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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 03月 27日 ( 3 )


2016年 03月 27日

日蓮大聖人が晩年まで信徒から世情の情報を収集していたことを示された書【大風御書】

【大風御書】
■出筆時期:弘安四年(1281年)五月 六十歳御作。
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は四行の断簡が伝えられており前後は不明ですが「御そらういかん」と率直に病状を聞かれているところから、古参の強信徒に送られた消息ではと推察されます。
古参の強信徒の中では大田乗明が晩年重い病気にかかって大聖人からも励ましの消息が送られていることから、あるいは本抄も大田乗明に宛てられたのではとも考えられます。

本書の内容は、本書を記された直前の四月二十八日に恐らく鎌倉一帯で大風が吹いたことから、文永十一年四月十二日の大風との規模の比較を知らせて欲しいと依頼された内容と思われます。
大聖人はこれらの情報を基に日本の趨勢を思索されていたのではと拝されます。本抄は大聖人御遷化の一年半前に認められておられますが、命ある限り日本の行く末を案じられていた本仏の慈悲を感じざる得ません。
■ご真筆:京都市 本圀寺(四行の断簡)所蔵。
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【大風御書 本文】

御そらういかん。又去ぬる文
永十一年四月十二日の大風と此の
四月二十八日のよの大風と勝劣いかん。
いかんが聞き候といそぎ申せ給候へ。




by johsei1129 | 2016-03-27 20:37 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 27日

GOSHO 上野尼御前御返事 Wu-lung and I-lung 9

(ここ)(りょう)問うて云く、(いか)なる人ぞ、

I-lung asked him who he was.

Yi-long said,May I ask who you are.”

答えて云く、汝知らずや我は是れ父の()(りょう)なり。

The heavenly being replied: “Do you not recognize me? I am your father, Wu-lung.

The being replied,Do you not recognize meI am your father, Wu-long.

我人間にありし時外典(げてん)(しゅう)し仏法をかたきとし、(こと)に法華経に敵をなしまいらせし故に無間(むけん)()つ。

While I was in the human world, I adhered to non-Buddhist scriptures and harbored enmity toward Buddhism, particularly toward the Lotus Sutra. For this reason, I fell into the hell of incessant suffering.

While I lived as a man, I was strongly attached to non-Buddhist teachings, harboring hatred towards Buddhism. I was especially hostile to the Lotus Sutra and as a result, fell into the Hell of Incessant Suffering.”

日日に舌をぬかるる事、数百度、或は死し或は生き、天に(あお)き地に伏してなげけども叶う事なし。

“Every day I had my tongue wrenched out several hundred times. Now I was dead, now I was alive again. I kept crying out in agony, alternately looking up to heaven and flinging myself to the ground, but there was no one to heed my screams.

“Day after day, my tongue was ripped from my mouth hundreds of times. I suffered death time and again, only to find myself alive once more. In my despair, I beseeched the heavens for relief and prostrated myself upon the earth, all to no avail.

人間へ告げんと思へども便りなし。

I wanted to tell the human world of my anguish, but there was no means of communication.

I yearned to warn people in the human world of the sufferings that I had brought upon myself, but I had no means to do so.


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by johsei1129 | 2016-03-27 15:50 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 27日

法華取要抄文段 三四  蓮祖大聖人、我が身は法華経の題目なりと知(しろ)しめし、久遠元初の自受用身と顕れたもう

 
 問う、本尊問答抄の意は、末代悪世の凡夫は(ただ)法華経の題目を以て本尊と為すべし等云云。若し(しか)らば、蓮祖を造立して(なお)本尊と為すべからざるか、如何。

 答う、「法華経の題目」とは本地(じん)(じん)の奥義、即ち是れ蓮祖聖人の御事なり。其の故は蓮祖大聖人、我が身は即ち法華経の題目なりと(しろ)しめし、久遠元初の自受用報身と顕れたまえり。故に知んぬ、法に即して人、人に即して法、人法(もと)是れ体一なり。故に「法華経の題目」とは亦是れ蓮祖聖人の御事なり。(あに)本尊とせざらんや。是の故に蓮祖の在世に御弟子日法(にっぽう)をして自身の影像を造立せしむ。即ち今の(しょう)御影(みえい)是れなり。

 問う、人法体一の証文は如何(いかん)

 答う、経に云く「()()(たも)つこと有らば、則ち仏身を持つなり」等云云。普賢観経に云く「此の経を持つ者は則ち仏身を持つ」等云云。妙楽云く「人法の名は(こと)なれども大理は別ならず。人即法なるが故に」云云。(つぶさ)には文底深秘抄の如し。  

 問う、若し(しか)らば色相荘厳の仏も(まさ)に人法体一にして(そく)法華経の題目なるべし。何が故に(しか)らざるや。

 答う、()れ久遠元初の自受用身とは本地自行の本仏、境智冥合の真身なり。故に人法体一なり。(たと)えば月と光と冥合するが故に、其の(たい)是れ一なるが如し。若し色相荘厳の仏は迹中()()の迹仏にして、世情に随順して現ずる所の仏身なる故に人法に勝劣あり。譬えば水中の月は大小の(うつわ)に移るが故に、天月に望むれば勝劣分明なるが如し。故に色相荘厳の仏は、人法体一に非ずして勝劣雲泥(うんでい)なり。

 問う、人法勝劣の証文は如何(いかん)

 答う、涅槃経に云く「諸仏の師とする所は所謂(いわゆる)法なり。()の故に如来()(ぎょう)供養す」等云云。宗祖云く「法は()れ聖の師」等云云。宗祖云く「仏は所生・法華経は能生なり」。(つぶさ)には文底深秘抄の如し。今は(しばら)之を略す。

 問う、色相荘厳(しょうごん)の仏は世情に随順するの証文如何。

 答う、(しばら)く一文を引かん。教時義に云く「世間(みな)仏は三十二相を具することを知る。此の世情に随って三十二相を以て仏と為す」等云云。金剛般若(はんにゃ)に云く、云云。

 問う、蓮祖大聖人、我が身は法華経の題目なりと(しろ)しめし、久遠元初の自受用身と顕れたもう文理如何。

 答う、吾が祖は諸宗遊学の間に(あまね)く一代聖教の淵底(えんでい)を究めて滅後弘教の次第を(かんが)え、(すべ)て八宗の奥義を尽して末法流布の深秘を(あきら)む。御年三十二歳、建長五年(みずのと)(うし)の春の(ころ)、再び故郷に帰り末法の本尊を祈りたもうに、四月二十八日の暁天(ぎょうてん)に、古僧示して云く「汝が身を以て本尊と為すべし」(新定一七二二)。即ち明星(みょうじょう)(がいけ)を見たまえば、不思議なり、蓮祖の影即ち今の大漫荼羅なり。此の時、(まさ)しく我が身は法華経の題目なりと知り、朝日に向って始めて南無妙法蓮華経と唱う。(しか)る後、無量の巨難を忍び、三大秘法を弘む。文永八年九月十二日()(うし)の刻、(たつの)(くち)御難の時、名字凡身の当体(そく)久遠元初の自受用身と顕れたまえり。(つぶさ)には開目抄愚記の如し。故に蓮祖大聖人は末法下種の本仏、主師親の三徳なり。故に本尊と(あお)ぐべきなり。


                     つづく
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by johsei1129 | 2016-03-27 15:21 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)