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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 12月 22日 ( 1 )


2014年 12月 22日

此経難事の文に三大秘法・一念三千あり 【依義判文抄】七

第三に宝塔品の「此経(しきょう)難持(なんじ)等の

宝塔品に云わく「此の経は(たも)ち難し、若し(しばら)くも持つ者は我即ち歓喜す、諸仏も亦然なり、是くの如き人は諸仏の(ほめたもう所、是れ則ち勇猛(ゆうみょう)なり、是れ則ち精進(しょうじん)なり、是れを戒を持ち頭陀(ずだ)を行ずる者と名づく。則ち()く無上仏道を得たるなり、能く来世に於て此の経を読み持たんは、是れ真の仏子にして(じゅん)(ぜん)地に住するなり」云云。
 応に知るべし「此経難持」より「無上仏道」に至る三行の文は即ち是れ本門の本尊なり。「
能於(のうお)来世(らいせ)読持(どくじ)()(きょう)とは即ち是れ本門の題目なり「()(しん)仏子(ぶっし)(じゅう)(じゅん)(ぜん)地」とは即ち是れ本門の戒壇なり。

初めに本門本尊の文亦分かって二と()す、初めに三大秘法総在の本尊を明かすなり、総在の本尊とは題目・戒壇の()(のう)を具足する故なり。(また)一大秘法の本尊と名づく、題目・戒壇の功能を具すと雖も(ただ)是れ一箇の本尊なるが故なり。
 次ぎに「
(そく)()の下は行者の(しつ)(じょう)を明かす、()わく、此の本尊を受持すれば理即の凡夫(ぼんぷ)全く究竟(くきょう)の仏果なる故に「(しつ)(とく)無上仏道」と云うなり。

初めに三大秘法総在の本尊を明かすに(また)分かちて三と為す。
 初めに所持の本尊を明かし、次に「
是則(ぜそく)の下は能持即題目なることを明かし、三に「()(みょう)の下は能持即戒壇なることを明かすなり。(まさ)に知るべし、我等(われら)信行を励まずと雖も、我等戒法を持たずと雖も、若し()く此の本尊を受持する(とき)自然(じねん)に信行を励み戒法を持つに当るなり、故に「是則」「是名」等と云うなり。
 無量義経(功徳品第三)に云わく「
(いま)だ六波羅蜜(はらみつ)を修行するを得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」云云。宗祖云わく「釈尊の因行・果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す、我等此の五字を受持すれば自然(じねん)に彼の因果の功徳を(ゆず)り与えたもう」と云云。法仏の(じん)(のん)此れを思い見るべし云云。

初めに所持の本尊を明かす亦分かって三と為す。
 初めに法の本尊を明かす、「此経難持」等の二句是れなり。言う所の「此経」とは即ち是れ所持の
法体(ほったい)故に法の本尊なり。
 次ぎに「我即」の下は人の本尊を明かす、「我即」は釈尊、「諸仏」は即ち是れ多宝・分身なり、此の三仏は即ち
久遠(くおん)元初(がんじょ)の無作三身を表わす、所表の本仏(あに)人の本尊に非ずや。
 三に「如是」の下は一念三千を明かして人法体一を示すなり。「
如是(にょぜ)之人(しにん)は即ち九界なり、「諸仏(しょぶつ)所歎(しょたん)は是れ仏界なり、九界は能く仏身を(たも)ち、仏界は能く九界を(たん)ず。是の故に十界冥薫(みょうくん)し一念三千最も明きらかなり。
 宗祖云わく「一念三千即
自受(じじゅ)(ゆう)(しん)、自受用身即一念三千」云云。(むし)ろ人法体一に非ずや。次ぎ上の文に云わく「()能く(たも)ば、則ち仏身を持つ」、之を思い合わすべし。


勇猛精進の文に三大秘法あり につづく

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by johsei1129 | 2014-12-22 22:20 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)