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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 25日 ( 2 )


2016年 05月 25日

Gosho 観心本尊抄 The True Object of Worship 19

所詮迹化(しゃっけ)他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与(じゅよ)すべからず

Essentially, the great bodhisattvas taught by the Buddha in his transient status and the great bodhisattvas who gathered from the other worlds were not qualified to inherit the “Life Span” chapter that reveals the eternal Buddha’s inner truth.

Ultimately, the Life Span chapter of the Lotus Sutra of my inner realization could not be bequeathed to the great bodhisattvas taught by the Buddha of the theoretical teaching or the bodhisattvas from other worlds.

末法の(はじめ)謗法(ほうぼう)の国にして悪機(あっき)なる故に之を(とど)めて地涌(じゆ)千界(せんがい)の大菩薩を()して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て(えん)()の衆生に授与せしめ給う、

At the dawn of the Latter Day evil people who slander the correct teaching would fill the land, so Shakyamuni Buddha rejected the pledge of these bodhisattvas and instead summoned the multitude of great bodhisattvas from beneath the earth. He entrusted them with the five characters of Myoho-renge-kyo, the heart of the “Life Span” chapter, for the enlightenment of all beings in the land of Jambudvīpa.

This is because at the beginning of the Latter Day of the Law, the land would be filled with people of little capacity who slander the Law. Shakyamuni Buddha turned down these bodhisattvas. Instead, he called forth the great Bodhisattvas of the Earth. They are the ones who will bestow the five characters of Myoho-Renge-Kyo, the essence of the Life Span chapter of the Lotus Sutra, to all living beings in the entire world.


                     つづく Next
本文 Original Text  目次 Index



by johsei1129 | 2016-05-25 22:41 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 25日

 妙法曼荼羅供養抄記 終   今に至るまで四百余年。他流は皆是れ似せ薬なるべし。


一 五百塵点(じんてん)文。

  釈尊初発心(しょほっしん)の御弟子の故なり、信心不退の故に一念もわすれず。「仏」とは是れ色相荘厳の仏には非ず。久遠元初の()受用(じゅゆう)(しん)、即ち本化(ほんげ)の御師、本仏なり。師は三徳なり。故に本尊なり。此の本仏は(すなわ)ち妙法の五字なり。故に「仏」とはちこの妙法五字の本尊なり。      

一 ()(いだ)して授けさせ給へり。

  一に乃往(むかし)、過去の宝勝如来の滅後に名医有り。父の流水(るすい)の秘方を伝受し、(しか)も時を以て肝要と為す。(こん)光明(こうみょう)経第三・七十二に出でたり。

  二に天竺の耆婆(ぎば)(とく)(しゃ)()(こく)の大医・(びん)()()の秘方を伝授し、而も薬種を知るを以て肝要と為す。()(にょ)祇域(ぎいき)因縁(いんねん)(きょう)に出でたり。

  三に(しん)(たん)。倉公、扁鵲(へんじゃく)()()。倉公・扁鵲は史記の一伝の書に云云。倉公は元里(げんり)の公乗の陽慶(ようけい)を師とし、黄帝・扁鵲の脈書を伝授するなり。

史記列伝四十五に云く「大倉(たいそう)(こう)とは(せい)の大倉長、(りんし)の人なり。(わか)くして医術を好み、同郡の元里(げんり)の公乗陽慶(ようけい)を師とす。今、年七十余(ことごと)く禁方を以て之(あずか)り、黄帝扁鵲の脈書を伝う。五色の病を()て人の生死を知る」云云。公乗は官なり。扁鵲は黄帝の時の扁鵲なり。

扁鵲 史記列伝四十五・現本は百五初。 扁鵲は勃海(ぼっかい)郡の(てい)の人なり。姓は秦氏、名は越人。(わか)き時、人舎の(おさ)()る。舎の客、長桑()ぎれり。扁鵲(ひと)り奇として常に(つつし)んで遇す。長桑君も(また)扁鵲の常の人に非らざることを知る。出入すること十余年(すなわ)ち扁鵲を呼び、私語(ささや)きて云く「我に禁方有り。(きみ)に伝与せんと欲す。()らすこと無かれ」と。懐中の薬を出して扁鵲に与う。「飲むに上池の水を以てし、三十日せば、(まさ)に物をして知るべし」と。(ことごと)く其の禁方を以て(ことごと)く扁鵲に与う。忽然(こつねん)として見えず。扁鵲、其の言を以て薬を飲む。三十日にして(かき)の一方の人を見て、其の病を知ること明らかなり云云。長桑君の秘方を伝受する故に()く病を知る。趙簡(ちょうかん)()((しん)の大夫病む。人を知らざること五日、秦の穆公(ぼっこう)云云。二日の後、国安否す。)

(かく)起つ、桓公云云。(かわ)()(湯熨(とうい)及ぶ所) 血脈((はり)(せき)及ぶ所) 腸胃(酒醪(さけもろみ)及ぶ所) 骨髄(こつずい)及ばず。

()() (ぱい)(しょう)郡の人なり。(なん)(けい)云う医書あり。是れは戦国の秦の越人(えつじん)扁鵲が(えら)ぶ所なり。一抱子が(なん)(けい)本義(ほんぎ)(げん)(かい)の一初に云く「秦の(たい)()(れい)李醯(りけい)、己れが医業扁鵲に及ばざるを以て(ひそ)かに扁鵲を刺殺す。扁鵲死して後、難経の書を伝えて、華他(これ)を持つ」云云。同二・二に「難経の序に云く、難経は歴代之を一人に伝う。()の華他に至り、其の文を獄下に(もや)す」云云。 

  五百年が間、唯授(ゆいじゅ)一人なり。  

各相伝あり。故に()く身の病を治す。()(にょ)良医(ろうい)の釈尊も(また)上行菩薩に一大事の秘法を伝う。二十二・二十八に云く「教主釈尊の一大事の秘法を(りょう)鷲山(じゅせん)にして相伝し・日蓮が肉団(にくだん)の胸中に秘して(かく)し持てり、されば日蓮が胸の間は諸仏入定(にゅうじょう)の処なり」等云云。

外十六・四十一に云く「日蓮一期(いちご)の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を()(ぞく)す、本門()(つう)の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立(こんりゅう)せらるべきなり、時を待つべきのみ、()の戒法と云うは是なり、就中(なかんづく)我が門弟等此の状を守るべきなり。

  弘安五年(みずの)(えうま)九月 日              日蓮(ざい)()(はん)

             血脈(けちみゃく)の次第 日蓮日興」

  「日興が身に()(たまわ)る所の弘安二年の大御本尊日目に之を授与す本門寺に()け奉る可し」(取意)云云。

  今に至るまで四百余年。他流は皆是れ()せ薬なるべし。

一 されば此の良薬を(たも)たん。

  右現当二世の為に造立すること(くだん)の如し。


日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-25 21:34 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)