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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 02月 07日 ( 2 )


2015年 02月 07日

一切衆生に仏法僧の三宝を明かして六巻抄を結す 【当家三衣抄】十七


問う、数珠の由来如何(いかん)

答う、()れ数珠とは此れ(すなわ)ち下根を引接(いんせつ)し修業を牽課(けんか)するの具なり、木槵子(もくげんじ)(きょう)に云わく「昔国王有り、波流(はる)()と名づく、仏に(もう)して(もう)さく、我が国辺小にして(ひん)(ねん)寇疫(こうやく)(こく)(たか)く民(くる)しむ、我常に安んぜず、法蔵は(じん)(こう)なり、(あまね)く行ずることを得ず、唯願わくば法要を垂示したまえ、仏(のたまわ)く、大王若し煩悩を滅せんと欲せば当に木槵子(もくげんじ)一百八箇を貫き、常に自ら身に随え、()(しん)に南無仏・南無法・南無僧と称え、(すなわ)ち一子を過ごすべし」云云。
 応に知るべし、木槵子の円形は是れ法性の妙理を表すなり。玄文第一に云わく「理は
(へん)(えん)を絶すれども(えん)(じゅ)に寄せて理を談ず」云云。弘五上に云わく「理体欠くること無し、之に(たと)うるに珠を以てす」云云。土宗(どしゅう)(ひら)(がた)大いに所表に(たが)うなり、一百八箇は即ち百八煩悩を表するなり、数珠は須臾(しゅゆ)も身を離る可からず、故に「(じょう)()随身(ずいしん)と云うなり。

南無仏・南無法・南無僧とは(けだ)し当流の(こころ)は、

南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思(なんし)境智冥合(みょうごう)久遠(くおん)元初(がんじょ)自受用(じじゅゆう)(ほう)(しん)無作(むさ)三身、本因(ほんにん)(みょう)の教主、末法下種の主師親、大慈大悲南無日蓮大聖人師。

南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思境智冥合、久遠元初の自受用報身の当体、()の一念三千、無作本有(ほんぬ)、南無本門戒壇の大本尊。

南無本門弘通(ぐつう)の大導師、末法万年の総貫首(そうかんず)、開山付法南無日興上人師、南無一閻(いちえん)浮提(ぶだい)座主(ざす)、伝法日目(にちもく)上人師、嫡々(ちゃくちゃく)付法歴代の諸師。

此くの如き三宝を一心に之を念じて唯(まさ)に南無妙法蓮華経と(とな)え、(すなわ)ち一子を過ごすべし云云。

行者(つつし)んで次第を超越する(なか)れ、勢至経の如くんば「妄語の罪に()って(まさ)に地獄に()つべし」、亦復母珠(もじゅ)を超ゆること勿れ、数珠経の如き「(とが)諸罪に越ゆ、数珠は仏の如くせよ」云云。

 母珠を超ゆるの罪何ぞ諸罪に越ゆるや、今謂わく、(けだ)し是れ名を()むか。孔子勝母(しょうぼ)に至り暮れる、而も宿(やど)らずして過ぐ。(さと)を勝母と名のれば曾子(そうこ)入らず等云云、外典尚(しか)り、況や仏氏をや。


                        当家三衣抄 畢んぬ


享保第十乙巳年六月中旬大坊に於て之を書す。

             六十一歳

                日寛   在判



by johsei1129 | 2015-02-07 15:01 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 07日

袈裟は世界の闘諍を滅す 【当家三衣抄】十六


問う、袈裟(けさ)功徳(くどく)実に是れ無量なり、所謂(いわゆる)悲華経の五種の功徳、心地観経の雷電(らいでん)無畏(むい)、賢愚経の(けん)(せい)師子(しし)、海竜王経の竜得一()、大智度論の蓮華(しき)()(すい)()羅門(らもん)枚挙(まいきょ)するに(いとま)あらず、今疑う、諸宗門の袈裟、皆此くの如き微妙(みみょう)の功徳を具するや。

答う、妙楽大師の記の三中に云わく「経に被法服とは瓔珞(ようらく)経に云うが如し、若し天竜・八部闘諍(とうじょう)せんに、此の袈裟を念ずれば慈悲心を生ず、乃至然れば必ず(すべから)く行体を弁じ教を顕わし、以て味の(こと)なるを分かつべし」等云云。是れ肝心の文なり、学者()く思え。又当家三重の秘伝云云。



          一切衆生に仏法僧の三宝を明かして六巻抄を結すにつづく



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by johsei1129 | 2015-02-07 14:21 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)