人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ

2019年 02月 28日 ( 3 )


2019年 02月 28日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(69)



第三 十方世界 衆宝樹下 師子座上の事 (注)

御義口伝に云く、十方とは十界なり、此の下に於て草木成仏
分明なり
(注)
師子とは、師は師匠、子は弟子なり。

座上とは寂光土なり、十界即本有の寂光たる国土なり云云。



十方世界 衆宝樹下 師子座上
神力品の次の偈にある文

[原文]
一切毛孔 放於無量 無数色光 皆悉遍照 十方世界
衆宝樹下 師子座上諸仏 亦復如是 出広長舌
[和訳]
(仏は)一切の毛孔より、無量無数色の光を放ちて、皆悉く、徧く十方世界を照らしたり。
(もろもろ)の宝樹下にある師子座の上に座す諸仏も、亦して復た是の如く、広長舌を出し無量の光を放ちたり。


此の下に於て草木成仏分明なり
日蓮大聖人は、「此の下に於て」とは「衆の宝樹下 師子座」の文をさし、宝樹とは草木の仏界、師子座上は国土の仏界=寂光土を解き明かされておられます。

さらに【四条金吾釈迦仏供養事】では次の様に草木成仏について解き明かされておられます。

『されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし、其の上、一念三千の法門と申すは三種の世間よりをこれり、三種の世間と申すは一には衆生世間、二には五陰世間、三には国土世間なり。前の二は且らく之を置く、第三の国土世間と申すは草木世間なり。
草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり、画像これより起る。木と申すは、木像、是より出来す。此の画木に魂魄と申す神(たましい)を入るる事は、法華経の力なり、天台大師のさとりなり。此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ、画木にて申せば草木成仏と申すなり』と。

f0301354_20125921.jpg
















[【四条金吾釈迦仏供養事】御真筆:神奈川県・妙本寺に第十八紙所蔵]










by johsei1129 | 2019-02-28 20:14 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 28日

Gosho 同生同名御書 The Gods of Same Birth and Same Name

同生(どうしょう)同名(どうみょう)御書

The Gods Same Birth and Same Name

The Gods of Same Birth and Same Name

文永九年四月 五十一歳御作

April 1272. Fifty-one years old.


おのおのわずかの御身と生まれて、鎌倉にゐながら人目(ひとめ)をもはゞからず、命をもおしまず法華経を御信用ある事、たゞ事ともおぼえず。

Both of you were born as commoners and live in Kamakura, yet you believe in the Lotus Sutra without concern for the prying eyes of others or the danger it may pose to your lives.This is nothing short of extraordinary.

Both of you were born as low status and live in Kamakura, yet you are believing in the Lotus Sutra and devoting your life without minding the eyes of the other person. This is nothing short of extraordinary.

()しはかるに、(にご)れる水に玉を入れぬれば水の()むがごとし。

Though I am only guessing, it is as if a jewel had been placed in muddy water, and the water had become clear.

Though I am only guessing, it is as if a magical jewel had been placed in muddy water, and the water had become transparent.

しらざる事をよき人におしえられて、()のまゝに信用せば道理にきこゆるがごとし。

It is as if one who was taught something new by a wise person had believed his every word and thus grasped the truth.

It is as if one who was taught something by a wise person had trusted his word and revealed the truth.

釈迦仏・普賢(ふげん)菩薩・薬王菩薩・宿(しゅく)(おう)()菩薩等の各々の御心中に入り給へるか。

Could Shakyamuni Buddha and the bodhisattvas Universal Worthy, Medicine King, and Constellation King Flower be dwelling in your hearts?

Are Shakyamuni Buddha, Fugen bodhisattva, Medicine King bodhisattva, Shukuoke bodhisattva, and others entering to each mind of you?

法華経の文に閻浮提(えんぶだい)()の経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし。

Surely this is what is meant in the passage of the Lotus Sutra that says that those in the land of Jambudvīpa who believe in this sutra do so because of the power of Bodhisattva Universal Worthy.

Surely this is what is meant in the sentence of the Lotus Sutra that says that those in the whole world who believe in this sutra can believe by the power of Fugen bodhisattva.


つづく Continued


本文 Original text  目次 Table of Contents



by johsei1129 | 2019-02-28 06:55 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 28日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】要点解説(68)


第二 出広長舌の事 (注)


 御義口伝に云く、広とは迹門、長とは本門、舌とは中道・法性なり。


十法界妙法の功徳なれば広と云うなり、竪に高ければ長と云うなり。広とは三千塵点(注)より已来の妙法、長とは五百塵点(注)已来の妙法、同じく広長舌なり云云。


出広長舌(すいこうちょうぜつ)
日蓮大聖人は本抄で、神力品に説かれる「十神力」の第一、吐舌相について末法の本仏として次の様に解き明かされておられます。

神力品では次の文で「出広長舌」を記しており、妙法蓮華経が真実の教えであると証明しております。

[原文]
一切衆前 現大神力 出広長舌 上至梵世
一切毛孔 放於無量 無数色光 皆悉遍照
十方世界 衆宝樹下 師子座上諸仏 亦復如是
出広長舌 放無量光
[和訳]
一切の衆の前で現大神力を現し、広く長い舌を出し、上は梵世に至る。
一切の毛孔は、無量で 無数の色光を放ち、皆、悉く、十方の世界を遍く照らせり。
衆は宝樹の下にありて、 諸仏は師子座の上にあり、しかして復た、是の如く広く長い舌を出し 無量光を放てり。


三千塵点
妙法蓮華経 化城諭品第七に説かれる大通智勝仏の滅度以来の久遠の成道の時間を比喩を以てしめしている。
その比喩の詳細は「三千大千世界(銀河系宇宙)全体をすりつぶして出来た塵の中から一塵を取り出し、一千国土(の星)を経過するごとに一塵ずつ落して,その塵が尽きた時、経過した全国土をさらに磨り潰したものの一塵を一劫(仏教における長遠な時間)とした全劫数の時間より遥かに久遠の時間」

 釈尊はこの化城諭品第七で大通智勝仏を借りて、三千塵点の久遠の成道を説くことで、この後に説く、自らの遥か久遠の成道を法華経の座に参集した弟子達にあらかじめ予感させている。

五百塵点
妙法蓮華 如来寿量品第十六に説かれる釈迦牟尼仏の久遠の成道の時間。
釈尊は如来寿量品第十六で次のように説かれ、インドの釈迦族の王子として生まれ出家し修行の上、菩提樹の下で瞑想して成道したとするそれまでの「始成正覚」の教えを自ら打ち破る。
[原文]
皆謂今釈迦牟尼仏 出釈氏宮 去伽耶城不遠 坐於道場 得阿耨多羅 三藐三菩提
然善男子 我実成仏已来 無量無辺 百千万億 那由佗劫 譬如五百千万億 那由佗 阿僧祇
三千大千世界 仮使有人 抹為微塵 過於東方 五百千万億 那由佗阿僧祇国 乃下一塵 如是東行 尽是微塵
諸善男子 於意云何 是諸世界 可得思惟校計 知其数不
[和訳]
皆、今の釈迦牟尼仏は、釈迦族の王宮を出でて(マガダ国の都)伽耶城を去ること遠からず、菩提樹の下に座して瞑想し、阿耨多羅三藐三菩提を得たりと謂えり。
然るに善男子よ、我は実に成仏してより已来、無量無辺 百千万億 那由他劫(注)なり。
譬えば、五百万億 那由他 阿僧祇(注)の三千大千世界を 、仮に人ありて抹りて微塵となし、東 五百千万億 那由他 阿僧祇の国を過ぎて、すなわち一塵を下し、是の如く東に行いて、この微塵が尽きんが如き。
諸の善男子よ、是の諸の世界は思惟し校計して、其の数を知ることを得べしや不や。


那由他劫

阿僧祇

那由他は元々は仏教用語で、サンスクリット語の「ナユタ」を音訳した、「極めて大きな数量」の意味。

江戸時代に執筆された数学書『塵劫記 寛永11年版(現行)』によると

一那由他は10の60乗、一阿僧祇10の56乗




【御義口伝 下】要点解説(69)に続く






by johsei1129 | 2019-02-28 01:17 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)