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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 07日 ( 3 )


2015年 07月 07日

弘安四年の蒙古襲来(弘安の役)に際し、門下の軽挙妄動を厳しく戒めた書【小蒙古御書】

【小蒙古御書】
■出筆時期:弘安四年(西暦1281年)六月十六日 六十歳 御作。
■出筆場所:身延山中 館にて。
■出筆の経緯:弘安4年5月21日、対馬沖に九千艘ともいわれる蒙古の巨大船団が来襲、その事を6月16日に知った大聖人は、門弟一同に対し予言が当たったなどと蒙古襲来のことを世間の人々に吹聴することを、厳に戒めるために本書を送られた。さらに、もしこの旨に背くならば門弟として破門するとまで強く戒めておられる。大聖人は釈尊の一切経を読み尽くして書き上げた「立正安国論」をもって、生涯三度の国家観業をなした事が、日蓮の法門について理解の浅い門下の軽挙妄動で、その真意が損なわれ、今後の布教が阻害されることを恐れたものと思われる。
■ご真筆: 現存していない。

[小蒙古御書 本文]

小蒙古の人、 大日本国に寄せ来るの事、我が門弟並びに檀那等の中に、若し他人に向い、将又(はたまた)自ら言語に及ぶ可からず。

若(も)し此の旨に違背(いはい)せば門弟を離すべき等の由、存知せる所なり。
此の旨を以て人人に示す可く候なり。
       
弘安四年太歳辛巳六月十六日         花 押
     人 人 御 中

by johsei1129 | 2015-07-07 22:21 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 07日

観心本尊抄文段 上七  弘安二年の本門戒壇の御本尊は究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり 既に是れ三大秘法の随一なり、況や一閻浮提総体の本尊なる故なり


 問う、本尊問答抄の啓蒙(けいもう)に云く「諸山代代の本尊に多く仏滅後二千二百三十余年と云う。是れ元祖の本意顕れ(おわ)る時を定規(じょうき)とする故なり」と云云。これ則ち弘安五年御入滅の年、正しく二千二百三十余年に(あた)る故なり。若し(しか)らば弘安四年已前は宗祖の本懐(いま)だ顕れ(おわ)らざるや。

答う、今処々(しょしょ)の明文に()るに、正しく弘安元年已後を以て仏滅後二千二百三十余年と云うなり。

故に弘安元年七月の千日尼抄二十五に云く「仏滅度後すでに二千二百三十余年になり候」と云云。

(また)弘安元年九月の本尊問答抄に云く「仏滅後二千二百三十余年」(取意)と云云。

又第十六の四条金吾抄、又第十七の大陣破抄又第二十二の初心成仏抄等云云。

蒙抄(もうしょう)に云く「京の本国寺弘安元年七月の御本尊に二千二百三十余年」と云云。又上総(かずさ)(にち)(べん)授与の弘安二年四月の御本尊にも「二千二百三十余年」と云云。故に知んぬ、弘安元年已後(いご)、御本意(すなわ)(あらわ)(おわ)ることを。

問う、弘安元年は(まさ)しく仏滅後二千二百二十七年に当る。(れん)()何ぞ三十余年というや。

答う、恐らくは深意(じんい)あらんか。

宗祖云く「今此の御本尊は寿量品に説き顕し」等云云。(しか)るに寿量品御説法の年より弘安元年に至るまで、正しく二千二百三十一年に当るなり。(いわ)く、如来七十二歳より八箇年の間に二十八品を説く。故に知んぬ、一年に三(ぽん)半を説きたもうなり。故に七十六の御歳、正しく寿量品を説くなり。(しこう)して七十七の御歳、神力品を説いて本化に付嘱(ふぞく)して、四年後の八十歳の御入滅なり。如来の御年八十歳、御入滅の年より弘安元年に至るまで二千二百二十七年なり。これに七十六、七、八、九の四年を加うる(とき)は二千二百三十一年と成るなり。故に寿量説法の年よりこれを数えて弘安元年に至るまで、二千二百三十余年というか。

故に本尊問答抄に云く「此の御本尊は世尊説き()かせ給いて後二千二百三十余年」と云云。この文、深く之を思うべし。余文の中は多分に従う、故に仏滅後という(ごと)し。本尊問答抄に「説き()かせ給いて後」とい(ごと)く、新池(尼)抄には「寿量品に説き(あらわ)し」という、之を思い合すべし。故に弘安元年已後、究竟(くきょう)の極説なり。

就中(なかんずく)弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐(ほんかい)の中の本懐なり。(すで)是れ三大秘法の随一なり、(いわん)一閻(いちえん)浮提(ぶだい)総体(そうたい)の本尊なる故なり。


つづく


上巻 目次



by johsei1129 | 2015-07-07 20:53 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 07日

開目抄愚記 上三一


一 
(りん)()(ろく)(しゅ)

  この下は六道流転(るてん)の所以を明かし、自を以て他を顕すなり。無量劫(むりょうこう)の間、(あるい)幾許(いくばく)か仏道を修行せしに、悪縁・悪知識に(すか)されて、今に生死(しょうじ)を離れずして生々(しょうじょう)流転(るてん)せしなり。故に第一に(おそ)るべきは悪知識なり等云云。

一 人天の大王等

  此れは是れ世間、次は()(ぜん)、次は迹門、次は本門の意なり。

一 ()らず大通(だいつう)

  問う、大通の第三類、久遠(くおん)五百の人も(なお)末法に至るや。()し至らずといわば、天台、第三類を(しゃく)して「乃至(ないし)滅後(めつご)得道(とくどう)の者」という。(みょう)(らく)(せん)三に久遠(くおん)五百の(たぐい)を釈して云く「(いわん)(また)、今世(なお)未だ入らざるより、(なお)未来に至って遠遠(おんおん)(まさ)に得ん」等云云。摂州云く「三千(さんぜん)塵点(じんてん)の未来に(いた)るに例するに、五百塵点も(また)未来に至らん」等云云。又今文の意は、此等の衆、在世に()れて末法に来る等云云。若し末法に来るといわば、何ぞ末法は(ほん)()()(ぜん)というや。

  答う、此の人は末法に(きた)らず、多く正像に於て得道するなり。未来と云うと(いえど)も、何ぞ必ずしも末法のみならん。(ただ)正像を指して未来というなり。是れ多分に約す。若し少分は今に(きた)ることを妨げざらんや。

一 日本国に此れをしれるもの()(ただ)日蓮一人なり。

  流転(るてん)所以(ゆえん)を知る者は(れん)()一人なり。(あに)智慧(ちえ)(そん)()に非ずや。流転の所以(ゆえん)は即ち悪知識に()るなり。

一 これを一言も(もう)(いだ)す等

  この下は折伏の心地決定(けつじょう)することを明かす。これ大慈悲(じひ)()るなり。(あに)慈悲尊貴に(あら)ずや。

一 父母・兄弟等

 父母・師匠より蓮祖の方へ(きた)る難なり。(つぶさ)王舎城抄三十四・四十七の如し。また兄弟抄十六十二、()いて見よ。

一 三障四魔等

  止観(しかん)五・十、書註十五・十一。

一 (しばら)徘徊(やすらいし)等文。

  この下は発心(ほっしん)不退の誓願(せいがん)を明かす。即ちこれ不愛(ふあい)身命(しんみょう)菩提(ぼだい)心なり。発心不退とは(すなわ)ちこれ誓願尊貴なり。

一 我等(ほど)の無通の者

  台家に(おい)ては得通(えつう)・不得通の異義有れども、不得通の義、経(しゃく)の旨に最も()うなり。

一 強盛の菩提(ぼだい)(しん)

  「身命(しんみょう)を愛せず(ただ)無上(むじょう)(どう)()しむ」とは、即ち是れ宗門の菩提心なり。(れん)()(すで)(しか)なり。末弟如何(いかん)()願を立てざる。励むべし、励むべし云云。下巻四十二


            つづく


開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-07-07 20:46 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)