人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ

2019年 10月 05日 ( 6 )


2019年 10月 05日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】 (上) その二

[開目抄(上) 本文] その二
かくのごとく巧に立つといえども・いまだ過去・未来を一分もしらず、玄とは黒なり幽なり、かるがゆへに玄という但現在計りしれるににたり、現在にをひて仁義を制して身をまほり国を安んず、此(これ)に相違すれば族(やから)をほろぼし家を亡ぼす等いう、此等の賢聖(けんせい)の人人は聖人なりといえども過去を・しらざること凡夫の背を見ず・未来を・かがみざること盲人の前をみざるがごとし。
 但現在に家を治め孝をいたし堅く五常を行ずれば傍輩(ほうばい)も・うやまい名も国にきこえ賢王もこれを召して或は臣となし或は師とたのみ或は位をゆづり天も来て守りつかう、所謂周の武王には五老きたりつかえ後漢の光武には二十八宿来つて二十八将となりし此(これ)なり、而りといえども過去未来をしらざれば父母・主君・師匠の後世(ごせ)をもたすけず不知恩の者なり・まことの賢聖にあらず、孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図(ふと)という者あり此(これ)聖人なりといゐて外典を仏法の初門となせしこれなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため・王臣を教て尊卑(そんぴ)をさだめ父母を教て孝の高きをしらしめ師匠を教て帰依をしらしむ、妙楽(みょうらく)大師云く「仏教の流化実に茲(ここ)に頼る礼楽前(さ)きに馳せて真道後に啓(ひ)らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識(し)れば即ち是れ仏法なり」等云云、止観(しかん)に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹(しんたん)を化す」等云云、弘決(ぐけつ)に云く「清浄法行経に云く月光菩薩彼(かしこ)に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼(ちゅうじ)と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺(てんじく)より此の震旦(しんたん)を指して彼と為す」等云云。

二には月氏の外道・三目八臂(はっぴ)の摩醯首羅(まけいしゅら)天・毘紐(びちゅう)天・此の二天をば一切衆生の慈父・悲母・又天尊・主君と号す、迦毘羅(かぴら)・漚楼僧佉(うるそうぎゃ)・勒娑婆(ろくしゃば)・此の三人をば三仙となづく、此等は仏前八百年・已前已後の仙人なり、此の三仙の所説を四韋陀(いだ)と号す六万蔵あり、乃至・仏・出世に当つて六師外道・此の外経を習伝して五天竺の王の師となる支流・九十五六等にもなれり、一一に流流多くして我慢の幢(はたほこ)・高きこと非想天(ひそうてん)にもすぎ執心の心の堅きこと金石にも超えたり、其の見の深きこと巧みなるさま儒家には・にるべくもなし、或は過去・二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し又兼て未来・八万劫をしる、其の所説の法門の極理・或は因中有果・或は因中無果・或は因中亦有果(やくうか)・亦無果(やくむか)等云云、此れ外道の極理なり所謂(いわゆる)善き外道は五戒・十善戒等を持つて有漏(うろ)の禅定を修し上・色・無色をきわめ上界を涅槃と立て屈歩虫(くっぷちゅう)のごとく・せめのぼれども非想天より返つて三悪道に堕つ一人として天に留(とどま)るものなし而れども天を極むる者は永くかへらずと・をもえり、各各・自師の義をうけて堅く執するゆへに或は冬寒に一日に三度・恒河(ごうが)に浴し或は髪をぬき或は巌(いわお)に身をなげ或は身を火にあぶり或は五処をやく或は裸形(あかはだか)或は馬を多く殺せば福をう或は草木をやき或は一切の木を礼す、此等の邪義其の数をしらず師を恭敬する事・諸天の帝釈をうやまい諸臣の皇帝を拝するがごとし、しかれども外道の法・九十五種・善悪につけて一人も生死をはなれず善師につかへては二生・三生等に悪道に堕ち悪師につかへては順次生に悪道に堕つ、外道の所詮は内道に入る即最要なり或外道云く「千年已後・仏出世す」等云云、或外道云く「百年已後・仏出世す」等云云、大涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」等云云、法華経に云く「衆に三毒有りと示し又邪見の相を現ず我が弟子是くの如く方便して衆生を度す」等云云。

三には大覚世尊は此(これ)一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等なり、外典・外道の四聖・三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断(なくみだん)の凡夫・其の名は賢なりといえども実に因果を弁(わきまえ)ざる事嬰児(えいじ)のごとし、彼を船として生死の大海をわたるべしや彼を橋として六道の巷(ちまた)こゑがたし我が大師は変易(へんにゃく)・猶を・わたり給へり況や分段の生死をや元品の無明の根本猶を・かたぶけ給へり況や見思枝葉の麤惑(そわく)をや、此の仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで五十年が間・一代の聖教を説き給へり、一字一句・皆真言なり一文一偈・妄語にあらず外典・外道の中の聖賢の言すらいうこと・あやまりなし事と心と相符(あいあ)へり況や仏陀は無量曠劫(こうごう)よりの不妄語の人・されば一代・五十余年の説教は外典外道に対すれば大乗なり大人の実語なるべし、初成道の始より泥洹(ないおん)の夕にいたるまで説くところの所説・皆真実なり。
但し仏教に入て五十余年の経経・八万法蔵を勘(かんがえ)たるに小乗あり大乗あり権経あり実経あり顕教・密教・輭語(なんご)・麤語(そご)・実語・妄語・正見・邪見等の種種の差別あり、但し法華経計り教主釈尊の正言なり三世・十方の諸仏の真言なり、大覚世尊は四十余年の年限を指して其の内の恒河(ごうが)の諸経を未顕真実(みけんしんじつ)・八年の法華は要当説真実と定め給しかば多宝仏・大地より出現して皆是真実と証明す、分身の諸仏・来集して長舌を梵天(ぼんてん)に付く、此の言赫赫(かくかく)たり明明たり晴天の日よりも・あきらかに夜中の満月のごとし仰いで信ぜよ伏して懐(おも)うべし。

但(ただ)し此の経に二箇の大事あり、倶舎(くしゃ)宗・成実(じょうじつ)宗・律(りつ)宗・法相(ほっそう)宗・三論(さんろん)宗等は名をもしらず華厳(けごん)宗と真言(しんごん)宗との二宗は偸(ひそか)に盗んで自宗の骨目とせり、一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり、竜樹・天親・知つてしかも・いまだ・ひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり。

 一念三千は十界互具よりことはじまれり、法相と三論とは八界を立てて十界をしらず況(いわん)や互具をしるべしや、倶舎・成実・律宗等は阿含(あごん)経によれり六界を明めて四界をしらず、十方唯有(ゆいう)一仏と云つて一方有仏だにもあかさず、一切有情(いっさいうじょう)・悉有仏性(しつうぶっしょう)とこそ・とかざらめ一人の仏性猶ゆるさず、而るを律宗・成実宗等の十方有仏・有仏性なんど申すは仏滅後の人師等の大乗の義を自宗に盗み入れたるなるべし。
 例せば外典・外道等は仏前の外道は執見あさし仏後の外道は仏教をききみて自宗の非をしり巧の心・出現して仏教を盗み取り自宗に入れて邪見もつとも・ふかし、附仏教(ふぶっきょう)・学仏法成(がくぶっぽうじょう)等これなり、外典も又又かくのごとし漢土に仏法いまだ・わたらざりし時の儒家・道家は・いういうとして嬰児(えいじ)のごとく・はかなかりしが後漢・已後に釈教わたりて対論の後・釈教やうやく流布する程に釈教の僧侶・破戒のゆへに或は還俗(げんぞく)して家にかへり或は俗に心をあはせ儒道の内に釈教を盗み入れたり、止観の第五に云く「今世多く悪魔の比丘有つて戒を退き家に還(かえ)り駈策(くさく)を懼畏(くい)して更に道士に越済(おっさい)す、復た名利を邀(もとめ)て荘老を誇談(かだん)し仏法の義を以て偸んで邪典に安(お)き高を押して下(ひくき)に就け尊を摧(くだ)いて卑に入れ概して平等ならしむ」云云、弘に云く「比丘の身と作つて仏法を破滅す若しは戒を退き家に還(かえ)るは衛(えい)の元嵩(げんすう)等が如し、即ち在家の身を以て仏法を破壊(はえ)す、此の人正教を偸竊(ちゅうせつ)して邪典に助添(じょてん)す、押高(おうこう)等とは道士の心を以て二教の概と為し邪正をして等しからしむ義是の理無し、曾(か)つて仏法に入つて正を偸(ぬす)んで邪を助け八万十二の高きを押して五千二篇の下(ひく)きに就け用(も)つて彼の典の邪鄙(じゃひ)の教を釈するを摧尊入卑(さいそんにゅうひ)と名く」等云云、此の釈を見るべし次上の心なり。

仏教又かくのごとし、後漢の永平に漢土に仏法わたりて邪典やぶれて内典立つ、内典に南三・北七の異執(いしゅう)をこりて蘭菊(らんぎく)なりしかども陳隋(ちんずい)の智者大師にうちやぶられて仏法二び群類をすくう、其の後・法相宗・真言宗・天竺(てんじく)よりわたり華厳(けごん)宗又出来せり、此等の宗宗の中に法相宗は一向・天台宗に敵を成す宗・法門水火なり、しかれども玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)・慈恩大師・委細に天台の御釈を見ける程に自宗の邪見ひるがへるかのゆへに自宗をば・すてねども其の心天台に帰伏すと見へたり、華厳宗と真言宗とは本は権経・権宗なり善無畏三蔵・金剛智三蔵・天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす、其の子細をしらぬ学者等は天竺より大日経に一念三千の法門ありけりと・うちをもう、華厳宗は澄観が時・華厳経の心如工画師(しんにょくえし)の文に天台の一念三千の法門を偸(ぬす)み入れたり、人これをしらず。

[開目抄(上) 本文] その三につづく

by johsei1129 | 2019-10-05 20:34 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 05日

日蓮大聖人自らが末法の本仏であることを明かした書【開目抄】 (上) その一

【開目抄(かいもくしょう】
■出筆時期:文応9年2月 (西暦1272年)、日蓮大聖人51歳の時、門下一同に与えるため出筆。ご真筆は当時鎌倉に在住していた豪信者で、武家の『四条中務三郎左衛門尉頼基(以下四条金吾)』に送られている。これは大聖人が流罪されていた佐渡では、いつ何時、幕府の意向で出筆した御書を廃棄されかねないことを恐れ、武家で地位のある四条金吾の手元で保管することが、後世のために安全であると判断したものと思われる。
■出筆場所:佐渡ヶ島 塚原三昧堂。
■出筆の経緯:
文永8年9月12日(西暦1272年)、 平頼綱(鎌倉幕府9代執権北条貞時の執事)は、幕府や諸宗を批判したとして佐渡流罪の名目で鎌倉の松葉谷草庵にいた日蓮大聖人を捕縛、翌日9月12日子丑の刻(午前2時前後)、大聖人をはだか馬に乗せ、江ノ島片瀬の龍の口の刑場で斬首しようとしたが、途中、鶴ヶ岡八幡宮にさしかかったとき、大聖人は大声で『八幡大菩薩はまことの神か・・・略・・・いま日蓮は日本第一の法華経の行者なり、其の上、身に一分のあやまちなし・・・略・・・日蓮今夜頸切られて霊山浄土へまいりあらん時は、まず天照大神・正八幡こそ起請をもちいぬ神と候いけれとさしきりて、教主釈尊に申し上げ候はん・・・・(種々御振舞御書より)』と一喝し、法華経の行者を守るとした起請を果たすよう叱りつけた。
いよいよ首を斬ろうと、役人が刀をかまえたとたん、江ノ島の方角から大きな光の玉(恐らく隕石が落ちたのではと思われる)が飛んできて、役人は驚愕し逃げ去り、その後鎌倉幕府から「日蓮の首斬るな」との連絡がはいり結局佐渡流罪となる。この龍ノ口の法難を契機に大聖人は、法華経に予知されている末法の本仏は自分であると開覚、自ら末法の人本尊であることを門下一同に示すため、佐渡の地で【開目抄】の出筆に着手する。さらに翌年(文応10年)には法本尊を示した『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』を出筆している。
■ご真筆:身延山久遠寺 曽存(明治8年の大火で消失)。古写本:日乾筆(京都本満寺 所蔵)

[開目抄(上) 本文] その一

夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂(いわゆる)主師親これなり、又習学すべき物三あり、所謂儒外内これなり。
儒家には三皇・五帝・三王・此等を天尊と号す諸臣の頭目・万民の橋梁(きょうりょう)なり、三皇已前は父をしらず人皆禽獣(きんじゅう)に同ず五帝已後は父母を弁(わきまえ)て孝をいたす、所謂重華(ちょうか)はかた(頑)くなはしき父をうやまひ沛公(はいこう)は帝となつて大公を拝す、武王は西伯を木像に造り丁蘭(ていらん)は母の形をきざめり、此等は孝の手本なり、比干(ひかん)は殷の世の・ほろぶべきを見て・しゐて帝をいさめ頭(こうべ)をはねらる、公胤(こういん)といゐし者は懿公(いこう)の肝(きも)をとつて我が腹をさき肝を入(いれ)て死しぬ此等は忠の手本なり、尹寿(いんじゅ)は尭王(ぎょうおう)の師・務成(むせい)は舜王(しゅんのう)の師・大公望(たいこうぼう)は文王の師・老子は孔子の師なり此等を四聖とがうす、天尊・頭をかたぶけ万民・掌をあわす、此等の聖人に三墳・五典・三史等の三千余巻の書あり、其の所詮は三玄をいでず三玄とは一には有の玄・周公等此れを立つ、二には無の玄・老子等・三には亦有亦無(やくうやくむ)等・荘子が玄これなり、玄とは黒なり父母・未生・已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賤・苦楽・是非・得失等は皆自然等云云。

[開目抄(上) 本文]  その二に続く


by johsei1129 | 2019-10-05 20:00 | 開目抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 05日

大聖人が佐渡にて始めて紙幅にしたためた大御本尊の成仏の根拠を解き明かした書【草木成仏口決】

【草木成仏口決(そうもくじょうぶつぐけつ】
■出筆時期:文永九年(西暦1272年) 二月二十日 五十一歳 御作 弟子最蓮房に与えられた書
■出筆場所:佐渡ヶ島・塚原三昧堂にて述作
■出筆の経緯:大聖人が佐渡ヶ島流罪中、他宗の僧らとの法論を聞いて弟子になった天台の学匠・最蓮房からの「草木成仏」に関しての問いに対してに答えた書。草木成仏とは非情の成仏で、佐渡にて大聖人が始めて紙幅にしたためた『一念三千の法門をふりすすぎたてたる大曼荼羅』は、非情の草木成仏であることを説きあかしている。
■ご真筆: 現存しない。

[草木成仏口決 本文]

問うて云く草木成仏とは有情非情の中何れぞや、答えて云く草木成仏とは非情の成仏なり。問うて云く情非情共に今経に於て成仏するや、答えて云く爾(しか)なり。問うて云く証文如何。答えて云く妙法蓮華経是なり。妙法とは有情の成仏なり。蓮華とは非情の成仏なり。有情は生の成仏、非情は死の成仏、生死の成仏と云うが有情・非情の成仏の事なり。其の故は我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり。
 止観の一に云く「一色一香中道に非ざること無し」と。妙楽云く「然かも亦共に色香中道を許す無情仏性惑耳驚心(わくにきょうしん)す」と。此の一色とは五色の中には何れの色ぞや、青・黄・赤・白・黒の五色を一色と釈せり。一とは法性なり、爰(ここ)を以て妙楽は色香中道と釈せり。天台大師も無非中道といへり。一色一香の一は二三相対の一には非ざるなり。中道法性をさして一と云うなり。所詮・十界・三千・依正等をそなへずと云う事なし。此の色香は草木成仏なり。是れ即ち蓮華の成仏なり。色香と蓮華とは、言(ことば)はかはれども草木成仏の事なり。

 口決に云く「草にも木にも成る仏なり」云云。此の意は草木にも成り給へる寿量品の釈尊なり。経に云く「如来秘密神通之力」云云。法界は釈迦如来の御身に非ずと云う事なし。理の顕本は死を表す、妙法と顕る。事の顕本は生を表す、蓮華と顕る。理の顕本は死にて有情をつかさどる。事の顕本は生にして非情をつかさどる、我等衆生のために依怙(えこ)・依託(えたく)なるは非情の蓮華がなりたるなり、我等衆生の言語・音声、生の位には妙法が有情となりぬるなり。

我等一身の上には有情非情具足せり。爪(つめ)と髪(かみ)とは非情なり、きるにもいたまず、其の外は有情なれば、切るにもいたみ・くるしむなり。
一身所具の有情非情なり。此の有情・非情、十如是の因果の二法を具足せり。衆生世間・五陰世間・国土世間、此の三世間・有情非情なり。
 一念三千の法門をふ(振)りすす(濯)ぎたてたるは大曼荼羅なり。当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり。

天台・妙楽・伝教、内にはかが(鑑)みさせ給へどもひろめ給はず。一色一香とののしり惑耳驚心とささやき給いて、妙法蓮華と云うべきを円頓止観とかへさせ給いき。されば草木成仏は死人の成仏なり。此等の法門は知る人すくなきなり。所詮・妙法蓮華をしらざる故に迷うところの法門なり。敢(あえ)て忘失する事なかれ、恐恐謹言。

二月二十日                                     日蓮花押
最蓮房御返事

by johsei1129 | 2019-10-05 19:55 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 05日

日蓮門下の信徒教化のため「俱舎・成実・律・法相・三論・華厳・浄土・真言八宗」と法華宗の違目を詳細に説いた【八宗違目抄】

【八宗違目抄】
■出筆時期:文永九年(1272)二月十八日 五十一歳御作。
■出筆場所:佐渡 塚原三昧堂にて。
■出筆の経緯:本抄は富木常忍に当てられた書で、俱舎・成実・律・法相・三論・華厳の南都六宗と
浄土宗・真言の二宗を加えた八宗と天台宗、及び法華宗の違いについて、日蓮の弟子・信徒の教化のために分かりやすく記された書となっております。
■ご真筆:京都市 妙顕寺所蔵。

【八宗違目抄 本文】

記の九に云く「若し其れ未だ開せざれば法報は迹に非ず若し顕本し已れば本迹各三なり」文句の九に云く「仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」

   法身如来
仏  報身如来
  応身如来

   正因仏性
衆生 了因仏性
   縁因仏性

衆生の仏性  小乗経には仏性の有無を論ぜず。
      華厳・方等・般若・大日経等には衆生本より正因仏性有つて了因・縁因無し。
      法華経には本より三因仏性有り。

文句の十に云く「正因仏性法身の性なりは本当に通亙す、縁・了仏性は種子本有なり今に適(はじ)むるに非ざるなり」

法華経第二に云く「今此の三界は皆是れ我が有なり」 主・国王・世尊なり。
        「其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」 親父なり。
        「而も今此の処は諸の患難多し。唯我一人のみ能く救護をなす」導師。「寿量品に云く我も亦為世の父」文。

主- 国王 報身如来
師- 応身如来
親- 法身如来

五百問論に云く「若し父の寿の遠を知らずして復父統(ふとう)の邦(くに)に迷わば徒らに才能と謂うとも全く人の子に非ず」又云く「但恐らくは才一国に当るとも父母の年を識らざらんや」
古今仏道論衡(こう)道宣の作に云く「三皇已前は未だ文字有らず但其の母を識つて其の父を識らず禽獣(きんじゅう)に同じ鳥等なり」等云云、慧遠法師周の武帝を詰る語なり

倶舎宗
成実宗  一向に釈尊を以て本尊と為す爾りと雖も但応身に限る。
律宗

華厳宗
三論宗 釈尊を以て本尊と為すと雖も法身は無始無終・報身は有始無終・応身は有始有終なり。
法相宗

真言宗 一向に大日如来を以て本尊と為す二義有り。一義に云く大日如来は釈迦の法身なり。 一義に云く大日如来は釈迦の法身には非ず。
但し大日経には大日如来は釈迦牟尼仏なりと見えたり人師よりの僻見(びゃっけん)なり。

浄土宗 一向に阿弥陀如来を以て本尊と為す。

法華宗より外の真言等の七宗・並に浄土宗等は釈迦如来を以て父と為すことを知らず、例せば三皇已前の人・禽獣に同ずるが如し鳥の中に鷦鷯鳥(しょうりょうちょう)も鳳凰鳥(ほうおうちょう)も父を知らず獣の中には兎も師子も父を知らず、三皇以前は大王も小民も共に其の父を知らず天台宗よりの外真言等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰(ほうおう)の如く小乗宗は鷦鷯(しょうりょう)と兎等の如く共に父を知らざるなり。
華厳宗に十界互具一念三千を立つること澄観の疏(じょ)に之有り。
真言宗に十界互具一念三千を立つること大日経の疏に之を出す。
天台宗と同異如何、天台宗已前にも十界互具・一念三千を立つるや、記の三に云く「然るに衆釈を攅(あつ)むるに既に三乗及び一乗・三一倶に性相等の十有りと許す何(なん)すれぞ六道の十を語らざるや」此の釈の如くんば天台已前五百余年の人師三蔵等の法華経に依る者一念三千の名目を立てざるか。

問うて云く華厳宗は一念三千の義を用いるや華厳宗は唐の則天皇后の御宇に之を立つ、答えて云く澄観の疏三十三清涼国師に云く「止観の第五に十法成乗を明す中の第二に真正発菩提心○釈して云く然も此の経の上下の発心の義は文理淵博(もんりえんばく)にして其の撮略(さつりゃく)を見る故に取つて之を用い引いて之を証とす」と、二十九に云く「法華経に云く唯仏与仏等と天台云く○便(すなわ)ち三千世間を成すと彼の宗には此れを以つて実と為す○一家の意理(こころ)として通ぜざる無し」文。

華厳経に云く旧訳には功徳林菩薩之を説くと、新訳には覚林菩薩之を説くと、弘決には如来林菩薩と引く「心は工(たくみ)なる画師の種種の五陰を画くが如く一切世間の中に法として造らざること無し心の如く仏も亦爾(しか)なり仏の如く衆生も然なり心と仏と及び衆生と是の三差別無し若し人三世一切の仏を了知せんと欲せば当に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると」

法華経に云く此れは略開三の文なり仏の自説なり「所謂諸法とは如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」又云く「唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」
蓮華三昧(さんまい)経に云く「本覚心・法身常に妙法の心蓮台に住して本より来(このか)た三身の徳を具足し三十七尊金剛界の三十七尊なり心城に住したまえるを帰命したてまつる・心王大日遍照尊・心数恒沙・諸(もろもろ)の如来も普門塵数(ふもんじんすう)・諸の三昧・因果を遠離(おんり)して法然として具す無辺の徳海・本より円満還つて我・心の諸仏を頂礼す」、仏蔵経に云く「仏一切衆生心中に皆如来有(いま)して結跏趺坐(けっかふざ)すと見そなわす」文。

問うて云く真言宗は一念三千を用いるや、答えて云く大日経の義釈善無畏・金剛智・不空・一行に云く此の文に五本有り十巻の本は伝教弘法之を見ず智証之を渡す「此の経は是れ法王の秘宝なり妄(みだ)りに卑賤(ひせん)の人に示さざれ、釈迦出世して四十余年に舎利弗の慇懃(おんごん)なる三請に因りて方(まさ)に為に略して妙法蓮華の義を説きたまいしが如し、今此の本地の身又是れ妙法蓮華最深の秘処なるが故に、寿量品に云く常在霊鷲山・及余諸住処・乃至・我浄土不毀・而衆見焼尽と即ち此の宗の瑜伽(ゆが)の意ならくのみ又補処(ふしょ)の菩薩の慇懃(おんごん)の三請に因つて方(まさ)に為に之を説けり」と、又云く「又此の経の宗は横に一切の仏教を統(す)ぶ、唯蘊(ゆいおん)無我にして世間の心を出で蘊(おん)の中に住すと説くが如きは即ち諸部の小乗三蔵を摂す、蘊(おん)の阿頼耶(あらや)を観じて自心の本不生を覚ると説くが如きは即ち諸経の八識・三性・無性の義を摂す、極無自性心と十縁生の句を説くが如きは即ち華厳・般若の種種の不思議の境界を摂して皆其の中に入る、如実知自心を一切種智と名づくと説くが如きは則ち仏性涅槃経なり一乗法華経なり如来秘蔵大日経なり皆其の中に入る種種の聖言に於て其の精要を統(す)べざること無し、毘盧遮那(びるしゃな)経の疏伝教弘法之を見る第七の下に云く天台の誦経は是れ円頓(えんどん)の数息(すそく)なりと謂う是れ此の意なり」と。

大宋の高僧伝巻の第二十七の含光(ごんこう)の伝に云く「代宗(だいそう)光を重んずること 玄宗代宗の御宇に真言わたる含光は不空三蔵の弟子なり 不空を見るが如し勅委(ちょくい)して五台山に往(ゆ)いて功徳を修せしむ、時に天台の宗学湛然(たんねん) 妙楽・天台第六の師なり 禅観を解了して深く智者天台なりの膏腴(こうゆ)を得たりと、嘗つて江淮(こうわい)の僧四十余人と清涼の境界に入る、湛然・光と相見て西域伝法の事を問う、光の云く一国の僧空宗を体得する有りと問うて智者の教法に及ぶ、梵僧云く曾て聞く此の教邪正を定め偏円を暁(さと)り止観を明して功第一と推す再三・光に嘱(しょく)す或は因縁あつて重ねて至らば為に唐を翻(ひるがえ)して梵と為(な)して附し来れ某(それがし)願くは受持せんと屡屡(しばしば)手を握つて叮嘱(ていしょく)す、詳(つまびら)かにするに其の南印土には多く竜樹の宗見を行ず故に此の流布を願うこと有るなりと、菩提心義の三に云く一行和上は元是れ天台一行三昧の禅師なり能く天台円満の宗趣を得たり故に凡そ説く所の文言義理動(やや)もすれば天台に合す、不空三蔵の門人含光(ごんこう)・天竺に帰るの日・天竺の僧問わく伝え聞く彼の国に天台の教有りと理致・須(もち)ゆ可くば翻訳(ほんやく)して此の方に将来せんや云云、此の三蔵の旨も亦天台に合す、今或る阿闍梨(あじゃり)の云く真言を学せんと欲せば先ず共に天台を学せよと而して門人皆瞋(いか)る」云云。

問うて云く華厳経に一念三千を明すや、答えて云く「心仏及衆生」等云云、止観の一に云く「此の一念の心は縦ならず横ならず不可思議なり但己のみ爾(しか)るに非ず仏及び衆生も亦復是(か)くの如し、華厳(けごん)に云く心と仏と及び衆生と是の三差別無しと当に知るべし己心に一切の法を具することを」文、弘の一に云く「華厳の下は引いて理の斉(ひとし)きことを証す、故に華厳に初住の心を歎じて云く心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然り心と仏と及び衆生と是の三差別無し諸仏は悉く一切は心に従つて転ずと了知したまえり、若し能く是くの如く解すれば彼の人真に仏を見たてまつる、身亦是れ心に非ず心も亦是れ身に非ず一切の仏事を作すこと自在にして未曾有なり、若し人・三世一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如き観を作すべし心・諸の如来を造(な)すと、若し今家の諸の円文の意無くんば彼の経の偈の旨・理として実に消し難からん」と。

三蔵教 小乗の四阿含経  心生の六界 心具の六界を明さず。
通教 大乗 心生の六界 亦心具を明さず。
別教  思議の十界 心生の十界 心具の十界を明さず。

  爾前・華厳等の円
円教 -------不思議の十界互具。
  法華の円

止の五に云く「華厳(けごん)に云く心は工(たくみ)なる画師の種種の五陰(おん)を造るが如く一切世間の中に心より造らざること莫(な)しと、種種の五陰とは前の十法界の五陰の如きなり」又云く「又十種の五陰・一一に各十法を具す謂く如是相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等なり」文、又云く「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界には即ち三千種の世間を具す此(こ)の三千・一念の心に在り」文、弘の五に云く「故に大師・覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の心観の文に但自他等の観を以て三仮を推せり並びに未だ一念三千具足を云わず、乃至観心論の中に亦只三十六の問を以て四心を責むれども亦一念三千に渉(わた)らず、唯四念処の中に略して観心の十界を云うのみ、故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為せり、乃ち是れ終窮究竟(しゅうぐくきょう)の極説なり、故に序の中に説己心中所行法門と云う良(まこと)に以(ゆえ)有るなり、請う尋ね読まん者心に異縁無かれ」、止の五に云く「此の十重の観法は横竪(おうじゅ)に収束し微妙精巧なり初は則ち境の真偽を簡(えら)び中は則ち正助相添い後は則ち安忍無著(あんにんむじゃく)なり、意円(こころまど)かに法巧みに該括周備(がいかつしゅうび)して初心に規矩(きく)し将に行者を送つて彼の薩雲に到らんとす初住なり闇証の禅師・誦文の法師の能く知る所に非ざるなり、蓋(けだ)し如来積劫(しゃくごう)の懃求(ごんぐ)したまえる所・道場の妙悟したまえる所・身子の三請する所・法譬(ほっぴ)の三たび説く所正しく滋に在るに由るか」、

弘の五に云く「四教の一十六門乃至八教の一期の始終に遍せり今皆開顕して束ねて一乗に入れ遍(あまね)く諸経を括(くく)りて一実に備う、若し当分を者(いわば)尚偏教の教主の知る所に非ず況(いわ)んや復た世間闇証の者をや○、蓋(けだ)し如来の下は称歎なり十法は既に是れ法華の所乗なり是の故に還つて法華の文を用いて歎ず、迹の説に約せば即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫と為し寂滅(じゃくめつ)道場を以て妙悟と為す、若し本門に約せば我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し本成仏の時を以て妙悟と為す、本迹二門只是れ此の十法を求悟せるなり、身子等とは寂場にして説かんと欲するに物の機未だ宜(よろし)からず、其の苦に堕せん事を恐れて更に方便を施す四十余年種種に調熟し法華の会に至つて初めて略して権を開するに動執生疑(どうしゅうしょうぎ)して慇懃(おんごん)に三請す、五千起ち去つて方(まさ)に枝葉無し、四一を点示して五仏の章を演べ上根の人に被るを名づけて法説と為し、中根は未だ解せざれば猶譬喩(ひゆ)を悕(ねが)う下根は器劣にして復た因縁を待つ、仏意聯綿(れんめん)としてこの十法に在り、故に十法の文の末に皆大車に譬えたり今の文の憑(よ)る所意此に在り、惑者は未だ見ず尚華厳を指す唯華厳円頓(えんどん)の名を知つて而して彼の部の兼帯(けんたい)の説に昧(くら)し、全く法華絶待の意を失つて妙教独顕の能を貶挫(へんざ)す、迹本の二文を験して五時の説を撿(かんが)うれば円極謬らず何ぞ須らく疑を致すべけん是の故に結して正しくこに在るかと曰う」、又云く「初に華厳を引くことを者(いわば)重ねて初に引いて境相を示す文を牒(ちょう)す、前に心造と云うは即ち是れ心具なり故に造の文を引いて以て心具を証す、彼の経第十八の中に功徳林菩薩の偈を説いて云うが如く心は工(たくみ)なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世界の中に法として造らざること無し心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり心と仏と及び衆生と是の三差別無し、若し人三世の一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると今の文を解せずんば如何ぞ偈の心造一切三無差別を消せん」文、諸宗の是非之を以て之を糾明す可きなり、恐恐謹言。

二月十八日 日 蓮 花押



by johsei1129 | 2019-10-05 17:36 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 05日

生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり、と断じた書【生死一大事血脈抄】

【生死一大事血脈抄(しょうじいちだいじけちみゃくしょう】
■出筆時期:文永九年(西暦1272年) 二月十一日 五十一歳 御作 弟子最蓮房に与えられた書
■出筆場所:佐渡ヶ島・塚原三昧堂にて述作
■出筆の経緯:大聖人が佐渡ヶ島流罪中の文永九年一月十六日、他宗の僧らとの法論(塚原問答)を聞いて弟子になった天台の学匠・最蓮房からの「生死一大事血脈草木成仏」に関しての問いに対してに答えた書となる。大聖人は本御書で『生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり。・・・此れより外に全く求むることなかれ・・・』と断じている。尚、最蓮房はこの年の二月始めには大聖人に帰依している。
■ご真筆: 現存しておりません。

[生死一大事血脈抄 本文]

                                               日 蓮 之を記す。

御状委細披見せしめ候い畢(おわ)んぬ。夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり。其の故は釈迦多宝の二仏、宝塔の中にして上行菩薩に譲り給いて、此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫(おんのんごう)より已来(このかた)寸時も離れざる血脈なり。妙は死、法は生なり、此の生死の二法が十界の当体なり、又此れを当体蓮華とも云うなり。
 天台云く「当に知るべし依正の因果は悉(ことごと)く是れ蓮華の法なり」と云云。此の釈に依正と云うは生死なり、生死之有れば因果又蓮華の法なる事明けし。
 伝教大師云く「生死の二法は一心の妙用・有無の二道は本覚の真徳」と文。天地・陰陽・日月・五星・地獄・乃至仏果、生死の二法に非ずと云うことなし。是くの如く生死も唯妙法蓮華経の生死なり。
 天台の止観に云く「起(き)は是れ法性の起、滅(めつ)は是れ法性の滅」云云。釈迦多宝の二仏も生死の二法なり。然れば久遠実成の釈尊と、皆成仏道の法華経と、我等衆生との三つ全く差別無しと解(さと)りて、妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり。此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり。法華経を持つとは是なり。所詮(しょせん)臨終只今にありと解(さと)りて信心を致して南無妙法蓮華経と唱うる人を「是人命終為千仏授手(ぜにんみょうじゅういせんぶつじゅしゅ)、令不恐怖不堕悪趣(りょうふくふふだあくしゅ)」と説かれて候。悦ばしい哉(かな)一仏二仏に非ず、百仏二百仏に非ず、千仏まで来迎し手を取り給はん事、歓喜の感涙押え難し。法華不信の者は「其人命終入阿鼻獄(ごにんみょうじゅうにゅうあびごく)」と説かれたれば、定めて獄卒迎えに来つて手をや取り候はんずらん。浅猨(あさまし)浅、十王は裁断し倶生神は呵責せんか。

 今日蓮が弟子檀那等、南無妙法蓮華経と唱えん程の者は、千仏の手(みて)を授け給はん事、譬えば瓜夕顔(うりゆうがお)の手を出すが如くと思(おぼ)し食(め)せ。過去に法華経の結縁強盛なる故に現在に此の経を受持す、未来に仏果を成就せん事疑有るべからず。過去の生死・現在の生死・未来の生死、三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり。謗法不信の者は「即断一切世間仏種」とて、仏に成るべき種子を断絶するが故に生死一大事の血脈之無きなり。

 総じて日蓮が弟子檀那等、自他彼此の心なく、水魚の思(おもい)を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を、生死一大事の血脈とは云うなり。然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり。若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か。剰(あまつさ)え日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば、例せば城者として城を破るが如し。日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継(つ)がしめんとするに、還つて日蓮を種種の難に合せ結句此の島まで流罪す。而るに貴辺日蓮に随順し又難に値い給う事、心中思い遣(や)られて痛(いたま)しく候ぞ。金は大火にも焼けず大水にも漂(ただよ)わず朽(く)ちず、鉄は水火共に堪えず。賢人は金の如く愚人は鉄の如し、貴辺豈(あに)真金に非ずや。法華経の金を持つ故か。経に云く「衆山の中に須弥山為(これ)第一、此の法華経も亦復是くの如し」と。又云く「火も焼くこと能わず水も漂わすこと能わず」云云。過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか。釈迦多宝こそ御存知候らめ。「在在諸仏土常与師倶生(ざいざいしょぶつどじょうよしぐしょう)」よも虚事(そらごと)候はじ。

  殊に生死一大事の血脈相承の御尋ね先代未聞の事なり貴貴(とうとしとうとし)。此の文(ふみ)に委悉なり、能く能く心得させ給へ。只南無妙法蓮華経釈迦多宝上行菩薩血脈相承と修行し給へ。火は焼照(やきてらす)を以て行と為し、水は垢穢(くえ)を浄(きよむ)るを以て行と為し、風は塵埃(じんあい)を払ふを以て行と為し、又人畜草木の為に魂となるを以て行と為し、大地は草木を生ずるを以て行と為し、天は潤(うるお)すを以て行と為す。妙法蓮華経の五字も又是くの如し、本化地涌の利益是なり。
 上行菩薩・末法今の時此の法門を弘めんが為に御出現之れ有るべき由、経文には見え候へども如何が候やらん。上行菩薩出現すとやせん、出現せずとやせん。日蓮先ず粗(ほぼ)弘め候なり。相構(あいかま)え相構えて強盛の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ。生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ。煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり。信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり。委細の旨又又申す可く候。 恐恐謹言。

文永九年壬申二月十一日           桑門  日 蓮 花押
最蓮房上人御返事






by johsei1129 | 2019-10-05 16:46 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2019年 10月 05日

一切の女人は此の経(法華経)を捨てさせ給いては何の経をか持たせ給うべき、と断じた【善無畏抄】

【善無畏抄】
■出筆時期:文永八年(1271)  五十歳御作
■出筆場所:鎌倉市中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は大聖人の故郷安房・東条郷に住む大尼御前に宛てられた消息と思われます。大尼御前は建長五年の立宗宣言後に大聖人に帰依しますが、佐渡流罪の法難以降は、法華経信仰を捨て退転します。
大聖人は真言の開祖善無畏三歳を始め、三論宗、浄土宗、禅宗等をことごとく破析するとともに「其の上女人は五障三従と申して世間出世に嫌われ一代の聖教に捨てられ畢んぬ、唯法華経計りにこそ竜女が仏に成り諸の尼の記べつは・さづけられて候ぬれば一切の女人は此の経を捨てさせ給いては何の経をか持たせ給うべき」と記され女人成仏の法は法華経だけであると断じられておられます。
尚、大尼御前は大聖人が赦免になると再び法華経信仰に復帰し、嫁の新尼を通じて「御本尊」のご下付を願い出ますが、大聖人は法難にあっても法華経信仰を貫いた新尼には下付するが、大尼御前に下付することは叶わないと新尼に伝えておられます。※参照:大尼御前御返事
■ご真筆:鎌倉市 本覚寺他、六ヶ所にて断簡所蔵。
f0301354_21214771.jpg















[善無畏抄 本文]

<この前の文は残されておりません>
善無畏三歳は月氏・烏萇奈(うちょうな)国の仏種王の太子なり、七歳にして位に(即つ)き給う十三にして国を兄(このかみ)に譲り出家遁世(とんせい)し五天竺(てんじく)を修行して五乗の道を極め三学を兼ね給いき、達磨掬多(だるまきくた)と申す聖人に値い奉りて真言の諸印契(いんけい)一時に頓受(とんじゅ)し即日に御潅頂(かんちょう)なし人天の師と定まり給いき、雞足山(けいそくせん)に入りては迦葉(かしょう)尊者の髪を剃(そ)り王城に於て雨を祈り給いしかば観音日輪の中より出て水瓶(すいびょう)を以て水を潅ぎ、北天竺の金粟(こんぞく)王の塔の下(もと)にして仏法を祈請(きしょう)せしかば文殊師利菩薩大日経の胎蔵(たいぞう)の曼荼羅(まんだら)を現して授け給う、其の後開元四年丙辰(ひのえたつ)に漢土に渡る玄宗皇帝之を尊むこと日月の如し、又大旱魃(かんばつ)あり皇帝勅宣を下す、三蔵一鉢に水を入れ暫く加持し給いしに水の中に指許(ゆびばか)りの物有り変じて竜と成る其の色赤色なり、白気立ち昇り鉢より竜出でて虚空に昇り忽(たちまち)に雨を降(ふら)す、此の如くいみじき人なれども一時(あるとき)に頓死(とんし)して有りき、蘇生(よみがえ)りて語つて云く我死つる時獄卒来りて鉄の繩七筋(なわななすじ)付け鉄の杖を以て散散にさいなみ閻魔(えんま)宮に到りにき、八万聖教一字一句も覚えず唯法華経の題名許(ばか)り忘れざりき、題名を思いしに鉄の繩少し許(ゆり)ぬ、息続(いきつ)いて高声に唱えて云く今此三界皆是我有(こんしさんがいかいぜがう)・其中衆生悉是吾子(しつぜごし)・而今此処多諸患難(にこんししょたしょげんなん)・唯我一人能為救護(ゆいがいちにんのういくご)等云云、七つの鉄の繩切れ砕け十方に散す閻魔冠(かん)を傾けて南庭に下り給いき、今度は命尽きずとて帰されたるなりと語り給いき、

今日蓮不審して云く善無畏(ぜんむい)三蔵は先生に十善の戒力あり五百の仏陀に仕えたり、今生には捨て難き王位をつばき(唾)を捨てるが如く之を捨て幼少十三にして出家し給い、月支国を廻りて諸宗を習い極め天の感を蒙(こうむ)り化道の心深くして震旦(しんたん)国に渡りて真言の大法を弘めたり、一印一真言を結び誦すれば過去現在の無量の罪滅しぬらん何の科(とが)に依りて閻魔の責をば蒙り給いけるやらん不審極り無し、善無畏三蔵真言の力を以て閻魔の責を脱れずば天竺(てんじく)・震旦・日本等の諸国の真言師・地獄の苦を脱る可きや、委細に此の事を勘(かんが)えたるに此の三蔵は世間の軽罪は身に御(おわ)せず諸宗並(なら)びに真言の力にて滅しぬらん、此の責は別の故無し法華経誹謗(ひぼう)の罪なり、大日経の義釈を見るに此の経は是れ法王の秘宝妄(みだ)りに卑賤(ひせん)の人に示さず、釈迦出世の四十余年に舎利弗慇懃(しゃりほつおんごん)の三請に因(よ)つて方(まさ)に為に略して妙法蓮華の義を説くが如し、今此の本地の身又是れ妙法蓮華最深秘処なり、故に寿量品に云く「常に霊鷲山(りょうじゅせん)及び余の諸の住処に在り、乃至我が浄土は毀(やぶ)れざるに而も衆は焼き尽くと見る」と、即ち此の宗瑜伽(ゆが)の意なるのみ、又「補処(ふしょ)の菩薩の慇懃(おんごん)三請に因つて方に為に之を説く」等云云、

此の釈の心は大日経に本迹二門・開三顕一・開近顕遠(かいごんけんのん)の法門有り、法華経の本迹二門の如し、此の法門は法華経に同じけれども此の大日経に印と真言と相加わりて三密相応せり、法華経は(但ただ)意密許(ばか)りにて身口の二密闕(か)けたれば法華経をば略説と云い大日経をば広説と申す可きなりと書かれたり、此の法門第一の誤り・謗法(ほうぼう)の根本なり、此の文に二つの誤り有り、又義釈に云く「此の経横に一切の仏教を統(す)ぶ」等云云、大日経は当分随他意の経なるを誤りて随自意跨節(かせつ)の経と思えり、

かたがた誤りたるを実義と思し食す故に閻魔(えんま)の責をば蒙りたりしか、智者にて御座(おわ)せし故に此の謗法(ほうぼう)を悔い還えして法華経に飜(ひるがえ)りし故に此の責を免がるるか、天台大師釈して云く「法華は衆経を総括す乃至軽慢止(や)まざれば舌口中に爛(ただ)る」等云云、妙楽大師云く「已今当の妙此に於て固く迷えり舌爛(ぜつらん)止まざるは猶華報と為す、謗法の罪苦長劫(こう)に流る」等云云、天台妙楽の心は法華経に勝れたる経有りと云はむ人は無間地獄に堕つ可しと書かれたり善無畏(ぜんむい)三蔵は法華経と大日経とは理は同じけれども事の印真言は勝れたりと書かれたり、然(しか)るに二人の中に一人は必悪道に堕つ可しとをぼふる処に天台の釈は経文に分明なり、善無畏の釈は経文に其証拠見えず、其の上閻魔王の責の時我が内証の肝心と思食(おぼしめ)す大日経等の三部経の内の文を誦せず、法華経の文を誦して此の責を免れぬ、疑無く法華経に真言勝ると思う誤りを飜(ひるがえ)したるなり・其の上善無畏三蔵の御弟子不空三蔵の法華経の儀軌(ぎき)には大日経金剛頂経の両部の大日をば左右に立て法華経多宝仏をば不二の大日と定めて両部の大日をば左右の巨下の如くせり。

伝教大師は延暦二十三年の御入唐・霊感寺の順暁和尚(じゅんぎょうわじょう)に真言三部の秘法を伝う、仏滝(ぶつろう)寺の行満座主に天台止観宝珠を請(う)け取り顕密二道の奥旨(おうし)を極め給いたる人、華厳・三論・法相・律宗の人人の自宗我慢の辺執(へんしゅう)を倒して天台大師に帰入せる由を書かせ給いて候、依憑集(えひょうしゅう)・守護章・秀句なむど申す書の中に善無畏・金剛智・不空等は天台宗に帰入して智者大師を本師と仰ぐ由のせられたり、各各思えらく宗を立つる法は自宗をほめて他宗を嫌うは常の習なりと思えり、法然なむどは又此例を引きて曇鸞(どんらん)の難易・道綽(どうしゃく)の聖道浄土・善導が正雑(しょうぞう)二行の名目を引きて天台真言等の大法を念仏の方便と成せり、此等は牛跡に大海を入れ県の額を州に打つ者なり、世間の法には下剋上(げこくじょう)・背上向下は国土亡乱の因縁なり、仏法には権小の経経を本として実経をあなづる、大謗法の因縁なり恐る可し恐る可し。

嘉祥寺(かじょうじ)の吉蔵大師は三論宗の元祖・或時は一代聖教を五時に分け或時は二蔵と判ぜり、然りと雖も竜樹菩薩の造の百論・中論・十二門論・大論を尊んで般若(はんにゃ)経を依憑(えひょう)と定め給い、天台大師を辺執(へんしゅう)して過ぎ給いし程に智者大師の梵網(ぼんもう)等の疏(じょ)を見て少し心とけやうやう近づきて法門を聴聞(ちょうもん)せし程に結句は一百余人の弟子を捨て般若経並びに法華経をも講ぜず七年に至つて天台大師に仕えさせ給いき、高僧伝には「衆を散じ身を肉橋と成す」と書かれたり、天台大師高坐に登り給えば寄りて肩を足に備え路を行き給えば負(おい)奉り給うて堀を越え給いき、吉蔵大師程の人だにも謗法(ほうぼう)を恐れてかくこそ仕え給いしか、然るを真言三論法相等の宗宗の人人今・末末に成りて辺執せさせ給うは自業自得果なるべし。

今の世に浄土宗禅宗なんど申す宗宗は天台宗にをとされし真言華厳等に及ぶ可からず、依経既に楞伽(りょうが)経観経等なり此等の経経は仏の出世の本意にも非ず一時一会の小経なり一代聖教を判ずるに及ばず、而も彼の経経を依経として一代の聖教を聖道浄土・難行易行・雑行正行(ぞうぎょう・しょうぎょう)に分ち教外別伝なむど・ののしる、譬(たと)えば民が王をし(い)えたげ小河の大海を納むるが如し、かかる謗法の人師どもを信じて後生を願う人人は無間地獄脱(まぬが)る可きや、然れば当世の愚者は仏には釈迦牟尼(むに)仏を本尊と定めぬれば自然に不孝の罪脱がれ法華経を信じぬれば不慮に謗法の科(とが)を脱(のが)れたり。

其の上女人は五障三従と申して世間出世に嫌われ一代の聖教に捨てられ畢(おわ)んぬ、唯法華経計(ばか)りにこそ竜女が仏に成り諸の尼の記べつは・さづけられて候ぬれば一切の女人は此の経を捨てさせ給いては何(いずれ)の経をか持たせ給うべき、天台大師は震旦(しんたん)国の人仏滅後一千五百余年に仏の御使として世に出でさせ給いき、法華経に三十巻の文を注し給い文句と申す文の第七の巻には「他経には但男に記して女に記せず」等云云、男子も余経にては仏に成らざれども且らく与えて其をば許してむ、女人に於ては一向諸経に於ては叶う可からずと書かれて候、縦令(たとい)千万の経経に女人成る可しと許され為りと雖も法華経に嫌われなば何の憑(たのみ)か有る可きや。

教主釈尊我が諸経四十余年の経経を未顕真実と悔い返し涅槃(ねはん)経等をば当説と嫌い給い無量義経をば今説と定め置き、三説に秀でたる法華経に「正直に方便を捨て但(ただ)無上道を説く、世尊の法は久しくして後要当(かならずまさ)に真実を説くべし」と釈尊宣べ給いしかば、宝浄世界の多宝仏は大地より出でさせ給いて真実なる由の証明を加え、十方分身の諸仏・広長舌を梵天に付け給う、十方世界微塵数(みじんじゅ)の諸仏の舌相は不妄語戒の力に酬(むく)いて八葉の赤蓮華に生出(おいいで)させ給いき、一仏二仏三仏乃至十仏百仏千万億仏の四百万億那由佗(なゆた)の世界に充満せる仏の御舌を以て定め置き給える女人成仏の義なり、

謗法(ほうぼう)無くして此の経を持つ女人は十方虚空に充満せる慳貪(けんどん)・嫉妬(しっと)・瞋恚(しんに)・十悪・五逆なりとも草木の露の大風にあえるなる可し三冬の冰(こおり)の夏の日に滅するが如し、但(ただ)滅し難き者は法華経謗法の罪なり、

譬えば三千大千世界の草木を薪と為すとも須弥山(しゅみせん)は一分も損じ難し、縦令(たとい)七つの日出でて百千日照すとも大海の中をばかわかしがたし、設(たと)い八万聖教を読み大地微塵の塔婆(とうば)を立て大小乗の戒行を尽し十方世界の衆生を一子の如くに為すとも法華経謗法の罪はきゆべからず、我等・過去・現在・未来の三世の間に仏に成らずして六道の苦を受くるは偏に法華経誹謗の罪なるべし、女人と生れて百悪身に備ふるも根本此の経誹謗(ひぼう)の罪より起れり。
然者(されば)此の経に値い奉らむ女人は皮をはいで紙と為し血を切りて墨と為し骨を折りて筆と為し血の涙を硯(すずり)の水と為して書き奉ると雖(いえど)も飽(あ)く期あるべからず、何(いか)に況(いわん)や衣服・金銀・牛馬・田畠等の布施を以て供養せむは・もののかずにて・かずならず。

<この後の文は残されておりません>



by johsei1129 | 2019-10-05 15:22 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)