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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 12月 13日 ( 3 )


2015年 12月 13日

【撰時抄】出筆のため弟子の弁殿(日昭)に玄義六の本末を持参するよう依頼したと思われる書【弁殿御消息】

【弁殿御消息】
■出筆時期:文永一二年(1275年)三月十日 五四歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:大聖人はこの消息を記された丁度三ヶ月後の六月十日に、御書五大部の中で最も長文の全五巻百十紙の『撰時抄』を書き上げておられます。
恐らく本消息はそのための資料として、天台の法華玄義六の本末(全て)、法華文句十、その他の疏等を身延の草庵に持参するよう弁殿(のちの六老僧の一人日昭)に依頼した書であると思われます。

尚、『撰時抄』には天台の法華玄義、法華文句について記された下記の御文がございます。
【疑つて云く正法一千年の論師の内心には法華経の実義の顕密の諸経に超過してあるよしは・しろしめしながら外には宣説せずして但権大乗計りを宣べさせ給うことは・しかるべしとはをぼへねども其の義はすこしきこえ候いぬ。像法一千年の半に天台智者大師・出現して題目の妙法蓮華経の五字を玄義十巻一千枚にかきつくし、文句十巻には始め如是我聞より終り作礼而去にいたるまで一字一句に因縁・約教・本迹・観心の四の釈をならべて又一千枚に尽し給う已上玄義・文句の二十巻には一切経の心を江河として法華経を大海にたとえ十方界の仏法の露一しずくも漏さず妙法蓮華経の大海に入れさせ給いぬ】
■ご真筆:東京都 池上本門寺所蔵。
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[弁殿御消息 本文]

千観内供の五味義
盂蘭経の疏
玄義六の本末、
御随身有るべし。
文句十、少輔殿へ
御借用有るべし。
恐々謹言。

三月十日  日 蓮 花押
弁殿

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[撰時抄 全五巻:玉沢 妙法華寺所蔵]






by johsei1129 | 2015-12-13 19:24 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 13日

報恩抄文段 上九 師堕つれば弟子堕つ、弟子堕つれば檀那堕つ

一 ()る人疑つて云く等

  此の下は四に(しゃく)(じょう)。今、義意に約す、故に釈成と云うなり。(いわ)く、宗祖(しゅうそ)(ぎょう)(べん)を以て仮難(けなん)(もう)け、而して之を()す。三説(さんせつ)超過(ちょうか)の文を引いて、一代並びに十方(じっぽう)三世(さんぜ)の諸仏の諸経の中に法華最第一の(むね)を明かし、以て「諸経の中に於て(もっと)()(かみ)()り」の文を釈成するなり。若し此の意を得ずんば、(いたずら)に当抄を消するならん云云。

此の釈成の文、亦二と()す。初めに(とい)、次に答、亦三あり。初めに問を(あざけ)り、次に正義(しょうぎ)を示し、三に「(また)我は見ざれば」の下は問に(むく)

 文に云う「(てい)()」等とは文選(もんぜん)第十五、依憑集(えひょうしゅう)等に出ず。故に「是なり」と云うなり。初めに問を(あざけ)るの意は、(なんじ)()し智有らば一を以て万を察せよ、(しか)るに今汝が問は()()(じん)(うたがい)に似たり。文に云う「山を(へだ)て煙の立つを」等とは、(しゅう)円記(えんき)四・四十七に云く「(すで)に煙を見て火有るを()()す」等云云。

文に云う「一闡提(いっせんだい)の人」「(いき)(めくら)」等は、涅槃(ねはん)経の第九に「(ただ)生盲・一闡提を除く」と云うなり。

一 法華経の法師(ほっし)品等

  此の下は次に正義(しょうぎ)を示す、文(また)二と()す。初めに三説(さんせつ)超過(ちょうか)の明文を示し、次に「()(こん)(とう)」の下は一代並びに十方(じっぽう)三世(さんぜ)の諸仏の諸経の中に法華最第一なるを明かす。初めの文を亦三と為す。初めに如来(にょらい)の金言、次に多宝(たほう)証明(しょうみょう)、三に分身(ふんじん)助舌(じょぜつ)なり。

一 ()(こん)(とう)の三字は乃至説せ給いて

  問う、何を(もっ)て十方三世の諸仏の諸経の中に、法華最第一なることを知るを得ん。

  答う、経に云く「三世の諸仏の説法の儀式の如く、我も今(また)()くの如し」等云云。「一をもつて万を察せよ(てい)()を出でずして天下をしるとは是れなり」と。

一 (また)我は見ざれば等

  此の下は三に問に(むく)ゆるなり。

文に云く「されば梵釈(ぼんしゃく)乃至法華経の御座にはなかりけるか」等とは、(すで)に法華の座に()り。「世尊の(みことのり)の如く(まさ)(つぶさ)奉行(ぶぎょう)すべし」云云。

不妄語(ふもうご)(かい)の力」とは、(しばら)く一戒を()ぐ、(まこと)に十善戒を(たも)って天に(うま)るるなり。

()(じつ)云く「()()を以て(いん)を知る故なり」と。(いわ)「不妄語戒」とは正直(しょうじき)異名(いみょう)なり。当に知るべし、諸天善神は正直の(こうべ)宿(やど)るなり。故に知んぬ、諸天は正直の因に()って天に生ずることを。是れ(すなわ)ち正直に依って天に生ずる故に、(また)正直の頭に宿るなり。諌暁二十七・二十五に云く「成仏(じょうぶつ)(のち)()()門に出で給う時我が得道(とくどう)の門を示すなり」と云云。()いて見よ。啓蒙(けいもう)の義は(しか)らざるか。

一 壊劫(えこう)にいたらざるに大地の上にどうとおち候はんか

 問う、若し(しか)らば壊劫の時は日月(にちがつ)大地に落つるや。

  答う、啓蒙(けいもう)を往いて見よ。

一 (しか)るを華厳宗(けごんしゅう)(ちょう)(かん)

  此の下は大段第三の承上起下(しょうじょうきげ)の文なり。

  「瞿伽(くが)()」は書註の七・四十五、「大天(だいてん)」は撰時抄下二十三に云く「大天は凡夫にして阿羅漢(あらかん)となのる」等云云。書註の七・四十九、同十七・二十三。「大慢(だいまん)」は下の文二十七に云く「()(がっ)()大慢(だいまん)()羅門(らもん)大自在天(だいじざいてん)()()延天(えんてん)()籔天(そてん)・教主釈尊の四人を高座の(あし)につくりて()(かみ)にのぼつて(じゃほう)(ひろ)めしがごとし」等云云。亦撰時抄下十一、註七・十一に西域(せいいき)記十一・十三を引く。

一 ()(やから)を信ずる人人はをそろし・をそろし。

  師()つれば弟子堕つ、弟子堕つれば檀那(だんな)堕つる故なり。(れい)せば、大荘厳仏(だいしょうごんぶつ)(すえ)の六百八十億の檀那()()(がん)等に(たぶら)かされ、()子音(しおん)王仏(のうぶつ)の末の男女(なんにょ)()(しょう)()比丘(びく)を信じて、無量劫(むりょうこう)が間、地獄に堕ちしが如し。御書の十六・八二十七・二十二下巻初。今日本国中の男女等、皆(しか)らば不便(ふびん)云云。

             

                   つづく
報恩抄文段上 目次



by johsei1129 | 2015-12-13 10:33 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 13日

GOSHO 立正安国論47  和漢の例を出だす十

()れを以て(これ)(おも)うに法然は()()羽院(ばいん)御宇(ぎょう)(けん)(にん)年中の者なり、

In view of these events, we should consider the fact that Hōnen belonged to the time of the Retired Emperor Gotoba, around the Kennin era (1201–1204).

[We can find similar examples here in Japan as well.] Hōnen’s teachings [were most prevalent] under the rule of the Emperor Gotoba in the ken’nin era [1201-1204 CE].

()の院の御事(すで)に眼前に()り、

And what happened to the retired emperor is evident before our very eyes.

This resulted in the undeniable fact surrounding the retired emperor.

(しか)れば則ち大唐に例を残し、()が朝に(しょう)(あらわ)す、

Thus T’ang China provided an earlier example of the fall of an emperor, and our own country offers similar proof.

As you can see, examples [of the fall of a nation due to erroneous teachings] are found in the great country of China, and actual proof is also evident in our country.

(なんじ)疑うこと()かれ、汝(あやし)むこと()かれ、

You should neither doubt this nor consider it strange.

You should neither doubt this nor consider in extraordinary.

(ただ)(すべから)(きょう)を捨てて善に帰し、(みなもと)(ふさ)ぎ根を(たつ)べし。

The only thing to do now is to abandon the evil ways and take up those that are good, to cut off this affliction at the source, to cut it off at the root.

You must simply discard the evil, devote yourself to the good, eliminate the source of the misfortunes, and sever the very root of the slanders.


                   つづく Next

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by johsei1129 | 2015-12-13 10:15 | WRITING OF NICHIREN | Trackback | Comments(0)