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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 05月 05日 ( 2 )


2015年 05月 05日

老いも若きも定め無き習いなりされば先臨終の事を習うて後に他事を習うべしと説いた【妙法尼御前御返事】

【妙法尼御前御返事】
■出筆時期:弘安三年(西暦1280)七月十四日 五十九歳御作 御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄を送られた妙法尼は、詳細は不明だが駿河国岡宮に住んでいた婦人といわれる。妙法尼が夫の臨終の際「妙法蓮華経を昼夜唱え、臨終間際には二声大きな声で唱え、生前より色も白く、形も損なわなかった」と大聖人に知らせた手紙への返書となっております。大聖人は本抄で「一代聖教を定むる名目に云く黒業は六道にとどまり白業は四聖となる、此等の文証と現証をもん(以)てかんがへて候に、此の人は天に生ぜるか」と妙法尼の亡き夫は天上界に生まれるであろうと讃えられておられます。さらに「故聖霊(亡き夫)、最後臨終に南無妙法蓮華経ととなへさせ給いしかば、一生乃至無始の悪業変じて仏の種となり給う、煩悩即菩提・生死即涅槃・即身成仏と申す法門なり、かかる人のえん(縁)の夫婦にならせ給へば又女人成仏も疑なかるべし」と、妙法尼の成仏も疑なかるべしと、断じておられます。
■ご真筆: 池上本門寺(第1紙、第3紙~7紙)所蔵、千葉福正寺(断簡所蔵)。
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 [妙法尼御前御返事 本文]

 御消息に云く、めうほうれんくゑきやうをよるひるとなへまいらせ、すでにちかくなりて二声かうしやう(高声)にとなへ、乃至(ないし)いきて候し時よりも、なをいろもしろくかたちもそむせずと云云。

 法華経に云く「如是相乃至本末究竟等」云云。大論に云く「臨終の時色黒き者は地獄に堕つ」等云云。守護経に云く「地獄に堕つるに十五の相・餓鬼に八種の相・畜生に五種の相」等云云。天台大師の摩訶止観に云く「身の黒色は地獄の陰に譬う」等云云。

 夫以(それおもん)みれば日蓮幼少の時より仏法を学び候しが、念願すらく人の寿命は無常なり、出る気は入る気を待つ事なし、風の前の露尚譬えにあらず。かしこきもはかなきも、老いたるも若きも定め無き習いなり。されば先(まず)臨終の事を習うて後に他事を習うべしと思いて、一代聖教の論師、人師の書釈あらあらかんがへあつめて此を明鏡として、一切の諸人の死する時と、並に臨終の後とに引き向えてみ候へば、すこしもくもりなし。此の人は地獄に堕ち給う乃至人天とはみへて候を、世間の人人、或は師匠、父母等の臨終の相をかくして西方浄土往生とのみ申し候。悲いかな師匠は悪道に堕ちて、多くの苦みしのびがたければ、弟子はとどまりゐて師の臨終をさんだん(讃嘆)し、地獄の苦を増長せしむる。

 譬へばつみふかき者を口をふさいできうもん(糾問)し、はれ物の口をあけずしてやまするがごとし。
しかるに今の御消息に云く、いきて候し時よりもなをいろしろく、かたちもそむせずと云云。

 天台の云く白白は天に譬ふ、大論に云く「赤白(せきびゃく)端正なる者は天上を得る」云云。天台大師御臨終の記に云く色白し、玄奘三蔵御臨終を記して云く色白し、一代聖教を定むる名目に云く「黒業は六道にとどまり白業は四聖となる」、此等の文証と現証をもんてかんがへて候に、此の人は天に生ぜるか、はた又法華経の名号を臨終に二反となうと云云。

 法華経の第七の巻に云く「我滅度の後に於て応(まさ)に此の経を受持すべし、是の人仏道に於て決定(けつじょう)して疑有ること無けん」云云。一代の聖教いづれもいづれもをろかなる事は候はず、皆我等が親父・大聖教主釈尊の金言なり皆真実なり皆実語なり。其の中にをいて又小乗・大乗・顕教・密教・権大乗・実大乗あいわかれて候。仏説と申すは二天・三仙・外道・道士の経経にたいし候へば、此等は妄語・仏説は実語にて候。此の実語の中に妄語あり、実語あり、綺語(きご)もあり悪口もあり。其の中に法華経は実語の中の実語なり、真実の中の真実なり。真言宗と華厳宗と三論と法相と倶舎・成実と律宗と念仏宗と禅宗等は、実語の中の妄語より立て出だせる宗宗なり。法華宗は此れ等の宗宗には・にるべくもなき実語なり。法華経の実語なるのみならず、一代妄語の経経すら法華経の大海に入りぬれば、法華経の御力にせめられて実語となり候。いわうや法華経の題目をや。

 白粉(おしろい)の力は漆(うるし)を変じて雪のごとく白くなす、須弥山に近づく衆色は皆金色なり。法華経の名号を持つ人は、一生乃至過去遠遠劫の黒業の漆変じて白業の大善となる。いわうや無始の善根皆変じて金色となり候なり。
しかれば故聖霊、最後臨終に南無妙法蓮華経ととなへさせ給いしかば、一生乃至無始の悪業変じて仏の種となり給う。煩悩即菩提・生死即涅槃・即身成仏と申す法門なり。かかる人のえんの夫婦にならせ給へば、又女人成仏も疑なかるべし。若し此の事虚事(そらごと)ならば釈迦・多宝・十方・分身の諸仏は妄語の人、大妄語の人、悪人なり。一切衆生をたぼらかして地獄におとす人なるべし。 提婆達多は寂光浄土の主となり、教主釈尊は阿鼻大城のほのをにむせび給うべし。

 日月は地に落ち、大地はくつがへり、河は逆(さかしま)に流れ、須弥山はくだけをつべし。日蓮が妄語にはあらず十方三世の諸仏の妄語なり、いかでか其の義候べきとこそをぼへ候へ。委くは見参の時申すべく候。

七月十四日               日  蓮  花 押
妙法尼御前申させ給へ




by johsei1129 | 2015-05-05 23:04 | 妙法比丘尼 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 05日

開目抄愚記 上三

一 五帝(ごてい)已後(いご)文。

 (ただ)ちに五帝より已後なり。五帝を除くに(あら)ず。実には「三皇已後」と言うべし。(しか)るに五帝とは文体然るべければなり。(いわん)や三皇已後は父母を知るの義、上の文に(おのずか)(あらわ)れたり。故に三皇・五帝を分って以て文章を(いろど)るなり。

一 重華(ちょうか)(かたくな)わしき父を敬い

 註三十・一に(ぎょう)(てん)を引く。註千字文上六に文(つぶさ)なり。往いて見よ。

 問う、尭(すなわ)ち二女を以て(しゅん)(めあわ)す。瞽叟(こそう)強くこれを(にく)むと(いえど)も、何ぞ舜をして(くら)()り、()穿(うが)たしむるや。況や両笠(りょうりゅう)(とく)(こう)以て信ずるに足らざるをや。

 答う、これ「(たと)い有りとも」の義なり。(いわ)く、(たと)()くの如き事ありとも()くこれを(まぬか)るべしとなり。これを以て()(こう)の志を顕すなり。直に舜を(りん)に塗り、(せい)穿(うが)たしむるに非ず云云。若し朝抄(ちょうしょう)一・五に報恩伝を引くが如くんば前後同じからず云云。

一 沛公(はいこう)(みかど)となつて大公(たいこう)を拝す

 史記(しき)八初、前漢書(ぜんかんじょ)一初、同一下七紙。

一 ()(おう)西伯(せいはく)を木像に造り

 これ(ぶん)(のう)を以て大将軍と()し、功を父に(すす)むるなり。史記四・四。
一 (てい)(らん)母形([母の)(形を)(きざ)刻む(めり])文。

 (もう)(きゅう)下五、朝抄一・六に孝子伝(こうしでん)を引く。()いて見よ。(まさ)に知るべし、此等の四人の父母を(うやま)うを以て孝の手本と為すことを。仲尼(ちゅうじ)云く「敬わずんば何を以てか(これ)を分たん」と云云。

 問う、何ぞ四人を()ぐるや。

 答う、文意(もんい)に云く、(なお)(かたくな)わしき父を敬う、(いわん)(なお)き父に於てをや。帝と()るも尚父を敬う、況やその已下をや。王すら尚功を父に(すす)む、況やその已降をや、幼稚(ようち)すら尚母を(した)う、況や長大なるをやと。

一 ()(かん)は(乃至)頚(頭)をはねらる

 史記三十・三、(いん)本紀云云、註千字上八に胸を()くと云云。

一 公演(胤)といゐし者は魏王(懿公)の(きも)をとって等

 「公演」はまた「(こう)(えん)」に作り、「魏王」は「懿公(いこう)」に作るべし。即ち報恩抄初の如し。(えい)の懿公は鶴を愛し、人を愛せざる故に(つい)に国を亡すなり。而るに弘演の忠心に()って(せい)(かん)(こう)、懿公の跡を立てたり。(つぶさ)に註中の如し。

一 伊尹(尹寿)は(ぎょう)(おう)の師

(いん)寿(じゅ)」に作るべし。註中を見るべし。その外啓蒙(けいもう)(つぶさ)なり。

一 此等を()(せい)とがうす

これは四師を指すなり。理惑(りわく)論に云く「四師は聖と(いえど)も」と云云。(いわん)や下巻三に「太公等の四聖」と云云。(ごん)の義は不可(ふか)なり。次下十三に云く、「外典(げてん)・三千余巻の(しょ)(せん)に二つあり乃至聖賢(せいけん)の二類は(こう)の家よりいでたり(いか)に況や仏法を学せん人・()(おん)報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩しつて知恩報恩をいたすべし」と文。報恩抄初()(じょう)(こう)(えん)の事を引き(おわ)って云く「いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや」と文。「いかにいわうや」の文、これを思い合すべし。

一 此等の聖人等

 この下、次に所説の法を()げて所学の(そう)を示すなり。

一 三墳(さんぷん)・五典

 尚書(しょうしょ)(じょ)に云く「(さん)(こう)の書は(これ)を三墳と()い、大道と言うなり。()(てい)の書は之を五典と謂い、常道と言うなり」と文。「三史(さんし)」とは史記(しき)百三十巻前漢の司馬遷(しばせん)、前漢書(かんじょ)百巻後漢の班固(はんこ) 、後漢書百二十巻宋の范曄(はんよう)なり。

一 一には()(げん)文。

 ()十・二十、()十・四十二に云く、「有に約して玄を明かすとは(たい)(きょく)両儀(りょうぎ)(しょう)ずと云うが如し。分ちて天地と()し、変じて陰陽(おんよう)()る。故に是れ両儀を生ずと()う」等云云。文意(もんい)に云く、太極を分ちて天地と為す、太極変じて陰陽と成る、これ両儀を生ずというなり。これ(すなわ)ち形に約して天地といい、気に約して陰陽というなり。今両儀の一言(いちごん)()くこの二義を含む。故に諸文の中に両儀の言を以て、或は天地と為し、或は陰陽と為すなりと。(どう)(しゅん)の大学抄一・二十七に云く「(じゅ)(どう)は虚なりと(いえど)も、(しか)も有なり。故に無極にして太極と云うなり」と。また云く「儒理は君臣父子等の彝倫(いりん)の外を出でず。是れを(とう)()霊妙の処と云うなり」取意と。

          つづく
開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-05 14:45 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)