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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 14日 ( 4 )


2019年 10月 14日

釈尊ほどの仏を<略>供養し奉るよりも<略>法華経の行者を供養せん功徳はすぐれたりと説いた国府尼御前御書

【国府尼御前御書】
■出筆時期:文永十一年(西暦1274年)六月十六日 五十三歳御作
■出筆場所:身延山中 草案にて。
■出筆の経緯:本書は文永十一年三月、佐渡赦免となつた大聖人が身延山中で草庵を構えられた頃、佐渡で大聖人を外護された国府入道が見参し、妻と阿仏房の尼御前との供養の品を届けられたことへの返書となっている。
大聖人は法華経法師品第十を引いて「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て合掌して我(釈尊)が前に在つて無数の偈を以て讃めん、是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん。持経者を歎美せんは其の福復た彼(釈尊を讃える)に過ぎん」と説き、法華経の行者に供養する功徳は釈尊を一劫というはてしなく長いあいだ称える功徳に優ると、国府入道夫妻が佐渡の地で、人目を忍んで夜中に大聖人のもとに食を届けてくれた志を称えれておられる。

[妙法蓮華経法師品第十の該当する偈]
有人求仏道 而於一劫中 合掌在我前 以無数偈讃
由是讃仏故 得無量功徳 歎美持経者 其福復過彼

■ご真筆: 佐渡・妙宣寺 所蔵。
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[国府尼御前御書 本文]

 阿仏御房の尼ごぜん(御前)よりぜに(銭)三百文、同心なれば此の文を二人して人によませて・きこしめせ。

 単衣(ひとえぎぬ)一領・佐渡の国より甲斐の国・波木井(はきり)の郷の内の深山まで送り給(たび)候い了んぬ。法華経第四法師品に云く「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て合掌して我が前に在つて無数の偈(げ)を以て讃めん、是の讃仏(さんぶつ)に由るが故に無量の功徳を得ん、持経者を歎美せんは其の福復(ま)た彼に過ぎん」等云云。文の心は釈尊ほどの仏を三業相応して一中劫が間・ねんごろに供養し奉るよりも・末代悪世の世に法華経の行者を供養せん功徳は・すぐれたりと・とかれて候。まこと(実)しからぬ事にては候へども仏の金言にて候へば疑うべきにあらず。其の上
妙楽大師と申す人・此の経文を重ねて・やわ(解)らげて云く「若(も)し毀謗(きぼう)せん者は頭(こうべ)七分に破れ若し供養せん者は福十号に過ぎん」等云云。
 釈の心は末代の法華経の行者を供養するは十号を具足しまします如来を供養したてまつるにも其の功徳すぎたり、又濁世(じょくせ)に法華経の行者あらんを留難をなさん人は頭七分にわるべしと云云。

 夫れ日蓮は日本第一のゑせ(僻)ものなり。其の故は天神七代は・さておきぬ、地神五代も又はかりがたし、人王始まりて神武より今に至るまで九十代・欽明天王(皇)より七百余年が間、世間につけ仏法によりても日蓮ほど・あまねく人にあだ(怨)まれたるものは候はじ。守屋が寺塔をやき清盛入道が東大寺興福寺を失せし・彼等が一類は彼がにくまず、将門(まさかど)貞たう(任)が朝敵と成りし・伝教大師の七寺にあだまれし・彼等もいまだ日本一州の比丘(びく)・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)の四衆には・にくまれず。日蓮は父母・兄弟・師匠・同法(朋)・上一人・下万民・一人ももれず・父母のかたき(敵)のごとく・謀反強盗(むほんごうとう)にも・すぐれて人ごとに・あだをなすなり、されば或時は数百人にの(詈)られ・或時は数千人に取りこめられて刀杖(とうじょう)の大難にあう。所を・をはれ国を出さる・結句は国主より御勘気二度・一度は伊豆の国・今度は佐渡の嶋なり。

 されば身命をつ(続)ぐべきかつ(資糧)てもなし・形体を隠(かく)すべき藤(ふじ)の衣(ころも)ももたず、北海の嶋に・はなたれしかば彼の国の道俗は相州の男女よりも・あだをなしき、野中(のなか)に捨てられて雪にはだ(肌)へをまじえ・くさ(草)をつ(摘)みて命をささ(支)えたりき、彼の蘇夫(そぶ)が胡国に十九年・雪を食うて世をわたりし、李呂(陵)が北海に六ケ年がんくつ(岩窟)にせめられし・我は身にて・しられぬ、これは・ひとえに我が身には失(とが)なし、日本国を・たすけんと・をもひしゆへなり。

 しかるに尼ごぜん並(なら)びに入道殿は彼の国に有る時は人め(目)を・をそれて夜中に食ををくり、或る時は国のせめ(責)をも・はばか(憚)らず身にも・か(代)わらんと・せし人人なり、さればつら(痛)かりし国なれども、そ(剃)りたるかみ(髪)をうしろ(後)へひかれ・すすむあし(足)もかへりしぞかし、いかなる過去のえん(縁)にてや・ありけんと・おぼつかなかりしに・又いつしか・これまで・さしも大事なるわが夫(おとこ)を御つかい(使)にて・つかはされて候。ゆめ(夢)かまぼろし(幻)か、尼ごぜんの御すがたをば・みまいらせ候はねども心をば・これに・とどめをぼへ候へ。

 日蓮をこい(恋)しく・をはしせば常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををが(拝)ませ給え、いつ(何時)となく日月にかげ(影)をう(浮)かぶる身なり、又後生には霊山(りょうぜん)浄土に・まいりあひまひらせん、南無妙法蓮華経。

六月十六日             日 蓮  花押
さどの国のこう(国府)の尼御前

by johsei1129 | 2019-10-14 21:06 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 14日

『妙法蓮華経』こそが末法弘通の本尊であることを明かした書『法華取要抄』 その三

[法華取要抄 本文] その三
 問うて云く如来滅後二千余年・竜樹・天親・天台・伝教の残したまえる所の秘法は何物ぞや、答えて云く本門の本尊と戒壇(かいだん)と題目の五字となり、問うて曰く正像等に何ぞ弘通せざるや、答えて曰く正像に之を弘通せば小乗・権大乗・迹門の法門・一時に滅尽(めつじん)す可きなり、問うて曰く仏法を滅尽するの法何ぞ之を弘通せんや、答えて曰く末法に於ては大小・権実・顕密共に教のみ有つて得道無し一閻浮提皆謗法(ほうぼう)と為り畢んぬ、逆縁の為には但妙法蓮華経の五字に限る、例せば不軽品の如し我が門弟は順縁なり日本国は逆縁なり、疑つて云く何ぞ広略を捨て要を取るや、答えて曰く玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)は略を捨てて広を好み四十巻の大品経を六百巻と成す羅什三蔵(らじゅうさんぞう)は広を捨て略を好む千巻の大論を百巻と成せり、日蓮は広略を捨てて肝要を好む所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり、九包淵(きゅうほうえん)が馬を相するの法は玄黄(げんこう)を略して駿逸(しゅんいつ)を取る、支道林(しどうりん)が経を講ずるには細科を捨てて元意を取る等云云、仏既に宝塔に入つて二仏座を並べ分身来集し地涌を召し出し肝要を取つて末代に当てて五字を授与せんこと当世異義有る可からず。

疑って云く今世に此の法を流布せば先相之れ有りや、答えて曰く法華経に「如是相乃至本末究竟等」云云、天台云く「蜘虫(ちちゅう)掛りて喜び事来たりかん鵲(じゃく)鳴いて客人来る小事猶以て是くの如し何に況や大事をや」取意、問うて曰く若し爾(しか)れば其の相之れ有りや、答えて曰く去ぬる正嘉年中の大地震・文永の大彗星・其より已後今に種種の大なる天変・地夭此等は此先相なり、仁王経の七難・二十九難・無量の難、金光明経・大集経・守護経・薬師経等の諸経に挙ぐる所の諸難皆之有り但し無き所は二三四五の日出る大難なり、而るを今年佐渡の国の土民は口口に云う今年正月廿三日の申(さる)の時西の方に二の日出現す或は云く三の日出現す等云云、二月五日には東方に明星二つ並び出ず其の中間は三寸計(ばか)り等云云、此の大難は日本国先代にも未だ之有らざるか、最勝王経の王法正論品に云く「変化の流星堕ち二の日倶時(ぐじ)に出で他方の怨賊(おんぞく)来つて国人喪乱(そうらん)に遭(あ)う」等云云、首楞厳経(しゅりょうごんきょう)に云く「或は二の日を見(あらわ)し或は両つの月を見(あらわ)す」等、薬師経に云く「日月薄蝕(はくしょく)の難」等云云、金光明経に云く「彗星数(すいせいしばしば)ば出で両つの日並び現じ薄蝕恒(はくしょくつね)無し」大集経に云く「仏法実に隠没せば乃至日月明を現ぜず」仁王経に云く「日月度を失い時節返逆し或は赤日出で黒日出で二三四五の日出ず或は日蝕(しょく)して光無く或は日輪一重二三四五重輪現ぜん」等云云、此の日月等の難は七難二十九難無量の諸難の中に第一の大悪難なり、問うて曰く此等の大中小の諸難は何に因つて之を起すや、答えて曰く「最勝王経に曰く非法を行ずる者を見て当に愛敬(あいぎょう)を生じ善法を行ずる人に於て苦楚(くそ)して治罰す」等云云、法華経に云く・涅槃経に云く・金光明経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に星宿及び風雨皆時を以て行われず」等云云、大集経に云く「仏法実に隠没し乃至是くの如き不善業の悪王悪比丘我が正法を毀壊(きえ)す」等、仁王経に云く「聖人去る時七難必ず起る」等、又云く「法に非ず律に非ず比丘を繋縛(けいばく)すること獄囚の法の如くす爾(そ)の時に当つて法滅せんこと久しからず」等、又云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王太子王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説かん其の王別(わき)まえずして此の語を信聴せん」等云云、此等の明鏡を齎(もっ)て当時の日本国を引き向うるに天地を浮ぶること宛も符契(ふけい)の如し眼有らん我が門弟は之を見よ、当に知るべし此の国に悪比丘等有つて天子・王子・将軍等に向つて讒訴(ざんそ)を企て聖人を失う世なり、問うて曰く弗舎密多羅王(ほっしゃみったらおう)・会昌(えしょう)天子・守屋等は月支・真旦(しんたん)・日本の仏法を滅失し提婆菩薩(だいばぼさつ)・師子尊者等を殺害す其の時何ぞ此の大難を出さざるや、答えて曰く災難は人に随つて大小有る可し正像二千年の間悪王悪比丘等は或は外道を用い或は道士を語らい或は邪神を信ず仏法を滅失すること大なるに似たれども其の科(とが)尚浅きか、今当世の悪王・悪比丘の仏法を滅失するは小を以て大を打ち権を以て実を失う人心を削(けずり)て身を失わず寺塔を焼き尽さずして自然に之を喪(ほろぼ)す、其の失前代に超過(ちょうか)せるなり。

我が門弟之を見て法華経を信用せよ目を瞋(いか)らして鏡に向え、天瞋(いか)るは人に失(とが)有ればなり、二の日並び出るは一国に二(ふたり)の国王並ぶ相なり、王と王との闘諍(とうじょう)なり、星の日月を犯すは臣・王を犯す相なり、日と日と
f0301354_12551820.jpg[真筆箇所本文]
競出四天下一同諍論也
明星並出太子与太子諍
論也 如是乱國土後 出現
上行等聖人 本門三法門
建立之 一四天四海一同妙
法蓮華經廣宣流布
無疑者歟

競い出るは四天下一同の諍論なり、明星並び出るは太子と太子との諍論なり、是くの如く国土乱れて後に上行等の聖人出現し本門の三つの法門之を建立し一四天・四海一同に妙法蓮華経の広宣流布疑い無き者か。

[法華取要抄 本文] 完。

by johsei1129 | 2019-10-14 20:36 | 御書十大部(五大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 14日

『妙法蓮華経』こそが末法弘通の本尊であることを明かした書『法華取要抄』 その二

[法華取要抄 本文] その二
 夫れ諸宗の人師等或は旧訳の経論を見て新訳の聖典を見ず或は新訳の経論を見て旧訳を捨置き或は自宗の曲に執著して己義に随い愚見(ぐけん)を注(ちゅう)し止めて後代に之を加添す。
株杭(くいぜ)に驚き騒ぎて兎獣(うさぎ)を尋ね求め智円扇(ちえんせん)に発して仰いで天月を見る非を捨て理を取るは智人なり。
今末の論師・本の人師の邪義を捨て置いて専ら本経本論を引き見るに、五十余年の諸経の中に法華経第四法師品の中の已今当の三字最も第一なり。

諸の論師・諸の人師定めて此経文を見けるか、然りと雖も或は相似の経文に狂い或は本師の邪会(じゃえ)に執し或は王臣等の帰依を恐るるか、所謂金光明経の「是諸経之王」密厳経(みつごんきょう)の「一切経中勝」六波羅蜜経の「総持(そうじ)第一」大日経の「云何菩提(うんがぼだい)」華厳経の「能信是経(のうしんぜきょう)・最為難(さいいなん)」般若経の「会入法性(えにゅうほっしょう)・不見一事」大智度論の「般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)最第一」涅槃論の「今者涅槃理(こんじゃねはんり)」等なり。

此等の諸文は法華経の已今当の三字に相似せる文なり。然りと雖も或は梵帝・四天等の諸経に対当すれば是れ諸経の王なり或は小乗経に相対すれば諸経の中の王なり、或は華厳(けごん)・勝鬘(しょうまん)等の経に相対すれば一切経の中に勝れたり全く五十余年の大小・権実・顕密の諸経に相対して是れ諸経の王の大王なるに非ず、所詮所対を見て経経の勝劣を弁(わきま)うべきなり。
強敵を臥伏(ふくふ)するに始て大力を知見する是なり、其の上諸経の勝劣は釈尊一仏の浅深なり全く多宝分身の助言を加うるに非ず私説を以て公事に混ずる事勿(なか)れ、

諸経は或は二乗凡夫に対揚(たいよう)して小乗経を演説し、或は文殊(もんじゅ)・解脱月(げだつがつ)・金剛薩埵(こんごうさった)等の弘伝の菩薩に対向して全く地涌千界の上行等には非ず、今・法華経と諸経とを相対するに一代に超過(ちょうか)すること二十種之有り、其の中最要二有り所謂三五の二法なり三とは三千塵点劫(じんてんごう)なり諸経は或は釈尊の因位を明すこと或は三祇(ぎ)・或は動逾塵劫(そうゆじんごう)・或は無量劫なり、梵王(ぼんのう)云く此の土には二十九劫より已来(このかた)知行の主なり第六天・帝釈・四天王等も以て是くの如し、釈尊と梵王等と始めて知行の先後之を諍論(じょうろん)す、爾りと雖も一指を挙げて之を降伏してより已来(このかた)梵天頭を傾け魔王掌(たなごころ)を合せ三界の衆生をして釈尊に帰伏せしむる是なり、又諸仏の因位と釈尊の因位と之を糾明(きゅうめい)するに、諸仏の因位は或は三祇(ぎ)或は五劫等なり釈尊の因位は既に三千塵点劫(じんてんごう)より已来娑婆(しゃば)世界の一切衆生の結縁の大士なり。

此の世界の六道の一切衆生は他土の他の菩薩に有縁の者一人も之無し、法華経に云く「爾(そ)の時に法を聞く者は各諸仏の所に在り」等云云、天台云く「西方は仏別に縁異り故に子父の義成せず」等云云。
妙楽云く「弥陀釈迦二仏既に殊なり、況や宿昔(むかし)の縁別にして化導同じからざるをや、結縁は生の如く成熟は養の如し、生養縁異れば父子成ぜず」等云云、当世日本国の一切衆生弥陀の来迎(らいごう)を待つは譬えば牛の子に馬の乳を含め瓦の鏡に天月を浮ぶるが如し、又果位を以て之を論ずれば諸仏如来或は十劫・百劫・千劫已来(いらい)の過去の仏なり。

教主釈尊は既に五百塵点劫(じんてんごう)より已来妙覚果満の仏なり大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等の尽十方の諸仏は我等が本師教主釈尊の所従等なり、天月の万水に浮ぶ是なり、華厳経の十方台上の毘盧遮那(びるしゃな)・大日経・金剛頂経(こんごうちょうきょう)・両界の大日如来は宝塔品の多宝如来の左右の脇士なり、例せば世の王の両臣の如し此の多宝仏も寿量品の教主釈尊の所従なり、此の土の我等衆生は五百塵点劫より已来教主釈尊の愛子なり不孝の失(とが)に依つて今に覚知(かくち)せずと雖も他方の衆生には似る可からず、有縁の仏と結縁の衆生とは譬えば天月の清水に浮ぶが如く無縁の仏と衆生とは譬えば聾者(みみしい)の雷(らい)の声を聞き盲者の日月に向うが如し。

而るに或る人師は釈尊を下して大日如来を仰崇(ぎょうすう)し或る人師は世尊は無縁なり阿弥陀(あみだ)は有縁なり、或る人師の云く小乗の釈尊と或は華厳経の釈尊と或は法華経迹門の釈尊と此等の諸師並びに檀那等釈尊を忘れて諸仏を取ることは例せば阿闍世太子(あじゃせたいし)の頻婆沙羅王(びんばしゃらおう)を殺し釈尊に背いて提婆達多に付きしが如し、二月十五日は釈尊御入滅の日乃至十二月十五日も三界慈父の御遠忌(おんき)なり、善導・法然・永観等の提婆達多に誑(たぶらか)されて阿弥陀仏の日と定め畢(おわ)んぬ、四月八日は世尊御誕生の日なり薬師仏に取り畢んぬ、我が慈父の忌日(きじつ)を他仏に替るは孝養の者なるか如何、寿量品に云く「我も亦為(こ)れ世の父・狂子を治する為の故に」等云云、天台大師云く「本此の仏に従つて初めて道心を発す亦此の仏に従つて不退地に住す乃至猶百川の海に潮すべきが如く縁に牽(ひ)かれて応生すること亦復(またまた)是くの如し」等云云。

 問うて云く法華経は誰人の為に之を説くや。
答えて曰く方便品より人記品に至るまでの八品に二意有り、上より下に向て次第に之を読めば第一は菩薩・第二は二乗・第三は凡夫なり。安楽行より勧持(かんじ)・提婆(だいば)・宝塔・法師と逆次に之を読めば滅後の衆生を以て本と為す。在世の衆生は傍なり滅後を以て之を論ずれば正法一千年像法一千年は傍なり。末法を以て正と為す。

末法の中には日蓮を以て正と為すなり。問うて曰く其の証拠如何、答えて曰く況滅度後の文是なり、疑つて云く日蓮を正と為す正文如何、答えて云く「諸の無智の人有つて・悪口罵詈(めり)等し・及び刀杖を加うる者」等云云、問うて曰く自讃(じさん)は如何、答えて曰く喜び身に余るが故に堪え難くして自讃するなり。

問うて曰く本門の心如何、答えて曰く本門に於て二の心有り一には涌出品(ゆじゅつほん)の略開近顕遠(りゃっかいごんけんのん)は前四味並に迹門の諸衆をして脱せしめんが為なり、二には涌出品の動執生疑(どうしゅうしょうぎ)より一半並びに寿量品・分別功徳品の半品已上一品二半を広開近顕遠(こうかいごんけんのん)と名く一向に滅後の為なり。

問うて曰く略開近顕遠の心如何、答えて曰く文殊弥勒(もんじゅみろく)等の諸大菩薩・梵天・帝釈・日月・衆星・竜王等初成道の時より般若(はんにゃ)経に至る已来(このかた)は一人も釈尊の御弟子に非ず此等の菩薩天人は初成道の時仏未だ説法したまわざる已前に不思議解脱に住して我と別円二教を演説す釈尊其の後に阿含(あごん)・方等・般若を宣説し給う。然りと雖も全く此等の諸人の得分に非ず、既に別円二教を知りぬれば蔵通をも又知れり、勝は劣を兼ぬる是なり。委細(いさい)に之を論ぜば或は釈尊の師匠なるか、善知識とは是なり、釈尊に随うに非ず。
法華経の迹門の八品に来至して始めて未聞の法を聞いて此等の人人は弟子と成りぬ。舎利弗目連(しゃりほつもくれん)等は鹿苑(ろくおん)より已来初発心の弟子なり、然りと雖も権法のみを許せり。今法華経に来至して実法を授与(じゅよ)し法華経本門の略開近顕遠(りゃっかいごんけんのん)に来至して華厳よりの大菩薩・二乗・大梵天・帝釈・日月・四天・竜王等は位妙覚に隣り又妙覚の位に入るなり。若し爾(しか)れば今我等天に向つて之を見れば生身の妙覚の仏本位に居して衆生を利益する是なり。

問うて曰く誰人の為に広開近顕遠(こうかいごんけんのん)の寿量品を演説するや、答えて曰く寿量品の一品二半は始より終に至るまで正く滅後衆生の為なり滅後の中には末法今時の日蓮等が為なり。
疑つて云く此の法門前代に未だ之を聞かず経文に之れ有りや、答えて曰く予が智前賢(ちぜんけん)に超えず設(たと)い経文を引くと雖も誰人か之を信ぜん卞和(べんか)が啼泣(ていきゅう)・伍子胥(ごししょ)が悲傷是なり、然りと雖も略開近顕遠・動執生疑(どうしゅうしょうぎ)の文に云く「然も諸の新発意(しんぽっち)の菩薩・仏の滅後に於て若し是の語を聞かば或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起さん」等云云、文の心は寿量品を説かずんば末代の凡夫皆悪道に堕せん等なり、寿量品に云く「是の好き良薬を今留めて此に在く」等云云、文の心は上は過去の事を説くに似たる様なれども此の文を以て之れを案ずるに滅後を以て本と為す先ず先例を引くなり、分別功徳品に云く「悪世末法の時」等云云、神力品に云く「仏滅度の後に能く是の経を持たんを以つての故に諸仏皆歓喜(かんき)して無量の神力を現じ給う」等云云、薬王品(やくおうぼん)に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布して閻浮提(えんぶだい)に於て断絶せしむること無けん」等云云、又云く「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり」等云云、涅槃経(ねはんぎょう)に云く「譬えば七子の如し父母平等ならざるに非ざれども然も病者に於て心則ち偏(ひとえ)に重し」等云云、七子の中の第一第二は一闡提謗法(いっせんだいほうぼう)の衆生なり諸病の中には法華経を謗ずるが第一の重病なり、諸薬の中には南無妙法蓮華経は第一の良薬なり、此の一閻浮提(いちえんぶだい)は縦広(じゅうこう)七千由善那(ゆぜんな)八万の国之れ有り正像二千年の間未だ広宣流布せざるに法華経当世に当つて流布せしめずんば釈尊は大妄語の仏・多宝仏の証明は泡沫に同じく十方分身の仏の助舌も芭蕉(ばしょう)の如くならん。

 疑つて云く多宝の証明・十方の助舌(じょぜつ)・地涌の涌出此等は誰人の為ぞや、答えて曰く世間の情に云く在世の為と、日蓮云く舎利弗・目犍(もくけん)等は現在を以て之を論ずれば智慧第一・神通第一の大聖なり、過去を以て之を論ずれば金竜陀仏(こんりゅうだぶつ)・青竜陀仏(せいりゅうだぶつ)なり、未来を以て之を論ずれば華光如来、霊山を以て之を論ずれば三惑頓尽(さんなくとんじん)の大菩薩、本を以て之を論ずれば内秘外現の古菩薩なり、文殊・弥勒等の大菩薩は過去の古仏・現在の応生なり、梵帝(ぼんたい)・日月・四天等は初成已前の大聖なり、其の上前四味・四教・一言に之を覚りぬ・仏の在世には一人に於ても無智の者之れ無し誰人の疑を晴さんが為に多宝仏の証明を借り諸仏舌を出し地涌の菩薩を召さんや方方以て謂(いわ)れ無き事なり、経文に随つて「況滅度後・令法久住」等云云、此等の経文を以て之を案ずるに偏に我等が為なり、随つて天台大師当世を指して云く「後の五百歳遠く妙道に沾(うるお)わん」伝教大師当世を記して云く「正像稍(やや)過ぎ已つて末法太(はなは)だ近きに有り」等云云、「末法太有近」の五字は我が世は法華経流布の世に非ずと云う釈なり。

[法華取要抄 本文] その三に続く


by johsei1129 | 2019-10-14 20:19 | 御書十大部(五大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 14日

『妙法蓮華経』こそが末法弘通の本尊であることを明かした書『法華取要抄』 その一

【法華取要抄(ほっけしゅようしょう】
■出筆時期:文永十一年五月 五十三歳御作(西暦1274年)、日蓮大聖人が立宗宣言した年に帰依した最古参の強信者『富木常忍』に宛てた書。御書10大部の一つ。
■出筆場所:身延山 草庵にて著作
■出筆の経緯:文永十一年四月八日、鎌倉幕府の平左衛門尉に対し生涯三度目となる『国主諌暁』をなされたが、取り入れられず、今後は後世のために弟子への法門の相承を成すべき時と判断し、五月十二日に鎌倉を出て身延山に入る。そして最初に書き記したのが、『妙法蓮華経』こそが末法弘通の本尊であることをあきらかにした本書である。法華取要とは、法華経二十八品の要である『妙法蓮華経』を取り、本尊と成すことを意味している。
■ご真筆: 中山法華経寺所蔵(重要文化財) 時代写本:日興上人及び日目上人の書写(富士大石寺所蔵)

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[法華取要抄(第17紙)真筆本文:問云 如來滅後二千餘年龍樹~捨廣畧取要乎 答曰 玄奘]
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[法華取要抄(第24紙)真筆本文:文末:競出四天下一同諍論也~妙法蓮華經廣宣流布無疑者歟]

[法華取要抄 本文] その一
 

                                  扶桑沙門 日蓮 これを述ぶ。

夫れ以(おもんみ)れば月支西天より漢土日本に渡来する所の経論五千七千余巻なり、其(その)中の諸経論の勝劣(しょうれつ)・浅深(せんじん)・難易(なんい)・先後・自見に任せて之を弁(わきま)うことは其の分に及ばず、人に随い宗に依つて之を知る者は其の義紛紕(ふんぴ)す、所謂華厳宗の云く「一切経の中に此の経第一」と、法相宗の云く「一切経の中に深密経(じんみつきょう)第一」と、三論宗の云く「一切経の中に般若経(はんにゃきょう)第一」と、真言宗の云く「一切経の中に大日の三部経第一」と、禅宗の云く或は云く「教内には楞伽経(りょうがきょう)第一」と、或は云く「首楞厳経(しゅりょうごんきょう)第一」と或は云く「教外別伝の宗なり」と、浄土宗の云く「一切経の中に浄土の三部経、末法に入りては機教相応して第一なり」と、倶舎宗(くしゃしゅう)・成実宗(じょうじつしゅう)・律宗(りっしゅう)云く「四阿含(しあごん)・並(ならび)に律論は仏説なり、華厳経・法華経等は仏説に非ず外道の経なり」或は云く或は云く、而(しかる)に彼れ彼れ宗宗の元祖等・杜順(とじゅん)・智儼(ちごん)・法蔵・澄観(ちょうかん)・玄奘(げんじょう)・慈恩・嘉祥(かじょう)・道朗・善無畏(ぜんむい)・金剛智・不空・道宣・鑒真(がんじん)・曇鸞(どんらん)・道綽(どうしゃく)・善導・達磨(だるま)・慧可等なり、此等の三蔵大師等は皆聖人なり賢人なり、智は日月に斉(ひとし)く徳は四海に弥(はびこ)れり、其の上各各に経律論に依り更互(たがい)に証拠有り、随つて王臣国を傾け土民之を仰ぐ、末世の偏学設(たと)い是非を加うとも人信用を致さじ、爾(しか)りと雖も宝山に来り登つて瓦石(がしゃく)を採取(さいしゅ)し、栴檀(せんだん)に歩み入つて伊蘭(いらん)を懐(いだ)き取らば悔恨(げこん)有らん、故に万人の謗(そし)りを捨て猥(みだ)りに取捨を加う、我が門弟委細に之を尋討(じんとう)せよ。

[法華取要抄 本文] その二に続


by johsei1129 | 2019-10-14 16:27 | 御書十大部(五大部除く) | Trackback | Comments(0)