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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 05月 02日 ( 3 )


2016年 05月 02日

Gosho 白米一俵御書 一 The Gift of Rice 1

 白米一俵御書

 The Gift of Rice

 An Offering of Polished Rice

     弘安三年 五十九歳御作

                    1280 (Age: 59)

一切のかみ()仏をうや()まいたてまつる始めの句には、南無と申す文字を()き候なり、

In worshiping all the deities and Buddhas, the word namu is put ahead of their names.

The word Nam is placed at the beginning of a phrase in order to venerate and worship any god or Buddha.

南無と申すはいかなる事ぞと申すに、南無と申すは天竺(てんじく)のことばにて候、漢土・日本には()(みょう)と申す。帰命と申すは我が命を仏に(たてまつ)ると申す事なり。

To explain exactly what namu means, namu is a word from India. In China and Japan it is translated as “dedicating one’s life.” “Dedicating one’s life” means to offer one’s life to the Buddha.

To explain, this word is derived from Sanskrit, and is translated as devotionin China and japan. It means to offer one’s life to the Buddha.

我が身には(ぶん)に随いて妻子・眷属(けんぞく)・所領・金銀等をもてる人人もあり、又(たから)なき人人もあり、

In accordance with their status, some have wives and children, relatives, fiefs, and gold and silver, while other shave no treasure.

Depending upon one’s position in society, some people may have a wife and children, servants, a manor, gold and silver, and so on, while others may not.

財あるも財なきも命と申す財にすぎて候財は候はず。

 Whether one has wealth or not, no treasure exceeds the one called life.

Whether or not one possesses these treasures, there is nothing more precious than life.

さればい()しへの聖人・賢人と申すは命を仏にまいらせて仏にはなり候なり。

This is why those known as the sages and worthies of ancient times offered their lives to the Buddha and then became Buddhas.

That is why sages and wise men in the past have offered their lives to the Buddha and thereby attained enlightenment.


                    つづく next
御書本文  目次 Index



by johsei1129 | 2016-05-02 22:02 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 02日

 如説修行抄筆記 三  正しく如説修行の姿とは、妙法の受持・読・誦(じゅ)・解説・書写、肝要五種の行なり


  問う、(まさ)しく如説修行とは、其の姿如何(いかん)

  答えて云く、(じゅ)()読誦(どくじゅ)()(せつ)、書写なり。受持、読誦、解説、書写すべしと他に教ゆるは如説なり。自ら受持、読誦するは修行なり。他に教ゆるは説法(せっぽう)なり。其の説法の如く自ら修行する故に如説修行なり。「言う所は(おこな)う所の如し」之を思え。此れ則ち人法なり、師弟なり、()(ぎょう)()()あるなり。

  問う、入文の中に五種の行を(えら)んで摂受(しょうじゅ)の行と(きら)えり。何ぞ今の修行、五種の行ならんや。(二十・十九に「信心深き者も法華経の敵を責めずんば得道あり(がた)き事」と。)

  答えて云く、地涌(じゆ)を召すの経文、同じく発端の文及び()(ぞく)の文、皆五種の行なり。何ぞ之に()して別に修行あらんや。(ただ)し名は同じけれども修行の相は不同ならんか。妙法を受持し、妙法を読誦し、妙法を()(せつ)し、妙法を書写するなり。一部(こう)の修行に非ず。略を(えら)び肝要の五種の行なり。簡ぶ所は広・(りゃく)の修行なり。御義口伝下四十二丁。  

一 題号に三大秘法の(ふく)むる事。(宗祖大聖人上行菩薩なる事。四巻二十。)

  如説とは能説・所説有り。所説は則ち妙法蓮華経なり。能説の教主は即ち日蓮聖人なり。(しか)れば説の一字は人法の本尊なり。修行とは題目を修行す。信ずる故に(ぎょう)ず、是れ信行の題目なり。故に修行の二字は本門の題目なり。此の本尊所住の処は即ち本門の戒壇なり。(いわ)く、本尊を信じて題目を唱うるが故に、非を(ふせ)ぎ悪を(とど)む。是れ戒壇の義なり。当体義抄に云く「(しか)るに日蓮が一門乃至南無妙法蓮華経と唱うるが故なり」。合すべし云云。


             つづく


本書目次                  日寛上人 文段目次



by johsei1129 | 2016-05-02 21:27 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 02日

弟子の教化のため浄土宗を徹底解明した書【浄土九品の事】

【浄土九品の事】
■出筆時期:文永六年(1269) 四十八歳御作
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は大聖人門下の弟子が念仏との法論に備えるため、法然が唱える浄土宗の系譜及び「観無量寿経」に説かれている九品往生を詳細に分別した書と思われ、日蓮大聖人の弟子育成にかける覚悟の一端を感じざる得ません。
■ご真筆:静岡県富士宮市 西山本門寺(巻子一巻[七紙])完存。
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【浄土九品の事 本文】

 難行易行・聖道浄土・雑行正行・諸行念仏。
 法然房の料簡は諸行と念仏と相対なり。
 二義、一には勝劣・一には難易
 一[廃立]に諸行を廃して念仏に帰せんが為に而も諸行を説くなり。
 二[助正]に念仏を助成せんが為に而も諸行を説くなり。
 三[傍正]に念仏諸行の二門に約して各三品を立てんが為に而も諸行を説くなり。
 若し善導に依らば初を以て正と為すのみ。

上品
読誦大乗
  至誠心・深心・廻向発願心なり。
 上品上生 三種の心を発して即ち往生す。
六念―仏法僧戒天施
復三種の衆生有り。当に往生を得べし。
  一には慈心にして殺さず諸の戒行を具す。
  二には大乗方等経典を読誦す。
  [法然の料簡に云く] 華厳経・方等経・般若経・法華経・涅槃経・大日経・深密経・楞厳経等 の一切の大乗経は読誦大乗の一句に摂尽す。
三には六念を修行す

解第一義
 上品中生---善く義趣を第一に解す。
    法然の料簡に云く−華厳の唯心法界・法相の唯識・三論の八不・真言の五相成身・天台の一念三千は皆解    第一義の一句に摂尽す。
 上品下生---法然の料簡―深信の因果に十界の因果を摂尽す。

中品
 中品上生-----五戒八戒乃至諸戒を摂尽す
    -----四阿含経・倶舎・成実・律宗は此の二品に摂尽す。
 中品中生---八斎戒
       
        ---儒教道教は此の一品に摂尽す
中品下生---- 父母に孝養し世に仁慈を行なふ。
         ―外典三千余巻---- 老子経・孝教
下品
 下品上生
 観経
 此くの如きの愚人、多く衆悪を造るも十念せば往生す。
 下品中生―或は衆生有て五戒・八戒及び具足戒を毀犯す。此くの如きの愚人は、僧祇物を偸み現前僧物を盗む。不浄に法を説いて懺愧有ること無し。
 下品下生
 下品下生は五逆重罪の者なり。而かも能く逆罪を除滅するは、余行に堪えざる所なり。唯念仏の力のみ能く重罪を滅するに堪る有り。故に極悪最下の人の為に、而かも極善最上の説を説く等云云。
 五逆罪の人----十念往生
      撰択に云く「念仏三昧は重罪すら消滅す。何に況や軽罪をや。余行は然らず。或は軽を滅して重を滅せざる有り。或は一を消して二を消せざる有り」等云云。
 
捨閉閣抛
 法華経等の一切経
 釈迦仏等の一切諸仏
 天台宗等の八宗・九宗の世天等
浄土三部経阿弥陀仏よりの外なり。
 安楽集に云く、
  未だ一人も得る者有らず。唯浄土の一門のみ有て通入の路なるべし。
 往生礼讃に云く、
  千中無一
  十即十生百即百生
  

    ---後鳥羽院御宇
 源空(法然房)
  一弟子―隆寛[長楽寺南無]―多念
一弟子―善恵[故嵯峨天皇の恩師―小坂―道観
一弟子―聖光[故打宮(うつのみや)入道修観]極楽寺殿の恩師]―[筑紫]念阿弥陀仏
覚明―諸行往生・一条・道阿弥
観心―嵯峨
  成覚・法本―一念
顕真座主(八人の碩徳)
 
公胤大弐僧上[頼顕僧正の恩師・薗城寺の長吏]
 浄土決疑集三巻を造て法然房の撰択集を破す。随機の諸行皆往生を為すべし等云云。
 故宝地房法印証真の弟子 上野清井者
 定真竪者―弾撰択二巻を造る。随機諸行往生
 
   証義者---宗源法印(証真の嫡弟  竹中法師)
---隆真法印
----俊鑁法印--大和の荘・三塔の総学頭
   
三千人の大衆
五人探題----正覚
-----貞雲
---- 竜証

 華厳宗-とがのを
明恵房―摧邪輪三巻を造る。随機諸行往生

大乗五宗
法相宗―深密経に依る―上輩
     三時教をもて一代を摂尽し、返て深密経を以て法華経を下す。
三論宗―上三
二蔵三時をもて一代を摂尽し、返て妙智経を以て法華を下す。
華厳宗
  五教をもて一代を摂尽し、返て華厳経を以て法華を下す。 
真言宗 五蔵をもて一代を摂尽し、返て大日経等を以て法華経を下す。
天台宗 四教五時をもて一代を摂尽す。

 県の額を州に打ち牛跡を大海に入る。
伝教大師此の義を許すや不や
 夫れ三時の教は勝義の領解・一部の聞は義生の機宜・猶三部を闕く。何ぞ一代を摂せん。華厳云く、三論云く、真言等云云。






by johsei1129 | 2016-05-02 20:29 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)