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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 04月 28日 ( 3 )


2015年 04月 28日

立正安国論愚記 目次

    
     日寛上人 御書講義

    立正安国論愚記 

 御書結集の事 
 述作年代の事
 
 この論、縁起の事
 
 この論、所破の事

 この論、首(はじめ)に置く事 
 立正の両字の事
 
 安国の両字の事 
 この書を論と名づくる事

 この題に三箇の秘法を含む事 
 この論の選号の事

  第一 災難の来由

  第二 災難の証拠

  第三 正法を誹謗する由

  第四 正しく一凶の所帰を明かす

  第五 和漢の例を出だす

  第六 勘状の奏非

  第七 施を止めて命を絶つ

  第八 斬罪の用否

  第九 疑を断じて信を生ず

  第十 正に帰して領納す



   御書本文   文段 総目次



















by johsei1129 | 2015-04-28 23:03 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 04月 28日

立正安国論愚記 二九

(ほっ)(すい)(せん)(じん)斟酌(しんしゃく)

高誘(こうゆう)(りょ)()春秋(しゅんじゅう)の註に云く「斟酌は其の善なる者を取って行う」と云云。故に知んぬ、「斟酌」は思慮(しりょ)分別(ふんべつ)してその善なる者を取って而も行う義なることを。今文の意も(また)(また)(しか)なり。或る師の「思慮の義を破る」は(かえ)って不可なるか。

(まさ)に知るべし「浅」は即ち余経、「深」は即ち法華なり。故に秀句に云く「(あさ)きは(やす)(ふか)きは(かた)し。六難は法華を指し、()()は余経を指す」(取意)と云云。法華はこれ大海なり云云。本地(ほんち)(じん)(じん)等云云。

一 仏家(ぶっけ)棟梁(とうりょう)

末法の「仏家の棟梁」は即ちこれ蓮祖大聖人なり。

故に撰時抄下三十九に云く「()ぬる文永八年九月十二日(さる)の時に平左衛門尉に向って云く日蓮は日本国の棟梁なり()を失なうは日本国の柱橦(はしら)を倒すなり」等云云。

一 (はと)()して(たか)()り等

註の如し。礼記(らいき)月令(がつりょう)に出ず。また(じゅ)(りん)四十三・十二に云く「春分の日、鷹化して鳩と為る。秋分の日、鳩化して鷹と為る。時の()なり」と。また云く「百年の(すずめ)江に入りて(はまぐり)と為り、千歳の(きじ)海に入りて(はまぐり)と為る」と云云。

問う、客(すで)に悪を転じて善と()る、「鳩化して鷹と為る」が如し。何ぞ「雀変じて蛤と為る」というや。

答う、これ勝劣の義を取るに(あら)ず、(ただ)変化(へんげ)の義を取るのみ。

一 ()()(しょう)と成る

「麻畝」の両字は詩経(しきょう)の五に云く「(あさ)()えること(これ)()(かん)せん、その(うね)(こう)(しょう)す。妻を(めと)ること(これ)を如何せん、必ず父母に告ぐ」と云云。史記六十・十二に云く「(よもぎ)麻中(まちゅう)に生ずれば(たす)けざるに(おのずか)(なお)し。白沙の泥中(でいちゅう)に在れば之が(ため)に皆黒し」と文。

友を選ぶべきこと要なり。大論の十四・五に云く「人に三(ごう)あり。諸善を()すに、()し身口の業善あれば意業も自然(じねん)に善に入る。(たと)えば曲草の麻中に生ずれば(たす)けざるに自ら(なお)きが如し」と云云。(注・衡従=平らかにすること)

(まさ)に知るべし、今この意に(じゅん)ずるに、(たと)名聞(みょうもん)の為にもせよ、若しは()(よう)の為にもせよ、身に妙法の行を立て、口に妙法の行を説け。(あるい)は身を仏前に(はこ)び、口に妙名を唱えよ。若し(しか)らば意業は自ら妙法の大善に入るべきなり云云。

一 風(やわ)らぎ(なみ)静かに

緑林の風和らぎ、白浪の浪静かに云云。「五風十雨」等云云。
一 不日(ふじつ)豊年(ぶねん)文。

常には漢音に呼ぶも今は呉音に呼べ。これ或る師の伝なり。「不日」とは詩経の注に云く「日を()ざるなり」と。故に知んぬ、(すみやか)なる義を「不日」ということを。「豊年」とは礼記(らいき)五に云く「祭は豊年にも(おご)らず、凶年にも(つづ)めず」等云云。九年六年三年の(たくわ)えの事云云。

一 (ただ)し人の心は時に随って(うつ)

(せん)()(もん)に云く「真を守れば(こころざし)満ち、物を()えば(こころ)移る」と云云。註に云く「中人の性は習いに随って則ち改まる。善に()えば善と()り、悪に逢えば悪と為る。心定まらざるを以てなり。『物を逐えば意移る』とは荘子に云く、凡夫の心は限り有るの身を(もっ)て限り無きの物を求め、(こころ)(つね)に定まらず」と文。

一 物の性は(きょう)()って改まる

「物」は即ちこれ人なり。(まさ)に知るべし、心性は本善悪(もとぜんあく)を具す。所以(ゆえ)に外境に随って善悪の念生ず。(たと)えば(すい)(しょう)の日輪の縁に随って火を生じ、月輪の縁に随って水を生ずるが如し。(すで)に境に依って善悪改変す、故に「境に依って改まる」というなり。

一 譬えば(なお)水中の月の波に動き

北本涅槃(ねはん)経十四・十九に云く「(もろもろ)の衆生等、少微(しょうみ)の縁を見て阿耨(あのく)菩提に於て即便(すなわ)ち動転す。水中の月の水動けば則ち動ずるが如し」と云云。

一 陣前の(いくさ)(つるぎ)(なび)く等

                    つづく



by johsei1129 | 2015-04-28 22:44 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 04月 28日

立正安国論愚記 二八

  
  第九 疑を断じて信を生ずの


一 客(すなわ)ち席を()(えり)(つくろ)いて

この段は旅客信伏(しんぷく)して主人を崇敬(すうぎょう)し、(たちま)ち師弟の礼を()す。故に「席を避け襟を刷いて」というなり。孝経に云く「(ちゅう)()間居(かんきょ)たもうとき、曽子(そうし)待坐(たいざ)せり。子の(いわ)(しん)、先王は至徳要道有って(もっ)て天下を(したが)う。民(もっ)て和睦し上下(うらみ)なし、汝之を知るや』と。曽子席を()けて曰く『参は不敏(ふびん)なり(いずく)んぞ以て之を知るに足らんや』」と。注には「礼に『師の問うことあるときは席を避け()ちて(こた)』といえり」云云。史記の百二十七に云く「(そう)(ちゅう)()()()(ぜん)として悟る(かむりのお)()(えり)を正して()()す。注には、其の冠の(ひも)()りて、其の衣の襟を正す」等云云。今、註の中に云く「襟を(つくろ)うは(えり)を交うるなり」と云云。

一 仏教()(まちまち)にして
()」の字は、衆なり分なりの訓を用うべきなり。

一 理非(りひ)明ならず

これ信伏(しんぷく)の中に()ず当初の迷妄を()ぐるなり。謙退(けんたい)の辞と()うには(あら)ざるなり。「(ただ)(ほう)(ねん)」の下は(まさ)しく(さく)()を悔ゆるなり。

一 (この)む所なり(ねが)う所なり
  この和訓は可なり。
一 一闡提(いっせんだい)()(とど)め等

 「(しゅう)(そう)()」は「一闡提」に対するなり。(しか)るに世上(せじょう)仏意に(そむ)き、(かえ)って衆僧尼の()止め(もっぱ)ら一闡提の施を(いた)すは(あわれ)れむべし、悲しむべし。(いわん)やまた「法水の(せん)(じん)」を(わきま)えず「仏家の棟梁(とうりょう)」を知らざるをや。

一 仏海の白浪(はくろう)(おさ)

白波(はくは)(こく)は盗賊の在所なり。白波(しらなみ)を白浪と号するならん。()漢書(かんじょ)列伝六十二・九の(とう)(たく)伝に云く「初め霊帝の末に黄巾(こうきん)の余党(かく)(たい)等、(また)西河の白波谷に起り、転じて太原(たいげん)(こう)す。(つい)に河東を破り、百姓(ひゃくせい)三輔に流転す。号して白波の賊と()す。衆十余万」等云云。また歌道に盗人を白波というなり。(いえ)(たか)の子息禅師(りゅう)(そん)の歌に「白浪の名をば立つとも吉野川 花(ゆえ)沈む身をば(うら)みじ」と云云。また(じょう)(げん)元年、大裏(だいり)に盗人入りたりし時、(きょう)(わらべ)落書(らくしょ)に「四方(よも)の海風おさまらぬ程見えて 雲の上にも寄する白浪」云云。(しゃ)(せき)本語(ほんご)(えん)に云云。(ただ)在恒(ありつね)(むすめ)の歌に「風吹けば興津(おきつ)白波竜田山(たつたやま) 夜半(よわ)にや君が(ひと)り行くらん」と。この歌の「白浪」は(ただ)是れ枕歌にて盗人の事にはあらず。「立田山」といわんとて「興津白浪」といい、興津白浪といわんとて「風吹けば」と置くなり。例せば「足曳(あしびき)の歌」の如し云云。

緑林(りょくりん)」は盗賊の(こも)る山の名なり。前漢書九十九・九に出でたり。註に「緑林は即ち赤眉賊(せきびぞく)なり。王莽(おうもう)の末、民並び()ちて盗賊と為り、(あつ)まりて緑林の山中に(かく)る」というこれなり。長明(ちょうめい)が海道記に云く、わか杉と云う所にてよめる、はや通るとて過ぎよをよめる歌に云く『はや過ぎよ人の心のよこた山 緑の林かげにかくれて』と云云。呉竹(くれたけ)集に云云。
 問う、(とも)にこれ盗賊の通名なり、何ぞ山賊・海賊に配せんや。

答う、(あるい)(りょう)()政世記の一説に()るか。「暴、山に(かく)れて緑林と()って国を犯す。亀、海に踊って白波と成り舟を(くつがえ)す」云云。或は字の便(たより)に随うか。太平三十九・十八に云く「山路には山賊ありて旅客緑林の陰を過ぎ得ず、海上には海賊多くして舟人白浪が難を去り()ねたり」と云云。

追って、赤眉黄巾の事、太平抄の十七・六。

                     つづく

立正安国論愚記 目次



by johsei1129 | 2015-04-28 22:42 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)