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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 12月 20日 ( 3 )


2015年 12月 20日

法華経の題目「南妙法蓮華経」を唱える功徳は、それ以前の爾前、権教の題目の功徳と比べ遥に優れていることを示された書【題目功徳御書】

【題目功徳御書】
■出筆時期:詳細は不明です。
■出筆場所:不明です。
■出筆の経緯:九行の断簡が京都本隆寺に残されておりますが、前後の文が不明のため出筆時期及び対告衆の詳細は不明ですが、恐らく信徒に宛てられた消息の一部と思われます。

大聖人は本抄で法華経とそれ以前に説かれた爾前・権教の功徳の優劣について、初心の信徒でも理解できるように分かりやすい喩えで示されておられます。
■ご真筆:京都市 本隆寺(断簡)所蔵。
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[題目功徳御書 本文]

功徳は先の功徳にたくら(比)ぶれば、
前の功徳は爪上の土のごとし、法華
経の題目の功徳は十方の土のごとし。
先の功徳は一渧の水のごとし、題
目の功徳は大海のごとし。先の功徳は
瓦礫のごとし、題目の功徳は金銀の
ごとし。先の功徳は螢火のごとし、
題目の功徳は日月のごとしと申す
経文なり。






by johsei1129 | 2015-12-20 20:01 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 20日

報恩抄文段 上十六 法華真実の説相は、唯一仏乗にして無一不成仏なり

  
 報恩抄文段上末

一 其の後天台大師等

  此の下は次に大師の滅後に約す、亦二と為す。初めに上を()けて下を(おこ)す、次に「天台の仏法」の下は釈なり。

  天台大師は仏滅後一千五百四十六年、隋の(かい)(こう)十七年の御入滅、正しく日本の(にん)(のう)三十四代推古(すいこ)五年即ち聖徳太子摂政(せっしょう)の時に当るなり。天台滅後第二十一年に隋の()滅び、唐の代と成るなり。唐の太宗(たいそう)(じょう)(がん)六年に章安(しょうあん)大師御入滅なり。天台滅後第三十六年なり。

一 天台の仏法等

  此の下は次に釈、亦二と為す。初めに前代流布の三宗の(めい)(らん)を示し、次に「(ただ)(みょう)(らく)」の下は呵責(かしゃく)謗法(ほうぼう)を明かす。初めの文、亦(おのずか)ら三あり。初めに法相(ほっそう)宗、亦四つあり。初めに渡天(とてん)伝来(でんらい)、二に「此の宗」の下は一代判(いちだいはん)(ぎょう)、三に「(しか)るを天台」の下は末師(まっし)未破(みは)所以(ゆえん)を示し、四に「法華経」の下は今師(こんし)(たん)(しゃく)

一 天台の仏法やうやく習い()せし程に等

  問う、章安滅後より玄奘(げんじょう)()(とう)に至るまで(わず)かに十有余年、何ぞ天台の仏法を習い失うべけんや。

  答う、今、章安・妙楽の(さか)んなるに対する故に、中間(ちゅうげん)()()()()(げん)(ろう)(もっ)(しばら)衰運(すいうん)に属せるか。

  文に云う「貞観三年に始めて(がっ)()に入り同十九年に()へりし」とは、故に天竺(てんじく)()ること十七年なり。諸文(なら)びに()くの如し。(しか)るに撰時抄上十三、亦三十五に「十九年」とは、「九」の字並びに(あやま)れり。(まさ)に「十七年」に作るべし。

一 ()の宗は天台宗(てんだいしゅう)と水火なり。

  此の下は次に一代(いちだい)(はん)(ぎょう)を明かすなり。註三・三十九。

一 (しか)るに天台の御覧(ごらん)

  此の下は三に末師未破の所以を示す。亦(おのずか)ら二と為す。始めには智慧(ちえ)薄きが故に。次に権威を恐るるが故に。所以(ゆえ)に天台の末学(まつがく)(いま)だ之を破せざるなり。

一 法華経を打ちかへして等

  此の下は四に今師(こんし)(たん)(しゃく)、亦二と為す。始めに悲歎(ひたん)、次に「天竺」の下は()(しゃく)

  文に云う「三乗真実」等とは、撰時抄上一三に云く「此の宗の心は仏教は()(したが)うべし。一乗の機のためには三乗方便・一乗真実なり所謂(いわゆる)法華経等なり、三乗の機のためには三乗真実・一乗方便」と云云。

  文に云う「五性(ごしょう)格別(かくべつ)」とは、一に声聞乗(しょうもんじょう)(しょう)、二には(びゃく)支仏(しぶつ)乗性、三には如来乗性、四には不定(ふじょう)乗性、五には無性、(いわ)一闡提(いっせんだい)なり云云。声聞の中に、決定性(けつじょうしょう)と不定性と二種(これ)有り。有情の中に、有仏性の有情と無仏性の有情と二種之有り。其の中に決定性の声聞と無仏性の有()とは、(なが)く成仏せずと立つるなり。(けだ)天台(てんだい)の意は、五性の所談は皆(ことごと)く爾前方便の意なり。若し法華真実の説相は、(ただ)一仏性にして無一不成仏なり。秀句(しゅうく)上末二十八、註の六・四十三、太平抄二十四・四十、()いて見よ。()三下十九に分明(ふんみょう)なり。

一 天竺(てんじく)よりは・わた()れども等

  此の下は次に破責。

  文意に云く、天竺より渡れば伝来(とうと)きようなれども、(がっ)()外道(げどう)漢土(かんど)に渡れるかと云云。

  文に云う「釈迦・多宝(たほう)乃至(ないし)(じょう)(ごん)」とは、釈尊の「久後(くご)真実(しんじつ)」、多宝の「(かい)()真実(しんじつ)」、分身(ふんじん)の「舌相(ぜっそう)(とも)に誠言と名づくるなり。舌相(すで)()虚妄(こもう)を表す、(あに)誠言に非ずや。

  文に云う「生身(しょうじん)の仏」とは、是れ嘲弄(ちょうろう)(ことば)なり。


                     つづく
報恩抄文段上 目次



by johsei1129 | 2015-12-20 16:58 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 20日

GOSHO 立正安国論54 施を止めて命を絶つ 四

(すなわ)涅槃経(ねはんぎょう)に云く「仏の(たまわ)く、()だ一人を(のぞ)いて余の一切に(ほどこ)さば皆(さん)(たん)()し、

In the Nirvana Sutra, we read: “The Buddha said, ‘With the exception of one type of person, you may offer alms to all kinds of persons, and everyone will praise you.’

The Nirvana Sutra states: The Buddha said,If one makes offerings in this world to anyone excluding one type of person, one’s behavior should be extolled.

純陀(じゅんだ)問うて言く、()()なるをか名けて唯除(ゆいじょ)一人と()す、

“Chunda said, ‘What do you mean when you speak of “one type of person?’

Chunda inquired:Who is the one to be excluded?”

仏の言く、此の経の中に説く所の如きは破戒(はかい)なり、

“The Buddha replied, ‘I mean the type described in this sutra as violators of the precepts.’

The Buddha responded: As taught in this sutra, the one who violates the precepts.

純陀(じゅんだ)()た言く、(われ)(いま)()せず、(ただ)(ねがわ)くば(これ)を説きたまえ、

“Chunda spoke again, saying, ‘I am afraid I still do not understand. May I ask you to explain further?’

Chunda then asked for clarification: I am unable to understand your point. I beg you to further elaborate on it.

純陀(じゅんだ)に語つて言く、破戒(はかい)とは(いわ)一闡提(いっせんだい)なり、其の余の在所(あらゆる)一切に布施(ふせ)すれば、皆讃歎(さんたん)すべく大果報(かほう)()ん、

“The Buddha addressed Chunda, saying, ‘By violators of the precepts, I mean the icchantika. In the case of all other types of persons, you may offer alms, everyone will praise you, and you will achieve great rewards.’

The Buddha turned to Chunda and said: Those who break the precepts are icchantika. Making offerings to anyone other than icchantika is praiseworthy and allows one to receive immeasurable merit.


                      つづく Next
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by johsei1129 | 2015-12-20 16:40 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)