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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 02月 07日 ( 3 )


2015年 02月 07日

「仏経と行者と檀那と三事相応して一事を成ぜん」と説いた【問注得意抄】

【問注得意抄】
■出筆時期:文永六年(1269年)五月九日 四八歳御作
■出筆場所:鎌倉 草庵にて
■出筆の経緯:本書の宛先は三人御中となっている。本文の出だしに土木入道殿とあるので、一人は富木常忍であるが、他の一人は大田乗明、残りの一人は四条金吾か曾谷教信のいずれかと見られている。内容は、法華経の布教に関係するトラブルで富木常忍を筆頭に3名の信徒が鎌倉幕府の問注所(当時は一審制のため事実上最高裁判所の位置づけとなる)に呼び出され、申し開きをすることになった。恐らく3人は問註所に出廷する前に大聖人に挨拶に伺ったものと思われる。その時大聖人が、問註所での対応について細々した指導をしたためた本書を当日用意しておき、富木どのに渡したものと思われる。決して大々的なものではないが、大聖人が立正安国論で国家諌暁して以来、長年願っていた公的な場で堂々と法論を論ずることができる機会を得たことには変わりがなく、本書で大聖人は三人の信徒を「三千年に一度花さき菓よしこのみなる優曇華に値へるの身」と励まされている。
■ご真筆: 中山法華経寺 所蔵(重要文化財)
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[問注得意抄 本文] [英語版]

 今日召し合はせ御問注の由承り候。各々御所念の如くならば、三千年に一度花さき菓よしこのみなる優曇華に値へるの身か。西王母の薗の桃九千年に三度之を得るは、東方朔が心か。一期の幸ひ、何事か之に如かん。御成敗の甲乙は且く之を置く。前立ちて欝念を開発せんか。

 但し兼日御存知有りと雖も、駿馬にも鞭うつの理之有り。今日の御出仕公庭に望みての後は、設ひ知音たりと雖も、傍輩に向かひて雑言を止めらるべし。両方召し合はせの時、御奉行人、訴陳の状之を読むの剋み、何事に付けても御奉行人御尋ね無からんの外は一言をも出だすべからざるか。設ひ敵人等悪口を吐くと雖も、各々当身の事一・二度までは聞かざるが如くすべし。三度に及ぶの時、顔貌を変ぜず、麁言を出ださず、軟語を以て申すべし。

 各々は一処の同輩なり。私に於ては全く違恨無きの由之を申さるべきか。又御供の雑人等に能く能く禁止を加へ、喧嘩を出だすべからざるか。是くの如きの事、書札に尽くしつ難し、心を以て御斟酌有るべきか。

 此等の嬌言を出だす事恐れを存ずと雖も、仏経と行者と檀那と三事相応して一事を成ぜんが為に愚言を出だす処なり。恐々謹言。

五月九日                     日 蓮 花押
三人御中

by johsei1129 | 2015-02-07 23:26 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 07日

一切衆生に仏法僧の三宝を明かして六巻抄を結す 【当家三衣抄】十七


問う、数珠の由来如何(いかん)

答う、()れ数珠とは此れ(すなわ)ち下根を引接(いんせつ)し修業を牽課(けんか)するの具なり、木槵子(もくげんじ)(きょう)に云わく「昔国王有り、波流(はる)()と名づく、仏に(もう)して(もう)さく、我が国辺小にして(ひん)(ねん)寇疫(こうやく)(こく)(たか)く民(くる)しむ、我常に安んぜず、法蔵は(じん)(こう)なり、(あまね)く行ずることを得ず、唯願わくば法要を垂示したまえ、仏(のたまわ)く、大王若し煩悩を滅せんと欲せば当に木槵子(もくげんじ)一百八箇を貫き、常に自ら身に随え、()(しん)に南無仏・南無法・南無僧と称え、(すなわ)ち一子を過ごすべし」云云。
 応に知るべし、木槵子の円形は是れ法性の妙理を表すなり。玄文第一に云わく「理は
(へん)(えん)を絶すれども(えん)(じゅ)に寄せて理を談ず」云云。弘五上に云わく「理体欠くること無し、之に(たと)うるに珠を以てす」云云。土宗(どしゅう)(ひら)(がた)大いに所表に(たが)うなり、一百八箇は即ち百八煩悩を表するなり、数珠は須臾(しゅゆ)も身を離る可からず、故に「(じょう)()随身(ずいしん)と云うなり。

南無仏・南無法・南無僧とは(けだ)し当流の(こころ)は、

南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思(なんし)境智冥合(みょうごう)久遠(くおん)元初(がんじょ)自受用(じじゅゆう)(ほう)(しん)無作(むさ)三身、本因(ほんにん)(みょう)の教主、末法下種の主師親、大慈大悲南無日蓮大聖人師。

南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思境智冥合、久遠元初の自受用報身の当体、()の一念三千、無作本有(ほんぬ)、南無本門戒壇の大本尊。

南無本門弘通(ぐつう)の大導師、末法万年の総貫首(そうかんず)、開山付法南無日興上人師、南無一閻(いちえん)浮提(ぶだい)座主(ざす)、伝法日目(にちもく)上人師、嫡々(ちゃくちゃく)付法歴代の諸師。

此くの如き三宝を一心に之を念じて唯(まさ)に南無妙法蓮華経と(とな)え、(すなわ)ち一子を過ごすべし云云。

行者(つつし)んで次第を超越する(なか)れ、勢至経の如くんば「妄語の罪に()って(まさ)に地獄に()つべし」、亦復母珠(もじゅ)を超ゆること勿れ、数珠経の如き「(とが)諸罪に越ゆ、数珠は仏の如くせよ」云云。

 母珠を超ゆるの罪何ぞ諸罪に越ゆるや、今謂わく、(けだ)し是れ名を()むか。孔子勝母(しょうぼ)に至り暮れる、而も宿(やど)らずして過ぐ。(さと)を勝母と名のれば曾子(そうこ)入らず等云云、外典尚(しか)り、況や仏氏をや。


                        当家三衣抄 畢んぬ


享保第十乙巳年六月中旬大坊に於て之を書す。

             六十一歳

                日寛   在判



by johsei1129 | 2015-02-07 15:01 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 07日

袈裟は世界の闘諍を滅す 【当家三衣抄】十六


問う、袈裟(けさ)功徳(くどく)実に是れ無量なり、所謂(いわゆる)悲華経の五種の功徳、心地観経の雷電(らいでん)無畏(むい)、賢愚経の(けん)(せい)師子(しし)、海竜王経の竜得一()、大智度論の蓮華(しき)()(すい)()羅門(らもん)枚挙(まいきょ)するに(いとま)あらず、今疑う、諸宗門の袈裟、皆此くの如き微妙(みみょう)の功徳を具するや。

答う、妙楽大師の記の三中に云わく「経に被法服とは瓔珞(ようらく)経に云うが如し、若し天竜・八部闘諍(とうじょう)せんに、此の袈裟を念ずれば慈悲心を生ず、乃至然れば必ず(すべから)く行体を弁じ教を顕わし、以て味の(こと)なるを分かつべし」等云云。是れ肝心の文なり、学者()く思え。又当家三重の秘伝云云。



          一切衆生に仏法僧の三宝を明かして六巻抄を結すにつづく



当家三衣抄 目次  六巻抄 目次



by johsei1129 | 2015-02-07 14:21 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)