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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 09月 29日 ( 1 )


2014年 09月 29日

70 兄宗仲の勘当

建築現場で大工たちがいそがしく働く。

作事は足代がくみあげられ、躯体が完成間近である。

兄宗仲が指図する。弟の宗長はその指示をわかりやすく大工に説明した。指図するだけではない。兄弟は大工たちと同じく鋸や金槌で作業にあたった。

当時の大工職人は身分が低い。大工たちは同じ汗を流す兄弟を慕った。

みなの息が合っている。工事ははかどっていた。

これから壁のとりつけがはじまる時だった。

父康光が登場した。

兄弟がいつものようにひかえる。工人たちもあつまって平伏した。

康光が声高に言った。

「この建物は鎌倉殿からじきじきの命をうけ、奉行であるこの康光がうけたまわりしもの。おのおの抜かるでないぞ。とくに火のもとには十分気をつけよ。また本日は、おぬしらに伝えることがある。今日よりこの池上宗仲を勘当することとあいなった。今日の件はこれにて」

康光が去る。

あっという間だった。

当の宗仲は毅然と正面をむいている。

だが弟の宗長をはじめ一同は驚愕した。まさか勘当とは。

落胆する者がいる。みながあっけにとられて、ふらふらと作業場にもどった。

弟の宗長が康光の(たもと)をつかんだ。

「父上、なにとぞお考えのほどを。兄上はつぎの棟梁ではあったはず。ここで兄上を勘当いたしては作事もとどこおります。池上の家名にもかかわること。なにとぞ勘当はお解きになってくださいませ」

康光の返答はこれまでにまして冷酷だった。

「宗仲は人夫におとす」

宗長は最悪の事態になったと困惑する。

こんどは康光が弟の宗長に詰問した。

「宗長、法華経の信心をやめるつもりはないのか。わしとて、このようなことはしたくはなかった。お前の兄が強情なばかりに、こんなことになったのだ。お前だけでもよい。法華経を捨てて、念仏を信ずる気はないのか」

宗長のやさしい性格は好感をもたれている。反面、彼は自分の意思を明確にするのが苦手だった。決意がぐらつくのだ。法華経の信心も兄がはじめたからである。だが今は父の怒りがあっても、兄を慕う気持ちのほうが強かった。
 宗長はいっとき思案のうえ、康光に告げる。

「父上、わたしは日蓮上人を信じております。お願いでございます。どうかこの信心だけはつづけさせてください」

康光は憮然として現場を後にした。

甲州身延の日蓮の館では弟子たちが狭い室内に密集し講義を聞いていた。日蓮の真正面に池上兄弟がいる。

口調はいつになくけわしかった。

「この世界は第六天の魔( )の所領である。一切衆生は無始以来、彼の魔王の眷属です。六道の中に二十五(にじゅうご)()(注)と申す牢をかまえて一切衆生を入れるのみならず、妻子と申す足かせ()をうち、父母主君と申す網を空にはり、(とん)(じん)()(注)の酒を飲ませて仏性の本心をたぼらかす。ただ悪の(さかな)のみをすすめて三悪道の大地に(ふく)()せしむ。たまたま善の心あれば障碍(しょうげ)をなす。法華経を信ずる人をば、いかにもして悪へおとさんと思うに(かな)わざれば、ようやくすかさんがために(そう)()せる華厳経へおとす。または般若経へおとす、また深密経へおとす、また大日経へおとす、善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証これなり。また禅宗へおとす、達磨(だるま)これなり。また観経へすかしおとす悪友は善導・法然これなり。これは第六天の魔王が智者の身にはいって善人をたぼらかすことをいう。法華経第五の巻に『悪鬼其の身に入る』と説くのがこれです。

我らは過去に正法を行じる者に仇をなしていましたが、今かえりて信受すれば過去に人をおとしめる罪によりて、未来に大地獄に堕つべきところを、今生に正法を行ずる功徳強盛なれば、未来の大苦をまねきこして小苦にあう。

このさざまな果報をうける中に、あるいは貧しい家に生まれ、あるいは邪見の家に生まれ、あるいは王難にあう。この中に邪見の家と申すは、正法を誹謗する父母の家である。王難と申すは悪王に生まれあうことをいう」    

日蓮は兄弟をみつめた。

「この二つの大難は、おのおのの身に当たりて思うであろう。過去の謗法の罪を消そうとして邪見の父母に責められている。また法華経の行者をあだむ国主にも遭った。経文明々たり、経文かくかくたり。()

わが身は過去に謗法(ほうぼう)の者であったことを疑ってはなりません。これを疑って、現世の軽い苦しみが忍びがたくて、父上の責めに耐えきれず、思いのほかに法華経を捨てることがあるならば、我が身地獄に()ちるのみならず、父も母も(だい)阿鼻(あび)地獄におちて、ともに悲しむこと疑いなかるべし。大道心と申すはこれです。

おのおの随分に法華経を信じるがゆえに、過去の重罪をせめ出だしたのです。たとえば黒鉄(くろがね)をよくよく(きた)えぬれば、きずあらわる。石は焼けば灰となる。(こがね)は焼けば真金(しんきん)となるように。このたびこそ、まことの御信用はあらわれて法華経の(じゅう)()(せつ)も守護いたすであろう。それにしても心浅からんことは後悔することになる。  

おのおのが責められるのは、つまるところ国主が法華経の(かたき)となったがゆえです。国主が敵となることは念仏者、真言師などの謗法よりおこった。

このたびはこれを忍んで法華経の御利生を試みてくだされ。日蓮もまた強盛に天に申しあげよう。いよいよおじ気づいた心根・姿があってはなりませぬ。女人はかならず心弱いために心をひるがえすであろう。強情に歯がみをして、たゆむ心があってはなりませぬ。たとえば日蓮が(へいの)左衛門尉のもとにてうちふるまい言いしがごとく、少しも怖気(おじけ)づく心なかれ。
()()()()()() なにとなくとも、一度の死は一定(いちじょう)です。色をば()しくて人に笑わせたもうな。

一生の間、賢かった人も一言で身をほろぼすこともある。おのおのも御心のうちは知らず、おぼつかない。

世の中にも兄弟おだやかならぬ例もある。いかなる(ちぎ)りであなたがた兄弟はそのようにむつまじいのか。宗仲殿の父上の勘当はうけたが、弟殿はこのたびは、よも兄にはつかないであろう。そうなれば、いよいよ宗仲殿の親の御不審は、おぼろげでならでは許されぬと思っていたが、まことにてや、同心と申されたという。あまりの不思議さ、未来までの物語、なにごとかこれにすぎよう。

たとえ、どんな煩わしい事があっても夢になして、ただ法華経の事のみ思案してくだされ。中にも日蓮の法門は昔は信じがたかりしが、いまは先々言い置きしこと、すでに合いぬれば(よし)なく謗ぜし人も悔ゆる心あり。たといこれよりのちに信ずる男女ありとも、おのおのには替え思うべからず。始めは信じていながら世間のおそろしさに捨つる人、数を知らず。その中にかえってもとより謗ずる人々よりも、強盛にそしる人々また多くある」

兄弟の馬が山道をおりていく。日蓮の指導をうけ、心は晴れ渡った青空のような気分で身延の険しい山をおりていった。

宗仲が弟、宗長をはげます。

「ここがふんばる時だな」

宗長がうなずいた。

「今日はきてよかったです。兄上、おたがい堕ちないようにいたしましょう」

「そうだな。二人いれば心強い。一人おちてもまだ一人いる」

宗仲と宗長の兄弟は来た時とはうってかわって馬上で高笑いしながら帰途についた。

日蓮と弟子の日朗は、そろって館の外に出て武蔵国へ帰る兄弟を見送った。日朗は兄弟の母方のいとこだった。それだけに池上兄弟の行くすえが不安だった。

「上人、あの兄弟は親の反対をおしきって法華経の信心をとおしていけるのでしょうか」

日蓮は大丈夫だとばかり二度三度黙って頷き、遠くなる二人をいつまでもみつめていた。

兄弟同士が争うことはいつの代でもある。むしろ武家政治の勃興期である鎌倉時代の武士であれば、兄弟で争わないほうがおかしいくらいだ。この点、池上兄弟の仲の良さは、この時代にはきわめて稀有だったといえよう。

日蓮は兄弟で覇権を争った古今の例をひく。

我が朝には一院・さぬきの院は兄弟なりしかども位をあらそいて、ついにかたきとなり給ひて、今に地獄にやをはすらむ。当世()()たりて、此の世のあや()をきも兄弟のあ()そいよりをこる。大将殿と申せし賢人も、九郎(くろう)判官(ほうがん)等の舎弟等をほろぼし給ひて、かへりて我が子ども皆所従等に失はれ給ふは眼前の事ぞかし。『兵衛志殿御返事

一院とは後白河上皇、さぬきの院とは崇徳天皇のことである。兄弟でありながら皇位をあらそって保元の乱をひきおこした。敗れた崇徳天皇は配流先で怨霊になったという。日蓮は「今に地獄にやをはすらむ」といっている。主上であれなんであれ、血で血を洗えば冷徹な結果がまつ。

大将殿とは源頼朝、九郎判官とは義経のことである。頼朝は異常な猜疑心で義経らの兄弟をつぎつぎに滅ぼした。そのゆえか彼の死後、子孫はことごとく滅ぼされ、征夷大将軍として頼朝が開いた鎌倉幕府の実権は、正室政子の本家北条氏に握られてしまう。
 池上兄弟はいかなることになるのか。

日蓮は遠い甲斐の山から兄弟を案じた。

宗仲が勘当になってから、はや二ケ月がたった。

建築現場では棟上げが進んでいく。

池上兄弟が半裸で工人たちにまじった。

兄宗仲は人夫に落ちていた。もう作事奉行の長男ではない。勘当を解くため、あらゆる人々が嘆願したが父の怒りは消えなかった。作事奉行の家の内紛である。鎌倉で噂にしない者はなかった。

夕暮れ時の仕事を終え、疲れきった兄弟が大きな道具箱を肩に背負って帰る。()

西日が二人をまぶしく照らし、後ろに長い影がさした。

宗仲がほほ笑んで弟をはげました。

「しかし人夫にとってはきつい毎日だな。だがわしは負けない。おぬしが棟梁としてしっかり束ねているから心強いぞ」

宗長は申し訳なさそうにうなずくだけだった。

兄弟がわかれた。

弟宗長が一人歩く。いつもとちがう道だった。

途中に酒場がある。

その中に一目で御家人とわかる若者たちが、遊女をまじえて酒を酌みかわしていた。

宗長がぼんやりとその様子をみつめた。

彼らがやけにまぶしくみえる。

それにひきかえ自分は土や汗にまみれている。なぜか恥ずかしい思いがした。

ここで瞬間、宗長は我を忘れた。

どうしたことであろう。

宗長が彼らと愉快に飲んでいる妄想にとらわれた。

兄の宗仲が館に着いた。

妻は出迎えず奥で縫物をしていた。

宗仲はにがみばしった顔で部屋へはいった。

沈黙がつづく。

宗仲が切りだした。

「いつまでだまっているのだ。しかたないではないか。わしとて、どうしてもゆずれぬことがあるのだ」

妻が背中でいった。

「世間で評判でございます。池上の跡取りが人夫におちたと」

下女が膳をはこんできたが豆と汁しかない。

「なんだこれは」

「これから苦しくなります。年貢など当てにできませぬ。それもこれも、あなたの強情からはじまったことでございます」

宗仲が妻に頭をさげた。

「たのむ。こらえてくれ。わしも考えた。自分の気持ちを曲げて、後継ぎになってよいかどうか。やはりひきさがるわけにはいかんのだ」

妻が正面をむいた。

「あなた、そんなに信心が大事なのですか。この家がどうなるのか、わかっておいでですか。よくお考えください。お父様のいうとおり念仏を唱えてもよいではありませぬか」

「なにをいう」

妻が目を細くした。

「形だけ阿弥陀を信じて、内心は法華経を信じるのはいかがでございます。そうなればあなたは池上の棟梁、わたしは・・」

宗仲が箸をおいた。

「それはならぬ。そんな誤魔化しの信心では先が見えている」

妻が反論することもなく奥に引きこもった。

弟宗長が疲れた顔で帰宅した。妻が笑顔でむかえる。

下女が食膳を運んできて、和やかな食事がはじまった。

妻の笑顔が絶えない。

宗長が聞いた。

「どうした。なにかいいことでもあったか」

「いえ、あなたを見直しましたわ」

宗長が首をかしげる。

「あなたはお兄さまが勘当されても、お兄さまに味方されております。今日、市場でうわさを聞きました。お兄さまが勘当されたのだから、弟が跡目をつぐだろうと」

「そうか。そんな話がでているか」

「でもあなたはお兄さまを立てて、信心をたもっていらっしゃる」

宗長が箸をとった。

世間の目が自分にそそいでいる。これからどうしたらよいのか。

この時、玄関に人の気配がした。

身なりのよい若い僧が立っていた。見かけない顔だ。

若い僧はさわやかな声でつげた。

「極楽寺良観様の弟子、入沢入道と申します。ご挨拶にまいりました。お近づきのしるしにこれを」

入沢は籠の中に入った品物をさしだした。その中には輝くばかりに美しい小袖や(かたびら)が何枚もしきつめられていた。

宗長夫妻があっけにとられた。無理もない。こんな家に付け届けなど、未だかつてなかったのだ。

若僧はそそくさと帰った。

夫妻が籠を居間にはこんだ。いやに重い。それもそのはず、籠の底には真新しい銅銭がぎっしりとつめてあった。

「まあ、なんてことでしょう」

妻は目を輝かせたが、宗長はいいようのない不安にかられた。
 極楽寺良観は法華信徒が目の敵にしている相手である。
 それがなぜ。

鎌倉に明るい日ざしが照りつけていた。

貧相な帷子(かたびら)の宗長が、籠をかかえて鎌倉の町をゆく。

彼は表情をこわばらせて極楽寺の境内にはいった。宗長は届け物を返すつもりでやってきた。自分を念仏に改宗させる魂胆だろうがそうはさせない。

極楽寺はまばゆいばかりの金箔で飾られていた。火災で灰燼に帰したことが嘘のようである。

玄関で可憐な少女がむかえた。宗長は驚いた。こんなきれいな娘が世の中にいたのか。

つづいて入沢入道がでてきた。

「これは池上宗長様。よくおこしくださいました。さ、これへ」

少女が突っ立っている宗長の手をとり奥へ誘った。

宗長がどぎまぎしながらあがる。少女が宗長のよごれた草履を見てほほえんだ。

宗長が長い廊下をわたる。彼は細かく装飾された壁面に目をやった。別世界に来たようである。

座敷では良観と身なりのよい武士が談笑していた。

宗長は気おくれしたが、思いきって手をつけ挨拶した。

「池上兵衛(ひょうえ)(さかん)宗長にございます」

見知らぬ武士がかしこまった。

「おお、あなた様が池上殿の新しい跡取りでござるか」

宗長が不意をつかれた。

「いえ、そうではありませぬ」

良観は上機嫌である。

「まあ、それはよいとして食事といたそう」

宗長は届け物をかえすためにきたが意外なことになった。高僧の良観が食事をふるまうという。断ればまた父から叱責をうける。そうこう考えているうちに女たちが食膳をはこんできた。

膳には見たこともない魚や珍味がのっている。やがて娘たちが踊りを披露した。

両脇で可憐な娘が酌をした。宗長は竜宮城にいるような思いにとらわれた。

彼は生まれついた時から兄の影にいた。長男と弟の差は歴然としている。兄とはちがい、毎日が食うだけでやっとだった。遊ぶことなど頭にもない。それだけに驚きの連続だった。

月明かりの夜、宗長が帰路についた。

彼は歩きながら酒宴での会話を思いだしていた。

宗長は自分なりにいった。

「良観上人、せっかくですが、某は法華経を捨てるつもりはございませぬ」

良観は聞こえないふりだった。

「今日きてもらったのは、そのことではない。宗長殿、父親の跡目を継いではくれぬか。そなたの兄は日蓮にとりつかれている。もうこの良観が救う手だてはなくなった。もしそなたが父親にしたがわなければ、跡取りはいなくなる。さすれば作事奉行は他人の職となり、池上家も断絶。それではみなが困ること。

考えてみなされ。この世の中は力が支配しておる。兄弟の上下ではない。力ある者が主となれる。頼朝様がそうではなかったか。このわしも財力と人の縁でこのように人から崇められる身となった。しょせん幸せは人からいただくもの。兄を捨てることではない。これからのことを思えば父親に従うことじゃ。兄は兄で自分の運命を選べばよいではないか」

途中に兄の家があった。あかりが見える。

宗長はその光を見ていた。
 

        71 弟の宗長を諌暁 につづく
下巻目次


 二十五有

 三界六道の存在を二十五種に分類したもの。有は生存・存在の意。欲界では四悪趣、四州、六欲天の十四有。色界では大梵天と四禅天および夢想天、五淨(ごじょう)居天(ごてん)の七有。無色界では四空処天の四有。

(とん)(じん)()

煩悩の三毒のこと。一切の煩悩の根本。貪はむさぼり。欲望のこと。瞋は怒り。感情にとらわれ正しい価値判断ができないこと。癡はおろか。目先のことに左右され先が見通せないこと。
日蓮大聖人は妙法によって三毒をのぞくことができるという。

「されば妙法の大良薬を服するは貪瞋癡の三毒の煩悩の病患を除くなり、法華の行者南無妙法蓮華経と唱え奉る者は謗法の供養を受けざるは貪欲(とんよく)の病を除くなり、法華の行者は罵詈(めり)せらるれども忍辱(にんにく)を行ずるは(しん)()の病を除くなり、法華経の行者は是人於仏道決定無有疑と成仏を知るは愚癡(ぐち)の煩悩を治するなり。されば大良薬は末法の成仏の甘露(かんろ)なり。今日蓮等の(たぐい)南無妙法蓮華経と唱え奉るは大良薬の本主なり。」『御義口伝 寿量品二十七箇の大事




by johsei1129 | 2014-09-29 13:08 | 小説 日蓮の生涯 下 | Trackback | Comments(0)