人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2026年 03月 02日

正師・善比丘の明文 6

 天台宗には二つの意あり。一には華厳・方等・般若・涅槃・法華は同じく醍醐味なり。此の釈の心は爾前と法華とを相似せるににたり。世間の学者等・此の筋のみを知りて・法華経は五味の主と申す法門に迷惑せるゆへに諸宗にたぼらかさるるなり。開・未開・異(こと)なれども同じく円なりと云云。是は迹門の心なり。
 諸経は五味・法華経は五味の主と申す法門は本門の法門なり。此の法門は天台・妙楽粗(ほぼ)書かせ給い候へども分明(ふんみょう)ならざる間・学者の存知すくなし。此の釈に若論教旨とかかれて候は法華経の題目を教旨とはかかれて候。開権と申すは五字の中の華の一字なり。顕遠とかかれて候は五字の中の蓮の一字なり。独得妙名とかかれて候は妙の一字なり。意在於此(いざい・おし)とかかれて候は、法華経を一代の意と申すは題目なりとかかれて候ぞ。
 此れを以て知んぬべし。法華経の題目は一切経の神(たましい)・一切経の眼目なり。大日経等の一切経をば法華経にてこそ開眼供養すべき処に大日経等を以て一切の木画(もくえ)の仏を開眼し候へば日本国の一切の寺塔の仏像等・形は仏に似れども心は仏にあらず、九界の衆生の心なり。愚癡(ぐち)の者を智者とすること是より始まれり。国のついへ(費)のみ入りて祈りとならず、還って仏・変じて魔となり・鬼となり、国主乃至万民をわづらはす是なり。今法華経の行者と檀那との出来する故に・百獣の師子王をいとひ、草木の寒風をおそるるが如し。

 さては人のよ(世)にすぐれんとするをば賢人・聖人とをぼしき人人も皆そねみ・ねたむ事に候。いわうや常の人をや。漢皇の王昭君をば三千のきさき(后)是をそねみ、帝釈の九十九億那由佗のきさきは橋尸迦(きょうしか)をねたむ。前(さき)の中書王(兼明親王)をば、をの(小野)の宮の大臣(おとど・藤原実頼)是をねたむ。北野の天神をば時平のおとど(大臣)是をざんそう(讒奏)して流し奉る。此等をもてをぼしめせ。入道殿の御内は広かりし内なれども・せばくならせ給い、きうだち(公達)は多くわたらせ給う。内のとしごろ(年来)の人人・あまたわたらせ給へば、池の水すくなくなれば魚さわがしく、秋風立てば鳥・こずえをあらそう様に候事に候へば、いくそばくぞ御内の人人そねみ候らんに、度度の仰せをかへし・よりよりの御心にたがはせ給へば・いくそばくのざんげんこそ候らんに、度度の御所領をかへして今又所領給はらせ給うと云云。此れ程の不思議は候はず。此れ偏に陰徳あれば陽報ありとは此れなり。
 我が主に法華経を信じさせまいらせんと・をぼしめす御心のふかき故か。阿闍世王は仏の御怨(おんあだ)なりしが、耆婆大臣の御すすめによつて法華経を御信じありて代(よ)を持ち給う。妙荘厳王は二子(ふたりのみこ)の御すすめによつて邪見をひるがへし給う。此れ又しかるべし。貴辺の御すすめによつて今は御心も・やわらがせ給いてや候らん。此れ偏に貴辺の法華経の御信心のふかき故なり。根ふかければ枝さかへ・源遠ければ流れ長しと申して、一切の経は根あさく・流れちかく、法華経は根ふかく・源とをし。末代・悪世までも・つきず・さかうべしと天台大師あそばし給へり。
 此の法門につきし人・あまた候いしかども、をほやけ(公)・わたくしの大難・度度重なり候いしかば、一年二年こそつき候いしが後後には皆・或はをち、或はかへり矢をいる、或は身は・をちねども心をち、或は心は・をちねども身はをちぬ。

 然るに日蓮は中国・都の者にもあらず・辺国の将軍等の子息にもあらず、遠国の者・民が子にて候いしかば、日本国・七百余年に一人も・いまだ唱へまいらせ候はぬ南無妙法蓮華経と唱え候のみならず、皆人の父母のごとく・日月の如く・主君の如く・わたりに船の如く・渇して水のごとく・うえて飯の如く思いて候南無阿弥陀仏を無間地獄の業なりと申し候ゆへに、食に石をた(炊)ひたる様に・がんせきに馬のはねたるやうに・渡りに大風の吹き来たるやうに・じゆらく(聚楽)に大火のつきたるやうに、俄(にわか)に・かたきのよせたるやうに、とわりの・きさき(后)になるやうに、をどろき・そねみ・ねたみ候ゆへに去ぬる建長五年四月二十八日より今弘安二年十一月まで二十七年が間・退転なく申しつより候事、月のみつるがごとく、しほのさすがごとく、はじめは日蓮只一人・唱へ候いしほどに、見る人・値う人・聞く人、耳をふさぎ・眼をいからかし・口をひそめ・手をにぎり・はをかみ、父母・兄弟・師匠ぜんう(善友)も・かたきとなる。
 後には所の地頭・領家(りょうけ)かたきとなる。後には一国さはぎ・後には万民をどろくほどに、或は人の口まねをして南無妙法蓮華経ととなへ、或は悪口のためにとなへ・或は信ずるに似て唱へ・或はそしるに似て唱へなんどする程に、すでに日本国十分が一分は一向南無妙法蓮華経、のこりの九分は或は両方・或はうたがひ・或は一向念仏者なる者は・父母のかたき・主君のかたき・宿世(すくせ)のかたきのやうにののしる。村主・郷主・国主等は謀叛の者のごとくあだまれたり。

 かくの如く申す程に大海の浮木の風に随いて定めなきが如く、毛の虚空にのぼりて上下するが如く、日本国を・をはれあるく程に、或時はうたれ・或時はいましめられ・或時は疵(きず)をかほふり・或時は遠流(おんる)・或時は弟子をころされ・或時はう(打)ち・をは(追)れなんどする程に、去ぬる文永八年九月十二日には御かんきをかほりて北国佐渡の島にうつ(遷)されて候いしなり。世間には一分のとが(失)も・なかりし身なれども、故最明寺入道殿・極楽寺入道殿を地獄に堕ちたりと申す法師なれば謀叛の者にも・すぎたりとて相州鎌倉・竜口と申す処にて頚を切らんとし候いしが、科(とが)は大科なれども法華経の行者なれば左右なく・うしなひなば・いかんがとや・をもはれけん、又遠国の島にすてをきたるならば・いかにもなれかし。

 ただし日蓮は日本国には第一の忠の者なり、肩をならぶる人は先代にもあるべからず、後代にもあるべしとも覚えず。其の故は去ぬる正嘉年中の大地震・文永元年の大長星の時、内外の智人・其の故をうらなひ(占考)しかども・なにのゆへ・いかなる事の出来(しゅったい)すべしと申す事をしらざりしに、日蓮・一切経蔵に入りて勘へたるに・真言・禅宗・念仏・律等の権小の人人をもつて法華経をかろしめ・たてまつる故に、梵天・帝釈の御とがめにて西なる国に仰せ付けて日本国をせむべしとかんがへて故最明寺入道殿にまいらせ候いき。此の事を諸道の者・をこつき・わらひ(嘲笑)し程に、九箇年すぎて去ぬる文永五年に大蒙古国より日本国を・をそうべきよし牒状わたりぬ。此の事のあふ故に念仏者・真言師等あだみて失はんとせしなり。
 例せば漢土に玄宗皇帝と申せし御門(みかど)の御后(おきさき)に上陽人と申せし美人あり。天下第一の美人にてありしかば楊貴妃と申す・きさきの御らんじて、此の人・王へまいるならば我がをぼへ(寵)をとりなんとて宣旨なりと申しかすめて父母・兄弟をば或はながし・或は殺し・上陽人をばろうに入れて四十年まで・せめたりしなり。
 此れもそれににて候。日蓮が勘文あらわれて大蒙古国を調伏し日本国かつならば、此の法師は日本第一の僧となりなん。我等が威徳をとろうべしと思うかのゆへに讒言をなすをばしろしめさずして、彼等がことばを用いて国を亡ぼさんとせらるるなり。例せば二世王は趙高が讒言によりて李斯(りし)を失ひ、かへりて趙高が為に身をほろぼされ、延喜の御門は・しへい(時平)のをとど(大臣)の讒言によりて菅丞相(かん・じょうしょう)を失いて地獄におち給いぬ。此れも又かくの如し。法華経のかたきたる真言師・禅宗・律僧・持斎・念仏者等が申す事を御用いありて日蓮をあだみ給うゆへに、日蓮はいやしけれども所持の法華経を釈迦・多宝・十方の諸仏・梵天・帝釈・日月・四天・竜神・天照太神・八幡大菩薩、人の眼をおしむがごとく・諸天の帝釈をうやまうがごとく・母の子を愛するがごとく・まほ(守)り・おもんじ給うゆへに、法華経の行者をあだむ人を罰し給う事、父母のかたきよりも・朝敵よりも重く大科に行ひ給うなり。

 当今は末法の始めの五百年に当りて候。かかる時刻に上行菩薩・御出現あつて南無妙法蓮華経の五字七字を日本国の一切衆生にさづけ給うべきよし・経文分明(ふんみょう)なり。又流罪・死罪に行わるべきよし明らかなり。

 抑(そもそも)日本国と申すは十の名あり。扶桑・野馬台(やまと)・水穂・秋津洲(あきつしま)等なり。別しては六十六箇国・島二つ・長さ三千余里・広さは不定なり。或は百里・或は五百里等。五畿・七道・郡は五百八十六・郷は三千七百二十九・田の代(しろ)は上田一万一千一百二十町・乃至八十八万五千五百六十七町、人数は四十九億八万九千六百五十八人なり、神社は三千一百三十二社・寺は一万一千三十七所・男は十九億九万四千八百二十八人・女は二十九億九万四千八百三十人なり、其の男の中に只日蓮・第一の者なり。何事の第一とならば男女に悪(にく)まれたる第一の者なり。

 今叡山・東寺・園城寺の諸僧、法華経に向かいては法華最第一と読めども其の義をば第二・第三と読むなり。公家と武家とは子細は知ろしめさねども御帰依の高僧等・皆此の義なれば師檀一同の義なり。其の外禅宗は教外別伝と云云、法華経を蔑如(べつじょ)する言なり。念仏宗は「千中無一・未有一人得者」と申す心は法華経を念仏に対して挙げて失ふ義なり。律宗は小乗なり。正法の時すら仏・免(ゆる)し給う事なし。況んや末法に是を行じて国主を誑惑(おうわく)し奉るをや。妲己(だっき)・妹喜(まっき)・褒似(ほうじ)の三女が三王を誑(たぼ)らかして代を失いしが如し。
 かかる悪法・国に流布して法華経を失う故に・安徳・尊成(たかなり)等の大王、天照太神・正八幡に捨てられ給いて或は海に沈み、或は島に放たれ給い、相伝の所従等に傾けられ給いしは天に捨てられさせ給う故ぞかし。法華経の御敵を御帰依有りしかども是を知る人なければ其の失を知る事もなし。「知人は起を知り、蛇は自ら蛇を識る」とは是なり。日蓮は智人に非ざれども蛇は竜の心を知り、烏(からす)の世の吉凶を計るが如し。此の事計りを勘へ得て候なり。此の事を申すならば須臾(しゅゆ)に失に当るべし。申さずば又大阿鼻地獄に堕つべし。

 今日本国亦復是くの如し。真言師・禅宗・持斎等、人を食する者・国中に充満せり。是偏に真言の邪法より事起これり。竜象房が人を食いしは万が一つ顕れたるなり。彼に習いて人の肉を或は猪鹿(い・しか)に交へ・或は魚鳥に切り雑へ・或はたたき加へ、或はすし(鮨)として売る。食する者数を知らず、皆天に捨てられ守護の善神に放されたるが故なり。結句は此の国・他国より責められ、自国どし打ちして此の国変じて無間地獄と成るべし。 日蓮・此の大なる失(とが)を兼て見し故に、与同罪の失を脱れんが為め、仏の呵責(かしゃく)を思う故に知恩・報恩の為め・国の恩を報ぜんと思いて国主並に一切衆生に告げ知らしめしなり。

 悲いかな我等・誹謗正法の国に生れて大苦に値はん事よ。設い謗身は脱ると云うとも謗家謗国の失・如何せん。謗家の失を脱れんと思はば父母・兄弟等に此の事を語り申せ。或は悪(にく)まるるか・或は信ぜさせまいらするか。謗国の失を脱れんと思はば国主を諌暁し奉りて死罪か流罪かに行(おこな)わるべきなり。我不愛身命・但惜無上道と説かれ、身軽法重・死身弘法(ししんぐほう)と釈せられし是なり。過去遠遠劫より今に仏に成らざりける事は加様の事に恐れて云い出さざりける故なり。未来も亦復是くの如くなるべし。今日蓮が身に当りてつみ知られて候。設い此の事を知る弟子等の中にも当世の責(せめ)のおそろしさと申し、露の身の消え難きに依りて・或は落ち、或は心計りは信じ、或はとかうす。御経の文に難信難解と説かれて候が身に当つて貴く覚え候ぞ。謗ずる人は大地微塵の如し、信ずる人は爪上(そうじょう)の土の如し。謗ずる人は大海・進む人は一てい(渧)なり。

 生の難は仏法の定例(じょうれい)・聖賢の御繁盛の花なり。死の後の恥辱(ちじょく)は悪人・愚人・誹謗正法の人・招くわざわいなり。所謂大慢ばら門・須利(しゅり)等なり。

 日蓮が二度の流罪、結句は頚(くび)に及びしは釈迦・多宝・十方の諸仏の御頚を切らんとする人ぞかし。日月は一人にてをはせども四天下の一切衆生の眼なり命なり。日月は仏法をなめて威光勢力を増し給うと見へて候。仏法のあぢ(味)わいをたがうる人は日月の御力をうばう人・一切衆生の敵(かたき)なり。いかに日月は光を放ちて彼等が頂(いただき)をてらし、寿命と衣食とを・あたへて・やしなひ給うぞ。彼の三大師の御弟子等が法華経を誹謗するは、偏に日月の御心を入れさせ給いて謗ぜさせ給うか。其の義なくして日蓮が・ひが事ならば、日天もしめし・彼等にも・め(召)しあはせ、其の理にま(負)けてありとも其の心ひるがへらずば・天寿をも・めしとれかし。其の義はなくしてただ理不尽に彼等にさる(猨)の子を犬にあづけ、ねづみ(鼠)の子を猫にた(与)ぶやうに・うちあづけて、さんざんに・せめさせ給いて彼等を罰し給はぬ事・心へられず。
 日蓮は日月の御ためには・をそらくは大事の御かたきなり。教主釈尊の御前にて・かならず・うた(訴)へ申すべし。其の時うらみさせ給うなよ。日月にあらずとも地神も・海神も・きかれよ、日本の守護神も・きかるべし。あへて日蓮が曲意はなきなり。いそぎいそぎ御計らいあるべし、ちち(遅遅)せさせ給いて・日蓮をうらみさせ給うなよ。南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経、恐恐。

 又我が身はこれ程に浮び難かりしが、いかなりける事にてや、同十一年の春の比(ころ)、赦免せられて鎌倉に帰り上りけむ。倩(つらつら)事の情(こころ)を案ずるに、今は我身に過(あやまち)あらじ。或は命に及ばんとし、弘長には伊豆の国、文永には佐渡の島、諌暁(かんぎょう)再三に及べば留難・重畳(るなん・ちょうじょう)せり。
 仏法中怨の誡責(かいしゃく)をも・身には・はや免れぬらん。然るに今・山林に世を遁(のが)れ・道を進まんと思いしに、人人の語(ことば)・様様(さまざま)なりしかども・旁(かたがた)存ずる旨ありしに依りて当国・当山に入りて已に七年の春秋を送る。
 又身の智分をば且らく置きぬ。法華経の方人(かたうど)として難を忍び、疵(きず)を蒙る事は漢土の天台大師にも越え、日域の伝教大師にも勝れたり。是は時の然らしむる故なり。
 我が身法華経の行者ならば霊山の教主釈迦・宝浄世界の多宝如来・十方分身の諸仏・本化(ほんげ)の大士・迹化(しゃっけ)の大菩薩・梵・釈・竜神・十羅刹女も定めて此の砌(みぎり)におはしますらん。水あれば魚すむ、林あれば鳥来たる、蓬莱(ほうらい)山には玉多く、摩黎(まり)山には栴檀(せんだん)生ず、麗水(れいすい)の山には金(こがね)あり。今此の所も此くの如し、仏菩薩の住み給う功徳聚(くどくじゅ)の砌(みぎり)なり。多くの月日を送り、読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空(こくう)にも余りぬべし。
 然るを毎年・度度の御参詣には、無始の罪障も・定めて今生一生に消滅すべきか。弥(いよいよ)はげむべし・はげむべし。

 又此の経にあだをなす国をば・いかに正直に祈り候へども、必ず其の国に七難起りて他国に破られて亡国となり候事、大海の中の大船の大風に値うが如く、大旱魃の草木を枯らすが如しとをぼしめせ。当時・日本国のいかなる・いのり(祈)候とも、日蓮が一門・法華経の行者をあなづらせ給へば、さまざまの御いのり叶はずして大蒙古国にせめられて・すでにほろびんとするが如し。今も御覧ぜよ、ただかくては候まじきぞ。是れ皆法華経をあだませ給う故と御信用あるべし。


正師・善比丘の明文  6_f0301354_21354658.jpg


by johsei1129 | 2026-03-02 16:53 | 御書 INDEX・略歴 | Trackback | Comments(0)


<< 正師・善比丘の明文 (終)      正師・善比丘の明文 5 >>