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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 04月 04日 ( 3 )


2015年 04月 04日

立正安国論愚記 二十

一、汝(こと)の起りを聞かんとならば(くわ)しく()(おもむき)を談ぜん。
 点の如し。
一、([先])後を立てて(ごん)(じつ)(べん)ず等
 此の文は一部の眼目なり。意に云く、前四十余年は権経なり。故に「四十余年には(いま)だ真実を(あらわ)さず」という。後八年の法華は真実なり。故に「世尊は法(ひさ)しゅうして(のち)(かなら)(まさ)に真実を説きたまうべし」というなり。
 問う、前後を立てて権実を弁ずる所以(ゆえん)如何(いかん)
 答う、これ先判(せんぱん)の権経を捨てて後判(ごはん)の実経を取らんが為なり。故に「正直(しょうじき)に方便を捨てて、但無上道を説く」というなり云云。
一、(しか)るに曇鸞(どんらん)
 浄土の三師は(すで)に仏説に(そむ)き、先判の権経に依って後判の実経を捨つ。故に破して「(いま)だ仏教の淵底(えんてい)(さぐ)らざる」というなり。
一、其の流れを()むと雖も其の(みなもと)を知らず
 朝抄に云く「天台の流を酌むと雖も、天台判教の淵底(えんてい)を知らず」等云云。
 今謂く、(すで)に三師を挙げて「其の流」という、何ぞ「天台の流」といわんや。恐らくは鉤鎖断絶(だんぜつ)に似たるか。
 啓蒙に云く「三師の意は先権(せんごん)()いて()(じつ)を捨つと雖も、(しか)も法華を以て聖・難・雑に(せっ)せず。(しか)るに(ほう)(ねん)は三師の流を酌むと雖も、三師の法華を論ぜざるの源を知らず」等云云。
 今謂く、この論の意も(また)法然所依(しょえ)の三師を破るなり。故に上の文には「謬釈(みょうしゃく)」といい、今は「未だ仏教の淵底を探らざる」等というなり。故に知んぬ、未だ必ずしも国家論の意に同じからざるを。(いわん)(また)然公(ねんこう)(すで)に三師の法華を論ぜざるの源を知れるをや。故に選択(せんちゃく)集上三に安楽集を引いて云く「今()の集の意は(ただ)顕大(およ)び以権大を存す。故に歴劫(りゃっこう)迂廻(うえ)の行に当る」等云云。この文に分明(ふんみょう)なり。何ぞこれを知らずといわんや。
 今謂く、然公は三師の流を酌むと雖も、その源の(にご)れるを知らず。所以(ゆえ)に三師の釈に准思(じゅんし)して「捨」等の四字を加うるなり。故に知んぬ、(にご)りに濁りを添え、()に非を重ぬることを。
 浄円房抄に云く「浄土の三師に於て難・聖・雑の中に法華を入るる意粗之(ほぼこれ)有り。(しか)りと雖も法然の如き放言の事は之無し」(取意)と云云。今のこの文の意なり。
 註に云く「(しゃく)(どう)既に其の源を濁す。然公(ねんこう)、何ぞ流清きことを得ん」と云云。この一言、至れり(つく)くせるなり。
一、止観(しかん)第二に史記(しき)を引いて云く、(しゅう)(すえ)に等。第二 四十六。
 問う、周はこれ三十七主なり。若しそれ平王は第十三に当る。(なお)(ちゅう)に及ばず。何ぞ「周の末」というや。

答う、周の代(すで)(おとろ)う、故に「周の末」というなり。謂く、第九()(おう)の時に至るまでは周の代盛んなり。第十(れい)(おう)の時に至って十二諸侯の国々に(あい)(わか)れたり。これより周の代衰うるなり。故に妙楽云く「(ただ)是れ()(まつ)の末なり。最後と謂うには(あら)ず」と云云。(ごん)抄の義は不可なり。

一、弘決(ぐけつ)の第二に(乃至)左伝(さでん)を引いて云く
 第二末六十三、左伝第六・十一。
一、識者(しきしゃ)の曰く等
「識者」は即ちこれ周の太夫(たいふ)(しん)(ゆう)なり。兼讖差(けんしんたが)わざるなり。
一、蓬頭散帯(ほうとうさんたい)文。
 ネミダレガミにオビヒロげたり 二度読むべし云云。
一、奴苟(どこう)相辱(あいはずかし)むる
 二字(とも)(いや)しき者なり。賎しき者共が互いに()しく云い合うが自然に達する者なり等というなり。止観(しかん)随聞(ずいもん)第二の如し。健抄の点は(はなは)だ非なり。
一、此れを以て之を推す([推ふ])るに
 この下に三十八字、別本にこれあり。註にいうが如し。故に唐武の例は、念仏はこれ亡国破法の因縁(いんねん)なることを(あらわ)すなり。
一、(きょう)を捨てて善に帰し
「凶」は即ち法然(しょ)(りゅう)の念仏なり。「善」は即ち宗祖所弘の妙法なり。
一、源を(ふさ)ぎ根を(たつ)べし
 「根」「源」の二字は(また)選択(せんちゃく)を指す。即ち災難の源、亡国の根本の故なり。止四・二十八に云く「根(あらわ)るれば枝枯れ、源(かわ)けば(ながれ)()く」と云云。弘の四本の四十七。


                          つづく
立正安国論愚記 目次


by johsei1129 | 2015-04-04 18:54 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 04月 04日

立正安国論愚記 十九

一、或は勢至(せいし)化身(けしん)と号し等
 註の中には月輪殿下の事を()げて、これを釈す。()し伝記の説の如きは、勝法房、上人の真影を(えが)、其の銘を()う時、(ほう)(ねん)首楞(しゅりょう)(ごん)(きょう)の勢至円通の文を書いて勝法房に与う。故に「勢至の化身」というなり。
一、善導の再誕(さいたん)と仰ぐ等
 彼の家の相伝に云く「善導の再誕とは即ち是れ弥陀(みだ)の化身の義なり」と。五条外記(げき)主計頭(かずえのかみ)(より)(ひさ)真人(まひと)が宝治二年八月二日の記に云く「仙洞(せんとう)に参り西の小御所の南向に召され数尅(すうこく)御文談あり。仰せに云く、後三条院御記に御夢想あり。弥陀如来の化身来って衆生を西土に引導すべしと云云。彼の年月を(かんが)うるに(まさ)に源空誕生の年月なるべし」等云云。浄土十勝論の中の如し。
 今(いわ)く、弥陀如来は正直捨権(しょうじきしゃごん)の説を誠証(じょうしょう)して舌を梵天に至らしむ。何ぞ(かえ)って実を捨てて権を取らんや。況や「(ただ)五逆誹謗(ひぼう)正法を除く」といえるをや。(みずか)ら正法を誹謗して何ぞ安養に()らんや。
一、星霜(せいそう)(あい)(つも)れり等
 「春秋・星霜」(とも)に年々(うつ)り行く義なり。啓蒙(けいもう)の如し云云。
一、毛を吹いて(きず)を求め
 これ漢書に出ず。一義に云く、(あやま)無き(ほう)(ねん)に過ちを求むるに(たと)うるなりと。一義に云く、これ蓮師に約す。謂く、他人を(そし)るは我が過ちを(あらわ)すなり云云。後の義、可なり。
一、()(じょう)(いかで)(のが)れん等
 啓蒙に類文等を引いて云く「(いま)だ過失の註を見ず」云云。
今案じて云く、(みょう)(らく)の不軽品の記三十二に云く「有る人の云く、菩薩此の(らい)()さざれば即ち是れ(つみ)有り」と。
 今(いわ)く、(つみ)あらば(すべから)く科条に(じゅん)すべし。梵網(ぼんもう)に文なし、小には(すなわ)ち制なし云云。この文即ち今文の意に同じきなり。
一、主人([咲])(とど)めて曰く
 註に云く「笑み止むるは(いか)り来るの(いい)なり」と云云。これ同気相応の意なり。朝抄の意に云く「笑みを含み客を止むるなり」と云云。これはこれ相翻(そうほん)の相なり。謂く、()()と笑って客の(まさ)に帰らんとするを止むるなり。大意最も(おだ)やかなり。朝抄の義に随うべきなり。
一、(から)きことを(たで)の葉に習い等
 三教指帰(さんきょうしき)に云く「(たと)えば辛きことを蓼の葉に習い、(くさ)きことを厠屎(しし)に忘るるが如し」と云云。文意に云く、(りょう)(むし)の習るること年久し、故に辛きことを知らず。蛣蜣(きつきょう)も亦習るること久しき故に臭きことを知らず。然公の門人(もんじん)(また)(しか)なり。邪法に習るること年久しき故に、邪を以て邪と思わざるなり。故に善を聞いて(かえ)って悪と思う等なりと。註の意、(おそ)らくはその義強きに()たるか。

               つづく
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by johsei1129 | 2015-04-04 18:52 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
2015年 04月 04日

立正安国論愚記 十八


  第五 和漢の例を出すの下 九月二十四日

一、客(こと)に色を()して
 (すで)(ほう)(ねん)の名を出して(まさ)しく悪比丘(びく)という、故に客憤怒(ふんぬ)して色を増す、故に「殊に」というなり。
一、曇鸞(どんらん)法師。
 此の下は選択(せんちゃく)上七紙の文なり。伝弘決(でんぐけつ)の一云云。
一、()(しん)僧都(そうず)文。
 釈書四 十六、啓蒙(けいもう)十一・七十已下に(つぶさ)なり。()いて見よ。
 (つい)に一乗真実の理を知る時、(あに)法華に()って行ぜざらんや。終に五乗方便の説を知る時、(あに)念仏の行を捨てざらんや。(まさ)に一乗の行を(もっ)て極楽に生ずべし、即ち薬王品の所説の如し。何ぞ念仏の行に依って彼の国に生ずといわんや。
 又註中に「(よう)(かん)律師等の十四字は多く異本に無し」と云云。永観の事、釈書五・三。また註中に「三川(みかわ)入道寂照」というは釈書十六・十二に出ず。(ただ)し未だ往生(おうじょう)の事を見ず云云。

一、就中(なかんずく)法然([聖])人等。
 釈書五・十三、()いて見よ。
一、幼少にして天台山に昇り
 朝抄に「十三歳」と云云。()し釈書の始終(しじゅう)(じゅん)ずるにその義なきに(あら)ず。若し伝記の如くんば十五歳に登山と見えたり。若し釈書に「十五歳」というは出家の年なり。
一、智は日月(にちがつ)(ひと)しく
 論語第十に云く「叔孫武叔(しゅくそんぶしゅく)(ちゅう)()(そし)る。子貢(しこう)云く、仲尼をば毀るべからざるなり。他人の賢者は丘陵(きゅうりょう)なり、猶踰(なおこ)ゆべし。仲尼は日月の如し、得て踰ゆること無し。(みずか)()たんと欲すと(いえど)も、其れ何ぞ日月を(やぶ)らんや」と云云。無量義に云く「智慧の日月」等云云。
一、徳は先師に()えたり
 一義に云く、前に()ぐる和漢の先師に越えたりと。一義に云く、(ただ)これ(えい)(くう)・蔵俊・寛雅・慶雅等の先師に越えたりと。
一、(しか)りと(いえど)(なお)出離(しゅつり)(おもむき)に迷いて
 一切経を反覆(はんぷく)し、八宗の章疏(しょうじょ)を究むと雖も、皆これ難行にして末代相応の行に(あら)ず。愚推(ぐすい)僻解(びゃくげ)するが故に「猶迷う」等というなり。
一、(あまね)覿()、悉く(かんが)み等
 (いず)れか末代相応の行ならんと(しばしば)之を尋ぬる(ところ)(さいわい)に善導の観経の(しょ)及び往生要集を得て、(なお)深く思い遠く(おもんぱか)り、(つい)に諸経を(なげう)って(もっぱ)ら念仏を修するなり。
一、一夢(いちむ)の霊応を(こうむ)り等
 然公(ねんこう)疑慮(ぎりょ)(いま)だ散ぜず、夢に王の()げを待つなり。註及び啓蒙に伝記を引くが如く、半金色の善導を感ずるなり。
 今謂く、直に仏説を(かんが)うべし、何ぞ夢に王の告げを待たんや。「(えい)」は玉篇に云く「(ばん)()総名、辺地なり」云云。


                 つづく
立正安国論愚記 目次


by johsei1129 | 2015-04-04 18:51 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)