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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 09月 19日 ( 1 )


2015年 09月 19日

十方三世の諸仏の怨敵なれども法華経の一句を信じぬれば諸仏捨て給う事なしと説いた 【治 部房御返事】

【治部房御返事】
■出筆時期:弘安四年(1281年)八月二十二日 六十歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本書を送られた治部房は南条時光の縁戚・南条平七郎の子息で、駿河在住の弟子日位とされております。
治部房は日興上人が記された「宗祖御遷化記」にも大聖人の御棺を担がれた弟子の一人として加わっており、『墓所可守番帳事』にも名を連ねておられます。※参照【 宗祖御遷化記録】
しかし日興上人が残された『弟子分本尊目録』には、「一、駿河國四十九院の住治部房は、蓮華闍梨(日持)の弟子也。仍て日興之を申し与う、但し聖人御滅後に背き了(おわん)ぬ」と記されており、残念ながら大聖人御遷化後は日興上人に違背されております。

本書で大聖人は「されば我等は過去遠遠劫より菩提をねがひしに<中略>すでに仏になり近づきし時は、一乗妙法蓮華経と申す御経に値いまいらせ候いし時は、第六天の魔王と申す三界の主をはします」と記し「菩提を願って修行し、その果報で一乗妙法蓮華経に縁した時は、必ず第六天の魔王が出現する」と戒められておられます。
恐らく大聖人は、弟子治部房の法華経信仰にいささかの懸念を持たれていたのではないかと推察されます。文中で大聖人は、他の消息では見られないほど数多く法華経の文を引用し、まるで「これでもわからぬのか」と言わんばかりの迫力を感じます。
さらに文末では「法華経のかたきとなる人をば父母なれども殺しぬれば大罪還つて大善根となり候。設い十方三世の諸仏の怨敵なれども、法華経の一句を信じぬれば諸仏捨て給う事なし」と治部房に止めを刺されておられます。

しかし大聖人の厳しくも慈愛溢れる「防非止悪(非道を防ぎ悪行を止める」の指導にも関わらず、治部房は大聖人が御遷化なされると「日蓮一期の弘法」を附属された日興上人に違背されたのは、まことに残念でなりません。

■ご真筆:現存しておりません。
[治部房御返事 本文]

白米一斗・茗荷(みょうが)の子・はじかみ一つと送り給び候い畢んぬ。
仏には春の花秋の紅葉・夏の清水・冬の雪を進(まい)らせて候人人皆仏に成らせ給ふ、況や上一人は寿命を持たせ給ひ下万民は珠よりも重くし候稲米(よね)を法華経にまいらせ給う人・争か仏に成らざるべき。其の上世間に人の大事とする事は主君と父母との仰せなり、父母の仰せを背けば不孝の罪に堕ちて天に捨てられ、国主の仰せを用いざれば違勅の者と成りて命をめさる。

されば我等は過去遠遠劫より菩提をねがひしに、或は国をすて或は妻子をすて或は身をすてなんどして、後生菩提をねがひし程に、すでに仏になり近づきし時は、一乗妙法蓮華経と申す御経に値いまいらせ候いし時は、第六天の魔王と申す・三界の主・をはします。

すでに此のもの仏にならんとするに二の失あり、一には此のもの三界を出ずるならば我が所従の義をはなれなん、二には此のもの仏になるならば此のものが父母・兄弟等も又娑婆世界を引き越しなん、いかがせんとて身を種種に分けて・或は父母につき・或は国主につき、或は貴き僧となり、或は悪を勧め・或はおどし・或はすかし、或は高僧或は大僧或は智者或は持斎等に成りて或は華厳或は阿含或は念仏或は真言等を以て法華経にすすめかへて・仏になさじとたばかり候なり。

法華経第五の巻には末法に入りては大鬼神・第一には国王・大臣・万民の身に入りて法華経の行者を或は罵(の)り或は打ち切りて、それに叶はずんば無量無辺の僧と現じて一切経を引いてすかすべし、それに叶はずんば二百五十戒・三千の威儀を備へたる大僧と成りて国主をすかし国母をたぼらかして、或はながし或はころしなんどすべしと説かれて候。

又七の巻の不軽品・又四の巻の法師品・或は又二の巻の譬喩品、或は涅槃経四十巻・或は守護経等に委細に見へて候が、当時の世間に少しもたがひ候はぬ上、駿河の国賀島の荘(しょう)は殊に目の前に身にあたらせ給いて覚へさせ給い候らん。

他事には似候はず、父母・国主等の法華経を御制止候を用い候はねば還つて父母の孝養となり国主の祈りとなり候ぞ、其の上日本国はいみじき国にて候・神を敬ひ仏を崇むる国なり、而れども日蓮が法華経を弘通し候を上一人より下万民に至るまで御あだみ候故に、一切の神を敬ひ一切の仏を御供養候へども其の功徳還つて大悪となり、やいと(灸治)の還つて悪瘡(あくそう)となるが如く薬の還つて毒となるが如し、一切の仏神等に祈り給ふ御祈りは還つて科と成りて此の国既に他国の財と成り候。

又大なる人人皆平家の亡びしが様に百千万億すぎての御歎きたるべきよし、兼てより人人に申し聞せ候畢んぬ。

又法華経をあだむ人の科にあたる分斉をもつて還つて功徳となる分斉をも知らせ給うべし。例せば父母を殺す人は何なる大善根をなせども天・是を受け給う事なし、又法華経のかたきとなる人をば父母なれども殺しぬれば大罪還つて大善根となり候、設い十方三世の諸仏の怨敵なれども法華経の一句を信じぬれば諸仏捨て給う事なし、是を以て推せさせ給へ、御使いそぎ候へば委しくは申さず候、又又申すべく候、恐恐謹言。

八月二十二日    日 蓮花押

治部房御返事

by johsei1129 | 2015-09-19 19:34 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)