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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 03月 10日 ( 2 )


2015年 03月 10日

法華経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なりと説いた【此経難持御書】

【四条金吾殿御返事(此経難持御書)】
■出筆時期:文永十二年(西暦1275)三月六日 五十四歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は大聖人が、後の六老僧の一人、弁阿闍梨日昭から「四条金吾殿が法華経を持つ者は『現世安穏後生善処』と聞き、言われる通りに信仰してきたが、大難雨の如く来り候」と言っていると聞き、法華経見宝塔品 第十一の偈を引き、厳しく指導されておられるご消息文となっております。
■ご真筆: 現存していない。

[四条金吾殿御返事(此経難持御書) 本文]

此経難持の事、抑弁阿闍梨が申し候は、貴辺のかたらせ給ふ様に持つらん者は現世安穏・後生善処と承つてすでに去年より今日まで、かたの如く信心をいたし申し候処に、さにては無くして大難雨の如く来り候と云云。真にてや候らん又弁公がいつはりにて候やらん。いかさま、よきついでに不審をはらし奉らん。

 法華経の文に難信難解と説き給ふは是なり。此の経をききうくる人は多し、まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり。受くるはやすく、持つはかたし。さる間・成仏は持つにあり。此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持つなり。「則為疾得・無上仏道(注)」は疑なし。三世の諸仏の大事たる南無妙法蓮華経を念ずるを持とは云うなり。

 経に云く「護持仏所属」といへり。天台大師の云く「信力の故に受け念力の故に持つ」云云。又云く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり」云云。火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり。松は万年のよはひを持つ故に枝を・まげらる。

 法華経の行者は火と求羅との如し、薪と風とは大難の如し。法華経の行者は久遠長寿の如来なり。修行の枝をきられ、まげられん事疑なかるべし。此れより後は此経難持の四字を暫時もわすれず案じ給うべし。
○恐恐。

文永十二年乙亥三月六日    日 蓮  花押
四条金吾殿

(注) 此経難持~無上佛道の法華経見宝塔品 第十一の該当する偈
   
   此經難持 若暫持者 我即歡喜 諸佛亦然
   如是之人 諸佛所歎 是則勇猛 是則精進
   是名持戒 行頭陀者 則爲疾得 無上佛道
  (和訳) 此の経は持つこと難し 若し暫も持つ者は 我(釈尊)即ち歓喜し 諸仏も然るなり
       是の如き人は 諸仏の歎(ほめる)ずる所なり 是れ即ち勇なり 是れ即ち精進なり
       是れ戒を持ち 頭陀を行ずる者と名づく 即ち是れ疾く  無上道を得るなり
       ※頭陀行(衣食住関わる一切の欲を捨てる修行:乞食(こつじき)
       ちなみに乞食のために、首からお経などをいれてぶら下げた袋を頭陀袋と称した。

by johsei1129 | 2015-03-10 20:12 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
2015年 03月 10日

法華経第七に云く「此の経は則ちこれ閻浮提の人の病の良薬なり」と説いた【可延定業御書事】

【可延定業御書】
■出筆時期:文永十二年(西暦1275)二月七日 五十四歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は富木常忍の妻、富木尼御前に宛てたご消息文です。富木尼御前は、夫の常忍が出家し入道となると共に自身も剃髪し尼になり、妙常と号した程の強信徒であった。しかし晩年は病魔に悩まされることが多かったようである。大聖人は本書でその尼御前に対して、法華経巻第七をひいて「此の経は則為閻浮提の人の病の良薬なり」と、法華経は定業(寿命)さえ伸ばすことができると諭されるとともに、ご自身が祈って悲母の病を癒し四年間寿命を延ばされた事を記して、法華経の信心に一層励むよう激励されておられる。
■ご真筆: 中山法華経寺 所蔵(重要文化財)。
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[可延定業御書 本文]

 夫れ病に二あり一には軽病二には重病・重病すら善医に値うて急に対治すれば命猶存す何に況や軽病をや。
 業に二あり一には定業二には不定業、定業すら能く能く懺悔すれば必ず消滅す何に況や不定業をや。
法華経第七に云く「此の経は則為閻浮提の人の病の良薬なり」等云云。此の経文は法華経の文なり、一代の聖教は皆如来の金言、無量劫より已来不妄語の言なり。就中此の法華経は仏の正直捨方便と申して真実が中の真実なり。多宝・証明を加え諸仏・舌相を添え給ういかでか・むなしかるべき、其の上最第一の秘事はんべり、此の経文は後五百歳・二千五百余年の時女人の病あらんと・とかれて候文なり。

 阿闍世王は御年五十の二月十五日に大悪瘡・身に出来せり、大医耆婆が力も及ばず三月七日必ず死して無間大城に堕つべかりき、五十余年が間の大楽一時に滅して一生の大苦・三七日にあつまれり、定業限りありしかども仏・法華経をかさねて演説して涅槃経となづけて大王にあたい給いしかば身の病・忽に平愈し心の重罪も一時に露と消えにき。

 仏滅後一千五百余年・陳臣と申す人ありき命知命にありと申して五十年に定まりて候いしが天台大師に値いて十五年の命を宣べて六十五までをはしき、其の上不軽菩薩は更増寿命ととかれて法華経を行じて定業をのべ給いき、彼等は皆男子なり女人にはあらざれども法華経を行じて寿をのぶ、又陳臣は後五百歳にもあたらず冬の稲米・夏の菊花のごとし、当時の女人の法華経を行じて定業を転ずることは秋の稲米・冬の菊花誰か・をどろくべき。

 されば日蓮悲母をいのりて候しかば現身に病をいやすのみならず四箇年の寿命をのべたり、今女人の御身として病を身にうけさせ給う・心みに法華経の信心を立てて御らむあるべし、しかも善医あり中務三郎左衛門尉殿は法華経の行者なり、命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり、法華経の一代の聖教に超過していみじきと申すは寿量品のゆへぞかし、閻浮第一の太子なれども短命なれば草よりもかろし、日輪のごとくなる智者なれども夭死あれば生犬に劣る、早く心ざしの財をかさねていそぎいそぎ御対治あるべし。此れよりも申すべけれども人は申すによて吉事もあり又我が志のうすきか・をもう者もあり人の心しりがたき上先先に少少かかる事候、此の人は人の申せばすこそ心へずげに思う人なり、なかなか申すはあしかりぬべし、但なかうどもなく・ひらなさけに又心もなくうちたのませ給え、去年の十月これに来りて候いしが御所労の事をよくよくなげき申せしなり。

 当事大事のなければ・をどろかせ給わぬにや、明年正月二月のころをひは必ずをこるべしと申せしかば・これにも・なげき入つて候。
富木殿も此の尼ごぜんをこそ杖柱とも恃たるになんど申して候いしなり随分にわび候いしぞ・きわめて・まけじたましの人にて我がかたの事をば大事と申す人なり、かへすがへす身の財をだに・をしませ給わば此の病治がたかるべし、一日の命は三千界の財にもすぎて候なり先ず御志をみみへさせ給うべし、法華経の第七の巻に三千大千世界の財を供養するよりも手の一指を焼きて仏・法華経に供養せよと・とかれて候はこれなり。

 命は三千にもすぎて候・而も齢もいまだ・たけさせ給はず、而して法華経にあわせ給いぬ一日もいきてをはせば功徳つもるべし、あらをしの命や・をしの命や、御姓名並びに御年を我とかかせ給いて・わざと・つかわせ大日月天に申しあぐべし、いよどのもあながちになげき候へば日月天に自我偈をあて候はんずるなり。恐恐。

                                      日 蓮 花押
尼ごぜん御返事

by johsei1129 | 2015-03-10 00:13 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)