に法華経の故にて候なり、日蓮が三世の大難を以て法華経の三世の御利益を覚し食され候へ、過去久遠劫より已来・未来永劫まで妙法蓮華経の三世の御利益尽くすべからず候なり、日蓮が法華経の方人(かたうど)を少分仕り候だにも加様(かよう)の大難に遭い候、まして釈尊の世世・番番の法華経の御方人を思い遣(や)りまいらせ候に道理申す計りなくこそ候へ、されば勧持品の説相は暫時も廃せず殊更(ことさら)殊更貴く覚え候。
 
  一御山籠(おんやまごもり)の御志しの事、凡そ末法折伏の行に背くと雖も病者にて御座候上(うえ)・天下の災(さい)・国土の難・強盛に候はん時・我が身につみ知り候はざらんより外は・いかに申し候とも・国主信ぜられまじく候へば・日蓮尚篭居の志候、まして御分の御事はさこそ候はんずらめ、仮使(たとい)山谷に篭居候とも御病も平癒して便宜も吉候はば身命を捨て弘通せしめ給ふべし。 
  一仰(おお)せを蒙りて候末法の行者・息災延命の祈祷の事、別紙に一巻註し進らせ候、毎日一返闕如(けつじょ)無く読誦せらるべく候、日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候によりて、種種の大難に遇うと雖も法華経の功力釈尊の金言深重なる故に今まで相違無くて候なり、其れに付いても法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥(たしか)に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり。
 一御状に十七出家の後は妻子を帯せず肉を食せず等云云、権教を信ぜし大謗法の時の事は何なる持戒の行人と申し候とも、法華経に背く謗法罪の故に正法の破戒の大俗よりも百千万倍劣り候なり、彼の謗法の比丘は持戒なりと雖も無間に墜す、正法の大俗は破戒なりと雖も成仏疑い無き故なり、但今の御身は念仏等の権教を捨てて正法に帰し給う故に誠に持戒の中の清浄の聖人なり、尤(もっと)も比丘と成つては権宗の人すら尚然る可し況や正法の行人をや、仮使(たとい)権宗の時の妻子なりともかかる大難は遇(あ)はん時は振捨(ふりすて)て正法を弘通すべきの処に地体よりの聖人尤も吉し尤も吉し、相構え相構え向後(きょうこう)も夫妻等の寄来(よりくる)とも遠離して一身に障礙無く国中の謗法をせめて釈尊の化儀を資(たす)け奉る可き者なり、猶猶向後は此の一巻の書を誦して仏天に祈誓し御弘通有る可く候但此の書は弘通の志有らん人に取つての事なり、此の経の行者なればとて器用に能はざる者には左右無く之を授与すべからず候か、穴賢(あなかしこ)穴賢、恐恐謹言。

 文永十年癸酉正月二十八日             日蓮花押
     最蓮房御返事

by johsei1129 | 2019-10-19 10:24 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

法華経の行者の祈は響の音に応ずるがごとく全ての衆生が仏になれる事を明らかにした書【祈祷抄】四

[祈祷抄 本文]その四

 問うて云く上にかかせ給ふ道理・文証を拝見するに・まことに日月の天に・おはしますならば大地に草木のおふるならば、昼夜の国土にあるならば大地だにも反覆せずば大海のしほだにもみちひるならば、法華経を信ぜん人現世のいのり後生の善処は疑いなかるべし、然りと雖も此の二十余年が間の天台・真言等の名匠・多く大事のいのりをなすに・はかばかしくいみじきいのりありともみえず、尚外典の者どもよりもつたなきやうにうちをぼへて見ゆるなり、恐らくは経文のそらごとなるか・行者のをこなひ(行為)のをろかなるか・時機のかなはざるかと、うたがはれて後生もいかんとをぼう。

 それは・さてをきぬ・御房は山僧の御弟子とうけ給はる父の罪は子にかかり・師の罪は弟子にかかるとうけ給はる、叡山の僧徒の薗城(おんじょう)・山門の堂塔・仏像・経巻・数千万をやきはらはせ給うが、ことにおそろしく世間の人人もさわぎうと(疎)みあへるは・いかに・前にも少少うけ給はり候ぬれども今度くわしく・ききひらき候はん、但し不審なることは・かかる悪僧どもなれば三宝の御意(みこころ)にも・かなはず天地にも・うけられ給はずして、祈りも叶はざるやらんと・をぼへ候はいかに、答て云くせんぜんも少少申しぬれども今度又あらあら申すべし、日本国にをいては此の事大切なり、これをしらざる故に多くの人口に罪業をつくる、先づ山門はじまりし事は此の国に仏法渡つて二百余年、桓武天皇の御宇に伝教大師立て始め給いしなり、当時の京都は昔聖徳太子・王気ありと相し給いしかども・天台宗の渡らん時を待ち給いし間・都をたて給はず、又上宮太子の記に云く「我が滅後二百余年に仏法日本に弘まる可し」云云、伝教大師・延暦年中に叡山を立て給ふ桓武天皇は平(たいら)の京都(みやこ)をたて給いき、太子の記文たがはざる故なり、されば山門と王家とは松と栢(かしわ)とのごとし、蘭(らん)と芝(しば)とににたり、松か(枯)るれば必ず栢かれらん(蘭)しぼめば又しば(柴)しぼむ、王法の栄へは山の悦び・王位の衰へは山の歎きと見えしに・既に世・関東に移りし事なにとか思食しけん。

 秘法四十一人の行者・承久三年辛巳(かのとみ)四月十九日京夷乱れし時関東調伏の為め隠岐の法皇の宣旨に依つて始めて行はれ御修法十五壇の秘法、一字金輪法天台座主慈円僧正・伴僧十二口・関白殿基通の御沙汰・四天王法成興寺の宮僧正・僧伴八口広瀬殿に於て修明門院の御沙汰・不動明王法成宝僧正・伴僧八口・花山院禅門の御沙汰・大威徳法観厳僧正・伴僧八口・七条院の御沙汰・転輪聖王法成賢僧正・伴僧八口・同院の御沙汰・十壇大威徳法伴僧六口・覚朝僧正・俊性法印・永信法印・豪円法印・猷円僧都・慈賢僧正・賢乗僧都・仙尊僧都・行遍僧都・実覚法眼・已上十人大旨本坊に於て之を修す・・如意輪法妙高院僧正・伴僧八口宜秋門院の御沙汰・毘沙門法常住院僧正・三井・伴僧六口・資賃の御沙汰・御本尊一日之を造らせらる・調伏の行儀は如法愛染王法仁和寺御室の行法・五月三日之れを始めて紫宸殿に於て二七日之を修せらる・・仏眼法大政僧正・三七日之を修す・・六字法快雅僧都・愛染王法観厳僧正・七日之を修す・不動法勧修寺の僧正・伴僧八口・皆僧綱・大威徳法安芸僧正・金剛童子法同人・已上十五壇の法了れり、五月十五日伊賀太郎判官光季京にして討たれ、同十九日鎌倉に聞え、同二十一日大勢軍兵上ると聞えしかば残る所の法・六月八日之れを行ひ始めらる、尊星王法覚朝僧正・太元法蔵有僧都・五壇法大政僧正・永信法印・全尊僧都・猷円僧都・行遍僧都・守護経法御室之を行はせらる我朝二度之を行う・五月二十一日武蔵の守殿が海道より上洛し甲斐源氏は山道を上る式部殿は北陸道を上り給う、六月五日・大津をかた(堅)むる手・甲斐源氏に破られ畢(おわ)んぬ、同六月十三日十四日宇治橋の合戦・同十四日に京方破られ畢んぬ、同十五日に武蔵守殿六条へ入り給ふ諸人入り畢んぬ、七月十一日に本院は隠岐の国へ流され給ひ・中院は阿波の国へ流され給ひ・第三院は佐渡の国へ流され給ふ、殿上人七人誅殺せられ畢んぬ、かかる大悪法・年を経て漸漸に関東に落ち下りて諸堂の別当・供僧となり連連と之を行う、本より教法の邪正勝劣をば知食(しろしめ)さず、只三宝をば・あがむべき事と・ばかり・おぼしめす故に自然として是を用ひきたれり、関東の国国のみならず叡山・東寺・薗城寺の座主・別当・皆関東の御計(はからい)と成りぬる故に彼の法の檀那と成り給いぬるなり。

[祈祷抄 本文]その五に続く


by johsei1129 | 2019-10-19 10:07 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

法華経の行者の祈は響の音に応ずるがごとく全ての衆生が仏になれる事を明らかにした書【祈祷抄】三

[祈祷抄 本文]その三

 諸の大地微塵の如くなる諸菩薩は等覚の位まで・せめて元品の無明計りもちて侍るが・釈迦如来に値(あ)い奉る元品の大石をわ(破)らんと思ふに、教主釈尊・四十余年が間は「因分可説果分不可説(いんぶんかせつ・かぶんふかせつ)」と申して妙覚の功徳を説き顕し給はず、されば妙覚の位に登る人・一人もなかりき・本意なかりし事なり、而るに霊山八年が間に「唯一仏乗名為果分(ゆいいちぶつじょう・みょういかぶん)」と説き顕し給いしかば・諸の菩薩・皆妙覚の位に上りて釈迦如来と悟り等(ひと)しく・須弥山の頂に登つて四方を見るが如く・長夜に日輪の出でたらんが如く・あ(明)かなくならせ給いたりしかば・仏の仰せ無くとも法華経を弘めじ・又行者に替らじとは・おぼしめすべからず、されば「我身命を愛せず但無上道を惜しむ・身命を惜しまずして当に広く此の経を説くべし」等とこそ誓ひ給いしか。
 
其の上慈父の釈迦仏・悲母の多宝仏・慈悲の父母等同じく助証の十方の諸仏・一座に列らせ給いて、月と月とを集めたるが如く・日と日とを並べたるが如く・ましましし時、「諸の大衆に告ぐ我が滅度の後誰か能く此の経を護持し読誦せんものなる、今仏前に於て自ら誓言を説け」と三度まで諌(いさめ)させ給いしに、八方・四百万億那由佗の国土に充満せさせ給いし諸大菩薩・身を曲(まげ)・低頭合掌(ていずがっしょう)し倶に同時に声をあげて「世尊の勅(みことのり)の如く当(まさ)に具(つぶさ)さに奉行したてまつるべし」と三度まで・声を惜まず・よばわりしかば、いかでか法華経の行者には・かわらせ給はざるべき、はんよき(笵於期)と云いしものけいか(荊軻)に頭を取せ・きさつ(季札)と云いしもの徐の君が塚に刀をかけし、約束を違(たが)へじがためなり、此れ等は震旦(しんたん)・辺土のえびす(夷)の如くなるものども・だにも友の約束に命をも亡ぼし身に代へて思ふ刀をも塚に懸(か)くるぞかし、まして諸大菩薩は本より大悲代受苦の誓ひ深し・仏の御諌なしとも・いかでか法華経の行者を捨て給うべき、其の上我が成仏の経たる上・仏・慇懃に諌め給いしかば・仏前の御誓・丁寧なり行者を助け給う事疑うべからず。

 仏は人天の主・一切衆生の父母なり・而も開導の師なり、父母なれども賤(いやし)き父母は主君の義をかねず、主君なれども父母ならざればおそろしき辺もあり、父母・主君なれども師匠なる事はなし・諸仏は又世尊にてましませば主君にては・ましませども・娑婆世界に出でさせ給はざれば師匠にあらず・又「其中衆生悉是吾子」とも名乗らせ給はず・釈迦仏独(ひとり)・主師親の三義をかね給へり、しかれども四十余年の間は提婆達多を罵(のり)給ひ諸の声聞をそしり菩薩の果分の法門を惜み給しかば、仏なれども・よりよりは天魔・破旬(はじゅん)ばしの我等をなやますかの疑ひ・人には・いはざれども心の中には思いしなり、此の心は四十余年より法華経の始(はじまる)まで失(う)せず、而るを霊山八年の間に宝塔・虚空に現じ二仏・日月の如く並び・諸仏大地に列り大山をあつめたるがごとく、地涌千界の菩薩・虚空に星の如く列り給いて、諸仏の果分の功徳を吐き給いしかば・宝蔵をかたぶけて貧人にあたうるがごとく・崑崙山(こんろんざん)のくづれたるににたりき、諸人此の玉をのみ拾(ひろ)うが如く此の八箇年が間・珍しく貴き事心髄にも・とをりしかば・諸菩薩・身命も惜まず言をはぐくまず誓をなせし程に・属累(ぞくるい)品にして釈迦如来・宝塔を出でさせ給いてとびら(扉)を押したて給いしかば諸仏は国国へ返り給ひき、諸の菩薩等も諸仏に随ひ奉りて返らせ給ひぬ。

 やうやう心ぼそくなりし程に「郤後(きゃくご)三月当(まさ)に般涅槃(はつねはん)すべし」と唱えさせ給いし事こそ心ぼそく耳をどろかしかりしかば諸菩薩二乗人天等ことごとく法華経を聴聞して仏の恩徳心肝にそみて、身命をも法華経の御ために投(なげ)て仏に見せまいらせんと思いしに・仏の仰(おおせ)の如く若し涅槃せさせ給はば・いかに・あさましからんと胸さはぎして・ありし程に・仏の御年・満八十と申せし二月十五日の寅卯の時・東天竺・舎衛(しゃえい)国・倶尸那(くしな)城・跌提河(ばつだいが)の辺にして仏御入滅なるべき由の御音・上は有頂・横には三千大千界まで・ひびきたりしこそ目もくれ・心もきえはてぬれ、五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国・無量の粟散(ぞくさん)国等の衆生・一人も衣食を調(ととの)へず・上下をきらはず、牛馬・狼狗(ろうく)・鵰鷲(ちょうじゅ)・蟁蝱(みんもう)等の五十二類の一類の数・大地微塵をも・つくしぬべし・況(いわん)や五十二類をや、此の類皆華香衣食をそなへて最後の供養とあてがひき、一切衆生の宝の橋お(折)れなんとす・一切衆生の眼ぬけなんとす一切衆生の父母・主君・師匠死なんとすなんど申すこえ・ひびきしかば・身の毛のいよ立(たつ)のみならず・涙を流す、なんだを・ながすのみならず・頭をたたき胸ををさへ音も惜まず叫びしかば・血の涙・血のあせ・倶尸那(くしな)城に大雨よりも・しげくふり・大河よりも多く流れたりき、是れ偏えに法華経にして仏になりしかば仏の恩の報ずる事かたかりしなり。

 かかるなげきの庭にても法華経の敵をば舌を・きるべきよし・座につらなるまじきよしののしり侍りき、迦葉童子菩薩は法華経の敵の国には霜雹(そうばく)となるべしと誓い給いき、爾の時仏は臥よりをきて・よろこばせ給いて善哉善哉と讃め給いき、諸菩薩は仏の御心を推(すい)して法華経の敵をうたんと申さば、しばらくも・いき給いなんと思いて一一の誓は・なせしなり、されば諸菩薩・諸天人等は法華経の敵の出来せよかし仏前の御誓はたして・釈迦尊並びに多宝仏・諸仏・如来にも・げに仏前にして誓いしが如く、法華経の御ためには名をも身命をも惜まざりけりと思はれまいらせんと・こそ・おぼすらめ。

 いかに申す事は・をそきやらん、大地はささばはづるるとも虚空(おおぞら)をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず、法華経の行者を諸の菩薩・人天・八部等・二聖・二天・十羅刹等・千に一も来つてまほり給はぬ事侍らば、上(かみ)は釈迦諸仏をあなづり奉り下(しも)は九界をたぼらかす失(とが)あり、行者は必ず不実なりとも・智慧はをろかなりとも・身は不浄なりとも・戒徳は備へずとも・南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし、袋きたなしとて金を捨る事なかれ・伊蘭(いらん)をにくまば栴檀(せんだん)あるべからず、谷の池を不浄なりと嫌はば蓮を取らざるべし、行者を嫌(きら)い給はば誓を破り給いなん、正像既に過ぎぬれば持戒は市の中の虎の如し・智者は麟角(りんかく)よりも希(まれ)ならん、月を待つまでは灯を憑(たのむ)べし宝珠のなき処には金銀も宝なり、白烏の恩をば黒烏に報ずべし・聖僧の恩をば凡僧に報ずべし、とくとく利生をさづけ給へと強盛に申すならば・いかでか祈りのかなはざるべき。

[祈祷抄 本文]その四に続く


by johsei1129 | 2019-10-19 09:57 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 19日

法華経の行者の祈は響の音に応ずるがごとく全ての衆生が仏になれる事を明らかにした書【祈祷抄】 二

[祈祷抄 本文]その二

 一切の菩薩は又始め華厳経より四十余年の間・仏にならんと願い給いしかども・かなはずして、法華経の方便品の略開三顕一の時「仏を求むる諸の菩薩大数八万有り、又諸の万億国の転輪聖王の至れる合掌して敬心を以て具足の道を聞かんと欲す」と願いしが、広開三顕一を聞いて「菩薩是の法を聞いて疑網皆已に断ちぬ」と説かせ給いぬ、其の後自界他方の菩薩雲の如く集り星の如く列り給いき、宝塔品の時・十方の諸仏・各各無辺の菩薩を具足して集り給いき、文殊は海より無量の菩薩を具足し、又八十万億那由佗の諸菩薩・又過八恒河沙の菩薩・地涌千界の菩薩・分別功徳品の六百八十万億那由佗恒河沙の菩薩・又千倍の菩薩・復一世界の微塵数の菩薩・復三千大千世界の微塵数の菩薩・復二千中国土の微塵数の菩薩・復小千国土の微塵数の菩薩・復四四天下の微塵数の菩薩・三四天下二四天下・一四天下の微塵数の菩薩・復八世界微塵数の衆生・薬王品の八万四千の菩薩・妙音品の八万四千の菩薩・又四万二千の天子・普門品の八万四千・陀羅尼品の六万八千人・妙荘厳王品の八万四千人・勧発品の恒河沙等の菩薩三千大千世界微塵数等の菩薩・此れ等の菩薩を委(くわし)く数へば十方世界の微塵の如し、十方世界の草木の如し、十方世界の星の如し、十方世界の雨の如し、此等は皆法華経にして仏にならせ給いて、此の三千大千世界の地上・地下・虚空の中にまします、迦葉尊者は雞足(けいそく)山にあり、文殊師利は清凉(しょうりょう)山にあり、地蔵菩薩は伽羅陀(からだ)山にあり、観音は補陀落(ふだらく)山にあり、弥勒菩薩は兜率天(とそつてん)に、難陀等の無量の竜王阿修羅王は海底海畔にあり、帝釈は刀利(とうり)天に梵王は有頂天に・魔醯修羅(まけいしゅら)は第六の佗化天に・四天王は須弥の腰に・日月・衆星は我等が眼に見へて頂上を照し給ふ、江神・河神・山神等も皆法華経の会上の諸尊なり。

  仏・法華経をとかせ給いて年数二千二百余年なり、人間こそ寿も短き故に仏をも見奉り候人も待らぬ、天上は日数は永く寿(いのち)も長ければ併(しかし)ながら仏をおがみ法華経を聴聞せる天人かぎり多くおはするなり人間の五十年は四王天の一日一夜なり、此れ一日一夜をはじめとして三十日は一月十二月は一年にして五百歳なり、されば人間の二千二百余年は四王天の四十四日なり、されば日月並びに毘沙門(びしゃもん)天王は仏におくれたてまつりて・四十四日いまだ二月にたらず、帝釈・梵天なんどは仏におくれ奉りて一月一時にもすきず、わづかの間に・いかでか仏前の御誓並びに自身成仏の御経の恩をばわすれて、法華経の行者をば捨てさせ給うべきなんど思いつらぬれば・たのもしき事なり、されば法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし・影の体(からだ)にそ(添)えるがごとし、すめる水に月のうつるがごとし・方諸の水をまねくがごとし・磁石の鉄をすうがごとし・琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし・世間の法には我がおもはざる事も父母・主君・師匠・妻子をろかならぬ友なんどの申す事は恥ある者は意には・あはざれども名利をもうしなひ、寿(いのち)ともなる事も侍るぞかし、何(いか)に況(いわん)や我が心からをこりぬる事は、父母・主君・師匠なんどの制止を加うれどもなす事あり。

 さればはんよき(范於期)と云いし賢人は我頚を切つてだにこそけいか(荊軻)と申せし人には与へき、季札(きさつ)と申せし人は約束の剣(つるぎ)を徐の君が塚の上に懸けたりき、而るに霊山会上にして即身成仏せし竜女は・小乗経には五障の雲厚く三従のきづな(絆)強しと嫌はれ、四十余年の諸大乗経には或は歴劫修行にたへず(不堪)と捨てられ、或は初発心時・便成正覚の言も有名無実なりしかば女人成仏もゆるさざりしに・設(たと)い人間天上の女人なりとも成仏の道には望なかりしに・竜畜下賤の身たるに女人とだに生れ年さへ・いまだ・たけず・わづかに八歳なりき、かたがた思ひもよらざりしに文殊の教化によりて海中にして・法師・提婆の中間わづかに宝塔品を説かれし時刻に仏になりたりし事は・ありがたき事なり、一代超過の法華経の御力にあらずば・いかでか・かくは候べき、されば妙楽は「行浅功深以顕経力」とこそ書かせ給へ、竜女は我が仏になれる経なれば仏の御諌(いさめ)なくとも・いかでか法華経の行者を捨てさせ給うべき、されば自讃歎仏の偈には「我大乗の教を闡(ひら)いて苦の衆生を度脱せん」等とこそ・すすませさせ給いしか、竜女の誓は其の所従の「非口所宣非心所測」の一切の竜畜の誓なり娑竭羅(しゃから)竜王は竜畜の身なれども子を念う志深かりしかば大海第一の宝(たから)如意宝珠をもむすめ(娘)にとらせて即身成仏の御布施にせさせつれ此の珠は直(あたい)三千大千世界にかふる珠なり。

 提婆達多は師子頬王には孫・釈迦如来には伯父(おじ)たりし斛飯(こくぼん)王の御子・阿難尊者の舎兄(あに)なり、善聞長者のむすめの腹なり、転輪聖王の御一門・南閻浮提には賤(いや)しからざる人なり、在家にましましし時は夫妻となるべきやすたら(耶輸多羅)女を悉達太子に押し取られ宿世の敵と思いしに、出家の後に人天大会の集まりたりし時・仏に汝は癡人・唾(つばき)を食(くら)へる者との(罵)られし上・名聞利養深かりし人なれば仏の人に・もてなされしをそねみて・我が身には五法を行じて仏よりも尊(たっと)げになし・鉄(くろがね)をの(伸)して千輻輪につけ・螢火(ほたるび)を集めて白毫(びゃくごう)となし・六万宝蔵・八万宝蔵を胸に浮べ、象頭山に戒場を立て多くの仏弟子をさそ(誘)ひとり、爪に毒を塗り仏の御足にぬ(塗)らむと企(くわだ)て・蓮華比丘尼を打殺し・大石を放(はなち)て仏の御指をあやまちぬ、具(つぶさ)に三逆を犯(おか)し結句は五天竺の悪人を集め仏並びに御弟子檀那等にあだをなす程に、頻婆娑羅(びんばしゃら)王は仏の第一の御檀那なり、一日に五百輛の車を送り日日に仏並びに御弟子を供養し奉りき、提婆そねむ心深くして阿闍世太子を語(かたら)いて父を終に一尺の釘(くぎ)七つをもつてはりつけ(磔)になし奉りき、終に王舎城の北門の大地破(わ)れて阿鼻大城に墜(お)ちにき、三千大千世界の人一人も是を見ざる事なかりき、されば大地微塵劫は過ぐとも無間大城をば出づべからずとこそ思ひ候に・法華経にして天王如来とならせ給いけるにこそ不思議に尊けれ、提婆達多・仏になり給はば語(かた)らはれし所の無量の悪人、一業所感なれば皆無間地獄の苦は・はなれぬらん、是れ偏(ひとえ)に法華経の恩徳なり、されば提婆達多並びに所従の無量の眷属は法華経の行者の室宅(いえ)にこそ住(すまわ)せ給うらめとたのもし。

[祈祷抄 本文]その三に続く


by johsei1129 | 2019-10-19 09:17 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)