日蓮大聖人『御書』解説

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2018年 02月 03日 ( 1 )


2018年 02月 03日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(26)

【信解品六箇の大事】

第二 捨父逃逝の事  (注)
文句の六に云く、捨父逃逝とは大を退するを捨と為し、無明自ら覆うを逃と曰い、生死に趣向するを逝と為すと。

 御義口伝に云く、父に於て三之れ有り法華経・釈尊・日蓮是なり。
法華経は一切衆生の父なり
(注)、此の父に背く故に流転の凡夫となる。釈尊は一切衆生の父なり、此の仏に背く故に備さに諸道を輪ぐるなり。

今、日蓮は日本国の一切衆生の父なり。章安大師
(注)の云く「彼が為に悪を除く即ち是れ彼が親なり」と。
退大の大は南無妙法蓮華経なり、無明とは疑惑謗法なり、自ら覆うとは、法然・弘法・慈覚・智証・道隆・良観等の悪比丘、謗法の失を恣ままに覆いかくすなり。


切衆生の父

釈尊は法華経で自らのことを「我、仏なり」とは説かれていない。

法華経では仏の尊称を、如来、世尊、世雄、仏、導師、教師等と呼称されているが、自らのことは「我、世の父と為りて」、「我、衆生の父と為して」の様に、世の父、衆生の父と自称している。

また菩薩が自ら「我、衆生の父として」と称することもない。

その意味で、世の父、衆生の父とは、仏を意味する尊称であることがわかる。

御義口伝の本抄で、日蓮大聖人が法華経、釈尊と並び「日蓮は日本国の一切衆生の父なり」と自称していることは、自らが末法の本仏であると宣言している意義がある。


法然((1133年-1212年) 浄土宗の開祖。南無阿弥陀仏と唱える専修念仏を説いた。浄土真宗の開祖親鸞の師。

日蓮大聖人は、「法華経は難信難解で千人に一人も得道できない」と説いた法然を、法華経を一切衆生得道の最高の経と説く釈尊の教えを誹謗し、人々を無間地獄に落としてれるとし「念仏無間」と破折した。


弘法(弘法大師:空海) 日本の真言宗開祖

日蓮大聖人は、真言は天台の一念三千を盗んで自宗に取り込み、その上、仏教の始祖・釈尊を卑下し、且つ、実在しない架空の大日如来を立てる亡国の教えであるとし「真言亡国」と厳しく破折した。

慈覚 伝教(天台宗の開祖)、義真(初代天台座主)、円澄(2代天台座主)に続く3代天台座主。法華経を根本の経典としていた比叡山延暦寺に真言密教を取り入れ、法華経を根本とする宗派でなくなっていった。

智証 空海の甥 延暦寺第5代座主

隆   (蘭溪道隆) 南宋から来日した禅僧 北条時頼が創建した建長寺の開山。

鎌倉時代の禅宗は、釈迦から経典ではなく口伝で釈迦の弟子・大迦葉だけに伝えられたとして「不立文字・教外別伝」と説き、釈迦の経文を否定した。日蓮大聖人は根拠のな教外別伝の教えは、「釈迦の説いた八万法蔵の経典を全否定する天魔の所為であるとして「禅天魔」と破折した。

良観  第5代執権・北条時頼を補佐した北条 重時が建てた「極楽寺」の開山。日蓮大聖人との祈雨の対決に破れ、以降日蓮を恨み、幕府執事・平 頼綱と結託し、日蓮大聖人を龍の口の処刑所で打ち首にしょうとする(龍ノ口法難)が、光り物が出現し叶わなかった。


捨父逃逝の事
法華経に説かれる7つのたとえ話・法華七譬の一つ。
 ある長者の子が幼い時家出する。その子は50年間流浪したあげく、父の屋敷にどりつく。父親は偶その窮子が息子だと確信し、下人に連れてくるよう命ずる。
しかし息子は父とはわからず、自分とは身分がかけ離れた長者に捕まえられると思い逃げる。そこで父は一計を案じ、召使いにみすぼらしい格好をさせて「長者の屋敷で仕事があるから一緒にやろう」と誘うよう命じ、連れ戻した。父は汲み取りの仕事を任せたが、息子も仕事をさぼることもなく熱心こなした。
 やがて20年経ち長者は窮子に、自分を父と思って仕事に励めと財産の管理を任せる。窮子は財産を任されても誤魔化すことなく実直に仕事をこなした。やがて長者が臨終を迎えると初めて親戚一同に窮子は実の子で、私の財産は全てこの子に譲ると宣言した。
 この比喩は誠実に法華経の修行続けることで、望んでいないにもかかわらず悟ることができるという「無上宝珠・不求自得」の原理を示している。ここでの長者は釈尊、窮子は衆生、無上宝珠は仏の悟りを意味する。
 尚この比喩は、釈尊十大弟子の一人、摩訶迦葉が、釈尊から舎利弗に未来世で華光如来となるとする記別を与えられたことを受け、自身が理解したことがこの比喩で正しいか、釈尊に伝える形をとっている。

章安大師
天台の法華三部作(法華文句・法華玄義・摩訶止観)を筆録した。
天台の直弟子で中国天台宗の第四祖。

【御義口伝 上】要点解説(27)に続く





by johsei1129 | 2018-02-03 18:57 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)