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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 24日 ( 2 )


2016年 05月 24日

Gosho 観心本尊抄 The True Object of Worship

在世(ざいせ)の本門と末法の(はじめ)は一同に純円なり

The essential teaching of Shakyamuni’s lifetime and that revealed at the beginning of the Latter Day are both pure and perfect [in that both lead directly to Buddhahood].

The essential teaching during Shakyamuni’s era and the essential teaching expounded at the beginning of the Latter Day of the Law are both pure and perfect teachings.

(ただ)し彼は(だつ)、此れは(しゅ)なり、

Shakyamuni’s, however, is the Buddhism of the harvest, and this is the Buddhism of sowing.

However, the essential teaching during Shakyamuni’s period is the Buddhism of the harvest, while the essential teaching in the Latter Day of the Law is the Buddhism of the sowing.

彼は一品(いっぽん)二半、此れは(ただ)題目の五字なり。

The core of his teaching is one chapter and two halves, and the core of mine is the five characters of the daimoku alone.

[The Buddha of the harvest] led the people to enlightenment based on one chapter and two halves, while [the Buddha of the sowing] will lead the people to enlightenment only through the five characters of the Daimoku.


                        つづく Next
本文 Original Text  目次 Index



by johsei1129 | 2016-05-24 21:29 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 24日

 妙法曼荼羅供養抄記 八 「仏」とは色相荘厳の仏に非ず。妙法五字の本尊を「仏」と云うなり。宗祖云く「釈迦乃至妙法蓮華経五字こそ本仏にてわたらせ給ひ候なり」云云。


一 謀叛(むほん)ををこせる(とが)

  正平(しょうへい)将門(まさかど)天慶(てんぎょう)純友(すみとも)等云云。  

一 (すい)(ぶつ)(しん)(けつ)等の重罪等にも超えたり。

 提婆(だいば)の事、法蓮抄十五・三ウ・四ヲの如し。

一 堂塔を焼きはらへる。

 ()の武、周の武、唐の武、守屋(もりや)弗舎(ほっしゃ)(みっ)多羅(たら)  

一 一人(乃至)日本国

 問う、(いか)なる大罪なりや。

 答う、謗法(ほうぼう)なり。

  一には不信謗法。「疑いを生じて信ぜざらん者は、(まさ)に悪道に()つべし」。妙楽云く「不信頓極(とんごく)を名づけて謗実と為す」。

二には()(ぼう)謗法。其の意、知るべし。経に云く「()し人信ぜずして此の経を毀謗せば、即ち一切世間の仏種を断ぜん」云云。

  五逆と謗法と軽重(けいちょう)の事。大論六十二・二十、御書の七に「舌を切らん」。()(じょう)の事。  

一 わが身に(とが)なしと思ひ。

  啓蒙三十三・十二、(せい)(かん)(こう)の病を見る事。

  扁鵲(へんじゃく)(ぼっ)(かい)郡の人、姓は(しん)、名は越人(えつじん)(わか)き時、人の舎の(おさ)()る。舎の客(ちょう)桑君(そうくん)()ぎれり。扁鵲(ひと)り奇とす。常に(つつし)んで(ぐう)す。長桑君も(また)扁鵲の常人に非ざることを知る。出入すること十余年(すなわ)ち扁鵲を呼び(ひそか)に座し語って云く「(われ)禁方(きんぽう)有り。年老ゆ。(きみ)に伝えんと欲す」と。懐中より薬を出し、扁鵲に飲ましむ。其の禁方を(ことごと)く扁鵲に伝え、忽然(こつねん)として見えず。(かく)起つ。桓公(かんこう)(まみ)ゆ。黄帝(こうてい)の扁鵲に類す。故に扁鵲と名づく。

  和気(わけ)・丹波の両流の中に、丹波は後漢の霊帝の後なり。後の丹波(たんばの)(まさ)(ただ)を日本の扁鵲と号す。大抄二十五・二。

  「我が身に(とが)なし」と思うは、桓公の我が身に病無しと思うが如し。  

一 女人よりも

  一に謗法の軽重、二に懺悔(さんげ)の有無。御書十三。 

一 此等は(らい)(びょう)

  三重秘伝に合すべし。御書二十七に「南無妙法蓮華経を(きょう)として乃至()り責め流し失うなり」と。人法体一云云。

一 いよいよ倍増すべし。

  「今末法に入りぬれば余経も乃至(みどり)()(ちち)より(ほか)乃至良薬に又薬を加えぬる事なし」云云  

一 末法の時のために(乃至)授けさせ給へり

  (ここ)に五意あり。高橋抄に「我が滅度の一切衆生は医師(くすし)の習いは病に随って薬を与ふ」と。

外の十二・二十七に「今()の御本尊」云云。五意あり。

一 本因鑑機(自行証得 心中深秘) 

一 多宝如来・十方分身(ふんじん)

  新尼御前。  

一 一の仙薬をとど()め。

  「()」の字に相伝あり。「()好良薬(こうろうやく)(こん)()(ざい)()」は寿量品に説き顕す云云。

「仙薬」と云うは、天台の()の十に云く「金丹を服する者は大仙人と成る」云云。宗祖云く「仙薬は命をのべ」等云云。経に云く「病(そく)消滅、不老不死」と。故に「仙薬」と云う。

  妙法五字の本尊を(じゅ)()すれば、消滅して不老不死の果報を得る故に「仙薬」と名づくるなり。

一 (ほう)()・功徳林。

  何ぞ(しゃっ)()・他方に(さず)けざるや。

両種の前三後一あり。    

一 五百(乃至)一念も仏を・わすれず・まします。

  釈尊初発心(しょほっしん)の御弟子にして、本尊を受持し信心不退なる故なり。「仏」とは色相荘厳の仏に非ず。妙法五字の本尊を「仏」と云うなり。

宗祖云く「釈迦(ない)()妙法蓮華経五字こそ本仏にてわたらせ給ひ候なり」(取意)云云。


                   つづく
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by johsei1129 | 2016-05-24 20:45 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)