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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 06月 05日 ( 1 )


2018年 06月 05日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(71)

【宝塔品二十箇の大事】


第五 見大宝塔 住在空中の事


 御義口伝に云く、見大宝塔とは我等が一身なり。

住在空中とは、我等衆生、終に滅に帰する事なり。(注)


今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉りて信心に住する処が、住在空中なり、虚空会に住するなり。




(注)
住在空中とは、我等衆生、終に滅に帰する事なり。

「滅に帰する」とは、滅度、つまり死を意味する。しかしこれは人間が無になるわけではない。
妙法蓮華経では人間の一身を「法身・報身・応身」の三身と説き、この時の滅度=死は、「応身」の滅度に過ぎない。

法身はいわば魂魄で無始無終であり、報身は「境涯」で、仏道を修行し、仏の境涯を得た時を始まりとして、永遠に仏の境涯の報身は続く。


あくまでも譬えだが、例えば、水(H2O)の元となるO(酸素原子)は、魂魄に相当する。水素原子と結合することで、O(酸素原子)とは異なる物質、水(H2O)となる。これは「報身」に相当するとみなせる。

そしてこの(H2O)は、環境に応じて、水蒸気、液体の水、固体の氷、時には雪にと、時々刻々と姿を変える。これは前世の善行、悪行により、様々な生命に生まれ変わる応身とみなすことができよう。

妙法蓮華経では、人間の死はそれで無に帰すのではなく、必ず未来世に、新たな応身として、世に出現すると説ていている。

水が蒸発して水蒸気となれば、虚空(空中)に溶け込み、人間の目には見えなくなるが、冷えたコップを置けば、その壁面を「場」として付着(結露)し水滴として出現するようなものである。


日蓮大聖人は【上野殿御消息(四徳四恩御書)】で命の誕生について次のように説かれておられます。

『父母の赤白二諦和合して、我が身となる』
さらに[佐渡御書]でも次の様に、御自身の命について説かれておられます。
『日蓮今生には貧窮下賤の者と生れ旃陀羅が家より出たり、心こそすこし法華経を信じたる様なれども身は人身に似て畜身なり、魚鳥を混丸して赤白二たいとせり、其中に識神をやどす。濁水に月のうつれるが如し、糞嚢に金をつつめるなるべし」と。
 

以上の御書は、赤白二諦(卵子・精子)が和合した瞬間、その受精卵(場)に、その父母に縁ある生命(識神)が、虚空から出現することを示していると拝されます。



【御義口伝 上】要点解説(72)に続く








by johsei1129 | 2018-06-05 18:51 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)