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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 01日 ( 2 )


2015年 07月 01日

観心本尊抄文段 上二


一 如来滅後()五百歳始観心本尊抄

今所述の題号を釈するにまた三段と()す。

初めに通じて文点(もんてん)(つまび)らかにし、次に別して釈し、三に総じて結す。

初めに文点を詳らかにするをまた二と()す。初めに「始」の字の文点を詳らかにし、次に「観心本尊」の文点を詳らかにす。

初めに「始」の字の文点を詳らかにするとは、

問う、「始」の字の文点、古来の諸師(あるい)は「(ごの)五百歳に始めて心を観る本尊抄」と点じ、或は「()五百歳の始め」と点じ、或は「後五百歳に始まりたる心の本尊を()る抄」と点じ、或は「後五百歳に始まる観心本尊抄」と点ず。(いず)れの点を用ゆべきや。

答う、(これ)()の文点(あるい)は機に約し、或は時に約し、或は法に約し、並びに題の意に非ず。故に信用するに()らざるか。

(つつし)んで案じて日く「如来滅後(にょらいめつご)(ごの)五百歳(ごひゃくさい)」とは、これ上行出世の時を明かし「始」の字はこれ上行始めて(ひろ)むる義を明かし「観心」はこれ文底所被(しょひ)機縁(きえん)の観心を明かし「本尊」はこれ人即法の本尊を明かす。故に「如来滅後(ごの)五百歳」は時に約し「始」の字は(おう)に約し「観心」は機に約し「本尊」は法に約するなり。故に今、点じて云く「如来の滅後(ごの)五百歳に始む観心の本尊抄」と云云。故に題意に(いわ)く、如来滅後(ごの)五百歳に上行菩薩始めて(ひろ)む観心の本尊抄なりと。

(まさ)にこの義を明かさんとするに(しばら)く五門に約す。

一には題号所依(しょえ)の本文に()る。謂く、経に云く「我が滅度の(のち)(おい)て、(まさ)()の経を受持すべし」と云云。(まさ)に知るべし「如来滅後」等の八字は(まさ)に「我が滅度の後に於て」の文に()り「始観心本尊」の五字はこれ「応に斯の経を受持すべし」の文に拠るなり。「我が滅度の後に於て」は時に約すること分明(ふんみょう)なり。「応」の一字はこれ如来の勧奨(かんしょう)の故に応に約するなり。受持は即ちこれ機に約し(この)(きょう)」の二字は法に約す。故に知んぬ、当抄の題号は正しくこの文に()ることを。(ただ)応の字・始の字は、一往(いちおう)(こと)なりと(いrど)も、再往(さいおう)はこれ同じく(とも)に応に約する故なり。(いわ)く、彼は如来の勧奨(かんしょう)に約し、此れは上行の所作(しょさ)に約するが故なり。(いわん)や「応に斯の経を受持すべし」の意、(まさ)に上行()()の本尊に()るをや。

二には四義具足の例証に拠る。謂く、釈尊の観心本尊抄に云く「()()()(そん)(ごう)舎利(しゃり)(ほつ)諸仏(しょぶつ)智慧(ちえ)(じん)(じん)無量(むりょう)」等云云。また云く「爾時(にじ)仏告(ぶつごう)諸菩薩及(しょぼさつぎゅう)一切(いっさい)大衆(だいしゅう)如来秘密(にょらいひみつ)神通之力(じんつうしりき)」等云云。此等の経文に四義分明(ふんみょう)なり。謂く「今(まさ)に是れ其の時」の時来り、機応相対して法を説きたまうが故なり。今()くの如し云云。

三には四義具足の明文(みょうもん)に拠る。謂く、蓮祖の法華経に云く「此の(とき)地涌の菩薩始めて世に出現し(ただ)妙法蓮華経の五字を以て幼稚(ようち)に服せしむ」と。又云く「仏・大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を(つつ)み末代幼稚の(くび)()けさしめ給う」等云云。此等の文中に時あり、応あり、法あり、機あり、四義分明なり。題も(しか)るべきなり。

四には「始」の字、応に約するの明文に拠るべし。謂く、救護(くご ) 本尊の端書(はしがき)に云く「(ごの)五百歳の時、上行菩薩世に出現し始めて之を()(せん)す」等云云。明文(ここ)に在り、誰かこれを疑わんや。

五には古来の諸師の文点を料簡(りょうけん)す。

             つづく

上巻 目次



by johsei1129 | 2015-07-01 23:26 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 01日

開目抄愚記 上二六


  第十八段 諸宗の
(びゅう)()を挙ぐ

一 されば法相(ほっそう)

 上の十紙の「(ここ)()愚見(ぐけん)」の下は難信難解を以て法華真実を(あらわ)す、中にこの下は(びゅう)()を挙げて難信を結するなり。

一 無著(むじゃく)菩薩

  註に婆籔槃(ばすばん)()(でん)並びに西域(さいいき)五・十一の文を引くが如し。名義一・三十二。先ず謬解を()げて難信を結す。文を分ちて二と()す。初めに(びゅう)()を挙げて、次に「されば八箇年」の下は難信を結す。初めにまた二あり。初めに法相宗、次に華厳・真言。次に法相宗にまた二あり。初めに(しばら)く彼の宗を(たん)じ、次に「此の宗の云く」の下は(まさ)しく謬解を挙ぐ。初めの文中に三国を()(おのおの)師弟檀那を明かす、見るべし云云。

一 阿輸舎(あゆしゃ)(こく)文。

  (まさ)に「阿踰舎国」に作るべし。西域(さいいき)等、往いて見よ。

一 世親(せしん)

  (また)(てん)(じん)と名づく、即ち無著(むじゃく)菩薩の弟なり。婆籔槃(ばすばん)豆伝(ずでん)啓蒙(けいもう)所引の如し。

一 護法(ごほう)

  西域第十・二十一、註に所引の如し。(しょう)(べん)、使を(つかわ)すこと、西域第十・十八に。

一 難陀(なんだ)

  補注(ふちゅう)、註に所引の如し。

一 (かい)(けん)

  西域八・十五、註に所引の如し。また続僧伝四・十九、啓蒙所引の如し。

一 (かい)(にち)大王。

  西域十一・十一、註に所引の如し。まだ同五巻二紙に「六年の間に五天竺(てんじく)を皆従えて、仏法護持(ごじ)の大(けん)(のう)なり」と。

一 玄奘(げんじょう)

  西域十二・二十五。「十七年」の義、可なり。註の指南(しなん)は恐らく(あやま)りなること、啓蒙(けいもう)にこれを弁ずるが如し。

一 太宗(たいそう)

啓蒙五・五十六、また同第十・六十六。

一 (ぼう)(しょう)(こう)()文。

  神肪(じんぼう)()(じょう)普光(ふこう)窺基(きき)なり。宋僧伝第四巻に、窺基は即ち()(おん)大師なりと。これ(すなわ)ち玄奘の付嘱を受けて大慈恩寺に住する故なり。

一 ()四十五(三十七)

  報恩抄上二十にいう「人王第三十七代・孝徳天王の御宇(ぎょう)に三論宗・華厳(けごん)宗・法相(ほっそう)宗・倶舎(くしゃ)宗・(じょう)(じつ)宗わたる」とは、この御宇に(どう)(しょう)等これを渡すなり。今「四十五代」等とは、この御宇に(げん)(ぼう)これを渡すなり。総じて法相宗は四度の伝来これあり。故に(まさ)(つぶさ)には「(にん)(のう)三十七代・孝徳天皇の御宇(ぎょう)より人王四十五代聖武天皇の御宇までに道慈(どうじ)、道昭等(これ)を渡す」と云うべし云云。「等」とは(げん)(ぼう)を等取するなり。

一 道慈(どうじ)

  釈書二・十四。「道昭」は釈書一・七。「(やま)階寺(しなてら)」は即ち興福寺なり。釈書二十八・十。

一 決定性(けつじょうしょう)二乗(にじょう)

  法相宗の五性(ごしょう)(かく)(べつ)とは、一には声聞乗(しょうもんじょう)(しょう)、二には僻支仏(びゃくしぶつ)(じょう)(しょう)、三には如来(にょらい)(じょう)(しょう)、四には不定(ふじょう)(じょう)(しょう)、五には無性(むしょう)有情(うじょう)等云云。無性の有情とは一闡提(いっせんだい)の事なり。秀句上末二十八、太平抄三十四・四十。

           つづく
開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-07-01 22:41 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)