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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 09月 18日 ( 3 )


2015年 09月 18日

貴辺と日蓮とは師檀の一分なり<略>後生は必ず仏国に居せん、と説いた【曾谷二郎入道殿御報】

【曾谷二郎入道殿御報】
■出筆時期:弘安四年(1281年)閏七月一日 六十歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は冒頭に「去る七月十九日の消息同卅日到来す」と記されておられるように、曾谷入道から大聖人へ手紙が届き、それへの返書となっております。
大聖人が本抄を記されたのが閏七月一日になっておりますが、この当時は太陰暦で1年が約354日となるため、3年に一度閏月をいれて1年を365日に調整しておりました。そのため七月の後の閏七月となるため、曾谷入道の手紙が到着した翌日に返書をしたためておられ、緊急性があったことが伺えます。

曾谷入道の手紙の内容は、この時期弘安の役で九州では蒙古との戦乱が三ヶ月目に入り鎌倉からも兵を派遣せざる得なくなり、曾谷氏も幕府の意向で出征することになった事の報告と思われます。

大聖人は日本が蒙古襲来という事態に陥ったことについて「疑つて云く日本国の一切衆生の中に或は善人或は悪人あり<中略>何ぞ一業と云うや、答えて云く夫れ小善・小悪は異なりと雖も法華経の誹謗に於ては善人・悪人・智者・愚者倶に妨げ之れ無し、是の故に同じく入阿鼻獄と云うなり」と記し、たとえ善人であろうとも法華経を誹謗するぱ皆一同に入阿鼻となると断じられておられます。

その上で文末では「爰に貴辺と日蓮とは師檀の一分なり、然りと雖も有漏の依身は国主に随うが故に此の難に値わんと欲するか感涙押え難し。何れの代にか対面を遂げんや唯一心に霊山浄土を期せらる可きか、設い身は此の難に値うとも心は仏心に同じ今生は修羅道に交わるとも後生は必ず仏国に居せん」と記し、貴方と日蓮は師と檀那の間柄であり、たとえ国主に随うが故に此の難に遭われ修羅道に交わったとしても、後生は必ず仏国に居せん」と諭されておられます。

尚、弘安の役は、本抄を記された前夜(七月三十日)の台風で蒙古の船団は大破し、残された蒙古軍は本国へ撤退、幸運にも鎌倉幕府の勝利となり、曾谷氏も九州に派遣されることはなかったようです。

蒙古襲来は、大聖人の三度の国家諌暁もあり、また当時の執権北条時宗が自身は法華経に帰依することはなかったが、佐渡流罪を赦免し、大聖人に大寺院の建立を持ちかけるなど事実上法華経の流布を公認し、また厳然と聖人(末法の本仏)が所を辞することなく日本に存在していたことで最悪の事態を免ることができた。

しかし本抄で示された大聖人の金言は、664年後の太平洋戦争の敗北で現実ものとなります。
当時の東条英機軍事政権は、法華経はおろか仏教全体を国家神道の配下に置き、国内を統治し戦争に打って出た。しかしこの当時の日本に決然と国家諌暁をする大聖人門下の檀信徒はおらず、また聖人も所を辞したのか見当たらなかった。まさに本抄の大聖人の金言「小善・小悪は異なりと雖も法華経の誹謗に於ては善人・悪人・智者・愚者倶に妨げ之れ無し是の故に同じく入阿鼻獄と云うなり」そのものとなった。
私も大聖人から「貴辺と日蓮とは師檀の一分なり」と称えられるように、本抄で示された大聖人のご金言を日々実践したいと思います。
■ご真筆:現存しておりません。古写本:日興上人筆(北山本門寺蔵)。

[曾谷二郎入道殿御報 本文]

去る七月十九日の消息同卅日到来す、世間の事は且らく之を置く専ら仏法に逆うこと、法華経の第二に云く「其人命終入阿鼻獄」等云云、問うて云く其の人とは何等の人を指すや、答えて云く次上に云く「唯我一人・能為救護・雖復教詔・而不信受」と、又云く「若人不信」と、又云く「或復顰蹙」又云く「見有読誦書持経者・軽賤憎嫉・而懐結恨」と、又第五に云く「生疑不信者・即当堕悪道」と、第八に云く「若有人軽毀之言・汝狂人耳・空作是行終無所獲」等云云、其人とは此れ等の人人を指すなり、彼の震旦国の天台大師は南北十師等を指すなり、此の日本国の伝教大師は六宗の人人と定めたるなり、今日蓮は弘法・慈覚・智証等の三大師・並びに三
階・道綽・善導等を指して其の人と云うなり、入阿鼻獄とは涅槃経第十九に云く「仮使い一人独り是の獄に堕ち其の身長大にして八万由延なり、其の中間に遍満して空しき処無し、其の身周匝して種種の苦を受く設い多人有つて身亦遍満すとも相い妨碍せず」同三十六に云く「沈没して阿鼻地獄に在つて受くる所の身形・縦広八万四千由旬ならん」等云云、普賢経に云く「方等経を謗ずる是の大悪報悪道に堕つべきこと暴雨にも過ぎ必定して当に阿鼻地獄に堕つべし」等とは阿鼻獄に入る文なり。

日蓮云く夫れ日本国は道は七・国は六十八箇国・郡は六百四・郷は一万余・長さは三千五百八十七里・人数は四十五億八万九千六百五十九人・或は云く四十九億九万四千八百二十八人なり、寺は一万一千三十七所・社は三千一百三十二社なり、今法華経の入阿鼻獄とは此れ等の人人を指すなり、問うて云く衆生に於て悪人・善人の二類有り、生処も又善悪の二道有る可し、何ぞ日本国の一切衆生一同に入阿鼻獄の者と定むるや、答えて云く人数多しと雖も業を造ること是れ一なり、故に同じく阿鼻獄と定むるなり。

疑つて云く日本国の一切衆生の中に或は善人或は悪人あり善人とは五戒・十戒・乃至二百五十戒等なり、悪人とは殺生・偸盗・乃至五逆・十悪等是なり、何ぞ一業と云うや、答えて云く夫れ小善・小悪は異なりと雖も法華経の誹謗に於ては善人・悪人・智者・愚者倶に妨げ之れ無し是の故に同じく入阿鼻獄と云うなり。

問うて云く何を以てか日本国の一切衆生を一同に法華誹謗の者と言うや、答えて云く日本国の一切衆生衆多なりと雖も四十五億八万九千六百五十九人に過ぎず、此等の人人・貴賤上下の勝劣有りと雖も是くの如きの人人の憑む所は唯三大師に在り師とする所・三大師を離る事無し、余残の者有りと雖も信行・善導等の家を出ず可らざるなり。

問うて云く三大師とは誰人ぞや、答えて曰く弘法・慈覚・智証の三大師なり、疑つて云く此の三大師は何なる重科有るに依つて日本国の一切衆生を経文の其の人の内に入るや、答えて云く此の三大師は大小乗持戒の人・面には八万の威儀を備え或は三千等之を具す顕密兼学の智者なり、然れば則ち日本国四百余年の間・上一人より下万民に至るまで之を仰ぐこと日月の如く之を尊むこと世尊の如し、猶徳の高きこと須弥にも超え智慧の深きことは蒼海にも過ぎたるが如し、但恨むらくは法華経を大日真言経に相対して勝劣を判ずる時は或は戯論の法と云い或は第二・第三と云い或は教主を無明の辺域と名け或は行者をば盗人と名く、彼の大荘厳仏の末の六百四万億那由佗の四衆の如き各各の業因異りと雖も師の苦岸等の四人と倶に同じく無間地獄に入りぬ、又師子音王仏の末法の無量無辺の弟子等の中にも貴賤の異有りと雖も同じく勝意が弟子と為るが故に一同に阿鼻大城に堕ちぬ、今日本国亦復是くの如し。

去る延暦弘仁年中・伝教大師・六宗の弟子檀那等を呵責する語に云く「其の師の堕つる所・弟子亦堕つ弟子の堕つる所・檀越亦堕つ金口の明説慎まざる可けんや慎まざる可けんや」等云云、疑つて云く汝が分斉・何を以て三大師を破するや、答えて云く予は敢て彼の三大師を破せざるなり、問うて云く汝が上の義は如何、答えて云く月氏より漢土・本朝に渡る所の経論は五千七十余巻なり、予粗之を見るに弘法・慈覚・智証に於ては世間の科は且く之を置く仏法に入つては謗法第一の人人と申すなり、大乗を誹謗する者は箭を射るより早く地獄に堕すとは如来の金言なり将又謗法罪の深重は弘法・慈覚等・一同定め給い畢んぬ、人の語は且く之を置く釈迦・多宝の二仏の金言・虚妄ならずんば弘法・慈覚・智証に於ては定めて無間大城に入り、十方分身の諸仏の舌堕落せずんば日本国中の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生は彼の苦岸等の弟子檀那等の如く阿鼻地獄に堕ちて熱鉄の上に於て仰ぎ臥して九百万億歳・伏臥して九百万億歳・左脇に臥して九百万億歳・右脇に臥して九百万億歳是くの如く熱鉄の上に在つて三千六百万億歳なり、然して後・此の阿鼻より転じて他方に生れて大地獄に在りて無数百千万億那由佗歳・大苦悩を受けん、彼は小乗経を以て権大乗を破せしも罪を受くること是くの如し、況や今三大師は未顕真実の経を以て三世の仏陀の本懐の説を破するのみに非ず剰さえ一切衆生成仏の道を失う深重の罪は過・現・未来の諸仏も争か之を窮むべけんや争か之を救う可けんや。

法華経の第四に云く「已説今説当説・而於其中・此法華経・最為難信難解」又云く「最在其上」並に「薬王十喩」等云云、他経に於ては華厳・方等・般若・深密・大雲・密厳・金光明経等の諸教の中に経経の勝劣之を説くと雖も或は小乗経に対して此の経を第一と曰い或は真俗二諦に対して中道を第一と曰い或は印・真言等を説くを以て第一と為す、此等の説有りと雖も全く已今当の第一に非ざるなり、然而るに末の論師・人師等謬執の年積り門徒又繁多なり。

爰に日蓮彼の依経に無きの由を責むる間・弥よ瞋恚を懐いて是非を糺明せず唯大妄語を構えて国主・国人等を誑惑し日蓮を損ぜんと欲す衆千の難を蒙らしむるのみに非ず両度の流罪剰え頚の座に及ぶ是なり、此等の大難忍び難き事・不軽の杖木にも過ぎ将又勧持の刀杖にも越えたり、又法師品の如きは「末代に法華経を弘通せん者は如来の使なり・此の人を軽賤するの輩の罪は教主釈尊を一中劫蔑如するに過ぎたり」等云云、今日本国には提婆達多・大慢婆羅門等が如く無間地獄に堕つ可き罪人・国中・三千五百八十七里の間に満つる所の四十五億八万九千六百五十九人の衆生之れ有り、彼の提婆・大慢等の無極の重罪を此の日本国四十五億八万九千六百五十九人に対せば軽罪中の軽罪なり、問う其の理如何、答う彼等は悪人為りと雖も全く法華を誹謗する者には非ざるなり又提婆達多は恒河第二の人第二に一闡提なり、今日本国四十五億八万九千六百五十九人は皆恒河第一の罪人なり然れば則ち提婆が三逆罪は軽毛の如し日本国の上に挙ぐる所の人人の重罪は猶大石の如し定めて梵釈も日本国を捨て同生同名も国中の人を離れ天照太神・八幡大菩薩も争か此の国を守護せん。

去る治承等の八十一・二・三・四・五代の五人の大王と頼朝・義時と此の国を御諍い有つて天子と民との合戦なり、猶鷹駿と金鳥との勝負の如くなれば天子・頼朝等に勝たんこと必定なり決定なり、然りと雖も五人の大王は負け畢んぬ兎・師子王に勝ちしなり、負くるのみに非ず剰え或は蒼海に沈み或は島島に放たれ、誹謗法華未だ年歳を積まざる時・猶以て是くの如し、今度は彼に似る可らず彼は但国中の災い許りなり、其の故は粗之を見るに蒙古の牒状已前に去る正嘉・文永等の大地震・大彗星の告げに依つて再三之を奏すと雖も国主敢て信用無し、然るに日蓮が勘文粗仏意に叶うかの故に此の合戦既に興盛なり、此の国の人人・今生には一同に修羅道に堕し後生には皆阿鼻大城に入らん事疑い無き者なり。

爰に貴辺と日蓮とは師檀の一分なり然りと雖も有漏の依身は国主に随うが故に此の難に値わんと欲するか感涙押え難し、何れの代にか対面を遂げんや唯一心に霊山浄土を期せらる可きか、設い身は此の難に値うとも心は仏心に同じ今生は修羅道に交わるとも後生は必ず仏国に居せん、恐恐謹言。

弘安四年閏七月一日       日 蓮 花押
曾谷二郎入道殿御返事

by johsei1129 | 2015-09-18 20:38 | 曾谷入道 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 18日

関心本尊抄文段 下一九  文底下種の三段は三世の諸仏の微塵(みじん)の経々一塵(いちじん)も余すことなく、十方法界の仏法の露一滴も漏もらさず、皆咸(ことごと)く文底下種の序・流通なり。


文に云う「本門は序正流通(るつう)(とも)に末法の始を以て(せん)と為す」等とは、

問う、(いま)流通段に属する所の本門とは、文底下種の本門とせんや、文上脱益(だっちゃく)の本門とせんや。()し文底下種の本門と云わば、即ち是れ第五の三段の正宗(しょうしゅう)なり。何ぞ流通と云わん。若し文上の脱益の本門と云わば即ち是れ在世脱益の為なり。何ぞ末法を(せん)と為すと云わんや。

答う、文上脱益の本門に(また)二意あり。には脱益当分、二には種家の脱益なり。今は種家の脱益の本門を以て流通(るつう)段に属するなり。迹門の中に例して(まさ)此の義を(りょう)すべし。種本脱迹、是れを思い合すべし。

血脈抄に云く「下種の仏は(てん)(げつ)脱仏(だつぶつ)()(げつ)」等云云。(まさ)に知るべし、文底下種の本門は天月の如し。即ち是れ第五の三段の正宗(しょうしゅう)なり。文上脱益(だっちゃく)の本門は()(げつ)の如し。(けだ)し脱益の当分は「不識(ふしき)(てん)(げつ)(たん)(かん)()(げつ)」なり。若し種家の脱益は「従本(じゅうほん)垂迹(すいじゃく)如月(にょげつ)現水(げんすい)」なり。学者()(よろ)しく是れを思うべし。

(しか)れは(すなわ)ち迹本二門通じて流通(るつう)に属すること、明文(みょうもん)白義(あたか)日月(にちがつ)の如し。(しか)るに日忠抄に云く「三世(とも)に上行付属の辺を流通に属す」云云。又破決の第四に云く「常の如く十一品半を流通段と()す」云云。並びに是れ文外の推度(すいたく)なり。又日我抄に云く「一品二半の寿量の序正の時は流通の沙汰(さた)之無し。脱益の寿量品は在世正宗(しょうしゅう)にて終るが故なり」等云云。

(いわ)わく、(すで)に「又本門に於て序正流通有り」と云う。何ぞ「流通の沙汰之無し」と云わんや。標の文既に(しか)なり、釈の段(また)然るべし。何ぞ流通を欠かんや。(いわん)(また)脱益の寿量は在世の正宗に終ると(いえど)も、内証の寿量は(まった)く末法の(ため)なり。如何(いかん)ぞ内証の寿量の流通段を明かさざらんや。況や(にち)()の義は流れ有って(みなもと)無きに似たり。学者之を思え。

亦復(まさ)に知るべし、文底下種の三段とは、正宗は(さき)の如く久遠(くおん)元初(がんじょ)(ゆい)(みつ)の正法を以て正宗と為す。総じて代五十余年の諸経、十方三世の微塵(みじん)の経々、並びに八宗の章疏(しょうじょ)を以て、(あるい)は序分に属し、或は流通に属す。謂く、彼の体外(たいげ)の辺は以て序分と()し、彼の体内の辺は以て流通に属するなり。其の証は如何(いかん)。謂く、序分は前の如し。

若し流通の意は、宗祖云く「此の大法を弘通(ぐつう)せしむるの法には必ず代の聖教を安置し八宗の章疏(しょうじょ)を習学すべし」等云云。即ち此の文の意なり。

故に知んぬ、今は(ただ)迹本二門を用いて流通(るつう)するは(なお)是れ文略なり。(すなわ)ち知んぬ、今此の三段は三世の諸仏の微塵(みじん)の経々(いち)(じん)も余すことなく、十方法界の仏法の露(いっ)(てき)()らさず、皆(ことごと)く文底下種の序・流通なり。()くの如き法相(ほっそう)(あに)前代未聞(みもん)に非ずや。古来(こらい)の学者、(いま)此の旨を(りょう)せざるなり。

            つづく

文段下 目次



by johsei1129 | 2015-09-18 07:24 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 18日

観心本尊抄文段 下一八

一 本門を以て(これ)を論ずれば等

此の下は次に本門なり。血脈抄(しゅ)二十に云く「後の十四品皆流通(るつう)の本迹。本果(ほんが)(みょう)の釈尊本因(ほんにん)妙の上行菩薩を召し(いだ)す事は一向(いっこう)に滅後末法利益の(ため)なり、(しか)る間・日蓮修行の時は、後の十四品(みな)滅後の流通分なり」等云云。

本門(また)二と為す。初めに正釈、次に引証(いんしょう)。初めの正釈、三と為す。初めに(ひょう)、次に「所謂」の下は釈、三に「在世の本門」の下云云。

初めの標の文に「一向(いっこう)」等と云うは、(けだ)し迹門は通じて滅後の為、別して末法の為なり。本門は(しか)らず、向に末法の初めを以て正と為すなり。

次に「所謂」の下は釈、亦二と為す。初めに一往(いちおう)在世の正宗を示し、次に再往末法の流通(るつう)を示す。

初めの文に云く「()(しゅ)を以て下種と為し、大通・(ぜん)四味(しみ)・迹門を(じゅく)と為し、本門に至って等妙に(のぼ)らしむるを脱と()す」(取意)とは、

問う、此の文は一類に約すとせんや、総じて一切に(わた)るとせんや。

答う、(まさ)しく是れ切に亘るなり。其の故は本門を以て(すで)に両意と為す。往在世の(ため)、再往末法の為云云。(あに)(ただ)類のみを()げて之を判ずべけんや。(いわん)や迹門の往既に切に亘る、本門の(あに)(しか)らざらんや。故に下の文に「病(ことごと)(のぞ)こり()えぬ」の文を引いて云く「久遠下種・大通結縁(けちえん)乃至(ないし)前四味・迹門等の一切の菩薩・二乗・人天等の本門に於て得道する是なり」云云。即ち此の文に同じ。(あに)切に亘るに(あら)ずや。

問う、今日の二乗等は是れ大通下種・迹門(とく)(だつ)の人なり。何ぞ大通・迹門を以て熟益(じゅくやく)に属すべけんや。故に知んぬ、今文は(まさ)類に約すべし。故に(にっ)(ちょう)決疑(けつぎ)抄の意は、此の文を以て四節の中の第節、本種現脱の類と為すなり。如何(いかん)

答う、二乗等は是れ大通下種迹門得脱とは、是れ天台(てんだい)の第二、今家の第教相(きょうそう)の意なり。此れは是れ一往(いちおう)なり。若し天台の第三、今家の第二の教相の意は、()の二乗等も実に是れ久遠下種の人なり。故に大通を以て(なお)熟益(じゅくやく)に属するなり。(また)迹門得脱とは、(ただ)是れ当分の得脱にして()(せつ)の得脱に非ず。此れ即ち久遠(くおん)下種を明かさざる故なり。故に迹門を以て(なお)熟益に属するなり。日(なお)天台の教相を知らず、(いわん)や当家の教相を知らんや。(いわん)や四節の中の第一節は序品得脱の人なり。故に「今日(こんにち)雨華(うけ)動地(どうち)」等と云う。何ぞ本門得脱の人とせんや。澄、尚台家(たいけ)に暗し、況や当家を(さと)らんや。

問う、今日(こんにち)の本門に妙覚の益なし、何ぞ「等妙」と云うや。

答う、文上の所談は実に所問の如し。若し文底の意は、(みな)名字妙覚の位に至るが故なり。取要抄愚記の如し云云。

文に云う「再往之を見れば」等とは、此の下は次に再往末法流通(るつう)を明かすなり。

「迹門には似ず」とは、若し迹門の意は流通段より立ち(かえ)って之を見れば末法の(ため)なり。本門は(しか)らず。始め序分より(ただ)ちに末法の為なり。故に「似ず」と云うなり。仏の本化を()すは、(あに)末法の為に非ずや。

                 つづく
文段下 目次




by johsei1129 | 2015-09-18 07:23 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)