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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 03月 28日 ( 3 )


2016年 03月 28日

GOSHO 上野尼御前御返事 Wu-lung and I-lung 10

汝我が子として遺言なりと申せしかば、其の(ことば)炎と成つて身を責め、剣と成つて天より()(くだ)る。

Whenever you insisted upon adhering to my will, your words would either turn into flames and torment me, or be transformed into swords that rained down from heaven upon me.

Whenever you, my son, said that you were only following my wishes, your words turned into the very flames that tortured me, or were transformed into swords that rained down upon me from above.

汝が不孝(きわま)り無かりしかども我が遺言を(たが)へざりし故に自業(じごう)自得果(じとくか)うらみがた()かりし所に、

Your behavior was unfilial in the extreme. However, since you were acting thus in order to abide by my will, I knew I could not entertain a grudge against you, for I was only receiving the retribution for my own deeds.

Your actions could not have been more unfilial ! However, you were just abiding by my wishes and I was only suffering the natural consequences of my own deeds. Therefore, I could not rightfully bear a grudge against anyone.”

金色(こんじき)の仏一体、無間地獄に出現して仮使(けし)(へん)法界(ほうかい)(だん)(ぜん)諸衆生(しょしゅじょう)・一(もん)法華経(ほけきょう)決定(けつじょう)(じょう)菩提(ぼだい)仮使(たとい)法界に遍せる断善の諸の衆生も、一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜん)と云云。

 “While I was thinking thus, a golden Buddha suddenly appeared in the hell of incessant suffering and declared, ‘Even those who have destroyed enough good causes to fill the entire realm of phenomena, if they hear the Lotus Sutra just once, will never fail to attain enlightenment.

When I became resigned to my fate, a golden Buddha suddenly appeared in the midst of the Hell of Incessant Suffering and recited,Even if those who have destroyed good causes fill the entire universe, they will without fail, attain Buddhahood if they hear the Lotus Sutra even once.’

此の仏、無間(むけん)地獄に入り給いしかば、大水を大火になげたるが如し。

 When this Buddha entered the hell of incessant suffering, it was as if a deluge of water had been poured over a great fire.

 The moment that this Buddha entered the Hell of Incessant Suffering, it was as if an inferno had been doused with water.


                      つづく Next
解 説  目次 Index



by johsei1129 | 2016-03-28 22:19 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 28日

法華取要抄文段 三五  富士山に本門の戒壇を建立する五つの所以

  
  第五 本門の戒壇を明かす

(およ)そ本門の戒壇とは、一閻浮提の人の懺悔(さんげ)滅罪の(ところ)なり。云う所の「戒」とは防止を義と為す。(いわ)く、無始の罪障を防ぎ、三(ごう)の悪を(とど)むる故なり。宗祖云く「此の(みぎり)(のぞ)まん(やから)は無始の罪障(たちまち)に消滅し三業の悪転じて三徳を成ぜん」云云。(あに)非を防ぎ悪を止むるに非ずや。

(まさ)に知るべし、本門の戒壇に()有り、理有り。理は謂く、義理なり。是れ則ち事中の事理にして迹門の理戒に同じからず。其の名に迷うこと(なか)れ。故に義の戒壇と名づけんのみ。

初めに義理の戒壇とは、本門の本尊の所住の処は即ち是れ義理、事の戒壇に(あた)るなり。経に云く「当に知るべし、此の処は即ち是れ道場」とは是れなり。天台云く「仏()の中に住す、即ち是れ塔の義」等云云。故に当山は本門戒壇の霊地なり。(まさ)に知るべし。広宣流布の時至れば、一閻浮提の山寺等、(みな)嫡々(ちゃくちゃく)書写の本尊を安置す。其の処は皆是れ義理の戒壇なり。然りと雖も(なお)是れ枝流にして、是れ根源に非ず。

正に本門戒壇の本尊所住の処、即ち是れ根源なり。妙楽云く「像末の四依、仏法を()(せん)す。()を受け、教を()(すべから)く根源を(たず)ぬべし。若し根源に迷う(とき)は増上して真証(みだ)さん」等云云。(いま)日本国中の諸宗諸門の徒、何ぞ根源を討ねざるや。浅間(あさま)し、浅間し云云。
 宗祖云く「根深ければ枝繁く(みなもと)遠ければ流れ長し」(取意)等云云。(およ)此の本尊は久遠元初の自受用の当体なり。(あに)根深く、源遠きに非ずや。故に天台云く「(ほん)(ごく)(ほっ)(しん)微妙(みみょう)深遠(じんのん)」等云云。

次に(まさ)しく事の戒壇とは、秘法抄十五・三十一に云く「王法仏法に(みょう)じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳(うとく)(おう)(かく)(とく)比丘(びく)の其の乃往(むかし)を末法(じょく)(あく)の未来に移さん時勅宣(ちょくせん)並に御教書(みぎょうしょ)を申し下して霊山(りょうぜん)浄土に似たらん最勝の地を(たず)ねて戒壇を建立す可き者か、時を待つ可きのみ、()の戒法と申すは是なり」等云云。  

問う、最勝の地とは何処(いずこ)を指すべきや。

 答う、(まさ)是れ富士山なるべし。故に富士山に於て之を建立すべきなり。

問う、其の(いわれ)は如何。

  答う(しばら)く五義を示さん。

一には結要付嘱の(げん)(かん)()る故に。神力品に云く「()しは経巻所住の処、若しは園中(おんちゅう)に於いても、若しは林中に於いても乃至(ないし)()の中に、皆(まさ)に塔を()て供養すべし」云云。文に「若しは経巻」と云うは、是れ(こう)(りゃく)二門の法華経の経巻には非ず。即ち是れ要の法華経の経巻なり。是れ則ち「(よう)を以て之を言わば」と云うが故なり。要の法華経の経巻とは、即ち是れ一幅(いっぷく)の本尊なり。此に相伝有り云云。「皆応に塔を起て」とは、即ち是れ戒壇なり。故に経文の意は、本尊所住の(ところ)に応に戒壇を起つべし云云。(しか)るに本門戒壇の本尊は正応元年冬の(ころ)、彼の身延を去って此の富山(ふさん)に移る。(けだ)是れ意あればなり。凡智の()(はか)る所に非ず。既に是れ富山(ふざん)は本尊所住の処なり。(あに)此の処に戒壇を起てざらんや。如来の玄鑒(いずくん)唐捐(とうえん)なるべけんや。

  二には日本第一の名山なるが故に。(みやこ)(のよし)()の富山の記に云く「富士山とは駿河の国に在り。峯は(けず)り成すが如く(ただ)ちに(そび)えて天に()けり。其の高さ測る可からず。()(せき)の記する所を歴覧(れきらん)するに、(いま)だ此の山より高きもの有らざる者なり。(けだ)し神仙の游萃(ゆうすい)する所なり」云云。
 興師の門徒存知に云く「凡そ勝地(しょうち)(えら)んで伽藍(がらん)建立(こんりゅう)するは仏法の通例なり、然
るに駿河国・富士山は是れ日本第一の名山なり。最も此の(みぎり)に於て本門寺を建立すべき」云云。戒壇を建立(こんりゅう)して本門寺と号するが故なり。


                    つづく

目 次


by johsei1129 | 2016-03-28 21:47 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 28日

強信徒より「おけ・ひさご・をしき」の仏具をご供養された事への返書【おけ・ひさご御消息】

【おけ・ひさご御消息】
■出筆時期:弘安三年(1280)四月六日 五十九歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄はおけ・ひさご・をしき等の法事で使用される仏具を某強信徒より使いの者より届けられ、その場でしたためられた返書と思われます。大聖人は常に受領した品々と数量を正確に記され、ご供養された信徒の志に答えられておられます。
■ご真筆:宮城県 妙教寺所蔵。
【おけ・ひさご御消息 本文】

おけ(桶)三・ひさご二・をしき(折敷)四十枚かしこまり給び候ひ了んぬ。
恐々謹言。

卯月六日 日蓮 花押
御返事

※注:[ひさご]とは水をすくう道具(柄杓)の事。
   [をしき(折敷)]とは杉、檜などを薄く剥いで作ったお盆の事。


by johsei1129 | 2016-03-28 19:26 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)