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日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 04月 23日 ( 2 )


2018年 04月 23日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(48)

【五百弟子品三箇の大事】

第二 酔酒而臥(すいしゃにが)の事
 
 御義口伝に云く、酒とは無明なり無明は謗法なり、臥(ふす)とは謗法の家に生るる事なり。

三千塵点の当初に悪縁の酒を呑みて、五道六道に酔い廻りて今、謗法の家に臥したり。

酔とは不信なり、覚とは信なり。


今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る時、無明の酒醒めたり。又云く、酒に重重之れ有り、権教は酒、法華経は醒めたり。

 本迹相対する時、迹門は酒なり、始覚(注)の故なり。本門は醒めたり、本覚(注)の故なり。

又、本迹二門は酒なり、南無妙法蓮華経は醒(さ)めたり、酒と醒むると相離れざるなり。

酒は無明なり、醒むるは法性なり。法は酒なり、妙は醒めたり。

妙法と唱うれば、無明法性体一なり、(注)の一に云く「無明塵労即ち是菩提(注)」なりと。


(注)
始覚 (始成正覚)
釈迦はインドで生まれ菩提樹下で成道したことを意味する。

それに対し、本覚(久遠実成)とは、釈迦は遥か久遠に仏となり、三千大世界(宇宙)の他の無数とも言える仏国土で衆生を化導してきた事を意味する。


(止観)  
天台の説いた法華三部作の最高峰「摩訶止観」のことで、一念三千を説いた。


無明塵労即是菩提

煩悩即菩提の意。


日蓮大聖人は「煩悩即菩提御書」で次のように説いておられる。

普賢経に云く「煩悩を断ぜず五欲を離れず、諸根を浄むることを得て諸罪を滅除す」、止観に云く「無明塵労は即是れ菩提、生死は即涅槃なり」と。



【御義口伝 上】要点解説(49)に続く



by johsei1129 | 2018-04-23 14:56 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
2018年 04月 23日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(47)

【五百弟子品三箇の大事】

第一 衣裏の事 (注)
 
 御義口伝に云く、此の品には無価の宝珠を衣裏に繋くる(注)事を説くなり。

所詮日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、一乗妙法の智宝を信受するなり、信心を以て衣裏にかく()と云うなり。


(注)
衣裏の事 (衣裏繋珠) ※繋(つなぐ、かける、つながる)

五百弟子受記品で説かれる、妙法蓮華経七つの比喩の一つ。

 ある貧乏な男が金持ちの親友の家に遊びに来てたが、酒に酔い眠ってしまう。
親友は遠方からの急用な知らせで出かけることになり、眠っている男を起こそうとするが起きない。
その男を助けようと思っていた親友は、男が着ていた服の襟の裏に高価な珠を縫い込んでから出かけた。
しばらくして起きた男はその事に気づかす、親友もいないので、元の貧乏な生活に戻り、他国を流浪し少しの収入で満足していた。
時を経て再び親友と出会えた男は、衣裏繋珠の事を聞かされ、ようやく宝珠を得ることができた。
 この物語の金持ちの親友は妙法蓮華経を悟っている仏、貧乏な男は二乗の教えで満足している声聞を象徴している。
声聞の教えを実践した果てに再び仏に見え、宝珠である妙法蓮華経の一乗法(仏道)の教えをはじめて知ったことを表している。


【御義口伝 上】要点解説(48)に続く




by johsei1129 | 2018-04-23 08:20 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)