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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 08月 30日 ( 6 )


2015年 08月 30日

総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、と説いた【四菩薩造立抄】

【四菩薩造立抄】
■出筆時期:弘安二年(1279年)五月十七日 五十八歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は富木常忍から「本門久成の教主釈尊を造り奉り、脇士(きょうじ)には久成(くじょう)地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼て聴聞仕り候いき、然れば聴聞の如くんば何(いずれ)の時かと」問われたことへの返書となっております。勿論これは、中央に南無妙法蓮華経をしたため、その脇士に釈迦牟尼仏、多宝如来の二仏、並びに上行、無辺行、浄行、安立行の地涌の四菩薩を配した大御本尊になります。この事については大聖人は佐渡流罪中に「観心本尊抄」 で「此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し」と説き明かし、富木常忍に宛てて弟子・信徒に送られておられます。

富木常忍は恐らく当時の本尊に対する一般的な考えで、大聖人が釈迦の立像を造立されるのではと思われていたようです。富木常忍は下総国の守護千葉氏の文官として、自ら開基した中山法華経寺に大聖人のご真筆を数多く残された功績は大きなものがありますが、大聖人の法門への深い理解までは到達していなかったように思われます。

また本抄後段では「御状に云く、大田方の人人一向に迹門に得道あるべからずと申され候由、其の聞え候と、是は以ての外(ほか)の謬(あやまり)なり」と断じ、大聖人が法華経を本門と迹門に分別して説かれたことを誤解し、迹門つまり方便品を読誦しても得道がないと申していることを咎め「総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ」と厳しく指導されておられます。

尚、本抄冒頭で富木常忍が「薄墨染衣一・同色の袈裟一帖」をご供養されたことが記されておられますが、この当時大聖人が、普段から薄墨の染め色の衣・袈裟を身につけていたことが分かります。この事は日興上人の残された[日興遺誡置文] にも「一、衣の墨・黒くすべからざる事。一、直綴(じきとつ)を着す可からざる事」と記されていることでも分かります。この薄墨の法衣・袈裟を身につける意味は、釈尊及び当時の弟子達が出家するとき、世俗の垢を払いのけるがごとく王侯貴族としての華美な服装を脱ぎ捨て、糞掃衣(ふんぞうえ)[ボロ布を洗ってつづり合わせて作った衣]をまとった事と相通じるものがあります。
■ご真筆:現存しておりません。

[四菩薩造立抄 本文]

白小袖一・薄墨染衣一・同色の袈裟一帖・鵞目一貫文給び候、今に始めざる御志言を以て宣べがたし何れの日を期してか対面を遂げ心中の朦朧(もうろう)を申し披や。

一御状に云く本門久成の教主釈尊を造り奉り脇士には久成地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼て聴聞仕りいき、然れば聴聞の如くんば何の時かと云云、夫れ仏・世を去らせ給いて二千余年に成りぬ、其の間・月氏・漢土・日本国・一閻浮提の内に仏法の流布する事・僧は稲麻(とうま)のごとく法は竹葦(ちくい)の如し、然るに・いまだ本門の教主釈尊並に本化(ほんげ)の菩薩を造り奉りたる寺は一処も無し三朝の間に未だ聞かず、日本国に数万の寺寺を建立せし人人も本門の教主・脇士を造るべき事を知らず上宮太子・仏法最初の寺と号して四天王寺を造立せしかども阿弥陀仏を本尊として脇士には観音等・四天王を造り副えたり、伝教大師・延暦寺を立て給うに中堂には東方の鵞王(がおう)の相貌(そうみょう)を造りて本尊として久成の教主・脇士をば建立し給はず、南京七大寺の中にも此の事を未だ聞かず田舎の寺寺以て爾なり、かたがた不審なりし間・法華経の文を拝見し奉りしかば其の旨顕然なり、末法・闘諍堅固の時にいたらずんば造るべからざる旨分明なり、正像に出世せし論師・人師の造らざりしは仏の禁(いましめ)を重んずる故なり、若し正法・像法の中に久成の教主釈尊・並びに脇士を造るならば夜中に日輪出で日中に月輪の出でたるが如くなるべし、末法に入つて始めの五百年に上行菩薩の出でさせ給いて造り給うべき故に正法・像法の四依の論師・人師は言にも出させ給はず、竜樹・天親こそ知らせ給いたりしかども口より外へ出させ給はず、天台智者大師も知らせ給いたりしかども迹化の菩薩の一分なれば一端は仰せ出させ給いたりしかども其の実義をば宣べ出させ給はず、但ねざめの枕に時鳥(ほととぎす)の一音(ひとこえ)を聞きしが如くにして夢のさめて止ぬるやうに弘め給い候ぬ、夫れより已外の人師はまして一言をも仰せ出し給う事なし、此等の論師・人師は霊山にして迹化(しゃっけ)の衆は末法に入らざらんに正像二千年の論師・人師は本門久成の教主釈尊並に久成の脇士・地涌上行等の四菩薩を影ほども申出すべからずと御禁ありし故ぞかし。

今末法に入れば尤も仏の金言の如くんば造るべき時なれば本仏・本脇士造り奉るべき時なり、当時は其の時に相当れば地涌の菩薩やがて出でさせ給はんずらん、先ず其れ程に四菩薩を建立し奉るべし尤も今は然るべき時なりと云云、されば天台大師は後の五百歳遠く妙道に沾わんとしたひ、伝教大師は正像稍過ぎ已て末法太だ近きに有り法華一乗の機今正に是れ其の時なりと恋いさせ給う。

日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富る者なり、是れ時の然らしむる故なりと思へば喜び身にあまり感涙押へ難く教主釈尊の御恩報じ奉り難し、恐らくは付法蔵の人人も日蓮には果報は劣らせ給いたり天台智者大師・伝教大師等も及び給うべからず最も四菩薩を建立すべき時なり云云、問うて云く四菩薩を造立すべき証文之れ有りや、答えて云く涌出品に云く「四の導師有り一をば上行と名け二をば無辺行と名け三をば浄行と名け四をば安立行と名く」等云云、問うて云く後五百歳に限るといへる経文之れ有りや、答えて云く薬王品に云く「我が滅度の後後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云。

一御状に云く大田方の人人一向に迹門に得道あるべからずと申され候由・其の聞え候と是は以ての外の謬なり、御得意候へ本・迹二門の浅深・勝劣・与奪・傍正は時と機とに依るべし、一代聖教を弘むべき時に三あり機もつて爾なり、仏滅後・正法の始の五百年は一向小乗・後の五百年は権大乗・像法一千年は法華経の迹門等なり、末法の始には一向に本門なり一向に本門の時なればとて迹門を捨つべきにあらず、法華経一部に於て前の十四品を捨つべき経文之れ無し本迹の所判は一代聖教を三重に配当する時・爾前・迹門は正法・像法或は末法は本門の弘まらせ給うべき時なり。

今の時は正には本門・傍には迹門なり、迹門無得道と云つて迹門を捨てて一向本門に心を入れさせ給う人人はいまだ日蓮が本意の法門を習はせ給はざるにこそ以ての外の僻見(びゃっけん)なり、私ならざる法門を僻案せん人は偏に天魔波旬(はじゅん)の其の身に入り替りて人をして自身ともに無間大城に堕つべきにて候、つたなしつたなし、此の法門は年来(としごろ)貴辺に申し含めたる様に人人にも披露あるべき者なり、総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし、其れさへ尚人人の御心中は量りがたし。

一、日行房死去の事不便に候、是にて法華経の文読み進らせて南無妙法蓮華経と唱へ進らせ願くは日行を釈迦・多宝・十方の諸仏・霊山へ迎へ取らせ給へと申し上げ候いぬ、身の所労いまだきらきらしからず候間省略せしめ候、又又申す可く候、恐恐謹言。

弘安二年五月十七日               日 蓮 花押
富木殿御返事





by johsei1129 | 2015-08-30 21:42 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 30日

末法の法本尊をあきらかにした書【観心本尊抄】 その三

[観心本尊抄 本文] その三
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又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。

 又本門に於て序正流通有り。過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品、涅槃経等の一代五十余年の諸経、十方三世諸仏の微塵の経経は、皆寿量の序分なり、一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く。

其の機を論ずれば徳薄垢重・幼稚・貧窮・孤露にして禽獣に同ずるなり、爾前迹門の円教尚仏因に非ず何に況や大日経等の諸小乗経をや何に況や華厳・真言等の七宗等の論師・人師の宗をや、与えて之を論ずれば前三教を出でず奪つて之を云えば蔵通に同ず、設い法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜず還つて灰断に同じ化の始終無しとは是なり、譬えば王女たりと雖も畜種を懐妊すれば其の子尚旃陀羅に劣れるが如し、此等は且く之を閣く迹門十四品の正宗の八品は一往之を見るに二乗を以て正と為し菩薩凡夫を以て傍と為す、再往之を勘うれば凡夫・正像末を以て正と為す正像末の三時の中にも末法の始を以て正が中の正と為す、問うて曰く其の証如何ん、答えて曰く法師品に云く「而も此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」宝塔品に云く「法をして久住せしむ乃至来れる所の化仏当に此の意を知るべし」等、勧持安楽等之を見る可し迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。

問うて曰く其の証文如何、答えて云く涌出品に云く「爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩の八恒河沙の数に過ぎたる大衆の中に於て起立し合掌し礼を作して仏に白して言さく、世尊若し我等に仏の滅後に於て娑婆世界に在つて勤加精進して是の経典を護持し読誦し書写し供養せんことを聴し給わば当に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし、爾の時に仏・諸の菩薩摩訶薩衆に告げ給わく止ね善男子・汝等が此の経を護持せんことを須いじ」等云云、法師より已下五品の経文前後水火なり、宝塔品の末に云く「大音声を以て普く四衆に告ぐ誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」等云云、設い教主一仏為りと雖も之を奨勧し給わば薬王等の大菩薩・梵帝・日月・四天等は之を重んず可き処に多宝仏・十方の諸仏客仏と為て之を諌暁し給う、諸の菩薩等は此の慇懃の付属を聞いて「我不愛身命」の誓言を立つ、此等は偏に仏意に叶わんが為なり、而るに須臾の間に仏語相違して過八恒沙の此の土の弘経を制止し給う進退惟れ谷まり凡智に及ばず、天台智者大師前三後三の六釈を作つて之を会し給えり、所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、又迹化の大衆は釈尊初発心の弟子等に非ざる故なり、天台大師云く「是れ我が弟子なり応に我が法を弘むべし」妙楽云く「子父の法を弘む世界の益有り」、輔正記に云く「法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す」等云云。
又弥勒菩薩疑請して云く経に云く「我等は復た仏の随宜の所説・仏所出の言未だ曾て虚妄ならず・仏の所知は皆悉く通達し給えりと信ずと雖も然も諸の新発意の菩薩・仏の滅後に於て若し是の語を聞かば或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起さん、唯然り世尊・願くは為に解説して我等が疑を除き給え及び未来世の諸の善男子此の事を聞き已つて亦疑を生ぜじ」等云云、文の意は寿量の法門は滅後の為に之を請ずるなり、寿量品に云く「或は本心を失える或は失わざる者あり乃至心を失わざる者は此の良薬の色香倶に好きを見て即便之を服するに病尽く除癒ぬ」等云云、久遠下種・大通結縁乃至前四味迹門等の一切の菩薩・二乗・人天等の本門に於て得道する是なり、経に云く「余の心を失える者は其の父の来れるを見て亦歓喜し問訊して病を治せんことを求むと雖も然も其の薬を与うるに而も肯えて服せず、所以は何ん毒気深く入つて本心を失えるが故に此の好き色香ある薬に於て美からずと謂えり乃至我今当に方便を設け此の薬を服せしむべし、乃至是の好き良薬を今留めて此に在く汝取つて服す可し差じと憂うること勿れ、是の教を作し已つて復た他国に至つて使を遣わして還つて告ぐ」等云云、分別功徳品に云く「悪世末法の時」等云云。
問うて曰く此の経文の遣使還告は如何、答えて曰く四依なり四依に四類有り、小乗の四依は多分は正法の前の五百年に出現す、大乗の四依は多分は正法の後の五百年に出現す、三に迹門の四依は多分は像法一千年・少分は末法の初なり、四に本門の四依は地涌千界末法の始に必ず出現す可し今の遣使還告は地涌なり是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経是なり、此の良薬をば仏猶迹化に授与し給わず何に況や他方をや。

神力品に云く「爾の時に千世界微塵等の菩薩摩訶薩の地より涌出せる者皆仏前に於て一心に合掌し尊顔を瞻仰して仏に白して言さく世尊・我等仏の滅後・世尊分身の所在の国土・滅度の処に於て当に広く此の経を説くべし」等云云、天台の云く「但下方の発誓のみを見たり」等云云、道暹云く「付属とは此の経をば唯下方涌出の菩薩に付す何が故に爾る法是れ久成の法なるに由るが故に久成の人に付す」等云云、夫れ文殊師利菩薩は東方金色世界の不動仏の弟子・観音は西方無量寿仏の弟子・薬王菩薩は日月浄明徳仏の弟子・普賢菩薩は宝威仏の弟子なり一往釈尊の行化を扶けん為に娑婆世界に来入す又爾前迹門の菩薩なり本法所持の人に非れば末法の弘法に足らざる者か、経に云く「爾の時に世尊乃至一切の衆の前に大神力を現じ給う広長舌を出して上梵世に至らしめ乃至十方世界衆の宝樹の下師子の座の上の諸仏も亦復是くの如く広長舌を出し給う」等云云、夫れ顕密二道・一切の大小乗経の中に釈迦諸仏並び坐し舌相梵天に至る文之無し、阿弥陀経の広長舌相三千を覆うは有名無実なり、般若経の舌相三千光を放つて般若を説きしも全く証明に非ず、此は皆兼帯の故に久遠を覆相する故なり、是くの如く十神力を現じて地涌の菩薩に妙法の五字を嘱累して云く、経に曰く「爾の時に仏上行等の菩薩大衆に告げ給わく諸仏の神力は是くの如く無量無辺不可思議なり若し我れ是の神力を以て無量無辺百千万億阿僧祇劫に於て嘱累の為の故に此の経の功徳を説くとも猶尽すこと能わじ要を以て之を言わば如来の一切の所有の法・如来の一切の自在の神力・如来の一切の秘要の蔵・如来の一切の甚深の事皆此の経に於て宣示顕説す」等云云、天台云く「爾時仏告上行より下は第三結要付属なり」云云、伝教云く「又神力品に云く以要言之・如来一切所有之法・乃至宣示顕説已上経文明かに知んぬ果分の一切の所有の法・果分の一切の自在の神力・果分の一切の秘要の蔵・果分の一切の甚深の事皆法華に於て宣示顕説するなり」等云云、此の十神力は妙法蓮華経の五字を以て上行・安立行・浄行・無辺行等の四大菩薩に授与し給うなり前の五神力は在世の為後の五神力は滅後の為なり、爾りと雖も再往之を論ずれば一向に滅後の為なり、故に次下の文に云く「仏滅度の後に能く此の経を持たんを以ての故に諸仏皆歓喜して無量の神力を現じ給う」等云云。

次下の嘱累品に云く「爾の時に釈迦牟尼仏・法座より起つて大神力を現じ給う右の手を以て無量の菩薩摩訶薩の頂を摩で乃至今以て汝等に付属す」等云云、地涌の菩薩を以て頭と為して迹化他方乃至・梵釈・四天等に此の経を嘱累し給う・十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う乃至多宝仏の塔還つて故の如くし給う可し等云云、薬王品已下乃至涅槃経等は地涌の菩薩去り了つて迹化の衆他方の菩薩等の為に重ねて之を付属し給う。くん拾遺嘱是なり。

疑つて云く正像二千年の間に地涌千界閻浮提に出現して此の経を流通するや、答えて曰く爾らず、驚いて云く法華経並びに本門は仏の滅後を以て本と為して先ず地涌に之を授与す何ぞ正像に出現して此の経を弘通せざるや、答えて云く宣べず、重ねて問うて云く如何、答う之を宣べず、又重ねて問う如何、答えて曰く之を宣ぶれば一切世間の諸人・威音王仏の末法の如く又我が弟子の中にも粗之を説かば皆誹謗を為す可し黙止せんのみ、求めて云く説かずんば汝慳貪に堕せん、答えて曰く進退惟れ谷れり試みに粗之を説かん、法師品に云く「況んや滅度の後をや」寿量品に云く「今留めて此に在く」分別功徳品に云く「悪世末法の時」薬王品に云く「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」涅槃経に云く「譬えば七子あり父母平等ならざるに非ざれども然れども病者に於て心則ち偏に重きが如し」等云云、已前の明鏡を以て仏意を推知するに仏の出世は霊山八年の諸人の為に非ず正像末の人の為なり、又正像二千年の人の為に非ず末法の始め予が如き者の為なり、然れども病者に於いてと云うは滅後法華経誹謗の者を指すなり、「今留在此」とは「於此好色香薬而謂不美」の者を指すなり。

地涌千界正像に出でざることは正法一千年の間は小乗権大乗なり機時共に之れ無く四依の大士小権を以て縁と為して在世の下種之を脱せしむ謗多くして熟益を破る可き故に之を説かず例せば在世の前四味の機根の如し、像法の中末に観音・薬王・南岳・天台等と示現し出現して迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して百界千如・一念三千其の義を尽せり、但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず所詮円機有つて円時無き故なり。

今末法の初小を以て大を打ち権を以て実を破し、東西共に之を失し天地顛倒せり。迹化の四依は隠れて現前せず、諸天其の国を棄て之を守護せず、此の時地涌の菩薩始めて世に出現し但妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ「因謗堕悪必因得益」とは是なり。
 我が弟子之を惟え、地涌千界は教主釈尊の初発心の弟子なり、寂滅道場に来らず雙林最後にも訪わず不孝の失之れ有り、迹門の十四品にも来らず本門の六品には座を立つ但八品の間に来還せり、是くの如き高貴の大菩薩・三仏に約束して之を受持す、末法の初に出で給わざる可きか。
当に知るべし此の四菩薩、折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。

問うて曰く仏の記文は云何答えて曰く「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」と、天台大師記して云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」妙楽記して云く「末法の初冥利無きにあらず」伝教大師云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り」等云云、末法太有近の釈は我が時は正時に非ずと云う意なり、伝教大師日本にして末法の始を記して云く「代を語れば像の終り末の初・地を尋れば唐の東・羯の西・人を原れば則ち五濁の生・闘諍の時なり経に云く猶多怨嫉・況滅度後と此の言良とに以有るなり」

 此の釈に闘諍の時と云云、今の自界叛逆・西海侵逼の二難を指すなり、此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し月支震旦に未だ此の本尊有さず、日本国の上宮・四天王寺を建立して未だ時来らざれば阿弥陀・他方を以て本尊と為す、聖武天皇・東大寺を建立す、華厳経の教主なり、未だ法華経の実義を顕さず、伝教大師粗法華経の実義を顕示す然りと雖も時未だ来らざるの故に東方の鵝王を建立して本門の四菩薩を顕わさず、所詮地涌千界の為に此れを譲り与え給う故なり、此の菩薩仏勅を蒙りて近く大地の下に在り正像に未だ出現せず末法にも又出で来り給わずば大妄語の大士なり、三仏の未来記も亦泡沫に同じ。
此れを以て之を惟うに正像に無き大地震・大彗星等出来す、此等は金翅鳥・修羅・竜神等の動変に非ず偏に四大菩薩を出現せしむ可き先兆なるか、天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り花の盛なるを見て池の深きことを知る」等云云、妙楽云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか。

一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う、四大菩薩の此の人を守護し給わんこと太公周公の文王を摂扶し四皓が恵帝に侍奉せしに異ならざる者なり。

文永十年太歳癸酉卯月二十五日                 日蓮之を註す



【観心本尊抄送状】
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帷一つ・墨三長・筆五官給び候い了んぬ。
 観心の法門少少之を注して大田殿・教信御房等に奉る、此の事日蓮身に当るの大事なり之を秘す、無二の志を見ば之を開拓せらる可きか、此の書は難多く答少し未聞の事なれば人耳目を驚動す可きか、設い他見に及ぶとも三人四人坐を並べて之を読むこと勿れ。
 仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心有らず、国難を顧みず五五百歳を期して之を演説す乞い願くば一見を歴来るの輩は師弟共に霊山浄土に詣でて三仏の顔貌を拝見したてまつらん、恐恐謹言。

文永十年太歳癸酉卯月廿六日                      日 蓮 花 押   
富木殿御返事




by johsei1129 | 2015-08-30 20:38 | 観心本尊抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 30日

開目抄愚記 下二九 「み(見)ん人いかに・をぢぬらむ」とは「不愛身命」の志の決定(けつじょう)せざる人なり。


一 
(かえる)(とし)の二月・雪中にしるして有縁(うえん)の弟子へをくれば等

  (すで)(たつの)(くち)を御(のが)れ、十三日(うま)の時に()()()きたまい、本間六郎が家に入りて二十余日御逗留(とうりゅう)、十月十日に依智を御立ち、同じき二十八日に佐渡に著き給い、十一月(つい)(たち)より塚原に移りたまい、()(ころ)より御(かんが)え、翌年二月御述作し、即ち中務(なかつかさ)三郎(さぶろう)()()(もん)(たま)うなり。佐渡抄十四・九、往いて見よ。

  問う、弟子は定めて是れ有縁(うえん)なり。(あに)弟子の無縁なるものあるべけんや。

  答う、弟子は皆是れ有縁なり。就中(なかんずく)此の三郎左衛門兄弟四人は、(たつの)(くち)の御難の時、一度に腹を切らんと思い定めし人々なり。故に有縁の中の有縁の弟子なり。(まさ)に知るべし「有縁の弟子」とは本仏有縁の弟子なるのみ。

一 ()そろしくて・()そろしからず

  啓蒙(けいもう)に云く「(すで)に幽霊の書なるが故に恐ろしき義なり。年来(としごろ)有縁の師なる故にをそろしからず。常の他人(これ)を見ば、幽霊の書なるが故にいかにをぢぬらん」と云云。

  今(いわ)く、経に云く「濁劫(じょっこう)悪世の中には、多く(もろもろ)恐怖(くふ)有らん乃至(ないし)身命(しんみょう)を愛せず、(ただ)無上道を惜しむ」と云云。此の文の意なり。所謂(いわゆる)、当世の諸人を経文に引き会せ、(まのあ)たり法華の怨敵(おんてき)無間(むけん)罪人(ざいにん)なりと書したまえば、(まこと)に濁劫悪世の中に多く諸の恐怖(くふ)あらん故に、一往は(おそろ)しきに()たり。(しか)りと(いえど)も、日蓮は「不愛身命(しんみょう)但惜(たんじゃく)無上道」の法華経の行者(ぎょうじゃ)なり、何の恐怖(おそろ)しきことか有らん。故に「をそろしくて・をそろしからず」と云云。略して(さき)に之を示す云云。

啓蒙の義、笑うべし、笑うべし。「()ん人いかに・をぢぬらむ」とは「不愛身命」の志の決定(けつじょう)せざる人なり。

一 ()れは釈迦・多宝等

  問う、所述付嘱(ふぞく)の意、如何(いかん)

  答う、今(まさ)に引く所の勧持品の経文は、釈迦・多宝・十方の諸仏の、未来日本国の当世に(まさ)に禅・律等の三類の強敵(ごうてき)あって法華の行者日蓮を(あだ)むべきの為体(ていたらく)を写したもう明鏡なり。(しか)れば(すなわ)ち勧持品の経文は、全体が日蓮が身の上の事なり。故に()の経文を日蓮が形見と見るべしとなり。亦復(まさ)に知るべし、勧持品の経文を形見と見るは、(すなわ)ち当抄を形見と見るの義なり。是れ則ち当抄に勧持品の経文を引いて之を(しゃく)する故なり。

一 勧持(かんじ)品に云く等

此の下は次に(まさ)しく経を引いて之を(しゃく)す、文(また)二と()す。初めに経を引き、次に「鷲峯」の下は之を釈す。初めの経を引く、亦二あり。初めに当品(とうほん)を引き、次に「涅槃」の下は助証(じょしょう)。初めの当品を引く、亦二あり。初めに経を引き、次に釈を引く。

一 (ただ)願はくは(うらおも)したもうべからず等

  初めに経を引く、文(また)三と為す。初めの一行は総じて時節を論じ、次に「諸の乃至有らん」の下は別して三類を明かし、三に「濁劫」の下は誹謗(ひぼう)所以(ゆえん)を明かす。

一 (もろもろ)の無智の人(乃至)有らん等

  此の下は別して三類を明かす、(おのずか)ら三あり。初めの一行は俗衆(ぞくしゅ)増上慢(ぞうじょうまん)、次に「悪世」の下の一行は道門増上慢、三に「或は乃至有らん」の下の五行は僣聖(せんしょう)増上慢なり。

一 濁劫(じょっこう)悪世の中等

  此の下は三に誹謗(ひぼう)所以(ゆえん)を明かす、亦二あり。初めに外魔の身に入るが故に、次に「濁世」の下は内心愚癡(ぐち)なるが故なり。三十五・四十五十六・五已下

一 涅槃(ねはん)経の九に云く等

  会疏(えしょ)九・二十一。「(また)云く、()の時」は同巻三十八。

一 世間の荘厳(しょうごん)文飾(もんじき)無義(むぎ)の語を安置す

  啓蒙(けいもう)に点ずるなり。

一 六巻の般泥洹(はつないおん)

  第六巻五の「我如来と」とは、本経に「我(なん)(だち)と」と云うなり。「如来」の二字、伝写の(あやま)りなり。

一 涅槃経に云く、(われ)涅槃の(のち)

  会疏(えしょ)第四十三。

一 袈裟(けさ)()ると雖も(なお)猟師の如く細かく()(おもむ)ろに行くこと猫の(ねずみ)(うかが)うが如し

  点ずるが如し。

           
                   つづく
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by johsei1129 | 2015-08-30 17:28 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 30日

開目抄愚記 下二八 「魂魄(こんぱく)佐渡の国にいたりて」とは、是れ凡夫(ぼんぷ)の魂魄に非ず。久遠名字の本仏の魂魄なり


一 
()(うし)の時に(くび)はねられぬ

()の時」は、鎌倉を引き(いだ)(たてまつ)る時なり。

種々御振舞抄二十三・四十六に云く「さては十二日の夜・武蔵(むさしの)(こう)殿(どの)あづ()かりにて夜半に及び頚を切らんがために鎌倉をいでしに」と云云。夜半は即ち()の時なり。「(うし)の時」は正しく頚の座に()()え奉るなり。

妙法尼抄十三四十三に云く「鎌倉(たつ)の口と申す処に九月十二日の丑の時に頚の座に引きすへられて候いき」と文。

今「子丑」というは、是れ始終を()ぐるなり。「頚はねられぬ」とは、(ただ)の義は頚を()ねらるるに当るなり。例せば「()(みょう)、頚を刎ねらる」の文の如し。是れ則ち「(ぎゅう)()(とう)(じょう)」の文に合するなり。「魂魄(こんぱく)・佐渡の国にいたりて」とは「数数(さくさく)(けん)(ひん)(ずい)」の文に合するなり。故に蓮師は「不愛(ふあい)身命(しんみょう)但惜(たんじゃく)無上(むじょう)(どう)」の法華経の行者(ぎょうじゃ)なること、(たれ)か之を疑うべけんや。(なお)是れ付文の辺なり。

問う、元意(がんい)の辺は如何(いかん)

答う、云云(うんぬん)

(かさ)ねて問う、如何。

答う、是れ第一の秘事なりと(いえど)も、略して之を示さん。(なんじ)伏して之を信ずべし。(まさ)に知るべし、此の文の元意は、蓮祖大聖は名字(みょうじ)凡夫の御身の当体、(まった)く是れ久遠元初の自受(じじゅ)(ゆう)(しん)と成り給い、内証真身の成道を唱え、末法下種の本仏と(あらわ)れたもう明文なり。

問う、其の(いわ)如何。

答う、(およ)丑寅(うしとら)の時とは(おん)の終り、(よう)の始め、即ち是れ陰陽の中間(ちゅうげん)なり。(また)是れ死の終り、生の始め、即ち是れ生死の中間なり。古徳の云く「(うし)は是れ大陰の指帰(しき)(とら)は是れ小陽の萌動(ほうどう)なり。生生の始め、死死の終りなり」と云云。

宗祖の外の五・七に云く「相かま()えて相かま()えて自他の生死は()らねども御臨終のきざみ生死の中間に日蓮かならず・むか()いにまいり候べし、三世の諸仏の成道は()うし()()わり・()らのきざ()みの成道なり、仏法の住処は鬼門(きもん)の方に三国とも()にたつなり此等は相承(そうじょう)の法門なるべし」等云云。

故に知んぬ「()(うし)の時」は末法の(れん)()名字(みょうじ)凡身の死の終りなり。故に「(くび)はね()られぬ」と云うなり。寅の時は久遠元初の自受用身の生の始めなり。故に「魂魄(こんぱく)」等と云うなり。

房州日我の本尊抄見聞に云く「開目抄に、魂魄(こんぱく)佐渡の国にいたりてとは、是れ凡夫(ぼんぷ)の魂魄に非ず。久遠名字の本仏の魂魄なり」と云云。

経王抄二十二・十四に云く「此の曼荼羅(まんだら)能く能く信ぜさせ給うべし乃至日蓮がたまし()ひをすみ()()めながして・かきて候ぞ信じさせ給え、仏の御意(みこころ)は法華経なり日蓮が・たまし()ひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」と云云。

明星(みょうじょう)(じっ)(けん)の口伝に云く「即ち明星(みょうじょうが)(いけ)を望みたまえば、日蓮が影は即ち今の大曼荼羅なり」(新定二七二二)と云云。

大曼荼羅とは、即ち是れ一念三千即自受(じじゅ)(ゆう)(しん)なり云云。釈尊は、二月八日の明星の()ずる時、霍燃(かくねん)と大悟し給うを成道の相と名づくるなり。明星の出ずる時は、即ち是れ(とら)の刻なり。()が祖(また)(しか)なり。名字(みょうじ)凡夫の当体、(まった)く是れ久遠元初の自受用身と(あらわ)れ、内証真身の成道を唱えたもうなり。故に佐渡已後(いご)に正しく本懐を顕すなり。

(まさ)に知るべし、鬼門は即ち丑寅(うしとら)の方なり。(りょう)鷲山(じゅせん)王舎(おうしゃ)(じょう)の鬼門なり、天台山は(かん)陽宮(ようきゅう)の鬼門なり、比叡(ひえい)山は平安城の鬼門なり。類聚(るいじゅ)第一巻の如し。富士山も(また)王城の鬼門なり。義楚(ぎそ)六帖(ろくじょう)二十一巻の如し。録外第五・七啓運(けいうん)抄三・二十九の如し。()いて見よ。

亦復(まさ)に知るべし、当山の勤行(ごんぎょう)は、往古(おうこ)より今に至るまで(まさ)しく是れ丑寅の時なり。之を思え、之を思え。


                   つづく
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by johsei1129 | 2015-08-30 17:01 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 30日

開目抄愚記 下二七


  第三十八段 三類の
強敵(ごうてき)(あらわ)

一 已上(いじょう)五箇の(ほう)(しょう)にをどろきて勧持(かんじ)品の()(きょう)あり

是れ(けつ)前生後(ぜんしょうご)の文なり。当に知るべし、(すで)に「五箇の鳳詔」に驚きて、(まさ)に「勧持の弘経」あり。故に今五箇の鳳詔を引く意は、正しく勧持の明鏡(みょうきょう)を顕すに在り。学者()く此の文意を思い、大科の大旨(たいし)を知るべし云云。

此の下は勧持品の明鏡を引いて三類の強敵(ごうてき)に対して法華の行者を顕す、亦二あり。初めに三類の強敵、次に「当世」の下は法華の行者を顕すなり。初めの三類の強敵、(また)二有り。初めに経を引いて之を釈する意を示し、次に「勧持」の下は正しく経を引いて之を釈す。

一 明鏡の経文を(いだ)して等

此の下は正しく経を引いて之を釈する意を示すなり。(ここ)(また)三と為す。初めに所述解釈(げしゃく)の意を示し、次に「日蓮」の下は所述不怖(ふふ)の意を示し、三に「此れは釈迦」の下は所述付嘱(ふぞく)の意を示す。

問う、所述解釈の意、如何(いかん)

答う、(ここ)に即ち経文に引き合せて三類の強敵の謗法(ほうぼう)を知らしむ、即ち解釈の大意なり。「禅」は即ち華洛(からく)聖一(しょういち)等、「律」は即ち鎌倉の(りょう)(かん)等。此の禅・律の二宗は即ち是れ第三の僣聖(せんしょう)増上慢(ぞうじょうまん)なり。「念仏」は即ち(ほう)(ねん)(ぼう)等の無戒(むかい)邪見(じゃけん)の者、即ち第二の道門(どうもん)増上慢なり。「並びに大檀那」とは()の禅・律・念仏に御帰依(ごきえ)の国王大臣等なり。此等の三類の謗法を知らしむるは、即ち今の解釈(げしゃく)の大意なり。

一 日蓮といゐし者等

問う、所述不怖(ふふ)の意、如何(いかん)

答う、(すで)に此の抄の中に、天下御帰依の禅・律・念仏等の大僧並びに国王・大臣等を法華経の怨敵(おんてき)無間(むけん)の罪人と述べ給うが故に(かさ)ねて大難の来たらんことは必定なり。此の故に一往(いちおう)おそろしきに()たり。(しか)るに日蓮は(すで)(くび)をはねられ、魂魄(こんぱく)のみ佐渡にいたって、是れをしるして有縁の弟子へおくれば、(たと)い後難来るというとも(おそろ)しからざるなり云云。

一 九月十二日

御法則抄に云く「十二日は還滅(げんめつ)の十二因縁を表すなり」と云云。


                つづく
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by johsei1129 | 2015-08-30 16:52 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 30日

開目抄愚記 下二六


一 
涅槃(ねはん)経四十巻の現証は此の品にあり

  問う、常には涅槃経に闡提(せんだい)を治すという。何ぞ此の(ほん)を以て現証とせんや。

  答う、涅槃経の中には(ただ)闡提成仏の道理のみを明かして、闡提成仏の現証を明かさず。(いわ)く、()の経の始終(しじゅう)に闡提の得記(とっき)作仏(さぶつ)の相無く、五十二類の中にも之を列せず。(あまつさ)え第九巻には「(ただ)(いき)(めくら)一闡提(いっせんだい)を除く」と説き、(かえ)って治すべからずと云う。(しか)るに常には涅槃経に闡提を治すと云うことは、是れ「一切の衆生(ことごと)く仏性あり」と説いて仏性の(へん)ずるを明かすが故なり。座に()って経を聞くの(とく)(やく)()うには(あら)ず。(げん)九・五十五、玄私九・五十二、()いて見よ。

一 五逆・七逆・謗法(ほうぼう)・闡提等

  会疏(えしょ)十・四十云云。又「一切」の句頭に「然れば則ち」の意を入れて見るべし。次上を釈成(しゃくじょう)する文なり。

一 毒薬変じて甘露(かんろ)()る等

  涅槃経北本の第八初に云く「善男子、方等経は(なお)甘露の如く、(また)毒薬の如し」と云云。之を信ずれば則ち甘露と()り、之を(そし)れば則ち毒薬と成るが故なり。是れは今文の意に非ず。当文の意は、即ち大論の「()く毒を変じて薬と()す」の文に()なり。御書三十八・二十八云云。

一 或は改転(かいてん)の成仏にして

  問う、改転の意、如何(いかん)

  答う、諸大乗の意は、(さら)に女身を改め、男子と転じて成仏すべきの故に「改転の成仏」というなり。悪人作仏(さぶつ)、畜類の成仏も(これ)に准じて知るべし。東陽(ちゅう)(じん)口伝(くでん)に云く「他経に悪人等に記するは、即ち善人に記すると(これ)を習うなり。其の故は悪人、悪念を(ひるがえ)して善人と()り、仏に成るべきが故なり」と云云。御書三十八・二十七に云く「東陽の忠尋と申す人こそ此の法門はすこ()しあやぶまれて候」等云云。

一 一念三千の成仏にあらざれば有名(うみょう)無実(むじつ)の成仏往生(おうじょう)なり

  東陽の口伝に云く「()(ぜん)は一人出過(しゅつか)の成仏、法華は十界一念の成仏なり。十界一念と開きたる時、十界同時に成仏するなり。故に妙楽(みょうらく)云く『(まさ)に知るべし、身土乃至(ないし)一身一念法界に(あまね)し』と」等云々。

  大意抄十三・二十一に云く「法華経()(ぜん)の諸経は十界()()を明かさざれば仏に成らんと願うには必ず九界を(いと)う。妙楽大師は厭離(おんり)(だん)()の仏と名づく。されば法華経()(ぜん)には実の凡夫(ぼんぷ)が仏に成りたりける事は無きなり。九界を離れたる仏無き故に、往生(おうじょう)したる実の凡夫も無し。人界(にんかい)を離れたる菩薩界も無きが故に」(取意)と。

私に云く、(たと)えば手中の物を忘れて外を(たず)ぬれば、則ち(たと)い百千(こう)()ると(いえど)も、之を得ること(あた)わざるが如し。又猿を離れて生肝(いきぎも)無きが如し。(あに)有名(うみょう)無実(むじつ)の成仏往生」に(あら)ずや。

一 儒家(じゅけ)(きょう)養等

  「(きょう)」の字は啓蒙(けいもう)の義、可なり。科段は之を略す。


                     つづく
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by johsei1129 | 2015-08-30 14:25 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)