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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 03月 14日 ( 3 )


2016年 03月 14日

GOSHO 南条殿御返事(南条抄)The Person and the Law 1

The Person and the Law

    弘安四年九月十一日 六十歳御作

    11 September 1281(Age: 60)

塩一()・大豆一俵、とつさか(鶏冠菜)一袋、酒一筒・()び候。

I have received your gifts of a horseload of salt, a sack of soybeans, a bag of seaweed, and a bamboo container of sake.

I have received one horse-load of supplies including salt, one sack of soybeans, one package of seaweed and a bamboo container of sake.

 上野の国より御帰宅候後は未だ見参(げんざん)に入らず候。牀敷(ゆかしく)存じ候いし(ところ)に品品の物ども取り()え候いて御音信(おとづれ)(あずか)り候事、申し尽し難き御志にて候。

I have not seen you since you returned home from the province of Kōzuke, and I have been wondering how you are. I can hardly find words to say how much I appreciate your sincerity in sending me a letter and the many gifts.

As you have not come to see me since your return from the province of Kozuke, I have been eagerly awaiting word from you and now your letter has arrived. I cannot fully express in words my gratitude for the sincere offerings you sent along with your letter.

今申せば事新しきに(あい)()て候へども、(とく)(しょう)童子は仏に土の(もちい)(たてまつ)りて阿育(あそか)大王と生れて南閻浮提(なんえんぶだい)を大体知行(ちぎょう)すと(うけたまわ)り候。

As you well know, a sutra says that the boy Virtue Victorious, who offered a mud pie to the Buddha, was later reborn as King Ashoka, who ruled over most of the southern continent of Jambudvīpa.

As you know, Tokusho Doji gave mud pies to the Buddha as an offering. It is said that as a benefit of the merit he thereby gained, he was later reborn as the Great King Ashoka, who reigned overmost of India.

土の餅は物ならねども仏のいみじく渡らせ給へば・かくいみじき(むく)いを得たり。

Since the Buddha is worthy of respect, the boy was able to receive this great reward even though the pie was only mud.

Mud pies have no intrinsic value but because of the immense virtue of the Buddha, Tokusho Doji received such great good fortune.


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by johsei1129 | 2016-03-14 22:03 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 14日

法華取要抄文段 二一  寿量品を説かずんば、末代の凡夫皆悪道に堕つ。故に知んぬ、寿量品を説きたもうが故に末代の凡夫皆成仏するなり


   十五日

 

一 疑って云く此の法門等

 総じて「広開近顕遠」の下の文に両段あり。初めに是れ略示。今、此の下の文は引証なり。(とい)有り(こたえ)有り。答の中に亦三。初めに()(けん)、次に正しく文証を引き、三に「此の一閻浮提」の下は結成(けつじょう)なり。  

一 予が()先哲に()えず等

 文の相は(ただ)是れ()(けん)の辞なり。其の元意を尋ぬれば諸人の情を()ぐるなり。其の相は下に之を論ずるが如し。  

一 卞和(べんか)渧泣(ていきゅう)文。

 ()()が古事並びに王代の異説は(つぶさ)に註等の如し。啓蒙に云く「史記の第十四巻十二の諸侯の年表に、()の国の武王・(ぶん)(のう)・成王等」云云。

 文の元意に云く、今日本国の諸人一同の(こころ)(おも)えらく、弘法・慈覚等は先代の明哲、天下の帰依(きえ)なり。今の日蓮は是れ後世の末学、辺鄙(へんぴ)小僧(しょうそう)なり。故に智有りと雖も先哲に超えずと。然れば(たと)い経文を引いて向来の義を証すと雖も、(かみ)一人より(しも)万民に至るまで、誰人か之を信ぜん。例せば卞和が真玉を以て()(しゃく)と為し、忠事を以て慢事と為すと渧泣せしが如し。

日蓮も亦、天下の諸人一同に(ただ)弘法等の謗法の(ざん)()を信じて、日蓮が正法の忠諌を用いずして、妙法の真玉を以て権教の瓦石に同ずと歎くなり。故に「卞和(べんか)渧泣(ていきゅう)等是なり」と云うなり。

  亦復(まさ)に知るべし、此の卞和の(たま)を或は夜光の(たま)と名づけ、或は車照の璧と名づけ、或は趙璧(ちょうへき)と名づけ、或は連城の璧と名づくるなり。(いわ)く、此の璧は光明赫々(かっかく)として十二の街を(てら)す。故に夜光の玉と名づくるなり。(ずい)(こう)の夜光の珠には同じからず。又車十七輌を照す、故に車照の玉と名づく。代々の帝王の宝として(ちょう)(おう)に伝わるが故に趙璧と名づけ、秦王、秦の十五城に替ゆるが故に(また)連城の玉と名づくるなり。三国伝記第二・七紙を()いて見よ。  

一 伍子胥(ごししょ)悲傷(ひしょう)是なり。

  太平記第四巻に云云。十六日夜、(これ)を談ず云云。

 

十八日

 

一 (しか)りと雖も略開近等

  此の下は次に正しく文証を引いて寿量所被(しょひ)の時機を明かすなり。中に於て涌出品の文に「然も(もろもろ)(しん)発意(ぽっち)の菩薩」とは、是れ所被の機なり。「仏の滅後に(おい)て」とは、是れ所被の時なり。下の六の文の中に、寿量・分別・神力(じんりき)・薬王の四文は、是れ所被の時なり。「此の経は則ち()れ」「(たと)えば七子の如し」の二文は、是れ所被の機を明かすなり。  

一 動執生疑(どうしゅうしょうぎ)

  涌出品の始終、之を()ぶ。  

一 (あるい)は信受せずして等

  不信・毀法(きぼう)の両種の謗法云云。  

一 罪業の因縁(いんねん)文。

  (こころ)に信受せざるは即ち罪業の因なり。口に法を破るは是れ罪業の縁なり。故に「罪業の因縁」と云うなり。総じて此の文意(もんい)本尊抄二十二、開目抄下六。

一 文の(こころ)は寿量品を説かずんば

既に寿量品を説かずんば、末代の凡夫(みな)悪道に()つ。故に知んぬ、寿量品を説きたもうが故に末代の凡夫(みな)成仏するなり。(あに)広開近顕遠の寿量品は末代今時(いまどき)の日蓮等が為に非ずや。


             つづく
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by johsei1129 | 2016-03-14 21:37 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 14日

真言を崇むる故に観音を以て本尊とす。真言には菩薩をば仏にまされりと談ずるなり<中略>譬えば武士の如しと云うて崇めざるなり故に日本国は亡国とならんとするなり、と断じた【真言七重勝劣事】

【真言七重勝劣事】
■出筆時期:文永七年(1270年) 四十九歳御作
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は富木常忍に与えられた法華経と大日二経の勝劣について、七重に分別されて説かれた法門です。
大聖人は弟子・信徒教化のため本書を認めたと思われ、当時の延暦寺が真言を崇め釈尊ではなく観音菩薩を仏として崇める故に日本国は「亡国」になると断じております。
■ご真筆:現存しておりません。
【真言七重勝劣事 本文】


一 法華・大日二経の七重勝劣の事。
一 尸那・扶桑の人師・一代聖教を判ずるの事。
一 鎮護国家の三部の事。
一 内裏に三宝有り内典の三部に当るの事。
一 天台宗に帰伏する人人の四句の事。
一 今経の位を人に配するの事。
一 三塔の事。
一 日本国仏神の座席の事。

■法華・大日二経の七重勝劣の事。


法華経第一 ----本門第一
      ----迹門第二

已今当第一
「薬王今汝に告ぐ・諸経の中に於いて最も其の上に在り」

涅槃経 第二 「是経出世」
無量義経 第三 「次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く・真実甚深・真実甚深」
華厳経 第四
般若経 第五
蘇悉地経 第六
上に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」、中に云く「猶成就せずんば当に此の法

を作すべし決定として成就せん、所謂乞食・精勤・念誦・大恭敬・巡八聖跡・礼拝行道な

り、或は復大般若経七遍或は一百遍を転読す」、下に云く「三時に常に大乗般若等の経を

読め」
大日経第七 三国に未だ弘通せざる法門なり。

■尸那・扶桑の人師一代聖教を判ずるの事
華厳経第一
涅槃経第二 南北の義 晋・斉等五百余年・三百六十余人光宅を以て長と為す。
法華経第三

般若経第一 吉蔵の義 梁代の人なり。
法華経第一 南岳の御弟子なり。
涅槃経第二 天台智者大師の御義 陳隋二代の人なり。
華厳経第三 妙楽等之を用う。

深密経第一
法華経第二 玄奘の義 唐の始め太宗の御宇の人なり。
般若経第三

華厳経第一
法華経第二 法蔵・澄観等の義 唐の半ば則天皇后の御宇の人なり。
涅槃経第三

大日経第一
法華経第二 善無畏・不空等の義 唐の末・玄宗の御宇の人なり。
諸経第三

法華経第一
涅槃経第二 伝教の御義 人王五十代桓武の御宇及び平城・嵯峨の御代の人、比叡山延暦寺なり。
諸経第三

大日経第一
華厳経第二 弘法の義 人王五十二代嵯峨・淳和二代の人、東寺・高野等なり。
法華経第三

大日経第一
法華経第二 慈覚の義 善無畏を以て師と為す、仁明・文徳・清和の三代、叡山講堂総持院なり。
諸経第三 智証之に同ず、園城寺なり。

■鎮護国家の三部の事

法華経
密厳経 不空三蔵 大暦に法華寺に之を置く、大暦二年護摩寺を改めて法華寺を立つ、中央に法華経・脇士に両部の大日なり。
仁王経

法華経
浄名経 聖徳太子 人王三十四代推古天皇の御宇、四天王寺に之を置く摂津の国難波郡仏法最初の寺なり。
勝鬘経

法華経
金光明経 伝教大師 人王五十代桓武天皇の御宇、比叡山延暦寺止観院に之を置く、年分得度者一人は遮那業一人は止観業なり。
仁王経

大日経
金剛頂経 慈覚大師 人王五十四代仁明天皇の御宇、比叡山東塔の西総持院に之を置かる、御本尊は大日如来、金蘇の二疏十四巻安置せらる。
蘇悉地経

内裏に三宝有り内典の三部に当るの事。

神 璽 国の手験なり。
宝 剣 国敵を禦ぐ財なり、平家の乱の時に海に入りて見えず。
内侍所 天照太神影を浮かべ給う神鏡と云う、左馬頭頼茂に打たれて焼失す。

■天台宗に帰伏する人人の四句の事

一に身心倶に移る 三論の嘉祥大師 華厳の澄観法師
二に心移りて身移らず 真言の善無畏・不空 華厳の法蔵 法相の慈恩
三に身移りて心移らず 慈覚大師 智証大師
四に身心倶に移らず 弘法大師

■今経の位を人に配するの事
征夷将軍 鎌倉殿 無量義経
摂政 涅槃経
院 迹門十四品
天子 本門十四品

■三塔の事

中 堂 伝教大師の御建立 止観・遮那の二業を置く、御本尊は薬師如来なり、延暦年中の御建立・王城の丑寅に当る、桓武天皇の御崇重、天子本命の道場と云う。

止観院 本院 天竺には霊鷲山と云い震旦には天台山と云い扶桑には比叡山と云う、三国伝灯の仏法此に極まれり。

講 堂 総持院 慈覚大師の建立 鎮護国家の道場と云う、御本尊は大日如来なり、承和年中の建立、止観院の西に真言の三部を置き是を東塔と云うなり、伝教の御弟子第三の座主なり。

釈迦堂[西塔 宝幢院] 円澄の建立 伝教の御弟子なり。
観音[横川 楞厳院] 慈覚の建立

■日本国仏神の座席の事

問う吾が朝には何れの仏を以て一の座と為し何れの法を以て一の座と為し何れの僧を以て一の座と為すや、答う観世音菩薩を以て一の座と為し真言の法を以て一の座と為し東寺の僧を以て一の座と為すなり。

問う日本には人王三十代に仏法渡り始めて後は山寺種種なりと雖も延暦寺を以て天子本命の道場と定め鎮護国家の道場と定む、然して日本最初の本尊釈迦を一の座と為す然らずんば延暦寺の薬師を以て一の座と為すか、又代代の帝王起請を書いて山の弟子とならんと定め給ふ故に法華経を以て法の一の座と為し延暦寺の僧を以て一の座と為す可し、何ぞ仏を本尊とせず菩薩を以て諸仏の一の座と為すや。答う尤も然る可しと雖も慈覚の御時・叡山は真言になる東寺は弘法の真言を建立す故に共に真言師なり、共に真言師なるが故に東寺を本として真言を崇む真言を崇むる故に観音を以て本尊とす。

真言には菩薩をば仏にまされりと談ずるなり。故に内裏に毎年正月八日の内道場の法行わる東寺の一の長者を召して行わる若し一の長者暇有らざれば二の長者行うべし三までは及ぼす可からず云云。
故に仏には観音・法には真言・僧には東寺法師なり、比叡山をば鬼門の方とて之を下す。譬えば武士の如しと云うて崇めざるなり故に日本国は亡国とならんとするなり。
問う神の次第如何、答う天照太神を一の座と為し八幡大菩薩を第二の座と為す是より已下の神は三千二百三十二社なり。




by johsei1129 | 2016-03-14 18:08 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)