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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 09月 11日 ( 5 )


2015年 09月 11日

開目抄愚記 下三二


  第四十一段 第三
僣聖(せんしょう)増上慢を明かす

一 第三は、法華経等

此の下は第三の僣聖を禅・律二宗に配す、(また)三と()す。初めに(かさ)ねて経釈を引き、次に「東春に、即是」の下は通じて二宗を()し、三に「止観」の下は別して禅徒を()す。

一 華洛(からく)には聖一(しょういち)

  釈書(しゃくしょ)七初。「鎌倉には(りょう)(かん)」は釈書の十三・十五。

一 止観(しかん)の第一

  ()一上八、補註(ふちゅう)十一・四、()五・二、弘の五上十八、止の七・七十に云く「(いま)十の意有って仏法を(ゆう)(ずう)す。一には道理乃至十には一々の句偈(くげ)、心に入って観を成ず」と文。弘の七末六十一。

一 止観の七に(いわ)

  第七・七十八。「隠隠(いんいん)轟轟(ごうごう)」とは皆車馬(しゃば)の声なり。弘の七末八十二に「禅祖の(はじめ)なり。其の地を王化す」とは、「王」は主の義なり。

一 無眼(むげん)の者等

  此の下は釈中の第三、(けつ)(もん)なり。

一 一分の(ぶつ)(げん)を得るもの()れをしるべし

  御書二十三・二十七に云く「究竟(くきょう)円満(えんまん)の仏にならざらんより(ほか)は法華経の御敵は見しら(不知)ざらんなり、一乗のかたきを夢のごとく(かんが)(いだ)して候」と云云。宗祖(すで)に末法の始めの三類の強敵(ごうてき)を知る。()(しか)らば内証は「究竟円満」の仏にてましますか。(しか)るに(あるい)は「一分の仏眼」と云い、或は「夢のごとく勘へ出して」という、仍卑(なおひ)(けん)の御辞か。又撰時抄の下に云く「()れを能く能く知る人は一閻(いちえん)浮提(ぶだい)第一の智人(ちじん)なるべし」(注:この御文「御書全集」に拝せず「平成新編」に拝す)と云云。



  第四十二段 諸宗の非を(えら)



一 当世の念仏者等

  此の下は次に(まさ)しく法華経の行者(ぎょうじゃ)なるを顕す、(また)二と()す。初めに()(えら)び、次に「仏語」の下は()を顕す。初めの非を簡ぶに(また)三あり。初めに浄・禅二宗、次に天台・真言、三に「寺塔」の下は世の(つみ)



  第四十三段 正しく法華経の行者なるを顕す



一 仏語むなしからざれば等

  此の下は()(あらわ)す、亦二あり。初めに(まさ)しく顕し、次に「有る人」の下は難を(しゃ)す。初めに正しく顕す、亦三あり。初めに仏語の(たが)わざるを明かし、次に「(そもそも)」の下は正しく法華経の行者なるを明かし、三に「日蓮は」の下は伏疑(ふくぎ)を遮す。初めの仏語(たが)わざる、(また)二あり。初めに順、次に反。

一 (ただ)し日蓮は法華経の行者にあらず等文。

  此の下は伏疑を(しゃ)す、亦二あり。初めに伏疑を()げ、次に「仏と提婆」の下は釈なり。

一 仏と提婆(だいば)

  増一(ぞういち)阿含の四十六・十四、名疏(みょうしょ)九・六、()二末三十四。御書の十五・二以下。

一 聖徳(しょうとく)太子(たいし)

  御抄の三十九・三十五。


                      つづく
開目抄愚記下 目次



by johsei1129 | 2015-09-11 22:59 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 11日

但大乗経典を受持することを楽うて乃至余経の一偈をも受けざれ。と説いた【秋元御書】

【秋元御書】
■出筆時期:弘安三年(1280年)一月二十七日 五十九歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は富木常忍の同郷の縁戚と言われている、秋元太郎兵衛尉に送られた長文の消息で、秋元殿から筒御器三十、盞(さかづき)六十枚を御供養された事への返書となっております。

大聖人は供養された筒御器に因み、「覆(ふく)・漏(ろ)・汀(う)・雑(ぞう)」の四つの失(とが)に例えて、正しい信仰のあり方を説か
れておられます。第一の「覆」はくつがえって器の役割を果たさない状態を示し、これは心を閉ざして法華経信
仰を受け入れないことを意味します。第二の「漏」は器にヒビが入り中身が漏れる状態で、法華経を受け入れても肝心の法門の内容を漏らしてしまうことを意味します。第三の「汀」は汚れている器の状態で、正法を聞いても心が汚れているので、正しく受け止めることができない信仰を意味します。第四の「雑」は不要なものが混ざっている器の状態で、法華経を信仰しても、時には念仏等の爾前教の教えを信じたりする誤った信仰を意味します。

大聖人は法華経の文を引いて「但大乗経典を受持することを楽(ねが)うて乃至(ないし)余経の一偈をも受けざれ」と断じ、純粋な気持ちで法華経信仰を貫くことを諭されておられます。また文末では身延の草庵での暮らしぶりについて「庵室は七尺・雪は一丈・四壁は冰を壁とし軒のつららは道場荘厳の瓔珞(ようらく)の玉に似たり、内には雪を米と積む、本より人も来らぬ上・雪深くして道塞がり問う人もなき処なれば現在に八寒地獄の業を身につくのへり、生きながら仏には成らずして又寒苦鳥と申す鳥にも相似たり、頭は剃る事なければうづらの如し、衣は冰にとぢられて鴦鴛(えんおう)の羽を冰の結べるが如し」と記し、現在では二月中旬にあたる最も寒さの厳しい冬の身延山中の状況を伝えておられます。

さらに本消息の結びで「此の御器を給いて雪を盛りて飯と観じ水を飲んでこんずと思う、志のゆく所思い遣らせ給へ」としたため、最も必要としているのは器に盛る米であることに思いやられよ、と率直に心情を吐露されておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[秋元御書 本文]

筒御器一具付三十並に盞付六十送り給び候い畢んぬ、御器と申すは・うつはものと読み候、大地くぼければ水たまる青天浄ければ月澄めり、月出でぬれば水浄し雨降れば草木昌へたり、器は大地のくぼきが如し水たまるは池に水の入るが如し、月の影を浮ぶるは法華経の我等が身に入らせ給うが如し、器に四の失あり・一には覆と申してうつぶけるなり・又はくつがへす又は蓋をおほふなり、二には漏と申して水もるなり、三には汀と申して・けがれたるなり水浄けれども糞の入りたる器の水をば用ゆる事なし、四には雑なり・飯に或は糞或は石或は沙或は土なんどを雑へぬれば人食ふ事なし。

器は我等が身心を表す、我等が心は器の如し口も器・耳も器なり。法華経と申すは仏の智慧の法水を我等が心に入れぬれば・或は打ち返し・或は耳に聞かじと左右の手を二つの耳に覆ひ・或は口に唱へじと吐き出しぬ、譬えば器を覆するが如し、或は少し信ずる様なれども又悪縁に値うて信心うすくなり或は打ち捨て或は信ずる日はあれども捨つる月もあり是は水の漏が如し、或は法華経を行ずる人の一口は南無妙法蓮華経・一口は南無阿弥陀仏なんど申すは飯に糞を雑へ沙石(いさご)を入れたるが如し。

法華経の文に「但大乗経典を受持することを楽うて乃至余経の一偈をも受けざれ」等と説くは是なり。
世間の学匠は法華経に余行を雑えても苦しからずと思へり、日蓮も・さこそ思い候へども経文は爾らず、譬えば后の大王の種子を妊めるが又民と・とつげば王種と民種と雑りて天の加護と氏神の守護とに捨てられ其の国破るる縁となる、父二人出来れば王にもあらず民にもあらず人非人なり、法華経の大事と申すは是なり、種熟脱の法門・法華経の肝心なり、三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏になり給へり、南無阿弥陀仏は仏種にはあらず真言五戒等も種ならず、能く能く此の事を習い給べし是は雑なり、此の覆・漏・汀・雑の四の失を離れて候器をば完器と申して・またき器なり、塹つつみ漏らざれば水失る事なし、信心のこころ全ければ平等大慧の智水乾く事なし、今此の筒の御器は固く厚く候上・漆浄く候へば法華経の御信力の堅固なる事を顕し給うか、毘沙門天は仏に四つの鉢を進らせて四天下・第一の福天と云はれ給ふ、浄徳夫人は雲雷音王仏に八万四千の鉢を供養し進らせて妙音菩薩と成り給ふ。

今法華経に筒御器三十・盞六十・進らせて争か仏に成らせ給はざるべき。抑日本国と申すは十の名あり・扶桑・野馬台・水穂・秋津洲等なり、別しては六十六箇国・島二つ・長さ三千余里広さは不定なり、或は百里・或は五百里等、五畿・七道・郡は五百八十六・郷は三千七百二十九・田の代は上田一万一千一百二十町・乃至八十八万五千五百六十七町・人数は四十九億八万九千六百五十八人なり、神社は三千一百三十二社・寺は一万一千三十七所・男は十九億九万四千八百二十八人・女は二十九億九万四千八百三十人なり、

其の男の中に只日蓮・第一の者なり、何事の第一とならば男女に悪まれたる第一の者なり、其の故は日本国に国多く人多しと云へども其の心一同に南無阿弥陀仏を口ずさみとす、阿弥陀仏を本尊とし九方を嫌いて西方を願う、設い法華経を行ずる人も真言を行ふ人も、戒を持つ者も智者も愚人も余行を傍として念仏を正とし罪を消さん謀(はかりごと)は名号なり、故に或は六万・八万・四十八万返・或は十返・百返・千返なり。

而るを日蓮一人・阿弥陀仏は無間の業・禅宗は天魔の所為・真言は亡国の悪法・律宗・持斎等は国賊なりと申す故に上一人より下万民に至るまで父母の敵宿世の敵・謀叛・夜討・強盗よりも或は畏れ・或は瞋り・或は詈り・或は打つ、是を謗る者には所領を与へ・是を讃むる者をば其の内を出だし或は過料を引かせ・殺害したる者をば褒美なんど・せらるる上・両度まで御勘気を蒙れり、当世第一の不思議の者たるのみならず人王九十代・仏法渡りては七百余年なれども・かかる不思議の者なし、日蓮は文永の大彗星の如し日本国に昔より無き天変なり、日蓮は正嘉の大地震の如し秋津洲に始めての地夭なり、日本国に代始まりてより已に謀叛の者・二十六人・第一は大山の王子・第二は大石の山丸・乃至第二十五人は頼朝・第二十六人は義時なり、二十四人は朝に責められ奉り獄門に首を懸けられ山野に骸を曝す、二人は王位を傾むけ奉り・国中を手に拳る王法・既に尽きぬ、此等の人人も日蓮が万人に悪まるるに過ぎず、其の由を尋ぬれば法華経には最第一の文あり、然るを弘法大師は法華最第三・慈覚大師は法華最第二・智証大師は慈覚の如し、今叡山・東寺・園城寺の諸僧・法華経に向いては法華最第一と読めども其の義をば第二・第三と読むなり、公家と武家とは子細は知ろしめさねども御帰依の高僧等・皆此の義なれば師檀一同の義なり、其の外禅宗は教外別伝と云云・法華経を蔑如する言なり、念仏宗は千中無一・未有一人得者と申す心は法華経を念仏に対して挙げて失ふ義なり、律宗は小乗なり正法の時すら仏免し給う事なし況や末法に是を行じて国主を誑惑し奉るをや、妲己(だっき)・妹喜(まっき)・褒似(ほうじ)の三女が三王を誑(たぼ)らかして代を失いしが如し、かかる悪法・国に流布して法華経を失う故に安徳・尊成(たかなり)等の大王・天照太神・正八幡・に捨てられ給いて或は海に沈み或は島に放たれ給い相伝の所従等に傾けられ給いしは天に捨てられさせ給う故ぞかし、法華経の御敵を御帰依有りしかども是を知る人なければ其の失を知る事もなし、

「知人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」とは是なり。日蓮は智人に非ざれども蛇は竜の心を知り烏の世の吉凶を計るが如し、此の事計りを勘へ得て候なり、此の事を申すならば須臾に失に当るべし申さずば又大阿鼻地獄に堕つべし。法華経を習うには三の義あり一には謗人、勝意比丘・苦岸比丘・無垢論師・大慢婆羅門等が如し、彼等は三衣を身に纒(まと)い一鉢を眼に当てて二百五十戒を堅く持ちて而も大乗の讎敵(しゅうてき)と成りて無間大城に堕ちにき、今日本国の弘法・慈覚・智証等は持戒は彼等が如く智慧は又彼(かの)比丘に異ならず、但大日経真言第一・法華経第二・第三と申す事・百千に一つも日蓮が申す様ならば無間大城にやおはすらん、此の事は申すも恐れあり増して書き付くるまでは如何と思い候へども法華経最第一と説かれて候に是を二三等と読まん人を聞いて人を恐れ国を恐れて申さずば即是彼怨(そくぜひおん)と申して一切衆生の大怨敵なるべき由・経と釈とにのせられて候へば申し候なり、人を恐れず世を憚(はば)からず云う事・我不愛身命・但惜(たんじゃく)無上道と申すは是なり、不軽菩薩の悪口杖石(あっくじょうしゃく)も他事に非ず世間を恐れざるに非ず唯法華経の責めの苦(ねんごろ)なればなり、

例せば祐成(すけなり)・時宗が大将殿の陣の内を簡(えら)ばざりしは敵の恋しく恥の悲しかりし故ぞかし、此れは謗人なり。謗家と申すは都て一期(いちご)の間法華経を謗せず昼夜十二時に行ずれども謗家に生れぬれば必ず無間地獄に堕つ、例せば勝意比丘・苦岸比丘の家に生まれて或は弟子となり或は檀那と成りし者共が心ならず無間地獄に堕ちたる是なり、譬えば義盛が方の者・軍をせし者はさて置きぬ・腹の内に有りし子も産(うむ)を待たれず母の腹を裂かれしが如し、今日蓮が申す弘法・慈覚・智証の三大師の法華経を正しく無明の辺域・虚妄の法と書かれて候は若し法華経の文実ならば叡山・東寺・園城寺・七大寺・日本・一万一千三十七所の寺寺の僧は如何が候はんずらん、先例の如くならば無間大城疑無し、是れは謗家なり。謗国と申すは謗法の者・其の国に住すれば其の一国皆無間大城になるなり、大海へは一切の水集り其の国は一切の禍集まる、

譬えば山に草木の滋きが如し、三災月月に重なり七難日日に来る、飢渇発れば其の国餓鬼道と変じ疫病重なれば其の国地獄道となる軍起れば其の国修羅道と変ず、父母・兄弟・姉妹をば簡ず妻とし夫と憑めば其の国畜生道となる、死して三悪道に堕つるにはあらず現身に其の国四悪道と変ずるなり、此れを謗国と申す。例せば大荘厳仏の末法・師子音王仏の濁世の人人の如し、又報恩経に説かれて候が如くんば過去せる父母・兄弟姉妹・一切の人死せるを食し又生たるを食す、今日本国亦復是くの如し真言師・禅宗・持斎等・人を食する者・国中に充満せり、是偏に真言の邪法より事起れり、竜象房が人を食いしは万が一顕れたるなり、彼に習いて人の肉を或は猪鹿(いしか)に交へ・或は魚鳥に切り雑へ・或はたたき加へ或はすしとして売る、食する者数を知らず、皆天に捨てられ守護の善神に放されたるが故なり、結句は此の国他国より責められ自国どし打ちして此の国変じて無間地獄と成るべし、日蓮・此の大なる失を兼て見し故に与同罪の失を脱れんが為め仏の呵責を思う故に知恩・報恩の為め国の恩を報ぜんと思いて国主並に一切衆生に告げ知らしめしなり。不殺生戒と申すは一切の諸戒の中の第一なり、五戒の初めにも不殺生戒・八戒・十戒・二百五十戒・五百戒・梵網の十重禁戒・華厳の十無尽戒・瓔珞経の十戒等の初めには皆不殺生戒なり、儒家の三千の禁の中にも大辟(たいへき)こそ第一にて候へ、其の故は「遍満三千界・無有直身命」と申して三千世界に満つる珍宝なれども命に替る事はなし、蟻子を殺す者・尚地獄に堕つ況や魚鳥等をや青草を切る者・猶地獄に堕つ況や死骸を切る者をや、是くの如き重戒なれども法華経の敵に成れば此れを害するは第一の功徳と説き給うなり、況や供養を展(の)ぶ可けんや、故に仙予国王は五百人の法師を殺し・覚徳比丘は無量の謗法の者を殺し・阿育大王は十万八千の外道を殺し給いき、此等の国王・比丘等は閻浮第一の賢王・持戒第一の智者なり、仙予国王は釈迦仏・覚徳比丘は迦葉仏・阿育大王は得道の仁なり、

今日本国も又是くの如し持戒・破戒・無戒・王臣・万民を論ぜず一同に法華経誹謗の国なり、設い身の皮をはぎて法華経を書き奉り肉を積んで供養し給うとも必ず国も滅び身も地獄に堕ち給うべき大なる科あり、唯真言宗・念仏宗・禅宗・持斎等を禁めて身を法華経によせよ、天台の六十巻を空に浮べて国主等には智人と思われたる人人の或は智の及ばざるか、或は知れども世を恐るるかの故に或は真言宗をほめ或は念仏・禅・律等に同ずれば彼等が大科には百千超えて候、例せば成良(しげよし)・義村等が如し、慈恩大師は玄賛十巻を造りて法華経を讃めて地獄に堕つ、此の人は太宗皇帝の御師・玄奘三蔵の上足・十一面観音の後身と申すぞかし、音(こえ)は法華経に似たれども心は爾前の経に同ずる故なり、嘉祥(かじょう)大師は法華玄十巻を造りて既に無間地獄に堕つべかりしが法華経を読む事を打ち捨てて天台大師に仕えしかば地獄の苦を脱れ給いき、今法華宗の人人も又是くの如し、比叡山は法華経の御住所・日本国は一乗の御所領なり、而るを慈覚大師は法華経の座主を奪い取りて真言の座主となし三千の大衆も又其の所従と成りぬ、弘法大師は法華宗の檀那にて御坐ます嵯峨の天皇を奪い取りて内裏を真言宗の寺と成せり、安徳天皇は明雲座主を師として頼朝の朝臣を調伏せさせ給いし程に、右大将殿に罰せらるるのみならず安徳は西海に沈み・明雲は義仲に殺され給いき、尊成(たかなり)王は天台座主・慈円僧正・東寺・御室並に四十一人の高僧等を請下し奉り内裏(だいり)に大壇を立てて義時右京の権の大夫殿を調伏せし程に、七日と申せし六月十四日に洛陽破れて王は隠岐の国・或は佐渡の島に遷され座主・御室は或は責められ或は思い死に死に給いき、世間の人人・此の根源を知る事なし此れ偏に法華経・大日経の勝劣に迷える故なり、今も又日本国・大蒙古国の責を得て彼の不吉の法を以て御調伏を行わると承わる又日記分明なり、此の事を知らん人争か歎かざるべき。

悲いかな我等誹謗正法の国に生れて大苦に値はん事よ、設い謗身は脱ると云うとも謗家謗国の失・如何せん、謗家の失を脱れんと思はば父母・兄弟等に此の事を語り申せ、或は悪まるるか・或は信ぜさせまいらするか、謗国の失を脱れんと思はば国主を諌暁し奉りて死罪か流罪かに行わるべきなり、我不愛身命・但惜無上道と説かれ身軽法重・死身弘法と釈せられし是なり、過去遠遠劫より今に仏に成らざりける事は加様の事に恐れて云い出さざりける故なり、未来も亦復是くの如くなるべし今日蓮が身に当りてつみ知られて候、設い此の事を知る弟子等の中にも当世の責のおそろしさと申し露の身の消え難きに依りて或は落ち或は心計りは信じ或はとかうす、御経の文に難信難解と説かれて候が身に当つて貴く覚え候ぞ、謗ずる人は大地微塵の如し・信ずる人は爪上(そうじょう)の土の如し、謗ずる人は大海・進む人は一てい(渧)なり。

天台山に竜門と申す所あり其の滝百丈なり、春の始めに魚集りて此の滝へ登るに百千に一つも登る魚は竜と成る、此の滝の早き事・矢にも過ぎ電光にも過ぎたり、登りがたき上に春の始めに此の滝に漁父集りて魚を取る網を懸くる事・百千重或は射て取り或は酌んで取る、鷲(わし)・くまたか・鴟(とび)・梟(ふくろう)・虎・狼・犬・狐・集りて昼夜に取り喰らうなり十年・二十年に一つも竜となる魚なし、例せば凡下の者の昇殿を望み下女が后と成らんとするが如し、法華経を信ずる事・此にも過ぎて候と思食せ、常に仏禁しめて言く何なる持戒・智慧高く御坐して一切経並に法華経を進退せる人なりとも法華経の敵を見て責め罵り国主にも申さず人を恐れて黙止するならば必ず無間大城に堕つべし、譬えば我は謀叛を発さねども謀叛の者を知りて国主にも申さねば与同罪は彼の謀叛の者の如し、南岳大師の云く「法華経の讎(あだ)を見て呵責(かしゃく)せざる者は謗法の者なり無間地獄の上に堕ちん」と、見て申さぬ大智者は無間の底に堕ちて彼の地獄の有らん限りは出ずべからず、日蓮此の禁めを恐るる故に国中を責めて候程に一度ならず流罪・死罪に及びぬ、今は罪も消え過も脱れなんと思いて鎌倉を去りて此の山に入つて七年なり。

此の山の為体(ていたらく)・日本国の中には七道あり七道の内に東海道十五箇国、其の内に甲州・飯野・御牧・波木井の三箇郷の内波木井と申す、此の郷の内・戌亥の方に入りて二十余里の深山あり、北は身延山・南は鷹取山・西は七面山・東は天子山なり、板を四枚つい立てたるが如し、此の外を回りて四つの河あり北より南へ富士河・西より東へ早河此れは後なり、前に西より東へ波木井河の内に一つの滝あり身延河と名けたり、中天竺の鷲峰山を此の処へ移せるか将又漢土の天台山の来れるかと覚ゆ、此の四山・四河の中に手の広さ程の平かなる処あり、爰に庵室を結んで天雨を脱れ・木の皮をはぎて四壁とし、自死の鹿の皮を衣とし、春は蕨(わらび)を折りて身を養ひ秋は果を拾いて命を支へ候つる程に、去年十一月より雪降り積て改年の正月・今に絶る事なし、

庵室は七尺・雪は一丈・四壁は冰を壁とし軒のつららは道場荘厳の瓔珞の玉に似たり、内には雪を米と積む、本より人も来らぬ上・雪深くして道塞がり問う人もなき処なれば現在に八寒地獄の業を身につくのへり、生きながら仏には成らずして又寒苦鳥と申す鳥にも相似たり、頭は剃る事なければうづらの如し、衣は冰にとぢられて鴦鴛の羽を冰の結べるが如し、かかる処へは古(いにし)へ眤(むつ)びし人も問わず弟子等にも捨てられて候いつるに此の御器を給いて雪を盛りて飯と観じ水を飲んでこんず(漿)と思う、志のゆく所・思い遣らせ給へ又又申すべく候、恐恐謹言。

弘安三年正月二十七日  日 蓮 花押
秋元太郎兵衛殿御返事

by johsei1129 | 2015-09-11 22:34 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 11日

月氏にては釈尊と顕れて法華経を説き給い日本国にしては八幡大菩薩と示現して、と説いた【智妙房御返事】

【智妙房御返事】
■出筆時期:弘安三年(1280年)十二月十八日 五十九歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本消息を与えられた智妙房の詳細は不明ですが、源頼朝の御廟・墓・八幡大菩薩(八幡宮)・若宮(八幡宮の参道)の焼失を招いた鎌倉の大火について大聖人に報告されておられるので、鎌倉に住む強信徒であろうと思われます。本消息は智妙房からの鵞目一貫のご供養と鎌倉大火の報告への返書となっております。
大聖人は八幡大菩薩について「世間の人人は八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と申ぞ、それも中古の人人の御言なれば<中略>月氏にては釈尊と顕れて法華経を説き給い、日本国にしては八幡大菩薩と示現して」と記すとともに、「今日本国の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生・善導・慧心・永観・法然等の大天魔にたぼらかされて・釈尊をなげすてて阿弥陀仏を本尊とす」と断じ、それにより立正安国論で予言したとおり「八幡大菩薩、宅をやいてこそ天へはのぼ(昇)り」さらに「あわれ他国よりせめ来りてたかのきじをとるやうに・ねこのねずみをかむやうに・せめられん時、あまや女房どもの・あわて候はんずらむ」と記され、日蓮を信じることができない当時の民衆の哀れさを嘆かれておられます、
■ご真筆:中山法華経寺所蔵(重要)。
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[真筆本文箇所:八幡大菩薩をば阿弥陀佛の~立正安國論此なり]

[智妙房御返事 本文]
鵞目一貫・送り給いて法華経の御宝前に申し上げ了んぬ。
なによりも故右大将家の御廟と故権太夫殿の御墓との・やけて候由承わりてなげき候へば・又八幡大菩薩並びに若宮のやけさせ給う事いかんが人のなげき候らむ。

世間の人人は八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と申ぞ、それも中古の人人の御言なればさもや、但し大隅の正八幡の石の銘には一方には八幡と申す二字・一方には昔霊鷲山に在つて妙法蓮華経を説き今正宮の中に在つて大菩薩と示現す等云云、月氏にては釈尊と顕れて法華経を説き給い・日本国にしては八幡大菩薩と示現して正直の二字を誓いに立て給う。

教主釈尊は住劫第九の減・人寿百歳の時・四月八日甲寅(きのえとら)の日・中天竺に生れ給い・八十年を経て二月十五日壬申(みずのえさる)の日御入滅なり給う。八幡大菩薩は日本国・第十六代・応神天皇・四月八日甲寅の日生れさせ給いて・御年八十の二月の十五日壬申に隠れさせ給う、釈迦仏の化身と申す事は・たれの人か・あらそいをなすべき。

しかるに今日本国の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生・善導・慧心・永観・法然等の大天魔にたぼらかされて・釈尊をなげすてて阿弥陀仏を本尊とす。

あまりの物のくるわしさに十五日を奪い取つて阿弥陀仏の日となす、八日をまぎらかして薬師仏の日と云云、あまりにをやをにくまんとて八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と云云、大菩薩を・もてなすやうなれども八幡の御かたきなり、知らずわ・さでもあるべきに、日蓮此の二十八年が間・今此三界(こんしさんがい)の文を引いて此の迷をしめせば信ぜずは・さでこそ有るべきに・い(活)つきつ・ころしつ・なが(流)しつ・お(遂)うゆへに八幡大菩薩・宅をやいてこそ天へは・のぼり給いぬらめ日蓮が・かんがへて候し立正安国論此れなり。

あわれ他国よりせめ来りてたかのきじをとるやうに・ねこのねずみをかむやうに・せめられん時、あまや女房どもの・あわて候はんずらむ。日蓮が一るいを二十八年が間せめ候いしむくいに・或はいころし・切りころし・或はいけどり・或は他方へわたされ・宗盛がなわつきてさらされしやうに・すせんまん(数千万)の人人のなわつきてせめられんふびんさよ。

しかれども日本国の一切衆生は皆五逆罪の者なれば・かくせめられんをば天も悦び仏もゆるし給はじ。あわれ・あわれはぢみぬさきに阿闍世王の提婆を・いましめしやうに・真言師・念仏者・禅宗の者どもをいましめて・すこし・つみをゆるくせさせ給えかし、あらをかし・あらふびん・ふびん・わわく(誑惑)のやつばらの智者げなれば・まこととて・もてなして事にあはんふびんさよ、恐恐謹言。

十二月十八日           日 蓮 花押

ちめう房御返事

by johsei1129 | 2015-09-11 22:15 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 11日

観心本尊抄文段 下一六

文に云く「爾前迹門の円教すら尚仏因に非ず」等とは、此の下は次に滅後(めつご)に約するなり。

問う、今大旨(たいし)に准ずるに、(ただ)在世に約して(まさ)其の義を明かすべし。何ぞ(また)滅後に約して之を(しゃく)するや。

答う、此れに所以(ゆえ)あり。謂く、此の第五の中の正宗(しょうしゅう)(まさ)しく末法の(れん)()(ため)なるが故に「末法の本門」と名づくるなり。(また)其の序分の経々は正像流布の宗々の()(きょう)なり。故に滅後に約して序分の()を以て正宗の()(あらわ)すなり。

問う、正像(しょうぞう)流布(るふ)の宗々、何ぞ末法弘通(ぐつう)の序分と()るや。

答う、宗祖の妙判(みょうはん)分明(ふんみょう)の故なり。

下山抄に云く「迹化(しゃっけ)他方の大菩薩に法華経の半分・迹門十四品を(ゆず)り給う、()は又地涌(じゆ)の大菩薩・末法の初めに出現せさせ給いて本門寿量品の肝心(かんじん)たる南無妙法蓮華経の五字を一閻(いちえん)浮提(ぶだい)切衆生に唱えさせ給うべき先序(せんじょ)為なり」と云云。

撰時抄の下に云く「法然選択(せんちゃく)を作る。本朝同に念仏者なり。(ごん)大乗の題目の流布するは、実大乗の題目の広宣流布せんずる序に(あら)ずや」(取意)等云云。

此の下の文、分ちて亦二と()す。初めに台宗の()(きょう)()()げ、次に「(いか)に況や」の下は七宗の依経の非を明かす。

初めの文に云く「爾前・迹門の円教」等とは、即ち是れ台宗の()(きょう)なり。故に守護章上中二十九に云く「今山家(さんけ)所伝の円教宗の依経は(しょう)に法華及び無量義に()り、(ぼう)は大涅槃(ねはん)乃至(ないし)諸大乗所説の円教等に()」等なり云云。

文に云く「況や阿含大日経等の諸小乗経」等とは、啓蒙(けいもう)に云く「『阿含』の二字は(えん)(もん)なり。古本(みな)『況や大日経』と云うなり」と云云。故に大日経とは即ち是れ()(かく)智証(ちしょう)()(きょう)なり。故に文意に(いわ)く、天台(てんだい)(ぶつ)(りゅう)宗の所依の()(ぜん)・迹門の円教は、久遠(くおん)元初(がんじょ)の仏種を明かさざれば(なお)仏因に非ず。(いわん)や慈覚・智証等の所依の大日経等の小乗教をや云。

問う、何ぞ天台・伝教(でんぎょう)弘通(ぐつう)を以て序分の()に属すべけんや。

答う、此れに二意あり。

一には謂く、彼の師は像法適時(ちゃくじ)の弘通なり。何ぞ非分に属せん。(ただ)()の依経の()(ぜん)・迹門の円教(なお)序分の非に属するなり。彼々(かれがれ)の経々に久遠元初の仏種を明かさざる故なり。

二には謂く、彼の師の依経は像法熟益(じゅくやく)の法にして末法下種の法に非ず。(しか)るに彼の末弟、時機を知らず、今末法に(おい)(なお)之を弘通す。故に(たと)い彼の師の如く法の(まま)の弘通なりと雖も、今末法に(いた)っては去年(こぞ)(こよみ)の如し。(いか)(いわん)や慈覚已来(いらい)謗法(ほうぼう)に同ずるをや。故に序分の()に属するなり。

文に云く「何に況や華厳」等とは、文の意に(いわ)く、天台仏立宗の依経すら(なお)仏因に非ず。何に況や論師(ろんし)人師(にんし)の所立の宗々の依経をやと。

此の下の文、分ちて二と為す。初めに「況や」は標の文を()だす。次に「与えて之を論ずれば」の下は(しゃく)二と為す。初めに法に約し、次に「譬えば」の下は(にん)に約す。

初めの文意に(いわ)く、彼の論師(ろんし)人師(にんし)の宗々の依経は、与えて之を論ずれば前三教を出でず。(うば)って之を論ずれば蔵通に同ず。其の故は、(たと)い華厳・真言等の経々に初地(しょじ)の即身成仏を明かし、法は(じん)(じん)なりと(しょう)すと(いえど)も、(いま)だ種熟脱を論ぜざれば(かえ)って二乗の灰断(けだん)に同ず、故に蔵通(ぞうつう)に同ずるなり云云。

次の文意に謂く、彼の七宗の論師・人師の(そん)()なること、(たと)えば王女の如し。蔵通の下劣(げれつ)経々(きょうぎょう)を受持するは畜種を懐妊(かいにん)するが如し。故に其の下賎(げせん)なること、(なお)殺者(せっしゃ)屠者(としゃ)にも劣るなりと。

文に云く「此等は且く之を()く」とは、彼の宗々の非分に()いて種々の義ありと雖も、(これ)()(しばら)く之を()くとなり。古来の諸師の義は未だ(いん)(とう)ならざるか。正宗(しょうしゅう)()なるを(あらわ)すこと、前に反するを知るべし云云。(注:允当=よくあてはまること)

                     つづく

文段下 目次



by johsei1129 | 2015-09-11 21:54 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 11日

観心本尊抄文段 下一五

一 一(ぽん)二半よりの(ほか)等文。

文の意に(いわ)く、我が内証の寿量の品二半の外は小邪(しょうじゃ)未覆(みふく)なり等云云。

問う、()(しか)らば、文上の寿量品並びに前後の十三品は皆是れ「小邪未覆」なりや。

答う、是れ(しか)るべからず。今は是れ序正相対なり。序の中には既に本門無し。何ぞ「小邪未覆」と云わんや。

問う、迹門十四品は、(あるい)は序分と()し、或は流通(るつう)と為す。(いま)迹を以て本に例するに、文上の本門も(また)(また)(しか)るべし。何ぞ序分の中に之を(のぞ)くや。

答う、或は所問の如し。文上の本門も(また)序分に属すべし。序分に属すと(いえど)も、是れ「小邪未覆」に(あら)ず。是れ則ち「在世の本門と末法の初め一同に純円(じゅんえん)」なるが故なり。此の故に(しばら)之を除く。例せば()(ごん)の中に華厳の別教を除くが如く、誠諦(じょうたい)の下の(ずい)()の中に迹門の円を除くが如し。(しか)りと雖も通じて前四味三教を権と為し、及び権実(とも)是れ随他意と(しゃく)するが如く、(きわ)めて之を論ずるに、文上の本門は亦序分に属すべきなり。(しか)して文に之を除くことは是れ「小邪未覆」に(あら)ざる故なり。(つぶさ)に下に論ずるが如し。

問う、古来(こらい)の諸師は本門流通(るつう)の十品半を以て並びに「小邪未覆」に属す、此の義は如何(いかん)

答う、此れは是れ増滅両(ぼう)をもって妙判を加誣(かぶ)す。謂く、文底の正宗欠くるは是れ滅の謗なり。流通(るつう)の諸品を「小邪未覆」に属するは是れ増の謗なり。妙楽(みょうらく)云く「本門遠ざかり(おわ)れば更に遠からざること無し」等云云。何ぞ流通(るつう)の諸品を以て「小邪未覆」に属すべけんや。

此の下は序分の()を以て正宗の()(あらわ)、亦二と為す。初めに在世に約し、以て「爾前・迹門」の下は滅後に約す。初文(また)二と為す。初めに法、次に「其の機を論ずれば」の下は(にん)

文に「小邪(しょうじゃ)未覆(みふく)」と云うは、今(いわ)く、我が内証の寿量の品二半の(ほか)の序分の経々には、久遠(くおん)元初(がんじょ)の種子の法体(ほったい)を明かさざる故に「小邪未覆」と云うなり。()し別して之を論ぜば、久遠元初の大久(だいきゅう)の仏道を明かさざる故に「小乗教」と云うなり。久遠元初の種家(しゅけ)の因果を明かさざる故に「邪見教」と云うなり。久遠元初の無上(むじょう)の種子を明かさざる故に「()(とく)(どう)(きょう)」と云うなり。久遠元初の真秘を明かさざる故に「()()教」と云うなり。

文に「其の機を論ずれば」等とは、本種を退忘する故に「(とく)(はく)」と云うなり。漸々(ぜんぜん)に迹に執する故に「()(じゅう)」と云うなり。本退(しりぞ)いて迹を取るは、体を忘れて影に(しゅう)するが如し。其の(おろか)(あたか)も小児の如きが故に「幼稚(ようち)」と云うなり。久遠元初の主君を知らざる故に「貧窮(びんぐ)」と云い、久遠元初の父母を知らざる故に「()()」と云うなり。久遠元初の師恩を知らざる故に「禽獣(きんじゅう)に同ず」と云うなり。

問う、序分の()を以て正宗(しょうしゅう)()を顕す(こころ)如何(いかん)

答う、()其の法を論ずれば、我が内証の寿量品には久遠元初の大久の仏道を明かす、故に大乗教なり。久遠元初の種家(しゅけ)の因果を明かす故に(しょう)(けん)の教なり。久遠元初の無上の種子を明かす故に得道の教なり。久遠元初の真秘を明かす故に(けん)()の教なり。()其の人を論ずれば、法華本門の直機(じっき)にして文底下種の主師親・久遠元初の自受(じじゅ)(ゆう)(しん)寵臣(ちょうしん)なり、愛子なり、入室の弟子なり。古来の諸師()義に同ぜず。学者(よろ)しく()之を思うべし。


                   つづく
文段下 目次

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by johsei1129 | 2015-09-11 21:52 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)