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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 07日 ( 5 )


2016年 05月 07日

鎌倉時代の全ての宗派[天台・禅・華厳・法相・三論・俱舎・成実・律・真言・念仏]の破析の手法を御指南なされた書【諸宗問答抄】

[諸宗問答抄】
■出筆時期:建長七年(1255) 三十四歳御作
■出筆場所:鎌倉 松葉ヶ谷の草庵と思われます。
■出筆の経緯:本抄は弟子・信徒が他諸宗派との法論に望むに際し。相手方の教義の破折の手法を簡潔に説かれた指導書として認められたと思われます。
破析は当時存在していた全ての宗派(天台・禅・華厳・法相・三論・俱舎・成実・律・真言・念仏)を対象としておりますが、特に本書で大聖人は自らの宗派を「法華宗」と記され、最初に天台宗を取り上げ自ら立宗された「法華宗」の法門との違いを詳細に記されておられます。
■ご真筆:現存しておりません。古写本:日代筆(西山本門寺蔵)

【諸宗問答抄 本文】

問うて云く抑法華宗の法門は天台・妙楽・伝教等の御釈をば御用い候や如何、答て云く最も此の御釈共を明鏡の助証として立て申す法門にて候、問て云く何を明鏡として立てられ候ぞや彼の御釈共には爾前権教を簡び捨てらる事候はず、随つて或は初後仏慧・円頓義斉とも或は此妙彼妙・妙義殊なること無しとも釈せられて華厳と法華との仏慧同じ仏慧にて異なること無しと釈せられ候。

通教・別教の仏慧も法華と同じと見えて候何を以て偏に法華勝れたりとは仰せられ候や意得ず候如何、答て云く天台の御釈を引かれ候は定て天台宗にて御坐候らん、然るに天台の御釈には教道・証道とて二筋を以て六十巻を造られて候、教道は即教相の法門にて候証道は即内証の悟の方にて候。只今引れ候釈の文共は教証の二道の中には何れの文と御得意候て引かれ候ぞや、若し教門の御釈にて候わば教相には三種の教相を立て爾前法華を釈して勝劣を判ぜられ候。

先づ三種の教相と申すは何にて候ぞやと之を尋ぬ可し、若し三種の教相と申すは一には根性の融不融の相・二には化導の始終不始終の相・三には師弟の遠近不遠近の相なりと答へばさては只今引かれ候御釈は何れの教相の下にて引かれ候やと尋ぬ可きなり、若し根性の融不融の下にて釈せらると答へば又押し返して問う可し根性の融不融の下には約教・約部とて二の法門あり何れぞと尋ぬ可し、若し約教の下と答へば又問う可し約教約部に付いて与奪の二の釈候只今の釈は与の釈なるか奪の釈なるかと之を尋ぬ可し、若し約教・約部をも与奪をも弁えずと云わばさては・さては天台宗の法門は堅固に無沙汰にて候けり、尤も天台法華の法門は教相を以て諸仏の御本意を宣られたり若し教相に闇くして法華の法門を云ん者は雖讃法華経還死法華心とて法華の心を殺すと云う事にて候。其の上「若し余経を弘むるに教相を明らめざるも義に於て傷ること無し若し法華を弘むるに教相を明さざれば文義闕くること有り」と釈せられて殊更教相を本として天台の法門は建立せられ候。

仰せられ候如く次第も無く偏円をも簡ばず邪正も選ばず法門申さん者をば信受せざれと天台堅く誡しめられ候なり、是程に知食さず候けるに中々・天台の御釈を引かれ候事浅ましき御事なりと責む可きなり、但し天台の教相を三種に立てらるる中に根性の融不融の相の下にて相待妙・絶待妙とて二妙を立て候、相待妙の下にて又約教・約部の法門を釈して仏教の勝劣を判ぜられて候、約教の時は一代の教を蔵通別円の四教に分つて之に付いて勝劣を判ずる時は前三為そ・後一為妙とは判ぜられて蔵通別の三教をばそ教と嫌ひ後の一教をば妙法と選取せられ候へども此の時もなほ爾前権教の当分の得道を許し且く華厳等の仏慧と法華の仏慧とを等から令めて只今の初後仏慧・円頓義斉等の与の釈を作られ候なり、然りと雖も約部の時は一代の教を五時に分つて五味に配し華厳部・阿含部・方等部・般若部・法華部と立てられ前四味為そ・後一為妙と判じて奪の釈を作られ候なり、然れば奪の釈に云く「細人そ人二倶犯過・従過辺説倶名そ人」と、此釈の意は華厳部にも別円二教を説かれて候へば円の方は仏慧と云わるるなり、方等部にも蔵通別円の四教を説れたれば円の方は又仏慧なり般若部にも通別円の後三教を説いて候へば其れも円の方は仏慧なり、然りと雖も華厳は別教と申すえせ物をつれて説れたる間わるき物つれたる仏慧なりとて簡わるるなり方等部の円も前三教のえせ物をつれたる仏慧なり般若部の円も前二そのえせ物をつれたる仏慧なり、然る間仏慧の名は同と雖も過の辺に従つてそと云われてわるき円教の仏慧と下され候なり、之に依て四教にても真実の勝劣を判ずる時は一往は三蔵を名て小乗と為し再往は三教を名て小乗と為すと釈して一往の時は二百五十戒等の阿含三蔵教の法門を総じて小乗の法と簡い捨てらるれども、再往の釈の時は三蔵教と大乗と云いつる通教と別教との三教皆小乗の法と本朝の智証大師も法華論の記と申す文を作つて判釈せられて候なり。

次に絶待妙と申すは開会の法門にて候なり、此の時は爾前権教とて嫌ひ捨らるる所の教を皆法華の大海におさめ入るるなり、随つて法華の大海に入りぬれば爾前の権教とて嫌わるる者無きなり、皆法華の大海の不可思議の徳として南無妙法蓮華経と云う一味にたたきなしつる間念仏・戒・真言・禅とて別の名言を呼び出す可き道理曾て無きなり、随つて釈に云く「諸水入海・同一鹹味・諸智入如実智・失本名字」等と釈して本の名字を一言も呼び顕す可らずと釈せられて候なり、世間の人・天台宗は開会の後は相待妙の時斥い捨てられし所の前四味の諸経の名言を唱うるも又諸仏・諸菩薩の名言を唱うるも皆是法華の妙体にて有るなり大海に入らざる程こそ各別の思なりけれ大海に入つて後に見れば日来よしわるしと嫌ひ用ひけるは大僻見にて有りけり、嫌はるる諸流も用ひらるる冷水も源はただ大海より出でたる一水にて有りけり、然れば何の水と呼びたりとてもただ大海の一水に於て別別の名言をよびたるにてこそあれ、各別各別の物と思うてよぶにこそ科はあれ只大海の一水と思うて何れをも心に任せて有縁に従つて唱え持つに苦しかる可からずとて念仏をも真言をも何れをも心に任せて持ち唱うるなり。

今云う此の義は与えて云う時はさも有る可きかと覚れども奪つて云う時は随分堕地獄の義にて有るなり、其の故は縦ひ一人此くの如く意得何れをも持ち唱るとても万人此の心根を得ざる時は只例の偏見・偏情にて持ち唱えれば一人成仏するとも万人は皆地獄に堕す可き邪見の悪義なり、爾前に立てる所の法門の名言と其の法門の内に談ずる所の道理の所詮とは皆是・偏見・偏情によりて入邪見稠林・若有若無等の権教なり、然れば此等の名言を以て持ち唱へ此等の所詮の理を観ずれば偏に心得たるも心得ざるも皆大地獄に堕つべし、心得たりとて唱へ持ちたらん者は牛蹄に大海を納めたる者の如し是僻見の者なり、何ぞ三悪道を免がれん又心得ざる者の唱へ持たんは本迷惑の者なれば邪見権教の執心によつて無間大城に入らん事疑い無き者なり、開会の後もそ教とて嫌い捨てし悪法をば名言をも其の所詮の極理をも唱へ持つて交ゆべからずと見えて候・弘決に云く「相待絶待倶に須く悪を離るべし円に著する尚悪なり況や復余をや」云云、文の心は相待妙の時も絶待妙の時も倶に須く悪法をば離るべし円に著する尚悪し況や復余の法をやと云う文なり、円と云うは満足の義なり余と云うは闕減の義なり、円教の十界平等に成仏する法をすら著したる方を悪ぞと嫌ふ、況や復十界平等に成仏せざるの悪法の闕たるを以て執著をなして朝夕・受持・読誦・解説・書写せんをや、設ひ爾前の円を今の法華に開会し入るるとも爾前の円は法華の一味となる事無し、法華の体内に開会し入れられても体内の権と云われて実とは云わざるなり、体内の権を体外に取出して且く於一仏乗分別説三する時権に於て円の名を付て三乗の中の円教と云われたるなり、之に依りて古へも金杖の譬を以て三乗にあてて沙汰する事あり、譬へば金の杖を三に打をりて一づつ三乗の機根に与へて何れも皆金なり然れば何ぞ同じ金に於て差別の思をなして勝劣を判ぜんやと談合したり、此はうち聞く所はさもやと覚えたれども悪く学者の得心たるなり、今云う此の義は譬へば法華の体内の権の金杖を仏三根にあてて体外に三度うちふり給へる其の影を機根が見付ずして皆真実の思を成して己が見に任せたるなり、其の真実には金杖を打折て三になしたる事が有らばこそ今の譬は合譬とはならめ、仏は権の金杖を折らずして三度ふり給へるを機根ありて三に成りたりと執著し得心たる返す返す不得心の大邪見なり大邪見なり、三度振りたるも法華の体内の権の功徳を体外の三根に配して三度振りたるにてこそ有れ、全く妙体不思議の円実を振りたる事無きなり、然れば体外の影の三乗を体内の本の権の本体へ開会し入るれば本の体内の権と云われて全く体内の円とは成らざるなり、此の心を以て体内体外の権実の法門をば得意弁ふべき者なり。

次に禅宗の法門は或は教外別伝・不立文字と云ひ或は仏祖不伝と云ひ修多羅の教は月をさす指の如しとも云ひ或は即身即仏とも云つて文字をも立てず仏祖にも依らず教法をも修学せず画像木像をも信用せずと云うなり、反詰して云く仏祖不伝にて候はば何ぞ月氏の二十八祖・東土の六祖とて相伝せられ候や、其の上・迦葉尊者は何ぞ一枝の花房を釈尊より授けられ微笑して心の一法を霊山にして伝えたりとは自称するや、又祖師無用ならば何ぞ達磨大師を本尊とするや、又修多羅の法・無用ならば何ぞ朝夕の所作に真言陀羅尼をよみつるぞや、首楞厳経・金剛経・円覚経等を或は談し或は読誦するや、又仏菩薩を信用せずんば何ぞ南無三宝と行住坐臥に唱うるやと責む可きなり、次に聞き知らざる言を以て種種申し狂はば云う可し、凡そ機には上中下の三根あり随つて法門も三根に与へて説事なり、禅宗の法門にも理致・機関・向上として三根に配て法門を示され候なり、御辺は某が機をば三根の中には何れと得意て聞知せざる法門を仰せられ候ぞや、又理致の分か機関の分か向上の分に候かと責む可きなり、理致と云うは下根に道理を云いきかせて禅の法門を知らする名目なり、機関とは中根には何なるか本来の面目と問へば庭前の柏樹子なんど答えたる様の言づかひをして禅法を示す様なり、向上と云うは上根の者の事なり此の機は祖師よりも伝えず仏よりも伝えず我として禅の法門を悟る機なり、迦葉・霊山微笑の花に依て心の一法を得たりと云う時に是れ尚・中根の機なり、所詮・禅の法門と云う事は迦葉一枝の花房を得しより已来出来せる法門なり、抑も伝えし時の花房は木の花か草の花か五色の中には何様なる色の花ぞや又花の葉は何重の葉ぞや委細に之を尋ぬ可きなり、此の花をありのままに云い出したる禅宗有らば実に心の一法をも一分得たる者と知る可きなり、設ひ得たりとは存知すとも真実の仏意には叶う可からず如何となれば法華経を信ぜざるが故なり、此の心は法華経の方便品の末長行に委く見えたり委は引て拝見し奉る可きなり、次に禅の法門何としても物に著する所を離れよと教えたる法門にて有るなり、さと云へば其れも情なりかうと云うも其れも情なりとあなた・こなたへ・すべりとどまらぬ法門にて候なり、夫れを責む可き様は他人の情に著したらん計りをば沙汰して己が情量に著し封ぜらる所をば知らざるなり、云うべき様は御辺は人の情計りをば責むれども御辺・情を情と執したる情をばなど離れ得ぬぞと反詰すべきなり、凡そ法として三世諸仏の説きのこしたる法は無きなり汝仏祖不伝と云つて仏祖よりも伝えずとなのらばさては禅法は天魔の伝うる所の法門なり如何、然る間汝断常の二見を出でず無間地獄に堕せん事疑無しと云つて何度もかれが云う言にてややもすれば己がつまる語なり、されども非学匠は理につまらずと云つて他人の道理をも自身の道理をも聞き知らざる間暗証の者とは云うなり、都て理におれざるなり譬えば行く水にかずかくが如し。

次に即身即仏とは即身即仏なる道理を立てよと責む可し其の道理を立てずして無理に唯即身即仏と云わば例の天魔の義なりと責む可し但即身即仏と云う名目を聞くに天台法華宗の即身成仏の名目つかひを盗み取て禅宗の家につかふと覚えたり、然れば法華に立つる様なる即身即仏なるか如何とせめよ、若し其の義無く押して名目をつかはばつかはるる語は無障礙の法なり譬えば民の身として国王と名乗ん者の如くなり如何に国王と云うとも言には障り無し己が舌の和かなるままに云うとも其の身は即土民の卑しく嫌われたる身なり、又瓦礫を玉と云う者の如し石瓦を玉と云いたりとも曾て石は玉にならず、汝が云う所の即身即仏の名目も此くの如く有名無実なり不便なり不便なり。

次に不立文字と云う所詮文字と云う事は何なるものと得心此くの如く立てられ候や、文字は是一切衆生の心法の顕れたる質なりされば人のかける物を以て其の人の心根を知つて相する事あり、凡そ心と色法とは不二の法にて有る間かきたる物を以て其の人の貧福をも相するなり、然れば文字は是一切衆生の色心不二の質なり汝若し文字を立てざれば汝が色心をも立つ可からず汝六根を離れて禅の法門一句答へよと責む可きなり、さてと云うも・かうと云うも有と無との二見をば離れず無と云わば無の見なりとせめよと有と云わば有の見なりとせめよ、何れも何れも叶わざる事なり。

次に修多羅の教は月をさす指の如しと云うは月を見て後は徒者と云う義なるか若其義にて候わば御辺の親も徒者と云う義か又師匠は弟子の為に徒者か又大地は徒者か又天は徒者か、如何となれば父母は御辺を出生するまでの用にてこそあれ御辺を出生して後はなにかせん、人の師は物を習い取るまでこそ用なれ習い取つて後は無用なり、夫れ天は雨露を下すまでこそあれ雨ふりて後は天無用なり大地は草木を出生せんが為なり草木を出生して後は大地無用なりと云わん者の如し、是を世俗の者の譬に喉過ぬればあつさわすれ病愈えぬれば医師をわすると云うらん譬に少も違わず相似たり、所詮修多羅と云うも文字なり文字は是れ三世諸仏の気命なりと天台釈し給へり、天台は震旦・禅宗の祖師の中に入れたり、何ぞ祖師の言を嫌はん其の上御辺の色心なり凡そ一切衆生の三世不断の色心なり、何ぞ汝本来の面目を捨て不立文字と云うや、是れ昔し移宅しけるに我が妻を忘れたる者の如し、真実の禅法をば何としてか知るべき哀なる禅の法門かなと責む可し。

次に華厳・法相・三論・倶舎・成実・律宗等の六宗の法門いかに花をさかせても申しやすく返事すべき方は能能いはせて後・南都の帰伏状を唯読みきかす可きなり、既に六宗の祖師が帰伏の状をかきて桓武天皇に奏し奉る、仍て彼帰伏状を山門に納められぬ其外内裏にも記せられたり諸道の家家にも記し留めて今にあり、其より已来・華厳宗等の六宗の法門・末法の今に至るまで一度も頭をさし出さず何ぞ唯今・事新く捨られたる所の権教・無得道の法にをいて真実の思をなし此くの如く仰せられ候ぞや心得られずとせむべし。

次に真言宗の法門は先ず真言三部経は大日如来の説か釈迦如来の説かと尋ね定めて釈迦の説と言はば釈尊・五十年の説教にをいて已今当の三説を分別せられたり、其の中に大日経等の三部は何れの分にをさまり候ぞと之を尋ぬ可し、三説の中には・いづくにこそ・おさまりたりと云はば例の法門にてたやすかるべき問答なり、若法華と同時の説なり義理も法華と同じと云はば法華は是純円一実の教にて曾て方便を交へて説く事なし、大日経等は四教を含用したる経なり何ぞ時も同じ義理も同じと云わんや謬りなりとせめよ、次に大日如来の説法と云はば大日如来の父母と生ぜし所と死せし所を委く沙汰し問うべし、一句一偈も大日の父母なし説所なし生死の所なし有名無実の大日如来なり然る間殊に法門せめやすかるべきなり若法門の所詮の理を云はば教主の有無を定めて説教の得不得をば極む可き事なり、設ひ至極の理密・事密を沙汰すとも訳者に虚妄有り法華の極理を盗み取て事密真言とか立てられてあるやらん不審なり、之に依りて法の所談は教主の有無に随て沙汰有る可きなりと責む可きなり、次に大日如来は法身と云はば法華よりは未顕真実と嫌い捨てられたる爾前権教にも法身如来と説たり何ぞ不思議なるべきやと云う可きなり、若無始無終の由を云て・いみじき由を立て申さば必大日如来に限らず我等・一切衆生・螻蟻もんもう等に至るまでみな無始無終の色心なり、衆生に於て有始有終と思ふは外道の僻見なり汝外道に同ず如何と云う可きなり。

次に念仏は是浄土宗所用の義なり、此れ又権教の中の権教なり譬えば夢の中の夢の如し有名無実にして其の実無きなり一切衆生願て所詮なし、然れば云う所の仏も有為無常の阿弥陀仏なり何ぞ常住不滅の道理にしかんや、されば本朝の根本大師の御釈に云く「有為の報仏は夢中の権果・無作の三身は覚前の実仏」と釈して阿弥陀仏等の有為無常の仏をば大にいましめ捨てをかれ候なり、既に憑む所の阿弥陀仏・有名無実にして名のみ有つて其の体なからんには往生す可き道理をば委く須弥山の如く高く立て大海の如くに深く云とも何の所詮有るべきや又経論に正き明文ども有と云はば明文ありとも未顕真実の文なり、浄土の三部経に限らず華厳経等より初て何の経・教・論・釈にか成仏の明文無らんや、然れども権教の明文なる時は汝等が所執の拙きにてこそあれ経論に無き僻事なり、何れも法門の道理を宣べ厳り依経を立てたりとも夢中の権果にて無用の義に成る可きなり返す返す。




by johsei1129 | 2016-05-07 22:37 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 07日

Gosho 御義口伝(就註法華経口伝)下 Orally Transmitted teachings on the Lotus Sutra Part 2

如来とは釈尊、総じては十方(じっぽう)三世の諸仏なり、

The Thus Come One is Shakyamuni Buddha or, more generally speaking, all the Buddhas of the ten directions and the three existences.

Tathagata refers to Shakyamuni, or in a broad sense all the Buddhas of the three existences and ten directions.

別しては(ほん)()無作(むさ)(さん)(じん)なり。

Or, more specifically, it refers to the Buddha of the original state who is eternally endowed with the three bodies.

In a strict sense, however, Tathagata is [the Original Buddha] whose true identity is an uncreated and unadorned being endowed with the three enlightened properties.

今日蓮等の(たぐ)いの(こころ)(そう)じては如来とは一切衆生なり、

Now it is the understanding of Nichiren and his followers that, generally speaking, the term “Thus Come One” refers to all living beings.

Now, from the standpoint of Nichiren and his followers, in theory, Tathagata means all living,

別しては日蓮の弟子檀那(だんな)なり、

More specifically, it refers to the disciples and lay supporters of Nichiren.

However, in reality, Tathagata represents Nichiren's disciples and believers.

されば無作(むさ)の三身とは末法の法華経の行者なり、

This being the case, the term “eternally endowed with the three bodies” refers to the votaries of the Lotus Sutra in the Latter Day of the Law.

 Thus, the uncreated and unadorned three enlightened properties signify the votary of the Lotus Sutra in the Latter Day of the Law.

無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり、

The title of honor for one who is eternally endowed with the three bodies is Nam-myoho-renge-kyo.

The venerable name of these three enlightened properties is Nam-Myoho-Renge-Kyo.




本文 Original Text   目次 Index



by johsei1129 | 2016-05-07 11:33 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 07日

 如説修行抄筆記 八  松葉ヶ谷、伊豆配流、小松原、竜口・佐渡流罪、是れを四箇の大難とすべきか。猶考うべし。


一 (あるい)は両度の()(かん)()文。

一度は(こう)(ちょう)元年辛酉(かのととり)五月十二日、伊豆の伊東へ流されたもう。四恩抄の大旨云云。一度は文永八年辛未(かのとひつじ)九月十二日、(たつの)(くち)より(ただ)ちに佐渡へ流さるるなり。

 開目抄上三十一に云く「少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり」文。之に付いて四()の大難に異説あり。一には伊東配流、小松原、(たつの)(くち)、佐渡流罪、是れを四度とするなり。

御書二十二・三十一に云く「弘長元年辛酉(かのととり)五月十二日には伊豆(いず)の国へ流罪、文永元年甲子(きのえね)十一月十一日頭にきず()()ほり左の手を打ちをらる、同文永八年辛未(かのとひつじ)九月十二日佐渡の国へ(はい)()(くび)の座に(のぞ)む、其の外に弟子を殺され切られ(おい)(だし)くわ()れう()等かずをしらず」文。此の文は佐渡流罪と竜口は別にして四()度とする様なり。

十八巻十三に云く「或は(くび)をきられんとし、或は流罪両度に及べり」文。此の文(また)別に挙げたり。

亦一説に、松葉()(やつ)の夜打ちを加えて竜口・佐渡を合するなり。

 私に云く、竜口・佐渡流罪は一処なり。二十六巻三十八に云く「去る文永八年九月十二日に()て一分の(とが)もなくして佐土の国へ流罪せらる、外には(おん)()(きこ)えしかども内には頚を切ると定めぬ予又(かね)て此の事を推せし」等云云。此の文を以て考うるに、佐渡流罪と竜口と内外の沙汰(さた)不同なり。故に別に之を()げたもうか。諸抄の御妙判に「国主より御勘気二度」とあり。此れ伊豆と佐渡となり。(しか)るに佐渡流罪の日限を九月十二日と遊ばされたり。次上(つぎかみ)に引く御書に云云。

十八巻十九に云く「()ぬる文永八年九月十二日には御かん()()をかほりて北国佐渡の島にうつ()されて候いしなり」文。

十三巻四十二に云く「()ぬる文永八年九月十二日に佐渡の国に流さる」文。

十三巻四十二に「念仏者等此の(よし)を聞きて上下の諸人をかたらひ打ち殺さんとせし程に・かなはざりしかば、長時(ながとき)武蔵(むさし)(こう)殿(どの)は極楽寺殿の御子なりし故に親の御心を知りて理不(りふ)(じん)に伊豆の国へ流し給いぬ」文。

二十六・三十六に云く「(しょう)()元年に書を一巻注したりしを故最明寺の入道殿に奉る乃至夜中に日蓮が小庵(しょうあん)に数千人押し寄せて殺害せんとせしかども乃至日蓮が(いま)だ生きたる不思議なりとて伊豆の国へ流しぬ」文。

此等の大旨を見るに、夜打ちを加えて四箇の大難とすべきか。(なお)考うべし云云。


             つづく


 本書目次                     日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-07 10:52 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 07日

 如説修行抄筆記 七  興目両師は不惜身命(ふしゃくしんみょう)なり。御相伝に「日目は毎度幡(はた)さしなれば浄行菩薩か。日興先をかくれば無辺行菩薩か。其の外(ほか)の臆病者共等」


一 されば此の経

此れより下は二に弟子檀那を教誡したもうなり。中に於て初めは総じて教誡し、次に「(しか)るに我が弟子」の下は不信の人を挙げ、別して教誡したまうなり。此れに亦二。初めには不信の人を挙げ、次に「(かね)て申さざりけるか」の下は教誡、亦二。初めに(けん)(じつ)の教えを挙げ、次に「予が(あるい)は」の下は重ねて教誡したまうなり云云。此の(たい)()題号に合す。初めは如説、「予が或は」の下は修行なり。(いわ)く、弟子檀那に対し三類の大難有るべしと教ゆるは説法なり。(みずか)ら説の如く大難に()うは修行なり。

一 三類(さんるい)文。

記の八に云く「文に三。初めの一行は通じて邪人を明かす、即ち俗衆(ぞくしゅ)なり。次の一行は道門増上慢(ぞうじょうまん)の者を明かし、三に七行は(せん)(しょう)の増上慢の者を明かす。此の三の中に初めの者は忍ぶ可し。次の者は(さき)に過ぎたり。第三最も(はなは)だし」文。

一 (しか)るに我が弟子等の中にも

檀那を(ひと)しゅうするなり。開目抄下四十六に云く「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば()(ねん)に仏界にいたるべし乃至妻子を()便(びん)と・をもうゆへ現身にわか()れん事を・なげくらん」文。

此の文は初めに弟子、次に「妻子」の下は檀那なり。(また)当巻四十二に「各各(おのおの)我が弟子となの(名乗)らん人人」等文。当抄次上(つぎかみ)に「行者の師弟檀那」と云云。之を以て之を思うに檀那を(ひと)しゅうするなり。興目(こうもく)両師は()(しゃく)身命(しんみょう)なり。御相伝に「日目は毎度(はた)さしなれば(じょう)(ぎょう)菩薩か。日興先をかくれば()(へん)(ぎょう)菩薩か。其の(ほか)の臆病者共等」(新定二七一八)云云。又十七・二十六云云。

一 (あるい)は所を・をわれ

此れは清澄(せいちょう)(ざん)及び鎌倉等の所々なり。七巻二十四に云く「日蓮は(かげ)(のぶ)にあだまれて清澄(きよすみ)山を()でしにかく()しおきてしの()び出でられたり」等云云。

一 或は(きず)(こうむ)

房州(ぼうしゅう)東条小松原の御難なり。文永元年甲子(きのえね)十一月十一日(さる)(とり)の時なり。御書二十巻二十五丁云云。


                つづく


本書目次                     日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-07 01:33 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 07日

Gosho 始聞仏乗義 On First Hearing the One Vehicle of the Buddha 2


 天台云く「妙は不可思議(ふかしぎ)と名づく」等云云。

T’ien-t’ai says, “The character myō is defined as being beyond ordinary comprehension.”

The Great Teacher Tiantai stated,Myo means inscrutable….

 又云く一心乃至(ないし)不可思議(きょう)(こころ)(ここ)に在り等云云。

And he also says, “Life at each moment . . . This is what we mean when we speak of the ‘region of the unfathomable.’”

He also stated,”One’s mind is…. an objective reality that is inscrutable.

即身成仏と申すは()れ是なり。

This is what the attainment of Buddhahood in one’s present form means.

This corresponds to the attainment of enlightenment in one’s present form [in the Latter Day of the Law].


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by johsei1129 | 2016-05-07 00:49 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)