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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 28日 ( 4 )


2015年 07月 28日

大聖人の鎌倉出立から身延入山までの苦難の道中を記した書【富木殿御書】

【富木殿御書光】
■出筆時期:文永十一年(1274)五月十七日 五十三歳御作。
■出筆場所:身延山中 仮住まいにて。
■出筆の経緯:大聖人は佐渡流罪ご赦免後鎌倉に入り、文永十一年四月八日に平頼綱に三度目の国家諫暁をされています。
その後「本よりごせし事なれば、三度国をいさめんにもちゐずば国をさるべしと。(種種御振舞御書)」の決意を胸に弟子の育成に専念するため身延山中に入る。本書では信頼する富木常忍に対し、鎌倉から身延までの苦難の道中を、日付を追って記されて伝えられておられます。またこの間の事情については同行していた弟子たちを元いたところに帰すので「御房達に語らせて、お聞きいただきたい」と伝えております。また道中の苦難については「飢えは言いようもないほどである。米は一合も売ってくれない。餓死してしまうことであろう」と厳しい状況を率直に吐露されておられ、覚悟の鎌倉出立であることが、現在の信徒にもひしひしと伝わってきます。
■ご真筆:鴨川市・鏡忍寺所蔵(千葉県指定有形文化財)
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[富木殿御書 本文]

けかち申すばかりなし。米一合もうらずがししぬべし、此の御房たちも、みなかへして但一人候べし。
このよしを御房たちにもかたりさせ給へ。

十二日さかわ、十三日たけのした、十四日くるまがへし、十五日ををみや、十六日なんぶ、十七日このところ、いまださだまらずといえども、たいしはこの山中、心中に叶いて候へば、しばらくは候はんずらむ。
結句は一人になりて日本国に流浪すべきみにて候。
又たちとどまるみならば、けさんに入り候べし、恐恐謹言。

十七日                 日 蓮 在御判
ときどの

[現代訳]

飢えの状況は申すまでもありません。道中、米一合も売ってはくれません。このままでは餓死してしまうであろうと思われる。
同行してきた弟子たちも皆元のところに返して、日蓮一人この場所にいようと思います。
この事情は弟子たちに話してもらって聞いてください。
 十二日に酒匂、十三日に竹之下、十四日に車返、十五日に大宮、十六日に南部、十七日に、ここに着きました。まだ住むところも決まっていませんが、この身延の山中は私の心にかなっているので、しばらくは居ることになると思います。結局は一人になって日本国を流浪する身であろうかと思われる。また、この地に留まる身となったなら、是非見参してください。恐恐謹言。

by johsei1129 | 2015-07-28 23:19 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 28日

開目抄愚記 下六  大疑の下には大悟(たいご)有り


一 日本の聖徳太子

此の下は二に例を引く(おのずか)ら二有り。初には師は(わか)くして弟子は()いたり、次に父は少くして子は老いたるとなり。今(ここ)に例を引くは、恐らく深意あらん。(いわ)く、本経文に父の少くして子の老いたるの(たとえ)を以て、師は(わか)くして弟子の老いたるを疑う。今初めの文は、(しょ)()の師は少く弟子老いたるを例顕(れいけん)し、次の文は(のう)()の父は少くして子老いたるを例顕するなり。

  問う、父少くして子老いたるの(たとえ)は発問の下に在り。何ぞ今、疑念の中に是れを明かすや。

  答う、(まさ)に之を言に発せんとするに、(あに)()ず心中に是れを念ぜざらんや。

一 六歳の太子等

  問う、註に釈書十五初を引いて「太子は()(たつ)二年(みずの)(とみ)正月(ついたち)()まる。同六年冬十月百済(くだら)国、仏の経論等を(みつ)ぐ」云云。「私に五歳の時なり」云云。

  答う、太子伝の上二に「()(たつ)元年(みずのえ)(たつ)正月朔に()まる」と云云。故に六歳の時なり。(いま)此の説に()るなり。啓蒙(けいもう)等も(しか)なり。亦百済の(にち)()を指して「()が弟子」ということは、太子十一歳の時なり。

一 外典()(申す)

  註に云く「(いま)だ出処を知らず」と云云。

一 されば()(ろく)菩薩()疑つて云く等

  此の下は次に発問、亦二あり。初に(まさ)しく明かし、次に「一切の菩薩」の下は、是れ一代第一の(うたがい)なることを示す、亦三と()す。初に(ひょう)、次に「無量義」の下は釈、三に「されば仏・此の疑」の下は結前生後云云。

一 此の(うたがい)・第一の疑なるべし等

  風大なれば波大なり。声大なれば(ひびき)大なり。疑第一なれば則ち(さとり)も亦第一なり。大疑の下には大悟(たいご)有りとは此の(いい)か。

一 歴劫(りゃっこう)(しつ)(じょう)

四十余年の「歴劫」と今の無量義の「疾成」となり。

一 耆婆(ぎば)月光(がっこう)に・をどされて等

  註(およ)び啓蒙の如し。又観経疏(かんぎょうしょ)二十三に云く「剣を(おさ)()を現じ、以て王の忿(いかり)(やす)む」等云云。此の文に(なお)明らかなり。

一 されば(かん)(ぎょう)(どく)(じゅ)せん人等文。

  (げん)()六・三十四に云云、()いて見よ。()二末三十四に云く「法華を除いて(ほか)()一切(いっさい)経には、(ただ)生々に悪を()して相(なや)()えり」等云云。玄の五七十一に云く「()(じょう)即ち(ごう)(どう)とは、悪は是れ善の(たすけ)なり。悪無ければ(また)善も無し乃至提婆(だいば)(だっ)()は是れ善知識なり、(あに)悪は即ち資成なるに非ずや」と云云。是れ今経には善悪(ぜんなく)不二(ふに)(ぎゃく)(そく)()(じゅん)(みょう)()を明かす故なり。


              つづく
開目抄愚記下 目次



by johsei1129 | 2015-07-28 22:38 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 28日

観心本尊抄文段 上二十  南無妙法蓮華経は常楽我浄なり。


 第四段 広く観心を釈す

一 問うて曰く法華経は(いず)れの文等

此の下は次に広釈(こうしゃく)三あり。初めに引文、二に「問うて日く自他面」の下は難信難解(なんげ)、三に「問うて日く経文」の下は正釈。初めの引文の中に総別有り云云。

文に云く「寿量品に云く、是くの如く(われ)成仏乃至仏界(しょ)()の九界なり」等文。既に「今猶(こんゆう)未尽(みじん)」という。故に知んぬ、因位の万行、果海に流入することを。故に仏界所具の九界と云うなり。証真の文の第六の記に云く「若し酬因(しゅういん)感果(かんか)とは菓成(かじょう)華落(けらく)の如し。若し(しゃっ)()(るい)(とく)と云うは衆流(しゅうる)の海に入るが如し。経に云く『()(ほん)(ぎょう)菩薩(ぼさつ)(どう)(しょ)(じょう)寿命(じゅみょう)今猶未尽』とは即ち是れ流入の義なり」と云云。

問う、経文には(ただ)「菩薩道」という、何ぞ九界等というや。

答う、菩薩はこれ九界の所収なり。故に一を()げて(もろもろ)に例するなり。

一 経に云く、提婆(だいば)(だっ)()乃至地獄界(しょ)()の仏界なり

問う、下の十文並びに「所具の十界」と云う。当文のみ何ぞ「所具の仏界」というや。

 答う、文義()(けん)なり。(いわ)く、()し文に約せば皆(まさ)に当文の如く「所具の仏界」と云うべし。若し義に約せば、皆応に下の文の如く「所具の十界」と云うべし。(なお)仏界を具す、余も皆(また)(しか)るが故なり。故に知んぬ、互いに現わることを。

一 一を(らん)()と名け乃畜是れ餓鬼(がき)界所具の十界なり

(じゅう)羅刹(らせつ)の父は即ち般闍(はんじゃ)()()なり。日我の抄に雑宝蔵経を引くが如し。十羅刹の母は即ちこれ鬼子(きし)母神(もじん)なり。録外(ろくげ)二十五巻の如し。

一 地涌(じゆ)千界(せんがい)乃至(ないし)(しん)(じょう)大法(だいほう)

玄の七三十三に云く「口に真浄大法を(とな)う。真は是れ常なり。略して二徳を挙ぐ。我・楽知るべし、(しか)るに鈍者は文を読みて(なお)(おのずか)ら覚らず」文。故に知んぬ「()(しょう)(しん)(じょう)大法(だいほう)」とは即ち是れ口唱南無妙法蓮華経なり。此れ即ち(じょう)(らく)()(じょう)、即ち是れ南無妙法蓮華経なる故なり。

御義の上四十四に云く「南無とは楽()()(みつ)・妙法とは()波羅蜜・蓮華とは浄波羅蜜・経とは常波羅蜜なり」已上。

問う、南無の二字を以て楽波羅蜜に配する(こころ)如何(いかん)

答う、南無とは帰命(きみょう)の義なり。帰命とは註釈に云く「帰とは帰し(たてまつ)るなり、命とは出入(すいにゅう)の息なり。()()(しん)の衆生は命を以て宝と()す。一切の宝の中に命宝第一なり。(いま)八万第一の命宝を以て、実相の仏に帰したてまつる故に帰命と云う」文。(およ)そ一切有心の衆生は命宝を惜しむを以ての故に諸の苦を生ず。(すで)に命宝を以て妙法蓮華経の仏に帰し(たてまつ)(おわ)んぬ、更に楽の(これ)()ぐる無し。故に南無を以て楽波羅蜜に配するなり。又妙法は法界の全体なり。故に法界に自在なれば()波羅蜜に配す。蓮華は清浄の養なり。経は常の義なり。(じょう)()の如く知るべし。

(しか)れば(すなわ)ち、地涌(じゆ)千界(せんがい)(くち)に南無妙法蓮華経と唱う。地涌は即ち是れ菩薩界、()(しょう)妙法は即ち仏界なり。(なお)仏界を具す、余界も(しか)り。故に「菩薩界所具の十界」と云うなり。

一 或説()(しん)或説他身乃至仏界所具の十界なり

問う、己身・他身は法応の二身、即ち是れ所具の仏界なり。余界(また)然るが故に、所具の十界其の義分明(ふんみょう)なり。

未だ能具の仏界を見ず、如何(いかん)

答う、二箇の「説」の字、即ち是れ能説・能具の仏界なり云云。

一 問うて(いわ)自他面(じためん)の六根等

 此の下は二に難信難解、亦二と()す。初めに問、次に答。初めの問の意は、世間の鏡に(むか)えば則ち自他面の六根共に之を見る。経文の鏡に向うと(いえど)も、彼此(ひし)十界に於ては(まのあた)之を見ず。如何ぞ之を信ぜんと。此の(うたがい)を挙ぐる所以は法体(ほったい)(じん)(じん)称歎(しょうたん)せんが為なり。
 答の文に亦三あり。初めに引文、次に在世を挙げて滅後を(きょう)し、三に「汝之を信ぜば」の下は結歎(けったん)なり。


              つづく

上巻 目次




by johsei1129 | 2015-07-28 07:04 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 28日

法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり、と説いた【千日尼御前御返事】

【千日尼御前御返事】
■出筆時期:弘安元年(1281)十月十九日 五十七歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は阿仏坊の妻千日尼が「青鳧一貫文・干飯一斗」などの数々のご供養を送られたことへの返書となっております。大聖人は「法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり」と説いて、「(千日尼が)夫を御使として御訪いあり定めて法華経釈迦多宝十方の諸仏・其の御心をしろしめすらん」とその志を讃えられておられます。
■ご真筆:現存していない。

[千日尼御前御返事 本文]

青鳧一貫文・干飯一斗・種種の物給い候い了んぬ。仏に土の餅を供養せし徳勝童子は阿育大王と生れたり、仏に漿を・まひらせし老女は辟支仏と生れたり。法華経は十方三世の諸仏の御師なり、十方の仏と申すは東方善徳仏・東南方無憂徳仏・南方栴檀徳仏・西南方宝施仏・西方無量明仏・西北方華徳仏・北方相徳仏・東北方三乗行仏・上方広衆徳仏・下方明徳仏なり。

三世の仏と申すは、過去・荘厳劫の千仏・現在・賢劫の千仏・未来・星宿劫の千仏・乃至華厳経・法華経・涅槃経等の大小・権実・顕密の諸経に列り給へる一切の諸仏・尽十方世界の微塵数の菩薩等も、皆悉く法華経の妙の一字より出生し給へり。故に法華経の結経たる普賢経に云く「仏三種の身は方等より生ず」等云云。方等とは月氏の語・漢土には大乗と翻ず、大乗と申すは法華経の名なり。阿含経は外道の経に対すれば大乗経、華厳・般若・大日経等は阿含経に対すれば大乗経、法華経に対すれば小乗経なり。法華経に勝れたる経なき故に一大乗経なり。

例せば南閻浮提・八万四千の国国の王王は其の国国にては大王と云う、転輪聖王に対すれば小王と申す。乃至六欲・四禅の王王は大小に渡る、色界の頂の大梵天王独り大王にして小の文字をつくる事なきが如し、仏は子なり法華経は父母なり。譬えば一人の父母に千子有りて一人の父母を讃歎すれば千子悦びをなす、一人の父母を供養すれば千子を供養するになりぬ。又法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり、十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり。

譬えば一の師子に百子あり・彼の百子・諸の禽獣に犯さるるに・一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし、譬えば女人の一生の間の御罪は諸の乾草の如し法華経の妙の一字は小火の如し、小火を衆草につきぬれば衆草焼け亡ぶるのみならず大木大石皆焼け失せぬ、妙の一字の智火以て此くの如し諸罪消ゆるのみならず衆罪かへりて功徳となる毒薬変じて甘露となる是なり。

譬えば黒漆に白物を入れぬれば白色となる、女人の御罪は漆の如し南無妙法蓮華経の文字は白物の如し人は臨終の時地獄に堕つる者は黒色となる上其の身重き事千引の石の如し善人は設ひ七尺八尺の女人なれども色黒き者なれども臨終に色変じて白色となる又軽き事鵞毛の如し軟らかなる事兜羅緜の如し。佐渡の国より此の国までは山海を隔てて千里に及び候に女人の御身として法華経を志しましますによりて年年に夫を御使として御訪いあり定めて法華経釈迦多宝十方の諸仏・其の御心をしろしめすらん。

譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり、仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ、いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経、恐恐謹言。

弘安元年後十月十九日                 日 蓮 花 押
千日尼御前御返事




by johsei1129 | 2015-07-28 00:26 | 阿仏房・千日尼 | Trackback | Comments(0)