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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 10月 02日 ( 1 )


2015年 10月 02日

観心本尊抄文段 下三四  称歎付嘱と云うは、即ち是れ本尊の功徳を称歎するなり。 結要(けっちょう)付嘱とは、正しく是れ本門の本尊を付嘱するなり。


一 経に云く、()の時に世尊乃至切の衆の前等

此の下は次に十神力の文を引く、亦三と()す。初めに正しく引き、次に「夫れ顕密」の下は神通(じんつう)超過(ちょうか)を以て付法の超過を(あらわ)し、三に「是くの如く」の下は結文なり。

文に「師子座上の諸仏も(また)(また)是くの如く」と云うは、

問う、多宝(たほう)如来(にょらい)舌相(ぜっそう)を現ずとせんや。()(しか)らば経文に其の相を見ず。若し現ぜずと云わば、釈尊及び分身(ふんじん)(みな)舌相を現ずるに、多宝仏のみ(ひと)り何ぞ偶然たらんや。

答う、下山抄に云く「(じつ)には釈迦・多宝・十方の諸仏は、寿量品の肝要(かんよう)たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為なりと(いだ)し給う広長舌なり」等云云。

文に云く「此(みな)兼帯(けんたい)の故に久遠を覆相(ふぞう)する故なり」と。

是れ即ち「(ぎょう)()を存する故に(なお)(いま)だ権を開せず」「()(じょう)言ふが故に(なお)末だ(4しゃく)を発せず」(開目抄)の二失なり。

一 経に曰く、()の時に仏、上行等の菩薩大衆に告げたまわく文。

云う所の「等」とは本化の余輩(よはい)(ひと)しくするなり。

此の下は三に結要(けっちょう)嘱の文を引く、亦二と為す。初めに正しく引き、次に「此の十神力」の下は釈。

初めの正しく引く、(また)と為す。初めに経文を引き、次に天台(てんだい)の釈を引き、三に伝教の釈を引く。

初めの経文を引くに二と為す。初めに称歎(しょうたん)付嘱の文を引き、次に結要付嘱の文を引くなり。

初めに称歎付嘱と云うは、(すなわ)是れ本尊の功徳を称歎するなり。

文に「諸仏の神力は是くの如く乃至()の経の功徳を説くとも(なお)(つく)すこと(あた)わじ」とは、文意は、(われ)是の神力を以て無量無辺百千万億劫に此の本門の本尊、妙法五字の功徳を説くとも、(なお)尽すこと能わずとなり。(まさ)に知るべし「此の経」と言うは、(すなわ)是れ本門の本尊、妙法蓮華経の五字なり。

次に結要(けっちょう)付嘱とは、正しく是れ本門の本尊を付嘱するなり。

文に「要を以て(これ)を言わば乃至皆此の経に(おい)宣示(せんじ)顕説(けんぜつ)す」と云うは、文意は、如来の切の名用体宗を(みな)此の本門の本尊、妙法蓮華経の五字に於て宣示顕説するぞとなり。此れ即ち「寿量品の肝要たる(みょう)(たい)(しゅう)(ゆう)(きょう)の南無妙法蓮華経」の五字の本尊なり。今此の本尊を地涌(じゆ)の菩薩に付嘱するが故に結要付嘱と云うなり。

問う、(ただ)妙法の五字を以て地涌の菩薩に付嘱す、何ぞ必ずしも本尊を付嘱すと云わんや。

答う、総じて結要付嘱の一段の経文に三大秘法(ふん)(みょう)なるが故なり。(いわ)く、初めの称歎(しょうたん)付嘱は本尊の功徳を称歎し、次の結要付嘱は(まさ)しく是れ本門の本尊を付嘱し、三に「是の故に汝等」の下は本門の題目、五種の妙行を勧奨(かんしょう)し、四に「所在の国土」の下は本門の戒壇起立(きりゅう)を勧奨するなり。

記の八に云く「五師及び此の経の所在は即ち是れ法身の四処なり。皆(まさ)に塔を()つべし」等云云。(つぶさ)()依義判文抄の如し。故に結要付嘱の文は正しく本門の本尊を付嘱するなり。故に前の文に云く「此の本門の肝心(かんじん)、南無妙法蓮華経の五字に於ては仏(なお)文殊薬王等にも之を付属し給わず乃至(ただ)地涌(じゆ)千界(せんがい)()して八品を説いて之を付属し給う、()の本尊の為体(ていたらく)」等云云。

新尼抄に云く「今此の御本尊は乃至(ないし)上行菩薩を()(いだ)(これ)(ゆず)りたまう」取意等。天台云く「()枢柄(すうへい)()って而して之を授与す」と云云。前の文に云く「寿量品の肝心(かんじん)たる妙法蓮華経の五字を以て(えん)()の衆生に授与(じゅよ)せしめたまう」と云云。本尊の授与書、是れを思い合すべし云云。

文に云く「伝教云く」等とは、此の下は三に伝教(でんぎょう)の釈を引くなり。

文に「果分」等と云うは、是れ即ち久遠(くおん)元初(がんじょ)自受(じじゅ)(ゆう)の名体宗用なり。故に果分と云うなり。「因分可説、果分不可説」之を思い合すべし。

問う、()(しか)らば何ぞ久遠名字の妙法及び本因妙等と云うや。

答う、実に久遠元初の果分の法なりと(いえど)も、(しか)天台の名字(みょうじ)(はん)(しょう)す。故に名字の妙法・本因妙等と云うなり。

文に云く「此の十神力」等とは、此の下は次に釈、亦二と()す。初めに付嘱を明かし、次に滅後を正と為すことを明かす。

経に「能持是経」と云うは、()く妙法五字の本尊を持つ故に諸仏(みな)歓喜(かんぎ)して無量の神力を現じたもうなり。


                     つづく

文段下 目次



by johsei1129 | 2015-10-02 21:56 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)